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1996-10-21
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10,035 lines
第三十六章 対峙する美女ふたり
嵐に立つ令嬢
大声で流行歌を唄い合い、酔った足をからませるようにし合いながら、義子、マリ、悦子の三人は、地下室に通じる階段を降りていく。
「お嬢さん、お嬢さんは、いらっしゃいますかね」
「小夜子さん、いよいよ調教のお時間となりましたわよ」
三人のズベ公達は、キャッキャッ笑いながら、薄暗い牢舎に眼をこらすのだった。
狭い、黴くさい牢舎の中、荒むしろの上にあぐら縛りにされたまま、放置されている小夜子は、手足の感覚も麻痺し、意識すら、朦朧となりかけていたが、牢格子の間から、のぞきこむズベ公の気配に、はっと全身、針のように緊張させるのだった。
悦子は、錠前を外し、仲間と一緒に狭い牢舎の中へ、もぐりこんでくる。
「フフフ、ごめんなさいね。長い間、ほっといちゃって。もっと早く調教すべきだったんだけど、色々忙しくてね」
悦子は、酒くさい息を吐きながら、小夜子の横へ腰をかがめるのだった。
猿轡の布で鼻まで覆われている小夜子は、泣き出す一歩手前のような美しい眼を義子の方へ向け、哀願するような気弱いまたたきをする。
「さすがに大家のお嬢さんだけあって、きれいな肌をしているわね。透き通るようじゃないの」
マリも義子も、小夜子の傍らへ身を低くして雪白の美肌をしげしげと見つめるのである。
ウェーブのかかった柔らかそうな黒髪は、ふさふさと耳を覆い、憂いに満ちた睫の長い美しい瞳♢♢そんな温雅な令嬢をじっと見つめていると、さすがのズベ公達も、この天然真珠のような輝きをもった美しい処女に静子夫人や京子の如く、醜悪無残な調教を加えることは、何とも痛ましい気がするのであった。
だが、今更、そんな憐憫を持つことは、自分らしくもないと、悦子は、口笛など吹いて、小夜子の猿轡を外してやり、
「もう覚悟は出来てるわね、お嬢さん。貴女の弟さんは美津子嬢とぴったり呼吸を合わして、毎日、調教を受けているのよ。貴女も弟に負けないよう、これからがんばってもらわなきゃあね」
悦子は、そういって笑い、猿轡を外し、あぐら縛りにされている小夜子の足縄を解いてやるのだった。
両足が自由になると、小夜子は、本能的に肢をちぢませ、身を前のめりにかがませようとする。そして、甘い香料の匂いを首を振って散らしつつ、必死になって、哀願するのだった。
「お願いです。お金なら、パパに頼んで、いくらでも出して頂きます。もう一度、パパの所へ電話させて下さい」
ズベ公達は、顔を見合わせ、眉をすくめて笑い合うのだった。
「馬鹿やな。あんた、まだそんな事いってんの。うちら、一度、失敗した事は二度とくり返さない主義なんや。あんたの身代金をとるのんは、あきらめたよってな」
と義子がいうと、悦子が煙草を口にしながら、その代り、と含み笑いするのだ。
「お嬢さんのその美しい身体で、あたい達があんたのパパに要求しただけのものは稼ぎ出して頂くわ」
続いて、マリが、ガムをペッと吐き出して、
「お嬢さんも、社長や親分の前で、誓約書を書いたの忘れちゃいないでしょうね。貴女はもう森田組の完全な商品なのよ。よけいな事は心配しないで、立派なスターになってくれりゃ、それでいいわけさ」
望みを断ち切られ、がっくり首を垂れてすすりあげ出した小夜子を、ズベ公三人は、小気味よさそうに、しばらく眺めていたが、やがて、互いに眼で合図し合い、小夜子の両腕を固く縛り上げている縄を解き出すのであった。
「手が痺れそうなんでしょ。少し、休ませてあげるわ」
両手両足が自由になっても、恐ろしさと恥ずかしさに変りはない。こうしたズベ公の間をかいくぐって逃走を計るような気力とてない小夜子であった。
自由になった両手で、白桃のような柔らかい乳房を抱きしめ、その場にエビのように身体を曲げ、号泣する小夜子である。
そんな小夜子を見下しながら、ズベ公達はこの新鮮な美しさをもつ大家の令嬢を、まずどういう順序で、調教するか楽しそうに話し合うのだった
義子も悦子もマリも、調教室で銀子と朱美が静子夫人を仕込み上げ始めたのを見物し、手伝いもしていたのであるが、
「あんた達、閑なら、小夜子を調教してよ。遊んでばかりいたって仕様がないよ。少しは森田組の仕事に協力しな」
と、首領格の銀子にいわれて、三人連れ立って、やってきたわけだ。
「さ、お嬢さん、調教室へ御案内しますわ。お立ち遊ばせ」
マリは、小夜子の陶器のように白い肩を指でつつく。
「お願いです。許して、許して下さい」
小夜子は床に顔を埋めるようにして、一層激しく、泣きじゃくるのだった。
「何いってんのよ。まだ、ろくな調教も受けちゃいないくせに。さ、立ったり、立ったり」
マリと悦子は、両側から、小夜子のすらりとした白い艶やかな両腕を、かいこむようにして、立ち上らせようとする。
「待って、待って下さい」
小夜子は上体を上へ起こされようとして、必死に首を振り、美しい顔をひきつらせて叫ぶのだった。
義子が、いささか頭にきたという顔つきで小夜子の耳たぶをつねりあげる。
悲鳴を上げながら、それでも、必死になって、小夜子は尻ごみするのであった。
調教とは、一体、どういう意味の事なのか小夜子にわかる筈はなかったが、何か、淫靡で残忍な事だということは、処女の直感でわかるのであろう。
「お立ちったら!」
悦子がヒステリックな声をはりあげて、小夜子の蝋のように白い背を足蹴にした。
「後生です。何か、何か着るものを♢♢」
小夜子は、三人のズベ公に、ようやく、引きずられるようにして立ち上ったが、歩きな、と肩を押すマリの顔に、哀切的な眼をしばたかせていうのであった。
「ぜいたくいうんやないで。誓約書にサインしたのを忘れたんかい」
「許可なしで、身体に布切れをつけることは、出来ないんだよ。勝手なことすると、あたい達が親分に叱られるんだからね」
「大の男達がさ、涎を流して喜ぶだけのきれいな身体をしてるんじゃないか。何も隠すことはないさ」
ズベ公達は、口々に、そんな事をいいながら、立ち上らせた小夜子の美しい身体に見とれるのであった。
華麗な花園の中で、白露に育まれたような、白い汚れを知らない、花のような美しさを持つ小夜子は、この薄暗い牢舎の中でも、そこだけが光波に包まれているような宝石の輝きを持っている。
この生きた新鮮な美しさを持つ令嬢が、今後、鬼源や川田達の徹底した調教の前に、如何に悶え、そして、屈服し、どのように女の美しさが変化するか、ふと、楽しみになってくるマリや義子であった。
「さ、行くんや」
再び、ズベ公に背を押された小夜子は、身も世もあらず身体を前かがみにし、ふっくらした両乳房と前を各々片手で押さえながら、ズベ公三人に囲まれるようにして、静かに歩き出すのである。
「フフフ、可愛いおヒップね。塩をつけて噛じったら、さぞおいしいことと思うわ」
地下の階段を震えながら上っていく小夜子の尻を、後ろから押しあげるようにして、マリがくすくす笑うのだった
美女対峙
調教室のドアを開け、義子達が小夜子を押しこもうとすると、
「何よ、あんた達」
朱美が、静子夫人の尻の方から、汗だくになった顔をのぞかせて、頓狂な声を出した。
静子夫人に対する調教の真最中であったらしく、立ち縛りにされている夫人の足元を埋めつくしている見物人の田代や森田まで、官能の昂りにふと水をかけられた不愉快さで顔を歪め、
「調教中、だしぬけにドアを開けるんじゃねえ。一生懸命やっているスターの気が白けちまうじゃねえか。気をつけろ」
と、どなるのであった。
悦子は、何かをごまかすように舌を出して笑い、
「本番中なら、表に赤ランプをつける必要があるわね」
というと、馬鹿野郎、放送局じゃあるまいし、と見物人達も笑い出す。
「朱美、一寸、一服しようか」
夫人の前面に身をかがめていた銀子が、声をかけ、二人は、化学実験をしている女子学生のよう真剣な眼差しである。
脂汗を美しい額に一杯浮かべている静子夫人、艶めかしいうなじを、大きくくねらせるようにし、真珠のような美しい歯並びを見せつつ、切断されたものが、ポトリと夫人の足元に落下したが、途端に見物人達は、わっとどよめき、拍手する。
銀子は、立ち上ると、ハンカチを出し、夫人の額の汗を拭きとってやる。
「じゃ、奥様。五分間、休憩しますわ」
「銀子さん」
静子夫人は、気弱なまたたきをして、汗を拭く銀子を見た。
「私、とても疲れたわ。今日は、これまでにして頂けないかしら」
「あら、駄目よ」
銀子は、ぴしゃりと閉め出すようにいい、
「奥様は約束したんでしょ。社長や親分の調教も受けるって。さっきから、お二人は、うずうずして、お待ち兼ねなのよ」
銀子は、そういって、朱美に静子夫人の乱れた髪を直すように命じ、調教室の入口あたりに小夜子を引きずりこんで来ている義子達の方へ行くのであった。
「何よ、あんた達。なぜ小夜子を、ここへ連れこんだの」
「いやな、銀子姐さん。こういういい所のお嬢さんは、一体どんな風に調教していいかわからしまへんのや。そやから、一応、姐さんか川田さんに相談してみよう思いましてん」
義子は、そういって、その場に、胸を抱くようにして、身をちぢませている小夜子に、顎をしゃくるのであった。
「それにしても、ここへ連れこんじゃいけないよ。静子夫人が調教されているのを見たら、胆を潰して身体がコチコチになっちまうよ。こういうおんば日傘で育った娘は、一度に怖い目に合わしちゃいけない。気長に仕込んでいかなきゃね」
などと銀子が講釈を始めたが、そこへ、川田がニヤニヤしながら近づいてくる。
「のんきな事をいっちゃいけねえよ。他の連中と違って、この娘は、調教が遅れ過ぎているんだ。だから、短期間にそれを取り戻さなきゃ駄目だ。五人の別嬪さんが、揃って、スタートラインに並べるようにしてやるってのが俺達の仕事だぜ」
成程ね、と銀子は川田の意見には逆らわなかった。
「じゃあ、あんたの知恵を借りようじゃないか。この御令嬢を、まずどういう風に♢♢」
「待ちな」
川田は、何か腹案があるらしく、銀子を手招きして呼び、彼女の耳に口を寄せるのだった。
「うん。そりゃいい思いつきだよ」
銀子は、うなずいて、川田と一緒に、静子夫人のところへ行く。
床に身をちぢませ、すすりあげている小夜子は、そっと首をあげて、銀子達の動きを泣き濡れた瞳で追った。ネチネチした不気味なムードが先程からこの部屋全体にたれこめているのだ。部屋の隅に近いところで、美しい見事な肉体をした女性が、きびしく緊縛された身を一本の鎖につながれて、つま先立ちをしているようだが、それは、ぎっしり埋め尽す野卑な男女の見物人に隠れて、はっきりとはわからない。何か邪悪で、悲惨ないたぶりを、その女性は受けているようでもあるが、それが、どういう事で、その哀れな女性が誰であるかも小夜子にはわからなかった。が、やがて、自分の運命も、あのようになるのではないかと、身が引きさかれるような思いになり、小夜子は、一層、身体をすくませて、声をあげて泣くのであった。
そんな小夜子の傍に近寄った悦子とマリは、
「ねえ、お嬢さん。あそこに立たされている美しい女の人に見覚えはない。遠山財閥の令夫人、遠山静子女史よ」
えっ、と小夜子は、泣き濡れた瞳をあげた。そして、まさか、と思い、激しく首を振るのであった。
遠山静子夫人は、小夜子の父親の経営する宝石商会の大事な得意客でもあり、また、小夜子にとって静子夫人は、日本舞踊とお茶の師匠でもあった。父親がぜひにと、静子夫人に頼みこみ、弟子など持つのは嫌がる静子夫人であったが、父親に口説き落とされた形で、小夜子の花嫁修業を手伝うことになったのである。だから、小夜子にとっては、静子夫人は師匠であり、先生であった。小夜子が、ピアノのリサイタルをやった時など、夫人は、何百枚もの切符を引き受けてくれただけではなく、花束を持って応援にもかけつけてくれた。客席に、静子夫人が坐った時、その気高い美しさに圧倒され、開幕前であるのに、人々は静まり返ったほどである。
その静子夫人が、この地獄屋敷で捕われの身となっているとは、小夜子には信じられない。しかし、この屋敷へ連れこまれてから、小夜子は、何度か、ズベ公ややくざ連中が、静子という名を口にしたことを思い出した。
もしや、という血走った気持になって、小夜子は、固く乳房を抱きしめながら、そっと顔を上げるのだった。
「あっ」
小夜子の美しい顔は、血の気を失った。
まぎれもない静子夫人の瓜実顔が、立ったり、しやがんだりしている男達の間から、ちらりと見えたのである。
上背があって伸びやかな見事な肉体。睫の長い切長の瞳は軽く閉ざしているが、まっすぐな柔らかい鼻の線、花のような形の唇、雪をとかしたような色白の肌、まさしく、静子夫人であった。だが、何という恐ろしい事であろう。その柔軟な美しい肉体は一本のロープで、きびしく後手に縛りあげられているではないか。静子夫人を、このような姿にして、両手の自由までを奪い、一体、この屋敷に巣くう悪魔達は、何をたくらんでいるのか。勿論、小夜子には、想像も出来ないことであったが、あまりの恐ろしさに、小夜子は小刻みに身体を震わせ、手で眼を覆うのであった。
♢♢一方、静子夫人の両側に立った川田と銀子は、先程から、しきりに難題を夫人に吹きかけていたのである。
「な、今、いったような要領でやってくれりゃいいんだ。何でもねえ事じゃねえか」
川田は、フフフと口を歪め、朱美の手で髪をすきあげられ、ローションを吹きかけられたりしている静子夫人を見ながら、いうのだった。
川田は、村瀬小夜子が、静子夫人について日本舞踊や茶の湯を習っていた事をふと思い出し、奇妙な事を考えついたのである。
つまり、それは、小夜子の師匠であった静子夫人に、おびえきっている小夜子から恐怖心を取り除かせ、こういう世界で働く事が女として如何に楽しいものであるかという事の説得をさせる事なのだ。
「俺達が、ああだ、こうだ、とやかましくいうよりも、小夜子の先生であった奥さんが、優しく説得してやってくれりゃ、小夜子だってその気になると思うんだ。何しろ、小夜子にとっちゃ、尊敬している先生のいう事だし、それに、実際に悦んで見せてやりゃ、なるほど、そんなもんかなと思うぜ。どうだい、やってくれるだろうな」
静子夫人は、川田から顔をそらせるようにして、眼を閉じ合わしている。
「どうなんだよ。おい」
川田は、夫人の顎に手をかけ、ぐいと自分の方へ顔を向かせるのだった。
小夜子に、そんな説得をして、次には、自分が責めを要求し、小夜子の前で悦んで見せるなど、静子夫人は、川田の卑劣な着想に、涙が胸をついてこぼれそうになった。が、それを強く拒絶するだけの気力もなくなっている夫人は、ただ眉を悲しげに寄せ、眼を固く閉じ合わせているだけなのである。
「黙っているところを見ると、不承知なんだな。それじゃ、こっちにも考えがあるぜ」
川田は、冷酷で残忍なものを眼の底に浮かべ、夫人の臍を指ではじくのだった。
静子夫人は、眼を開き、悲しげな視線を川田にそそいだ。
今更、拒否したところで、どうなるものでもないという悲しいあきらめが夫人の表情に現われている。こうした地獄から逃れる術はないのなら、腰をすえてかからなければならないといった決意の色も表情に現われていた。犬になったら犬に、猫になったら猫の生き方があるような捨鉢な気分でもあった。
「わかりましたわ、川田さん」
「よし、じゃ、やってくれるんだな」
静子夫人は、小さくうなずく。
川田は、入口にいる義子達に向かって声をかけた。
「おい、お嬢さんを、ここへ連れて来な。元遠山夫人が、ぜひ話をしたいといってらっしゃるんだ」
静子夫人は、小夜子が、この屋敷へ捕われているという事は知っていた。知っていたとて、自分に何が出来るというものではない。何とかして、この地獄屋敷から逃走してくれるよう心の中で祈っていたのである。それと、もう一つは、鬼源や川田に調教されているあられもない自分の姿だけは、小夜子の眼に晒したくなかった。何時であったか、遠山家の広大な庭の一隅に建つ茶室の中で、美しい振袖姿の小夜子と茶釜をはさんで対峙したすがすがしい朝の光景が、ふと、静子夫人の脳裡をかすめるのである。
このような、みじめな恥ずかしい姿で、小夜子と対面するなど、果たして、これは、この世の出来事であろうか。たまらない気持になって静子夫人は、身体を硬化させ、深く、うなだれてしまうのだ。
「何してんのよ。早くおいでったら」
マリと悦子に、両手をかいこまれるようにして、小夜子は、静子夫人の前へ引き出される。
「せ、先生!」
と、小夜子が静子夫人に向かって、叫んだので、ズベ公も、やくざ達も、わっと哄笑するのだった。
「そうかい。静子夫人は、このお嬢さんにとっちゃ先生だったんだな」
と田代が、胸も腰も、ハチ切れそうに肉づいている美しい人妻と、何から何まで細い柔らかいウェーブで取り囲まれているような身体つきの令嬢を見くらべるようにして、ニタリと口元を歪めるのだった。
「そういえば、このお嬢さん、どこかで見たことがあると思ったわ」
と、千代が乗り出してくる。
「そうだ。何とかいう宝石商のお嬢さんなのね。思い出したわよ」
千代は、一人でうなずきながら、田代や森田に、小夜子が静子夫人について、日本舞踊や茶などを習っていたことを説明するのであった。
「ここじゃ、そんな高級な事を教える必要はねえ。女として、もっと楽しい事を静子夫人は教えてあげようと、おっしゃるんだ」
川田は、うきうきした調子で、二人の美女を見くらべるようにしていう。そして、チンピラやくざに命じて、天井の梁にロープを結ばせるのだった。
静子夫人が立たされているすぐ前に、一本のロープが垂れ下がる。手をのばせばとどきそうな、そんな距離に、小夜子も立たせて、夫人に色々と語りかけさせるという川田の着想であった。
「さ、お嬢さん、あんたも、前の先生のように、おとなしくお手々を後ろに廻して、縛って貰いな」
川田がそういうと同時に、麻縄を持って、待機していた悦子とマリが、胸を抱いている小夜子の両手を強引に後ろへねじ曲げようとするのだ。
「やめてっ、嫌、嫌よ」
小夜子はズベ公達に取られた手を引き抜こうとし、必死に抵抗を始めるのだったが、
「手間をとらすんじゃねえ。少しは、前の先生に見習ったらどうだ。ちゃんと、先生は、見本を示して下さっているぜ」
森田は、そういって、川田と二人、ズベ公達の仕事に協力するのだった。
「先生っ。私達、ど、どうして、こんな目に遭わされなくちゃいけないの! ね、先生、何とかいって下さい!」
小夜子は、川田やズベ公達の手で、ひしひし、縄をかけられながら、必死になって叫ぶのだ。
♢♢小夜子さん、私達は、こうして生きながら地獄へ落ちる運命だったのよ。でも、希望を失っちゃいけない。どのような仕打ちを受けても、生きつづけなきゃ駄目よ♢♢。
静子夫人は、心の中で、血を吐く思いで叫び、顔をねじるようにして、小夜子から眼をそらしつづけるのであった。
小夜子の熟した白桃のような形のいい乳房の上下には、太目の麻縄が二本三本とかけられ、やがて、小夜子をきびしく後手に縛りあげた縄尻は、天井から垂れ下がるロープにつながれて、遂に小夜子は、夫人と同様にされた姿のまま、一米もない距離をはさんで、夫人と向かい合ったのである。
悲しい説得
互いに顔をねじ曲げて、視線をそらせ合っている美しい師匠と美しい弟子を、千代は、楽しい気分で眺めている。
去年の正月であったか、遠山家では、日頃親しくしている財界の知名人や大使館に勤務する外人を招いて、正月パーティをやり、そのあと、二階の大広間で静子夫人と小夜子が、日本舞踊を披露した。それを、千代は、ふと思い出している。遠山が贅をこらして作りあげた、檜の舞台の上に、金紙の烏帽子をかぶり、雪のように白い化粧をほどこした静子夫人と小夜子が、棹のようなものと舞扇を使って、華麗な舞いを演じ、来客の喝釆を受けた。それが、三番叟というのか、朝妻船という舞踊なのか、無学な千代にはわかる筈はなかったが、あの華美で豪奢な衣裳をまとって目もさめるような美しい舞いを演じた静子夫人と小夜子が、つまり、師弟の関係にあった二人の美女が、今、ここに、生まれたままの姿となって、対峙し、今後は、森田組仕込みの裸踊りを演じることになるのだと思うと、息がつまるほど、おかしくなってくる千代であった。
川田、田代、森田の三人などは、向かい合っている美女の間に、だらしなく坐りこみ、静子夫人のそれと、小夜子のそれを見くらべては笑い、ウイスキーをくみ合っているのである。
やがて、川田は、のっそりと立ち上り、静子夫人の柔軟な肩に、顎を乗せつけるようにしていう。
「へへへ、何時まで照れ合っていたって仕方がねえぜ。さっき俺が教えてやった通りの要領で、小夜子を説得してくんな」
静子夫人は、苦しげに眉を寄せて、川田から顔をそらせたが、後ろから、銀子が、夫人の尻をつねりあげた。
「ぐずぐずすると、二人とも、例の薬を塗りこむよ。一緒に声をはりあげて、泣いてみたいのかい」
静子夫人は、うなだれたまま、首を左右に振るのであった。
「じゃ、早いとこ頼むよ」
銀子は、そういって、今度は、小夜子の方へ立ち、
「フフフ、お嬢さん。これから、貴女のお師匠さんがね、お茶やお花なんてチョロイもんより、もっと楽しいものがあるってことを教えて下さるそうよ。さ、そんなに顔を隠していちゃ、先生に失礼じゃないの」
銀子は、小夜子の顎に手をかけ、顔を起こさせる。
「せ、先生!」
小夜子は、涙を一杯ににじませた瞳を上げ、
「ど、どうして、先生は、こんな所に。わからないわ、わからないわ」
そういうや堰を切ったように、小夜子は泣き出すのであった。
銀子は、北叟笑んで夫人の方に眼をやり、
「どうして、こんな所にいるのって、お嬢さんが聞いてるじゃないの。さあ、早く答えてあげて、奥様」
静子夫人は、しばらく瞑目したまま、心の動揺を押さえていたが、未練を断ち切ったように美しい顔を上げ、
「ねえ、小夜子さん。私のいうことを、よく聞いて下さいね。静子は、自分から好んで、このお屋敷へ来たのよ」
えっと、小夜子は首を上げた。静子夫人の瞳の表には、悲しそうな影が射している。
「遠山隆義との夫婦生活なんて無意味であったことが、ここへ来て、やっとわかったの。静子は、女としての悦びを、ここへ来て、充分、知ることが出来たのよ」
小夜子は、息のつまるような思いで、夫人の顔に眼を向けている。
「静子は、もう遠山家とは、縁もゆかりもない女。名も捨て、財産も捨て、そして、着ているものまでも。今の私の持っているものはこの肉体だけなのよ。でも、それを、私は、森田組の皆様に、一生捧げることにしたの」
「な、何をおっしゃるんです。先生、気をたしかに持って下さい!」
小夜子は、たまらなくなって、緊縛された身を激しく揺するのだったが、静子夫人は、黒眼がちに澄んだ瞳に、キラリと涙を光らせて、「小夜子さん、お願い。貴女も、静子のような気持になって、このお屋敷で楽しく暮すことを考えて頂戴」
そういった静子夫人は、こらえ切れなくなって、ハラハラと涙を流しつつ、
「いくら、いくら逃げようとしても、もう駄目なのよ。楽しい思い出を胸の奥にこめて、このお屋敷で、お互いに仲よく暮しましょうね、小夜子さん」
静子夫人は、遂に声をあげて泣き出してしまうのだった。
地獄屋敷内での数々のおぞましい調教から逃れる方法はただ一つ。この調教を快感として受け取れるような肉体に我が身を作り変えることだとして、夫人は、川田に強制されたこととはいいながら、半分は、自分の意志で、小夜子に、さとしているのでもあった。
鳴咽しながら、語りかける夫人を見て、小夜子は、それが悪者達に強制されて、夫人が自分をいつわり、必死になって演じているのだとわかったが、夫人も、自分と同様、誘拐されて、ここへ運びこまれ、日夜、口ではいえぬ程の、おぞましい責めを受けていたのだと思うと、胸がはりさけるばかりの思いになる。
「先生!」
小夜子は、いう言葉もなく、すすり泣く。
小夜子とて、この屋敷に巣くう悪魔達のために舌を噛み切りたい程の辛い恐ろしい目に遭わされたが、夫人が身に受けた苦しさにくらべれば、ものの数ではないのではないか、といった気持になる。
「おいおい、急に二人とも、メソメソして、嫌にしめっぽくなったじゃないか。さ、奥さん、次はどうするんだ。早くしろよ」
川田は、そういって、夫人の肩をつく。
静子夫人は、涙をふり払うようにして、川田の顔を淋しい微笑を浮かべて見るのであった。
「ごめんなさいね。何だか、急に悲しくなってきたの」
そして、夫人は、再び、小夜子の方に視線を向け、
「それじゃ、小夜子さん。どれほど、静子がこのお屋敷の人々に可愛がられているか、その証拠をお見せするわ」
「その前に」
と川田がニヤニヤしながら、夫人の耳に口を当てる。
眉をひそめ、静子夫人は顔をそらせる。
「そんな事、別にしなくたって」
「いいから、やんな」
川田は、えへらえへら笑っている。
夫人は、再び、小夜子に向かって口を開いた。
「ねえ、小夜子さん」
と、いったものの、夫人は、どうにも、その言葉は出しかねて、頬を染め、もじもじしていたが、思い切ったように、
「これから、お互いに鍛えなけりゃならない所を観賞して、批評し合いましょうよ。ね、こんな風に肢をお開きになって」
長年、日本舞踊で鍛えた夫人は、肉づきもよく、白い脂肪のしぶきで光って見える。ピーンと緊り、豊満にして、艶麗な肉体に一種の輝きを添えたよう一層美しさは増すのであった。温雅と淫奔とが同居したような静子夫人の両肢を大胆に割ったポーズは、大いに見る者の眼を楽しませたのであるが、小夜子は、逆に、ぴったりと閉ざし、赤らんだ顔を必死にねじ曲げているのである。
「ずるいわ。静子だけに、こんな恰好をさせるなんて。ねえ、小夜子さん。貴女もお開きになって」
静子夫人は、川田に強制された通り、演じつつ、鼻を鳴らすようにして、小夜子に語りかけるのであった。
「おい、お嬢さん」
田代と森田が、酒に火照った頬をなぜながら、身体を硬化させ、小刻みに震えている小夜子の傍へにじり寄る。
「弟子は、師匠のいう通りにするもんだぜ。そら、師匠がああやって見本を示して下さってるじゃねえか」
と、森田が小夜子の臍のあたりをつつくと田代も、舌なめずりをしながら、
「師匠が弟子と光栄じゃないか」
屈辱に悶え泣きし始めた令嬢を、静子夫人の横に立っている川田と銀子は、小気味よさそうに眺めている。川田は、再び、静子の耳に口を当てる。
静子夫人は、人間的感情の一切を投げ捨てた冷淡さを顔に表わし、ぼんやり川田のいうことを聞いているのであった。そして、今度は田代と森田に対し、夫人は語りかけるのである。
「ねえ、社長、かまいませんわ。その強情な娘を縛りあげて下さいまし。師匠の私に、恥をかかすなんて、許せませんわ」
森田と田代は、身をかがめて、
「お前さんが強情だから、とうとう先生を怒らせてしまったじゃないか。こんな事はしたくねえんだが、静子奥様の命令なんだ。恨むなら奥様を恨むんだぜ」
森出と田代は、手に力を入れる。
「あっ、な、何をするの! やめてっ」
小夜子は、狂気したように首を振り、足をばたつかせようとしたが、森田と田代の馬鹿力に勝てるわけはない。
静子夫人は、涙に濡れた瞳を物悲しげに細めて、左右に両肢を大きく開いた小夜子を見るのであった。
各々の足首を床に打ちこまれてある竹ぐいに皮紐で結んだ田代と森田は、ほっとして立ち上り、首も顔も燃えるように熱くしてすすり泣く小夜子を、しげしげと見つめるのである。
「何も、そんなに恥ずかしがることは、ねえだろう。そういう風にすると、きれいな身体が一層きれいに見えるぜ」
そして、見物人達は、二人の美女の周囲をぐるぐる廻ったり、二人の間へ割りこんだりして、その美しい見事な肉体を観賞するのだ。
「さて、見物衆の批評も大方出つくしたようだ。今度は、本人同士で批評し合ってみな」
川田は、夫人の足元にあぐらを組んで悦に入っている。
遠山家の美しい庭園の見える日本間で、この二人の美女は、仲良く踊りの所作を研究していたのだ。手や上体を折り曲げるようにして、様々の優美な曲線を出すよう工夫し合っていた大家の令夫人と深窓の令嬢♢♢それが今、川田は、何とも不思議な気分になり、矢鱈にウイスキーをあおるのである。そして、声を大きくして、夫人に浴びせた。
「よ。いつまでも照れ合っていねえで、批評をし合わないか」
静子夫人は、そっと眼を開き、小夜子の方を見た。涙に濡れた美しい小夜子の視線と夫人の視線は、ぴったりと合った。
(許して、許して、小夜子さん)
静子夫人は、何度も心の中で叫び、半ば、自虐的になって、口を開くのであった。
「さあ、小夜子さん。今度は私達で批評し合いましょうよ。
遠慮なさらず、おっしゃりたい事をおっしゃって」
そして、静子夫人は、一層、恥ずかしげに眼を閉ざすのである。
調教開始
小夜子は、眼の前の夫人がとる仕草に、ぞっとする恐怖を覚え、歯ががくがくなるのである。これが今まで、尊敬し、師事した静子夫人に、間違いはないのであろうかと小夜子は、信じられない思いになる。
「先生! やめて、やめて下さい!」
小夜子は、白い頬を充血させ、激しく首を振った。両手が自由になれば耳を覆ってしまいたい。それほど、静子夫人の言葉は小夜子にとって、恐ろしいものだったのである。
首をねじ曲げるようにして、夫人から必死に視線をそらせようとする小夜子を見た銀子と朱美は舌打ちして、
「ちゃんと見なきゃ駄目だよ。あんた、先生のいうことに、さからう気なの。承知しないわよ」
そして、二人のズベ公は、小夜子の髪や、顎をおさえて、ぐいと夫人の方へ視線を向けさせるのであった。
静子夫人の方では、相変らず、川田がニヤニヤして、後ろから夫人の肩を抱きしめるようにし、しきりに何か耳にささやいているのだった。
「さ、小夜子さん。よくごらんになって。これが、静子のお♢♢」
夫人が口ごもると、川田が邪慳に、夫人の尻をつねりあげるのだ。
「貴女、静子のここ、はっきり見たのは初めてでしょう。どう、すばらしいとお思いにならない。ねえ、何とか、おっしゃって」
そして、夫人は前へ廻って来た川田に向かって、彼に指示された通り、一抹の憂いを帯びた眼を恥ずかしげにしばたきながら、
「ねえ、川田さん。小夜子さんに私、羞恥というものを完全に捨てた女になったことを、お知らせしようと思うの」
「なるほど、腹の中まで見せてやりたいってわけだな」
川田は、ニタニタ口を歪めている。
ええ、と夫人は、うなずいて、ほんのり頬を染め、そっと横へ顔をそむけるのであった。
「で、俺にどうしてくれというんだね」
川田は、静子夫人の軽く瞑目した美しい横顔に眼を向けていうのである。
夫人の羞じらいのこもった美しい容貌は、紅を流したように熱くなる。
「どうしたんだよ。はっきりいいなよ」
自分が夫人に教示しておきながら、川田はわざと、とぼけて見せるのだ。
静子夫人は、悪寒のようなものが身体中をかけめぐるのを押さえるべく、しばらく努力していたが、やがて、放心したような、うっとりした眼を川田に注いで、
「ねえ、花を開かせて下さらない。花の実を小夜子さんに見て頂きたいの」
「さすがは、生花の大家ね。おっしゃることがきれいだわ」
といい、ホホホと笑ったのは千代である。
ふと、それに眼をやった小夜子は、うっとうめいて固く眼を閉ざし、ぶるぶる身体を震わせるのである。
何という恐ろしい、いや、恐ろしいとか残虐といったものではなく、小夜子の身内には得体の知れない暗い波が押し寄せ、船酔いにあったような反吐を吐くのではないかと思ったぐらいである。
静子夫人は、雪白の艶やかなうなじを大きく見せ、美しい眉を切なげに曇らせつつ、ゆるやかに首を振っている。
「さ、小夜子さん。ご覧になって。これが静子の、これが静子の、ああ♢♢」
夫人が、歯を噛みならして、大きく首をのけぞらせた時、
「おい、川田、調子に乗るんじゃねえ」
と、森田が声をかけた。
へい、と川田は、へへへ、と卑屈に笑うのだった。
「どうも、わっしは、すぐに調子に乗っちゃうくせがあるもんで♢♢」
「奥さんを責めるんじゃなく、小夜子の調教について、奥さんの知恵を拝借しようっていうことだったんだろ」
妙に嫉妬めいた気分になって森田はむずかしい顔をしていう。この天下の美女に対し、川田が何時もいい役廻りを演じているように思うのだ。好色な事に関しては、田代も森田も川田以上に物凄さがあったが、しかし、衆人環視の中では、川田のように巧妙に立ち廻ることが出来ない。やはり、四十代の男だけに照れくささということもあり、寝室以外では、何か場違いの感じ、抜け目なく情念を満たそうという芸当は出来ない。好色と一口にいっても、色々と種顔はあるようである。
それだけに、川田が、調子づいてくると、森田は楽しい気分であるにはあるのだが、度を越してくれば、何となく不愉快で、たまには、こっちへ主導権を渡せ、といった気分になるのである。
さすがに川田は、そういう事は見てとっている。
「じゃ、一つ、今度は社長と親分に代っていただきましょう」
と如才なくいい、へへへと追従笑いをするのであった。
「代れといったってよ、川田、一体、どういう風に♢♢」
やはり、川田から、要領を聞かねば着手出来ない森田と田代であった。
「そいつは、この奥様に、聞いておくんなさい。ちゃんと打ち合わせずみですから」
川田にそういわれて、森田と田代は、静子夫人の両側に分かれて立ち、元通り閉じ合わせてやる。
伸びやかな美しい肢体を持つ静子夫人は、肢を開かせてみても、閉じ合わせてみても、高雅な美しさは変らず、それでいて、充分男性の官能をうずかせる。
「さて、奥さん。そろそろ小夜子嬢に調教をほどこさなきゃならないんだが、まず、どういう所から手をつけるべきだね。フフフ、見給え、小夜子嬢、さっきから待ちくたびれていらっしゃるよ」
田代は、そっと接吻していうのであった。
「小夜子さんは、何といっても、いい所のお嬢さん。最初から、手荒な事をしちゃいけませんわ、恐怖心を取り除き、くつろいだ気持にしてあげて下さいまし」
夫人は、そういった途端、がっくり首を落とし、肩を震わせて泣き出した。
「許してっ、小夜子さん。ここは、地獄なのよ。たとえ私が、貴女の身代りになるといったところで、この人達は、貴女を許すようなことはしない。し、辛抱して頂戴!」
川田のいいなりになっている自分の浅ましさに急に憤りを感じたのか、夫人は、突然、取り乱したのである。
「つまらねえこと、いうんじゃねえ」
川田は、いきなり、近寄って、静子夫人の頬を平手打ちするのであった。
「俺に命令された通りやってりゃいいんだぜ。せっかくムードが出てきたと思ったのに、これじゃブチこわしじゃねえか」
川田は眼をつりあげて、更に夫人の頬を打とうとしたが、それを田代と森田は押し
とどめる。
第三十七章 あくどい陥穽
修羅図
川田に命じられてチンピラ達は調教室の戸棚を開き、奇妙なものを取り出した。ゴム管やメーターのついた天狗の鼻のような筒具で塩化ビニールで作られた張形のようなものであった。
「これ、何だか、わかるかい。お嬢さん」
川田はチンピラの一人から受け取ったそれを小夜子の眼に示してゲラゲラ笑った。
「奥様の口からお嬢様に説明して頂いたほうがいいだろう」
と、田代は口元を歪めていった。
「それはね、小夜子さん。腟圧計というものなの」
静子夫人は川田に催促されるように耳たぶをつねられると唇を慄わせながらいった。
「緊縮力をテストするお道具なのよ。卵を割ったり、バナナを切ったりするためには、そういうお道具を使って女の武器を鍛えなければならないのです」
最初は辛いやら、恥ずかしいやらで、私、ずいぶんと反撥したのですけど、近頃では腟圧計を使われる事が段々と楽しくなってきたのよ、と、静子夫人は川田に強要された言葉を小夜子に向かってはっきり口にするのだ。
「そいじゃ、この後、鬼源さんに任せるよ」
といって川田は鬼源の手にその珍妙な器具を渡した。
鬼源は静子夫人の膝元に腰をかがませると早速、夫人の両腿の間の薄絹のような柔らかい繊毛を掌で撫であげ、さすり上げ、早速、その部分に膣圧計を深く含ませようとする。
すると夫人はそれに協調を示すかのように官能味のある乳色の両腿を大胆に左右に割り、それを深く奥へ引きこむかのようにくなくなと腰部を切なげによじらせるのだ。
ふと、それを眼にした小夜子は慄然としてあわてて前面から視線をそらせた。
「小夜子さん、見なきゃ駄目っ、見るのよ」
と、静子夫人は激しい狼狽を示し始めた小夜子に気づくと叱咤するようにいった。
「そうだよ。先生に恥をかかせちゃ駄目だ。調教とはどんなものか、奥様はお嬢さんにその見本を示して下さろうとしているんだからな」
と、森田は横にねじ曲げようとする小夜子の顎のあたりに手をかけて強引に顔面を正面に向けさせようとする。
「まだ潤みが足りねえな」
といって鬼源は指に唾をつけ、夫人のその秘裂の内側をゆるやかに掻き立てている。
「ね、川田さん、おっぱいを揉んで」
と、夫人は情感の迫ったねっとりした瞳を川田の方に向けて甘くねだるような口調でいった。
川田はよしきたとばかり夫人の背後に廻って麻縄に上下をきびしく緊め上げられた夫人の乳房を両手で包みこむようにつかみ、ゆるやかに揉み上げる。そして、ピンク色に息づく乳頭を指でつまんでコリコリと揉み上げるのだ。
ああ、と夫人は切なげに吐息を洩らし、ぐっと上気した顔をねじるようにすると」
「ね、川田さん、舌を吸って」
と、甘く誘いこむような声を出すのだ。
森田に顎をとられて川田とぴったり唇を重ね合わせている夫人を眼にした小夜子は耐えられなくなったように身悶えして、
「やめてっ、奥様っ、やめてっ」
と、甲高い声をはり上げた。
静子夫人に何か淫魔のようなものがとり憑いたのか、小夜子はぞっとするものを感じたのだ。
「女の色気ってやつをおめえに教えて下さっているんじゃねえか。感謝しなきゃ駄目だ」
と、森田は狂おしげに身悶えする小夜子を押さえこむようにして笑った。
「よしよし、大分、濡らしてきたな」
鬼源は頃はよしと見て指先の愛撫を止めると腟圧計を取り上げ、筒具の先端を軟化した女の粘膜の内側へぐっと沈みこませていく。
静子夫人は、絶息するような声をはり上げて大きく首すじを浮き立たせた。
夫人を後手に縛ったその縄尻は一本の鎖につながれているのだが、夫人が狂おしく身悶えする度に天井の梁に結んである鎖が音を軋ませて揺れ動く。
義子が身を低ませて腟圧計を深々と呑みこんだ夫人の股間をのぞきこみながら、
「そら、緊めんかいな。腿と腿とをすり合わせてしっかり緊めて見せるんや」
と、笑いながらいった。
静子夫人はキリキリ奥歯を噛みしめながら今、鬼源の手で体内深くに注入された筒状の圧力計を乳色の両腿を重ね合わせるようにしながら懸命に緊め上げようとしている。
その一種異様で淫らな光景を眼にした銀子は嗜虐の情念を煽り立てられたのか、床に転がっていた青竹を手にすると夫人の背後に廻った。
「しっかり緊めないか。尻の穴に力を入れてもっと景気よく緊めるんだよ」
と銀子は興奮してわめき立てると、いきなり青竹で夫人の景箇のある双臀を力一杯、ひっぱたいた。ぴしりっと肉のはじけるような小気味のいい音が車内に響き渡る。
「私も手伝わせて頂こうかしら」
千代が金歯を見せて笑いながら夫人が体内に含めた圧力計のゴム管をつかんだ。そのゴム管の先端にはゴム球がついていて、そのゴム球を指で強く押すと夫人が体内に含んだ塩化ビニールの筒具に空気が注ぎこまれて腟内で膨張することになる。膨張した筒具を襞で喰いしめ、緊縮力を発揮すると押し出される空気の量によってメーターが作動し、女陰の収縮力が表示される仕組みになっているのだ。
千代がゴム球を指で押し始めると夫人は絖のような光沢を帯びた優美な裸身を大きくよじらせ、ああっと大きく首すじを浮き立たせた。その陶器のように白い首すじにも、麻縄に緊め上げられた情感的な形のいい乳房にもねっとりと脂汗が滲み出ている。
千代がゴム球を押すことによってシューシューと空気が送りこまれ、薄絹の悩ましい繊毛はフルフルと微妙に慄え、筒具の膨張と共に夫人のその花肉の丘は息苦しいばかりに小高く盛り上ってくるのだ。
「ああ、千代さん、そ、そんなに大きくしちゃ嫌っ」
静子夫人は調子づいて空気を送りこもうとする千代に対し哀願したが、鬼源がせせら笑いながらいった。
「そのうち、ニグロの客と寝なきゃならねえ事もあるんだ。あいつらは皆んな馬並みのでっかさだぜ。そいつらを緊め上げるための練習だと思いな」
夫人は歯を喰いしばった表情になり、形のいいくびれた腰部をぐっと前に突き出すようにしながら肉層の内部で膨張したそれに筋肉の圧迫を加えようとしている。
官能味のある乳色の両腿をくねらせながらハアハアと半開きになった唇から熱い息を洩らしている夫人の乱れ髪をもつらせた横顔は、千代の眼にも川田の眼にも何とも凄艶なものに映じるのだった。
「さ、もっと力を入れて緊めてみな。まだまだ筋肉に力が入る筈だ」
と、鬼源は千代の持つメーターの針の動きに眼を向けながら不服そうにいった。
「もう、これ以上、無理ですわ」
と、夫人は両肢を踏んばり、腰部を更に突き出すようにしながらうめくようにいった。
「銀子、ケツの穴に指を突っこんでやんな」
と、鬼源はいった。
「銀子の指を肛門で緊め上げてみな。そうすりゃ、もっと前の筋肉に力が入る筈だ」
鬼源に声をかけられた銀子は夫人のムチムチした双臀を両手で割り裂くようにしながらその奥深くの陰微な菊座の蕾を指でまさぐり、コールドクリームを塗り始めている。
静子夫人の顔面は更に上気し、紅潮した。
「ううっ」
銀子の指先がその隠微な部分をいきなり突き刺してくると夫人はさも苦しげに眉を寄せ、獣のようなうめきを洩らした。
頭の芯にまで響くような、おぞましさを伴う妖しい快感とも汚辱感ともいえぬものがこみ上げてきて夫人は汗ばんだ裸身を一層、悶えさせた。
「さ、しっかり緊めるのよ」
銀子は一本の指先を更に押しこむと夫人のその隠微な花肉は異様な緊縮を示してギュ—と強く銀子の指先を緊め上げるのだった。
「ここは奥様の強い性感帯だって事はもうわかっているのよ」
銀子は淫靡に笑いながら潤みを帯びた菊花の蕾を指先で更にえぐり、遮二無二掻き立てるのだ。
「ああっ」
と、夫人は汗ばんだうなじを浮き立たせ、舌足らずの悲鳴を上げた。
「や、やめてっ、銀子さん」
鬼源は同時にぐっと筒具を押して出る。千代がゴム球を押して空気を送りこむ。
「そら、やる気を起こせばまだまだ緊められるじゃないの」
千代はメーターの針が激しく揺れ動くのを眼にしながら楽しそうにいった。
「バナナ切りが出来るんだから、今度は三段緊めとか、俵締めとかの高度の技術を覚えるんだ。両穴を使って客を楽しませるコツも覚えなきゃあな」
俺はお前さんをその道のプロに仕上げるために命を張る気になっているんだ、といって鬼源は川田や森田達を笑わせている。
「さ、うんと腰を突き出すようにして力を入れたり、抜いたりしてみな」
鬼源に指示されるまま夫人は腰部を千代の眼前に誇張的に押し出すようにし、それにねっとりからみつく肉襞の強い収縮まで千代の眼にはっきりと晒け出している。
「まあ、お見事というか、いやらしいというか、これが遠山家の令夫人だったなんてとても信じられないわ。淫婦の正体をとうとう晒け出したというわけね」
と、千代は激しく揺れ動くメーターの針を眼にしながらハアハアと苦しげに息づく夫人に対し、毒っぽい揶揄を浴びせかけている。
静子夫人は千代のそんな言葉などもう耳に入らないのか、上気した頬まで痙攣させながら暴力行使者の手管に操られ、順応するだけとなっていた。腟圧計の先端に一旦吸いつけば離れないといった粘っこい吸引力を伝えながら全身を溶けこませるような快美感を更に貪欲に感受しようとするのか、鬼源の責具の操作に合わせて突き出した腰部を前後左右に無意識のうちに揺さぶりだしている。
「そう、そう、その調子だ」
と、鬼源が夫人の腰の動きとメーターの針とを交互に見つめながら満足そうにいうと突然、夫人は汗ばんだ全身を慄わせながら、
「ねえっ」と、ひきつった声をはり上げた。
「こ、これ以上、続けると、私、いきそう。いってもいいっ」
と、次にむせ返るような声で自分に陶酔の極限が近づいた事を鬼源に知らせるのだ。
「ああ、いいとも。ぐっと緊め上げながら気をやるんだ」
鬼源は痛快そうにいった。
川田が再び、夫人にぴったり身を寄せつけて夫人の麻縄に上下を緊めつけられた形のいい乳房を掌で包み、ゆさゆさと揉み上げる。
すると、もう抜き差しならぬ状態に追い上げられている夫人は情感的な濡れた瞳を宙に向け、腰部を更に突き出すようにしながら筒具に巻きつけた肉襞をギューと強く収縮させた。
「小夜子さん、見て、静子はこんなに淫らな女になってしまったのよ」
夫人はうわ言のように口走り、そんな夫人のわなわな慄える唇に川田が唇を押しつけてくると夫人はためらわず、川田とぴったり口を重ね合わせ、貪り合うように舌先をからませるのだった。
そして、その瞬間、夫人は、「ううっ」と、絞り出すようなうめきを洩らせて川田から唇を離すと上背のある緊縛された裸身をぐっと後ろに反り返らせるようにした。
鬼源の操作する腟圧計に収縮力を注ぎかけているうちに遂に快楽源を突き破られ、夫人の下腹部は瘧にでもかかったようにブルブルと激しく痙攣を示す。
「ああっ、いくっ、いくわっ」
夫人は細い眉根を苦しげに歪め、真っ赤に上気した顔面を大きくのけぞらせた。
「まあ、すごい」
その瞬間に圧力計の針が激しく揺れ動くのを眼にした千代は狂人めいた笑い方をした。
「これで、奥様のそこが名器だって事、私もはっきり認めたわ」
と、千代が痛快そうにいうと、背後から夫人の双臀の内側深くに指先を喰いこませていた鍛子が、
「こっちの方だって凄い力で緊めたわよ。指先が痺れたくらいだわ」
銀子はこの奥様は肛門の方でも充分、機能を発揮されるみたいね、といって笑うのだ。
銀子の指先は夫人の双臀の奥に秘めた微妙な菊座の蕾を深々と突き抜いているのだが、そこにも今、頂上を極めた悦楽の余韻がヒクヒクと伝わってくる。
千代は夫人の乱れ髪に手をかけ、ぐっと夫人の顔を正面に起こさせて、半ば放心したように視点の定まらぬ情欲に溶けた瞳を粘っこく開いている夫人の妖しい横顔に見入るのだった。
「圧力計でテストされている間に気をやっちゃうなんて、奥様は根っからの色好みに出来ているのね」
千代はそういって身体をよじらせるようにしながら小気味よさそうに笑った。
そして、千代も銀子も夫人と対峙するようにつながれている全裸の小夜子の方に眼を向けた。
両肢を割ってそこに晒されている小夜子はねじるように真っ赤な顔面を横にそむけ、ガクガクと全身を慄わせている。
深窓に育った令嬢が一秒として正視出来るものではない淫猥な修羅場、小夜子は魂も凍りつくばかりの衝撃を受けた筈だが、それは病的な嗜虐趣味者にとっては思う壷である。
「ちょいと、お嬢さん」
義子が小刻みに全身を慄わせている小夜子の傍へ寄っていく。
静子夫人の官能味を盛り上げた艶っぽい裸身とは対照的に、小夜子の裸身は硬質陶器で出来たように冷たく冴えて如何にも令嬢らしい気品と初々しさに満ちている。夫人の情感を湛えた優美な乳房とくらべて小夜子のそれは半球型に形よく盛り上り、未だ成熟し切らない可憐さを匂い立たせていた。
また、静子夫人の股間にふっくらと盛り上る漆黒の茂みは女盛りの妖しい生暖かさを感じさせるが、小夜子のそれは薄絹のような繊細さで夢幻的に柔らかい盛り上りを見せている。
「調教されるという事はこういう事やと遠山静子夫人がお嬢さんに示してくれてはるのや。静子夫人はお嬢さんの生花の先生やったそうやが、これからはこういう色の道の先生もつとめて下さるのや。そやのに不愉快そうに眼をそらせるなんて、先生に失礼やないの」
と、義子は小夜子の白磁の肩先を小突くようにしていった。
その瞬間、小夜子はがっくりと首を前に深く垂れ下げた
悪の部屋
冷たい空気に、頬をなぶられ、ふと、小夜子は眼を覚した。
薄暗い牢舎の中である。気を失っている間に、再び、ここへ運びこまれたものらしい。
金網の張られた小さな窓から、ぼんやりと朝の光が差しこんでいる。
はっきりと正気に戻って、小夜子は上体を起こした。縄は解かれていたが、本能的に身体をちぢませる。そして、昨夜、自分の眼の前で行われたことは果たして、この世の出来事なのかと、荒むしろの上に額を押しあて、体を小刻みに震わせるのであった。
ああ、これが夢であってほしい、と歯を噛み鳴らしながら、すすり泣きを始めた時、誰かが階段を降りて来る気配。はっとして、小夜子は泣き濡れた顔をあげる。
鬼源と銀子であった。
「ずいぶんと、よく眠っていたわね。もうお昼近くなのよ」
銀子は格子の中から小夜子をのぞいて、白い歯を見せた。
小夜子は、腕を必死に抱くようにして、後ずさりし、呪いとも、恨みともつかぬ瞳を銀子に向けるのだ。
「へへへ、昨夜は、ずいぶんと面白いものを見学したそうじゃねえか。大いに勉強になったろう」
鬼源がそういって笑うと、
「一番面白い場面で、このお嬢さん、気を失ってしまったのよ。馬鹿ね、人がせっかく、いい所を見せてやろうと思ったのに♢♢」
銀子はそういって、鍵を差しこみ、牢舎の錠前を外しにかかるのだった。
「ち、近寄らないで、お願いです!」
小夜子は、ひきつったような顔をして叫ぶのだった。
「何いってんのよ。静子夫人やその他のスターは、もう一通り、朝の調教をすませてしまったのよ。一番遅れているあんたが、のんきに朝寝なんかしていちゃ困るじゃないの。それに、今夜は、関西の大物がお越しになるんだからね」
銀子と鬼源は、ずかずか牢舎の中へ入って来ると、石のように身を硬化させる小夜子の肩に手をかけ、引き起こすのだった。
「さ、来るんだよ。昨夜、あれだけのものを見せてもらえば、少しは度胸がついたろう」
銀子と鬼源に引きずられるようにして小夜子は牢舎から出て行く。
「嫌っ、嫌っ、ああ、お願い!」
小夜子は、駄々っ子のように、首を振り、腰を振り、牢舎の扉にしがみつくようにして泣きじゃくるのであった。
調教するということは、どういうことなのか。それは、昨夜、嫌というほど思い知らされた小夜子である。
屠殺場へ引き立てられるのを、こばむ小羊のように小夜子は、泣き、わめき、悶えるのだったが、
「わざわざ俺が出向いて来てやったのに、手数をかけるとは何事だ」
鬼源は持ち前のガラガラ声をはりあげ、ぴしゃりと、小夜子の白い頬を、ひっぱたくのである。
それで小夜子は、一気に身体中の力が抜けてしまったよう鬼源や銀子に背を押されるとフラフラと夢遊病者のような足どりで、地下の階段を上り始めた。
鬼源と銀子が、小夜子を押し立てて行った所は、二階の廊下を二つほど曲がった所の、一番奥にある小さな部屋であった。恐らく、以前は女中部屋として使用されていたものであろう。広さは四畳半、畳はすり切れ、天井も壁もどす黒く、長く使用されない粗末な空部屋であった。
それだけに小夜子は、その部屋に足を踏み入れた途端、何か、ぞっとするような陰惨な恐怖を感じて立ちすくんでしまうのだった。
「さ、ぐずぐずせずに入ったり、入ったり」
鬼源は、妙にとりすました顔つきで、小夜子を押しこむ。
「一体、な、何を、なさるおつもりなの」
小夜子は、その場へ身をかがめるのだった。そして、黒眼がちの美しい瞳に、恐怖と憎悪の色を一つにして浮かべ、歯を喰いしばった表情で、鬼源を見上げる。
鬼源も銀子も、しばらく何もいわず、ただニヤニヤとして、新鮮な気高い美しさをもつ深窓の令嬢を見下していたが、やがて、ポッツリ、
「ここで、女になってもらうぜ」
その意味がわかつて、令嬢の美しい顔から一気に血の気が引く。
「社長は、なるたけ処女のままにしておく方が値打ちがあるとおっしゃるんだが、俺は反対だ。生娘のままだと、色々と調教がやり難いんだよ」
次に銀子が口を開いた。
「それにね。今朝方、貴女にとっては、すばらしいお婿さんが現われたのよ」
津村義雄♢♢という名を銀子の口から聞いた途端、小夜子は、あっと声をあげ、ますます青ざめるのだった。
元、父親の会社にいた社員で、時価五百万円の宝石類を持ち逃げした男である。その事件の起こる前から、義雄は礼長令嬢小夜子の美貌に心ひかれ、身の程知らず、恋文を出したり、小夜子のピアノのレッスンよりの帰りを待ち受けて、言い寄ったりする破廉恥な男であった。勿論、小夜子にしても虫ずの走る思いで、そんな事を父親に告げ、父親も会社内で義雄に対し、その行為をいましめたのであるが、彼が会社の宝石を盗み出し、逐電したのも、そうしたことに原因があるようである。
その津村義雄は、以後、大阪へ逃げ、岩崎親分の世話で、偽名を用い、金融ブローカーとして独立している、と銀子は、おろおろする小夜子の顔を面白そうに見て話し、
「岩崎親分一行の先発隊として、今朝、早くここへお着きになったのよ。親分が遊びに立ち廻る先の下見役といったところね。それで貴女が、ここにいるのを知って、びっくり仰天。フフフ、どうしても、貴女の最初の男にしてくれと、田代社長に頼み出したわけ。わかったでしょ」
百万円からするダイヤを義雄から贈呈されれば、欲の皮のつっぱっている田代は、ウンといわねばならなくなったのだ。
「見知らぬ土地に長い間さまよって暮していても、一日とて貴女のこと、忘れたことはないといってたわ。そういう人に与えることができるというのは、女として幸せじゃない」
銀子が、口を歪めてそういうと、小夜子は、わっとばかりに、畳に顔を押しつけ、黒髪を左右へ振って泣きじゃくるのだった。
「嫌です、そ、そんな事になる位なら、私、死、死んだ方が♢♢」
「馬鹿野郎」
いきなり大声でどなった鬼源は、泣き伏している小夜子の所へ歩み寄り、足をあげて、蹴飛ばす。
「おめえの弟の文夫なんか、今じゃ、生まれ変ったような気になって、稽古にはげんでいるんだぜ。その相方の美津子って娘は、おめえも知ってるだろうが、それが、昨夜は、俺の徹底した調教を真夜中まで受けてよ、嬉し涙を流すところまで進境してるんだ。おめえ一人、何時までも強情はってると、こっちにも考えがあるぜ」
と、蛇のような眼つきになり、威猛高にいうのであった。
銀子が押入れを開けて、真新しい麻縄と水色の長い布を取り出す。
「間もなく、ここへ義雄さんが、お見えになるのよ。さ、用意しましょうね」
鬼源は対照的に、メソメソした小夜子に業を煮やしてか、再び、大声をはりあげるのだった。
「メソメソせず、しゃんと胸を張って、両手は、しっかり後ろへ廻しなっ」
小夜子の柔らかい肩に手をかけ、ひっぱるようにして上体を起こさせる。
「早くしねえかッ」
再び、叱咤され、頬を叩かれ、小夜子は泣きじゃくりながら手を後ろへ廻し始めるのだった。
なれた手さばきで、鬼源は、ひしひしと縄をかけていく。
ああ、神様♢♢と小夜子は、赤らんだ顔をねじ曲げるようにし、固く眼を閉ざすのであった。
さてと、銀子は、水色の長い布を手にして、
「久しぶりで対面する義雄さんの眼に、今日は、特別サービス。お褌をしめさせてあげるわ」
小夜子は、びくっと身体を痙攣させた。
「あら、お褌は嫌いなの。丸出しの方がいいというのね」
「お、お願いです」
小夜子は、眉を寄せた顔を、ねじるようにして、そらせながら、
「そ、それを♢♢」
「しめたいというの?」
小夜子は、嫌、嫌、と首を振りながら、
「お、お腰に、巻いて下さい。お願いです」
と、蚊の鳴くような小さい声を出すのであった。
「馬鹿いうねえ。褌というもんは腰に巻くもんじゃねえ。ぴったりとしめるもんだ」
鬼源は、銀子から、布を受け取ると、小夜子の横に立つ。
「何も私ずかしがることはないじゃないの。静子夫人だって、褌をされると、とても喜ぶのよ」
銀子もそんな事をいい出し、鬼源と一緒に強引に褌をあてがう。
「あ、ああ♢♢」
小夜子は、全身を包み出した屈辱感に、わなわな唇を震わせ、美しい額には、べっとりと脂汗をにじませている。
「まあ、よく似合うわよ、お嬢さん」
ようやく、小夜子の腰に、ぴったりと褌をしめあげた銀子と鬼源は、愉快そうに眺めるのであった。色あざやかな水色の褌が、キリキリと結びあげられたのである。
「どうでい、お嬢さん。褌のしまり具合は」
鬼源は、出歯をむき出して笑い、天然真珠のような輝きをもつ深窓の令嬢をしげしげと見つめるのであった。
小夜子は、もう逃げも隠れもできないといった風情で、美しい眉を寄せ、固く眼を閉ざし、血の出るはどに唇を噛みしめている。
「義雄さんも、お嬢さんの褌姿を見て、きっと大喜びすると思うわ」
銀子は浮き浮きした調子でいい、部屋の隅にあった椅子を取って、それを小夜子の前に置くのだった。
「これから、この椅子に義雄さんが腰かけ、お嬢さんを、しみじみ口説くというわけよ。義雄さんは、岩崎親分の世話になったとはいえ、やくざじゃないんだからね。暴行というような形で、好きな女をものにしたくないとおっしゃる。どう、なかなかの紳士じゃないの」
そんな事を銀子がいった時、ノックの音。
「津村義雄ですよ。もう入ってもいい頃だと思うんですが♢♢」
甲高い声が、ドアの外から響いてきた。はっと小夜子は、全身を鋼鉄のように硬直させ、顔を横へそむける。
「どうぞ、お入りになって」
と、銀子がいうよりも早く、津村義雄はドアを押し開いて入ってきた。
「おお、小夜子さん」
と、両手を拡げ、まるで、三文オペラの役者のような仕草をするので、鬼源も銀子も顔を見合わすのだった。
動作にしても、口のききかたにしても、おかまのようなところがあり、実のところ、鬼源や銀子にとっても、あまり感じのいい男ではなかった。だが、会社の宝石をかすめ取ったり、関西方面へ逃走してからでも、詐斯、横領、インチキ賭博、それだけではなく、三、四人のコールガールのひもになり、随分と女を泣かせてきたという前歴の持ち主であるから、一見、薄馬鹿に見える、そうした動作や口のききかたは、自分の本性を隠すための斯瞞行為かも知れなかった。
「まあ、あられもない、お褌などはかされちゃって。おかわいそうに」
義雄は、柱を背にして立位で縛りつけられた小夜子の褌一本というあられもない姿を眼にすると一瞬、呆然とし、次に声を立てて笑いだした。
「でも仕方ないわね。三年前、僕を袖にした罰が当たったわけよ。それにしても、何という美しい♢♢」
義雄は、唾をのみこむようにする。
たまりかねたように、小夜子は激しく全身を揺さぶって、
「津、津村さん!」
悲痛な眼つきをして、小夜子は、義雄を睨むのだった。
「義雄といってよ、津村なんて、他人行儀な呼び方はやめて」
義雄は鼻に小じわを寄せて笑うのだった。
英国製のグレーの背広に、蝶ネクタイ、鼻の下にチョビ髭を生やし、それで色男ぶっているつもりであろう。年は三十二、三、青白んだ皮膚に外人のようなワシ鼻、赤い好色な感じの唇、どちらかといえば、美男の部類に入るのだろうが、それだけに、一層いやらしい虫ずの走るような感じがする。奇妙な女言葉やチョビ髭などが一層その感を深め、小夜子ならずとも銀子まで、嫌な顔をして義雄の方を眺めているのであった。
義雄は、ふと、戸口の所につっ立っている鬼源と銀子の方を向いて、
「ここは僕達、さっきいったように水入らずで、お話がしたいのよ」
「ハイハイ、邪魔者は退散致しますわ」
銀子は鬼源をうながして、部屋を出ようとする。それを、義雄は、ちょっと、と呼び止めて、ポケットの中から、小さな真珠の指環を出すのであった。
「これね、つまらないものだけど、ほんの僕の気持」
そして、鬼源には、アメリカ製だという銀色のライターを♢♢。
「こりゃ、どうも♢♢」
二人は、えびす顔になり、ペコペコ頭を下げ始める。
「こういう事は、もっと、上等のお部屋でなさるべきだと思いますけどね」
「いや、こういう大金持のお嬢さんはね、充分贅沢にはなれているし、むしろ、こういう殺風景な部屋が、大いに燃えて下さるものなのよ」
「じゃ、何か御用がありましたら、そこのボタンを押して下さい。わっし達のいる溜り場のブザーが鳴るようになってますから」
と、鬼源は、揉み手をするようにしていう。
「では悪いけど、一つ、先に用事を頼んでおこうか。持ってきて欲しいものがある」
義雄は、鬼源の耳に口を当てて何かささやき始める。
「へい、承知致しました」
鬼源はうなずいて、銀子と一緒に出て行きかけたが、ふと、小夜子の方に眼をやって、
「あまりお手数をかけるんじゃねえぜ。今日の夕方、岩崎親分がお見えになるまでには、一人前の女になっておくんだ。わかったな」
鬼源と銀子がようやく部屋を出て行くと、義雄ははっとしたように、小夜子の前に置かれている椅子の上に腰をおろす。
「よ、義雄さん。私を、私を、どうなさるおつもりなの!」
「とぼけちゃ困るわよ。何もかも、小夜子さんは承知してる筈じゃないの。子供じゃあるまいし」
小夜子は、艶々しい黒髪を狂ったように左右に振り始めた。
「後生ですっ、それだけは、許して!」
「何いってんの、僕は、ここの社長に百万円からする宝石を差し上げて、小夜子さんの身体を今日の夕方まで貰い受けたのよ」
「お金なら、小夜子が、パパにお願いして、いくらでも♢♢」
ハハハ、と義雄は、小夜子の泣き濡れた美しい瞳を、のぞくように見て、笑い出す。
「一体、いくら僕に下さるというの。一千万それとも二千万。いっとくけど、僕はここにいる田代社長や森田親分なんかよりは、少しは頭が切れるわよ。貴女のパパは少なくとも二億の資産は持っている。僕はその半分、一億、それだけは、どうしても頂戴するつもりなの」
そういう義雄の眼には、底知れぬ残忍なものが浮かんでいる。
小夜子は、慄然として、身を硬化させたまま、ベソをかくのを、必死でこらえるような表情で、義雄に視線を向けていた。
「それにはね。貴女の身柄を人質にして、ゆするような子供じみた方法は駄目。貴女と僕とが結ばれて、つまり、結婚して、それをはっきり貴女のパパに承認させるのよ。そうすりゃ、貴女を熱愛しているパパは、何でも僕のいいなりにならねばならなくなる。さしずめ僕は村瀬宝石商会の副社長といったところだわね」
ぬけぬけと、そんな事をいった義雄は、どんなもんだといわんばかりの顔つきで、煙草を口にするのであった。
小夜子は、義雄に対するたまらない憎悪感と嫌悪感で、火の玉のようなものが、喉元にこみあがってくる。
「は、はっきり申しますわ。私、貴方のような卑劣な人は大嫌い。顔を見るのさえ虫ずが走ります」
小夜子は、義雄の顔に唾でも吐きかけたい衝動にかられ、身体を揺さぶるようにしていった。
だが、義雄は、それには答えず、のっそりと椅子から立ち上ると、
「でも、小夜子さんの褌をしめたスタイル、可愛いなあ。内村病院の春雄君に一度、見せてやりたいよ」
内村病院の春雄とは、院長の息子で、自分も内科部長を担当している青年医師である。小夜子とは、三年にわたる交際、それが実り、近く婚約か、ということがある週刊誌に出ていたのを義雄は読んでいたし、また以前、小夜子と春雄が共にスポーツカーに乗り、楽しく交際していたのを目撃していた。眉目秀麗の好青年で、白百合のように美しい小夜子とは似合いのカップルだったが、義雄がそれを見て、邪悪な嫉妬の炎を燃やしたことは当然である。
春雄の名を義雄が口にしたので、小夜子はふと痛い所を突かれたような感じになって顔を伏せるのだった。
「ねえ、小夜子さん。こうなった今でも、やっぱり、内村春雄を愛している?」
義雄は、意地の悪い笑い方をして、そっと小夜子の白い肩に手を乗せる。
嫌っ、と小夜子は身をよじらせ、精一杯の反抗を表情に出していった。
「あ、貴方には関係ないことですわ。でも、はっきり申します。私、春雄さんを自分の夫に選ぶつもりです。貴方の指図は受けたくありません」
「馬鹿ね。御自分の置かれている今の状態をどう思っているの」
はっと小夜子は、顔をそむけ、口惜しげに唇を噛むのだった。
義雄のいう通りだ。自分は、今、この地獄屋敷に捕われの身、赤鬼青鬼のあくことを知らぬ貴め拷問に、身を焼き亡ぼしていかねばならないのだ。
ハハハ、と義雄は勝ち誇ったように笑う。
「僕が今、小夜子さんの肉体だけを奪うとしたら、そりゃ赤児の手をねじるより簡単よ。僕の目的は、そんな飢えた狼のようなものじゃない。何とかして小夜子さんを、この地獄屋敷から救い出してあげたいのよ」
そうした話し方をするのが義雄は得意なのであろう。自分は、小夜子だけではなく、この屋敷に捕われている美女達、それに文夫、その全部を救い出したいのだという意味のことを鼻をピクピク動かして、小夜子に話すのであった。
「文夫は、文夫は一体、どんな目に♢♢」
小夜子は、気弱な眼差しを義雄に向けて、ふとためらいながら口を開くのだった。
何か弟の文夫の身に恐ろしいことが起こっている。それは周囲の空気から感じられたが、実際にそれを知らされるということも、小夜子は恐ろしいのである。悪魔達のいう調教という意味の恐ろしさ。それは昨夜、静子夫人に対する悪魔達の行為を見て、それが、この世の出来事とは思えぬぐらい酸鼻なものであることがわかり、気を失ってしまったのであるが、文夫もそれに顔似した残虐な責めを受けているのではないかと想像できる。
「おや、文夫君が今、どういう調教を受けているのか、小夜子さん、知らないの」
義雄は、ニヤニヤ口元をくずす。
「文夫君も、美津子とかいう可愛い娘さんも、これからはスター、今の鬼源という調教師に飼育されることになったのよ。どう、小夜子さんの決心一つで、僕は、この屋敷に捕われている人達全部を救い出すことが出来るんだけどな」
「♢♢義雄さん」
小夜子は、美しいうるんだ黒眼を悲しげにしばたき、義雄の顔を見た。
「お願いです。遠山さんの奥様をはじめ、この屋敷に捕われている人達を救って上げて下さい。小夜子の一生のお願いです」
「では、僕の要求は聞き入れてくれるのね」
小夜子は、がっくりと首を垂れ、再び、肩を震わせて、すすり泣くのだった。
「お嫌なら、お嫌でもかまわないのよ。僕は自由を奪われている小夜子さんの身体を散々おもちゃにし、後は、この屋敷の人々に任すだけだから。小夜子さんは、弟の文夫君と一緒にスターの道を歩いていくことになるわけ」
義雄の要求を受け入れても、拒否しても、所詮狼の餌食になることには変りないのだ。
「小夜子、小夜子は、一体、どうすれば、いいのですの」
小夜子は、うなだれたまま、涙声になっていうのだった。
「だから、いってるじゃないの。小夜子さんは僕と正式に結婚するのよ。僕に対し、妻として、小夜子さんは永遠の愛を誓うのよ」
小夜子を妻にする♢♢それは、自分を横領犯人として告訴した小夜子の父に対する復讐という意味もあるのだろう。義雄は、表情に闘魂のようなものをきっと浮かべ、すすり泣く小夜子の美しい横顔を睨んだが、すぐに顔の筋肉を緩めて、
「こう見ても僕は紳士。暴行なんていう形で、小夜子さんを自分のものにしたくはないの。互いに納得し合い、愛し合い、楽しい夫婦プレイに入りたいと思うのよ」
そして、義雄は、腕時計に眼をやって、
「さ、はっきり返事するのよ。僕の妻となって、この屋敷から抜け出すか、それとも、このまま奴隷として暮すか、二つに一つ。もうすぐ鬼源さんが様子を聞きに、もう一度、ここへやって来るのよ」
「もし、もしも、小夜子が、貴方の妻になることを、承知すれば♢♢」
小夜子は、声を震わせながら、一体、どのようにして、この屋敷の捕われ人を救出するのです、と義雄に聞くのである。
「フフフ、ちゃんと聞いておかないと心配だっていうのだね。そんな事、簡単じゃない。小夜子さんが僕の命ずる通りのことを柔順に行い、ここで、僕と夫婦の契りをしっかり結んでくれたなら、僕は田代社長に一千万のお金を積み、貴女を買いとってこの屋敷から一緒に出て行く。それから、電話で警察に知らせ、この田代一家は一斉検挙を受けるというわけよ」
義雄は、自分は小夜子のために、今まで、危ない橋を渡って稼いだ全財産を投入するだけではなく、田代社長をはじめ、今まで世話になった関西の岩崎親分まで裏切るのだ、と悲壮な覚悟をしたような言い方で、盛んに、かき口説くのであった。
「よ、義雄さん」
小夜子は、光を失った空虚な瞳を開き、悲しげに義雄の方を見る。
「承知してくれるんだね。小夜子さん」
「そ、その代り♢♢お願い、約束だけは、約束だけは♢♢」
小夜子は、わなわな唇を震わせて、幾度も静子夫人や文夫、美津子達の救出を頼み、念を押す。
自分が犠牲になれば、日夜、地獄の苦しみを受けている静子夫人や美津子達全部を救うことが出来るのだと、小夜子は、屈辱の口惜し涙を流しつつ、悲痛な決心をしたのだ。
恩を受けた遠山夫人や愛する弟を助けるために悪魔の生贅になる。きっと神様も憐れんで、大きな罪を犯す小夜子をお許し下さるに違いない。そう思うと、たまらなく胸がこみあげてきて、涙はいくらでも眼からあふれ出る。
「僕だって男、約束は守るわよ。では、承知してくれるのね、小夜子さん」
小夜子は、消え入るように、小さくうなずくのであった。
「こんな邪魔なものは、取っちゃおうね。小夜子さん」
「ああ♢♢義雄さん」
念願達成の日がやっと来たぞ、義雄は心の中で呟く。喜びで心臓は高鳴り、身体中の血が音をたててかけめぐるような興奮を義雄は覚えた。
第三十八章 羞恥図絵の展開
復讐の生贅
そうした深窓の令嬢の美しい全身像を前にして、義雄は、全身を揉みぬくような恍惚感と勝利の快感をかみしめている。
この卑劣漢の生贅となり田代家に捕われている静子夫人達を救出しようと悲痛な決心をしたものの、恐怖と屈辱に慄えている小夜子。
「お嬢さん、いやさ、小夜子」
義雄は、芝居もどきで、小夜子の顎に手をかけ、顔を起こさせる。
甘い香水の匂いが、義雄の鼻を切ないばかりに刺戟した。
「この美しい顔も、この艶々しい黒髪も、もうみんな僕のもの。そうだわね、小夜子さん」
たまらない嫌悪の戦慄が身内に走り、小夜子は眉を寄せて、身をよじらせる。
「やめてっ、やめて下さい!」
「じゃ、社長と親分に事情を話して、早速、ここへお連れ致しましょう」
「よろしく頼むよ」
義雄は、鬼源の肩をたたいて、部屋へ戻った。
小夜子は、すっかり覚悟を決めたのか、軽く瞑目したまま身動きもしなかった。
「小夜子さん、安心するがいいわ。今、田代社長に一千万の小切手を渡したからね。明日の朝は、僕と一緒に、この屋敷からバイバイ出来るのよ」
歯の浮くような女言葉を使いながら、義雄は、再び、小夜子の傍にぴったりと寄り添い、小夜子の頬に軽く接吻をするのだ。
小夜子は、そっと眼を開き、涙の一杯たまった美しい黒眼を義雄の方へ向ける。
「義雄さん。本当に、本当に、明日は、ここから♢♢」
出して頂けるのですね、と、小夜子の涙に光る瞳は、義雄に訴えかけている。
「嘘はつかないよ。今、ここへ社長が来るから、何なら直接聞いてみたらいいじゃない」
その代り、と義雄は、小夜子の頬を両手で押さえ、恥ずかしげに眼を伏せようとする小夜子の顔を、のぞきこむようにしながら、
「僕にとって、一千万という金額は、全財産よ。それを投げ打ってまで、僕は小夜子さんを、ここから救おうとしている。この気持、忘れちゃ嫌よ」
さ、まず感謝のキッスを、と義雄は、小夜子の顔へ自分の唇を押しつけていく。
「よう、やってますね」
と田代に森田、それに、鬼源、銀子がニヤニヤしながら入って来たので、義雄は、あわてて唇を離した。
小夜子は、体中に新たな戦慄を感じて、熱くなった顔をそらせる。
「一千万の小切手、今、鬼源より、たしかに受け取りましたよ」
と、田代は、小夜子の前で、早速、鬼源に頼まれた芝居をうつのであった。
「正直いって、これだけの美人、一千万頂いても不服だが、他ならぬ、あんたの頼みだ。ま、手を打つことにしましょうや」
田代は、そういって小夜子の前へ近づく。
「よかったな、お嬢さん。こんな思いやりのある人と、ここで初夜をすませ、明日は、大手を振って、ここから出ていくことが出来るんだ。幸せを祈るよ」
「社長と親分に、ここへお越し願ったのは、一応、結婚の証人になって頂こうと思いましてね」
義雄は、小夜子の方に視線を戻すと、
「さ、小夜子さん、社長や親分のおいでになる前で、はっきり返事して頂戴。君は、僕と喜んで結婚するんだね」
「♢♢ハイ」
小夜子は、うなだれたまま、すすり上げるようにいった。
「そんなメソメソした返事は駄目よ。小夜子は喜んで、義雄さんの妻になります、とはっきりいって頂戴」
「♢♢小、小夜子は、喜んで、♢♢義雄さんの妻に♢♢」
小夜子は、体を小刻みに震わせるようにして、そういった。
義雄は満足げにうなずき、
「夫の僕には、絶対服従、わかったね。僕の気分をこわさせるようなことをすると、僕は、この取引から手を引く。つまり、小夜子さんは最初の予定通り、スターに仕上げられるということよ。わかったわね」
義雄は、小夜子のうなだれた美しい横顔をじっと見ながらいうのだ。
部屋の壁にもたれて、腕組みしていた鬼源が口を開く。
「スターってのは、今更、説明しなくたって、わかるだろう。昨夜の静子夫人みてえに果物を切り落としたり、その他」
と、鬼源が説明し始めたことは、無垢な乙女なら、気を失ってしまうような恐ろしいものであった。
茫然として、一層、身を硬化させてしまった小夜子の前へ、今度は銀子が近づいて、
「それから、自分の夫と決まった人に、何々さんとか義雄さんとかいう言い方はおかしいわ。これからは、何時も甘い声で、あなたあと呼ぶのよ。いいわね」
そういって銀子は、キャッキャッと笑うのだった。
「ま、それは、この上で、しっかり夫婦の契りを結んでからの話だ」
と田代と森田も笑いながら、
「じゃ、お嬢さん、すばらしい初夜を送られるよう祈ってるよ」
と、いって、表へ出て行く。
「ね、僕のいった通りでしょ。社長と親分から僕は小夜子さんの身柄を買い取ったのよ。明日の朝十時には僕の自動車に乗って、ここから出て行く手筈になっているのさ」
一滴二滴、小夜子の美しい眼尻から涙が流れ出る。
明日、この地獄屋敷から出るためには、これから、このヤニ下がった男の獣欲の犠牲にならなければならないのだ。
これから始まる恐ろしい責苦の時間に果たして自分の肉体と心が耐え抜けるかどうか。そう思うと、小夜子は大地震でも起こって、この地獄屋敷が、一気に潰滅してくれないものか、とさえ思うのである。
義雄は鬼源と銀子を隅に呼び、何やらひそひそ相談していたが、やがて押入れから薄い夜具を引っ張り出して部屋の中央に敷く。
次に鬼源は重ね合わせた椅子の上に乗っかって天井の桟に細い皮紐を間隔を置いて二本つないだ。
「義子、一寸、実験台になってみな」
銀子に声をかけられてジーパンをはいている義子は夜具の上に仰向けに寝て、両肢を宙に伸ばした。
鬼源と銀子は義子の足を引っ張るようにして、両肢の足首に皮紐をつないだ。
「痛いっ、股が裂けるやないかっ」
宙に突き上げた両肢が大きく左右に割れて皮紐につながれると義子は悲鳴を上げた。
「少し、皮紐の間隔が広過ぎるかな」
と、鬼源が笑いながらいうと、
「でも、お嬢さんは義子なんかとは違ってバレーで鍛えたすばらしい肢をお持ちだもの、これくらい、大丈夫よ」
と銀子はいった。
柱を背にして立位で縛りつけられている小夜子はそれを眼にして全身に悪寒のようなものが走り、小刻みに全身を慄わせている。
「何もそんなにおびえる事はないさ」
鬼源は義子の足にかかった皮紐を外しながら小夜子の方を見ていった。
「義雄さんはお嬢さんに浣腸してみたいというのよ。つまり、義雄さんはその道のマニアだっていうわけ」
銀子がそういうと小夜子の顔面は怖いくらいにひきつった。
「義雄さんはお嬢さんの夫になるわけでしょう。御主人の持つ少々の変態性ぐらい妻なら許してあげられるわね」
銀子がそういうと小夜子は狂ったように顔面を左右に揺さぶった。
「そ、そんな事をされるくらいなら、私、死、死んだ方がましですっ」
小夜子が泣きじゃくりながら吐き出すようにいうと、
「そんな事ぐらいさせられないというなら、こっちにも考えがあるぜ」
と、鬼源は急に凄みだした。
「せっかく義雄さんがここから救い出して下さるといってるのに、それを断って奴隷の道を選ぶっていうの」
と、銀子も威猛高になってわめいた。
打ちひしがれたように小夜子が深く首を垂れさせて鳴咽の声を洩らし始めると鬼源は銀子と義子に眼くばせした。
銀子と義子は柱につないである小夜子の縄尻を外し、そのまま、後手に緊縛された小夜子を夜具の上に運びこもうとする。
「嫌よっ、ああ、嫌っ」
夜具の上に緊縛された裸身を仰臥位にされ、鬼源と銀子に両肢をからみ取られた小夜子は逆上したように全身をのたうたせた。
義雄は少し離れた所からそんな光景を痛快そうに見て煙草を吹かせている。
天井の梁につながれた二本の皮紐に小夜子の両肢はそれぞれ足首をつながれて直角に吊られたのを見ると義雄の眼は異様に粘っこく輝き出した。
小夜子は真っ赤に火照った顔面を狂気したように揺さぶり、泣きじゃくっている。
義雄がのっそりと近づくと小夜子は憎悪のこもった瞳を義雄に向けて、
「私をこんな恥ずかしい姿にして、この上、何をなさろうというの」
と反撥的に叫んだが、後は涙が喉につかえて言葉にならなかった。
「言ったじゃないの、これから浣腸プレイをするんだって」
義雄は相変らず、ネチネチした女性言葉を使うのだった。
「散々僕を嫌い抜いたお嬢さんにうんと意地悪をしてやるつもりよ。最高の恥ずかしさを味わわせてやるには、やっぱり浣腸が一番、効果的じゃないかしら」
義雄は両肢を宙吊りにされた小夜子の横手に腰を落として何ともいえぬ嬉しそうな表情になった。
「大家のお嬢様をこんな浅ましい恰好にして、しかも、浣腸をするなんて僕もずいぶん、ひどい男だと思うんだけれど、それだけ僕は小夜子さんを愛してしまったのよ。これから僕は小夜子さんがウンチをたれ流すまで責め続けるわよ。でも、ウンチしようが、おしっこしようが、絶体に僕は小夜子さんを嫌いになったりはしない。どんなに僕の愛が強いものか、それを小夜子さんに知って頂きたいのよ」
などと義雄は小夜子の上気した頬に口を寄せるようにしていった。
そして、そんなあられもない姿態を晒け出した小夜子の哀しげに揺れ動く下腹部を義雄は凝視する。
小夜子の二つの羞恥の源泉は生々しく義雄の眼前に晒け出されている。上層のそれを覆う薄絹の柔らかい繊毛は恐怖のために思いなしかフルフルと小刻みに慄え、下層の隠微で愛くるしい菊座の蕾も汚辱の慄えを伝えるかのよう義雄の眼に沁み入るように映じるのだった。
「ここも、ここも、今日から僕のものだよ。ね、小夜子さん」
といって義雄が掌でそっと薄絹の悩ましい繊毛を撫で上げ、次にその隠微で微妙な双臀深くの菊の蕾を指先でこづくと小夜子の口からヒイッと昂った悲鳴が洩れた。
「それじゃ旦那。こっちは、これから静子夫人の調教が残っていますので」
と、鬼源は腰を上げた。
「ああ、後はお嬢さんと僕と水いらずにしてくれた方がいい」
と、義雄は片頬に薄笑いを浮かべていった。
「今まで観察したところじゃ、このお嬢さん、かなりあの方は敏感なようです。ま、お試しになってみりゃわかると思いますが」
といって鬼源は銀子をうながし、先に表へ出て行った。
「はい、これはお楽しみ道具」
といって銀子は持ってきた大きな紙袋を義雄に渡した。
浣腸器にグリセリン液、鳥の羽毛に薄ゴムの張形、その他、色々の責道具が入っています、と、銀子は淫靡に笑いながらそれを義雄に手渡すと、夜具の上に仰臥し、両肢を宙吊りされている小夜子の火照った頬を指で軽く押した。
「義雄さんは処女時代のお嬢さんに浣腸したいのよ。それを受けるとお嬢さんだって気持が落着いて義雄さんと激しいセックスを楽しむ事が出来ると思うわ」
捨科白のようにそういって笑った銀子は義子と一緒に部屋を出て行った。
「やれやれ、やっと二人きりになれたわね、小夜子さん」
義雄はほっとしたようにそういってネクタイを外し始めた。
「義雄さん、お、お願いです。私、あなたに抱かれるのは覚悟しました。でも、変質者みたいな真似は後生ですからやめて下さい」
と、小夜子は傍へ来て義雄があぐらを組むように坐りこむと泣き濡れた瞳で義雄を見上げながらいった。
「僕はね、小夜子さんを自由にするために一千万の金を田代さんに支払ったんだよ。僕好みの方法で色々と楽しませてもらったって罰は当たらないと思うがね」
小夜子はもうこの男には何をいっても無駄だと観念の眼を閉じた。ただひたすらこの恐ろしく、いまわしい時間が過ぎてこの地獄屋敷から飛び出したい、と、それを祈るばかりであった。
しかし、たとえ、自由の身となれても自分はこの卑劣な男に落花微塵に踏みにじられた敗残の姿。もう陽の当たる場所には出られないという絶望感が胸の内に充満する。
「さ、始めましょう。まず、仲直りのキッスから」
義雄はそういってぴったりと小夜子の両肢を宙吊りにされた裸身に密着すると小夜子の涙に濡れた頬に両手をかけ、小夜子の花びらのような形のいい唇に唇を重ね合わせようとする。
小夜子にはもはや失われた意志があるだけだ。哀しげに固く眼を閉ざした小夜子は強引に押しつけて来た義雄の唇にぴったりと唇を重ね合わせた。
義雄の舌は小刻みに動いて小夜子の口中を甘く愛撫し、強引に小夜子の舌先にからみ合わせて、やがて小夜子の甘美な舌先を抜き取るばかりに強く自分に吸い上げる。
「ね、僕の舌の技巧、なかなかのものだと思わない。これで随分と女を狂わしてきたのよ」
ふと、小夜子から唇を離した義雄はそんな事をぬけぬけといいながら自分はその道のテクニシャンである事を自慢するのだ。
そんな義雄に激しい嫌悪を感じるものの、義雄の口中を舐め廻すような舌の動き、と同時に義雄の指先は麻縄に緊め上げられた小夜子の柔らかい乳房の上を這いずってその山頂の薄紅色の乳頭をつまんでコリコリと揉み上げ、掌で柔らかく包むようにしてモミ揉み上げ始めると小夜子の全身は忽ち宙に浮遊するように痺れ切っていく。
義雄の長くて濃厚な接吻が終わる頃には小夜子の全身からはカが抜け、宙に吊られた伸びやかな両肢だけが切なげに揺れ動くのだったが、次に義雄は身をずらして宙吊りにされた小夜子の滑らかな太腿を両手で支えるようにしっかりと抱きしめた。
途端に小夜子は絶息するような悲鳴を上げて宙に向かって割り開いた両肢を狂気したように揺さぶった。
「ああっ、義雄さんっ、やめてっ」
義雄の唇は小夜子の薄絹の悩ましい繊毛をこすり上げるように愛撫し、やがて両の指先を使ってその奥に秘めた女の秘裂を柔らかく開花させていく。
桃の縦筋に似た小夜子の女の秘裂を押し拡げ、薄紅色の潤んだ花肉の層を露に晒させた義雄はチロチロと小刻みに舌先を動かしながらその縦筋にそった入口のあたりを粘っこく舐め廻していく。
「嫌よっ、ああっ」
小夜子は吊り上げられた両肢を狂おしくよじらせ、激しく顔面を左右に揺さぶってひきつったような啼泣を洩らすのだ。
「これが小夜子のお×××なのね。今日からこれも僕のもの。僕だけのもの」 義雄は上ずった声で口走りながら新鮮な魚肉に似た薄紅色の粘膜の内側に深く舌先を沈ませていく。
小夜子は絶叫し、後手に縛られた上半身を弓反りにした。
こうして処女に口吻するのは久しぶりよ、などといいながら義雄はガクガクと痙攣する小夜子の両腿に両手をからませながら遮二無二、舌先を使った。義雄の女のそれに対する口吻は手馴れたもので絶妙ともいえる技巧を発揮する事になる。二分ばかりの粘っこい口吻を注ぎかけると小夜子の粘膜の層は忽ち熱く潤んで溶けるような甘い樹液が義雄の舌先にはっきり伝わってきた。
「ああっ」
小夜子は白いうなじを大きくのけぞらせて断続的な悲鳴を上げた。
義雄の生物のように動く舌先は小夜子のそのピンク色の襞をかき分けるように更に侵入し、肉芽の微妙な突起を探り当てるとそれを唇に含んで強く吸い上げるのだ。
狂おしく泣きじゃくる小夜子だが、それはもう拒否や嫌悪ではなく、抜き差しならぬ情感の昂りを伝えるもの、と義雄は感じとっている。そうなると後は義雄の思う壷であり、更に熱っぽい舌先の愛撫を注ぎかけてようやく唇を離したが、白磁の光沢を持つ小夜子の太腿の附根、そこを生暖か覆い包んでいる柔らかい茂みまで濡らすばかりに情感に酔い痴れた小夜子は熱い樹液をあふれさせているのだ。
「こんなに愛液を出してくれて有難う、小夜子。僕を心から愛してくれたのね」
などと義雄は小夜子の樹液で濡れた唇を手の甲で拭いながらニヤニヤしていった。
「こうなれば何もかも夫である僕の眼に晒け出しましょうね、小夜子」
義雄は次にしどろに溶けた小夜子の甘美な花肉を指先で露に押し拡げ、
「さ、もう羞ずかしがる事はないのよ。夫の眼に小夜子のクリトリスをはっきり見せましょうね」
と、女性語を使いながら肉壁を割り、小刻みに慄える微妙な肉芽の突起を指先で絞り出すように露にさせるのだった。
「まあ、可愛いわね。大家のお嬢様も昂奮すりゃ、こんなに蕾が膨らむのね」 と、椰愉してそっと指先でつまみ、小夜子に一際、激しい鳴咽の声を洩らさせるのだった。次に義雄はそれを唇に含んで甘く吸い上げたり、一方の指先でつまんだ肉芽を小刻みに揉み上げながらもう一方の指先で樹液にねっとり濡れた襞を拡げていく。
小夜子は完全に自分を失って荒々しい喘ぎを洩らしながら義雄の手管にすっかり身を任せきっている。
「処女のここの肉ってほんとに素敵ねえ。綺麗なピンク色に潤んでいるわよ」 義雄は両の指先で小夜子のしどろに潤んだ肉襞を更に生々しく押し開き、喰い入るように腟口の内部まで観察し、
「もうここまで知られてしまったら、僕の妻になる決心がはっきりついたのじゃない、小夜子」
と、義雄は含み笑いしながらいった。
「さ、誓ってごらん。小夜子はあなたのいい奥様になりますってね。はっきりと声に出して、僕を安心させてほしいのよ」
小夜子にはもう反撥の気力はなかった。激しい鳴咽の声と一緒に、
「小夜子は、あなたのいい奥様に♢♢」
小夜子は涙に潤んだうつろな瞳を上に向けながら紅唇を慄わせて義雄に示された言葉を口にした。
「それじゃ、小夜子を完全に僕のものにするよ。いいわね」
優しくリードして小夜子を女にしてあげるわ、いいわね、と、義雄は小夜子の耳元に口を当て、くすぐるようにいった。
軽く眼を閉ざしながら消え入るようにうなずく小夜子。とうとう小夜子を屈服させたと思うと義雄は悦びで気もそぞろになっている。
「でも、ここはしばらくお預けにして。僕はおいしいものはなるたけ後から食べる主義なのよ」
義雄は小夜子のしたたらせる樹液で生暖かい繊毛まで濡らしてしまったその個所を掌で軽く撫でさすりながら、
「こことプレイする約束だったわね」
と、小夜子の下層の秘めたる菊座の暫を軽く指先で押すのだった。
途端に小夜子の口からヒイッと悲痛な声が迸り出た。
「お、お願いです、義雄さん。私、あなたに服従する事を誓いましたわ。こんな羞ずかしさにも耐えている私に、何もそんな事まで」
嫌よ、嫌よ、と、小夜子が真っ赤に火照った顔面を激しく左右に揺さぶったのは、義雄が銀子から手渡された紙袋を開き、ガラス製の浣腸器を取り出して見せたからだ。
「そ、そんな事だけはしないで。嫌よ、絶対に嫌っ」
と、黒髪を大きく揺さぶって泣きじゃくる小夜子を義雄は痛快そうに見つめている。
「さっき僕はいったじゃない。僕は浣腸マニアだって事を」
義雄は激しい狼狽を示す小夜子を見ながら片頬を歪めるようにしていった。
「それに僕は探求心の強い男でね。探窓の御令嬢が浣腸され、排泄するまでの過程をじっくりこの眼でたしかめてみたいのさ」
小夜子はもう何をされようと反抗の気力は失っているのだが、さすがに今の義雄の一言には気持を動顛させ、宙吊りにされた両肢を狂おしく揺さぶった。
「僕にとって小夜子の汚ないものなんて感じられない。小夜子が排泄したものの始末まで僕は悦んでしてあげられる。どんなに僕が小夜子を愛しているか、それを小夜子に知ってほしいのよ」
などといった義雄は再び、宙に浮いた小夜子の滑らかな両腿を両手で支えるようにしながら上体をずらし、双臀の内側にぴったりと顔面を押しつけた。
けたたましい悲鳴が小夜子の唇から迸り出た。
義雄は小夜子の双臀深くの陰密な菊座の蕾を舌先で探り当て、そこへ粘っこい口吻を注ぎかけようとしている。
「そ、そんなっ、ああ、やめてっ」
そんな小夜子の悲鳴を義雄は心地よげに聞きながら、のたうたせる小夜子の両肢をしっかりと両手で押さえこみ、舌先を荒々しく使い始めている。
耐えようのない汚辱感に小夜子は陶器のような首すじを大きくのけぞらせて苦脳のうめきを洩らした。
「どう。こうされると万更でもない気分でしょう、小夜子」
愛しているからこそ、こんな所だってキッスしてあげられるのよ、と、舌先を離した義雄はむせび泣く小夜子に向かって声をかけ、
「もう少し、筋肉を柔らかくしてから浣腸器を使いましょうね、小夜子」
といって、枕を引き寄せ、それを小夜子の双臀の下へ強引に押しこもうとするのだ。
「さ、もっとはっきりお尻の穴を晒すのだよ」
腰枕を当てられた小夜子は、ああっと絶望的な悲鳴を上げた。
小夜子の双臀は枕の上にでんと乗っかり、双臀の奥深くに秘めた陰密な蕾は一層露に義雄の眼前に晒される事になる。
「フフフ、こんな浅ましい恰好、恋人にだって見られた事はないでしょうね」
義雄はしばらく煙草をくゆらしながら裏返しにされたような小夜子の臀部とその奥の、もはや逃げも隠れもならずに晒された愛くるしい菊座の蕾を凝視するのだった。
「とても信じられないわね。小夜子のような美しい金持のお嬢さんでも、そこからウンチを出すなんて」
義雄は大口を開けて笑い、そんな屈辱の言葉を浴びせられた小夜子は宙吊りにされた両肢を狂おしくよじらせて号泣するのだった。
「さ、もう少し、そこを可愛がってあげようか」
義雄は灰皿に煙草を押しこむと宙に向かって左右に開いた小夜子の両脇に再び両手をからませてしっかりと支えこむ。
「やめてっ、ああ、やめて下さいっ、義雄さん」
小夜子はまたもやそこに義雄の舌先がはっきり触れて来ると腰枕に乗っかった双臀を激しくよじらせて泣きじゃくった。
しかし、義雄の舌先がそこに強く触れ、舐め廻すように小刻みに動き始めると、小夜子の下腹部はヒクヒクと嫌悪の痙攣を示したものの小夜子の悲鳴は次第にカスれ出す。もういくら反撥してもこの汚辱のいたぶりからは脱け出す事は出来ないと小夜子は観念したのか、全身からは次第に力が抜け落ちていくのだった。その部分を舌先で粘っこく愛撫される魂までが痺れ切るばかりの汚辱感と屈辱感、失神しそうになるそのおぞましさと嫌悪感に小夜子は必死に耐える以外方法はなった。
舌先で舐めさすり、また舌先を丸めてその菊座の微妙な蕾を突き通すばかりに責め立て、ようやく義雄が顔を上げた時は小夜子はすっかり放心したように唇を開いたまま切なげな喘ぎを洩らしていた。
「フフフ、小夜子のお尻の穴って、ほんとに可愛いのね」
義雄はじっとり潤みを帯び始めた小夜子のその菊の花肉を指で押した。そこが屈辱の微妙な収縮を示しているのに気づいた義雄はニヤリと口元を歪めて紙袋の中から小瓶を取り出し、その中の黄色味を帯びた油を掌にたらして指でかきまぜている。それは潤滑油なのだろう。
「さ、お嬢様。もう少し、ここを柔らかく溶かしましょうね。これから太い注射器をここに突き立てられる事になるのよ。だから、肉が裂けないように出来るだけここは柔らかく溶かしておかないと」
義雄の指先でそこに潤滑油が塗りつけられているのを夢うつつに感じとった小夜子は、朱に染まった頬をハッと横にそむかせて歯で唇をギューと噛みしめた。
「そんなに怖がらなくたっていいのよ。もうこうなればすっかり僕に任せておけばいいのさ」
義雄は潤滑油をたっぷり塗りつけた隠微な蕾を指先を巧みに使ってゆるやかに揉み上げていく。
「お嬢さま、小夜子ちゃん」
と、義雄は唄うような調子ですっかり有頂天になり、そこを粘っこく指先で揉み上げながらもう一方の指先では上層の花層を覆う小夜子の淡くて繊細な茂みを甘く撫でさすっているのだ。
小夜子の腰枕を当てられた双臀がガクガクと小刻みに揺れ動いた。その耐えようのない嫌悪と汚辱感がどうにも説明の出来ない被虐性の妖しい快美感を惹起させる事になり、小夜子は思わず、ああっ、と大きく首すじを浮き立たせて苦脳とも喜悦ともつかぬ昂った声をはり上げるようになる。
義雄の指先で巧みに愛撫された小夜子の菊座の蕾はじっとり潤みを帯びながら柔らかい膨らみを示し始めた。その内側に義雄はわずかずつ、妖しい被虐の情感に酔い痢れる小夜子には気取られぬような微妙さで指先をそっと含ませ
ていく。と同時に義雄のもう一方の指先は上層の茂みを深くかき分けてその粘膜の内側深くに侵入し、花襞を押し拡げ、可憐な肉芽をまさぐり始めているのだが、そこはもう熱い樹液でじっとり濡れていた。下層の蕾に指先を更に含ませていきながら上層の花肉を甘く指先で愛撫しつつ義雄は気もそぞろになって、好きよ、好きだよ、小夜子、と官能の火照りの中でのたうつ小夜子に上ずった声を路びせかけるのだった。
「さ、もうお湯加減もいいようだし、浣腸してもいいよね」
義雄がさっと上体を起こして浣腸器にグリセリン液を注入しているのに気づいた小夜子は気弱に二度、三度、首を振って、そ、それだけは堪忍して、と悲しげな声を出したが、麻薬を嗅がされたように全身を痺れ切らせている小夜子は消極的な拒否を示したに過ぎない。
「さ、いい子だから亭主の悪趣味に協力するのよ」
と、含み笑いしながら注射器を手にした義雄は腰枕の上に浮き上った小夜子にぴったりと身を寄せつけた。
冷たい嘴管がその部分に触れると小夜子は、嫌っ、嫌よ、と宙吊りにされた両腿をくねらせ、体内に侵入しようとするそれを振り払うかのように双臀を右に左に揺さぶってその矛先をそらせようとする。
「そんなに駄々をこねるんじゃないわよ」
義雄は相変らずねちっこい女性語を使って悶え泣く小夜子を頼もしげに見つめるのだった。
「いい所のお嬢さんなんだから、もっと素直にならなきゃ駄目よ」
義雄は揺れ動く小夜子の一方の大腿にしっかりと片手を巻きつかせて身動きを封じた。
「僕の眼の前に大きなお尻の穴を向けて揺さぶって見せるなんて、小夜子は男を挑発する技巧を知っているのね」
大家のお嬢様でありながら何ですか、今の態度は、と義雄はおかしそうにいってお仕置してあげるわ、というと嘴管をすぐに小夜子のその徹妙な膨らみを見せた菊座の花肉にぴったりと当てがった。
「さ、こうなりゃ小夜子も覚悟を決めるのよ」
冷たい嘴管が微妙な筋肉をえぐるようにして体内に侵入していくのをはっきり知覚した小夜子は激しい狼狽を示し、傷ついた獣のようなうめきを洩らして下半身をのたうたせた。
「如何が、お嬢様。これが浣腸遊びというものよ。万更、悪くない、気分でしょう」
義雄は甘ったるい言葉を吐きながら、しかし、自分には残忍なものをけしかけて錐でも揉みこむように小夜子の体内に深く嘴管を沈ませていく。
小夜子の全身は痛烈な汚辱感と妖しい被虐性の快感とでジーンと痺れ切った。全身の血が脈打つようで、もう満足に動かない。
小夜子の菊座の筋肉が深く含んだ嘴管を喰いしめるように固く緊まり、息づいているのを眼にした義雄はフーと熱い息を吐いて額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
「やれやれ、ずいぶんと骨を折らしてくれたけど、やっとそこで咥えてくれたわね」
義雄は深々とガラス管を咥え込んだ小夜子の双臀を平手で叩いて嘲笑した。
「ねっ、義雄さんっ」
小夜子は息もつまるような汚辱感にキリキリ歯を噛み鳴らして耐えながら血を吐くような声を出した。
「こ、こんな事されて、いったい、私はどうなるの。こわいわっ、こわいのよっ」
そんな悲痛な声をはり上げる小夜子を義雄は楽しそうに見て、
「何もそんなにこわがる事はないさ。僕が最後まで面倒を見てあげるからね。ただ、言える事はここで小夜子は大家の御令嬢としての気位の高さみたいなものは吹っ飛ぶ事になるって事だよ。これ以上の私はないという大恥を晒す事になるんだからね」
「これ以上の恥はないという恥はもう私、このように晒しているじゃありませんか」
小夜子は激しく泣きじゃくって哀願するように義雄にいったが、義雄はニヤニヤ口元を歪めながら顔を振った。
「今まで散々、僕を嫌い抜いた復讐だよ。うんと泣かせてあげなきゃあね」
義雄は再び、小夜子の隠微な部分に突き立っている浣腸器に手をかけた。
輝く嘴管を含ませたからといって義雄はすぐにポンプを押し、溶液を注ぎこむという行為には入らなかった。
深々と突き立てた嘴管を円を描くように操作して小夜子の肛門を掻き立て、小夜子に充分に悲鳴を上げさせてから急にすっぽりと引き抜き、次に上層の蠱惑な花びらを開花させたように息づく潤んだ花肉を指先で粘っこく愛撫する。
それを一旦、中止すると再び、嘴管を下層の蕾に押し当てて一気に沈ませ、同じ行為をくり返すのだった。小夜子は乱れ髪を揺さぶりながら舌足らずの悲鳴を上げるのだが、義雄の淫虐だが、その巧妙な手管にすっかり煽られ、巻きこまれ、口惜しい陶酔の熱い樹液は裂け目を伝わってしたたり流れ、下層に咥えたガラス管まで濡らすのだ。
女の羞恥の二つの源を同時に、また、交互にいたぶられるという屈辱感は言語に絶するものだが、それに伴う異様で妖しい快美感に小夜子は我を忘れて号泣するようになる。
上を押せば下を引き、下を押せば上を引き、また、上も下も同時に責め立てるなど、義雄のそんな淫らな術策に小夜子は徹底して翻弄されるのだった。
やがて、義雄は身も心も妖しい情感に酔い痴れてしまった小夜子の体内にわずかずつ溶液を注ぎ入れていく。
「ああ、気が、気が狂いそうだわっ。ねえっ、義雄さん、小夜子はいったい、ど、どうすればいいの」
と、倒錯の狂乱に陥った小夜子はひきつった声をはり上げた。
わずかずつ体内に注ぎこまれていく溶液の妖しく切ない感触。それと同時に指先で恥ずかしい肉芽をいたぶられる、うずくような甘い感触。小夜子は進退極まって上半身をぐっと反り返らせると、
「どうともしてっ、義雄さん。好きなようにして」
と、思わず自分を失って昂った声をはり上げるのだ。
小夜子の脳裡に、遠山家の茶室で美しい静子夫人と対峙した時のすがすがしい朝の光景や、婚約を取りかわした内村春雄と箱根をドライブした思い出などが、走馬灯のように浮かびあがる。
一滴残らず小夜子の腹の中へ溶液を注ぎこんだ義雄は、ほっとして、管をゆっくりと引き抜くのであった。
してやったり、と義雄は口元を歪め、脱脂絹を手にしながら、これで小夜子は完全にこっちのもの、という勝利感と幸福感を噛みしめている。
これから小夜子は泣きベソをかきながら俺の眼の前に排出し、汚辱にまみれて、いよいよ、心底から屈服することになるのだ♢♢そう思うと、義雄は、心も浮き立つような思いになるのである。
悪魔の徹底した辱しめを受けた小夜子はただ、鳴咽にあえぎつづけるだけである。打ちつづく拷問に心は無残に打ち砕け、鳴咽する声も思いなしか力弱い。
義雄は、小夜子の身に当然起こってくる次の発作を待つために、少し離れた所へ坐り、煙草に火をつけた。
「心配しなくても、時間はまだ充分あるよ。辛抱するだけ辛抱して、その時が来たら、力一杯、排泄するんだよ。僕がちゃんと始末をしてあげるからね」
義雄はそういって、煙草の煙をゆっくりと吐き出す。
「その後は、いよいよ夫婦プレイさ。自慢じゃないが、僕はその道にかけてはベテランだよ。一度、僕を知った女は、ちっとやそっとじゃ離れられなくなってしまうんだ。僕は自信があるんだ」
などと、義雄は、ひとり悦に入って、ベラベラしゃべりつづけるのであった。
小夜子は、そんな事を聞いているうちに、地獄の底へ真っ逆さまに転落していく自分を、ぼんやりと感じとっている。我が身の不幸や義雄に対する嫌悪感も薄れていき、ただ、動物的な生理の感覚しかなくなってきたのである。
生まれて初めて、はどこされた浣腸という現実を前にして、それに対し、自分の肉体がどのように変化し、炸裂するのか、そうした不安と恐怖だけが、小夜子の全身を重苦しく包んでいるのである。
やがて、当然の苦痛が、じわじわと下半身から首をもたげてくる。
小夜子は、歯を喰いしばり、自分の守護神に祈りを捧げた。しかし、その苦痛は、次第に加速度を加え、重苦しい鈍痛が、腹一杯に漲ってくる。
「うっ」
と、小夜子は、美しい顔を苦痛に歪め、大きく息を吸った。
義雄は、そんな小夜子の状態に気づくと、ニヤリとして、そっと近づいて来る。
「ずいぶんと早く効果の現われるもんだね。ま、それだけ、小夜子は健康な体をしているという証拠だけど」
生理の苦痛に身悶える小夜子は、義雄の眼に、たまらなく艶めかしい光景として、映ずるのであろう。
「ト、トイレへ、ああ、お願い」
「馬鹿だね。僕が始末してあげると、いってるじゃないか」
義雄は、傍にあった洗面器を取り、小夜子の眼に見せるのだった。
「嫌っ、嫌よ」
小夜子は、それを見て、泣きわめく。
「今更、恥ずかしがるなんておかしいよ。ついさっきまで、僕は小夜子の♢♢」
「いわないでっ、いわないで頂戴!」
小夜子は、汚辱の渦沼に身悶えしながら、ヒステリックに叫ぶのだったが、
「まあ、うんと苦しむんだね。いよいよ我慢が出来なくなったら、も一度、僕に絶対服従を誓い、便器の使用を頼んでみることだ」
義雄は、小夜子のひきつった顔を楽しそうに見て笑うのだった。
小夜子が、義雄に対して、身も心も完全に屈服したのは、それから数分後であった。
遂に限界に到達し、しかし、そのような、想像するさえ気の遠くなる浅ましい、みじめな姿を義雄の眼前に露呈する位なれば、このまま悶え死にした方がいいと、小夜子は全身を硬直させて、戦い抜いてみたのだが、生理の弱さを意志の力で救うことは出来なかった。
「駄目なの、もう駄目なのよ、義雄さん」
「自分の夫に、義雄さんはないだろう」
「♢♢あ、あなた、小夜子、もう、我慢出来ないわ」
「フフフ、これを当ててくれというんだね」
義雄は、洗面器を再び取りあげて、小夜子の眼に近づけるのだった。
小夜子は、モジモジして、それから視線をそらしつつ、恥ずかしげにうなずくのである。
死ぬ程嫌な男に、死ぬ程辛い姿を目撃されねばならぬ懊悩♢♢しかし、小夜子は、もうそんな事を思う余裕など、どこにもなく、この狂おしい思いから解放されたい、ただ、その一心よりなかったのである。
「僕は、愛する妻の一切を、この眼で、はっきりたしかめたいのだよ」
小夜子は、義雄にそう意地悪くつっ放されると、覚悟をきめて、静かに瞼を閉じ合わす。そして投身自殺でも決行する気持になって、張りつめていた全身の力を抜き、羞恥図絵を展開したのであった。
第三十九章 令嬢の屈服
カメラと令嬢
義雄にとって、それは、長年、夢に描いていた光景でもあり、正しく、勝利の一瞬であった。
その物凄まじい光景に、義雄は、ギラギラと眼を輝かせ、相ついで放出されるそれを、じっと観察しつづけるのである。
如何にも、深窓の令嬢らしい華著な雪白の肩先や、高く吊り上げられているスベスベした象牙色の内腿あたりが、その発作の都度、ブルブル小刻みに慄えるのである。
縄にきびしく上下をしめ上げられている乗らかい胸の盛り上りが切なげに大きく息づき始める。
「♢♢ああ、あっ、あ♢♢」
放出の度に、小夜子は、火のように燃えたった美しい顔を大きく円を描くようにして、くねらせつづけ、舌足らずのうめきをあげるのだ。
ようやく、発作は、おさまりかけたが、小夜子は、もうどうしようもならなくなったよう、のけぞると艶やかなうなじを見せた。その時、羞恥の極の後産でもあるかのようにすさまじい勢いで放水が始まったのである。
小夜子は、紅潮した横顔を見せながら、身動きもせず、そして、もうこれで、一切が終わりだというような悲しい感懐をこめて、遂に女の恥ずかしい生理のすべてを堂々と義雄の眼前に晒け出してしまったのだ。
「いいんだよ、小夜子。夫婦じゃないか、そんなに恥ずかしがることはないさ」
最後の一滴が落下するまで、つぶさに観察した義雄は、ニヤニヤして小夜子の首の方へ這っていき、熱気を帯びた小夜子の両頬に手をかけて、その美しい顔をじっと見つめる。
「愛しているよ、小夜子」
義雄は、うっとりと眼を閉ざしている小夜子の顔を愛撫しながら、そっと、唇を近づけていった。
義雄の唇が小夜子の羽毛のように柔らかい紅唇に触れる。すると、小夜子は、小さく口を開いて、舌をのぞかせ、義雄の口の中へ、そっと差し入れるのだった。
とうとうこの男に、魂までも、もぎ取られてしまったのだ、といった諦観が、小夜子の全身を包んでしまったのである。
義雄は、そっと、唇を離すと、小夜子の線の美しい繊細な鼻を指でつつきながら、
「ね、小夜子、僕は、君の肉体の何から何まで、一切、この眼で見てしまったんだ。親にも、恋人にも見せられない小夜子の秘密を僕だけが知ったようなものだ。わかるね」
小夜子は、軽く瞑したまま、上気した顔を小さくうなずかせる。
「もうこれで、誰が何といおうと、小夜子は僕の妻だ。そうだね」
小夜子は、顔を伏せるようにして、再び、消え入るようにうなずいた。
「そんなに、モジモジし.てばかりいず、僕の顔をはっきり見て、返事するんだ」
義雄に、頬をつつかれた小夜子は、夢見るように、そっと眼を開き、黒眼がちに澄んだキラキラする美しい瞳を、羞恥の感情に濡らさせて、義雄を見上げるのであった。
「小夜子は、もう、あなたのものですわ」
小さく、ささやくようにそういった小夜子は、初々しい羞恥の紅をさっと耳たぶにまで浮かべて、視線をそらせてしまうのである。
「よし、これで、僕も一安心だ。じゃ、きれいにお掃除してから、足の縄を解いてあげるからね」
義雄は、楽しそう口笛を吹きながら、徹底的に責めあげたその二つを丹念に掃除してやる。
小夜子は、綺麗に揃った柔らかい睫を、くすぐったそうにしかめながら、義雄のするがままに任せている。
義雄は、仕事がすむと上体を起こして、高々と吊り上げられている小夜子の足首にかけられた皮紐を解き始めた。
どさりと、美しい両肢は、夜具の上に落下したが、小夜子は、すぐに、肢をちぢめたり閉じ合わしたりする気力もなく、しばらく静止してしまっている。
やがて、深く息を吸いこんだ小夜子は、徐々に、肢をひき、小さくちぢめようと動かしかけたが、義雄は、その華奢な、それでいて官能的な曲線を持つ小夜子の肢をやにわに引きつかみ、足首を押さえて、力一杯、左右へ押し拡げ
るのであった。
小夜子は、義雄にされるがままである。
義雄は、子供が積木遊びをするように、陶器のように白い、形の良い小夜子の肢を拡げたり、ちぢめたり、折り曲げたりして、ふざけ出したが、小夜子は、まるで骨のない体操人形に化したよう義雄の手で、自由自在にあやつられている。
もう為す術はないといった敗北感に身を晒しているのか、小夜子の美しい顔は、仰向いたまま、放心したように、ぐったりとなっていた。
義雄は、ようやく立ち上り、小夜子の肩に手をかけて、彼女の上体を引き起こし、抱きしめるようにして、耳たぶや、首すじ、喉、そして、縄に緊めあげられている乳房、乳首にまで柔らかく接吻しながら、
「じゃ、小夜子。いよいよ君を、完全に僕のものにするよ。いいね」
小夜子は、すすりあげつつ、小さくうなずいて、義雄の胸に顔を埋めるようにするのだった。
女として、耐えようのない生恥をかかされたあげく、この卑劣漢に、いよいよ純潔を奪われるのだという口惜しさ。と同時に、みじめな自分に対するあざけりとで、小夜子は、たまらなくなり、義雄の厚い胸に顔をすりつけるようにして、泣きじゃくり出したのである。
「は、はずかしいわ。小夜子、死にたい程、はずかしいのよ」
絹糸のように、小さなすすり泣きを続ける小夜子の房々した黒髪から、甘ずつぱい香水の匂いが、プーンと匂って来て、義雄の胸を切ないばかりにときめかす。
義雄に抱きかかえられている艶々と光った冷たそうに見えて、暖かい小夜子の雪白の肌。義雄の胸の表皮をくすぐる、ふっくらした白桃のような乳房。象牙色のスベスベした背中の中程に麻縄で縛り合わされている可憐な白い手首と、白魚のように美しい華奢な指先。義雄は、そんなものを見ているうち、息苦しいばかりの高ぶりを覚えて、そうだ、その前に、と口の中でいい、身を起こすと、カメラに三脚を取りつけ、セルフタイマーを装填するのである。
小夜子は、涙にうるんだ美しい黒眼を、ふとその方に向け、不安な表情をする。
「楽しい夫婦プレイに入る前に、二人の仲のいい記念写真を撮っておこうと思うんだよ。この写真さえ撮っておけば、鬼に金棒。僕はいよいよ安心出来るというわけさ」
といいながら、義雄は、小夜子の背後へ廻って、縄を解き始める。
「いいかい。君と僕とが、熱烈に愛し合っているというポーズを、はっきりカメラに撮っておくんだ。さ、僕の膝の上に、お尻を乗せてごらん」
義雄は柔らかい小夜子の肩を抱き寄せるようにして、後ろ向きに膝の上へ乗せ上げようとする。
「ど、どうして、そんな写真を撮らなきゃならないの」
小夜子は、義雄に抱きすくめられ、腰を義雄の膝の上へ落としたが、眼の前に配置されているカメラを見ると、はっと顔をそらせ、両手で乳房を抱いて、前かがみに上体を伏せようとするのだ。
「駄目だよ、そんなに固くしちゃ。もっと身体を柔らかくして、それからおっぱいも、ちゃんと」
義雄は、乳房を押さえている小夜子の両手を外させ、強引に開けさせて、色々とポーズの演出にかかるのである。
「そ、そんな♢♢嫌、嫌」
ぞっとする衝動が体の内部から吹き上げて来て、小夜子は、首を振り、義雄の膝の上で、がたがた慄えるのである。
「こういう写真を撮っておこうというのはだね、小夜子の、僕に対する気持を決定的にするためなんだ。この写真が僕の手元にある限り、小夜子が僕を裏切るってことは、まず出来ないからね。それに、小夜子のパパだって、同じことさ。この写真がある限り、君のパパから、いくらだって、お金を引き出すことが出来るってわけだよ」
小夜子は、義雄が含み笑いしながら語るそうした言葉に、憎悪を覚えながらも、反撥する気力はもうなかった。
義雄のねばりつくような動作に抗し切れず人形使いにあやつられる人形のように、左手をねじ曲げるようにして、開かされてしまう。
「そうだ。きっと、すばらしい作品が出来るよ、小夜子」
義雄は、小夜子の頬に自分の頬をぴったりと当てがった。
「このまま、カメラにしっかり顔を向けるんだ。悲しそうな顔しちゃ駄目だよ。幸せそうに、ニッコリ笑うんだ。いいね」
セルフタイマーの長い管は、からみ合っている二人の傍にまでのびている。それに義雄は手をのばした。
「さ、ニッコリ笑うんだ、小夜子」
ジーとタイマーは音をたて始める。
「笑うんだよっ、小夜子」
頬を小夜子の耳元にすり寄せるようにして義雄は声を大きくする。
小夜子は、はじかれたように、うるんだ美しい黒眼を開いて、真珠のような白い歯をのぞかせ、ひきつったような笑顔を作るのであった。
シャッターは切れた。
その瞬間、小夜子は、いよいよこれで、義雄の奴隷になったのだという、クサビが音を立てて打ちこまれたような気分になったのである。
義雄の力がゆるんだので、小夜子は、義雄の膝から滑り落ちるようにして、その場に身を伏せ、肩を震わせる。
義雄は、片頬に薄ら笑いを浮かべて、小刻みに震えつづける、小夜子の雪白の肩と、ゆるやかなカーブを描くヒップの線を眺めつづける。
ざまを見ろ。これでお前は、もう日の当たる場所へは出られねえのだぜ、と義雄は、復讐を成功させた喜びを、ぞくぞくした思いで噛みしめているのだ。
冷やかなうちに気品を漂わせた美しい深窓の令嬢は、卑劣なペテン師、義雄とからみ合って、醜悪無残な写真を写され、その一生を微塵に打ちくだかれてしまったのである。
小夜子のきらめくような肌の色と、華奢でしなやかな、それでいて、むっちやと成熟した肢体に、じっと眼を注ぎつづけていた義雄は、ふと、冷酷な表情になって、泣き伏している小夜子の肩に手をかけて、上体を引き起こす。
「ね、小夜子。せっかくの機会だ。一枚だけじゃつまんない。以前の小夜子の恋人やボーイフレンドにも進呈しようよ。色々なポーズのやつを撮ってね」
それを聞くと、小夜子は、わっと、義雄の膝に顔を埋めて、号泣し始めた。
「後生ですっ、それだけは許して。これ以上、小夜子に生恥をかかせないで。お願いです」
「あそこだけの写真や小夜子の身体から出たものを送ったぐらいじゃ彼等は満足しないよ。やっぱり、本格的なものが必要さ」
「嫌、嫌。そんなものを送るのなら、小夜子は、舌を噛んで死にます!」
小夜子は、義雄の身体に取りすがるようにして、激しく泣きわめくのである。
「夫の命令することに、さからうのかい、小夜子」
義雄は急に語気を強めていった。
「小夜子が、そんなに嫌がるってのは、まだ内村春雄に充分未練があるという証拠じゃないか」
泣きすがる小夜子をわざとつっ離すようにして立ち上った義雄は、カメラの所へ行き、フィルムを巻いて、再び、セルフタイマーの支度にかかるのである。
おどされたり、叱咤されたりして、小夜子が再び、義雄とからみ合うことになったのは、それから、三十分後であった。
ここまで来て、静子夫人や文夫達の救出をあきらめるのか、という義雄の切札が、やはりものをいったのであろう。
人間的感情の一切をかなぐり捨てたような、冷淡な表情をつくった小夜子は、催眠術にかかったように義雄の命ずるポーズを、さしてためらいもせず、とるようになったのである。
小夜子の顔は克明に写すのだが、義雄は、
「僕はお尋ね者だから、顔が写るとまずい場合がある」
といって、シャッターが切れる直前、小夜子の頬へ顔を隠すようにするのである。
「次はね、小夜子。ちょっと、リアルなものも必要だ。彼等が一番、納得しているやつだ」
小夜子は、もう意志を失ったロボットのように、義雄に命じられるまま、首に両手を巻きつかせた。唇も合わせた。
シャッターが切られる。
義雄の膝の上に、前向きに跨がったり、後ろ向きに跨がったり、そして、小夜子は、凄惨なばかりの冷淡な表情と、悲しく研ぎすまされた黒眼をカメラのレンズに向けるのであった。
そうした色々なポーズを義雄に強制されてゆくうち、小夜子は、辛いとか苦しいとかいった気持は何時しか遠ざかり、一種の倒錯心理に落ち入って行き、転落してゆく女のみじめな心地よさといったものがわいてくるのである。
♢♢お許し下さい、神様。小夜子は、とうとう地獄の底に落ちてしまいました♢♢
カメラのシャッターが、パチリと非情な音をさせて切れる時、小夜子は、心の中で祈るようにつぶやき、カメラに向けて、無理に作った笑顔を悲しい表情に変えるのであった。
「ご苦労だったね、小夜子。これ位でいいだろう」
義雄に、ようやく解放された小夜子は、彼の膝から降りると、両手を交錯させるようにして、乳房を抱きしめ、立膝を組んで、消え入るように身をちぢませるのであった。
「ま、しばらく、一服しなよ」
義雄は、こちらへ背を向けている小夜子に向かって、口元を歪めていい、煙草を口にして、火をつける。
未だ処女である小夜子にそうしたポーズをとらせて写真をとったということが、義雄は、楽しくて仕様がない風であった。
世間広しといえども、処女をモデルにしたこの種の写真はまずあるまい、と義雄は、煙草の煙を吐きながら北叟笑む。
それよりも、これで、この大家の令嬢が、今後は何でも自分の思いのまま、つまり、生かすも殺すもこちらの自由になったという思いが痛快なのである。
こういう写真が俺の手元にある限り、このお嬢さんは、一生、俺の傍から離れることが出来ないわけだ、と義雄は、なめし皮のように艶々光っている小夜子の肌の見事さを凝視しながら、楽しい空想にふけり出す。
この写真を何百枚、何千枚と焼増しして、小夜子の学校時代の友人から、現在に至るまでの交友関係の一切を調べあげ、送ってやったとしたらどうだろう。恐らく小夜子は街を歩こうという気持さえなくなるに違いない。人前に顔を出す気力もなくなり、人の眼のとどかぬ穴倉のような所で暮すことを望むようになるだろう。
こうした考えが浮かんだ義雄は、満足げに大きくうなずくのであった。その奇抜な着想を義雄は実現する気になったのである。
小夜子の交友関係を調べるのは簡単だ。小さな興信所へ頼んでも、喜んで調べるだろうし、小夜子の卒業した学校へ行けば、卒業著名簿というものがある。その他、小夜子が、内村春雄などと一緒に遊びに行ってた赤坂のナイトクラブ、麻布の酒場、そうした場所のホステスやバーテンに至るまで、バラまいてやる♢♢。
そういう風に公開をはばかる恥ずかしい自分の写真が、交友関係の隅々にまで行き渡ったと知った時、小夜子は、どうするだろうか。何とかして、この屋敷から逃げ出したいという気持は喪失し、逆に、この屋敷内に永遠に住みつくことを望み出すだろう。小夜子は、今までの大金持の令嬢としての派手で豪奢な生活とは完全に決別し、俺の奴隷として一生、奉仕せねばならなくなる。
ま、あわてることはない。それよりも、まずとどめを刺すことだ♢♢と義雄は、煙草を灰皿にねじこむと、猿のように身をちぢませている小夜子の肩に両手を乗せるのだった。
「さ、小夜子。これで、すっかり自信がついたろう。何時までも、娘のままじゃかわいそうだ。じゃ、本格的なプレイを開始しようか」
乳房を両手で覆いながら、一層小さく身をちぢませる小夜子に、義雄がそういった時、ドアをノックする音。
「誰だい」
燃えさかり出した炎に突然、水をぶっかけられた思いで義雄は不快な顔つきになった。
「銀子です。大阪の岩崎親分からの、お電話ですが」
そうかと、義雄は、あわてて立ち上り、下着をつけ始めた。
岩崎親分なれば仕方がない。義雄は、ランニング姿のまま、ドアを開け、立っている銀子に、
「すまないが、小夜子嬢を、お風呂へ入れてやってくれないか」
そして、義雄は、銀子の耳に口を当てるようにして、
「まだ本番はすましちゃいないんだ。浣腸をしてやったりして、時間をくっちまった。しばらく、彼女のお守りを頼むよ」
と、いい残し、廊下をかけて行った。
女奴隷
小夜子は、ガラス窓から、田代邸の広大な芝生や美しい築山が見通せるタイル張りの浴槽にぼんやりと浸っている。
義雄に気も狂うばかりの恥ずかしい責めを受け、綿のように疲れ切った身体を、銀子と朱美に抱きかかえられるようにして、この豪勢な浴室へ連れこまれたのだ。
「よく身体を洗うんだよ。とくに浣腸された個所なんかをね。フフフ」
銀子は、浴室へ小夜子を突き入れるようにすると、手拭を投げて、そんな事をいい、ピシャリとガラス戸を閉めたのだ。
今、小夜子は、浴槽の中で、艶々しい首すじに手拭を当てつつ、うつろな瞳を窓外に向けている。
小夜子は、もう、何を考える気力もなかった。ただ、はっきりした形をとって、小夜子の心の中を占めていることは、義雄に対して、自分は完全に屈服、魂までも、もぎ取られてしまったということである。
それにしても何という卑劣な男であろう。骨も肉も、バラバラになるような、恥ずかしい責めを加えておきながら、まだ、それだけではあき足らず、ああした写真まで♢♢。
小夜子は、もうそれ以上、想い出す勇気はなかった。
この浴室を出れば再び、義雄の手で、今までにもまして、恐ろしい責め苦の中に立たされるのだ。いや、それよりも、義雄は、たった今、写したあの恐ろしい写真を、本当に、内村春雄のもとへ送る気でいるのだろうか。考えまいとしても、冷静になればなるほど自意識が戻って来て、小夜子は、いっそ、舌でも噛み切りたいほど、苦しい、恥ずかしい思いになるのである。
急に浴室の外が賑やかになった。
銀子、朱美、義子、悦子、マリなど、葉桜団のズベ公グループが、何か、大声で話し合い、キャッキャッと笑い合っている。
彼女達は、今まで、鬼源の調教を手伝っていたらしい。
「でもさ、日本髪姿になった静子夫人、すごく綺麗。水もしたたるいい女ってのは、ああいうのをいうんだろうね。見ていてポーとなっちゃった」
密室で、静子夫人を調教中の鬼源と川田を手伝って来たという悦子とマリが、仲間にしゃべっているのである。
「じゃ、いよいよ静子夫人、捨太郎とおっぱじめるわけね」
「そう。土蔵へ監禁されたお静が、お尋ね者に扮した川田さんと捨太郎の二人に、無茶苦茶にされるってわけよ。鬼源さんが、脚本を書いてさ。お静も、お尋ね者も科白があるんだけど、捨太郎の馬鹿は、全然、覚えられないの。ありゃ、やるだけしか能のない男ね。やっぱり」
「それで捨太郎と静子夫人、やったの」
「馬鹿ね。稽古にそんな事をしちゃ本番の時いうことがきかなくなるじゃないの」
ズベ公達は、どっと笑った。
「あたしはさ、美津子と文夫の方をのぞいたんだけど」
と、朱美が、今朝方、鬼源に調教されていた若いコンビについて、しゃべり出す。
「こっちは、ぴったんこと、本格的さ。お尻の振り方も、上手になってね。それで美津子が、とても可愛いの。髪に可愛いリボンなんかっけちゃってさ。ねえ、あなた、美津子、今が最高に幸せよ、なんて、甘い声を出してんの」
「あら、そっちの方も、やっぱり、科白があるわけ」
「そうさ、規定の十五分間、ただ、ギッコンギッコンやってるばかりじゃ面白味がないんで、鬼源さんが、二人に交互に科白をいわせるようにしたのよ」
「そりゃ、傑作だわ。でも、文夫が十五分もがんばれるようになったとは大した進歩ね」
「途中で駄目になりゃ附根のあたりにヤイトをするっていう罰則をつくったのよ。それよりも、文夫が、がんばれるようになったのは美津子の内助の功ってわけね。文夫の様子から、危ないと感じると美津子は、……あなた、お願い、がんばって、と文夫の肩に噛みついたりし、いじらしい位に夫に尽すのよ。見ていて、感心しちゃった」
そうした、ズベ公達の話は、嫌でも、小夜子の耳に入って来る。
小夜子は、あまりにも、ショッキングな彼女達の会話に、たまらなくなって、耳を手で覆った。
ガラガラと浴室のガラス戸が開いた。
五人のズベ公は、異様に光る不気味な瞳をいっせいに小夜子に注いだ。
「のんきに、何時までも入ってるんじゃないよ。さ、出ておいで」
朱美がスリッパをひっかけて、浴室へ入ると、他のズベ公も、ぞろぞろ入って来る。
小夜子は、新たな恐怖に頬を強張らせ、浴槽の中で後退した。
「出ろといってるんだよ」
朱美は、険しい眼つきになっていった。
朱美にせよ、銀子にせよ、こうしたズベ公達は、金持の娘や器量のいい女に対しては、妙な敵愾心を持つ習慣がある。
とりわけ、小夜子は、資産家の娘であり、天性の美貌を備えているのであるから、ズベ公達は、一様に陰険な眼を光らせている。
小夜子は、ズベ公達にせかされて、浴槽から上った。
片手で両乳房を隠し、手拭を前へ当てながら、小夜子は、ズベ公達の邪悪な眼に射すくまれたようにして、その場に立っている。
乳白色の高貴な艶を持つ肩から胸元、むっちりと肉の実った、それでいて、透き通るような色の白さを持つ腰部から、太腿あたり、そうした美しい小夜子の姿態を、ズベ公達は嫉妬と羨望のこもった瞳で、じっと見ていたが、悦子が、横から、いきなり、ひったくるようにして、前を隠している手拭をもぎ取った。
小夜子は、ベソをかきそうな表情で、周囲を取り囲むズベ公達に眼を向けるのであった。
「身体をあたい達が拭いてやろうってんだよ」
と悦子がいい、
「でも、あんた、本当に、綺麗な身体をしているわね。ちょっと、両手を頭の後ろで組んでみな」
と朱美がいう。
こうしたズベ公は、時には、男達より、残忍な狂暴性を発揮するものである。
それがわかっているから、小夜子は、嫌悪の戦慄に身を慄わせながらも、静かに、両手を頭の後ろへ廻してゆく。
「小娘じゃあるまいし、ガタガタ震えるんじゃないよ。ちゃんとポーズを組んでみな」
朱美は、大声で、小夜子を叱咤する。
やがて小夜子は、外国のヌードモデルがよくとる挑発的なポーズを、ズベ公達に組まされ、命じられるままに、うっとりと眼を閉ざし、唇を心持ち前へ、突き出すようにして見せる。
ヒャーと、ズベ公達は、声をあげて拍手する。
「じゃ、次は、バレリーナのように、爪先で立ち、片足を上げてみな」
小夜子は、こらえ切れなくなって、朱美の方へ、冷たい視線を向けた。
「貴女達にまで、どうして、私が、いじめられなきゃならないんです。ね、どうしてなんですっ」
小夜子は、歯を喰いしばった表情で、はね返すようにいったものの、あまりの口惜しさに両手で顔を覆い、わっと泣き出すのであった。
朱美は、鼻に小じわを寄せて、
「ずいぶんと生意気な口をきくじゃないか、え、お嬢さん。資産家の娘か財産家の御令嬢か知らないけれど、今のあんたは、犬や猫も同然さ。そんな生意気な口がきけなくなるように葉桜流のお仕置を受けさせてやろうか」
と、泣きじゃくる小夜子を睨みつけるようにして朱美は凄む。
「ちょっと、お待ちよ。それには、まず、津村さんの許可がいるよ。今日一日は、このお嬢さん、彼のおもちゃなんだからね」
と銀子が手をあげる。
「だって、銀子姐さん。この娘、ここへ来た日から、何となく生意気じゃありませんか。一つ、ヤキを入れておかないと、葉桜団の名折れですよ」
などと、朱美は口をとがらして、銀子にいった。
「じゃ、あたいが津村さんの所へ一足先に行って、相談してみるからね。あんた達は、あとから小夜子を女中部屋へ連れて来な」
と銀子はいい捨て、小走りにかけ出して行った。
「朱美さん、面白いものがあるよ」
と、チューインガムをぺっと吐き出したマリが、ジーパンの後ろポケットの中から、犬の首輪をとり出した。
「このお屋敷で飼っているセパードの首輪だけど、どう、このお嬢さんに似合わないかしら」
マリは、今朝方、犬の首輪と鎖を表で買って来いと田代に頼まれ、それを今まで田代へ渡すのを忘れて持っていたのだという。
「そりゃ、傑作やわ」
朱美と義子が、マリの手から、それを取って、小夜子の首にはめこもうとするのだ。
「な、何するんですっ」
小夜子は、左右から、悦子とマリに、両手をかいこむように抱きこまれてしまい、激しく首を振ったが、朱美と義子は、小夜子の黒髪をひきつかむようにして、嫌がる小夜子の首に犬の首輪をまきつかせてしまった。
「フフフ、よく似合うわよ、お嬢さん。さ、次は四つん這いになって、ここから、部屋まで歩いて行くんだ」
もうどうともなれとばかり、その場に呆然と立ちすくんでしまった小夜子の首輪に、長い鎖を通しながら朱美が調子づいていう。
「ぼんやりしてないで、四つん這いになるんだよ」
朱美が、再び、耳もつんざくばかりの大声を出して、どなる。
その声にはじかれたよう、小夜子は、ふらふらと、身を低め、胸の中に、こみ上ってくる口惜しさと恋しさを噛み殺しながら、膝を折り、両手を前についた。
「駄目よ、肢を曲げちゃ。ちゃんと膝を上げて、お尻を上へ持ちあげるようにして歩きなよ」
悦子が、小夜子の尻を足で蹴った。
小夜子は、屈辱の口惜し涙を流しつつ、両足を踏んばるようにして、四つん這いになる。
朱美は、鎖をぐいと引っ張って、
「さ、歩くんだよ。お仕置場までね」
小夜子は、鎖で、首輪を引っ張られ、すすり上げながら、両手と両足を使って、ゆっくり歩き始めたのだ。
「黙って歩くなんて、芸がなさ過ぎるわ。雌犬らしく、ワーワンと吠えながら歩きなはれ」
義子が、屈辱の極にあえぎつつ、かたく眼を閉ざして歩きつづける小夜子の横顔をのぞき見て哄笑する。
朱美は、ぐいと鎖をひき、義子と悦子は、小夜子の背や尻をスリッパで、ひっぱたく。
「♢♢ワ、ワン、ワン」
小夜子の心臓は、口惜しさのあまり、張りさけそうになり、血の気は消え、美しい額からは汗がタラタラと流れ出す。
風呂場のガラス戸を開け、スベ公達は、四足になって歩く小夜子を愉快そうに引きずりながら、出て来る。
女中部屋までの長い廊下を、ズベ公達は、小夜子を四つん這いにさせたまま、歩かせて行こうというのだ。
小夜子のむっちりと肉の実った白い尻の動きを後から眺めつつ歩いていたマリは、急にプッと吹き出して、
「ちょっと、悦子姐さん、ここから見てごらんよ。大事なところが丸見えだわ」
どれどれ、と悦子や義子がのぞいて、クスクス笑い出す。
「まあ、いやーだ」
朱美も、のぞいて哄笑したが、小夜子は、もう気持が転倒してしまって、そうしたズベ公達の嘲笑や、冷笑も耳に入らなかった。
「そら、吠えるのを忘れちゃ、駄目やないの」
「ワ、ワン、ワン」
小夜子の閉じ合わせた眼尻から、とめどなく涙が流れ落ちている。
「さ、次は、こいつをくわえて歩きな」
悦子は、何時の間に取ったのか、自分のパンティを四足で歩みつづける小夜子の前に投げ出した。
「フフフ、見覚えがあるでしょ。それは、最初、あんたがはいていたものさ。あんたにはもう必要がないから、あたいが頂戴しておいたのよ。さ、それをくわえな」
小夜子は、そっと開いた眼を物悲しげに細めて、それを見たが、ズベ公達に再び、尻を蹴られて、せき立てられると、小夜子は、屈辱をぐっと呑みこみ、それに唇を近づける。
深窓に生まれ育った、真珠のように美しい肌を持つ小夜子は、遂に、こうしたズベ公達にいたぶられるまま、パンティを口にくわえ犬のように四足となり歩き始めたのである。
丁度、その頃、二階のホーム酒場では、義雄が、田代と森田の二人を相手にウイスキーを飲みつつ、ひそひそと密談していた。
カウンターの上には、先程、小夜子の様々なポーズをとったカメラと、テープレコーダーなどが置いてある。
「なるほどね、そりゃ中々面白い思いつきですよ。わかりやした。それじゃ、今夜中に、うちの専門家を呼んで、二、三百枚も焼付けておきましょう」
と、森田は、義雄のグラスにウイスキーを注ぎながらいった。
義雄は、小夜子を社会的に葬るため、このカメラにおさめられているフィルムを大量に焼増ししてくれるよう、森田と田代に頼んだのである。
「なかなか思い切った復讐ですな」
田代が、赤ら顔をさすりながらいった。
自分を裏切った女に対する復讐だと義雄はいうのだが、いわば、社長令嬢に社員の一人が横恋慕しただけの話。小夜子の純潔を奪うだけでは満足せず、小夜子のヌード写真や秘密写真などを、彼女の知己へバラ撒くという義雄の異常さは、さすがの田代も舌を巻くのであった。
「僕は、小夜子一人に復讐するのではなく、彼女の父親の経営する宝石商会に対しても復讐してやるんですよ。あの会社は、僕を横領犯人として告訴しましたからね。小夜子の傑作写真が会社の取引先などへ送られたとしたら、会社も社長も、全く世間へ顔向けが出来なくなる。信用も何もあったもんじゃない。万一、小夜子が、それを辛さに自殺したとしてもですよ、この写真のネガがある限り、僕は、あの宝石商会を何時までもガタガタ揺すりつづけることが出来るというわけです」
義雄は、得意になって、しゃべりつづけるのだった。
たしかに、この男は、悪にかけては、天才的だと、田代と森田は顔を見合わす。
たとえ、小夜子が自殺しても、このメガがある限り♢♢というその恐ろしいばかりの割り切り方。悪党としては、俺達より数倍も上だと田代も森田も、義雄に対し、畏敬のようなものを覚えた。
「よろしい。協力致しましょう。俺も、小夜子の父親には、大いに恨みがある」
と田代は、何時であったか、小夜子の身代金一千万を受け取りに行き、危く、その筋の者に捕縛されかかった顛末を語った。
「一千万とは安い。あの娘は、少なくとも一億の価値はありますよ」
と義雄はいってグラスのウイスキーを一息に飲み、
「しかし、人間、金に眼がくらんで、一気に事を起こそうとすると、とんだ失敗をしますからね。誘拐犯罪が失敗するのは犯人が身代金を奪おうとするからです。それよりも、あれだけの美貌と美しい身体をした娘なんですから静子夫人同様、大いに磨きをかけて安定した商品に作り変えた方が賢明だと思います」
何だか、この若いペテン師に、こんこんと意見をされているようで、田代も森田も苦笑いするのだったが、
「それじゃ、お鋭に従って、小夜子は商品として、明日から、鬼源をつけ、徹底的に調教することにしよう。ところで、小夜子の水揚げはすんだのかね」
田代は、ニヤリとして、義雄の顔を見た。
「楽しみはこれからですよ。さっき、一寸、小夜子の感度をテストしてみたんですがね びっくりしましたよ。大体、深窓の令嬢ってのは、見かけとは逆に早熟なんですね。すごいんですよ」
そんな話を義雄は、顔色一つ変えず、すましこんで語るのだった。
「それに、小夜子は明日になれば、この屋敷から僕に連れ出してもらえると甘い希望をつないでいるんですよ。それがこっちのつけ目です。僕は、それを口実にして、披女に極端なポーズをとらせ、あらゆるテクニックを使って、女の悦びを徹底的に教えてやります。明日から、鬼源さんの調教に耐え得るような肉体に作り変えてやりますよ」
「明日になって、君にだまされたことがわかったら、あのお嬢さん、さぞ、君を恨むことだろうな」
田代は、笑いながら、葉巻をとって、口にする。
「フフフ、あとの祭ってやつですよ。かわいそうだが、だまされる方が悪いんだ」
そういって、義雄も紙煙草を口にしたが、ふと、思い出したようにいった。
「そうだ、すっかり忘れていた。さっき、岩崎親分から電話がありまして、今夜、十一時頃、ここへ着く予定だそうです。それから、ショーの見物は、明日でいいから、今夜、いい女の世話だけは忘れるな、ということです」
「よし、わかった。岩崎親分の趣味は、よくわかってますぜ。親分のお好みは、何てったって、日本髪や和服のよく似合う年増美人だ。となりゃ、やっぱり、静子夫人」
と、森田がいそいそとして腰を上げ、田代の顔を見る。
「その通りだ。じゃ、森田親分、静子夫人を調教している鬼源に、稽古はそれ位で打ち切って、夫人を風呂へ入れさせ、入念に化粧させるように伝えてくれないか」
「へい、かしこまりました」
森田が出て行くと、それと入れ違いに、銀子が部屋へ入って来た。
「なんだ、津村さん、ここにいたの。ずいぶんと探したわ」
銀子は、ほっとしたようにスタンドへ近づいて来る。
「小夜子は、風呂から上ったかい」
義雄が腰を上げようとすると、銀子は、それを押しとどめるようにして、
「その事なんだけどさ。あたい達に一寸、小夜子のお仕置をさせてくれない?」
「お仕置?」
「そう。あの娘、とても傲慢なのよ。あたい達が身体を洗ってやろうとするとね。私は、村瀬宝石商の娘よ。あんた達のようなズベ公と口をきくのさえけがらわしいわ、なんていっちゃって、風呂の湯をぶっかけたりすんの。朱美がカンカンになって怒っちゃったのさ」
ああいう生意気な鼻は、今のうち、へし折っておかないと調教する時、色々と面倒が起こる、などと銀子は、しゃあしゃあとした顔でいうのである。
スタンドに坐っている田代が、皮肉な笑いを口元に浮かべて、
「嘘をつけ。あの御令嬢が、そんな事をいうもんか。お前達は、何のかんのと理由をつけて処女をおもちゃにしたいんだろ。女のくせに悪い趣味だぞ」
というと、銀子は、頭に手をやって、舌を出す。
「だってさ、あの御令嬢、身体の線がすばらしく綺麗だし、あれがまた、こんもりとして、いい艶を出しているでしょ。
朱美は、ああいう娘を見ると、どうしても一度、さめざめと泣かせてみたくなるのね」
義雄は、興味探げに銀子のいうことを聞いている。
「朱美はうまいのよ。どんなお堅い生娘でも指先一つでワンワン泣かせてしまうし、それだけじゃなく、あれから、せせらぎのような素晴らしい音楽をひき出すことが出来るのよ。処女泣かせの名人さ。どう、津村さん。見物してみ
ない?」
朱美は青から同性愛にふけっていたそうで一度、朱美の技巧を受けた女性は、なかなか彼女から離れられなかった、と銀子は、義雄に説明するのだった。
女が女にほどこす技巧、それは、どんなものか義雄には想像できなかったが、大いに興味はそそられたし、責め手が女であるということは、ふと、陰微な物凄さが想像出来る。
義雄は、カウンターの上のテープレコーダーを取って銀子の方へ押しつけるようにし、
「今、君は、せせらぎのような音楽を引き出せるといったね。それが、これに録音出来る自信があるなら、小夜子を貸してもいいぜ」
「あるわ」
銀子は、いたずらっぽく笑って、テープレコーダーを受け取った。
「じゃ、どうぞ、こちらへ。フフフ」
銀子は、鼻唄を歌いながら、先に立って歩き出した。
「社長、のぞいて見ませんか」
義雄は、田代を誘う。
田代は、二つ返事で立ち上った。
「とにかく、あの令嬢は、肉体的には非常に敏感です。レスボスのベテランのズベ公が、それをどんな風に責めるか、後学のために、拝見しようじゃありませんか」
口惜しき陶酔
女中部屋の前まで来ると、中から、レコードのジャズ音楽が流れて来た。
電気ギターを主にした、馬鹿に賑やかな音楽である。
田代と義雄は、小首をかしげて、そっと、ドアを開けると、小夜子が、生まれたままの姿で、モンキーダンスを踊らされていたのである。
ズベ公達が手をたたいて、拍子をとる、その中で、深窓の令嬢は、涙も涸れ果てた顔を正面に向けつつ、レコードのリズムに合わせて身体を揺すりつづけているのだ。
「そんなおしとやかなダンスは駄目だよ。もっと、リズムに乗って、ケツを振るんだ」
ズベ公達は、声をかける。
ナイトクラブなどへ、ボーイフレンド達とよく出かけていた小夜子は、サーフィンにせよ、モンキーダンスにせよ、流行のダンスは一応身につけていた。それをズベ公達も知っていたから、面白がって、そんな姿のまま、小夜子にモンキーダンスを無理やり踊らせたのである。
ズベ公達に号令され、犬の鎖でムチ打たれ、小夜子はベソをかきそうな表情で、急テンポなリズムに合わせて、尻を振り肢をあげ、柔軟な白い腕をうねらせる。小夜子の柔らかい二つの乳房と美しい腰の線が揺れ動き、ズベ公達の間からは、吐息と興奮が渦巻き上るのだった。
全身を羞恥と屈辱に波打たせながら、小夜子は踊りつづけるのだったが、その泣き濡れた瞳に、ドアの所に立って、こっちを眺めている義雄の姿が写る。
途端に小夜子は、彼が自分を地獄の底へ突き落とす悪魔であることも忘れ、いや、今の小夜子にとっては、悪魔に救いを求めるより方法はなかったのであろう。矢も楯もたまらなくなったよう義雄の所へ走り寄り、
「義雄さん、お願い、助けてっ」
と叫ぶや、義雄の胸に顔を埋めるようにして、わっと泣き出したのである。
同性の者にいたぶられ抜くということは、相手が男であるよりも、小夜子の場合、辛く、口惜しいことなのだろう。
「お願いです。この人達を、この部屋から、出して下さい。ね、義雄さん」
小夜子は、心底から哀願するように、涙でキラキラ光る黒眼を義雄に向けるのだった。
「僕は、君の夫だよ。義雄さんてな呼び方はやめてくれないか」
義雄は、そっぽを向くような調子でいう。
「あ、あなた、お願い、小夜子を助けて!」
小夜子は、義雄の身体に取りすがるようにして、必死に哀願を続けるのだった。
義雄は、そんな小夜子が、ふと、いじらしく、思わず抱きしめてやりたいような衝動にかられたが、わざと冷淡な表情を作り、小夜子から視線をそらせるようにしていう。
「助けてあげたいのは、山々だけどさ、小夜子が、この連中を怒らせるような事をしたんだから、仕様がないさ」
「何を、小夜子がしたとおっしゃるの」
小夜子は、おろおろした顔つきになっていう。
「何をしたって、とぼけるんじゃないよ、お嬢さん」
銀子が陰険な眼つきをしていった。
「あんた達のようなズベ公と口をきくのは嫌だなんて、大層な啖呵を切ったじゃないか。その上、私達に唾までひっかけてさ」
銀子のそうした出鱈目をきくと、小夜子は恐怖に、わなわな唇を慄わせて、
「そ、そんな事、私した覚えはありません。出願日をいわないで下さい」
「出鱈目だって」
朱美、悦子、義子などが眼をつり上げて近寄って来る。
「津村さんの前でよくも私達に恥をかかせてくれたわね。一寸、こっちへおいでよ」
「嫌っ、嫌です」
小夜子は、義雄の身体に取りすがるようにして、ズベ公達の手に搦め取られまいとする。
「あ、あなた、後生です。助けて下さ!」
必死になって、義雄を見上げる小夜子。
しかし、義雄は、そのように、せっぱつまった小夜子の顔を今度は面白そうに見て、
「いくら君でも、嘘をつくってことはよくないよ。君の口から、よく葉桜団のお姐さん達に詫びることだな」
朱美と悦子が、小夜子の乳白色の肩をひきつかみ、力一杯、引き戻す。
「やめてっ、やめて下さいっ」
小夜子は、悲鳴をあげながら、ズベ公達の手で、窓際の柱の傍まで引きずられて行くのであった。
「大げさに騒ぐなよ、お嬢さん。葉桜団がこれから、あんたにするお仕置は、なぐるとか蹴るとかいった殺風景なもんじゃないんだ。とっても楽しくなるものらしいよ」
田代が葉巻の煙をくゆらしながらいった。
小夜子は、組み敷こうとするズベ公達の手の下で、ひきつったような声を出して叫ぶ。
「わ、わかったわ。お仕置を受けるから、手を離してっ」
「よし、それじゃ柱を背にして立ちな」
朱美が、仲間達を制している。
小夜子は、悲壮な決心を顔に表わして柱を背にして立つ。
「一体、私に、何をなさろうというの」
小夜子は両手を、乳房に当てながら、憎悪のこもった瞳をキラリと光らせて、朱美をはじめ、周囲を取り囲む、ズベ公達を見るのであった。大家の令嬢にあり勝ちな気性の強さを顔に表わし、負けるものかといった風に唇を噛みしめてはいるものの、ともすれば、胸をついて出てくる慟哭を必死に小夜子は、こらえているのである。
「私達に生恥をかかせてくれたお礼に、あんたにも生恥をかかせてやろうってのさ。美人でござい御令嬢でございといったって、一皮むきゃ、あたい達と同じ只の女であるってことを思い知らせてやるんだよ」
朱美は、鼻の頭を指でこすりながらいう。
と同時に、悦子と義子が、あらかじめ用意しておいた麻縄を柱の後ろから拾い上げて小夜子の横へ立つ。
「両手を後ろへ廻しな」
小夜子は、自分の両手の自由を奪ってからこれらのズベ公が、どういう私刑を加える気なのか想像は出来なかったが、もう毒喰らわば皿までの心境である。我と我が身を焼き亡ぼしてしまうような悲痛な決心をし、両手を乳房から離して、後ろへ廻し、首を垂れる。
「フフフ、そういう風におとなしくしてくれると、こっちも張り合いが出て来るわ。じゃ悦子、そのお嬢さんに菱縄をかけな」
と朱美がいうと、菱縄か、ずいぶんと面倒だな、とぼやきながらも、器用な悦子は、義子と二人で、後ろへ廻した小夜子の白い両手首をとって、ぐいと背中の中程までねじ曲げさせ、ひしひしと縄がけにかかる。
艶々と光る小夜子の華奢な首のまわりには麻絶が二巻ばかりかけられ、乳房の一つ一つに輪をはめるように縄がかかったので、その柔らかい盛り上りは、一層の肉を実らせるのであった。
小夜子は、軽く瞑目したまま、顔を伏せ、ズベ公達の手にかかり、首から胸、胸から臍の所まで、きびしく縄がかけられてゆくのである。
「どう、朱美姐さん。こんなもんでいいでしょ。これだけ、きびしく締め上げりゃ、どんなに身悶えしたって、びくともゆるみませんよ」
朱美は、小夜子の背後へ廻って、小夜子の手首を締め上げている縄を点検したり、胸を緊めている麻縄を検査したりしていたが、いいだろ、とうなずき、小夜子の背を柱に押しつけ、別の麻縄を使って、かっちりと縛りつけてしまうのだった。
小夜子は、すっかり観念したように、硬く引き緊めた頬を冷やかに見せ、ぴったりと両脇を閉じ合わせていたが、銀子が、小夜子の足の前に置いたテープレコーダーを指さして含み笑いしながら、朱美の耳に何かひそひそ話していたり、朱美が、義雄と田代の所へ行って、何か、ふざけ合うように話していたりするのを、ふと、眼にすると、何か、得体の知れない、ぞっとするものが、身何の中を走り出すのであった。
義雄は、わざとこれらのズベ公に自分を責めさせようとしている♢♢それに気づいた小夜子は、義雄の卑劣さをいよいよ思い知らされた思いになり、血の出る程、唇を噛みしめるのだった。
その義雄がニヤニヤしながら、田代と一緒に小夜子の前へやって来た。
「ね、小夜子。君が明日、この屋敷から出るためには、もう一つ、試練を受けなきゃならないんだよ。この葉桜団の連中の機嫌を損じちゃいけないってことだ。どんな風に小夜子を責めるか僕は知らないし、そのテープに何を録音するのかも僕はわからない。しかし、何といったって、今日一日の辛抱さ。がまんするんだよ。いいね」
義雄は、うなだれている小夜子の肩に手をかけて、ささやくようにいうのである。
小夜子は、そっと眼を開き、義雄の顔に、うるんだ視線を向ける。涙が一滴、小夜子の白い頬を伝わって、流れ落ちた。
「わ、わかりましたわ。でも、でも、本当に明日♢♢」
「わかってるよ。ただし、銀子や朱美の機嫌を損じると、元も子もなくなるってことになるよ。何でも、ハイハイと柔順になって、お仕置を受けるんだ。いいね」
義雄は、ふと、何かに気づいたような狡猾な笑みを口元に浮かべて、
「小夜子が、葉桜団のお仕置を逆らわずに受け、その後、僕と、夫婦関係を結んでくれれば僕は、小夜子の奮闘努力に免じて、さっき、写したあの写真、ネガを焼き捨ててやってもいいんだよ」
えっ、というように、小夜子は顔を上げた。
「あんなものが僕の手元にある限り、君は正直、生きた心地もしないだろう。また、ここから、出られても、ちょっと、表を歩くことが出来ないものね。それじゃ、かわいそうだと思うんだ。僕も、それ程、悪い男じゃないからね」
小夜子は、明らかに、感謝の気持を眼の色に浮かべていた。そして、ほっとしたように眼を閉じ、
「御恩は忘れませんわ」
と、羞じらいをこめた横顔を義雄に見せていうのである。
一種の安堵を覚えて、力が抜けたように、うなだれてしまった小夜子の象牙色の頬や、柔らかい羽根のような美しい肩、線の綺麗な鼻すじなどを義雄はじっと見ながら、こういう自分の口から出まかせの嘘を信じて、感謝の眼差しを向けた小夜子をふと、痛ましくも、哀れにも思うのだったが、初志を曲げようという気持にはならない。
♢♢フフフ、そう信じられるうちが幸せだぜ、お嬢さん。
もう、あんたは、永久にここから出られっこないんだ。明日になりゃ、あの写真は何百枚と焼付が出来て、あんたの学校時代の友人にまで送られることになるんだ。それだけじゃない、これから、朱美達がテープにとろうとする口じゃいえない恥ずかしい音だって、うんと複製して、これと思う奴の所へ送ってやる。テープの箱に、音をとられている小夜子の写真をぴったりとはりつけてな♢♢
そんな事を口の中でいった義雄は、銀子と朱美の方に顔を向け、
「いさぎよく葉桜団のお仕置を受けると、小夜子はいってくれたよ。ただし、言っとくけど、小夜子は僕の花嫁なんだからね。あんまり、手荒な真似をしてもらっちゃ困るよ」
わかってますわ、と朱美が近寄って来ていう。
「あたい達のお仕置てのは、身体に傷をつけるような乱暴なもんじゃないわ。一寸、むずかしい言い方をするなら、そうね、女としての感受性を高めてやる、とでもいうのかしら。小夜子嬢の肉体を鍛練してやるのよ」
続いて、銀子が、
「人妻となるために申し分のない教育をして津村さんにお渡ししますわ」
一体、この女達は、何をたくらんでいるのか、小夜子は、義雄にそんな事をいって、ニヤニヤ笑っている銀子と朱美の横顔を見、非常な恐怖を覚えた。
「それからね、真に申し兼ねるんですが」
と、朱美は、相変らず、えへらえへらと口元を歪めながら、
「礼長さんも津村さんも、一寸の間、この場を外して下さらない。殿方がニコニコして、近くから眺めていると、お嬢さんの緊張がなかなかはぐれず、あたい達の仕事もやり難いのよ。川音が鳴り出せば、お呼びしますから、それまでここは、私達葉桜団だけに任せておいて欲しいのよ」
銀子や朱美は、女が女を責めるという一種独特なムードやその秘密を男達の眼にさらしたくはないようである。と同時に、この深窓の令嬢を男を混じえぬ自分達葉桜団の手で、いじめ抜き、心底から屈服させてやるのだという意気込みもあった。
それだけに、何か鬼気迫る凄惨な感じさえして、田代と義雄は、ふと、近寄りがたいものを感じとった。
「いいだろ、じゃ、俺達は、ホーム酒場の方で待機していることにしよう」
田代と義雄は、うなずいて出て行く。
男二人が部屋から出て行くと、朱美は、ドアに内鍵をかけた。
心の底まで、しみ通るような恐怖を覚えて小夜子は全身を針のように緊張させている。
「お嬢さん、あんた、明日になれば、この屋敷から、出て行けるそうだわね。よかったわね。フフフ」
銀子は、義雄が小夜子をだまして、明日に希望をつながせ、それを利用して、今日一目散々いたぶり抜く気でいる、ということを知っていたから、片頬に皮肉めいた微笑を浮かべていった。
「♢♢私、ここを出ても、貴女達を恨むようなことは致しません。警察へ訴えたりも致しません。で、ですから♢♢」
小夜子は、黒眼勝ちの美しい瞳を哀願的にしばたかせて、邪悪な銀子と朱美の視線に向けるのだった。
「だから、あんまり、無茶な責めはしないでくれというわけなのね。フフフ、甘いわね、いい所のお嬢さんって。第一、あの津村さんが、本当にあんたを♢♢」
ここから逃がす気でいると思うのか、と朱美は危なく、しゃべりかけ、あわてて、口をつぐんだ。
銀子が、櫛を取り出して、額の上に、ほつれている小夜子の髪をすき上げながら、
「とにかく、今日で、私達は、あんたとお別れだからね。今日は、私達から、あんたにたっぷりプレゼントしてあげようというのさ。というのも、この朱美が、実は、あんたに惚れちまってるの。同性愛って言葉、知ってるでしょう。朱美は、お姉様になりたがってるのよ」
「♢♢わかりません。そ、それは、どういうことですの」
小夜子は、一層、不安な表情になって、悲しげな眼差しを銀子に向けるのだった。
「そういう言い方をしたって、この御令嬢にゃ通じないわよ、銀子姐さん」
悦子が、横から、身を乗り出して、
「いいかい。これから始めようっていうお仕置はね、あんたのその綺麗な身体にムチ打って傷をつけようってものじゃないの。朱美姐さんが秘術をつくして、葉桜流のすばらしいスペシャルサービスをしてあげようと、おっしゃるんだよ」
ズベ公達は一斉に哄笑した。
そんな卑語が、小夜子に通じる筈はない。
ただ、自分が想像していたお尻をぶつとか高い所に吊りあげるといった単純な折檻ではなく、この鬼女達の考えていることは、もっと陰微で残忍なものであることが何となくわかってきたのである。
「フフフ、今に、こいつが、どんな声を出して泣き出すんか、楽しみやわ」
義子が、身をかがめて、そっと手を差しのべた。
「な、何をするんです!」
小夜子は、電気に打たれたように、ピクと体を震わせ、腰を振って、義子の手から身をよじる。
今にも、ベソをかきそうな小夜子の顔を、銀子は横から面白そうに眺めて、
「駄目よ、義子。いきなり、そういうムードのないことするんじゃないよ」
といい、手首を押さえる。
「成程な。大家の御令嬢やさかい、ムードが必要というわけやな」
義子は舌を出して立ち上った。
ズベ公達は、小夜子を何時までも、疑心暗鬼の状態にはしておかなかった。
「銀子姐さんと朱美姐さんは、しばらく見物していてよ。あたい達、三人が、ムードを作ってみるからさ」
悦子、義子、マリの三人が、慄えおののく小夜子の周囲を取り囲んだ。
この娘は、これまで栄輝贅沢に暮し、ハンサムな男たちに、チヤホヤされて暮して来たのだという一種のひがみ。そして、人の手のとどかぬ海底で自然と作り上げられた真珠のような輝きを持つ美貌に対する羨望。そうしたものを彼女達は憎悪に変え、小夜子に対し女として、最も辛い、恥ずかしい責めを加えてやろうという気分になったようである。
悦子は、ポケットから、ガリ版刷りの怪しげな本を取り出し、ペラペラめくつて、その一節を小夜子に読ませるべく、彼女の鼻先へ突きつける。
「さ、お嬢さん、大きな声を出して、ここから読み上げるんだ。あたい達の命令を聞かないと、何時までたっても、このお屋敷から外へ出ることは出来ないんだよ。津村さんも、その事は承知してるんだからね」
小夜子は、今や、義雄だけではなく、このズベ公達に対してさえ、抵抗の気力を完全にそがれてしまったのだ。
物悲しい瞳をそっと、悦子の向ける本に向け、唇を震わせつつ、それを音読し始めた。
読むうちに、進むうちに、小夜子の頬は、次第に充血し始め、ようやく、その本に書かれている内容がわかって、忽ち、眼をそらせ首すじまで赤く染めて、狼狽の態度を示した。
「誰が途中で止めろといったんや。勝手なことすると承知せえへんよ」
義子が、麻縄に緊め上げられている小夜子の乳房を指ではじく。
おどされ、小突き廻され、燃えるように赤くなった顔を本に向け、必死な思いで、音読を再び始める小夜子。
小夜子の美しい額から、熱い汗がタラタラと流れ落ちる。
「いいわね、そこ。お嬢さん、そこの所、も一度くり返して読んでみてよ」
本の内容が、ずばりそのものの描写になると悦子は、声をかけ、幾度もその場面を小夜子にくり返さす。
悦子だけではなく、義子もマリも、腰をおろして煙草を喫っている銀子や朱美まで、自分の気に入った個所を告げ、小夜子に、くり返さすのである。
♢♢今、自分が、この女達にさからえば、この屋敷に捕われている人達を救うことは出来ないのだ♢♢と、小夜子は、息づまるような屈辱をぐっと呑みこみ、
「♢♢次郎は、頃はよしとばかり、指先にべっとり唾をつけ♢♢」
その稚劣極まる醜悪な描写を、くり返し読みつづける。眼もくらみ、気が遠くなりそうだった。
男女の発する奇妙な嫡声まで幾度も演じさせられる小夜子は、あまりの情けなさに、舌でも噛み切りたい衝動にかられ、すすり泣きつつ、読み始め、それをズベ公達は、かえって気分が出て、面白い、と互いに顔を見合わせ、笑い合うのである。
間もなく、小夜子は、ズベ公達の掘った罠に、足を踏み入れ始めた。
そんな醜悪な読物を幾度となく、くり返し、読まされつづけているうちに、自分では判断の出来ない奇妙な陶酔に全身を揉みぬかれ出したのである。雪をあざむく白い脂肪を透かした太腿が、しきりに、モジモジ揺らぎ始めたのだ。
こういう愚劣な読物を眼にしたとはいえ、そんなもので、はしたなくも、女の性の斜面をのぞかせるということは、小夜子自身も想像出来ないことであったが、また、事実、そうした潔癖さを心にも身体にも持っている小夜子であったが、ズベ公の一人が、鳥の羽根を使って、くすぐり出すに及んで、小夜子は肉体のどこかに、ふと、火を点じられた思いになったのだ。
さっき、義雄に、油を注ぎこまれた肉体だけに、もろく、くずれ易くなっていたのかも知れない。
火を点じられ、次第に燃え立ち始めた小夜子は、そんな自分を恥じ、ズベ公達の叱咤や折檻は覚悟の上で、思わず、本から眼をそらし、火のように熱くなった美しい顔をのけぞるように横へねじ伏せた。
それを待ち受けていたように、先程から、柱の後ろへ廻りこんでいた義子が、両手を背後から廻すようにして、かかえこんだのだ。
「ああー」
小夜子は、艶やかな、透き通るように白いうなじをくっきりと見せ、眉をしかめて、嫌々、首をゆるやかに揺り始める。
愚劣な読物を音読させて、小夜子を何合目かに押し上げ、突然、切って落としたようにズベ公三人は、いっせい攻撃を開始したのである。あざやかといいたくなるくらいに、すばやいズベ公達の作戦であった。
「♢♢小夜子を、小夜子を、どうするおつもり。ね、教えて」
小夜子は、あえぐようにして、眼を閉ざしながらいった。
女達が、自分の身に、まさか、こんなみだらな責めを加えようとは、最初、想像もしなかった小夜子であるが、この女達が、初めにいった生恥をかかせてやるという意味が、今になって、朧げながら、わかって来たのである。
「どうするおつもりだって、カマトトもいい加減にしてもらいたいね」
小夜子の可愛い臍のあたりを、羽根でくすぐりつづけていたマリが、吐き出すように手を差しのべようとしたが、
「そこは駄目だよ、マリ。朱美の受持なんだからね」
と、銀子が笑いながら制した。
「おっと、そうだったっけ」
と、マリは舌を出し、悦子と並んで、腰をかがめると、指圧を加えるのだった。
小夜子は、段々と感情が高ぶって来たらしく、薄眼を開いて、カの無い瞳をぼんやりと天井の方へ向け、もどかしげな身悶えをくり返し出す。
憎みても余りある義雄の眼前に、みじめな敗北の姿をさらし、その涙も乾かぬうち、今度は、これらのズベ公の真っ只中で♢♢小夜子は、自分のあまりのみじめさに、激しく泣き出したが、一方、そんな心とは、うらはらに燃えさかってしまった肉体の方は、ズベ公達のもつ特殊な粘着力のあるリードで、五合目六合目と、どうしようもなく、追い上げられていくのである。
初めは、必死になって、高ぶりを押さえ、受太刀を続けていた小夜子であったのに、段々と心の構えも忘れて、攻め手の中へ、引っぱりこまれ出した。
そんな小夜子の気持を察知したのか、悦子とマリは、顔を見合わせて、クスクス笑い、なおもしつこく、スレスレのところに軽い指圧を加えつづける。
月の滴を受けて育った白い美しい花のような深窓の令嬢が、今や、見るのも息苦しいばかりに官能的で大胆な姿態を組み、今までとは打って変ったぷんぷん匂う女臭さまで感じさせたのであるから、じっと眺め入っていた銀子と朱美は、同時に驚嘆の声をあげた。
「朱美、そろそろ始めてやんなよ。このままじゃ、お嬢さん、気が狂っちまうわよ」
銀子にいわれて、朱美は、立ち上り進み寄る。
小夜子の乳房を背後から責めていた義子が小夜子の耳元に口を寄せて、
「そら、あんたのお姉様が、お出ましにならはった。御挨拶せな。さ、元気出し」
小夜子は、熱い息を吐きつつ、真赤に火照った美しい顔を、そっと前に立つ、朱美の方へ向けた。
「♢♢お、お姉様」
小夜子は、朱美が、はっとする位の、妖艶な、ねっとり濡れた眼差しを向けたのである。これまでの小夜子のどこに、そんな凄い色っぽさが隠されていたのか、朱美は、不思議な気持になった。
小夜子は、もう、その次には、再び、顔を伏せ、歯を噛みならして、肉の悶えに耐えている。
「あんた、あたいのことを、お姉様といってくれたのね。嬉しいわ」
朱美は、身体を海草のようにくねらせて、耐えている小夜子が可愛くてたまらなくなり思わず、小夜子の肩を強く抱きしめる。
「ね、小夜子。キッスして」
身も心も、バラバラにされた思いになっている小夜子は、熱い息を吐きつつ、充血した頼を朱美の頬にすり合わせ、顔をさっと正面に戻すと、ぴったりと朱美の唇に唇を合わせるのだった。
朱美の今までの同性愛の経験から見ても、これほど、感じ方が敏感で、接吻の上手な女は見たことがなかった。恋人の内村春雄との間に身体の関係はないにせよ、かなり、抱擁の経験はあった筈だと朱美は、察知すると共に、嫉妬めいたものが胸にこみ上って来たのである。ようやく、小夜子の口から唇を離した朱美は、
「それじゃ、小夜子。今、お姉様が、すばらしい事してあげるからね。内村春雄のことなんか、きれいさっぱり、忘れちまうのよ。いいわね」
そういって、腰をかがめる。
それは小夜子の汚れを知らぬ、どことなく弱々しい美貌とは、一寸、不似合なくらいに、貪欲さと冷酷さと挑戦的なものを備えた見事なものであった。
「うっ」
小夜子は、唇をわなわな震わせ、のけぞるように仰向く。
「待、待って。嫌、嫌、♢♢お姉様っ」
小夜子は、キリヰリ舞いをしながら、獣のようにうめいた。
朱美は、巧妙を極めていた。女であるだけに女の弱さを、すべて心得ているような刺戟をゆるやかに、また激しく、くり返し出したのである。
義子、悦子、マリの三人に、長い間、揺さぶられつづけて、小夜子は、かなりの所まで追いつめられていたから、朱美の行為が始まると、忽ち、ゴールに向かって、かけ足を始めたのである。
♢♢嫌だ、嫌だ。こんな、下等なズベ公達の見守る中で— 小夜子は、狂ったように首を振り、歯の間から、咆哮に似たうめきをあげた。ズベ公達に対する敵意や反感も、あふられ、巻きこまれ、全身がしびれ切ると、全く、消え失せて、最後の瞬間を待つ気持になってしまったのである。
朱美は、ふと、上を見上げて優雅な身悶えをくり返しつつ、絹糸のように細い、可憐なすすり泣きを続ける小夜子の顔を見る。
小さく唇を開いて、熱い吐息をしながら、必死になって、自分に耐え抜こうとしている小夜子は、ふるいつきたい位に美しく、朱美の眼に映ずるのであった。
「いいのよ、小夜子。お姉さんに一切任してごらん。ね」
朱美も、何か気が遠くなるような甘い陶酔に浸りつつ、ピッチをあげ始める。
その深い甘美な強引力、水中の藻草が揺らぐような、ねっとりした感触など、二十一、二の若さで、しかも、男と行為のなかった小夜子に、これはどの情感があったとは、朱美は何か信じられない気持になった。
朱美の横に、腰をかがめ、同じように、それを凝視している銀子も舌を巻く。
「いい所のお嬢さんといったって、最近じゃ皆んな早熟てんのね。すごいじゃないの」
小夜子が、名状出来ない声を発してぶるぶる震わせ、ぐっと身体を弓なりにそらせるようにしたのは、それから、一、二分後であった。それを知ると、朱美は、ほっとしたように立ち上り、柱に、頭や背を押しつけ、汗びっしょりになりながら、切なげに眼を閉じ、全身を波打たせている小夜子を、しばらく満足げに眺めるのだった。
悦子や義子も立ち上り、絶え入った風情を見せている小夜子の火のように熱い頬や鼻すじを指でつつきながら、からかい始める。
「ふふふ、よかったわね、小夜子。あんた、一段と美しくなったようよ」
「顔に似合わずあんた、こういう事が好きなのね」
そんな事をいって、二人のズベ公は、キャッキャッと笑い出す。
「あんた達、つまらないおしゃべりはやめて録音の支度にかかってよ。体の熱いうちにかからなきゃ、いい音が出ないんだよ」
と、朱美が口をとがらせていう。
あいよ、と悦子と義子は、テープレコーダーを持ち上げ、小夜子の足元に置いた。
悪女達の邪悪で、陰惨な責めがまだ続行するのも知らず、小夜子は、柱を背にしたまま口惜しい陶酔の余韻に浸っていたのである。
第四十章 令夫人の舞い
燃える美体
小夜子は、深く俯向いたまま、切なげに息をついている。
その滑らかに引き緊った白い頬、線の美しい鼻、綺麗に揃った柔らかい眉毛♢♢冷やかなうちに気品を漂わせた小夜子の美しい横顔せズベ公達は、ぞくぞくする思いで見つめ、大家の令嬢を遂に崩れ落とさせることの出来た悦びを互いに噛みしめているのであった。
ぴったり閉じ合わせている小夜子の象牙色の優美な太腿が、時折、ぶるぶる痙攣し、それは、飽かずに眺めているズベ公達の心に、息苦しいばかりに官能的な小夜子の女臭ささえ感じさせるのである。
朱美は、そのように打ちひしがれ、口惜しい余韻浸っている小夜子の横へ、まといつくように近づく。
「どう、小夜子、よかった?」
朱美は、小夜子の熱い頬を指で押し、優しい口調になって聞く。
「ねえ、小夜子、そんなに恥ずかしがってばかりいず、はっきり返事おしよ」
朱美は、小夜子の頬を両手ではさむように持ち、自分の方へ向けさせるのだ。
小夜子は、ふと瞼を開き、羞恥をねっとり浮かべた瞳を気弱にしばたかせながら、すすり上げるように小さくうなずくのであった。
「そう。ほんとに、可愛いわ、小夜子。好きよ、大好きよ」
朱美は、小夜子にからみつき、頬や耳たぶに熱い火のような接吻をするのであった。
小夜子は、軽く瞑目したまま、唇を噛みしめ、朱美の行為を甘受している。
これで、自分は、ここに集まるズベ公の前に敗北したみじめな姿を露出させてしまったという思いに、小夜子は、身も心も粉々に粉砕されてしまった感。このまま、心臓が張り裂け、いっそひと思いに死んでしまいたい気持であった。
朱美はいたずらっぽい笑顔を作りながら、
「ねえ、小夜子。も一度、貴女を愛させて。ね、いいでしょ」
「♢♢嫌、お姉様。もう、もう、許して、お願いです」
小夜子は、弱々しい視線を朱美に向け、なよなよと首を左右へ振るのだった。
朱美は、含み笑いしながら、銀子や悦子達の方へ眼くばせをする。
悦子はテープレコーダーのマイクを引き寄せてくる。マイクの冷たい金属が、小夜子の柔らかい肌にふと触れたので、小夜子は、得体の知れない恐怖感に、綿のように疲れた身体をビクと硬直させるのだった。
「何を、何をなさる気なの。ねえ」
小夜子は、精一杯の哀願を、その濡れた瞳に浮かべて、ニヤニヤして立っている朱美の方を見る。
「フフフ、さあ、どう説明したら、いいのかな。あたい、恥ずかしくて口じゃいえないね。ねえ、銀子姐さん、説明してやってよ」
朱美は、クスクス笑いながら、銀子の顔を見るのであった。
「何でもないことなのよ。朱美のリードで、お嬢さんが、恥ずかしい音楽を奏でる。それを、あたい達が、テープにキャッチするだけのことなのさ」
そんな事を銀子がいうと、悦子が横から、
「大家の御令嬢が奏でたテープ音楽を聞きながら、その道の好きな男連中が、酒を飲むわけさ。わかるかい、お嬢さん」
小夜子に、その意味は、もとより、わかる筈はないが、ズベ公達は、おろおろした小夜子の表情を楽しみながら、小夜子の周囲をぴったりと取り囲む。
悦子は、小夜子の足下に身をかがめて、
「さ、お嬢さん、遠慮せず、片肢をあたいの首にひっかけてみな」
「嫌、嫌」
小夜子は、赤らんだ顔を左右に振り、抗らったものの、つい今しがたまで朱美の邪悪な責めを受け、完敗した身体は、思うように力が入らなかった。
「あっ、あっ♢♢」
小夜子は片肢を奪われ、片肢立ちになって紅潮した美しい顔を羞恥の極に象らせる。
「何だか、犬がおしっこするみたいね、お嬢さん」
銀子が、そういったので、ズベ公達は、どっと笑い出した。
朱美が、再び、小夜子の正面に立って、
「一寸、恥ずかしいだろうけど、小夜子がどれほど、あたいに愛されて悦んだのか、その記録をとるわけだからね。さ、始めようか」
小夜子は唇を震わせ、嫌、嫌をするように首を左右に振りながら、
「お願い、私、死、死んでしまうわ。後生です。もう、か、かんにんして♢♢」
と、繊細なすすり泣きを織りまぜつつ、か細い声で哀願するのだったが、情け容赦なく、再び、先程の情感が、一廻りの強い切なさを持って、肉体の内部より盛り上って来たのである。
小夜子の美しい瞳は、幻でも見るような、うつろな色を帯び始め、汗ばんでくる。もどかしげにくねり出し、激しくなってきた小夜子に気づいた銀子は、マリの方を向いて、
「ねえ、マリ、義雄さんと社長を呼んどいでよ。そろそろ、川のせせらぎが聞けるからってね」
「あいよ」
マリが小走りに部屋を出て行く。
小夜子は、ただ白い頬を充血させて、毛穴から噴き出る血を必死にこらえようとしている状態にあった。義雄と田代が、間もなく、ここへ来て、ズベ公達にいたぶられ抜く自分を見て、声を立てて笑う気なのだろう。しかし、今の小夜子は、もうそうした屈辱に、泣いたり、わめいたりする気力はなく、火のような一心さで責めつづける朱美と義子に対しもどかしげに身悶えし、それを耐えているだけであった。
先程のズベ公達の巧みな誘発と素早い攻撃で、あっという間に極めてしまった小夜子であったが、今度は、それから、少し、落下したばかりのところ、七、八合目ぐらいから、小夜子に対する攻撃が始まったわけで、くたくたの小夜子は、再び、ズベ公達に、引きずり上げられるようにして、よろよろ山頂へ登り始めたのである。
口惜しい、恥ずかしいという感覚は、今や、小夜子の神経からは遠のき、城を飛び出し、矢玉の降る中へ突進していく自分を、ぼんやりと小夜子は感じ出していた。火のようなもので全身をかき廻される甘美な、そして、激烈な快さに、小夜子は、生臭い声を発して、ぶるぶる震わせる。
「フフフ、どう、小夜子、聞こえる?」
朱美は、一気に頂上へ追い上げず、ふと、行為を沐止して、九合目あたりに、小夜子を徘徊させるのだった。
朱美は、銀子に眼くばせをする。
銀子が、ぴったりとマイクを当てがい、朱美のゆるやかな攻撃が再開した。
義雄と田代が、この部屋に入って来る頃には、朱美の巧みなリードで、臓物まであらわにしてしまっている小夜子が、朱美のいう、せせらぎを響かせ、テープにとられていた。
「どう、社長、朱美のいう通りでしょう」
マイクを当てがっている銀子は、田代の方を振り返って、歯を出して笑う。そして、ふと立ち上り、今度は、マイクを小夜子の口の傍に近づけ、悦楽が高まるたびに段々とはげしくなる小夜子の甘美な、か細い、すすり泣きを録音するのである。
田代と義雄は、ただ呆熱としてつっ立ち、小夜子の今は一個の官能の火と燃えさかった姿をじっと凝視している。それはそのまま、男性の肉体に燃えうつる肉欲図絵であった。
「大家の令嬢も、これじゃ全く型なしだね」
と、田代が義雄の顔を見て笑う。
義雄もニヤリとしてうなずき、朱美に責めつづけられる小夜子の傍に近づくのだった。
小夜子は、何か遠い夢でも見るように濡れた瞳を、ぼんやり、義雄に向ける。その、ねっとりした小夜子の瞳には、義雄に対する憎しみや恨みなどは微塵もなく、ただ、切ないばかりの肉のうずきを義雄に訴えているような眼差しであった。
義雄は、どうだね、小夜子、と唇を突き出すようにして、熱い吐息を切なげに吐きつづける小夜子の顔をのぞくように見て、眼を移行させた。
「それ位でいいだろう。あんまり、続けると気が狂っちまうよ」
と、義雄は、寸前を徘徊させている朱美の肩を叩いた。
「そうね。じゃ、仕上げちまうわ」
充分、録音した朱美は、急にピッチを上げ出し、小夜子を一気に頂上へ追い上げ出したのである。
「うっ、うっ 」
小夜子は、狂おしげに眉を寄せ、ぐっと後方に首をねじ曲げ、名状の出来ない動物的なうめきをあげる。
小夜子が、絶息するような声をあげ、絶え入ってしまうと、悦子は、やれやれとようやく肢を揃えてやる。
小夜子は、失神したのか、がっくりと首を深く垂れてしまうのだったが、縄に、きびしく緊め上げられ、濃厚な体臭を発しながら、ひくひくと波打ち、後をひく深い陶酔の余韻に浸っているのであった。
「はい、小夜子、遂に二度目のノックアウト」
ズベ公達は、大口を開けて笑い合う。
放心忘我の状態になってしまった小夜子のまわりを取り囲んだズベ公達は、脂汗にまみれた小夜子の肉体をしげしげ見つめながら、勝ち誇ったように、はしゃぎ出す。
「すばらしいわよ、このお嬢さん」
と、朱美がいい、再び、ズベ公達は、どっと笑い出すのであった。
「すごく敏感なのね、このお嬢さん」
と、ズベ公達は、小夜子の肉体についての感想を、わいわいしゃべり合うのである。
「よし、後は、津付氏の仕事だ。お前達はここから引き揚げろ」
と、田代は苦笑しながら、女達にいう。
「ハイハイ、それじゃ、ごゆっくり。約束通り、録音したテープは、ここへ置きますからね」
と、銀子は、義雄にテープレコーダーを渡し、朱美の肩に手をかけるようにして、出て行くのだった。
「じゃ、楽しい一刻を送られるように祈って僕も退散しよう」
と、田代も、口元をくずし、義子や悦子達と一緒に部屋を出て行くのである。
ほっとして、義雄は、無残に打ちひしがれている小夜子の前に立つ。
「おい、どうしたい。しっかりしろよ、小夜子」
小夜子は、義雄に激しく肩を揺すられて、ぼんやり眼を開いた。
焦点の定まらぬ空虚な眼を、ぼんやり義雄に注いだ小夜子は、悲しげな表情になって、視線をそらせ、
「♢♢もう、小夜子、駄目なのね」
と、ぽっつり一言いい、閉じ合わせた瞼から、涙を一筋二筋、白い頬に流すのであった。
ズベ公達にまで、浅ましい姿を見せてしまった自分のみじめさを義雄に訴えているのであろう。
「フフフ、とか何とかいったって、満更でもなかったようじゃないか。それが何よりの証拠だよ」
義雄に指さされ、小夜子は、はっと顔をそらせるようにして、羞恥に染まった横顔を見せる。
そんな小夜子が、いじらしく、義雄は、小夜子の光輝のある肩に手をかけ、そっと小夜子の唇を吸った。
小夜子は、義雄の頬に、熱い自分の頬をすり合わせるようにして、小さく、すすり泣きながら、
「小夜子は、もう、あなただけが頼りですわ。お願い、早く、小夜子をここから♢♢」
「わかったよ」
義雄は、小夜子の切ないばかりの哀願をうるさそうにしながら、ハンカチを取り出して腰をかがめる。
うっと小夜子は、眉を寄せ、歯を噛みしめるようにして、その行為を甘受し、そして、あえぐようにして、いうのである。
「ね、あなた。さっき、おっしゃったことは本当に約束して下さいね。内村さん達に、あの写真を送るようなことは絶対になさらないで」
「そんな事より、小夜子。君、本当に感じ方がすごいんだね。いい所のお嬢様にしちゃ、一寸、どうかと思うな」
義雄は、小夜子のいうことには耳をかさず、小夜子のそれにじっと眼を注ぎながら、そんな事をいうのだった。
「小夜子は、小夜子は、あなたの、おっしゃることなら、何でも聞きます。ですから、お願い。私の友達に、あんな恐ろしい写真を送ることだけは♢♢」
「さ、小夜子、何時までも同じ事、ブツブツいわず」
義雄は、冷淡な表情になった。
狼の酒宴
岩崎の一行がやって来たのは、その夜、十一時を少し廻ってからであった。
森田、川田、それに義雄達が玄関に出迎えに出ると、タクシーから降りた、やや猫背の岩崎は、幹部やくざの谷村と江原をボディガードにするようにして、玄関の敷石の上に立ち、開口一番、
「酒と女の用意は出来てるやろな」
と、膝を折って、上り框に坐っている義雄に向かい、ギョロリと眼をむくのである。
「はあ、その点は、万端、手ぬかりなく」
と、義雄は、手をつくようにしていう。
岩崎は、満足げにうなずいて、上へあがった。
岩崎は年の頃は、四十五、六、皮膚も筋肉も、赫黒く緊って、やはり、何百人ものやくざの親分だけあり、その眼には、普通人には見ることの出来ない一種の殺気を含んだ鋭さがあった。
二階の大広間には、すでに酒肴の用意がされて、岩崎と二人の乾分が着座すると、襖が開いて、黒紋付の姿に変えた田代が顔を出した。
「よくおいで下さいました」
と、出代は、関西の大親分、岩崎大五郎に対して、型通りの挨拶をかわし、明日よりの岩崎親分歓迎賭博会についての段取りを説明し始める。
明朝、何々組や何々一家に廻状を廻し、夕方、七時より、この大広間で盛大な賭場を開くという、その手筈の説明に田代は入ったが、岩崎は全部まで開かず、
「よし、わかった。それより田代はん。あんたの手紙にあったすごい美人というのが、さっきから気になるんや。一寸、顔だけでも見せてくれ」
と、義雄に注がれた酒をぐいと一息に飲んで、田代の顔を睨みすえるようにしていう。
すばらしい美女を揃えたという田代の手紙につられて、わざわざ大阪くんだりから出向いて来、賭場を開いて、莫大な場代を田代に儲けさせてやる気になったのだから、もし、女を見て気に入らなければ、今すぐにでも、ここを出
て行こうという気持だったのである。
だが、その点、田代には自信があった。
「それでは、早速、お眼にかけましょう」
田代は、森出の方を向いて、眼くばせをする。岩崎に催促されなくとも、酒席の余興として、この場で静子夫人に日本舞踊を披露させることになっていたのである。
森田が静子夫人を迎えるために部屋を出て行くと、田代は、恐縮した足どりで、岩崎の所へ近づき、膝を折って、
「ま、親分、お一つ」
と、酒の酌をし、そのお流れを、かしこまって受ける。
「これから、ここへ登場する女は、元、或る大金持の令夫人でしてね。年は二十六、むっちりと白い脂の乗った女盛り。映画女優そこのけの美人ときてますから、親分のお気に入ること、まず間違いはないと思いますよ」
「ほほう。そんなに人を嬉しがらせるもんやないで。田代はん」
岩崎は、白眼勝ちの剛い眼をほころばせて田代の返杯を受けるのだった。
「そんな別嬪が何で、あんたの持ち物になったんや」
「ま、色々と事情がありましてね。これは鬼源という女の調教を仕事にしている男から聞いたんですが、女には、マゾヒズムという血を、生来身体の中に持っているらしいのですな。大家の令夫人として贅沢三昧に暮しているうち、その反動のようなものが起こって、人間以下の仕打ちを受ける世界に飛びこんでみたくなったんですよ。今は、その女、以前の事は一切、忘れて、私共に奴隷として奉仕しているんです」
「ほほう。何やはっきりと事情はわからんが、その女がマゾということになりゃ、こっちは都合がええ。わしは、一寸したサドの方やさかいな」
それを聞くと、田代は、満面に笑みを浮かべて、膝を乗り出した。
「親分、それなら、こっちとしても願ったり叶ったりですよ。今夜、親分と枕をかわす静子、つまり、これから、ここでひとさし、踊って見せることになっている元財閥の令夫人なんですが、これは、どのような責めにも耐えられるよう充分、仕込んであるんです」
と、田代がいった時、襖が開いて、森田と鬼源に前後をはさまれるような形で、静子夫人が入って来たのである。
それは、久しぶりに着衣を許された静子夫人の、まるで博多人形でも見るような美しい姿であった。
着物は、落ちついた色の濃淡をはっきりさせた渋いもの。色変りの繊縮緬に唐織お召の丸帯をしめ、華奢な首すじをくっきり浮き立たせた鹿の子絞りの半襟の艶めかしさなど、全く滴るばかりの色気をたたえた美しさだが、それに、あでやかな日本髪の鬘が見事に調和して、岩崎は、思わず、居住いを正したほどであった。
「どうです、岩崎親分。日本舞踊にせよ、小唄、生花、すべて名取りの域に達している天下の美女です。お気に入りましたか」
田代は、息を呑んで、静子夫人を凝視している岩崎の横顔を楽しそうに見ながらいうのだった。
「うむ」
岩崎は、ただ唸るだけ、完全に日本調の美女に魂を奪われてしまったようだ。
そこへ、今朝方、一旦、遠山家へ戻っていた千代が、障子を開けて入って来、岩崎の前へ来て、両手をつく。関西の大物が田代の所へ来ると聞き、何か手伝うことがある気になって、かけつけて来たのだろう。
「手前、千代と申し、遠山隆義の……」
と、自己紹介を始めるのだったが、静子夫人のあで姿に心奪われてしまっている岩崎には、ただ、わずらわしいだけだ。
「話は後で聞く。あっちへ行っとれ」
と、腹立たしげにどなったので、千代は、おかめがベソをかいたような顔つきになり、おろおろとして、義雄の横へ着座するのであった。
「生憎、三味太鼓のお囃子が間に合いませんので、悪声ながら、手前が端唄の伴奏をさせて頂きます」
と、田代は幾度も咳払いをするのだった。
静子夫人は、森田と鬼源が用意した金屏風の前に立ち、岩崎の方を向いて膝を折ると、静かに一礼する。
「心して、我より捨てし恋なれど♢♢
田代が、痰のからまったような奇妙な声をはり上げ出したので、岩崎は、眉をしかめ、酔っぱい顔つきになったが、金屏風の前で、静かに踊り始めた静子夫人の錦絵から抜け出したような美しさに、気もそぞろになり、身を乗り出すようにして眺め出したのであった。
水もしたたる日本髪姿の艶麗な美女が、手や上体をゆるやかに折り曲げて、優美な曲線を作り、しずしずと踊り出すと、岩崎だけではなく、岩崎のお供をして来た幹部やくざまで、陶然とした面持で見とれているのであった。
田代は、ようやく一節を唄いおわり、岩崎に向け、銚子を差し出したが、岩崎は、顔中の神経が麻痺してしまったよう、トロンとした眼つきを、踊り終え、畳の上へ手を落としている静子夫人に向けている。
「さ、岩崎親分、これからが面白いのですよ」
と、田代は口元を歪め、静子夫人の方へ顔を向けていった。
「さ、次は、裸踊りだ。景気よく衣裳を脱いでもらおうか」
その声を合図にしたように、屏風の後ろに隠れて鬼源と森田が、舞台の黒んぼよろしく登場して、静子夫人を引き立たせ、帯の結び目に手をかけるのだった。ぼんやりそれに視線を向けていた岩崎は、はっと我に返ったように、
「裸踊り?」
「そうです。今度は、あの美人を生まれたまんまの素っ裸にむき上げて、奴さんを踊らせようっていう趣向です」
田代は、どんなもんです、といいたげな顔つきで岩崎を見たが、岩崎は手をあげて、それを止めるのだった。
「わしにサービスしてくれようという気は有難いが、その別嬪は、今夜のわしの妻やないか。皆んなの見ている前で丸裸にするとはけしからん」
と、むつかしい顔をするのである。
今、ここで、あの美女を全裸にして、酒席の余興を務めさせるということは、今夜、これから二人だけで行う楽しみをそぐことになる。つまり、出し惜しみというやつだと、田代は岩崎の気持がわかり、もっともらしくうなずいて、
「成程、それは、気のつかぬことで、失礼申しあげました」
と、岩崎に頭を下げ、早速鬼源の方を見て、
「それじゃ鬼源、静子を親分の寝室の方へ運んでくれ」
と命じるのである。
満座の中での裸踊りを許された静子夫人は岩崎の方に、ちらと淋しげな感謝の眼差しを送り、鬼源達に解かれた帯を結び直すのである。
静子夫人が心持、顔を伏せるようにして、再び、森田と鬼源に前後をはさまれて部屋を出て行くと、岩崎は、手酌で一杯、酒をあおり、
「田代さん、大いに今の女、気に入ったぜ。よし、明日の賭場の段取りは一切、あんたに任す。よろしゅうやってくれ」
「どうも有難うございます」
「その代り、わいは、ああいう別嬪を見ると、色々な方法で、さめざめ泣かせたい趣味があんのや。あんたもその道の理解者やったら、わいのいうことわかるやろ。明日の昼頃まで楽しませてもらうけど、かまへんやろな」
すると、義雄の隣で、かなりいい気持に酔っぱらってしまった千代が、再び、ふらふらと出て来て、岩崎の前に、ぺたりと坐る。
「ええ、親分、煮て食おうと焼いて食おうと親分の御自由。あの女の抱え主は、私と思って何でも御相談して下さいましな」
千代は、銚子をとって、岩崎にすすめながらいうのだった。
あの美しい静子の容貌にくらべて、世の中には何とまあまずい面の女もいるものだと、岩崎は、千代を見て、何か酒のまずくなる気分だったが、田代に、これは、遠山財閥の令夫人であると聞かされて、岩崎も、おどろき、
「これは失礼。しかし、あんたとあの美人とは、一体、どういう関係が♢♢」
「ホホホ、それは言わぬが花。とにかく、深い因縁がありますの。さ、まだお開きにするのは早過ぎますわ。もう一杯、ぐっとあけてお流れを下さいな、親分」
人身御供
岩崎の寝室にあてられた部屋は、二階の表座敷、一間の床の間に違い棚のついた八畳と寝所の六畳の二間続きである。寝所の六畳には、一重ねの夜具、二つ枕、春慶塗りの艶めかしいスタンド、チリ紙、水さし等が型通りにちゃ
んと置かれ、襖や屏風には、極彩色の浮世絵が描かれてある。
静子夫人は、八畳の間の鏡台の前に坐り、日本髪の鬘を外し、若奥様風のシックな髪型に悦子とマリの手でセットされていた。
そうした静子夫人の横に腰をおろし、煙草を吸っているのは、森田と鬼源である。
「わかったな。今いった通り、この座敷のあちこちには、隠しマイクが仕掛けてあって、おめえと岩崎親分のやらかすことは一切、社長の部屋に通じることになってるんだ。
鬼源に教えられたよう岩崎親分に、こってりしたサービスを盛り上げねえと、あとで折檻を受けることになるんだぜ。こちとらは、じっと聞き耳を立てているんだからな」
と森田はいい、ポンと静子夫人の肩を叩くのだった。
森田や鬼源は、静子夫人が、例えば、岩崎に対し、救いを求めたりするような事態を恐れ、田代と相談してこの部屋のあちこちに盗聴マイクをとりつけたのだが、そのもう一つの意味は、鬼源の徹底した教育を受けた静子夫人が、岩崎に対し、どのように振舞い、官能を高ぶらせるか、それを調べるということもあったわけである。
「だがよ、奥さん。お前も今夜は久しぶりにきれいな着物を著せてもらって、御満悦だろう。さっきの踊りは全く見事だったぜ。ただ社長の小唄がどうもパッとしなかったがね」
そういって、森田は、ケッケケと笑う。
鏡の前に坐り、悦子の美容を受けている静子夫人は、ただ、じっと鏡の中の自分に見入っていた。
「はい、出来上り、今日は一段とお美しくなったようよ、奥様」
悦子は、ようやく仕事を終え、静子夫人の横顔を見つめる。
その憂いを含んだ静子夫人の美しい容貌は、如何にも疲れ果てたような弱々しい翳を帯びていたが、それが憂愁の美を持った静子夫人の容貌に一種の輝きを添えた感、ふと、人間的な美しささえ感じさせるのである。
襖が開いて、銀子と朱美、義子の三人が、盆に盛った酒や料理を運んで来る。
岩崎の寝室に一応、酒と料理の支度をしておくようにと田代に命令されて運んで来たものらしく、義子は不満顔でいう。
「ちょっと、手伝ってよ。あたい達、女中じゃないんだからね。こんな仕事、苦手だよ」
銀子は、鏡台の前に坐っている静子夫人に声をかけるのだ。
「ね、そこのお美しい若奥様。これを召し上るのは、あんたのお客なのよ。乙にすましこんでいず、手伝いなよ」
そういって、銀子は盃を投げ出すように畳の上へ置き、朱美も義子も、それにならうのだった。
静子夫人は、それを眼にすると、静かに立ち上り、盆を取って卓の傍へ運んで行く。
しっとりとした和服姿の静子夫人は、彼女の裸身ばかり見つづけていたズベ公の眼には何かまぶしく、新鮮な美しさに映じたのであろう。
「まあ、今夜の奥様って、見聞違えちゃったわ。すごくきれい。いかしちゃうな、全く」
などと、銀子達は、うっとりした眼を夫人に向けるのだ。
運び膳や盆の上の料理顔を卓上へ配置していく静子夫人の手つきや動作には、上流社会で磨き上げられた艶麗なものが感じられ、これが、誘拐されて以来、浣腸その他、数々の地獄の責め苦に脂汗を流して、のたうった女性とは、
どうしても思えない。そして、今、静子夫人は、自分を引き裂き、田楽刺しにするであろう男のために、酒肴を卓上に並べる仕事をしているのだが、久しぶりで着衣が許され、両手の自由がきくことの悦びを噛みしめるようにして、そうした夫人の仕事ぶり、身のこなし方には、ふと、生彩さえ感じられるのであった。
静子夫人が、働き始める間、ズベ公達は、部屋の中をキョロキョロ眺め廻り、六畳の寝所の方を見て、
「フフフ、ここで、あの若奥様、岩崎親分と……」
と卑猥な単語を使い、仲間同士、顔を見合わせて、キャッキャッと笑い合う。
だが、静子夫人は、わざと冷淡な顔を装い、食卓の用意を終えて、
「あの、これで、よろしゅうございますでしょうか」
と、森田の顔を見上げるのである。
いいだろう、と森田はうなずき、今度は、ズベ公達の方を向いてどなる。
「さ、手前達、邪魔だ。出て行きな。間もなく、ここへ岩崎親分がおいでになるんだぜ」
それを聞くと、ズベ公達は、あわてて部屋の外へ退散し、廊下の方から、口々に黄色い声を出して、静子夫人を弥次るのであった。
「いいかい、奥さん。しっかり腰を使うのよ」
「うんといい声を出して、お泣き遊ばせ」
ズベ公達のそんな哄笑が遠のくと、ほとんど入れ違いに岩崎が千代と肩を組み合うようにして、酒臭い息を吐き合いながら、入って来たのだ。
「おやおや、そんなにお酔いになって、いいんですか、親分」
森田と鬼源は、苦笑しながら、岩崎と千代を卓の前に坐らせる。
「大丈夫、心配するな。これ位の酒、酔うような俺じゃないわ」
岩崎は、咆哮するようにいい、卓の上の酒に更に手を出そうとしたが、それを千代は止めて、
「駄目、親分。これ以上、飲んだら、本当に役に充たなくなるわよ」
と、銚子を取り上げ、自分の盃に満たして、ぐいと飲むと、すわった眼つきで四囲を見廻した。
「静子はどこにいるの、静子は」
静子夫人は、部屋の隅に小さく正座し、この泥酔した二人を、おろおろして見つめているのだった。
森田と鬼源は、処置なしといった顔つきで静子夫人の傍へ寄り、
「じゃ、岩崎親分のお守りは頼んだぜ。俺達は酔っぱらいは苦手だ」
と、後は一切、静子夫人に任した形で逃げるように立ち上る。
「待って下さい」
静子夫人は、泣き出しそうな顔つきになって、二人を呼び止めた。
「お願いです。千代さんを何とか、ここから連れ出して下さい。あの方がいる前では、私、とても♢♢」
同性の千代の見ている前では、とうてい、鬼源に教示された仕草を演じられないという静子夫人のいうことは、森田も鬼源も、もっともだと思うのだが、酒ぐせの悪い千代は一旦荒れ出したら、中々、手がつけられないということを二人は川田に聞いて知っている。
「馬鹿いうな。千代夫人だって、俺達にとっちゃ大事なお客だ。相手が男であれ、女であれ、サービスこれ努めるのが、おめえの仕事だぜ」
などと鬼源はいい、森田をうながして、外へ出て行くのであった。
「何してんのよ、静子。早く、こっちへ来て私達にお酌をしないか」
千代は、声を張りあげた。
唇を噛みしめ、強張った顔つきになって、静子夫人は立ち上がり、静かに二人の前に進み寄る。
「はんまに別嬪や。この齢になるまで、わしはこれだけの美人に出逢うたことがない」
岩崎は、静子夫人の一挙一動に眼を細め、感じ入ったように矢鱈にうなずくのである。
静子夫人は、岩崎と千代の前に坐ると、卓の上の銚子を手にし、
「お一つ、如何が」
左手で、軽く袂を押さえ、艶然と微笑みかけて、岩崎に酒をすすめるのであった。
踊りの名手で、どこからどこまでも、柔軟な線で取り囲まれた美しい静子夫人に真っ向から盃をさされた岩崎は、ただ、うっとりし、顔中しわだらけにしている。静子夫人を芸者とするなれば、これ程、美しく洗練された若者らしい芸者もいないであろう。岩崎は、盃の酒をぐいと口にふくみ、そわそわとして、静子夫人に返杯する。
そんな岩崎と静子夫人との間に、何か腹立たしい嫉妬めいたものを感じた千代は、
「ね、静子、そんなお酌の仕方なら、三流地の芸者だってやるよ。私達はね、丸裸になった静子に、お酌がして欲しいのよ」
と、眼に険を浮かべていうのである。
えっと静子夫人は、千代のけわしい顔を見ると、すぐに岩崎の方へ救いを求める視線を向ける。もとより、これからは、千代に強制されるまでもなく、鬼源に調教された通り、岩崎に対しては、恥ずかしい色々な方法で媚を売らなければならないが、やはり、以前の自分の使用人であった千代の前では、身体がすくんでしまう静子夫人であった。
しかし、岩崎は、先程のように、静子夫人に対して同意は示さなかった。
「男の連中が見ていると、あんたも恥ずかしいやろが、女やったらかまへんやろ。さ、ここはわし等三人だけや。何もかも見せてんか」
などと岩崎はいうのである。
田代達に、静子という女は、どのような要求でも喜んできくよう完全に飼育されていると岩崎は聞いていたのである。
「モタモタせず、早く素っ裸におなりよ」
酒ぐせの悪い千代は、手にしていた盃を静子夫人の膝めあたりに投げつけていう。
「わかりましたわ」
静子夫人は、ほっと投げやりな溜息をついて、千代の投げた盃を拾い上げ、卓の上へ置くと、ゆっくりと立ち上るのである。
「一寸、失礼致します」
部屋の隅へ歩いて行った静子夫人は、悲しそうな瞳の焦点を、どこへともなく漂わせながら、静かに帯を解き始めるのだった。
岩崎と千代は、ふと、顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
千代は、岩崎に対し、女幇間の役を買っているつもりであろう。盛んに卑猥な話を連発して、岩崎を面白がらせ、岩崎も、遠山財閥の令夫人と名乗るこの不思議な女に対して、警戒心はなくなり、酒席の良き話し相手にしてしまった感である。
静子夫人の手の動きにつれて、幾つもの腰紐が、キュキュと音を鳴らして解けていき、長い帯が、とぐろを巻くように畳の上に落下する。
「早くしてよ、静子。親分が、うずうずなさっているのよ」
そんな事をいって、持ち前のカン高い笑い声を張り上げる千代。
静子夫人は、黙ったまま、着物を肩から脱いで行く。
眼もさめるような緋の長襦袢一枚の姿になった静子夫人を眼にした岩崎は、涎でも流しそうな顔つきになり、フラフラと立ち上るのであった。
「あら、親分、どこへ行くんですよ」
という千代の声を背後にしながら、岩崎は何かにとり憑かれたように、静子夫人に近寄り、たまらなくなったのか、夫人の肩を後ろから抱きしめるのであった。
不意をつかれて、静子夫人は驚き、はっと身体を梗化させるのだったが、予期していたことでもあるので、
「すみません、今、すぐ裸になりますわ」
と、片頬に微笑をつくり、たしなめるように岩崎にいう。
「ええ匂いや。全く、たまらんわ」
岩崎は、艶めかしい長襦袢に覆われた静子夫人の柔軟な肩を力一杯抱きしめ、その甘ずっぱい香料に酔ったかのよう、しきりに鼻をすりつけるのであった。
第四十一章 深窓の黒髪
赤いしごき
岩崎の手が、後ろから、長襦袢の紐にかかる。
すると、静子夫人は、岩崎の耳元に口を寄せるようにしていった。
「ね、岩崎さん、お願いです。あの千代さんを、この部屋から出して」
ささやくような小さな声だったので、岩崎は、はっきり
聞き取れず、も一度、耳を静子夫人の口元へ近づけた。
「何を今いうたんや。もう一ぺん、いうてみい」
静子夫人は、膳の前で、すわった眼つきで酒を飲みつづけている千代の方に、ちらりと眼を注ぎながら、
「あの女のいる前じゃ辛いのです。お願い、おっしゃることは何でも聞きますから、どうかあの女を♢♢」
静子夫人は、ぴったりと岩崎の耳に口を当てるようにして、小さくいうのだった。
この部屋のあちこちには、マイクが仕掛けてある。だから、そんな要求を岩崎に対してしたことを聞きとられたりすれば大変だが、千代のいる前で、この、今日初めて逢った男からのいたぶりを受けるということは耐えられない。
静子夫人は、わざと妖艶な眼差しを作って岩崎を見、哀願的に男の肩へ、額を押しつけるのであった。
「よし、わかった。その代り、あの女が引き揚げたら、うんとサービスするんだぞ。ええな」
岩崎は、えびす顔になって、夫人にそういい、くるりと千代の方を向く。
そんな事とは知らず、千代は、とろんとした眼を上げながら、
「ね、親分、何してんのよ。早く、その女を素っ裸にして、お酌をさせましょうよ」
と、舌をもつれさせて、いうのであった。
「おい、お前、すまんけど、ここから出て行ってくれ。お前の顔を見ていると、段々、酒がまずくなってくる」
岩崎は、千代の前についと立って、ぶっきら棒にそういった。
「何よ、親分。その女を酒の肴にして、大いに飲もうという話だったじゃありませんか。嫌だわ。そんな、こわい顔して」
千代は、岩崎に、しなだれかかるように近寄って来たが、岩崎は、邪険に肩すかしを喰わせ、千代は、あっと宙を泳ぎ、畳の上に横転してしまった。
「とっとと、ここから出て行け。お前がここにおったら、気分が出んのじゃ。わしも、この美人もな」
岩崎は、急に、けわしい顔つきになって、どなったのである。
「わ、わかったよ。この女が、私を邪魔者扱いにしたのね。畜生」
千代は、畳に手をつき、よろけながら立ち上ると、鬼女のような形相になって、いきなり静子夫人目がけて、突進したのである。
「おい、待て!」
岩崎が止めるより一歩早く、千代は、静子夫人につかみかかり、長襦袢の襟をとって、その場へ組み敷こうとする。
はずみを喰って、静子夫人はつんのめり、畳の上へ尻もちをついた。長襦袢の裾前がパッとはね上り、薄水色の湯文字の裾もひるがえって、静子夫人の乳白色の内腿までが大きく露出してしまう。
千代の物凄い勢いにたじろいで夫人は、そのまま、畳に尻をすりつけるようにしながらその場より逃がれようとするのだが、酒乱の極に達したような千代は、物すさまじい勢いで、静子夫人の襟首を再び、取って押さえ、遂に、その場へ、ねじ伏せるのだった。
「畜生、まだ令夫人面をしやがって、口惜しい!」
静子夫人の美貌に対する嫉妬と羨望が、酒でおかしくなった神経の中に重なり合い、全く千代は逆上してしまったのである。
静子夫人の胸元ははだけ、豊満な乳房もあらわになってしまったが、千代は、夫人の襟首に手をかけたまま、どしん、どしん、と夫人の後頭部や肩を畳に叩きつけるのであった。
「おい、待て。このど気狂いめ」
岩崎は、あわてて、千代の両手を後ろから、かかえこむ。
部屋に仕掛けてあった隠しマイクで、その騒ぎを知った森田と鬼源が、血相を変えて飛びこんで来た。
「千代夫人。一体、どうしたんです」
岩崎と一緒になって、森田と鬼源が、狂乱の千代を抱きかかえたので、虎口を脱した静子夫人は、屏風の後ろに身を隠した。
「とにかく、この女、外へ連れ出せ。全く、気分が悪い」
岩崎は、不快な顔つきで、森田と鬼源に向かい、吐き出すようにいった。
へい、へい、と鬼源も森田も、岩崎の中っ腹な表情にうろたえ、ペコペコしながら、千代を表へ連れ出そうとする。
戸口のところで、千代は酔い泣きしながら森田と鬼源に連れ出されようとしていたが、一段とけわしい顔つきになって、屏風の後ろに待避している静子夫人に向かい、どなりつけるのだった。
「おぼえといで。明日は、きっと、この仕返しをしてやる。うんと吠面をかかせてやるからね」
二人の男に廊下へ連れ出されてからも、千代は、わめくように叫びつづけていた。
「凄い女やな。あれが遠山財閥の奥方とは、ちょっと信じられんわ」
岩崎は、千代の姿が消えて、ほっとし、屏風の後ろで震えている静子夫人を手招きする。
静子夫人は、今の千代の狂乱ぶりや捨科白していったことなどで全身が凍るような恐怖を覚えたが、今更、そんな事に驚くのもおかしいと思ったのか、無理に口元に微笑を浮かべ屏風の後ろから出て来るのであった。
「恐ろしかったわ。殺されるんじゃないかと思いましたわ」
静子夫人は、乱れた長襦袢の襟元や裾元をかき合わせるようにして、岩崎に微笑みかける。
「でも、あの女がここから出て行ってくれたので、ほっとしましたわ。無理を申して、すみません」
静子夫人は岩崎に感謝の眼差しを送る。
「さ、もうここには、あんたとわしの二人だけだ。もう誰にも遠慮はいらん」
「ええ、ちょっと、待って下さいましね」
静子夫人は、鏡台の前に静かに坐り、櫛を取り出して、乱れた黒髪をゆっくりととき始めるのである。
その、何となく、しっとりした身のこなしは、長年の秩序立った生活の中で、自然に身についた高雅な艶麗さといった感じがして、横からじっと眺めている岩崎は、何という気品のある美女であろうと、ぞくぞくした思いになっている。
部屋の一隅にある着物掛けの上には、岩崎の性情を知った田代の計らいで、太いロープや麻縄や赤や青のしごきまでが用意されていた。どれでも好きなものを使って、今夜の美女を料理しろ、というわけで、そうした幾本もの縄やしごきに岩崎がぼんやり眼を向けていると、髪の乱れを直した静子夫人が近寄って来た。
「それをお使いになるのでしょう」
静子夫人は、岩崎の横に立ち、ぼんやりと縄やしごきを眺めるのであった。
それらを眺める静子夫人の眼は、瞼の線が柔らかに深くなり、何かをあこがれるような、また、何かの救いを求めるような、同時に、何となく物悲しげな影響が瞳に射している。
「それじゃ、裸になってもらおうか」
岩崎は、静子夫人の美しい横顔と緋の長襦袢を通して想像出来る見事な肉体に、ごくりと生唾を呑みこんでいった。
静子夫人は、もとより覚悟していたことだから、柔順にうなずき、長禰祥の伊達巻を静かにとき始める。
肩から滑り落ちるように長襦袢が畳の上に落ち、ついで肌襦袢も脱いだ静子夫人。七難隠すという肌の白さが、電気の光波に、ピカピカ光る。
白梅散らしの薄水色の湯文字を残すだけの裸身となった静子夫人は、ふくよかな二つの乳房を両手で覆いながら、その場に立膝して身をかがめた。
「ええ身体してるな。たまらんわ」
岩崎は、涎を流さんばかりの顔つきになって、つぶやくと、静子夫人の背後に、ふらふら近寄り、なめらかな美しい夫人の肩にそっと手をかける。
甘い、切ないばかりの香料が、岩崎の鼻を刺戟し、岩崎は、たまらなくなって、静子夫人の肩から首すじあたりにクンクン匂いを嗅ぐように鼻を押しつけるのだった。
静子夫人は、前かがみに首を垂れるようにしながら、なめらかな白い両腕を静かに背後に廻し、背中の中程で両手首を交錯させた。
「ねえ、縛って」
甘えかかるように静子夫人にそういわれた岩崎は、うん、うん、とうなずき、そわそわと立ち上って、赤いしごきを着物掛けより抜き取る。
「そんなきれいな肌にロープなんか使うて、痣をつけたら大変や。この赤いしごきで、縛ってやる」
岩崎は、そういうと、背中で交錯させている夫人の両手首をひしひしと縛りあげる。そして、余った紐を前に廻し、見事な胸の隆起の上下にかたく巻きっけるのだった。
静子夫人の脂肪ののった白い太腿が、立膝をしているため、白梅ちらしの湯文字を割って、あらわに露出している。それは、岩崎にとって、何ものにも代えられない、たまらなく艶めかしい一幅のあぶな絵であった。
「さ、こっちへ来てもらおうか」
岩崎は、静子夫人をしごきで後手に縛りあげると、その柔らかい、スベスベした肩に手をかけて、配膳の前に連れて行き、いきなり、ペタリと尻もちをつかせる。
「千代とかいう女と酒を飲んだかて、ちっともうまいことあらへん。わしは、あんたみたいな美人をこういう風に縛って、一緒に酒が飲みたかったのや。とうとうわしの夢が実現したっていうわけや」
岩崎は、そんな事をいいながら、ぞくぞくした思いで、静子夫人の横にぴったり寄り添うように坐りこみ、手酌で一杯ひっかけてから、
「さ、あんたも一杯どうや。体が温ったまるぜ」
コップに、銚子の酒を半分ばかり注ぎこんで、片手を夫人の首にからまして引き寄せ、夫人の唇にコップを当てがった。
静子夫人は眼を閉ざし、岩崎に押しつけられたコップ酒を思い切って飲み始める。苦しげにあえぐ夫人の唇から、したたり流れる酒の滴が、乳房の上下を緊め上げている赤いしごきを濡らした。
だが、今の静子夫人にとっては、こうして嬲り抜かれる前に、一種の麻酔を打つように、酒を飲まされるということはむしろ有難かった。精神も肉体も、何かの方法で麻痺させねば、とうてい我慢の出来ない辛い責め苦であるからだ。
「へえ、あんた、なかなか、いける口らしいな」
岩崎は、ニヤニヤして、コップ酒をようやく飲み終え、ほっと息づく静子夫人を頼もしげに眺める。
「お酒は、ここへ来てから覚えましたの」
静子夫人はそういって、もう桜色になった顔を岩崎の方に向け艶然と微笑むのである。
これから、先程まで、森田や鬼源に教示されたお座敷サービスをこの武骨な賭博打ちの親分に対して盛り上げなければならない。田代達も、どこかで、この座敷における夫人の一挙一動をじっと盗聴している筈だ。
自分達のことが盗聴されていることは、全く気づいていない岩崎は、いい色になって来た静子夫人をヤニ下がって眺めつつ、箸で膳の上の刺身の一切れをつまみ上げ、
「さ、酒の肴だ。アーンと大きくお口を開いて」
岩崎は楽しそうに、箸でつまんだ刺身に醤油をつけ、静子夫人の口へ運んでいく。
静子夫人は、口元に微笑を浮かべ、すぐに眼を閉じて、口を小さく開いて、それを受けるのだ。
「どうかね。うまいかね」
恥ずかしげに岩崎から顔をそらせ、静子夫人は小さく口を動かしながら、うなずくのであった。
「ええ、とても、おいしかったわ」
気弱な微笑を作りながら、そういった静子夫人の頬を岩崎は著でつつきながらいう。
「全く、あんたはいい女や。一体、どういうわけで田代の持ち物になったんじゃ。一つ、わけを聞かしてくれんか」
「それは申し上げることは出来ませんわ」
静子夫人は、瞳の焦点を遠い方へ漂わせるようにしながら、そういって、
「お願い、それだけはお聞きにならないで」
ここで、岩崎に対し、自分の素性や田代達の悪業などをしゃべったりすれば、それこそ後で、どのような折檻を受けるかわからない。自分を責めさいなむだけではなく、卑劣な田代達は、桂子や京子達にまで、いわば、団体貴任として、仕置をするに決まっているのだ。
隠しマイクが部屋のあちこちに取りつけてあるので、滅多な事はしゃべれない。ただ、今夜の客人である岩崎に、お色気サービスを充分、盛り上げること。それを何処かで盗聴している田代達は、ニヤニヤしながら期待しているのだ。
「そうか、そんなら、ま、無理には聞かんことにしよう」岩崎はそういって、再び、膳の上を眺め廻し、急に口元を歪めて笑いながら、焼蛤を箸でつまみ上げる。
「どうや、こいつを食べてみんか、ハハハ」
それを静子夫人の口元へ運んだ岩崎は、顔中、しわだらけにくずし、肩を揺すって笑い出した。
「何が、そんなにおかしいのですの」
「いや、ま、大した事じゃない。さ、アーンと口を開いて」
静子夫人は、にじんだような色っぽい眼つきを岩崎の方に向けて、
「ねえ、そんなの嫌」
「焼蛤は嫌いかね」
「ねえ、それよりも、もっと、お酒を飲ませて頂きたいわ」
「よしよし」
岩崎は、再び、コップの中へ酒を注ぎ、夫人にぴったり寄り添うのだったが、
「嫌、嫌、口うつしで飲ませて」
揺らぐような艶めかしい色気を静子夫人は全身に漲らせて、頬をすり寄せて来たので、岩崎の方は全身が浮き立つような思いになった。
よしよし、とコップ酒を一息、口に含み、静子夫人の白い柔らかい肩を岩崎は両手で抱きしめる。
「ねえ、お膝の上に、だっこして」
岩崎は、妖艶な美女にそのように甘えられて、思わずクラクラと眼まいが起こり、口に含んだ酒をぷっと吐き出してしまった。
このようなすばらしい美女が田代の所有物になっているということだけでも全く不思議な気持であるのに、それが、このように客に対するお色気サービスまでも心得ているのだ。色々と飼育され、調教されて来たのであろうけれど、何だかこの美女に先手先手をとられているような心地がして、岩崎は、嬉しいやら、面映ゆいやらで、自分の方は、どうしたらいいのかわけがわからなくなり、フワフワするばかりで、大親分の貫禄は全くなくなってしまった。
「さ、これでええやろ」
岩崎は、静子夫人の腰を後ろから抱えこむようにして、どっこいしょ、と自分の膝の上に乗せ上げる。
そのむっちりした静子夫人の肉の感触と肌の匂いとを楽しみながら、今一度、酒を口に含んで、岩崎は静子夫人に口うつしで飲ませようとする。
静子夫人は、後ろから、岩崎の大きな手で二つの胸の隆起を押さえられ、力一杯、抱きしめられたが、岩崎のするがままに身を任せた恰好で、首を後ろへねじ曲げるようにし、岩崎の口をぴったり自分の口で受け止めるのであった。
静子夫人の紅唇と岩崎の部厚い唇とが、ぴったりと重なり合って、酒の滴をたらしながら、ゆるやかに動き合っている。
ようやく、岩崎から注入される生温かい酒を全部吸いとった静子夫人は、はっと溜息をつくようにして、唇を離し、熱くなった頬を岩崎の頬にすり合わせつつ、もどかしげに体を揺すって、岩崎のあぐらを組む膝の上に、足を開いてよた跨がった。
「腰のものが邪魔なようやな。ひと思いに脱いだ方がええやろ」
大胆な姿態を夫人がとったため、白梅ちらしの湯文字が左右に大きく割れて、夫人の白い、艶やかな太腿までがあらわにはみ出してしまっている。
岩崎は、息苦しいばかりの高ぶりを覚えて夫人の脛から内腿あたりをなでさすり、そして、ゆるみ切った紐を、そつと解き始めるのだった。
「駄目ですわ。それは、お床へ入るまで、お預けよ」
静子夫人は、甘い否定の妖艶なポーズをとって、嫌、嫌、と岩崎の膝の上で腰を揺り動かせるのだ。
再び奈落へ
その翌日は、朝早くから、田代家の二階の奥座敷で、着々と賭場の支度が進められていた。
襖を取り外した二間続きの十畳の間に白布を敷きっめ、田代が森田組の若い衆を指揮して、忙しげに働いていると、義雄がひょつこり、髭剃りあとのツルツルした頬をなでさすりながら、顔をのぞかせる。
「昨夜は、小夜子と水入らずで、さぞ楽しかったことだろうね。充分、堪能したと顔に書いてあるよ」
田代は、未だ何となく眠そうな腫れぼったい義雄の眼を見て、面白そうに笑った。
「だが、社長。生娘をものにするというのは中々芯の疲れるものですね」
「ぜいたくいっちゃいかんよ、君。それが男冥利というもんじゃないか」
「まあ、そういえばそうですが♢♢」
義雄は、満更でもない顔つきになって、ニヤニヤしながら、煙草を口にし火をつける。
「僕の方はとにかく、岩崎親分の方は、昨夜の首尾はどうだったでしょうかな。あれで案外、気むずかしい人だから、気分を損ねるようなことはないかと、気が気じゃなかったですよ。小夜子を抱きながら、その事ばかり考えていました」
「いや、その点は心配無用だ。御満足された様子だよ」
と田代は、義雄の耳に口を当て、昨夜、岩崎と静子夫人のいる部屋の様子を盗聴したことを話すのだった。
「とにかく熱戦は、三、四時間、ぶっ通しで続いたんだから、盗聴している方で参ったね。だが、こいつは親分には内緒だよ。こんな事が親分にわかったら、それこそ大変だからな」
田代は、そういって腹を揺すって笑った。
「だから、今日の親分のお眼覚めは、きっと遅くなると思うよ。ま、あんたも、朝酒でも飲んで、ゆっくりしたらどうだ。何なら、小夜子嬢ともう一度、たっぷり♢♢」
「いや、そうもしていられないんですよ」
と、義雄は苦笑して、腕時計に眼をやり、岩崎親分の用事で、色々、廻らなければならない所がある、といったが、そこへ、森田が入って来て、
「昨夜、頼まれた写真、焼増しが出来ましたぜ」
ニヤニヤしながら、手にしているスーツケースを義雄に渡すのであった。
仕事部屋で若い衆を二人使い、はとんど徹夜して仕上げたのだという森田の説明を聞きながら、義雄が重いスーツケースを開けるとそこには、一千枚近くも焼増しした小夜子対義雄の愛欲写真、及び小夜子の全裸写真が、ぎつしりとつめこまれていたのである。
「ほほう。こりゃ凄い」
田代も眼鏡をかけて、その何枚かを手に取って眺める。
柱に立ち縛りにされたものもあり、その部分だけの写真もあった。やはり傑作なのは、義雄とからみ合ったもので、それは如何にもこの種の写真らしく、極端なポーズを小夜子はとらされている。
「小夜子の顔は、はっきりと写っているが、あんたは、うまく顔を隠したものだね。ハハハ」
田代は、その一枚一枚を見つめながらいうと、森田ものぞきこんで、
「ただ小夜子嬢の顔が、今にもベソをかきそうな表情をしているのが玉に疵だな。そら、これなんか、はっきりと涙を頬へ流していますぜ。だが、こういう方が何となく迫力が出ているような感じですね」
うん、うん、と義雄は満足げにうなずいて写真をスーツケースの中へしまいこむ。
「小夜子がこんな悲しげな顔をせず、堂々と演じるようになるのは、森田親分達の腕次第というわけじゃありませんか。一つ、よろしく頼みますよ」
といって、義雄は、森田の肩を叩いた。
丁度その時、廊下の方から、銀子や朱美達が、ぶらぶらやって来て、賭場に作り変えられている部屋の中を、物珍しそうに眺めている。
義雄は思う所あって、彼女達の方へ近寄った。
「フフフ、津村さん、昨夜はお楽しみだったわね」
銀子は義雄を見ると、仲間のズベ公達と顔を見合わせて、くすくす笑い始めた。
「最初から、ああいういい所のお嬢さんを女上位にさせるとは、ちょっと、ひどすぎやしない?」
と悦子がからかうようにいい、ズベ公達は何か自分の秘密を楽しみ合うように、キャッキャッと笑い合うのだった。
義雄が奇妙な顔をすると、銀子が、
「悪いと思ったけど、昨夜、鍵穴から、ちょっとお二人のプレイを、のぞかせてもらったわ」
「ええ?」
「だってさ、女中部屋の前を私達が夜おそく通りかかったら、小夜子嬢の切ないすすり泣きが聞こえてくるじゃない。何だか変な気持になって、あたい達、鍵穴から中をのぞかせてもらったのよ」
義雄は、あきれ返った顔つきになったが、別段、それで怒るということはなく、
「全く悪趣味な連中だな」
「フフフ、暗闇の中に、ぽっかり浮き出たように、上ったり、下がったりしているじゃないの。あたい達、妙な気分になっちまって困ったわ」
ズベ公達は、そんな事をいって、再び、大声で笑い合った。
「ま、のぞかれたものは仕様がないさ。それはそうと、君達に頼みがあるんだ」
義雄は、ズベ公達に煙草をすすめながらいった。
義雄はズベ公達に、小夜子に因果を含めて再び、地下室へぶちこむように頼んだのである。小夜子は、今日、義雄にこの屋敷から連れ出されることを唯一の希望にしている。今、義雄に裏切られたということがわかれば、あまりのショックに逆上して、のたうち廻るかも知れない。それを義雄は苦手だというのだ。
「女に泣きっかれるのは、どうも苦手でね。君達から、うまく小夜子にこの屋敷で生まれ変って働くよう説得してほしいのだよ」
「ひどい人ね、津村さんて。小夜子に望みを抱かせておいて、急に突き離してしまうなんて。女性の敵だわ」
銀子はそんな事をいって笑い、いたずらっぽく義雄を睨んだ。
「ま、いいわ。他ならぬ津村さんの頼みだもの。何とかあたい達でかたをつけてあげるわ」
と、次にはそういい、ズベ公達は、むしろその仕事を面白がっているようだ。
「行こうよ、皆んな」
銀子を先頭にして、ズベ公の一団は、小夜子の監禁されている女中部屋に向かった。
義雄から受け取った鍵でドアを開ける。部屋の中は、落花無残に荒らされていると想像していたが、何時の間にか、綺麗に整頓されていて、敷かれてあった布団も部屋の隅にきちんとたたんで積み重ねてあり、その上に顔を埋めるようにして、小夜子は泣きくずれていた。
血で染まったシーツを、この屋敷の連中の眼に触れさせるのが恥ずかしく、小夜子が一人で片づけたものなのであろう。縄はとかれていたけれど、身を積み重ねた布団の上へ投げ出すようにし、声を震わせて泣きじゃくっていた。
銀子と朱美は、ふと顔を見合わせて、そっと小夜子の背後に近づく。
「お嬢さん、そんなに泣くんじゃないよ。女ってものは、一度はこういう目に会わなきゃならないものさ。元気をお出し」
銀子はそういって、小夜子の艶やかな、麗しい肩に手をかける。
小夜子は、ひときわ激しく、泣きじゃくりながら、歯をキリキリ噛み鳴らすのであった。
そして、ふと、泣き濡れた瞳を上にあげた小夜子は、ズベ公達に向かって、
「お願いです。早く、早く、ここから出して下さい。義雄さんに逢わせて」
小夜子は、身も心も、義雄のために無残に打ちひしがれたのだ。獣欲の犠牲となったのである。そして、もう一分も、こんな呪わしい、酸鼻な部屋にとどまる勇気はなかった。
両手で、白桃のように美しい乳房を押さえつつ、小夜子は、周囲を取り囲むズベ公達に哀願の泣き濡れた眼差しを向けるのだったが、
「わかってるわよ。もうすぐ、貴女は、このお屋敷から表へ出ることが出来るのよ。よかったわね」
朱美はそういって、傍にいる悦子に眼くばせをする。
悦子はうなずいて、あらかじめ用意して来た麻縄を持って、小夜子の後ろに身をかがめた。
「な、何を、なさるのです。どうして、また縛るのです♢♢」
と小夜子はひきつった顔をしていったが、
「この屋敷にいる限り、これが規定なのよ。最後まで逃走に備えて用心しなければならないことになっているの」
と朱美がいい、悦子は、胸を覆っている小夜子の白い陶器のような腕をとって、後ろへねじ曲げながら、
「これから、あたい達は、あんたを恋しい義雄さんのいる所まで引き立てる。あんたは、彼氏にこの縄をといてもらって服を着、待たせてあるタクシーに乗って、あたい達とは永遠にグッドバイというわけよ」
「ね、いい子だから、さからわずに、いわれた通りにするのよ」
朱美は、悦子に縄がけをされている小夜子を見下ろしながら楽しそうにいうのだった。
ここまで来て、これ等のズベ公の気分を損ねたりすれば、今まで死ぬ程の辛さ苦しさをこらえて来た努力が、水の泡になると悟ったのであろう。小夜子は、首を軽く前へ垂れるようにして、両腕を背中の中程で組み、ひしひしと後手しばりに縄がけされていくのであった。
雪をあざむく麗しい小夜子の裸身をきびしく後手に縛り上げた悦子は、さ、立って、と小夜子の柔らかい肩に手をかけて立ち上らせる。
「武士の情け、ここだけは隠してあげるわ。森田組のチンピラ達にじろじろ見られるのは辛いだろうからね」
鍛子はそういって、ジーパンのバンドにはさんであった日本手拭を抜き取り、小夜子の腰に巻きっけてやる。
「さ、歩くのよ」
ズベ公達に縄尻を取られ、背中を押されるようにして、小夜子は、よろめく足を踏みしめ、女中部屋から廊下へ連れ出された。
冷たい廊下を素足のまま、体を前のめりに曲げるようにして引き立てられてゆく小夜子の左右を、銀子と朱美は挟むようにして歩いて行く。
廊下の突き当たりの壁を押すと、それは、ドンデン返しになっていて、地下室に通じる階段となっている。
小夜子は、ハッとして、足を止めた。
ズベ公達は自分を再び、地下の牢屋へ閉じこめる気ではないか。そう感じると、小夜子の胸は恐怖に高鳴り、地下へ押し立てようとする女達に抗らって、足を踏んばった。
「ど、どこへ行くのです。ね、小夜子を、どこへ連れて行く気なのです!」
「何をブツブツいってんの。さ、とっととお歩きったら」
ズベ公達は、小夜子の体にいっせいに手をかけ、階段の下へ引き降ろして行く。
「嫌、嫌よ。義雄さん、義雄さんは、何処にいるの!」
小夜子は身悶えしたが、数人のズベ公達に引きずられるようにして鉄格子の牢舎の前まで押し立てられたのである。
「嫌っ、嫌です」
悦子が牢舎の鉄棒で出来た扉を開き、その中へ押しこもうとすると、小夜子は、泣きわめきながら、必死に身をよじり、中へ入れられまいと暴れ出したのだ。
「じたばたせずに、とっととお入り。ここがあんたのお家だよ!」
悦子のどなったその一言で、はっきり、彼女達の罠にかけられたことを知った小夜子は、逆上したように体を悶えさす。
「あ、あんまりです。嫌、嫌っ」
牢舎の入口に、ズベ公達の手で、強引に押しこまれようとして、小夜子は、気力を振り絞るようにもがいてみたものの、ズベ公数人の力に勝てる道理がない。
どんと背中や尻を同時に、突き出すように押されて、小夜子は、狭い牢舎の中につんのめった。
ぴしゃりと扉は閉ざされ、ガチャガチヤと非情な錠前がかけられる。
「お願いです。出して、ここから出して下さい!」
小夜子は、後手に縛られた裸身を鉄格子に叩きっけるようにして、泣きわめくのであった。
「約束が、約束が違います。義雄さんに、義雄さんに逢わせて下さい!」
銀子と朱美は、フフフ、と含み笑いしながら、鉄格子の中をのぞきこむようにして、
「甘いわね。やっぱり大家のお嬢さんっていうのは。あの津村さんは、あんたをここから逃がすような甘い人じゃないわよ。ま、その中で、自分のお人好しを、せいぜい反省することね」
銀子にそう浴びせられた小夜子は、精も根も尽き果てたように冷たい土間にべったりと跪き、狂おしく肩を震わせて鳴咽するのである。
「♢♢何時になったら、何時になったら、小夜子は、ここから出られるの」
小夜子は激しく泣きじゃくりながら、誰にいうともなく、切れ切れに声を出す。 それを耳にした銀子は、声を立てて笑いながら、
「何時ここから出られるだって? 冗談じゃないわよ。お嬢さんに、ここから出られたら、あたい達はおしゃかじゃないか。お婆ちゃんになるまで、ここにいるのよ。わかった、お嬢さん」
銀子は楽しそうに鉄格子の中の小夜子にいい、続いて、朱美も、
「赤ちゃんが産みたくなったら、そのうち、産ませてあげるわ。女として、経験しなくちゃならないことは、何でも一通りさせてあげる。だから、安心して、立派なショーのスターとなってね」
そして、ズベ公達はどっと哄笑し、ぞろぞろ階段を上って表へ出て行くのであった。
彼女達の姿が消えると、あたりは不気味なくらいに静寂となり、絶望の底へ突き落とされた小夜子のすすり泣く声だけが、断続的に何時までも続いていた。
奸計
二時間ばかりもたったろうか。小夜子は、暗い運命的なものに打ちひしがれ、薄暗い牢舎の中で身も世もあらず悶え泣きを続けていたが、急に揚戸の開く音に、そっと泣き濡れた顔を上げる。
何人かが階段を降りて来る。それは、やっぱり救援者ではなく、たった今、小夜子から一切の希望の芽をむしりとった恐ろしいズベ公の一団であった。だが、今度は、その中に義雄が混じっている。
小夜子は、キッとした表情になって、緊縛された裸身を起こし、鉄格子の傍へ体を押しつけた。
「よ、義雄さん。これはどういうわけなの。出して、ここから出して下さい!」
小夜子は、格子の聞から血走った眼を義雄に注いで、叫びつづけた。
義雄は、ざまを見ろ、とでもいわんばかりの眼付で鉄格子の中の小夜子を見つめ、
「気の毒だが、やっぱり小夜子は、ここから出してあげるわけにはいかないんだよ。色々と考えたのだがね。ま、かわいそうだけど、あきらめてもらおうか」
「そ、それじゃ、あなたは、最初から私を欺したのね」
小夜子の黒眼勝ちの美しい瞳に、憎悪をこめた燐光のようなものがきらめく。
「ま、そういう事だね。おかげで僕は、昨夜は充分、いい思いをさせて貰った。フフフ、小夜子だって、満更でもなかったようじゃないか」
「卑、卑怯だわ。卑怯よ」
小夜子は、あまりの口惜しさに、後は言葉にならず、鉄格子に頭を押しつけ、肩を震わせるのだ。
「フフフ、でもね、小夜子。むしろ、ここから出ない方が、かえって君のためだと僕は思うな。娑婆へ出れば、もっと辛い、恥ずかしい思いをしなくてはならなくなる。僕は、その理由を小夜子に教えるため、ここへ来たのさ」
義雄がそういった時、悦子とマリが牢舎の錠を外し、中へもぐり込んで行く。
牢舎の中は、四坪ぐらいしかない狭さだがレンガで出来た壁にそって、錆びついた鉄柱が一本立っている。
悦子とマリは、牢舎の中へ入ると、やにわに小夜子を押さえつけ、その鉄柱に、別の縄をつかって縛りつけようとするのだ。
「な、何をするんです!離してっ」
雪白の、艶やかな小夜子の背が、冷たい鉄柱に押しつけられる。
小夜子は、口惜し泣きをしながら、激しく首を左右に振ったが、悦子とマリは、小夜子の麗身にキリキリと縄がけをして、立ち縛りに仕上げてしまった。
さ、どうぞ、と悦子は、外にいる義雄に入ってくるように合図をする。
義雄は、スーツケースを小脇にかかえながら、ニヤニヤして、牢舎の入口をくぐり、入って来た。
小夜子は、火の玉のような口惜しさをぐっと噛みしめるようにして、忿怒のこもった瞳を義雄に向けている。
「そうこわい顔をするなよ、小夜子」
義雄は、そんな小夜子の顔を楽しそうに眺めながら、スーツケースを小夜子の足元に置くのだった。
そこへ、どういうわけか、銀子と朱美が、小さな坐り机を持って、牢舎の中へ入って来る。
「御苦労だったね。この辺に置いてくれ」
義雄は、銀子達の持って来た坐り机をすぐ近くに置いて、歯を喰いしばったような表情を続ける小夜子の白い頬を指でつくのだ。
「これから小夜子の眼の前で、一時間ばかり葉桜団が封筒書きと切手はりのアルバイトをするんだよ。彼女達の始める仕事を見りゃ、娑婆に出ようという気が小夜子になくなると思うんだがね。フフフ、まあ、ゆっくりと見物して居給え」
銀子と朱美が運んで来た坐り机の上には、大きな風呂敷包みがあって、それを開けると何百枚もの角封筒があふれるように出て来たのである。義雄の魂胆は、これから小夜子の眼の前で小夜子の友人や知人達に封筒の宛名を書き、例の写真を封入して、それを発送しようということであった。
「そら、小夜子、これは君の卒業した青葉学院の卒業者名簿だ。今朝方、川田君がわざわざ学院まで行って、一冊、もらって来てくれたんだよ」
義雄は、青い美しい装幀をした卒業著名簿を小夜子の眼の前にちらつかせる。
「そ、それを、どうする気ですの」
小夜子は、何か、ぞっとするものを覚えて、おろおろした表情で義雄の顔を見る。
義雄は、鼻に小じわを寄せて笑いながら、小夜子の足下に置いたスーツケースを開くのだった。
「あっ」
義雄がスーツケースの山からつかみ出し、鼻先へ近づけて来た数枚の写真を眼にした小夜子は、思わず声をあげる。小夜子の美しい顔から一瞬、血の気はひき、額には汗さえ浮かんだ。
義雄の計画が、小夜子には、わかったのである。
「小夜子が今まで親しくしていた友人知人にこの面白い写真を進呈しようというわけなのさ。僕が調べた小夜子の交友関係や、この名薄の中の何百人かに、これから封筒の宛名書きをして、写真を入れ、ただちに発送する。フフフ、そうすりゃ小夜子、恥ずかしくて、一寸、表通りは歩けないだろう。この屋敷に永遠に住みつくことを、君は望むと思うのだが、どうかね」
やはり、義雄の考えは、小夜子の想像した通りのことであった。
あまりの事に、小夜子は、もう声も出ず、光を失った空虚な眼を物悲しげに細め、ぼんやりと天井の方に視線を向けるのである。
「あなたは、あなたは人間じゃないわ。悪魔の化身よ」
小夜子は、涙でキラキラ光る瞳を何か遠い所でも見るように開いて、呪うように小さく口ずさんだ。
ズベ公達は、そんな小夜子の前で、義雄に頼まれた仕事を開始したのである。
義雄に手渡されたメモを見ながら、また、青葉学院の卒業著名簿も見たりしてズベ公達は机の周囲を取り巻き、封筒の宛名書きをしていく。ガムを噛んだり、口笛を吹いたりして彼女達は、その仕事を結構、楽しんでいるようだ。
朱美と悦子が宛名書きをし、マリが切手をはり、銀子がスーツケースの中にぎっしりつまった写真から、十枚ぐらいずつを選んで封筒の中へ、印刷された一枚の報知状のようなものと一緒に同封するのだが、その上質の紙に印刷された報知状の文面は、次のようなものである。
♢♢今度、私儀、突如、心境の変化をきたし、これまでの社会生活より訣別して、秘密映画、及び写真のモデルとして、新たに発足することに致しました。いささか容貌、及び肉体には自信がございます故、この道で将来、成功致すべく、努力を続けるつもりでございます。同封致しました写真は、デビュー作品とも申すべきもの、何卒、御笑覧の上、知人の皆様方にも御宣伝下さいますようお願い申し上げます♢♢村瀬小夜子
銀子はそれを手にして読んでいるうち、ひとりでに笑い出し、立ち上って小夜子の傍に近づくと、その耳元で、その文を読んで聞かせるのだった。
小夜子は、苦しげに眉を寄せ、口惜しげにかたく唇を噛みしめるのだったが、そうした屈辱を必死にこらえ、無理に冷淡な表情を作ろうと努力している。
「こ一の手紙と傑作写真を受け取ったあんたのお友達は、どんな顔をするだろうね。ボーイフレンド達は、きっと大喜びだと思うわ」
銀子は、おかしさを噛み殺すようにして、麻縄に緊めあげられている小夜子の柔らかい乳房を指でつつくのだった。
「さあ、もういいでしょこの手拭はあたいのものだから返して頂くわ」
銀子は腰をかがめて、小夜子の腰のまわりを包んでいるたった一枚の布も無残に剥ぎ取ってしまう。
小夜子は、石のように体を硬直させ、ぴったりと太腿を閉じ合わせ、美しい横顔を見せたまま、身動きもしなかった。
「これから、こいつに鬼源さんがうんと磨きをかけて、商売ものになるよう仕込みあげるのだと思うと、女のあたいでも、何かぞくぞくしてくるわよ」
銀子はそんな事をいって、そっと手を差しのべる。
「や、やめてっ」
今まで、数々の屈辱を全身で耐えてきた小夜子であるが、さすがに、ハッと狼狽して、体を揺すり、尻を振って、憎悪のこもった瞳で、銀子を見下ろすのであった。
「あら、そこは彼氏と朱美以外には、さわらせないというの。ずいぶんとケチだわ、このお嬢さん」
銀子は、クスクス笑った。
封筒に宛名書きしている朱美が、銀子の方を向いて声をかける。
「銀子姐さん。早くこっちの仕事をすましちまおうよ。今日中に発送しなくちゃならないんだからね。小夜子を運ぶのは、それからでいいじゃないか」
「まあ、朱美が、とうとう嫉妬をやき出したわ」
銀子は、ようやく小夜子の傍より離れ、机の方へ戻って来た。
義雄のメモにある小夜子の交友関係の中には、有名な映画俳優もいたし、政界の大物もいた。
封筒に書かれたそれ等の名前を見ながら、銀子は、へへえ、と舌を巻き、写真を封入していく。
「さすがに大家のお嬢さんだけあって、ずいぶんと有名人がいらっしゃるわね」
銀子と朱美は、ガムを口にほうりこみながら皮肉めいた眼つきで、鉄柱に立ち縛りされている小夜子の方を見るのだ。
小夜子は、流す涙も涸れ果てたような、疲れ切った表情で、美しい横顔を見せている。
大家の令嬢として、二十二年間、温室の中で育って来た小夜子は、昨夜、遂に一匹の血に飢えた狼から烙印を押され、この地獄屋敷の中にあって、スターとして徹底的な調教をほどこされる身となったのだ。
如何にも深窓の令嬢らしい艶々と光る象牙色の肌や華奢な首すじ、麻縄を上下に巻きっかせ、白桃のような柔らかい盛り上りを見せている胸の隆起、ムチムチと引き緊まったそれでいて透き通るような色の自さを持った太腿のあちこちに、赤い小さな痣のようなものが見えるが、それは、昨夜、義雄につけられたキッスマークなのであろう。
朱美のテストによれば、肉体的には、すこぶる敏感ということだが、やはり育ちが育ちだけに、知識は、少女程度のものだ。それだけに、昨夜、義雄より浣腸、朱美よりスペシャル、そして、今、こうして、鉄柱に緊縛されている小夜子を見ると、何か哀れな、痛々しい気持に、ズベ公達も、ふとなるのであったが、彼女達にしてみれば、そういう感傷を持つのは罪悪だとしている所がある。
「ねえ、ちょいと朱美、このお嬢さん、おしっこがしたいんじゃない。さっきから、お尻をもじつかせているわよ」
と、銀子が朱美の顔を見ていった時、ズベ公達の間に入って、封筒に切手をはっていた義雄が顔をあげた。
「ああ、そうだ。朝から、まだすましちゃいないんだよ。こいつは迂濶だったな」
「まあ、気のきかない旦那さんね」
朱美は笑って、小夜子の方を見ていった。
「いいわ、小夜子。この仕事が終わったら、あたいがさせてあげる。しばらく待っているのよ」
それを聞くと小夜子は、顔も首も赤く染めて、ひどく狼狽したよう、はっきりと顔を横へそむけてしまう。
宛名が書かれ、写真が封入された角封筒は机の横に段々とうず高く積まれてゆく。
小夜子は時折、その方へ、ちらと物悲しい視線を向ける。気も狂うばかりに恥ずかしい自分のそんな写真が、すべての友人や知人に、これから送られようとしているのだ。あまりにも残忍で非道な義雄の計画に、小夜子は、気が遠くなりかける。
義雄はもうニ、三百枚になったと思われる封筒に糊づけして、どれ、少し、一服するかと大きくのびをして立ち上る。
煙草を口にして火をつけると、義雄は、のっそり小夜子の傍に近寄った。
「ねえ、小夜子。こんなものを君の友人関係にバラまこうとする僕を、さぞ君は恨んでるのだろうが、小夜子に馬鹿げた娑婆っ気を起こさせないための一つの方法なんだ。悪く思わないでね」
義雄は、小夜子の美しい全身像をしげしげ見つめながらそういって、小夜子の柔らかい耳たぶに軽く接吻するのだ。
「僕は、忙しい身体だから、明日は関西の方へ一旦、戻らねばならない。でも、月に二、三度は小夜子に逢いに来るからね。ここにいる葉桜団の連中のいうことをよく聞いて、一日も早く立派なスターになっておくれ。小夜子の成長を楽しみにしているよ」
などと義雄は、半分、からかうような調子で、消え入るようにうなだれている小夜子の耳に吹きこむのだった。
「それから、小夜子のフィアンセだった内村春雄には、もうとっくに、速達便で、小夜子のお尻から出たものをビニール袋にいれ、この写真と一緒に送ってあげたよ。明日には、彼氏、きっと、その小包を受け取ると思うな」
それを聞いた小夜子は、こらえにこらえていた働哭が胸をついて溢れ出た。恋しい春雄のもとに、自分のそうした写真が♢♢この世の出来事とは思われぬ恐ろしい、恥ずかしい事実に小夜子は、さめざめと涙を流し、そして狂おしく首を振った。
小夜子の働哭は、そのように悲愴を極めたものだが、義雄にとっては、小夜子が歎き、悲しみ出せば出す程、たまらない位に小気味がよかったのかも知れない。
「これで小夜子も、むしろ、さっぱりしたことだろう。もう内村春雄なんて糞喰らえだ。ハハハ」
義雄は、小夜子の顎に手をかけて、大口を開けて笑い、仕事を続けているズベ公達の方を向いていった。
「今日の仕事はそれ位でいいだろう。出来上っただけ、ポストへ投げこんでくれないか」
この近辺では、やばいから、東京駅まで誰か出向いて投函するよう義雄は彼女達に指示するのだった。
「じゃ、あたいが行ってくるわ」
一番下のマリが、その役を引き受け、写真在中の封筒を風呂敷に包み出す。
「みんなで手分けしてやると早いものね。これでもう二百通はあるわよ」
マリは、ずっしりした重味のある風呂敷包みを持って立ち上ると、わざわざ小夜子の方へ近づいて、それを振りかざして見せるのだ。
「じゃ、お嬢さん、これからこの手紙をそっくりポストへ入れに行くからね。フフフ、どういう結果が出るか楽しみにしておいで」
マリはそういって、口笛を吹きながら外へ出て行く。
「さて、僕もこれから今日の賭場の段取りについて色々と忙しいんだ。じゃ、後の事はよろしく君達に任すよ」
義雄はズベ公達にいって、出て行こうとする。
「待、待って!」
小夜子は、牢舎の扉を押して出て行こうとする義雄に声をかけた。
「私、私♢♢あなたを、死ぬまで呪いつづけるわ!」
泣き濡れた瞳に精一杯の憎悪をこめて、小夜子は、もうこれが最後というように激しい口調でいう。
だが、義雄は、えへらえへらと顔をくずすだけで、
「どうぞ御勝手に。昨夜は僕に抱かれて、ずいぶんと悩ましい声を上げつづけていたのに、女ってものはわからないものだ。田代社長に聞いたんだが、ここに捕われている別嬪さん達は皆んな最初はそんな口をきいていたそうだがね。それが毎日調教を受けているうち、段々とこの世界を苦痛には思わなくなってくるようだよ。今、ここへ鬼源さんを来させてあげるから、今後の調教について、色々、打ち合わせるがいいね」
義雄は、そういって、バイバイ、と小夜子に手を上げ、牢舎より身をかがめて出て行った。
彼が姿を消すと、ズベ公達は、さて、後は自分達の領分だとばかり、ズカズカと小夜子の前に近寄り、鉄柱から小夜子の体を切り離す。後手に縛った縄は解こうとはせず、そのまま、小夜子の肩や尻を押して牢屋の中央へ立たせるのだった。
「こ、これ以上、私に、どうしようっていうの」
身も心も打ちひしがれている小夜子は、すすり上げながら、弱々しい声を出すだけである。
ズベ公達は、前もって、皆んなで相談し合ったことであるらしく、眼で笑うだけで答えない。悦子が、牢舎のレンガ作りの壁に取りつけてある鉄の把手を力をこめて廻し始めると天井から鈍い音を軌ませて、赤鏑びた鎖が垂れ下がって来た。
「誰が考えたか知らないけど、この地下の牢屋は色々と凝って作ってあるわね」
銀子と朱美は、垂れ下がって来た鎖の先端に、小夜子を後手に縛ってある縄尻をつなぎながらいうのだった。
「この上げ下げ自在の鎖は、罪人を逆さ吊りにして拷問するためのものだけど、そんなひどい事は小夜子嬢に対してしないわ。でも、あたい達に楯をついたりすると、こっちだって、それ位のことはやりかねないからね」
銀子は、そういって、一本の鎖につながれて、すっくとその場に立たされた小夜子の悩ましいばかりの盛り上りを見せた白い尻を指ではじく。
小夜子は、がっくり首を前に垂れて、ただすすり泣くだけであった。
「悦子、さっき、話していたものを持って来てよ」
朱美は何か意味ありげに悦子の顔を見て片眼をつぶる。
あいよ、と悦子は、鉄錆のついた手をはたきながら外へ出て行った。
絶望のどん底へ突き落とされ舌でも噛み切りたい気持にある小夜子に対し、この悪女達は更に邪悪な責めを加えようとしているようだ。
朱美は、小さくすすり泣きを続ける小夜子の乱れた黒髪を、櫛を使って妙に優しく、すき上げてやりながら、
「旦那さんのお留守の時は、これから、何時も、あたいが小夜子のお守りをしてあげるからね。何でもあたいに相談するのよ。おトイレのことにしたって、全部、あたいが面倒見てあげる。だって、あたいは小夜子のお姉様ですものね」
わざとらしい甘ったるい声を出して、朱美はハンカチを取り出すと小夜子の頬に伝わる涙をふきとってやるのだった。
そこへ悦子が、大きな花瓶と小さな紙袋を持って、戻って来た。
朱美は、悦子から花瓶を受け取ると、それを小夜子の眼の前へ近づける。
花瓶の口は、楕円型で、丁度、水差しのような恰好になっており、白地に赤や紫の花模様がついていた。
「ごらんよ、小夜子。これ、フランス製の花瓶なのよ。色々な花模様がついていて、とても可愛いでしょ」
小夜子は、朱美に鼻先へ押しつけられた花瓶に、涙で光る黒の瞳をそっと向ける。
「ね、美しいお嬢さんに、ぴったりな、おまるとは思わない?」
ハッと小夜子は、燃えるように赤らめた顔をねじ曲げるように横へそらせる。
ぞっとする思いに、がたがたと乳白色の全身を慄わせる小夜子を見て、朱美と銀子は顔を見合わせ、肩をすくめて舌を出す。
「スターは、まず、おまるを立ったまま使う練習をしなきゃならないんだけど、まだ小夜子には無理ね。だから、今日のところは、お姉様が介添えしてあげるわ」
「嫌っ、嫌です!」
朱美が腰をかがめ出すと、小夜子は、足をひき、腰をひねって、身悶えし始める。
「馬鹿ね。何も今更、恥ずかしがることはないじゃないの。昨日、あたい達に、あんなすばらしいことをしてもらったのを忘れたの」
小夜子は、線の美しい、柔らかそうな眉を寄せて、キリキリ歯を噛み鳴らした。
「こんなにお腹がはってるじゃないの。いっとくけど、それを解決させるのは、こういう方法しかないのよ。一日中、がまん出来る筈はないのに強情はるんじゃないわよ」
悦子が、横から、小夜子の腹のあたりを手でさすりながらいう。
事実、小夜子は、先程から、次第に限界点に近づいていく尿意に悩み抜いていた。それを、義雄やズベ公達に打ち明ければ、恐らく、邪悪な拷問の材料にされるような気がして、どうしても口に出来なかったのである。
だが、ズベ公達は、小夜子の、そのために起こるもどかしげな身悶えを見逃がさず先手をとって、攻めこんで来たわけだ。
「どうするの、小夜子。このまま、打っちゃらかしといてくれというの。でも、粗相して足元を汚したりしたら大変よ。逆さ吊りぐらいのお仕置じゃすまないわよ」
銀子も朱美も、口々にそんな事をいって、小夜子の乳房や尻を指でつついたりし、たまらない快感を味わっている。
限界が近づいて来たところに、そうしたズベ公達の言葉の拷問を受け、小夜子は段々と上の空のような力なさを心にも肉体にも帯びて来たのである。それで、朱美が、も一度、念を押すように、花瓶を持ち直して、
「ね、小夜子、いいわね。これを使うわね」
と、熱くなった耳元に口を近づけると、消え入るように小さく、小夜子は、うなずいたのだ。
「そう、よく聞きわけてくれたわね」
朱美は、小夜子の艶々したウェーブのかかった黒髪を撫でるようにして、嬉しそうにいう。その瞬間、小夜子は、たまらなくなったように、朱美の肩に顔を埋めて、肩を震わせ、哀泣するのだった。
「お願い、笑っちゃ嫌。笑わないで♢♢」
好何にも女らしい、そうした仕草をする小夜子に、朱美は、ぞくぞくと嬉しくなり、小夜子の透き通るばかりに白い背中を優しく、いたわるようにさすりながら、
「いいのよ、小夜子、そんなに泣かなくたって。お姉さんがついてるじゃないの」
などと気もそぞろになって、いっている。
銀子と悦子は、そんな朱美を、いい気なものだと笑いながら、最初からの予定通り、この牢舎の入口近くに隠しておいた一尺ばかりの鉄ぐい二本とハンマーを取り出して来た。
そして、一本の鎖に全身を支えられている小夜子のぴったり閉じ合わせている肢の左右にかなりの間隔をおいて、その二本の銑ぐいをハンマーを使って土間へ打ち込み始めたのだ。
その音に、朱美の肩に顔を埋めていた小夜子は、ふと眼を開く。
足下に打ちこまれている不気味な鉄棒を見て、小夜子は、おろおろした表情で朱美の頼を見た。
「フフフ、何もそんなに怖がらなくてもいいわよ、小夜子。だって、男の子のようにしたはうが、やりいいじゃないの」
朱美は、ひきつったような顔つきになった小夜子をのぞきこむようにして、片頬を歪めて笑った。
銀子と悦子は、手に皮紐を持ち合い、右と左に分かれて、鉄ぐいの傍にしゃがみこんでいる。
「小夜子、さ、勇気を出して」
朱美は、茫然自失したような小夜子に対して、こういい、
「それ位の事が出来ないようじゃ、立派なスターにはなれないわよ。あんたのお師匠さんの静子夫人のしていることにくらべりゃ、こんなもの、どうってことはないじゃない」
と、続けるのだ。
小夜子は、何かいおうとして、朱美の方へ一種凄惨な表情を向けたが、急に唇を噛み、眼をかたく閉ざした。
「わかったわ。貴女達は小夜子に、死ぬ程、恥ずかしい想いをさせたい、というのね」
小夜子は、正面に顔を向け、彫像のように冷厳な表情になって、眼を閉じたまま、口を開くのである。
銀子が、せせら笑うようにいう。
「ま、てっとり早くいえば、そういう事ね。なかなか頭がいいじゃないの」
小夜子は、それが、これらの悪女達に対する反抗だと、悲しく心に決したのであろう。再び、胸をついて溢れ出そうになる号泣を必死にこらえながら、静かに始めたのだ。
「そうそう、その調子」
「待ってました」
銀子と悦子は盛んに黄色い声を出し、捨鉢になった小夜子を椰揄しまくるのである。
「そら、顔を出した、顔を出した」
銀子と悦子は、キャッキャッ笑い、小夜子は、激烈な屈辱を覚えて、うっと肢を踏みしめる。
「あら、どうしたの、小夜子。さ、恥ずかしがらずに、もう少しじゃないの」
朱美が、紅生萎のように真っ赤になっている小夜子を元気づけるように、ポンポン肩を叩くのであった。、
探窓に生まれ育った小夜子の適度に冷たく適度に暖かそうな雪白の美肌が、二つに割り裂かれたような大胆な、そして、息苦しいばかりに官能的な姿態を組んでいる。ズベ公達は、そんな美女の前へ廻ったり、後ろへ廻ったりして、溜息をつくように、飽かずに眺めているのだ。
小夜子は、そんな、あられもない、気が狂うばかりの恥ずかしい姿態に縛り上げられて、かえって、胆がすわってしまったのか、むしろすっかり観念したよう、さほどの、ためらいも恥ずかしさも見せず、ズベ公達の環視にすっかり身を任せている。時々、ウッ、ウウッ、と声にならない声を出して、筋肉をブルブル震わせるのは、いよいよ尿意が限界に来たことを示すものであった。
やがて、ズベ公三人は、クスクス笑いながら、揃って、身をかがめ、小夜子の一番辛く感ずるであろうそれを凝視し始め、そして、あらわに、彼女達の好奇の眼に、ほんのりとのぞかせてしまっている可憐なばかりに可愛い、それに対する批評までするのであったが、小夜子は、生の魚が臓物をさらけ出して料理されるのを待つように、もう恥ずかしさも口惜しさもなく、あるのは、全身に突き上げて来る激しい生理の苦悩だけであった。
急に、小夜子は、
「ねえ! …お、お願い」
と、催促するような甘い声を出す。
朱美は、それを待っていたように銀子と悦子に何か小声でささやいて花瓶を渡すと、のっそり立ち上って、もどかしげに、首や肩を揺すっている小夜子の頬にぴったり自分の頬を当てがった。
「小夜子、いいわね。お姉様とキッスするのよ。銀子姐さんと悦子が小夜子に花瓶を当てるからね。そうしたら、小夜子は、お姉様の舌を吸いながら、花瓶の中へ♢♢わかったわね」
小夜子は、何か幻でも見るような朱美の顔へ、うっとりした視線を向け、初々しい羞じらいをこめて、そっとうなずく。
朱美は、片手を小夜子のきらめくように白い、柔らかい肩に廻し、片手を上下の縄のかけられた柔らかい、美しい盛り上りの上に乗せる。小夜子は近づいて来た朱美の唇に、そうと花びらのような唇を当てがい、軽く瞑目したまま、ゆるやかに、すり合わせた。
第四十二章 鈴と縄の調ベ
鈴と縄
「ずいぶんと溜っていたものね」
銀子と悦子は、花瓶の中をのぞき込みながら、クスクス笑い合い、どつこいしょ、と、それを置いた。
小夜子は打ちひしがれたように首を垂れ、かたく眼を閉じ合わせている。
もう自分は人間ではないのだ、もっと、汚れるだけ汚れ、落ちるだけ落ちていけばいいといった、屈辱の極致から一種の倒錯思想が生まれ出し、小夜子は、一切の人間感情を投げ捨てたように肉体を堂々と晒している。
「お姉様とキッスしながら、シャーとやるなんて、いい気なもんね」
銀子と悦子は、煙草の火をつけ合いながら笑いつづけている。
小夜子は、うっとくすぐったそうに眉を寄せ、美しい顔をしかめて、後ろへねじ曲げる。
執拗な位に朱美は、陶然とした面持で、小夜子の赤らんだ美しい容貌を眺めるのであった。
「ね、小夜子。何の苦労もなく、象牙の箱の中で育ったようなあんたにゃ、これからの調教はさぞ辛いことだと思うけど、それが、あんたの運命なのよ。もう逃げられっこないわ。だから、もう昔の事はすっかり忘れて、立派なスターになって頂戴ね」
朱美が、そんな事をいって、小夜子の可愛い臍を指でつついた時、地下の階段を誰かが降りてくる足音がする。
それは鬼源であった。
「どうかね」
鬼源は、牢舎の格子から、ちょいと中をのぞきこんで、ニヤリと口元を歪め、戸を開けて入って来た。
小夜子は、鬼源の出歯をむき出した醜悪な顔をふと見て、ぞっとしたように一層、深く首を垂れるのだったが、悦子が、そんな小夜子を面白そうに横眼で眺めつつ、鬼源にいった。
「大分、このお嬢さん、ここの空気に馴れてきたようなのよ、鬼源さん。これからは、心を入れ変えて、鬼源さんの調教を受けます、と今、誓ったところなの。一つ、しっかり、教育してあげて下さいな」
唇を噛みしめている小夜子の閉じた眼から熱い涙が、一筋二筋、白い頬を伝わって流れ落ちる。
「そうかい。じゃ、早速、午後からでも調教に入るとするか」
鬼源は、小夜子の前へ来て、
「成程、タテションのお稽古をつけてもらったのかい」
と、花瓶の中をちらっと見ていい、小腰をかがめて、
「へへえ、このお嬢さん、思ったよりいいなにをしているじゃねえか。こいつは仕込み甲斐がありそうだぜ」
鬼源は、そんな事をいいながら、小夜子のそれを眼を細めて凝視するのであった。
「いいか、お嬢さん。おめえは他の別嬪さんより大分、調教が遅れているんだ。少しピッチを上げて、皆んなに追いつかにゃならねえ。女になったばかりで、ちとかわいそうだが、今夜から調教開始だ。いいな」
鬼源は、そういって立ち上ると小夜子の顎に手をかけて、そらせている美しい顔を自分の方へ向けさせる。そして、涙にキラキラ光る小夜子の黒眼をのぞきこむようにしながら、
「おめえが、どこの御令嬢か、俺にゃそんなこと、何の関係もねえ。パン助くずれを仕込むような方法で、徹底的な調教をするつもりだ。おめえも、それだけの覚悟をしてくれねえと困るぜ」
小夜子は、鬼源に、肩を揺すられて、空虚な瞳をぼんやり前に向ける。その虚脱したような小夜子の表情には、もうどうにでも好きなようにするがいいわ、といった諦めが現われていた。
「ね、もし、コンビを組ませるなら、やっぱり静子夫人が面白いじゃないの」
静子夫人は小夜子の踊りの師匠であり、捕われの美女の中では、ベテラン級であるから、小夜子を巧く、優しくリードすると思うよ、とズベ公達はいうのである。
「俺もそう考えてたんだ。静子夫人に小夜子の調教をさせ、ショー出演の時は京子と小夜子をコンビにする。これが面白いと思うぜ」
まず、文夫と美津子の青春コンビが、黒と白の実演を展開したあと、この二人の姉である小夜子と京子が、若いカップルに負けず劣らずの白と白との大接戦を演じるというのは筋の立った面白さだと鬼源はいう。
文夫の姉と美津子の姉の対決というのが気に入って、ズベ公達は手を叩いて喜んだ。
「わかったわね、小夜子。貴女は、これから静子夫人にお稽古をつけて貰い、ショーの出演の時は、美津子の姉の寮子嬢とコンビを組むわけよ。しっかりやってね」
悦子が、小夜子の近くへ寄り、小夜子の耳元に、そんな事を吹きこんでいる。
小夜子は意志を喪失した人間のよう軽く瞑目したまま、身じろぎもしなかった。
さてと鬼源は、腕時計に眼をやって、
「小夜子の調教は午後二時頃から始めるかな。それまで、休ませておきな」
といい、牢舎から出て行こうとする。
「ちょっと、鬼源さん、今夜から、ショーが始まるんでしょ。それに、このお嬢さんも早速、出演させる気なの」
と銀子が聞く。
「当り前よ。だが、プレイの方はニ、三日、調教をつまなきゃ無理だからな。今夜は、ほんの顔見せだけだ。まあ、浣腸責めぐらいってとこかな」
といって、鬼源は、牢舎から外へ出、
「だから、ケツの方の掃除でもよくしといてやんな」
と笑いながら、階段を上って行く。
「成程ね。浣腸なら、別に調教を受けなくたって出来るものね」
悦子は、クスクス笑って、小夜子の白い尻を指ではじくのだった。
「それじゃ、小夜子、二時になったら、お迎えに来るわ。それまで、ここでおとなしくしているのよ」
朱美は、そういって、悦子の方に眼くばせし、小夜子の足首にかけられている皮紐を解きにかかる。
ようやく、両肢の自由を得た小夜子は、腿と腿とをぴったりと閉じ合わせて、小さく、消え入るように首を垂れるのだが、悦子は、ニヤニヤしながら、紙袋の中より、ピンクと白のだんだら模様になった長い絹紐を取り出した。どういうわけか、その絹紐の中程に、親指大の鈴と小指大の鈴が取りつけられていて、それは、紐を滑り軸として、自由に上下へ動かし得るようになっている。
「どう、ずいぶんと色っぽい紐でしょう。ピンクのしごきと、白いしごきを裂いて、ねじり合わせて作ったものなのよ。小夜子のためにね」
悦子は、そういって、鈴つきの紐を小夜子の眼の前へ近づけ、チリチリと鈴を鳴らしてみせる。
「この鈴が、何故ついているのか、わかる? フフフ」
悦子は、ぼんやりと、それに眼を向けた小夜子の横顔を楽しそうに見て、
「これはね、小夜子用の紐なのよ。そういえばわかるでしょ。朱美姐さん達と一晩寝ずに考えた発明品なの」
銀子も朱美も笑い出す。
「それじゃ、今、ぴったりと、これを緊めてあげるから、感想を聞かせてね」
小夜子は、はっと我に返ったように、力を入れて、腿と腿とを密着させ、それを頑強にこばむのだった。
「な、何をするのですっ」
小夜子は、今にも号泣しそうな、ひきつった表情で、三人のズベ公を見下ろしている。
肢の間へ通そうとする絹紐に、鈴が取りつけられている意味も、小夜子は、おぼろげながらわかったが、あまりにも、悪どいズベ公達のいたぶりに、ぴったり閉じ合わせた腿のあたりがブルブル震え出すのであった。
「今更、恥ずかしがるなんて、おかしいじゃないの。さ、お嬢さん。少し…」
「嫌、嫌」
小夜子は、すすり上げながら、首を左右に振り、
「もう、もうこれ以上、いじめないで、後生です」
と、むつかしい顔をして、上を見上げている朱美に向かって、哀願するのだった。
「何いってんのよ。こんなもの恥ずかしがっていたら、これからの鬼源さんの調教なんて、受けられないじゃないの」
朱美がそういうと、悦子が続いて、
「あたい達はね、これでも、あんたを一人前のスターに仕上げようとして、努力してるつもりなんだよ。いつまでも、メソメソすんのは、大嫌いさ。こっちゃ気が短い方なんだからね」
と、これ以上、手数をかけると、只じゃおかないわよ、という語気で、柔らかい髪の毛をぐいとひっぱるのだった。
「わ、わかったわ」
小夜子は、幾筋もの涙を流しつつ、キリキリ、心に決意したようだった。
「そうそう、そういう風に素直にならなきゃ駄目よ」
「変だわ。少し、大き過ぎたかしら」
「そんな事ないわよ。それ位のものが、……」
銀子は笑いながら、悦子に手をかしたが、
「駄目ね、このお嬢さんが固くなり過ぎてんのよ」
仕方がないな、と朱美は立ち上り、真珠のように美しい歯をキリキリ噛みしめ、この屈辱を必死にこらえている小夜子をニヤニヤ眺めながら、背後に廻る。
縄に上下をかたく緊めあげられている小夜子のふっくらした白い二つの隆起に、朱美の両手が覆いかぶさる。
「あ、ああ♢♢」
小夜子は、うっと顔を後ろへ切なげにのけぞらせ、象牙色の艶やかな首すじを、はっきりと浮き立たせるのだった。
小夜子が、口を半開きにし、熱い吐息を吐き出すのを見た朱美は、小夜子の熱い頬に自分の頬を押し当てつつ銀子の方を見下ろし、
「ねえ、ちょっと、…やってよ」
「あいよ」
銀子と悦子は、二人がかりで始めた。
「ほんとに、このお嬢さんたら、顔に似合わず、おませさんなのね。すごいわよ」
「フン、さっきは、あれ程、嫌がったのに、何よ。今度は自分の方から、出したりしてさ」
銀子と悦子のそうした笑い声が耳に入ったのだろう。小夜子は、上気した顔を左右へ振りながら、思わず、両肢を閉ざし出すのである。
「それ位でいいだろう。縄をかけてみてよ」
朱美に声をかけられて、銀子と悦子は、あいよと再び、だんだら紐を取り上げた。そして、二人のズベ公は顔を見合わせて、含み笑いしながら、小夜子をじらさせてやろうという悪計を立てたのである。
わざと上の方へ押し立ててみたり、周囲を這い廻すようにして、鈴の音をチリチリ鳴らさせるのだ。
「おかしいわ」
「変だわね」、銀子と悦子は、吹き出しそうになるのをこらえながら、肌に鈴をすりつけている。
哀れにも、小夜子は、敵の術中にはまってしまったのである。じれったいような、やり切れないような、「ねえ—」と訴えるような甘い声を出した。
「どうしたの、小夜子」
朱美も、含み笑いしながら、小夜子の紅潮した頬に自分の頬を当てて、銀子達の方を見下ろす。
「銀子姐さん。そんなに、じらしちゃかわいそうよ。しっかり、縄をかけてやってよ」
「だって、なかなかうまい具合にいかないんだよ」
小夜子は、たまりかねたように、激しく首を左右に振り出して、
「ち、ちがうわ」
ズベ公達は、キャッキャッ笑いこける。
「じゃ、どこなのよ、小夜子。銀子姐さんに教えてあげればいいじゃないの」一
朱美は、小夜子の熱い耳たぶに口を寄せ、小さな声で、ささやくのだった。
小夜子は、甘美な、絹糸のように細かいすすり泣きをしながら、魂も消えるような小さい声で、
「♢♢も、も少し、下の万♢♢」
そして、小夜子は、死ぬよりも辛い恥ずかしさに気が顛倒してしまったよう、朱美の頬へ、狂ったように頬をすり合わせる。
「わかったよ」
銀子と悦子は、後ろの方へ廻ると力一杯、紐を引き絞る。
「あ、ああ♢♢」
小夜子は、再び、大きく首をのけぞらせ、歯ぎしりをする。
「駄目よ。見えなくなるまで、引っ張ってよ」
銀子は、悦子に声をかける。
小夜子は、上の空のような力のない瞳を薄く開けて、ぼんやり前方を眺めている。
冷やかなうちにも、如何にも大家の令嬢らしい柔らかい気品のあった小夜予の容貌にこれまでに見られなかった女らしい色っぽさがにじみ出て来た感がする。
「次は、お尻の方ね」
小夜子は、生殺与奪の権利を一切、ズベ公に任せてしまったよう何の抵抗もしなかった。
ようやく、腰へ縄止めをし、三人のズベ公は、自分達の仕事の出来を点検するかのように、小夜子の周囲をぐるぐる廻り、その前や後を腰をかがめて、観察するのだった。
「ね、悦子、鏡を持って来てよ」
朱美にいわれて、あいよ、と悦子は、ブラッシを朱美に渡し、牢舎の外へ出て行った。
悦子に代って、朱美が小夜子の前に腰をかけて、優しくブラッシを使い始める。 小夜子は、線の美しい繊細な鼻を上向き加減にし、うっとりと眼を閉ざしたまま、身じろぎもせず、朱美の使うブラッシを甘受しているのだった。
悦子の運んで来たのは、下に車輪のついている大きな立鏡であった。牢舎の入口でそれを横倒しにし、銀子と朱美も手伝って、中へ運び入れると、小夜子の前へ、どっこいしょ、と配置するのである。
眼の前へ、等身大の立鏡が置かれたことに気づいた小夜子は、さすがに動揺して、朱に染まった美しい顔をねじ曲げるようにして、そらせたが、朱美が、小夜子の横へ寄り添うように立ち、小夜子の顎に手をかける。
「自分の美しい身体を観賞させてあげようというのじゃないの。さ、見るのよ」
朱美は、指先に力を入れて、小夜子の顔を正面にすえつけようとする。
小夜子は、自分のそんなみじめな姿を見る勇気はなく、顔を前へ向けても、頑なに、眼を閉じ合わすのだった。
「見るんだよっ。あたい達のいうことにゃ絶対服従するんだ。何時までもお嬢さんぶっていると承知しないからね」
悦子と銀子も、小夜子の横に立ち、ミルク色の小夜子の肩をつねりあげてどなりだす。
小夜子は、もう、これ等のズベ公に抗らう気力もなく、そっと瞳を開けて、鏡の中に映る自分のおぞましい姿に、視線を向けるのだった。
小夜子の、そうした物悲しげな瞳をズベ公達は楽しそうに見つめている。
鏡に見入っている小夜子の美しい瞼の線から、屈辱のにがい涙があふれ出した。
何という浅ましい姿であろう。小夜子は耐えられない気持になってハッと視線をそらせてしまったが、
「勝手に眼をそらしちゃ駄目よ」
銀子と悦子が、再び、小夜子の顎に手をかけて、正面に戻してしまう。
「フフフ。だけど、お嬢さん、あれだけの鈴を、そら、影も形も見えないわよ」
小夜子は、かたく口を噤んだまま、涙に光る美しい黒眼を、ぼんやり鏡の中に向けているのだった。
「ね、黙っていちゃわからないのよ。鈴をお腹に入れた感想を聞かせてよ。ねえったら」
悦子は、腰を低めて、その部分を手で軽く叩きながらいうのだった。
「そんなに、いじめちゃかわいそうよ」
と、朱美が、悦子を制し、
「ねえ、小夜子。あたい達が、貴女にこんなことをするっていうのは、貴女が憎いからじゃないのよ。鬼源さんに、これから毎日受ける調教を苦痛に感じさせないよう、貴女の身体を鍛えてあげているのだからね。恨みに思っちゃ駄目よ」
と、小夜子の頬に伝わる涙をハンカチで拭きとりながら、朱美は、妙に優しく、甘ったるい声を出すのであった。
「わかるわね、小夜子」
朱美は、小夜子の辛うじて号泣を耐えているような、美しい顔をのぞきこんでいい、も一度、念を押すように、今度は少し、語気を強めて、
「黙っていちゃ、わからないわよ。わかったのね」小夜子は、一抹の憂いを層びた美しい瞳に弱々しい羞恥の感情をねっとりと浮かべ、
「♢♢わかりましたわ」
と、小さく、ささやくような声を出したのである。
もう小夜子にあるものは、失われた感情だけであり、これらのズベ公に抗らおうとする意志も気力も、完全に喪失してしまったのである。
「そう。それで、安心したわ。よくいってくれたわね、小夜子」
朱美は、煙草をとって、口にし、火をつけると、
「どう、一服しない」
と、口の煙草を指でとって、小夜子の口元へ持ってゆく。
小夜子は気弱な視線を朱美の顔へ向けながら、小さく首を振った。
「あら、煙草は喫えないというの。隠さなくてもいいじゃない。貴女のハンドバッグの中には、外国の高級煙草が入っていたわよ」
小夜子は、銀座のナイトクラブへ、友達と遊びに行った時など、時間つなぎに、時たま一本か二本、煙草を口にすることがあった。
「さ、遠慮しなくてもいいわよ。ま、一服するがいいわ」
朱美は、顔をそらせようとする小夜子の首を抱えるようにして、煙草を無理やり咥えさせてしまう。
「フフフ、美しいお嬢さんが煙草をお吸いになってるわ」
悦子がニヤニヤして、煙草を咥えている小夜子を眺めていたが、
「このお嬢さんが、ここで煙草を喫えるようになるのは何時頃だろうね。銀子姐さん」
と、それを指さしながら笑いかけるのだった。
「さあね。鬼源さんの調教と、お嬢さんの努力次第さ」
銀子は腕時計を見て、
「鬼源さんの調教が始まるまで、まだ一時間はあるわ。じゃ、あたい達、一旦、引き揚げようか、朱美」
「駄目よ。小夜子をここへ一人で一時間もおくのはかわいそうじゃないの」
朱美は、小夜子の口から、ようやく、煙草を抜き取り、鼻と口から、かすかに煙を吐き出しつつ、美しい眉を曇らせている小夜子に、
「駄目よ、小夜子。私達がよしというまで鏡から眼をそらさないで」
小夜子は、柔順に、再び、気弱な眼差しを鏡に向ける。
朱美は、いたずらっぽい微笑を口元に浮かべつつ、
「ね、小夜子。あと一時間すれば、貴女、いよいよ調教室入りね。そして、鬼源さんの初の調教を受けるわけだけど、何しろ、貴女にとっちゃ初めての稽古だけに、私達としてもちょっと不安なのよ。わかる?」
一体、何を考え、何を言わんとしているのか小夜子は、何か魂胆ありげにネチネチと追ってくる朱美が総毛立つほど恐ろしかった。
どうとも好きなようにするがいいわ、と半ば、捨鉢になり、自分の身体も命までも、これらの悪女達の手中に委ねてしまった小夜子であったが、ともすれば、自分の神経が狂い出すのではないかと思う程、ズベ公達のいたぶりは骨身にこたえるのである。
朱美が、何か意味ありげに、そうした事を小夜子の耳元で、ネチネチ語りつづけている間でも、銀子と悦子は、幾度となく身をかがめ深く沈んだ。そしてたしかめるようにしながら、クスクス笑い合っている。小夜子が視線を向けている鏡は、はっきりとそれを映し出して、小夜子は、舌でも噛み切りたいような狂おしい思いになるのだった。
だが、一方、今の小夜子には、当然起こるべき加害者に対する怒り、呪い、というものが、激しく全身にこみ上らず、ただ、涙を流すのみで、金持の令嬢にあり勝ちな気性の強さというものを完全に喪失してしまっているのは、やはり、一本の鈴縄の故であろう。それは小夜子自身に女の弱さというものを、はっきり知覚させたのである。
それで、のっそり立ち上った悦子が、朱美の言葉を引き継ぐようにして、
「でもさ、この小夜子嬢にとって、今日の調教が辛いってことはないわよ、朱美姐さん、お師匠様にあたるあの美しい静子夫人と思い切りお尻が振り合えるのじゃないの。本当は、早く調教室へ入りたくて、うずうずしているのよ。ね、そうでしょ。お嬢さん」
と、いいながら、小夜子の頬を指でつついても、小夜子は、ただ、熱い涙を流すだけで鏡の中の哀れな自分の姿を、ぼんやりと見つめているだけであった。
「だからさ。あたい達としても、小夜子にお尻の振り方ぐらい教えておいた方がいいと思うのよ。静子夫人に負けるのは癪じゃない。あたいは小夜子側のコーチとして、応援するわ」
そんな事を悦子がいい出したので、成程、コーチとは愉快ね、と銀子も朱美も吹き出した。
「いいわね、小夜子。これから一時間、尻振りダンスのお稽古よ。この鏡に映る自分の姿を静子夫人だと思って、ぐいぐい♢♢を突き出すのよ」
銀子は、そういって、笑いこけた。
「じゃ、鏡をもっと、小夜子の前に近づけてよ」
朱美がいったので、悦子は、オーケーと、ガラガラ鏡を引っぱり出し、小夜子が肢を上げれは、とどきそうな位置に配置させる。
そして、三人のズベ公は、何か意味ありげに小夜子の下半身に、ふと眼をやり、ニヤリと口元を歪めた。だんだら紐と、鈴の効果が威力を発揮するのはこれからで、それを小夜子は、どのように感じ取り、狼狽するか、それが何よりも大きな興味であったのだ。
「さ、小夜子、始めてごらん。最初は、ゆっくりと前へ押し出し、ゆっくり後へひく。これを何回もくり返すのよ」
朱美は、耐え切れなくなったように、遂に鏡から顔をそらせ、肩を震わせて号泣し始めた小夜子の艶やかな首すじを優しく撫でさすりながら、
「さ、元気を出して。そんなにメソメソしちゃ駄目じゃないの。あと一時間後には、貴女は本格的な調教を受けなきゃならないのよ」
こっちは、あんたのためを思って、こんな事をしてやるんだぜ、と悦子は腹立たしげにぴしゃりと小夜子の尻をぶつ。
小夜子は、涙を振り払うようにして、遂に決心したのか、悲痛な表情になって、前の鏡に顔を向けた。
「いいかい。足は動かさず、これを前に突き出すんだよ。最初は少し手伝ってあげるよ」
と、銀子と悦子は、
「一、二、一、二」
と、掛け声をかける。
「あっ、嫌、嫌」
突然、小夜子は、顔も首すじも燃えるように赤くして、その行為を止めようとするのだ。そうはさせじとばかり、銀子と悦子は、小夜子を揺り動かせながら、
「どうしたのよ、小夜子」
「待、待って」
「今更、何いってんのよ。おかしなお嬢さんね」
銀子と悦子は顔を見合わせ、北叟笑む。
「♢♢だって、だって、す、鈴が♢♢ああ、許して」
前へ押し出され、後ろへ戻される度に、一本の紐は、上下へ伸縮し始めている。小夜子が狼狽するのは当然だが、もともとそれが狙いであっただけに朱美は、とぼけたような顔つきでいう。
「馬鹿ねえ、小夜子。それを鍛えるために、今、トレーニングしてるのじゃないの。何時か社長もいってたけど、貴女の今まで身につけたピアノとか音楽とか、そんな教養は、ここじゃ何の役にも、立たないのよ。ここで一番、大事なのは貴女の♢♢。フフフ、それを商売ものとして通用させるべく徹底的に磨きあげるのが鬼源さんの仕事というわけよ。わかったわね、小夜子」
美しいウェーブのかかった黒髪を左右に振ったり、泣きじゃくったりしていた小夜子であったが、「一、二、一、二」と、得体の知れない魔風に煽られ、巻きこまれ出したよう、自分の方から、ふと積極的になり始めたようだ。
もうこれ以外、救われる道がない、といったような捨鉢な気持と同時に、ズベ公達に仕掛けられた小細工に、口惜しくも、哀しいばかりに女の本能をかき立てられたのである。
それを敏感に感知した銀子と悦子は、小夜子の身体より手を離し、
「あとは一人でやるのよ。そうそう、その調子」
そして、ジーパンから細い皮バンドを抜きとって、少しでも、小夜子の腰の運動がひるむとピシリとムチ打つのだった。
「もっと、大きく振るのよ。押し出す時には、うんと胸を張って、そうそう、なかなか、うまくなったわよ、小夜子」
朱美は、手を叩いて笑いだす。
小夜子は、自ら、自分を傷つけるように、二人の悪女の見守る中で、狂おしく身体を揺すりつづけるのであった。
激しい活動につれて、緊めつけ、すりつけ、その度、小夜子の甘美なすすり泣きは、一段と激しいものになる。
後手にきびしく縛りあげた女に、自分を自分で楽しませる方法がある。これは、ズベ公達にとっても、一つの面白い発見であった。
朱美も、小夜子のそうした状態を眺めているうち、何かにとり憑かれた不思議な気分になって、好奇の眼を光らせるのであった。そして、そのあまりにも激しい小夜子の感受性に眼を見はったのである。強制されて演じたとはいえ、異常なばかりであり、これだけの若さで、しかも、金持の美人令嬢が、このように敏感な感能力を持つというのは何か信じ難いような気持にもなる。
これだけの粘りのある吸引力を持つ娘なれば、たしかに、静子夫人につぐスターになるに違いない。そんな風に朱美は感じた。と同時に、
「ひょっとすると……」
まさか、昨日、女になったばかりの、しかも深窓育ちの令嬢が♢♢と思うものの、素質があるという風にも感じとれる。
「いいわよ。小夜子、それ位で」
朱美の声に、小夜子は、ようやく動きを停止した。同時に小夜子は、強要されたとはいえ、今まで自分が演じた魂も凍るばかりに恥ずかしい行為♢♢それに対する情けなさや嘲りとで、さっと顔を横に伏せ、声をあげて泣きじゃくるのである。
朱美は、銀子と悦子の耳元に何か小声でささやいている。
「まさか、この御令嬢が。フフフ」
銀子と悦子の視線は、小夜子のそれに向けられる。
「もし、そうだとすると、大した掘出し物だわね」
悦子はそういいながら、紙袋の中から、もう一つの鈴を取り出した。
「これは静子夫人用にしようと思って用意していたんだけど、じゃ、この大きい方を使って、も一度、テストしてみようか」
「そうね」
銀子と悦子は、号泣しつづけている小夜子の左右へ寄り、素早い動作で、腰紐をほどき始める。
「まあ、嫌ね、このお嬢さんったら」
悦子と銀子は、呆れたように顔を見合わせながら、
「今度は、も少し、大きいのと交換よ」
使用済のものをほうり出し、夫人用のものを紐にとりつけ出すのである。
激しくむせび泣きながら、ふと、それに気づいた小夜子は、反射的に顔を横へそむけ、わっとばかりに肩を慄わせて泣き始める。
「ま、まだまだそんなことしなきゃならないの。ああ、いっそ、いっそ、殺して!」
小夜子は、全身を慄わせてわめき出すのだった。
幾度となく、自分の意志を裏切った悲しい女の生理を、これらのズベ公達に目撃されねばならぬ口惜しさが突風のように小夜子の胸を襲ったのである。
そんなことは意に介さず、紐に取りつけた鈴をチリチリ鳴らした悦子は、
「何いってんの。そら、今度は、こんなに大きいのよ。内心は、ぞくぞくする程、喜んでいるんでしょう」
「嫌っ、嫌です!」
先程までの観念し切った柔順さとはまるで逆に再び、鈴紐を前に見せられて、小夜子は逆上したように泣き悶えるのであった。一旦の休止で、今まで喪失していた自意職が、ふと、蘇ったのだろう。
突然、小夜子の頬へぴしゃりと平手打ちがとんだ。
朱美が険しい顔つきで何時のまにか小夜子の前に立っている。
「あんまりつけ上ると、いくら私だって容赦はしないわよ!」
威圧の意味で、更にもう一発、小夜子の顔をぶった朱美は、
「はっきり言ったげるわ。小夜子はね、ひょっとすると男達を有頂点にするかも知れないのよ。だから、私達が念入りにテストして、鬼源さんに報告しようと思っているのさ。もし、本当にそうだったら、色々と面白い調教の方法があるからね」
勿論、小夜子には、朱美のいう言葉の意味がわかる筈はないが、朱美に激しい平手打ちを受けた途端、一切の反抗心が小夜子の魂から、はじけ飛んでしまったのだ。
美しい横顔を見せて、小さくすすり泣く小夜子を見て、朱美は、今度は妙に優しい口調になり、
「ひっぱたいたりして悪かったわ。でも、何度もいうようだけど、これだけはよく覚えておいてね。貴女は、もう村瀬宝石商会の御令嬢じゃないのよ。今夜にでも、お客の前で、裸踊りや果物切りなんかをするかも知れない森田組の商品なのよ。私達は鬼源さんの助手で、貴女の調教師の一人よ。わかったわね」
「わ、わかりました」
小夜子は、自分に締めと覚悟をいい聞かせる気で、可憐なぐらいに柔順にうなずいたのである。
「じゃ、さっきのように縄をかけるわよ。いいわね」
朱美が、意地悪く念を押すようにいうと、小夜子は、消え入るように、小さくうなずいて、燃えたつように熱くなった美しい顔をそっと正面に向け、観念しきったように瞼を閉じ合わせるのであった。
朱美の眼くばせを受けた銀子と悦子は、まるで芸者の着せかえを手伝うような調子で、小夜子の左右に上体をかがめ、
「少し大きいかもしれないけど、気にしちゃ駄目よ、小夜子」
「さて、これからがテストよ。上げてごらん」
小夜子は、はっとしたように一層、顔を赤らめて、モジモジいざるように腰をひく。
「駄目よ、恥ずかしがってちゃ。努力してみるのよ」
小夜子の腰の双丘に、悦子と銀子の手がかかり、ゆるやかに動かし始める。朱美が、それを押しつける。
「ああ、駄目。出来ないわっ」
小夜子は、額に脂汗を流し、狂おしげに首を振ったが、
「がんばるのよ、小夜子。そら、もっと…」
遂に小夜子は、ねっとり脂汗を浮かべて、必死に取り組み出す。
大家の御令嬢が人間ポンプになるべく大奮闘している。そのおかしさに、悦子は、何か口に出そうとしたが、朱美と銀子の見つめる眼つきの真剣さに驚いて、
「そら、もう少しよ、小夜子」
と、再び、悦子も双丘に手をかけながら、声をかけるのだった。
遂に小夜子は、持ち上げ、そしてズベ公達に声をかけられながら、激しく全身を躍動させるのである。
激烈な痛みと激烈な快さが瞬時にして、同時に小夜子の体内を突き走り、小夜子は傷ついた獣のようにうめき、歯を噛み鳴らした。
「よくやったわ、小夜子」
朱美が肩を軽く叩いてほめた。
「やれるものねえ」
銀子は半ば感嘆したように呟いて、しげしげと見つめるのだった。
朱美は、小夜子の運動を休止させると、
「さ、落っこちないように早く縄をかけて」
と悦子に声をかける。
悦子は、小夜子の後ろへ廻り、キリキリと紐をたぐりあげた。
「早速、このことを、鬼源さんに報告しなきゃあ」
銀子と朱美は、額にこまかい汗の粒を浮かべ、肩で息づく小夜子を頼もしげに眺めるのだった。
第四十三章 シスターボーイ
二人のシスターボーイ
関口一家、熊沢組等を筆頭に、回状を受け取った暴力団の親分、幹部連が、その日の午後、続々と田代の屋敷へ乗りこんで来た。
岩崎親分に対する型通りの挨拶がすむと、こうした渡世人達は、二間をぶっ通した賭場に揃って入場する。
張りつめた空気が漲り、やがて、丁、半、の鋭い掛け声。小一時間もすると、賭場は俄然、活気を帯び出した。
こうした賭場の膳立はしても、賭場そのものには興味のない津村義雄は、二階のホーム酒場に浸りきり、川田と吉沢を相手にして、ウイスキーを飲んでいた。
義雄にとっては、その日飲むウイスキーの味は格別であった。長年思い焦がれた小夜子を遂に屈服させ、報復に成功し、その上、いわば恩人であった岩崎親分に絶世の美女を提供し、充分に満足させ得たのであるから。
川田は卑屈な笑顔を作り、義雄のグラスにウイスキーを注ぎながらいった。
「おかげ様で、今日の賭場開きは大成功でしたよ。田代社長も森田親分も、ニコニコ顔でさあ。ところで、あの御令嬢なんですが、この道のスターとして磨きをかけてもいいんですかい」
義雄が長年思いつめていた女であるだけに何なら少し手加減を加えましょうか、というような意味で川田はいったのだが、義雄は首を振った。
「手加減なんか加える必要はないね。他のスターと同じよう鬼源さんの徹底した調教を受けさせてやってほしいんだよ。何も、元、御令嬢だからって、気兼ねすることはないさ。僕の本格的な復讐は、これからなんだからね。小夜子がここで一日一日成長してゆくことを僕は楽しみにしているんだ」
「へへへ、そういって頂くと、こっちも張り合いがありますよ。だが、津村さんて、見かけによらず、おっかねえ人なんだな」
川田にそういわれて、義雄は頬を歪めて苦笑しながら、
「さし当たって、ニューフェイスの小夜子嬢はどういう調教から始めることになるんだろ」
「そうですね。まず、最初は簡単なものからですよ。鶏のお産ってところでしょうかね」
鶏のお産? と義雄が奇妙な顔をすると、川田は、ニヤニヤ笑いながら、スタンドの上の皿の中から卵を一つとり、指の輪の中へ押し込んで見せる。
「ポトリと産み落とすわけですが、それにしてもあの御令嬢は女になったばかり。初歩の芸当だといっても、よはど鍛えなきゃこいつにしたって、なかなか骨の折れる仕事ですぜ」
ハハハと義雄は大きく口を開いて笑った。
気品のある美しい令嬢が、やくざ連中の見守る中で、卵を産み落として見せる、その場面を想像して、思わず吹き出したのである。
その時、ドアが開いて、井上がのっそり入って来た。
「津村さんに逢いたいって人が二人、見えましたぜ」
井上の後から、ひょこひょこ入って来た奇妙な服装の二人の客を見た義雄は、チェツと舌打ちした。
それは、春太郎、夏次郎という名で通っているシスターボーイであった。義雄は一時、自分をカモフラージュするために容貌まで作り変え、シスターボーイになりきって、あちこちの街を排徊していたことがあったが、その時知り合ったのがこの二人で、彼等は渋谷のゲイバー『ロン』に勤めている。東京へ久しぶりに出て来た義雄は、この昔懐かしい『ロン』で一夜、遊び、酔ったまぎれに「俺はここにいる。一度遊びに来い」といって、田代の屋敷に至るまでの地図を書いて渡したのであった。
「あら、お兄様」
と叫び、二人のシスターボーイは、義雄に飛びついて、キャッキャッと嬉しそうに飛び跳ねるのだ。
二人とも、どぎついアイシャドウを塗り、毛虫のようなつけ睫、大きな金色の耳飾りをぶら下げて、義雄にチャラチャラまといつくのであった。
「どうしたんだよ、お前達」
「あら、どうしたんだよとは御挨拶ね。お兄様が遊びに来いとおっしゃるから、こうして、遠路はるばるやって来たのじゃないの」
義雄は酸っぱい顔をした。秘密の場所になっているここを、つい口をすべらせてこのシスターボーイにしゃべってしまい、傍にいる川田や吉沢達に対しても何となくバツが悪かった。
「いいか、お前達。ここを他の者に絶対口外するんじゃないぞ。そうでなきゃ、大変な事になるからな」
と、シスターボーイ二人を睨みつける。
「わかってるわよ。でも、ここ、随分と大きなお屋敷ね。たまげちゃったわ」
二人は、キョロキョロ部屋の中を見廻しながら、義雄をはさむようにして、スタンドに坐り、臨時のバーテンをしているチンピラの竹田に、
「ねえ、ハイボール頂戴よ」と注文するのであった。
「津村さんも、中々、変った趣味を持っていますね」
と川田と吉沢は、顔を見合わせてニヤニヤ笑う。義雄も苦笑して、
「まあ、趣味という程のことでもないんだが、この二人のシスターボーイには、昔、色々と厄介になったのでね。今でも、こうして時たま、つき合ってるんだが」
「つまり、こういう連中は」
吉沢が聞いた。
「全然、女にゃ興味はなく、野郎の方にだけ興味を♢♢」
「あら、失礼ね」
春太郎が口をとがらせて吉沢の方を見た。
「そういうのはゲイボーイ。つまり、おかまよ。私達はシスターボーイ、女性的男性ってわけよ。充分、女性を満足させる能力だってありますわ。人並以上よ」
春太郎がすねて見せ、そんな事をいったので、川田も吉沢も笑い出した。
「ね、それより、このお屋敷には、すごい美人が揃ってるということじゃないの。ね、津村さん。そのうちの一人だけでもいいから一寸紹介して頂けないかしら」
「ハハハ、紹介してくれはよかったな」
義雄は、煙草に火をつけながら笑い出したが、ふと、吉沢に視線を向け、
「あんたが女にした女は、かなりの美人だそうだね。どうだろう。一寸、この連中に顔だけでも拝ませてやってくれないか」
「ま、津村さんの頼みとあっちゃ聞かねえわけにゃいくめえ」
吉沢は、コップのビールを一息に飲むと立ち上った。
「美人は美人なんだが、中々のじゃじゃ馬なんだ。亭主の俺をまだ充分に乗せようとしねえ。一つ、皆んなで意見してやってくれよ」
そんな冗談口を叩きながら、吉沢は部屋の外へ出て行く。
数分後、吉沢は、京子を引き立てて部屋へ戻って来た。
「まあ、すごい美人だわ」
春太郎と夏次郎は、吉沢に肩を抱かれるようにして戸口の所に立っている京子の実貌と均整のとれた美しい全身を見た途端、溜息をつくようにして、スタンドから立ち上った。
見事な盛り上りを見せている胸の隆起の上下は麻縄で緊め上げられ、わずかに腰のまわりに手拭を巻きっかせているだけの緊縛された女体というのにも、シスターボーイは驚いたようである。
「俺の女でも、こいつは商売もんだからな。規定として、こういう恰好をさせとかなきゃならねえ。ここだけは、ま、武士の情けだ。隠させてやってくれ」
吉沢は、京子が腰に巻いている日本手拭の上を手で叩いて笑うのだった。
背後から、吉沢の大きな手で、肩を支えられるようにして、直立している京子の、屈辱を噛みしめ、眼を閉ざしている美しい横顔を見た義雄は、おや、と小首をかしげた。どこかで見たことのある顔なのだ。
「まあ、なんて美しい、お姉様」
「すばらしい身体をしているわ」
春太郎と夏次郎は、何かに憑かれたようにフラフラと京子の傍へ近寄って行く。
「おっと、今いったように、この女は、俺の女であって商売もんだ。そう簡単に触ってもらっちゃ困るぜ」
吉沢は、さっと京子の前へ立ちはだかり、近寄って来たシスターボーイを追っ払うようにする。
「これだけの美人のストリップを無料で見たんだ。有難く思いねえ。お触りだけはごめんだぜ」
吉沢は、ニヤニヤ笑っている。
「まあ、ずいぶんとケチね」
二人のシスターボーイは、口をとがらせて吉沢の顔を見たが、すぐに視線を吉沢の背後に立つ京子の方へ向けた。
スラリとよく伸びた肢体、豊かな乳房、はち切れそうな腰から尻にかけての肉づき、そして、官能味をたっぷり湛えた太腿♢♢スタンドから眺める義雄も思わず生唾を呑みこむのである。
「迂闊に近寄ると、この女は、これでも空手二段の腕前なんだぜ。両手はこうして縛ってあっても、この見事な肢が急に跳ね上って、アッパーを喰わされるかも知れねえぜ」
吉沢が、シスターボーイ二人に、そういった時、義雄は、わかった、と口に出して椅子から立ち上った。
「その京子っていう女は、山崎の秘書をやっていた女探偵じゃないかね」
えっと吉沢は義雄を見て、
「なんだ、津村さん、この女を御存知なんですかい」
「ああ、俺の弟が、この女の手にかかって、警察へあげられたことがあるんだ」
ええ? とそれには、川田も驚いた。
二年ばかり前、津村義雄の弟の清次は、不良グループと共に盗んだ車であちこち乗り廻し、時々、若い女性を車中へ引きずり込んでいたずらをするという非行を続けていたが、或る夜、人通りのない道を歩いている女性に目をつけ、車の中へ引きこもうとしたが、運悪くそれは空手二段の腕前を持つ京子で、三人の不良は、またたく間にのされてしまい、警察へ突き出されたのである。
義雄に、その話を聞かされた二人のシスターボーイは、
「へえ、こんな美しい顔をした、お姉様がねえ」
と、眼をパチパチさせ、信じられぬ面持で京子を眺める。
吉沢は、京子の肉づきのいい白い肩に手をかけて、
「今、津村さんのおっしゃったことに間違いはねえのかよ。え、どうなんだ京子」
京子は、ふと顔を上げ、近づいて来た義雄の方へ憎悪のこもった瞳をチラと向けたが、すぐに顔を横へそむけた。
義雄がいう通り、二年ばかり前の或る夜、突然、襲いかかった三人の不良を空手で倒した記憶が京子にあった。その三人の顔も、はっきりと京子は覚えている。その中の一人がこの津村の弟であったとは。京子は得体の知れぬ恐怖に打たれて、義雄の邪悪な眼から必死に顔をそらせるのである。
「とんでもねえことをしやがったな。やい、京子」
吉沢は、義雄に対する追従の意味からか、わざと力んで激しい口調になり、いきなり京子の耳を引っ張るのだった。
このような恥ずかしい捕われの身に対し、二年前のそんな事件を持ち出して、一体、これからどうしようというのか、京子は、口惜しさとも悲しさともつかぬものを、ぐっと呑みこんで、歯を喰いしばっている。
義雄は、しばらく、そんな京子に陰険な眼を向けていたが、ポケットから小さな宝石箱を取り出して吉沢に示した。
「これは五十万円はするダイヤだよ」
義雄が箱を開けて見せたダイヤに吉沢は、ごくりと唾を呑みこむ。
「そ、それをどうするんで」
「この京子を二、三日、こっちへ譲って欲しいんだ。弟達をここへ呼び寄せて、二年前の恨みを返させてやりたいと思うんだよ」
「恨みをねえ」
吉沢は、一寸、苦い顔をしたが、義雄のちらつかせるダイヤに眼がくらんでしまったのである。それに、義雄の機嫌を損うことは、岩崎親分の機嫌を損うことにも通じると計算したのであろう。吉沢は、へへへ、と相好をくずし、義雄の手より宝石箱を取り上げた。
京子は、それに気づくと、はっとしたように吉沢に身を寄せるようにして、
「吉沢さん、お願い。あれは自分の身を守るためにしたことなのよ。この人達に私を引き渡さないで!」
と哀願する。
「おめえともあろう者が、今更うろたえるなんて、みっともねえぜ」
吉沢は、つっ放すようにいい、
「じゃ、津村さん。この女は二、三日、そっちへお譲りしますぜ。なかなかのじゃじゃ馬ですからね。素直に弟さん達の仕置を受けるかどうかは、こっちも請け負い兼ねますがね」
そういって、吉沢は身を引いた。
京子は、ドアに背を当てながら、前へ近づいて来た義雄と二人のシスターボーイに必死な眼を向けている。近寄れば、噛みつくようなそのせっぱつまった京子の顔を見た義雄は、
「なるはど、これは、なかなかきかん気の鉄火姐さんだな」
とスタンドに坐った吉沢の方を顧みる。
「そうなんですよ。ちょっとやそっとじゃ、自分の亭主だって乗っけようとしない女なんですからね。全く嫌になりますよ」
吉沢がそういったので、川田も竹田も笑い出した。
美津子を自分の女に出来なかった吉沢に同情して、田代や森田が共謀し、美津子を囮に使って京子を説き伏せ、吉沢の女に仕立て上げたのだったが、夜毎の夫婦関係を京子が円滑に行う筈はなく、裸身を緊縛されていてさえ京子は激しく拒否しつづけるので、その度、吉沢は美津子を口実に使い、つまり、美津子を京子の眼の前で凌辱するとおどし、やっとのことで思いを遂げていたのである。それは川田も森田も知っていて、やり切れねえ亭主とは、あの事だと陰で笑っていたのだが、そうした忿懣を京子に対して抱いていた吉沢だけに、京子の身柄を五十万のダイヤと交換に津村義雄に二、三日譲ったというのも、いわば、その復讐であったのかも知れない。
義雄は、ふと何か思いついたようにニヤリと口元を歪めて、二人のシスターボーイの顔を見た。
「お前達、この鉄火姐さんの腰につけている手拭いをここで剥ぎとってみろ。先に剥ぎとった方へ、この姐さんを今夜抱かせてやるよ」
え、ほんと、と二人は義雄の方へ向いた。
「ハハハ、ところがこの姐さん、両手は後手に縛られていても、空手二段の腕前だ。油断をすると、足技をかけられて素っ飛ばされるかも知れないぞ」
と義雄がいうと、なるはど、そいつは面白いゲームだ、と川田や吉沢は笑い出し、シスターボーイと京子の鬼ごっこをより面白くするためにか、部屋の中央部にあるソファーやテーブルなどを隅の方へ押しやるのだった。
次に義雄は、部屋の一隅に身を硬くして、青ざめた表情を見せている京子に向かっていう。
「鉄火姐さんとしても、こんな化け物みたいな男と寝るのは嫌だろう。それなら、暴れ廻って、その一枚を守り抜くんだ。シスターボーイ達がキリキリ舞いをして参っちまったら、勘弁してやるからな」
いくら相手がシスターボーイであっても、緊縛された身で、腰を覆う一枚の布を守り抜ける筈はないが、空手の心得があるこの鉄火娘が、この女形の男達に対し、どのように抵抗し、逃げ廻るか、それを酒の肴として見物する魂胆であった。
しかも、京子の腰を覆う薄い安手の日本手拭は、一本の安全ピンと豊かな尻のふくらみとで辛うじて支えられているだけ、風吹かば散らんといったあぶな絵のような風情を見せている。
「そんな事、赤ん坊のおしめをかえるより簡単よ。任しといて」
というや二人のシスターボーイは、我先にと争い合うようにして、京子に迫った。
その途端、はっと身体を針のように緊張させた京子は、壁に背を押し当てながら、二人に憎悪のこもった視線を投げつつ、横へ横へと逃げてゆく。
「逃がさないわよ」
夏次郎が妙になよなよした腰つきで追いかけ、春太郎は京子の逃げようとする方向を手を拡げて、さえぎった。
「ここは地獄の一丁目。身ぐるみ脱いで行きゃあがれ」
芝居もどきで春太郎が見得をきって見せたので、スタンドの見物人達は手を叩いて笑った。
文字通り、赤児の手をねじるようなものさと春太郎も夏次郎も、たかをくくっていたのだが、形勢はにわかに逆転した。
京子のそれを奪い取ろうとして、右と左から同時に二人は襲いかかったが、京子がさっと身体をひねって横へ飛んだため、二人は額と額の正面衝突をしてしまったのである。
「あっ」と夏次郎は、額を押さえてその場にうずくまってしまう。頭を打って、うずくまるにしても、芝居の女形のょうに、なよなよとしてくずれ落ちるので、見物する川田や吉沢は思わず吹き出してしまった。
「やっ、やったわね」
仲間がやられたと見て、春太郎は、キッとした表情になり、逃げた京子を追う。
「こう見えてもね、私しゃ店じゃ喧嘩上手のお春って名で通っているんだよ。何さ、美人面を鼻にかけて。その高慢な鼻柱を叩き折ってやるわよ」
夏次郎が怪我をしたと見て、このようにいきり立つところを見ると、この二人のシスターボーイは一種の同性愛関係にあるようだ。愛すべき女房役のお夏がやられたので、お春は、その仇をとるような意気込みなのであった。
そんな春太郎に対して、京子も、怒りに燃え、燐光のような瞳を注ぎつつ、じわじわ後退して行く。
「何さ。その顔」と春太郎は顎を突き出すようにし、ふと、床の上をすっている京子の縄尻に気づくと、しめたとばかりそれをひったくろうとした。
それを取られては万事休すと思ったのか、京子は身をかがめようとした春太郎に体当りを喰わせたのである。
あっと春太郎は、床の上へ転倒した。
見物の川田達は手を叩いて笑いこける。
「何してるんだよ。相手は両手とも使えねえ裸の女じゃねえか。ざまったらねえや」
床の上に這いつくばっていた夏次郎が、今度は愛すべき亭主の危機と感じたのか、よろよろと立ち上り、壁伝いに京子の背後へ廻ってゆく。そして、京子の油断を見て、いきなり背後から襲いかかった。
「あっ、は、はなして!」
夏次郎に肩を抱きすくめられた京子は逆上して、必死に身を揺すった。
急所を押さえて、京子の死命を制するつもりなのか、夏次郎は、縄に緊め上げられている豊かな美しい二つの乳房を力をこめてつかみあげる。
「お春、早く、早く!」
床に転倒して、したたか腰を打ち、顔を歪めつづけている春太郎に対して夏次郎は大声をあげるのだった。
春太郎は、ようやく立ち上り、眼をつり上げて、まず、
「口惜しい!」と叫び、京子のそれをいきなり剥ぎ取ろうとしたが、それより早く、京子のスラリとした見事な肢は分銅のように跳ね上って、春太郎の脇腹を蹴り上げたのである。
「ギャー」と春太郎は大仰な声を上げ、もう一度、床の上へ転倒。そして、今にも死ぬような声をはり上げて、その辺をのたうち廻るのであった。
春太郎を倒したのと同時に京子は背後からしがみついている夏次郎を狂ったように身体をゆすって振りほどき、さっと腰をかがめて、夏次郎の鳩尾のあたりに肩先をぶつけた。
「うっ」と夏次郎はうめき、そのまま、京子の足下へくずれ落ちる。
緊縛されたままの全身を柔軟に、そして、敏捷に動かせて、二人のシスターボーイを倒してしまった京子をスタンドの義雄は呆然とした面持で眺めている。義雄だけではなく、川田も吉沢も、京子のまるで振りつけられた殺陣でも演じるような見事な技にすぐには声も出ないのだ。
ありとあらゆる辱しめやいたぶりに会いながらも、その美貌と見事な空手の技は損われていない、ということに驚くとともに、吉沢や川田は、このじゃじゃ馬を完全に乗りこなすためには、まだまだ相当な調教が必要だと、うんざりした気持にもなるのである。
「なかなかやるじゃないか。成程、それだけの腕を持ってるんだ。弟達がのされちまったのも無理じゃないよ」
義雄は、そういって、吉沢と川田の耳元に口を寄せ、何かひそひそささやいた。
「へい、へい、よくわかりました」
と、吉沢は大きくうなずいて、京子の方をニヤリとして見た。
部屋の一隅に身を寄せ、激しく肩で息づいていた京子は、吉沢と川田が近寄ってくると再び、身を硬直させ、柳眉を逆立てるような表情をした。
「ち、ちか寄らないで!」
今までの乱闘の興奮が覚めやらず、京子は吉沢達に、はっきり敵意を示したのだ。
「おっと、そうこわい顔して睨むなよ。もっとも、おめえは、そうして怒ると一段と美しくなるがね」
吉沢は、そんな事をいいながら京子に近づいた。
「津村さんより、お許しが出たんだよ。津村さんは約束は守る人だからな。おめえのような男勝りの鉄火娘を、シスターボーイなんかの相手にさせるのはかわいそうだと、おっしゃるんだ」
さ、行こうぜ、といって、吉沢は京子の縄尻を拾い上げる。
京子が吉沢と川田に引き立てられ、部屋を出て行くのを義雄はウイスキーをなめながら眼を細めて眺めていたが、三人の姿が消えると、床に這いつくばって、呻きっづけている春太郎と夏次郎の傍へ歩み寄った。
「しっかりしろ。何だ、今のざまは!」
と大声を上げ、二人の尻を足で蹴った。
春太郎と夏次郎は、互いに助け合うようにして、ようやく立ち上ると、わっと泣きながら義雄に取りすがる。
「津村さん。あんな女にやられちゃって、私しゃ口惜しい」
二人は、義雄の胸と背に顔を埋めて、肩を震わせるのだ。
「口惜しいのはお前達より、こっちの方だ。あの女は弟の仇だからな。弟達をここへ呼び寄せるにしても、ああいう鉄火娘ならまた昔の二の舞いになるかも知れない。だから、弟達がここへ来る前に、お前達もう一度あの女と対決するんだ」
それを聞くと、夏次郎は、ブルブルと震えて、
「嫌よ、あんな強い女。それに私、喧嘩なんて得意じゃないもの」
義雄は、鼻で笑いながら、
「お前達が、対決するってのはな、あの事だよ」
「ええ?」
「お前達がよく俺に教えてくれた三か所責めとか四か所責めとかいうやつで、あの女を夕方までに骨抜きにしてしまうんだ。今、京子と出て行った二人の男が、身動きのとれねえよう京子を縛りつけてくれるからな」
それを聞くと、二人のシスターボーイは、顔面に喜色を一杯漲らせ、
「それなら、任しておいてよ。絶対に自信があるわ。アメリカ兵から教わった方法なんかを取りまぜて、畜生、あの女、絞るだけ絞りとって、ガタガタにしてやる」
ハハハ、と義雄は愉快そうに笑った。
「そうだ。それから、弟と空手の試合をさせる。弟の奴は、女にのされた口惜しさから、今、空手の修業中だからな。どうあっても、昔の復讐戦をさせなきゃなるまい。弟に勝たせるためにお前達一肌脱ぐわけさ。どうだ。そう思えば、いよいよ楽しくなるだろう」
義雄は、なおも笑いつづけ、ウイスキーをロへ運ぶのである。
化け物の計画
小夜子が、義雄のおぞましい羞恥責めに会い、遂に花を散らせた女中部屋へ、川田と吉沢は京子を引き立てると、天井の梁より垂れ下がっている太いロープに縄尻をつないで、たるんだロープを力一杯引きしぼり、京子の伸びた肢体をピーンと一本の棒のように直立させた。
「こんな所へ私を入れて、一体、どうする気なの」
京子は、冷たい板の間にぴったり両肢をそろえて、再び、全身を緊張させ始める。
ただ、一寸、おめえに話があるだけだ、などといいながら、吉沢と川田は、京子をそのような立ち縛りにしたのであるが、木槌を使って、竹ぐいを京子の足下、一米ぐらいの間隔をおいて、コンコン打ちこみ始めたのだ。
それを見ると、京子は、背すじに冷たいものが走り、
「ね、それはどういう意味なの。はっきり、おっしゃって」
と、激しい語調になって、川田と吉沢にいうのだった。
仕事を終えた川田は、へへへ、と頬を歪めて立ち上り、
「一寸、さっきは、シスターボーイを痛め過ぎたようだな。そうは思わねえか」
京子は、川田のその言葉に、ぞっとするような戦慄を感じ、思わず、ぴたりと両腿を密着させた。
「ま、まさか、あの男達をこの部屋へ♢♢」
京子は、青ざめた顔つきになり、唇をわなわな慄わせる。
川田や吉沢達は、共謀して、先程の復讐をあのシスターボーイ達の手で行わせるべく自分をこの部屋へ連れこんだのでは♢♢そう思うと、京子は、知覚の消えそうになる恐怖を感じたのである。
「なかなかいい勘だぜ、京子。いくらシスターボーイでも、俺達の見ている前で、ああいう目に会わされちゃ、恰好がつくめえ。それにあいつ等は、大事な客人、津村さんの友達だ。一応、詫びを入れねえと、こっちも立場上具合が悪いんだ。な、わかるだろ、京子」
吉沢は、煙草を取り出して口にしながら、せせら笑うようにいう。
「嫌っ!嫌です。それだけは堪忍して」
京子は狂ったように首を振った。
詫びを入れる、ということが、どういうことか、京子はこの男達のやり方は大体想像がつく。あの男か女かわけのわからぬ虫ずの走るような連中の前で生恥をかかされるなど京子は想像するだけで呼吸が止まりそうになった。
「ど、どうして、私が、あの化け物達に詫びを入れなきゃならないの。あ、あんまりだわ」
胸をついて溢れ出そうになる慟哭を全身で耐え抜くようにして、京子は、美しい髪を左右に振りながらいうのである。
「化け物とはよかったな。中々、うまい事をいうぜ、京子」
吉沢と川田は顔を見合わせて笑う。
「だがよ、何といったって、先方は大事な客人だ。それによ、詫びを入れるといったって何時も俺達がやるような、ああいういやらしい事をさせられるとは限らねえ。何せ奴等はシスターボーイだからな、二、三発、横面をひっぱたかれるか、髪の毛を引っぱられるか、それ位のことですむと思うよ」
「ただし♢♢」
今度は、川田が京子の前へ立った。
「奴等に対し、生意気な態度をとりゃとんだことになるぜ。心から、奴等に暴力を振るったことの詫びをいい、女らしく柔順な態度を示さねえと美津子に火の粉が掛かることになるんだ。おめえの態度が気に喰わねえと奴等はそこにあるブザーを三つ押すことになってる。すると俺達は美津子をここへ、しょっ引いて来ることになっているんだ」
えっ、と京子は硬化した顔を上げた。吉沢が、それ見ろといわんばかり、横からぬーと顔を出して、
「何も驚くことはねえじゃねえか。おめえが奴等のいうまま何でもハイハイと素直になってりゃいいんだよ。もし、そうでなきゃ、美津子がおめえの見ている前で、奴等のおもちゃになるんだぜ」
それだけではなく客人に失礼な態度をとったと田代社長に告げ、これからは、美津子と姉妹コンビにして鬼源の調教を受けさせることも出来るんだぜ、とつけ加えて、吉沢に念を押されるに至って、京子は、観念の眼を閉ざすよりなかった。
「よし、どうやら納得がいったようだから、俺は奴等をここへ連れてくる」
川田は戸口へ歩き出す。
「川田さん。待って♢♢」
京子は、ドアを開けようとする川田を呼び止め、何かを訴えるような物悲しい色を瞳に浮かべて、
「お願いです。京子、あの人達を、ひどい目に合わせたことはお詫びします。ですから、川田さんから、あの人達に♢♢」
淫らな責めだけはしないように川田より頼んでくれるよう京子は哀願するのであった。
「よし、わかったよ」
川田は、冷笑して、ドアを開け、廊下へ出た。
ホーム酒場へ入ると、義雄は相変らず、ウイスキーを飲み、春太郎と夏次郎が何やら紙に書いて指で示しながら説明するのをニヤニヤしながら聞き、時々、大声で笑い出したりした。
部屋の中へ入って来た川田に気づいた義雄は、
「今、こいつらを連れて、一寸、調教室をのぞきに行ったんだがね。鬼源さんから、こんなものを借りて来たよ」
スタンドの上には、鵞鳥の羽、浣腸器、ガラス棒、スポンジ棒、ゴム人形、小瓶に入った塗り薬、チリ紙、脱脂綿、それに例のものが入った桐の箱などが、ずらりと並べられている。
へへえ、と川田は呆れ顔になり、ふと、二人のシスターボーイが盛んに何やら書きこんでいる大きな紙をのぞきこんだが、思わず、吹き出してしまった。
それは、彼等が丹念に書きこんだ女の拡大図であったが、専門家しか知らないような各部分の細かい名称をぎっしりと書きこんでいる。傑作なのは、その紙の上段に大きく横書きで、京子攻略作戦地図と書かれていることであった。
「あれだけの鉄火娘を本当に泣かせるには、容易なことじゃないと言い出してね。ここで作戦会議を開いてやがるんだ。まあ、聞いてごらんよ、全く笑わせるぜ」
義雄は、肩を揺すって笑いつづけるのだが、シスターボーイ二人は真剣そのもので、最初はどちらが甲側を持ち、どちらが乙側を持つかということを取りきめにかかっている。
「何でい、その甲側とか乙側ってのは」
川田が奇妙な顔をして尋ねると、
「甲側ってのはね、上半身。乙側ってのは下半身のことよ。女は全身が性感帯だというでしょ。甲側にしたって、まず乳房、乳頭、耳、首すじ、脇の下、数えたらきりがないわよ」
夏次郎は、鼻をピクピク動かせてそういうのだ。
乙側にしたって、刀を抜かない単に指先だけの攻撃方法でも、AコースからZコースまで、二十六通りもあると聞かされて、色事師を任じている川田も、へへえ、と驚いてしまった。彼等は、そういう事を店に集まる好色な中年の客に一つ一つ教示し、時にはパン助をモデルにして実地指導をやっているというのだから、たしかに、この道の専門家には違いないが、時折、ゲイ趣味を持つ男客の相手もするという両刀使いでもあるだけに、女体に対するあこがれということもあるのだろう。そうした技巧にかけては、達人の域に達しているのである。そういえば、なよなよした身のこなしとどぎつい化粧に隠されているものの、仔細に見れば、二人ともかなり年をとっている。春太郎は四十近く、夏次郎は三十に近い年齢で、十七、八の頃から、あちこちのゲイ酒場やシスターボーイ酒場を転々とし、泥んこ人生を歩んで来た男なのであった。
彼等は、その道の奥儀を極めている、と義雄は、川田に笑っていうのだが、たしかにその通りで、たとえば、そのAコースというのにせよ、彼等の説明によると、アヌーちゃん(彼等はそう呼んだ)に少なくとも、十五分はゆっくりと刺戟を与え、それからゆっくりとヴァギー海峡を上昇してクリスちゃんをいじめにかかり、これを何度もくり返すというのだが、あっちの方だけを主眼に、そんなに長時間責めるということなど、川田には珍しい話であった。
「Bコースてのは、クリスちゃんを主眼に責めるのね。そして、コースはAとは逆に上から下の方へと移行するのよ。不規則に責めるのは駄目。一定の間隔をおいて気長に責めるのがコツよ。本番に入れば、女の方は三分も持たない。つまり、それまでに絶頂付近にたどりつかせるのが、この道の通なのよ。本番を一時間も二時間も続けるってのは、野暮天だわ」
「なるはどね、それじゃ、俺なんかは大野暮天の方だな。ところで、お前さん達も一応本番はやるんだろ」
「そりゃ、私達だってやろうと思えば、お兄さん方より巧いわよ。でもさ、津村さんの弟さん達の前にそんな事すりゃ悪いじゃない。弟さん達のお遊びがすんだあとで、頂くことにしたの。だから、今日のところ、仕上げはこれよ」
春太郎は、スタンドの上の桐の箱を手に取って、ホホホ、と口に手をあて、しなを作って笑うのだった。
これは、とんだ奴が舞い込みやがった、とさすがの川田も舌を巻いた。
その道にかけてのベテランというより、その道にかけての化け物が二人、今いった甲側と乙側に分かれて、同時に京子を責めようとしている。あの気性の強い鉄火肌の京子が、これらの化け物に責めさいなまれ、どのように懊悩し、狂乱するか、想像すると愉快でもあり、かわいそうな気もする川田であった。
「へへへ、お前さん達が、ここでこういう恐ろしい相談をしているとも知らず、京子も思えばかわいそうな奴だよ」
と川田は、さっき女中部屋を出る時、京子が哀切極まりない声で、心から詫びる故、淫らな責めだけは許してくれるよう頼んだことを二人にいって聞かせると、春太郎の方は眼をむくようにして、
「冗談じゃないわよ。人をこんな目に合わせておきながら随分と図々しい事いうじゃないの。とにかく津村さんの弟さんが、ここへ来るまでに、少なくとも四回は陥落させちまう予定なのよ」
四回? と川田は驚くと、義雄が隣から酒くさい息を吐きつつ、
「それ位絞りとってグロッキーにしておかないと、何しろあれだけの腕前を持った女だからね。弟と空手勝負となった場合、気が気じゃないんだ。だからこいつ達に、一回につき一万円という懸賞金を出したんだよ」
さ、行こうか、と義雄は、ようやくグラスを置いて立ち上った。
「うわ、腕がムズムズして来たわ。畜生、京子の奴。さっきの恨み、骨身にこたえる程、はらしてやるから」
春太郎と夏次郎は、いそいそとして立ち上り、スタンドに並べられてある恐ろしい責め道具を紙袋の中へ無雑作に投げこみ、小脇にかかえるのであった。
京子の哀泣
ドアが開いて、川田を先頭に津村義雄、春太郎、夏次郎の四人がぞろぞろと入ってくると、立ち縛りにされている京子は、はっと硬直し、反射的に美しい顔を横へねじるのだったが、今まで吉沢に彼等がこの部屋へやって来た時の京子のとるべき態度について教示されていためであろう。顔を正面に戻し、如何にも過ちを犯した女の如く、かすかに頭を前に垂れ、軽い瞑目を続けるのだった。
その、うすら冷たく、象牙色に澄んだ美しい京子の横顔は、先程、二人の男を相手に奮戦した鉄火肌などはどこにも見出し得ず、冷たい美しさを持った柔順そうな女として義雄の眼にもシスターボーイの眼にも映じたのである。
理智的な冷たい美しさを持つ容貌と、そのセクシーな感じを第一に起こさせる伸びのある肉づきのいい肢体とのアンバランスが二人のシスターボーイの好奇心をいよいよ高めたようである。
「いい女ねえ。これが空手二段のじゃじゃ馬とは一寸、信じられないわ」
夏次郎が凝視して、溜息をつくようにいうと、春太郎は、夏次郎の耳に口を当て、
「それより早くやりたいわ」
「うん、エッチな人ね」
夏次郎は、春太郎の肘をひねった。
二人のシスターボーイが、吉沢に手招かれて、京子の前へ立つと、京子は、官能美を湛えた、むっちりした太腿をキチンと揃えて立ちながら、
「女だてらに乱暴を働き、本当に悪うございました。心よりお詫び致します」
と、深く頭を下げるのである。
「そう。そういう風におとなしく出られるとこっちとしても強い事はいえないわね。でも随分と痛かったわよ。それ、ここを見てよ、痣になっちゃったじゃないの」
夏次郎は、額を指さして京子の方へぬ—と顔を突き出す。
京子は、たまらない嫌悪感に眉を寄せ、のけぞるようにして夏次郎から顔をそむけた。
いやらしいとか、気味が悪いとかいうのを通りこし、この種の男は京子にとって、陰湿な爬虫顔的嫌悪が先に立つのである。
「あら、失礼ね。人がお話している時、顔をそらせるなんて」
夏次郎は耳飾りゃ腕環の音をチャラチャラ鳴らしながら、そらせた京子の顔をのぞきこむようにしていうのである。
京子は、全身がうち震えるような屈辱感をキリキリ噛みしめながら、
「先程の行為は心よりお詫び致します。どうか、どうか、もう許して」
と、唇を慄わせるようにいい、この化け物のような人種が眼の前から一秒でも早く消え失せてくれることを心の中で祈るのである。
「それじゃ♢♢」
義雄がようやく口を開いた。
「ここは、春太郎と夏次郎の二人に任すことにしようじゃないか。京子嬢にひどい目に合わされたのは、この二人だし、許すも許さないも彼等次第というわけだ」
と、川田や吉沢の方を見ていい、次に京子に向かって、
「ま、一生懸命、この二人に詫びてみるんだな。言っとくけど、もし、この二人を怒らせるようなことになると、美津子さんとかいう君の妹さんはここへ連れて来られることになる。君の眼の前で、おもちゃにされるんだ。その時は僕も一枚加えてもらうがね」
義雄はそういって、勝ち誇ったように大声で笑うのだった。
ブザーを三つ鳴らせば、すぐに美津子をここへ連れて来るからな、と川田も二人のシスターボーイに念を押し、打ち揃って引き揚げ始める。
「か、川田さん!吉沢さんっ!」
京子は、せっぱつまった心境で、思わず大声を出す。
川田や吉沢のような毒虫でもいい。この場合、傍にいて欲しかった。この次元の違う世界からやって来たような得体の知れない男二人を前にして、京子は肌に粟粒が生じるような嫌悪感を覚えるのである。
「じゃ、京子、頼んだよ。へへへ」
川田は、せせら笑って吉沢の肩を抱くようにし、姿を消した。
「もう二度と、あんな事は致しません。どうか、許して」
京子は、何か魂胆ありげに、なめ廻すように全身を見つめている二人に対し、過ちを犯した女学生のような可憐さで、頭を下げ、詫びつづける。それしか為す術がないのだ。
「ちょいと」
川田や吉沢達が部屋から消えると急に春太郎は人が変ったように高姿勢になり出した。
「冗談じゃないよ、全く。子供じゃあるまいし、これが悪うごぎいました、すみませんで解決する問題と思うのかね。お夏の額の痣をごらんよ。これじゃ当分、店へは出られないじゃないか。一体、この始末をどうつけてくれる気なのさ」
長年日陰で生活して来たゲイやシスターボーイなどは、こうして急に居直ったりすると冷酷で残忍なものが表情の底にじわじわにじみ出し、妖怪めいた底意地の悪さを発揮するようである。
「そ、それじゃ、一体、どうすればいいの」
京子も、急に憤りが胸元に熱っぽくこみ上り、負けるものかというような凄惨なばかりの冷やかさを表情に表わした。
「フン、そらごらん。何だかんだと謝ったって、ちょいとこっちが強く出りゃ、すぐに眼をつり上げて喰ってかかり出すじゃないか。全く、どうしようもない、じゃじゃ馬だわ」
春太郎はそういうと、つかつかと京子の前へ歩み寄り、
「はっきり見てやるわ」
と「いきなり、手拭を引き剥ごうとしたが、あまりにも唐突だったので、かっと頭に血がのぼった京子は片肢をあげた。
急所に当たったのだろう。春太郎は怪鳥のような叫び声をあげ、再び、転倒する。
「あいてて。よりにもよって、よくも男の」
春太郎は、ぴったりと両膝を揃えるようにして、その場にしゃがみ込み、呻きっづけたが、おろおろして近寄って来、介抱しようとする夏次郎に向かって、
「ブザーを押すのよ、お夏。この女の妹を呼び出して、津村さん達と一緒におもちゃにしてやるんだから」
あいよ、と夏次郎がブザーのある所へ走り出すと、
「待って、待って下さい!」
京子は、肩を揺すり、狂気したように夏次郎に声をかけるのだった。
「ち、誓います。もう、決して♢♢」
「駄目よ。もうその手に乗らないわ。お夏、かまわないから早くブザーを」
「後生です!」
と京子は叫ぶと同じに、遂に、こらえにこらえていたものが胸をついて溢れだし、わっと号泣してしまうのだった。
それを見ると、春太郎も夏次郎もけげんな面持になって顔を見合わす。鉄火娘の激しい号泣が二人に何かの感動を与えたのだろう。
「貴女って、随分と妹思いなのね」
春太郎は、下腹を押さえながら立ち上り、泣きじゃくっている京子を不思議そうに見つめるのだった。
泣き濡れて、キラキラ光る美しい黒眼をチラと前に立つ春太郎に向けた京子は、
「誓います。もう二度と暴れないわ。肢に縄をかけて下さい」
そういって再び、美しい横顔を見せ、京子は激しくすすりあげる。
「わかったわ。私こそ、ひどい事いってごめんね。あんまり貴女が美し過ぎるんで、ヒステリーが起こっちゃったのよ。さ、そんなに泣いちゃきれいな顔が台なしだわ。お夏。私のハンドバッグを取って」
春太郎は、大きな手提げバッグの中から、化粧箱を取り出し、頬についた涙をきれいにハンカチでふき取ってから、念入りに化粧し始めるのだった。パフがすむと、薄くアイシャドウをつけてやり、口紅をひいてやる。
京子は、歯を喰いしばり、虫ずの走るような男達の手に、自分の顔を預けてしまっている。だが、それも、これからこの男達が京子に対して開始しようとしていることにくらべれば、京子にとって、決してがまんの出来ないものではなかった筈である。
春太郎も夏次郎も、しかし、その事については、故意に一切口にせず、ようやく京子の顔の化粧を終えると、
「まあ、見違えるようにきれいになったじゃない。まぶしい位だわ」
と、しばし、茫然として、二人で美しく化粧された京子の顔に眺め入るのだった。
実際、京子の容貌は、今、丹念に化粧されたことによって生気を取り戻したよう輝くような美しさを備え出した。眼といい、鼻といい、唇といい、すべてが理智美に輝き、形よく引き締っている。
春太郎と夏次郎は、京子の実貌に魅了されてしまったよう櫛を取り出して、額の上に二筋、三筋、乱れかかっている艶やかな黒髪をすき上げ、耳の上を房々と覆っている髪の上へとつきっける。
「これ、このお姉様に似合うと思うわ」
夏次郎は、自分のバッグの中から、琥拍の首飾りを出して、京子の光沢のある白い首へとりつけるのだった。
「うわあ、それで一段と美しさが引き立ったわね」
春太郎はほくほくした顔つきで、京子を見つめていたが、
「となると、こんな野暮ったい手拭が何だか不似合いね」といって腰をかがめ、落下するのをわずかに支えていた一本の安全ピンを外しにかかった。
「待って。そ、それは♢♢」
「あら今更、待ってはないでしょう。空手二段のお姉様…きっとすばらしいものだと思うわ」
さっと、それを剥ぎ取った瞬間、二人のシスターボーイは、「まあ」と眼を見はった。
「おっしゃらないで!何もいわないで」
首も顔も、火がついたように熱くして、顔を右へそむけたり、左へそむけたり、京子はおかしな位に狼狽を示すのである。
二人のシスターボーイ達は、唖然として、しばらく、それを凝視していたが、急にたまらないおかしさが腹の底からこみ上ってきて、吹き出した。
「ひどい事するわね。誰にこんないたずらをされたの」
夏次郎は立ち上ると、口を手で押さえ、クスクス笑いながら、羞恥の極に身悶えする京子に問いかけるのだった。
「♢♢お、お仕置を受けたのです。京子が暴れ過ぎたので♢♢」
口惜しさと羞恥にやるせないばかりに身をもじつかせつつ、京子はそういい、全身の力をそれにこめたよう、ぴったりと肉の緊まった太腿を密着させる。
「でもさ、さすがに武道の心得があるお姉様だけあって、立派なものね。クリスちゃんだって貫禄がありそうだわ」
激烈な悪寒が瞬間、京子の下半身を電流のように貫き、
「やめて!」
と悲鳴に似た叫び声をあげて、狂ったように腰を左右に振り動かし、春太郎の手を払いのけるのであった。足を使って、春太郎を蹴り飛ばさなかったのは、やはり、ブザーを押されることを恐れたからであろう。
「フフフ、ほんとに、お姉様って、じゃじゃ馬なのね。やっぱり、肢を縛らなきゃ駄目なようだわ」
春太郎は、左右に打ちこまれてある竹ぐいと、その先端にからませてある皮紐を見て、満足げにうなずく。
「じゃ、お夏」と夏次郎をうながして、二人は、屈辱の極にすすりあげている京子の左右に立ち、身を沈めた。
「さ、お姉様、このままじゃ仕事が一寸、やり難いのよ。縄をかけさせて頂くわ」
「第一、このままじゃ、何時蹴とばされるか知れないもの。おっかないわ」
春太郎と夏次郎は、そんな事をいいながら京子の力一杯閉ざしている伸びやかな肢を左右から抱えこもうとする。竹ぐいの打ちつけてある所まで割り開かせ、かたく縄止めしようとするのだったが、それだけでも、大して力のないシスターボーイにとっては難事業であった。
京子は、一層身を硬化させ、頑なに肢を閉ざして、はっきり拒絶を示しながら、
「あ、あなた達は、一体京子に、何をなさるつもりなのっ。はっきりおっしゃって」
と、ヒステリックな声をはり上げるのだ。
「それはお姉様の足を縛ってから、説明させて頂くわよ。さ、お開きになって」
「嫌っ、嫌ょ!ね、お願い。ぶつなり、なぐるなり、京子を死ぬ程の目に合わせたってかまわないわ。こ、これ以上、恥ずかしい目には合わせないで」
「あら、そんなの駄目よ。鉄火姐さんをなぐったり、蹴ったりしたって効果はないわよ。フフフ、私達はね、今まで、お姉様のお仕置について作戦を練り合っていたのよ」
「足を縛るなら、このままで縛って」
「駄目。あんまり駄々をこねると、ブザーを押すわよ」
京子は、ああ、と首を振り、再び、声をあげて泣きじゃくり出す。
反吐が出るはど嫌な男達の眼に、生恥をさらす口惜しさ。⊥
♢♢京子は、彼等の責めが、一番恐れていた女の羞恥を狙ったものということがわかり、彼等に対する憎しみと恐怖が全く一つのものとして、身体の底からふき上げて来たのである。
「フフフ、そりゃ人一倍恥ずかしいでしょうね。全くないんだから。でもさ、私達にしてみれば、鉄火娘の内部構造をくわしく研究するために、その方がかえって都合がいいわ」
などと春太郎はいいながら笑い、今度は、少し、強い語気になって、
「さ、早く決めるのよ。聞くの? それともブザーなの」
京子は、遂に、抵抗の空しさを悟ったように、がっくり首を落とした。そして必死にこめていた全身の力を抜いたのである。
「二度も私を蹴とばすなんて、ほんとに憎い足だわ」
春太郎は、竹ぐいに引きっけた京子の右足首にキリキリ皮紐をかけながら、□の中でブツブツいい、京子の左足首を縛りつけている夏次郎に、
「解けないように、しっかり縛らなきゃ駄目よ」
と声をかけるのだった。
京子は、美しい眉を寄せ、琥珀の首飾りをかけた白い首すじをはっきり浮きたたせ、のけぞるように顔を後ろへ倒している。
「うわあ、すばらしいわ、お姉様。美しい芸術品みたい」
足首を縛り終えた春太郎と夏次郎は同時に立ち上り、陶然として、そんな姿にされた京子を見つめる。
上下に数本の麻縄を巻きっかせているが、それらをはじき飛ばすのではないかと思われるような弾力のある官能美は、二人のシスターボーイに息苦しいばかりの感激を与えたようだ。
幾度も溜息をくり返しつつ、京子の美貌と見事な肢体に見とれてしまった春太郎と夏次郎は、視線をやがて、その一点に向ける。
春太郎は、ごくりと生唾を呑みこみ、心の高ぶりを何とか落着かせようと、煙草をとって、口にしながら、身も世もあらず悶え苦しむ京子の横へぴったり寄り添って立つのであった。
「ホホホ、空手二段のお姉様。敵の眼前にこんなもの突き出して、どうなさるおつもりなの?」
春太郎は、その先端をつついて笑いこけ、
「そりゃそうね。両手も両肢も使えないとなりゃ、それを武器にして戦うより仕方がないものね」
と、更につついて、笑うのだった。
京子は、呼吸も止まるばかりの屈辱に、眼をつり上げ、歯をかみ鳴らして、がたがた慄え出す。筋肉が、その度に幾度もピーンと硬直するのだった。
「な、何するのよ。身動きのとれない私にあなた達は一体、何をしようっていうの」
「まあ、こわい。さすがは鉄火娘ね。それだけの啖呵が切れるんだから」
春太郎は煙草をうまそうに吸いながら、そんな事をいって冷笑し、
「そうね。何時までもじらしておくのはかわいそうだわ。これから説明してあげる。お夏、まだ、出来ないの」
もう少しよ、と夏次郎の声を足下から聞いた時、京子は、あっと声を出し、苦しげに顔を歪めて、首を激しく振った。
「駄目よ。いくら暴れたって、解けやしないわよ。そんなに恥ずかしがることはないじゃない。ただ、写生をしてるだけなのよ」
春太郎は、京子が動揺し、身悶えするのが楽しくてたまらないらしい。
「はい、出来上り」とようやく夏次郎が起き上って来る。
「中々、うまく書けたじゃない。やっぱり、お夏は絵の才能があるわね」
などといいながら、春太郎は、その夏次郎がスケッチしたものを京子の眼の前へ持って行くのだ。
「ここまで来て、私達にブザーを鳴らさせる気なの」
京子が狂ったように首を振り、それから必死に眼をそらせると、春太郎は、声を大きくして、ピシャリと京子の尻を平手打ちするのだった。
「そんな態度ばかりとると、私達本当に怒るわよ。私達はね、貴女を二度と空手など使ったりしない女らしい女に教育してあげようとしてるんだからね」
こうした春太郎や夏次郎の心理的な責めに、京子の心は遂に打ちくだかれた。救われる方法はただ一つ。これから彼等がどのような手段を用いていたぶるのか想像はつかないけれど、死んだ気になってそれを受けるより手はないということである。たとえ、腸を引き裂かれるような責めを受けるとしても、美津子を、この連中の手で嬲りものにされることを思えば耐え抜けぬことはないと、京子は捨鉢めいた気持になったのだ。
弱味を見せれば、この化け物達はつけ上るだけだ。京子は、涙を振り切るように、さっと美しい顔を正面に向け直したのである。
そして、わざと不貞くされた調子になって、
「わかったわ。貴方達がどんな責めを私に加える気か知らないけれど、私、もう取り乱したりしないわ」
と、羞恥も投げ捨てたよう、きっとばかりに澄んだ美しい瞳を正面に向けるのである。
「ほんとね。まあ、よかった。さすがは空手二段のお姉様だわ。よくいって下さったわね」
と、春太郎と夏次郎は、はしゃぎ出す。
それで、こっちも気が楽になったわ、といいながら、二人は、手拭を拡げ、その上に、鬼源から受け取った色々な小道具を並べ出すのであった。京子の眼にはっきりと見せて、覚悟を求めるためである。
ちらと、それに眼を向けた京子は、さすがに一瞬、激しい動揺を示したが、冷やかな表情をつくるため、悲痛な努力をするのである。そうだったのか、やっぱりそうだったのかと、口惜しげに唇を噛みしめつつ、この男達のとろうとする行為をさげすみ、嘲笑してやろうとするのだが、やはり、恐怖のために頬が強張り、思うように口がきけない。それでもやっと、
「あ、あなた達のような人でも、やっぱり、そんな事をするのね。最低だわ」
と、ひきつったような冷笑を浮かべて、吐き出すようにいうのであった。
「そうね、たしかに最低ね。だけど、女に対する最高の責めということになるわけよ。特にお姉様のような気性の強い女にはね」
春太郎はそういって、再び、京子の前へ進み寄り、
「お姉様の覚悟も決まったことだから、こっちも包まず、これからの予定をお聞かせするわ。まだ、夕方までに四、五時間はあるわね。その間に私達、徹底的にお姉様の脂を絞り取ろうというわけ。つまりね」
春太郎は、京子の耳元に口を寄せ、含み笑いしながら、小声で語りかける。
京子は、心臓が凍りつくばかりのショックを覚え、衝動的にブルッと全身を慄わせた。
「ホホホ、何もそんなにびっくりすることはないじゃないの。若いんだし、あれだけの精力がおありなんだから、三度や四度ぐらいは大丈夫よ。私達、腕によりをかけ、一回、一回充分、満足させてあげますわ」
この鉄火娘が一回、一回、その状態に至った時、どのような狼狽ぶりを示し、ベソをかくか、春太郎はそんな事を想像して、気もそぞろになっている。
京子は、一旦は、春太郎のその恐ろしい言葉に、電気に感電したよう、したたか打ちのめされたが、持ち前の気性の強さを発揮して、横へそらせた顔を正面に向けた。必死になって平静を装おうとしたが、その美しい黒眼からは、幾筋もの涙が流れ落ち、ふっくらとした白い頬を濡らしつづける。それでもなお、気を取り直し、負けるものか、といった悲痛な笑顔を京子は作ろうとするのだ。
「馬、馬鹿ね。私は、貴方達がおっしゃる通り、気性の強い女よ。御、御希望には、添えないかも知れないわね」
京子は弱身を最後まで見せまいと、必死になって、侮蔑的な冷笑を口元に浮かべるのだった。
「ホホホ、添えるか添えないか、これから、お姉様と私達二人との大勝負ってわけね」
夏次郎は、そういって、部屋の隅から一束の麻縄を見つけ出して来て、京子の背後へ廻った。柔軟で、スベスベした背中の中程に、京子の両腕はきびしく縄止めされているが、途中でもし縄が解けたりすれば大変だと更にその上にキリキリ麻縄を巻きっけ、念を入れるのである。左右につないだ足首の上にも更に縄をかけ挺子でも動かぬ位に縛りつける。
「ヤレヤレ、こうしておかないと安心出来ないからね。手でも足でも縄が解けたりしたら最後、私達優男は一発でふっ飛ばされてしまうわ。さ、お春、始めましょうよ。何時までもお姉様をじらしておくのはかわいそうよ」
「ま、一寸待ってよ。お姉様にAコースかBコースか、選ばせてあげようじゃないの」
春太郎は、先程、夏次郎がスケッチした紙を再び京子の眼前に持って行くのだった。
「そらそら、また眼をそらす。約束を破っちゃ駄目じゃない。自分のものを見るのに恥ずかしがることはないじゃないの」
反射的にそむけた京子の顎に手をかけて、スケッチ画の方へ、ぐいと顔を向かせた春太郎は、ようやく、京子が物悲しげな瞳の焦点をそれへ向けたことを満足して、Aコース、Bコースの説明を始めるのだった。
「Aコースというのはね、そら、お姉様の拡大図では♢♢ちょいと、聞いてんの」
耐えられなくなった京子が、顔を横へ伏せてしまうと、春太郎は、酸っぱい顔になって京子の尻をぶつ。
京子は、さっと春太郎に、憤怒を含めた燐光のように光る美しい視線を向けて、
「Aでも、Bでも、好きな方をやればいいじゃないの。貴方達、それでも男なの。覚悟をした私を、いつまでもネチネチいたぶる気なの」
激しい怒りをこめ、それだけいうと、京子は、唇を噛みしめ、かたく眼を閉ざす。悲憤のためか、肉づきのいい白い肩が大きく息づいていた。
「わかったわよ。フン、何さ。こっちが親切に教えてやろうと思ったのに。こうなりゃこっちだって容赦しないからね」
二人は、顔から受ける印象とは逆に、かなり精悍な体躯をしていた。胸幅も広く、骨格も逞しかったが、奇妙な事には、春太郎が赤褌をしめ、夏次郎が女物のパンティをはいているのである。
春太郎と夏次郎は、京子の左右に立ち、各々の腰のものを外しにかかる。
夏次郎は、如何にも女性的になよなよと身をかがめ、それを消え入るような風情で外し始める。春太郎は、立ったまま、くるくるとそれを外し出し、こういう所などは、同じシスターボーイでも、夏次郎とは逆に男性的であった。
チラと眼を開いて、そんな姿になったシスターボーイに気づき、京子は、慄然とする。夏次郎は、春太郎にいう。
「ねえ、最初は、やっぱりAコースで、このお姉様をたっぷり楽しませてあげましょうよ。まだ時間は充分あることだし」
そういって、夏次郎は、くねくねと京子ににじり寄って、
「じゃ、お姉様、最初はAコースね。初めは、十五分位もかかって、やり切れない位にじれったくなるでしょうけど、そのうち、そんなものが大きくなり始めて、十円玉でも呑みこむ位になるの。その頃にはね、ホホホ、これがひとりでにピクピクダンスをおっ始めるわ」
白い頬を真っ赤に充血させ、毛穴から血でも噴き出しそうな屈辱をキリキリ噛みしめている京子の顔を頼もしげに眺めつつ、
「ああ、羨しいな。出来ることなら、私のものと交換させてあげたいわ。男勝りのお姉様がこんな♢♢」
「な、なにすんの! 馬鹿! けだもの!」
京子は、どうにもならない身体をピーンと硬直させて、再び、大声でわめくのだ。
「そんなにがなり立てられたら、こっちだって少しも気分が出ないわよ。仕方がないわ。猿轡をはめてやるわよ」
春太郎は、足元に落ちている赤褌を取り上げ、丁寧に二つか三つに折り始める。
そんなもので口を覆われると知った京子は再び新たな衝動にピクと頬を痙攣させ、
「嫌よ、嫌、嫌!やめてっ、お願い!」
と、狂おしく首を振る。
「シスターボーイの匂いを嗅ぐのもたまにはいいじゃないの。さ、おとなしくして」
夏次郎が背後から京子の頬を両手ではさむようにし、春太郎は、わめきっづける京子の口から鼻を、折り畳んだ赤褌で押さえつけ、二巻三巻と巻きっけて、きびしい猿轡をほどこしたのである。京子の後頭部で引き絞るように赤い布を縛った春太郎と夏次郎は、はっとして、京子の前へ廻る。
口も鼻も赤い猿轡で覆われた京子は、怒ったような、また、何かを哀願するような、複雑な視線をチラリと二人に向けたが、すぐに顔を横へそらせ、静かに瞼を閉じ合わせるのであった。
「これで、お姉様はもう声を出す自由もないわけね。ホホホ、どう、お春の肌の匂いは甘い、酸っぱい? ねえ、お姉様ったら」
夏次郎は、顔を伏せている京子にまといつくようにして、笑いこける。
そうした屈辱の猿轡を噛まされることによって、京子は、今度は、はっきりと覚悟を定めたのか、さして身じろぎもしなかった。
「もうこうなりゃ、お姉様としても、私達と戦う武器は一つというわけね。じゃ、勝負といきましょうか」
夏次郎は、そういうと、春太郎に、最初は自分を乙側にしてくれ、といい出す。
「まあ、嫌ね。匂いがなかなか抜けなくて困るわよ」
「こんな美しいお姉様のだもの、ちっとも気にならないわ」
京子に対する二人のシスターボーイの陰湿で残忍な復讐は遂に始まった。
甲側を受持つことになった春太郎が、京子の背後から大手を拡げた。
うっと美しい眉を曇らせた京子は、しかし何とか、このおぞましい屈辱を踏みこえ、乗り切ろうとするように、猿轡の中で、歯を噛みしめ、ぞっとするような美しい眼を開いて上の方を見上げている。
「九十糎はあるんじゃない。すばらしいわ」
猿轡をかまされた京子の美しい顔は、泣く一歩手前のような気弱な表情に変り出した。この嫌悪の戦慄が女の生理の悲しさを惹起することになるのではないかという恐怖感に、京子は神を念じるよう眼を閉じ合わせた。
それはど、春太郎が技巧に長じていたといえる。京子の熱い頬に鼻をすりつけたり、ウェーブのかかって、房々した黒髪に覆われた耳に軽く接吻したり♢♢。
一方、夏次郎は汐時を待っているように京子の前に身を沈めたまま、懊悩し、硬直する京子に眼を注いでいたが、
「じゃ、お姉様、そろそろ始めるわ。あまり、口惜しがらないでね。ホホホ」
第四十四章 涙の十字架
崩潰する京子
突然、誰かがドアをノックする。
京子にまといつき、気もそぞろになって、責めつづけていた二人のシスターボーイは顔をしかめた。
「いやーね。こんな時に誰かしら」
夏次郎は立ち上り、ハンカチで指を拭きつつドアの内鍵を外し、ドアの隙間から顔を出すのであった。
津村義雄がニヤニヤして立っている。
「どうしたい。一寸、中に入れてくれよ」
「あら、だめよ。だめ」
夏次郎は、中へ身を入れようとする義雄をあわてて、ドアの外へ押し出した。
「私達も京子お姉さんと一緒、こんな姿なんですもの。恥ずかしいわ」
ドアの間から顔だけ見せて、夏次郎は、すねて見せるのだった。
「ええ? ハハハ、成程そりゃ悪かったな」
と、義雄は、愉快そうに笑いながら、
「これから、弟達の巣くっている浅草の喫茶店に電話して、ここへ呼び寄せるつもりなんだが、お前達の仕事の方は、どうなってるかと思ってな」
「ホホホ、任せておいて。今、京子お姉さん、天国の近くをさまよっているわ。夕方までには完全に骨抜きにしちゃうから」
「そうかい。じゃ一つ、ここはお前達に任せておこう。こってりと可愛がってやんな」
義雄は、満足げにうなずいて、引き揚げて行く。
夏次郎は、ほっとしたようにドアを閉め、内鍵をかけた。
「ごめんね、お姉様、せっかくの所に水が入って。さ、始めましょう。今度は、クリスちゃんの番ね」
夏次郎は、元の位置に戻って身を沈める。
京子は、苦しげに瞼を閉ざし、上向き加減に首を上げている。その美しい額には、べっとりと脂汗が滲んでいた。
シスターボーイ二人が攻撃を開始してからもう十数分はたつ。夏次郎は、最初、予告したように執拗な攻撃を開始し、強く、優しく揉みほぐし、京子にキリキリ舞いをさせてから次に、京子の最も恐れていた部分に向け始めたのだ。
全身を揺さぶるような激烈な屈辱感と恐怖感がこみ上り、京子は赤い猿轡の中で、生々しいうめき声を上げた。
「フフフ、京子お姉様、如何が。ねえ、京子お姉様ってば」
夏次郎は、わざと、甘ったるい声を出しながら、狂おしげに首を振りつづける京子を見上げつつ、片手でゆるやかな苦痛を加えつづける。それは、男勝りの気性の強い京子にとっては、何よりも苦しい、辛い責め苦であるに違いない。
一方、春太郎の手に持ちあげられ、遮二無二、接吻される耳たぶ、頬、首すじ、こうした二人のシスターボーイの陰湿な攻撃の矢面に立ち、京子は、遂に、女の弱さ、もろさというものを引きずり出されていく自分を、知覚が消えて行くような中ではっきりと感じとった。
「まあ、お姉様、とうとう感謝の気持を表わして下さったわ。好きよ、大好き」
夏次郎は、そんな事を口走りながら、攻撃に拍車をかけ始める。
「ねえ、遠慮なさらないでいいのよ。もっともっと、ああ、お姉様って素敵だわ」
夏次郎は、感に耐えない声を発しながら、嵩にかかって、ピッチを上げ始める。
京子は完全に二人のシスターボーイの術中にかかり、備えも、構えも一切投げ出したよう、次から次と女の悲しさを夏次郎に引き出されて行くのであった。
うっうっ♢♢と、赤い猿轡の中で押し殺すような声を発しながら、京子は心持、首を仰向かせ、ねっとりとした瞳を、物悲しげに開く。それは、断末魔の近づいたことを責め手に告げるような、ぞっとするばかりに美しい京子の瞳であろた。
「ね、お夏。そろそろ仕上げにかかっちゃどう?」
春太郎は、夏次郎に声をかける。
そうね、と夏次郎は、身を起こし、京子のすぐ前に並べられた責め道具のうちから、桐の箱を取り上げた。
「全く上手に作ってあるわね」
夏次郎は、それを春太郎に見せて、ニヤリと笑う。
「今度は私と交替してよ、お夏」
春太郎は、夏次郎よりそれを受け取って、位置を交替する。
「さ、京子お姉様、一回目の仕上げよ。いいわね」
春太郎は、そういって、それを京子の鼻先へちらつかせる。
京子は、哀泣する一歩手前のような眼差しを春太郎に向け、嫌々をするように首を振るのだったが、それは強い拒否ではなく、自分の運命をあきらめた、如何にも頼りない、甘えかかるような消極的な拒否であった。
春太郎はそんな京子の態度を意に介せず、構えをとる。夏次郎より彼の方は、大分、残忍に出来ていて、京子を一気にそういう状態に追いこんでしまっては、むしろ、快楽を与えてやるだけで、責めることにならないとでも思ったのか、じらし抜き、京子をジリジリした気持にのたうたせようという卑劣な計画を立てる。
それを見て、夏次郎は吹き出した。
「かわいそうよ。そんな事しちゃ、気が狂うかも知れないわよ」
押すと見せかけて放し、放すと見せかけて当てたりしているうち、京子は、さも、もどかしげに、なよなよ揺れ始める。
「ホホホ、京子お姉さん、欲しいの? 駄目、まだお預けよ」
春太郎は、京子の内部にある女の実体をさらけ出させようとして、そんな行為を執拗にくり返すのである。
シスターボーイの隠微な手練手管に京子は一層、煽られ、かき立てられ、火に油を注がれたような狂おしい思いになる。
「どうしようもないじゃじゃ馬娘だと思ったけど、一皮むけば、やっぱり可愛い女ね。安心したわ」
春太郎は、それに気を良くして、いい汐時とばかり♢♢。
京子は、ううっ、と呻き、毛穴から血を噴きそうな思いに、白い頬を真っ赤に充血させる。もう万事休すであった。
「さ、うんとお楽しみになってね」
春太郎も楽しみながら、夏次郎に向かって、
「ね、京子お姉様の女らしい声が聞いてみたいわ。もういいから、その猿轡を外してあげてよ」
あいよ、と夏次郎は、京子の鼻を覆っている赤い猿轡を解き始める。
京子の唾液を充分吸いとった猿轡が、ようやく夏次郎の手で解き外されると、京子は、切なげに大きく息を吐き、真珠のように白い歯をキリキリ噛み鳴らしつつ、もうどうしょうもなくなったように大きく後ろへ首をのけぞらせる。琥珀の首飾りをかけられた、艶やかな首すじがくっきりと浮き立ち、夏次郎はそれに熱い接吻をして、火のように熱くなった京子の耳たぶに口を寄せるのである。
「いいのよ、京子お姉様。後の始末は私達がしてあげるわ。ね、遠慮なさらず♢♢」
京子の顔にも、身体にも、ねっとりと脂汗がにじんでいる。
春太郎がニヤニヤしながら、懊悩の極にある京子を見上げて口を開く。
「ホホホ、京子お姉様。さっきは、随分とえらそうなことをおっしゃったけど、何よ、こんなに音を立てさせたりして。これからは、あまり生意気な事は、おっしゃらない方がいいわね」
そうした春太郎の意地の悪いからかいも、微塵に打ちくだかれた京子の心に、反撥を起こさせることは出来なかった。更に、この道の智者であり、底意地の悪い春太郎は、京子が感情を高め出し、もう一歩という所で急に攻撃を停止し、鼻唄など唄い出してわざと京子にたまらないやる瀬なさと狂おしい気持を与えるのである。先程、寮子に痛めつけられた復讐を、そんな形にして春太郎は晴らしているのだ。一気に倒さず、苦しめるだけ苦しめ、泣かすだけ泣かせてやれ、という残忍な心で、幾度もそうした手段を用い、段々と激しくなる京子の魂も消え入るようなすすり泣きを楽しみつつ、春太郎は、京子を何回となく、上げたり、引き降ろしたりしていたが、ふと、腕時計に眼をやった。
「少し、時間を喰い過ぎたようね。それじゃ思いを遂げさせてあげるわ」
それから、数分後、幾度も夢現の中をさまよわされ、口惜しい陶酔に浸りつづ
けていた京子は、遂に、二人のシスターボーイの軍門に下ったのだ。責めつづける春太郎が一瞬、たじろぐ程の生々しい声を発した京子は、左右にかたく縄止めされた肉づきのいい、美しい肢を電流が通じたように慄わせたと思うとがっくり首を前へ垂れ下げ、心底から絶え入ってしまったのである。精も根も尽き果てたように、京子は、濃厚な体臭を発しながら、ひくひくと不自然に痙攣している。
「嬉しいわ、お姉様、とうとう私達に女であることの証拠を見せて下さったのね」
夏次郎は、仰向いたまま、口惜しい快楽の余韻に漫っている京子にまといつき、顎に手をかけ、美しい京子の顔を自分の方へ向けさせる。
京子は、心身共、完全に屈服した如く、うっとりと眼を閉じ合わせ、唇を半開きにしたまま、覚めやらぬ余韻に身を委ねているようであった。夏次郎は、京子の美しい額に二筋三筋、乱れかかっている柔らかい黒髪を上へ撫で上げてやりながら、一種の輝きを増してきたように思われる京子の美貌を心も浮き立つ思いで、しげしげと見つめている。
「よかった? 京子お姉様」
京子は、さっと、紅を散らして反対側に顔をそらせた。消え入るように伏せている美しい京子の頬に、初花に似た乙女の如き、初々しい羞恥の感情が表われている。
「ね、お夏、ちょいと見てごらんよ。すごいわよ」
二人のシスターボーイが足下に沈むと、京子は、顔も首すじも身体も熱くして、ふと、狼狽を示す。
「まあ、ほんと。ホホホ、見かけによらず、お姉様って、おませちゃんなのね」
「というより、本当は好きなのよ」
春太郎と夏次郎は、顔を見合わして笑い出した。
「でも、一寸、激し過ぎやしない。あと三回、身体が持つかしら」
「そんなこと、私達が気を使う必要はないわよ。予定通り仕事を進めりゃいいのさ」
さて、と春太郎は立ち上る。
「じゃ、今から十五分、休憩するわ。それから第二回目の攻撃開始よ。わかったわね、お姉様」
春太郎は、勝ち誇ったような顔つきになって、京子にいい、次に、夏次郎に向かって、
「京子嬢を陥落させた報告を津村さんにしてくるわ。一度、皆んなをここへ連れて来て、私達の軍門に下った京子嬢の身体検査をさせるからね。彼女はそのままにしておくのよ」
といい残し、素早く服を着て、外へ出て行くのである。
そのあと、夏次郎はパンティだけをはき、煙草を口にしながら、京子の前に近づく。
「一旦、それをお掃除してあげたいけど、津村さん達の検閲がすんでからにするわ。がまんしてね。どうかしたの。何か、いいたそうね」
夏次郎は、うまそうに煙草の煙を吐きながら京子のおろおろし始めた表情を眺める。
「お、お願いです。も、もうこれ以上、私を♢♢」
京子は、ニヤニヤする夏次郎に、せっぱつまったような気弱な瞳を向け、唇を慄わせるのである。
「貴方達の責めを、受ける力はありません。先程のことは、心から謝ります。お願いです。どうか、もう許して♢♢」
京子は、息もたえだえにそこまでいうと、美しい顔を横へ向け、咽喉をつまらせて哀泣し始める。
「あら、そんなの駄目よ。私達、そうすることによって、津村さんから御褒美が頂けることになっているんだもの。貴女だって、男を蹴飛ばす程の鉄火娘でしょう。今更、そんな弱気になってもらっちゃ困るわ」
などといいながら、夏次郎は、京子の足元に腰を降ろし、今や、覆うべくもなく、一切の臓物を、あからさまに露出させている京子を、再び眼を細めて眺め入るのであった。
蝮の腹
春太郎が、川田と津村を伴い、戻って来たのは、それから十分ほどたってからである。
「お夏、とてもいい話なのよ」
春太郎は、部屋に入るや、夏次郎を手招きし、耳元に口を寄せ、何か語りかける。
「えっ? じゃ、私達、これから、京子嬢の調教師として、このお屋敷に住み込めるっていうの」
夏次郎は、眼をパチパチさせて、春太郎の顔を見た。
「そうさ」
といったのは、津村義雄である。、
「さっき、田代社長と話したんだが、この京子嬢は、気性が気性だけに、他の別嬪さん達のように、調教がはかどらず、弱っているということなんだ。鬼源も、五人もの女の調教じゃかなり骨だろうし、そこでお前達を俺が推薦したわけなんだが、秘密を守ってくれるなら、ぜひ、お願いしたいとおっしゃる。手当ては一人前、月、十万円だ。どうだい」
「うわあ、夢みたいな話」
春太郎と夏次郎は、手を取り合うようにして、小躍りする。
「実をいうとね。津村さん、私達、今まで勤めていた店、昨日で馘になっちまったのよ。そら、私達、時々、店のお客にこっそり実演を見せて、アルバイトしていたでしょう。あれが、マダムにバレちゃって、チョン。津村さんに相談する気で、ここへ来たんだけど、来ただけの甲斐があったわ」
そういって喜ぶ春太郎の顔を義雄は、片頬を歪めて見ながら
「それだけじゃないぜ。今、吉沢にかなりの金を渡して、京子姐さんは正式にこっちが譲り受けたんだ。といっても森田組の商品にゃ変りはないが、今日から京子姐さんは、お前達二人の女房にしてやるっていうんだよ」
「えっ、私達二人の女房に♢♢」
春太郎と夏次郎は、度胆を抜かれたような面持になって、義雄の顔を見た。
しかし、それ以上に、度胆を抜かれたのは未だ、深い、辛い余韻から覚め切れず、不明瞭な意識のまま、聞くことなしに彼等の会話を耳にしていた京子の方であろう。別の衝動に打ちのめされたよう、思わず顔を上げ、恨むような、哀願するような、悲しげな瞳を男達の方へ向けるのである。
義雄にとって、それが、弟を打ち倒し、官憲の手に引き渡した京子に対する報復であるのだろう。
「弟にしても、京子が、二人のシスターボーイの亭主を持ち、毎夜、秘密ショーに出演していると知れば、きっと、溜飲を下げるだろうと思うんだ」
「わかったわ。私達としても、望む所よ。あんなきれいなお姉様を共同の妻に出来るなんて、全く、信じられないくらい。嬉し涙が出ちゃうわよ」
春太郎と夏次郎は、うなずき合うようにして、そんな事をいったが、
「ところで津村さん。弟さん達には、連絡がとれたの」
「ああ、とれることはとれたんだが、今日は、大きな仕事があって、どうしても手が離せないらしい。明日の夜は必ずここへ来て、二年前の恨みを利子をつけて返す、といってる。しかし、空手の試合だけは、まかりならぬと田代社長に釘を打たれたよ」
田代に京子と弟との二年前の事情を話したところ、復讐するのはいいが、商品が傷つく恐れのある空手試合は困ると、彼は義雄にいったそうだ。
「そりゃそうよ。ニ年前と違って、京子嬢は現在、こうして、秘密ショーのスターなんだもの。そんな野蛮な遊びはやめて、京子嬢のショーでも見て、そのあと、ベッドの上で、ナイトレスリングでもやりゃいいのだわ」
そういって、二人のシスターボーイは、声を立てて笑うのだった。
「お前達のいう通りさ。それじゃ、明日、弟達がここへ顔を見せたら、お前達は、京子の亭主として登場し、京子に色々な芸当をさせるんだ」
「明日? それじゃ早速、今夜、徹夜でもする覚悟で、お稽古に入らなきゃならないわね」
「そうさ、そう思って、ちゃんと用意して来たぜ」
そういったのは、川田で、片手にぶら下げていた紙包みの中から、一房のバナナ、生卵、ゆで卵等を畳の上へ置き並べるのだ。
「鬼源でも、なかなかこの女にゃ手こずるようだぜ。どうだい、自信があるかね」
川田は、二人のシスターボーイの顔を見てえへらえへら笑っている。
「大丈夫。私達、素人じゃないんだからね。今、京子嬢の♢♢の構造も充分研究したし、明日、弟さん達が来るまでには、見事に切り落とさせて見せるわ」
春太郎は、楽しそうにそういって、京子の方へ近づく。
「ね、皆さん、こっちへ来て、一寸、見てあげてよ。つい今しがた、これをピクピク動かせながら、ね、わかるでしょ」
義雄と川田は、ニヤニヤし、それを凝視する
川田は、指先で軽く押しながら、
「そう何から何まで、はっきり見せつけられると、こっちの方が照れちゃうじゃねえか、え、京子」
と笑い、二人のシスターボーイに、京子の左右へ立つようにいう。
「何だ、おめえ、本物のパンティをはいているのか」
川田は、夏次郎のそれに気づき、眼を丸くする。
「いやーね、そんなこと、どうだっていいじゃない。それより、私達をこう並ばせてどうするの。記念写真でも撮る気?」
「お前達の簡単な結婚式をしてやろうと思ってな」
義雄が、そういって、クスクス笑った。
「お春。お前は、この京子を生涯の妻とし、末長く愛することを誓うか」
義雄がふざけた調子で、そんな事をいい出すと、春太郎は、妙に気取ったポーズをとり、
「誓います!」
と大声を出したので、義雄も川田も笑い出した。
「お夏、お前はどうだ」
「誓いますとも。私、最初から、このお姉様に惚れていたんですもの。ちょいと、肘鉄を喰わされたけど」
男達の哄笑がわき上る。
「さて、次は、京子だが、おめえには自分の口から、はっきりと宣誓してもらいてえんだ。今、ここへ社長がお越しになる。その前で、ここに書いてあることを、はっきり宣誓するんだ。いいな」
川田はそういって、先程、ホーム酒場で、義雄と相談して作成したらしい半紙に書かれた奇妙な宣誓文を京子の鼻先へ近づけた。
「社長に対して、宣誓するということは、ここじゃ血判状みてえに絶対的なものなんだ。そのつもりで頼むぜ。それから、もし、この結婚に不同意の場合、社長も提案していることだが、ちょいと人事異動が行われることになる。美津子と文夫のコンビは解消させ、おめえは妹の美津子とコンビを組んだ夫婦ショー、文夫は姉の小夜子とコンビを組んで♢♢」
川田の話がそこまで及ぶと、京子は、あまりの恐ろしさに思わず首を左右に振り始める。
「嫌よ、嫌。そ、そんな恐ろしいこと♢♢」
自分の実の妹と、そして、村瀬宝石の令嬢、小夜子が実の弟と♢♢想像するだに恐ろしい畜生道であり、京子は川田の話を最後まで聞く勇気はなかった。
「とにかく、おめえの決心がぐらつくと、とんだ事になるってことさ。どうでい、この結婚に異存はねえだろうな。見かけは何だか気持の悪い連中だが、とにかく、あの方にかけちゃ二人共天才だ。じゃじゃ馬のおめえをきっと優しい女らしい女に仕上げてくれると思うぜ。へへへ、第一、今、骨身にこたえる程、充分楽しませてもらったんだろう」
川田が、悲しげに顔を伏せつづける京子をのぞきこむようにしていうと、春太郎が、
「ちょいと川田さん。色々気を使って下さるのは有難いけど、見かけは気持の悪い連中とは何よ。失礼だわ」
「おっと、これはすまねえ。つい口が滑っちまったんだ」
川田は頭に手をおいて舌を出した。
「さ、一度、眼を通して見な」
川田にその宣誓文が書かれた半紙を更に鼻先へ押しつけられた京子は、もうどうともなれとばかり、力のない瞳をぼんやり、それに向けるのである。
それには大体、次のようなことが書かれていた。
♢♢京子は、春太郎、夏次郎の二人を本日より、自分の夫とし、水遠の愛を誓うと共に、この二人の夫を調教師として、ショーの演技に研究を積み、今後、森田組のスターとして一層の努力奮励することをここに誓います。なお、春太郎、夏次郎、この二人の夫が要求、命令することには一切服従を誓い、これに違反したる場合、如何なる処罰を受けようとも異存ございません♢♢。
地獄の宣誓
それから、二十分ばかり後、京子は、涙を流し、声をつまらせながら、その宣誓文を田代の前で読まされていた。
吉沢と一緒にこの部屋へやって来た田代は、左右に二人のシスターボーイを立たせたまま読み上げる京子を前の椅子に坐って聞くことになったのだが、その間も、好色な田代は、京子の縄に緊めあげられた豊満な乳房、くびれた胴、野性味を備えたむっちりした太腿等に眼を注ぎつづけている。
「♢♢この二人の夫が要求、命令することには一切服従を誓い♢♢」
京子は、川田が横から差し出している半紙に書かれた宣誓文に泣き濡れた瞳を向けながら、声を慄わせて、読んでいるのだ。
川田や義雄に強迫されつづけ、遂に京子は美津子と畜生道に陥るよりは、まだしも救われると、朦朧とする神経の中で考えたのだろう。醜悪で陰湿で、化け物のような二人の男を自分の夫に♢♢想像するだけでも、全身が凍りつくように恐ろしいことであったが、先程この二人の化け物に、身も心も、無残に打ち砕かれる責めにあった京子は、精神的に、肉体的に、未だそのショックから立ち直れず、どうとでもするがいいわ、といった気だるい諦観の上に乗っかってしまっていた。
ようやく京子が、その奇妙な宣誓文を読み終えると、田代は、満足げにうなずいて椅子から立ち上る。
「よし、それじゃ京子。今、宣誓した通り、この二人の亭主によく仕え、立派なスターになるよう修業するんだぜ。ここへ来て、もうかなりになるのに果物一つ満足に切れねえというのは情けないじゃないか」
すると、春太郎が田代に向かい、愛想笑いしながら、
「社長、これからは心配いりませんわ。今までとは違って、今後は自分の亭主に調教を受けるんですもの。京子さんも、きっとやる気になって、がんばって下さると思うわ。♢♢ねえ、京子さん」
春太郎は、悲しげに眼を閉ざしている京子の頬を指でつつき、田代の方へ笑って見せるのである。
「ねえ、お春」
夏次郎が眼をパチパチさせて、春太郎の方を見た。
「もし京子お姉さんのお腹に赤ちゃんが出来たら困ると思わない。お春の子か私の子かわからないじゃないの」
それを聞くと、田代も川田も笑い出した。
馬鹿、と春太郎は夏次郎の方を向いて、
「そうなりゃ二人の子供として、仲良く育てていこうじゃないの。大体、あんたと私とは恋人同士でもあり、兄弟でもあり、親友でしょう。今後も二人は一心同体よ。あんたのものは私のもの。ちっとも、おかしなことじゃないわ」
「そうね、それを聞いて私も安心したわ」
夏次郎は、頼もしげに春太郎の顔を見、ウインクする。この二人は一種の両棲動物であり、それでいて女の腹を大きくする能力も持っているようだ。それを知って川田は、たしかにこいつらあ化け物だぜ、と薄気味悪い心持になり、不快な顔つきになるのだった。
「ねえ、社長」
これからは、この部屋を自分達の住家とし仲良く三人で暮したらいいだろう、と田代にいわれると、春太郎は、甘えかかるような声を出した。
「何だね」
田代にしても、この二人は、あまり気持のいい人間ではないらしい。その道にかけての達人であり、女体の調教にかけても、鬼源とはまた違った技術を持っている、と義雄に説得され、じゃじゃ馬で手こずっている京子の調教をまかすことにしたわけだ。
「あのね、社長。私達、もう二十年近く、こういう稼業を続けて、お夏と二人、あちこち放浪して来たでしょう。何だか、この辺で、ほんとに落着きたくなって来たの」
「いいじゃないか。俺達の仕事に協力してくれるなら、ここへ永久に住みついたってかまわないのだよ」
「そういって頂いて、本当に助かったわ。ついでに、もう一つお願いしたいんですけど、私達、年の故か、最近、無性に自分達の赤ちゃんが欲しくなってきたの」
「成程」
田代は、葉巻を出して、口に咥えながら、春太郎の顔をニヤニヤして見る。
「京子さんに、私達の赤ちゃんを産んで頂いてもいいかしら」
その瞬間、京子は、はっと動揺し、首をねじ曲げるようにして、はっきり横を向いてしまう。陰惨な、ぞっとしたものが、京子の身内を揺さぶり出したのだ。そんな京子に、川田が近づき出して、
「ハハハ、京子、シスターボーイ達が、おめえに赤ちゃんを産ませたいといってるぜ」
京子は、ひどく狼狽しながら、川田から、顔をそらせる。
田代も、そんな京子を面白そうに見て、春太郎にいった。
「何も、俺達に気兼ねすることはないじゃないか。京子は、君達の妻なんだ。好きなだけ産ますがいいさ」
「ほんと、社長。嬉しいわ。それに第一こういう気性の強いじゃじゃ馬を気の優しい女らしい女に仕上げるには、子供を産ませるというのが一番だと思うんですよ」
「うん、それは、俺も考えていたことなんだ」
田代はうなずいて、持参したウイスキーの栓を抜き、
「それでは、三人の幸福を祈って、乾杯しようじゃないか」
部屋の隅にある湯呑茶碗を、川田が水道の水で洗い一人一人に渡して廻る。
ようやく、吉沢が京子の傍へ近寄り、
「へへへ、京子。おめえとは短い縁だったが色々楽しかったぜ。ま、これからはこの面白い亭主と仲良く暮しな。おめえが、この二人の亭主のすることにさからったりしてくれると俺としては都合がいいんだ。今度は、おめえの妹の美津子を女に出来るんだからな。嘘だと思ったら社長に聞いてみろ」
京子は、ひきつった顔をして、田代の方を見た。
「吉沢のいう通りだよ。これから毎日、春太郎と夏次郎の報告を聞き、京子が宣誓文に違反するような行為をとった場合には、先にもいった通り、京子と美津子のコンビを誕生させると共に、美津子は吉沢の女にする、と取り決めたわけだ。とにかく、二人の亭主には、絶対服従。わかったな。京子」
京子は、抗しがたい悪魔の決定的な宣言を脳天から聞かされた思いで、かたく眼を閉ざす。
「さ、乾杯だ」
男達は、口々に勝手な事をいいながら、茶碗のウイスキーを飲み合った。
「そうそう、忘れていた。君達に結婚のプレゼントがあるんだよ」
田代は、そういって、歩き出し、ドアを開ける。
先程から、廊下で待たされていたらしいチンピラの竹田と堀川が、一重ねの豪華な夜具を運んで来た。
「三人が一緒に寝ることが出来る特製の大きな布団だよ」
田代に指示されて、チンピラ二人は、京子が立ち縛りにされている前へそれを敷いたが、ふと、京子のあられもない肢体を見て、ギョツとしたよう、その場へ棒立ちになる。
「子供はまだこんなもの見るんじゃない。早く仕事をしないか」
と、叱るのである。
夜具の上には、真新しい枕が三つ並べられる。ピンクのカバーで覆われた枕をブルーの枕二つがはさみ、それが、また、何とも艶めかしく眼に映じたのか、ほほう、と吉沢が口笛を吹いて、
「これから毎晩、ベテラン二人に挟まれて、お寝んねするわけか。成程、それなら、すばらしく成長するにきまってるぜ」
京子は、眼の前に敷かれた、おぞましい寝具から必死に眼をそらせている。
チンピラ二人は、別に用意して来た差込み電話を押入れの近くに配置するのだった。
「何かあった時、電話が必要だろうからな。それに毎朝、京子の成長ぶりを必ず報告してもらいたいんだ」
田代にいわれて、夏次郎は、
「電話つきの新婚ホームになったわけね。トイレがないのが玉に疵だけど♢♢」
「フフフ、俺からのプレゼントがあるぜ」
吉沢は、一旦、外へ出た竹田が抱えて来た包みを受け取り、夏次郎に渡す。
夏次郎が包み紙を破ると、合成樹脂で出来ているらしいピンク色の可愛いおまるが出て来た。
「何よ、これ。子供用のものじゃない」
「そうさ、女の児用のものさ。どうでい、可愛いだろう。京子のおまるにゃ、ぴったりだと思ってな」
吉沢につられて夏次郎も春太郎も笑った。
春太郎は、それをとって、京子の目の前へ持って行く。
数々のいたぶりに、京子は、打ちひしがれたように顔を伏せている。それを春太郎に鼻先へ突きっけられても、疲れ切ったように激しい狼狽は、もう見せなかった。
「ホホホ、前の御主人からの心をこめたプレゼントだよ。感謝して、これからは、大きい方も小さい方も、これを使って、すませましょうね」
凄惨な無表情さを顔に表わしている京子に対し、そんな事をいって笑う春太郎である。
「さて、俺達は、そろそろ引き揚げよう。賭場の方も気がかりだからな」
と田代は、葉巻を灰皿に押し込み、
「最後に、仲のいい夫婦のキッスを披露しろよ。それを見とどけて、俺達は引き揚げるぜ」
と赤ら顔を歪ませていう。
「いいわ、お安い御用よ」
春太郎と夏次郎は、再び、京子にまといつき始める。
京子の柔軟な肩に手をかけた春太郎は、
「さ、京子さん、お互いに愛をこめて、熱い接吻をかわしましょう」
春太郎が、かさかさした唇を突き出して行くと、京子は反射的に顔をそらせ、眉を寄せて、それを避けるのだ。
忽ち、川田や吉沢の罵倒を京子は浴びる。
「亭主のキッスを嫌がる女房がいるかよ。モタモタしやがると承知しねえぞ」
春太郎は、京子の首に手をかけた。
「さ、京子さん、こっちを向いて。ねえ」
京子は、遂に抗しかね、春太郎の方へ顔を向ける。京子の美しい双眸は、通り雨に濡れたようキラキラ涙で光っていた。
「愛しているわ、京子さん」
春太郎は、京子のぞっとするばかりの美貌に一瞬、茫然とし、たまらなくなったよう衝動的に京子を抱きしめる。
川田が再び声をかけた。
「京子、おめえも、亭主に対し、愛しているわ、とか何とかいいな。それじゃ、愛想がなさすぎるぜ」
京子は、虫ずの走る程嫌な男に息苦しいばかりに抱きしめられながら、一切の人間感情を断ち切ったよう静かに瞼を閉じた。
「♢♢あなた、あ、愛してるわ」
どっと、周囲から哄笑がわき起こった。
京子の頬に、幾筋もの屈辱の苦い涙が流れている。
遂に春太郎と唇を合わせた京子をじっと眺めている義雄は、これで弟達も浮かばれるぜといった気分になり、煙草に火をつけて、うまそうに煙を吐くのであった。同時に、先程シスターボーイを蝮のように嫌い、暴れ廻った京子が、彼等のいう何とかコースとかいういたぶりを身に受け、今、衆人環視の中で彼等に唇を与えている。それが痛快でならないのだ。
川田達が再び、どっと笑い出した。
春太郎と京子が長い接吻を始めたので一人取り残された夏次郎は身を低め、つまむようにしながら唇を当てがったのである。
さっと悪寒のようなものが全身をよぎり、京子は春太郎から唇を離して、ブルブル慄え始めたが、春太郎は、京子の身体を必死に抱きしめつつ、
「暴れたら、皆んなにまた何かといわれるわよ。ね、お夏にもさせてやって」
春太郎は、取り乱す京子をなだめるようにしながら、再び、ぴったりと唇を合わせるのだった。
川田も吉沢も手を叩いて笑いこける。
「成程ね。二人の亭主とキッスするのは、そういう風にしてやるのかい。こりゃ愉快だ」
まんじの舞い
田代が川田や吉沢達を連れ、ようやく部屋から出て行くと、春太郎と夏次郎は、はっとして、ドアに内鍵をかける。
「ようやく、これで三人きりになれたわね。全く、あの人達はうるさくてかなわないわ。だけど、京子さんと私達を一緒にして下さったのだから悪口いっちゃ罰が当たるわね」
春太郎と夏次郎は、そんな事をいいながら京子の前の夜具を、部屋の中央に引っ張って行く。天井の棧から細い皮紐が二本垂れ下がっている。丁度その真下へ夜具を敷いたわけだが、それは、小夜子が義雄の悪どいいたぶりを散々に受けた、いわば小夜子の涙と脂を吸いとった恐ろしい皮紐であった。そういう意味をもった皮紐であることをシスターボーイ達は知るよしもないが、それを見た途端、彼等の頭には、京子をその時の小夜子と同じく、仰向けに固定する計画が出来上っていたものと思われる。一度、京子をああいう状態に追い込んだとはいえ、空手二段の京子に対し、思いを遂げるためには、まだまだこうした拘束具が必要だと二人は大事をとっているのである。
「なかなか気のきいたものがあって、大助かりだわ」
二人は、京子の傍へ戻ると、深く首を垂れている京子の顎に手をかけて顔を上げさせ、垂れ下がる皮紐の下に敷かれた夜具を見せつけようとするのだ。
「じゃ、京子お姉様、これから私達二人の愛を受け入れて頂きますわ。あれがそのための愛のベッドよ」
京子は、何か幻でも見るようにぼんやりと前へ視線を向けている。
「私達との初夜を前にして、そんな不服そうな顔をしないでよっ」
急に春太郎が高飛車になって声をあげた。
先程から、黙りこみ、時々、憎悪に光る眼を自分達に向ける京子が急に腹立たしくなってきたのである。
「貴女を女らしい女に仕上げるのが私達の仕事なんだからね。いいたかないけど、貴女の出ようによっちゃ貴女の妹さんを♢♢」
「わ、わかってます。もうその事は、おっしゃらないで♢♢」
京子は、哀願するような気弱なまたたきをし、春太郎の方を見るのである。
「じゃ、はっきり、返事して頂戴。京子は、これから私達二人と、夫婦の契りを喜んで結んでくれるのね。私達二人の女になってくれるのね」
京子は、たまらなくなって首を落とし、肩を慄わせて、すすり上げ始める。
「ちょいと、どうしたのよ」
春太郎は、邪慳に京子の肩を突いた。
京子は涙を振り払うようにして、顔を上げ歯を噛みしめて、冷静を装おうと努力する。
「ご、ごめんなさい。もう泣かないわ」
京子は、悲痛な覚悟を自分にいい聞かせながら、
「よ、よろこんで、貴方達の、女になるわ」
必死に自分に耐えるようにして口にした。
「うわあ、よくいって下さったわ」
夏次郎は、声をあげ、背後から京子の肩からスベスベした背中、かたく縄で縛り合わされている両手首、更に移行して、肉づきのいい白い尻にまで接吻の雨を降らしつづける。
春太郎も、京子の胸の豊かな二つの隆起に優しく接吻してやりながら、
「よく言って下さったわ。それから、これは私達からのお願いなんだけど、先にも言った通り、一日も早く私達の赤ちゃんをお腹へこさえてね。私達、赤ちゃんが大好きなの。生まれたら三人で仲良く育てましょうよ」
すると、夏次郎が、
「そうね。京子お姉様に似た美しい女の子がいいわ。ただし、空手や柔道などをお母様に似て習いたがるような女の子はいや—ね」
といい、楽しそうな顔をするのだ。
「ね、お願い、お姉様もおっしゃって。京子、きっと、可愛い女の子を産みますわって。ねえ、おっしゃって、お姉様」
夏次郎は、何かに憑かれたよう、そんな事を口走っていたが、急にとりみだして、京子に頬をすりつけ、シクシク泣き出すのである。
「ちぇつ、また病気を出しちまって、しっかりおしよ」
と、春太郎は夏次郎を引き起こしながら、京子にいう。
「このお夏はね。ちょっとした赤ちゃん気違いなの。今でも人形を抱いて寝る時があるのよ。ねえ、お夏のためにいってやってよ。必ず、お夏の子を産むってさ」
京子は、この病的な神経を持つ不気味なシスターボーイを見てぞっとする。全身をみみずが這い廻るような嫌悪感。そして、やがて自分は、この悪魔とも幽鬼ともつかぬ男達の子供を、本当に腹に宿すことになるのではないか、と思うと、あまりの恐ろしさに、気が遠くなるのだったが、一方、自分にとって、死を覚悟しなければならぬ段階が遂に至ったという、一種のあきらめが心の中をしめてきたのである。
今日より、この狭い部屋の中で、二人の陰湿なシスターボーイと同棲生活。そうした酸鼻の地獄の生活に、自分の神経と肉体は、何時まで持ちこたえる事が出来るだろうか。京子は、ふと、自嘲的にそんなことを考える。恐らく何時かは狂い死にすることだろうが、もうこうなれば、最後の最後まで、自分の力の及ぶ限り、美津子をかばい、美津子がこの屋敷より救出されることを祈ろう、といった気持に京子はなった。それには、この化け物達の望むのに従って、柔順に振舞って見せねばならないのだ。京子にとっては、死を覚悟した悲痛な決心であった。
乳房のあたりに顔を押しつけるようにしてすすり泣きをつづける夏次郎に対し、京子はわざと甘くささやいてやる。
「ねえ、京子、貴方の子供をきっと産みますわ。だから、もう泣かないで」
「ほ、ほんと、お姉様。可愛い女の子を産んで下さる?」
夏次郎は、京子に取りすがるようにして声を震わせる。
京子は、恥ずかしげに眼を閉ざし、うなずいて見せるのだ。
「うわあ、嬉しいわ。ね、お春、聞いた? 京子お姉様が、私の赤ちゃんを産んで下さるそうよ」
春太郎は、はしゃぎ廻る夏次郎を嬉しそうに見て、
「よかったね。お夏。でも、蒔かぬ種は生えぬというじゃない。早速、お姉様に種をつけなきゃ」
そうね、と夏次郎もいい、
「さ、お床の支度が整いましたわ」
と、二人は、京子の傍へ寄り、京子の足首を縛った縄を解くべく、身を低める。
「今更、念を押す必要はないと思うけど、さっきのように暴れたりはしないでね。足の縄を解かれたら、おとなしくお床に入るのよ。いいわね」
足の縄を解く前に春太郎は、京子にも一度念を押すのである。
「わ、わかったわ」。
京子は、ぐっと屈辱を呑みこむようにしながら、
「私、貴方達に、最後のお願いがあるの」
「何なの」
「私、もう二度と貴方達にさからったりはしないわ。ですから、お願い、今後、妹をいたぶるような計画だけは立てないで。京子の、一生のお願いです」
京子は、今にも号泣しそうになる心をこらえて、切れ切れにこういうのであった。
「わかったわ、京子お姉様」
と、夏次郎がうっとり京子を見上げるようにしていったが、
「駄目駄目。お夏、そういう安請合いしちゃ」
と、春太郎は制しながら、
「それはね、京子さん。貴女がこれから私達二人を充分堪能させて下さり、二人の夫の愛をしっかり受け入れて下さってからの話。一寸でも私達の気分をこわすような態度があるとそのお約束は何時でも破らなきゃなりませんわ。京子さんが本当にお色気のある女らしい女になったと私が見た時、それは必ずお約束致します」
春太郎は急に相手の弱味につけこむようにわざと非情な言い方をする。
「わかったわね、京子さん」
「♢♢わ、わかりました」
京子は、顔をのけぞらすようにし、すすり泣きつつ、返事をする。
これから、この化け物二人を相手に死物狂いの努力をしなければならないのだ。果たして彼等が望むよう積極的にふるまってみせることが出来るだろうか。京子は、その苦痛によって自分は狂い出すかも知れないと思った。
「でも、京子さん。さっきからくらべると、大分、柔順になってきたようね。フフフ、その御褒美に、これから私達、夕方までの三時間、ぶっ通しで始めてあげるわ」
春太郎は、京子の横顔を見ながら、楽しそうにいい、京子の足首にかかった縄を解こうとしたが、「ああ、そうそう」と、夏次郎の方を見た。
「ね、これから三、四時間、休みなしで続くんだから、今のうち、させといてあげましょうよ。さっきのおまる持って来て」
夏次郎が、それを手にして、再び、近寄って来ると、京子は、ひどく狼狽の態を示し、モジモジ顔を赤らめた。
「嫌、嫌っ♢♢し、したくないわ」
京子は、それの蓋を開けた春太郎と夏次郎が、二人でそれを持ち添え、そのまま、当てがおうとしたので、驚愕し、激しく身を揺すり始めた。
「駄目よ。プレイの最中に行きたくなったって許さないわよ。だから、今、すまして頂戴」
「こ、こんなままでしなきゃならないの」
京子は、精一杯の哀願をこめて、それを当てつけている春太郎と夏次郎に、悲しげな視線を向けるのである。
「そうよ。これからは何時もこういう方法で私達二人が始末してあげるわ。京子さんは、一切、こっちへ任していればいいの。フフフ、楽でいいじゃない」
「ねえ、お姉様。早くすまして、プレイに入りましょうよ。私達、もうこんなになっちゃったわ」
夏次郎は自分のそれと、春太郎のものとを指さしながら、京子を見上げ、すねて見せるのだった。
「お姉様が、私達に見せつけているんですもの。こいつが怒るのも無理ないわ。ねえ、早くすまして、お姉様」
「待、待って。やめて頂戴」
「じゃ、して下さるのね?」
「す、するわ」
京子は、悲痛な表情をし、顔を正面に向けた。この男達の喜ぶように努める、それが自分の運命だと京子は達観した気持になったのだろうか。
一切の人間感情を投げ捨て、自ら地獄の羞恥に向かい一気に飛びこもうとした京子だが、左右から寄り添い、喰い入るように眺めている二人の男に気づくと、京子は、うっと顔をそむけ、たまらない嫌悪感にブルブル全身を震わせるのだった。
「あら、どうなさったの。お姉様、嫌、出し惜しみするなんて」
「早くすませて、早くプレイに入りましょうよ、ねえ」
春太郎と夏次郎は、ついたり、さすったりしながら、ふざけている。
京子は、どうしようもない屈辱と憤怒が、一つのものとなって、胸に突き上げて来て、
「♢♢か、……かかっても、知らないわよ」
と、吐き出すようにいい、美しい眉を寄せ顔をのけぞらせて、男達の張りめぐらせた網の中へ身を投げて行ったのである。
第四十五章 激しい訓練
奈落への道
銀子、朱美、義子の三人にぴったり取り囲まれるようにして、小夜子は、一歩一歩、階段を上って行く。いよいよ鬼源の本格的な調教を受けるため、恐ろしい調教室に曳かれて行く小夜子なのだ。
「フフフ、いよいよ本格的なスターの修業をするわけね、お嬢さん。そんな悲しげな顔はせず、さ、元気を出して歩いてごらん」
小夜子の縄尻をとる銀子は、そのきらめくように白い華奢な小夜子の背すじを指で突きながらいった。
階段を一歩一歩上るごと、小夜子のふっくらと盛り上る美しい乳色の双丘が、ゆるやかに左右へ揺れ動く。それをズベ公達は眼を細めて見つめながら、
「さ、しゃんと胸をはって、さっさと歩きな、お嬢さん」
と、心持、上体を前かがみにし、華奢な美しい肩を震わせつつ、歩みつづける小夜子のあちこちを指先で突くのだ。
ウェーブのかかった艶々しい黒髪が美しい小夜子の額にひと筋ふた筋、垂れかかり、そして、線のきれいな繊細な鼻すじ、甘い香料の匂いがする華奢な首すじ、麻縄に上下をきびしく緊め上げられた、ふっくらした白桃を思わせる乳房、そんな一つ一つをズベ公達はジロジロ眺めながら、この深窓に生まれ育った美しい令嬢が、これから、残忍な鬼源の調教で身も心もズタズタに引き裂かれてゆくのだと思うと、ふと、痛ましい感じがするのであったが、ズベ公達にしてみれば、こうした大家の令嬢を恨み重なる仇のように見ている、奇妙な復讐心理が湧き上り、一日も早く、この令嬢に磨きをかけ、秘密映画、秘密ショーのスターに仕込み上げて、自分達のレベルにも到底至らない程の、下等な女に作り変えてやるのだ、と変質約な荒々しい欲望も湧いてくるのであった。
調教室の前に、ようやく、たどりついた小夜子は、ガクガクと慄え出し、美しい顔をねじ曲げるように伏せて、ひときわ激しく、すすりあげ出す。
「日本一の調教師に指導してもらうと思うと嬉しくて泣けてくるのね。え、お嬢さん」
銀子は小夜子の鳴咽する美しい横顔を楽しそうに見ながら、そんな事をいい、調教室のドアをノックした。
ドアが内から開いて、向こう鉢巻をしめた半裸の鬼源が首を出す。
「へへへ、小夜子嬢か。待ってたぜ。さ、入んな」
出歯をむき出した醜悪な鬼源の顔を見た小夜子は戦慄し、はっと顔をそらせたが、
「何してんだよ。さ、お嬢さん、元気を出して」
ズベ公三人は、小夜子の透き通るように白い、艶麗な裸身を押し立て、室内に足を踏み入れて行くのであった。
小夜子は、ズベ公達の手の中で、狂おしく身悶えしながら、ふと、前方を見て、はっとする。
調教室の隅の椅子の上に縛りつけられ、がっくり首を前へ垂れているのは、静子夫人なのだ。後手に縛られた裸身は、きびしく椅子に固定され、両肢も椅子の脚につなぎ止められている。そんな夫人の両側に腰をかがめてさも憎々しげに、夫人の乳房を指ではじいたり、いきなり、かっとして、夫人の頬を平手打ちしているのは、千代と川田の二人であった。
静子夫人は、かたく眼を閉ざし、唇を噛みしめ、二人のそうしたいたぶりを全身で耐えている。
「今、静子夫人は、千代夫人に、一寸、意見されてるんだ。しばらく、こっちで待っていな」
鬼源は、小夜子の肩に手をかけ、カーテンを開けて、その中へ引きこむと、そこは、鬼源のいう検診室で、不気味に光る鉄柱が一本板の間に立っていて、巻尺、体温計、目盛をきざんだガラス棒、その他、婦人科医などが使用するょうな器具が、乱雑に散らばっている。
鬼源自身、医者を気取って、小机の前に坐り、小夜子に付添って来た形のズベ公達に、小夜子の身体を鉄柱に縛りつけるよう命じるのであった。
さ、こっちへおいで、とズベ公達は、この部屋の中の異様な舞囲気に気が遠くなりかけている小夜子の身体を鉄柱を背にして立たせ、落ちている皮の紐をとりあげて、ひしひしとゆわえつける。
小夜子は、魂までこれらのズベ公にもぎとられてしまった心地で、空虚な眼を天井に向けたまま、ズベ公達に縄がけされている。
「さて」と、鬼源は、まるでカルテでも作成するような調子で、大きな紙とペンを取って小夜子の傍に近寄るのだった。
「いいな。これから、いよいよ、小夜子に対する本格的な調教に入るんだ。今、銀子に聞いたんだが、おめえ、男を有頂天にさせる見事なものを持っているそうじゃないか。それなら、こっちだって、仕込み甲斐があるぜ。今日から、俺はおめえの先生だ。いいか。これから、俺の事を先生というんだぜ。わかったな」
鬼源は、美しい横顔を見せて、悲しげに眼を閉ざしている小夜子に向かい、楽しそうにしゃべりつづけている。
「ちょいと。先生が、ものをいっている時に顔をそらせているなんて失礼じゃないか。これからは、そんな態度は許さないよ」
義子が、横から小夜子の薄紅色の可憐な乳首を指ではじく。
「よろしくお願い致します、先生、と礼儀正しく御挨拶するんだよ。いい所のお嬢さんのくせに全くお行儀を知らない娘ね」
ズベ公達に、乳房や臍などをつつかれ、小夜子は、たまらなくなったように、涙を一杯に浮かべた美しい瞳をあげ、鬼源に視線を向けるのだった。
「♢♢よ、よろしく、お願い致します、せ、先生♢♢」
小夜子が、涙で声をつまらせながら、ようやく口に出すと、ズベ公達は、キャッキャッ手を叩いて喜び合う。
鬼源も満足げにうなずいて、
「よし、そういう風に、これからは素直になって俺の調教を受けるんだ。言っとくが、もうおめえは、大金持のお嬢さんでも何でもねえ、パン助以下の人間だと、よく自分に言い聞かせるんだ」
そういって、鬼源は、紙を持ち直し、
「これからの俺の質問に、はっきり答えるんだぜ。おめえを調教する上の資料になるんだからな」
といって、紙の上にペンを動かせ始める。
「村瀬小夜子、二十二歳、青葉学院出身、専攻はフランス文学、特技は、声楽、それにバイオリンだったな」
「♢♢ハイ」
小夜子は、伏眼し、消え入るように小さくうなずくのであった。
「へへへ、こんな事は、どうでもいい事だ。えーと、生理日は、二十五日前後だったな」
小夜子は、首すじまで真っ赤にして、再び、小さくうなずく。
「初交は?」
小夜子は、ああ、と首を左右に振りながら耐えられなくなって、鳴咽し始める。
「こいつは聞くだけ野暮かも知れねえな。じゃ、おめえにとって、あの津村さんが最初の男ってわけか」
小夜子は、泣きじゃくりながらうなずく。
「そうかい、それだけ聞きゃ充分だ。じゃ、もう一度、念入りにおめえの身体のサイズを測っておこう」
あたい達が手伝ってやるよ、とズベ公達は巻尺を取り上げ、小夜子の身体にまといつくようにして、縄にくびられた乳房のまわりに巻尺を巻きっかせる。
「バストは八十七センチってところね」
鬼源は、ズベ公達にうなずきながら、ペンを紙の上へ走らせる。
「さて次は、おヒップ」
銀子と朱美は、腰をかがめて、巻尺で小夜子のヒップを測り始めた。
「ヒップ、八十八センチ。ね、鬼源さん、ここのとこは?」
銀子はクスクス笑いながら、意味探げに指でつつく。
小夜子は、苦しげに眉を八の字に寄せ、嫌々と首を振るのだが、
「馬鹿ね。♢♢一番肝心じゃないの」
と、ズベ公達は、顔を見合わせて、笑い合う。
「そいつは、専門家に任せて頂こうか。縦幅、横幅、奥行と、少し、くわしく測っておきてえのだ」
鬼源は、巻尺とガラス棒を持って、小夜子に近づく。
「嫌、嫌。ああ、お願いです!」
鬼源が、腰を落として巻尺を取り出すと、小夜子は、ひどく狼狽して、ぴったりと両腿を閉じ合わせ、全身を針のように緊張させてしまう。
「馬鹿野郎!今更、こんな事を恥ずかしがってどうするんだ。何時までもお嬢さん気取りでいやがると承知しねえぞ」
鬼源は、突然、大声をはりあげ、髪の毛をつかんで力一杯、引っ張るのだ。
あっと叫んで、小夜子は、大きく首をのけぞらせる。
「吸い上げたり、吐き出したり、切り刻んだり、これから、色々……芸当を仕込まなきゃならねえんだ。無駄な手数をかけさすんじゃねえ!」
鬼源にきびしく叱咤された小夜子は、打ちのめされたように首を垂れてしまう。
「さ、少しおとなしくしな」
鬼源は、小夜子の可愛い臍を指で押す。
銀子と朱美が、小夜子の華奢な肩先に手をかけるようにして、
「鬼源さんを怒らせたら自分が一番損じゃないの、小夜子。さ、何もかも見て頂き、しっかりサイズを測ってもらいな」
小夜子は、絹糸のような、か細いすすり泣きをくり返しつつ、小刻みに慄えながら、静かに肢の力を抜いてゆくのであった。
美女と白痴
調教室の隅では、千代が椅子に固定された静子夫人の頬を再び、ピシャリと平手打ちしている。
「岩崎親分に私の悪口をいって、自分がいい子になろうとしたんだろ。え、静子」
千代は、次に静子夫人の黒髪をつかみ、ぐいぐいとしごくので、川田がたまりかねたように千代の手を押さえた。
「ま、それ位にしときなよ。お前も随分と根に持つ女だな」
千代は、静子夫人の裸踊りを肴にして、岩崎とねんごろに酒を飲もうとしたのに、急に岩崎に部屋から追い出され、その原因は静子夫人にあると気づいて、岩崎とひと晩を過ごした夫人を、兄の川田に頼んで、この調教室へ連れこみ、ねちねちといたぶり出し、昨夜の恨みを晴らしていたのであった。
千代にとって、もう一つ腹立たしい事は、今夜のショーに静子夫人は出演させるに及ばず、と岩崎が田代に指示したことである。つまり、岩崎は、ひと晩で完全に静子夫人の魅力に参ってしまったのであり、このようなすばらしい美女を衆人環視の中で卑猥なショーに出演させるということにこだわり出したのだ。
遊廓へ上った客が気に入った遊女の身請けを申し出るという場合と同じで、岩崎にそうした気持が動いていることも事実なので、田代も森田も内心弱っている。とにかく、あれだけの美しい容貌と見事な肉体を持つ女であるから、ひと晩を共に過ごした男が有頂天になりのぼせ上ってしまうのは当然と思われるが、思わぬところに問題が出て来たものだと田代も顔をしかめているのであった。たとえ、一千万の現金をつまれても静子夫人だけは手離したくなかったし、また、誘拐した女を他へ売り渡すことなど絶対に不可能なことである。静子夫人にせよ、京子や美津子にせよ、一生涯、この屋敷から外へ出すことは出来ないのだ。
「いい事があるわよ」
千代は、ふと何かを思いついたように川田の顔を見た。
「とにかく、この女にゃ捨太郎という白痴の男が旦那に決まったんだろ。あの薄馬鹿がこの女の亭主だと、はっきり親分にわからせりゃ、いくら物好きな親分でも、二の足を踏むさ、白痴男の女を寝取ったなんて、親分の沽券にかかわるじゃない」
それを聞くと川田も、成程とうなずきながら、
「それに、この奥様が、すでに捨太郎の種を腹に宿しているてなことになると、親分だってどうしようもねえからな」
「そうね。フフフ、たしかにそうだわ」
千代は、大きく金歯を見せて笑いながら、椅子の上の静子夫人を見た。
静子夫人は、流す涙も涸れ果てたように軽く瞑目したまま冷静さを表情に見せている。
「じゃ、奥さん。早速、これから捨太郎と仮祝言をあげ、夫婦の契りを結んで頂くわ。フフフ、奥さんの新しい旦那は、薄馬鹿のゴリラ男。でもあの方だけは、オットセイみたいに強いというから楽しいじゃない」
千代は、含み笑いしながら、静子夫人の頬をつついた。
「京子がついさっき、ニヤケた気味の悪いシスターボーイ二人と結婚式をあげたぜ。奥さんはこれから、ゴリラ男と結婚式だ。お互いにいい旦那を持って幸せじゃねえか」
川田は、椅子の脚に縛りつけてある夫人の肢から縄を解き放し、縄尻をとって、夫人を立ち上らせる。
「さ、お歩き。ゴリラ男の部屋へ行くのよ」
千代は、量感のある静子夫人の尻をピシャリと叩く。
川田は、バスト九十ニ、ヒップ九十四という見事な夫人の肉体をしげしげ見つめて、
「こってりと脂が乗って、随分と色っぽくなったじゃねえか。え、奥さん、最初から見ると、まるで見違えるようだぜ」
そんな事をいいながら、千代と一緒に引き立てようとした時、ドアが開いて、のっそりと捨太郎が顔を見せた。
「おっ、丁度いい所へ来たぜ。捨太郎、これからおめえに、いよいよこの別嬪さんを抱かせてやろうと思うんだ。おめえは、晴れて、この奥様の亭主になることが出来るんだぜ。どうだい、嬉しいだろ」
捨太郎は、えへらえへら笑って、涎を流しつづける。
「じゃ、ここで簡単な結婚式をさせてやろうよ。教養高き天下の美女と白痴のゴリラ男。これは最高に面白い組み合わせだと思うわ」
千代は、手を叩いて笑いこける。
川田は静子夫人の背を押して、太い鎖が天井より垂れ下がっている所へ連れて行く。何時か、衆人環視の中で、脂汗を流しつつ、夫人が果物を切らされた恐ろしい地点へ夫人を立たせた川田は、素早く夫人の縄尻を鎖へつなぎ止めるのだ。
「さ、捨太郎。こっちへ来な」
川田が白痴男を手招きする。
捨太郎は、相変らずニタニタ笑いながら、のっそりと夫人に近寄って来て、縄に緊め上げられた豊満な乳房、むっちりと肉づきのいい太腿、美しいカーブを描く量感のある尻などを眺めながら、夫人の周囲をぐるぐる廻りだした。
「どうでい、捨太郎。こんな天女みてえに美しい奥さんと、これから毎日いちゃいちゃして暮せるんだ。思っただけで体がウズウズして来たろう」
川田がそういうと、捨太郎は、はいていたよれよれのズボンを引き下ろしたので川田も千代も面喰らった。
「馬、馬鹿野郎」
川田は思わず吹き出して叱ったが、千代はキャーと大袈裟な悲鳴をあげ、川田の背へ顔を隠すようにして、笑いこける。
それはたしかに人間離れした巨大さで、いきなり見せつけられた川田と千代は、度胆を抜かれた思いになったのだ。
「まだ早えよ。何も俺達に、見せなくてもいい。早くしまいな」
捨太郎は川田にどなられ、真っ赤になった顔をねじ曲げるようにしている静子夫人の方をニタニタして見つめながらズボンをはく。
「じゃ、私は、ここへ田代社長を呼んで来て、静子と捨太郎の結婚式に立ち会って頂くことにするわ。社長もきっと安心することだと思うわ」
千代は、そういって、そわそわと部屋の外へ出て行った。
「♢♢川田さん」
静子夫人は、千代の姿が消えると、うるんだ美しい瞳を川田に向けた。それは、川田に対し哀願する眼差しではなく、もうこうした自分の運命を拒否することは不可能だと諦めた悲しい冷静さを眼の底にたたえた静子夫人である。
「もう私、これでいよいよ二度と世間へ出られない奴隷となってしまうわけなのね。御満足?」
と、いささか皮肉な調子を含めて、夫人は川田にいうのだった。
「そうだね。奥さんは、千代や俺にとっても元はといえば御主人様だ。それをよ、こういう具合に俺達の完全な奴隷にしちまったんだからな、笑いが止まらねえよ」
「私、貴方達に対し、何一つ恨みをかうようなことはしなかったつもりです。そ、それなのに♢♢」
冷静につくろい、川田に皮肉の一つでも浴びせようとするものの、ふと、感情が高ぶり出し、静子夫人の切長の美しい瞳からは一筋二筋、熱い涙が流れ落ちるのであった。
言語に絶する残忍ないたぶりを受け、身も心も無残に打ちくだかれて、秘密ショーに出演する肉体に作り変えられてしまった夫人であるが、今、白痴男の所有物にしようと企む悪魔のような川田や千代に対し、こらえにこらえて来たたまらない屈辱感と彼等に対する憎悪が一つのものとなり、火の玉のように胸元に突き上げて来たのであった。
「奥さんに対して、俺は恨みも何もねえけどよ。とにかく、天下の美女と騒がれた遠山財閥の令夫人を、こういう具合に泥沼へ引きずりこみ、泥水の中でアップアップさせるってことが俺はたまらなく面白いんだ。理由はそれだけのことさ」
川田は、煙草を口にして、ゆっくり煙を吐きながら、せせら笑った。
静子夫人は、眼を閉ざし、川田のいう事を俯向いたまま聞いていたが、急に気持を取り直したように美しい顔をあげた。
「わかったわ。貴方達が静子を今後どのような方法でおもちゃになさろうと、もう静子は決して泣いたり、わめいたりは致しません。ですけど川田さん、静子の頼みを一つだけ聞いて下さいね、お願い」
静子夫人のすがりつくような眼に、必死なものがにじみ出す。
「何だね、いってみな」
「静子は、もう人前には出られないこんな女になってしまいました。もう静子はどうなってもいいんです。ですけど、まだ若い小夜子さんや美津子さん達が、私のような女になっていくのだと想像すると、恐ろしくて、それだけは、ど、どうしても、がまんが出来ないのです」
そこまでいうと、静子夫人は遂に肩を震わせて、鳴咽し始めた。
「お、お願いです。あのお嬢さん達だけは、もうこれ以上♢♢」
あとは言葉にならず、顔を横に伏せて泣きじゃくる静子夫人だったが、川田は、今まで能面でもつけたように、暴虐の嵐の中に立ちながら、数々のいたぶりを耐え抜いて来た静子夫人が、急に人間に立ち戻ったようにそうした哀泣を見せたことに、何ともいえぬ心のうずきを感じ出したのである。
「よ、奥さん、そう泣くなよ。ま、俺に任しときな。俺だって少しは血の通った人間だ。奥さんがそう頼むなら、小夜子や美津子達を他の男客のおもちゃにさせるような目には合わさねえ。あの社長は血も涙もねえ人間だが、俺がいえば何でも聞きとどけてくれる甘いところがあるんだ。ま、まかしときな。悪いようにゃしねえよ」
と、川田は、小さくすすりあげる静子夫人の柔軟な肩に手をかけ、夫人の顔をのぞきこむようにしていうのだった。
「ただし、俺の方も奥さんに希望があるんだぜ。千代のいうことには絶対服従してもらいてえんだ。千代と俺は遠山財閥相手に大きな博打を打ってるってことは奥さんだってわかってるだろう。千代が遠山隆義の正妻におさまるってことが俺の夢なんだよ。千代が奥さんを眼の敵にするってのも当然のことさ」
「そ、それなら♢♢」
静子夫人は、すすりあげながら川田の顔に涙を一杯浮かべた美しい瞳を向けた。
「どうして、私をひと思いに殺してしまわないんです。そんなに静子が邪魔なら、何時までも生かしておくことはないじゃありませんか」
ハハハ、と川田は、愉快そうに大きく伸びをして、
「冗談じゃない。お前さんのようにいい女をむざむざ殺らせるもんか。顔といい身体といい最高級品。しかも、お目当てときたら正に絶品だ。鬼源もいってたぜ。随分、色々な女を手がけて来たが、あんな見事な女は初めてだってね。そういえば、この間、拝見した芸当にしたって、まるで正宗のような切れ味の良さだったじゃねえか」
川田は、消え入るように顔を伏せ、屈辱に打ち震えている静子夫人の美しい横顔む見つめながら、そんな言葉のいたぶりを始めるのだったが、
「いいな、奥さん。とにかく千代は、静子夫人が特定の男を持ち、その子供を腹に作るってことになりゃすっかり安心して、これからの仕事に調子が出るといってるんだ。つまり、静子夫人の再婚先が決まらねえと落着かねえんだよ」
川田は静子夫人の悲痛な覚悟と、小夜子や美津子達のことをかばい始めた心の隙間に乗じるようにして、これから始まる静子夫人と捨太郎との結婚式の演出に、とりかかろうとするのである。
「喜んで、捨太郎と夫婦になり、捨太郎の子供を産むってことを千代にいって、奴を安心させるんだ。いいな、そうすりゃ、約束通り、小夜子達のことは悪くはしねえからよ。頼んだぜ」
川田は、静子夫人の耳元に口を寄せ、千代にはこう約束しろ、とか、社長には、こういえ、とか指示するのだ。
静子夫人は、川田のいうその一つ一つを、すすり上げながち柔順にうなずいている。川田は夫人を田代の前で、如何にもショーのスターらしく、艶然とした姿態をとらせようとするのであるが、それは、川田の田代に対するいわば点数稼ぎのようなものであった。
やがて、廊下に田代の高笑い、千代の追従笑いが聞こえ出す。
「さ、お出ましになったぜ、社長が。しっかりやんな」
川田は、夫人の耳から口を離す。
静子夫人は、一切の未練を断ち切った如く気高いばかりに冷厳な表情を作り、静かに瞼を閉ざすのだった。
恐ろしい演技
執拗な位に丹念に拭き取った春太郎と夏次郎は、ようやく立ち上って、死んだようにぐったり首を垂れている京子の耳たぶをくすぐる。
「ホホホ、どう。さっぱりしたでしょう。お姉様」
二人のシスターボーイは、屈辱の極に顔も上げることの出来ぬ京子を楽しそうに眺めていたが、やがて、京子の足元に置いてある、ピンクの可愛いおまるをかかえ、京子の眼の前へ持っていくのだ。
「随分、溜まっていたものね。ホホホ、まあ、嫌だ。ホカホカ湯気を立ってるわ」
京子は、キリキリ歯を噛み鳴ちしながら、眼の前に近づけられたそれより必死に眼をそらしつづける。
「さて、さっぱりした所で、そろそろお床入りと参りましょうか」
春太郎と夏次郎は、ようやく、左右へ大きく開かせ、皮紐で固く結びつけた京子の足首に手をかける。
皮紐はやっと解かれたが、京子はすぐに肢をすぼめることは出来なかった。足首も腿の附根あたりもしびれ切り、自分の自由にならない。
やがて、徐々に肢と肢とを引き合わせ、ようやく、ぴったりと太腿を密着させると、二人のシスターボーイは鼻唄を唄いながら、天井のロープより京子の縄尻を解き始めた。
「ね、お願い。このまま、しばらく休ませて頂戴」
と、京子は、肩や背に手をかけて、夜具の上へ運び込もうとする二人に、哀願の眼差しを向けた。
「あら、駄目よ。そら見て、私達、もうこんなになっちゃつてるのよ。どうしようもない位にがつついているんだから」
と、春太郎は、いやらしい素振りを示して笑うのだ。
京子は、眼をそらせ、たまらない嫌悪感に小さく首をすくめてしまう。
夏次郎が後ろから京子の首すじに鼻を押しつけるようにしていう。
「ずるいわ、お姉様ったら。御自分だけいい思いをして、私達の悩みは解決してくれないなんて、そんなの卑怯よ」
「そうよ、そうよ。今度は私達だって、充分楽しませてもらうわ」
京子の縄尻をとった春太郎と夏次郎は、京子の肩を左右から抱きすくめるようにして、二本の吊り皮の垂れている夜具の上へ京子を押し進めて行く。
フラフラと京子はつんのめるようにして歩き出したが、長い間、両肢を拘束されていたため、思うように腰や肢に力が入らず、その場へよろけて、膝頭をついてしまうのだ。
「まあ、情けない。空手二段の威勢の良さはどうしたの。さ、しっかり歩いて、歩いて」
引きずるようにして京子を夜具の上へ乗せあげたシスターボーイは、後手に縛られたままの京子をひっぺ返すようにして、仰向けに倒し、右と左から京子の肉づきのいい肢を強引に上へ持ち上げるのだ。
いよいよこの化物達に♢♢そう思うと、京子は、一旦は悲痛な覚悟をしたものの、あまりにもみじめ過ぎる自分が口惜しくなり、夜具に頬を狂おしくすりつけて泣きじゃくる。
「まあ、おむつを取り替えられる赤ちゃんがむずかって泣き出したみたい」
京子の肢を皮紐にしっかりと結びつけた春太郎、夏次郎は顔を見合わせて笑い出した。
京子は、涙を振り切るように、一二度首を振って、のぞきこんでいる二人の男に視線を向け、
「さ、どうでも好きなようにして頂戴。か、覚悟は出来ているわ」
そういうや、さっと横へ顔を伏せ、観念の眼を閉ざすのだった。
「そんな言い方はないでしょ。貴女は、私達のお嫁さんになったのよ。初夜の時に、どうでも好きなようにしろという花嫁がいるかしら。駄目ねえ、少し、教育してあげるわ」
むっちりと引き緊った野性味と官能美を備えた京子は、見ていても息苦しいばかりに艶めかしい。そうした腿からヒップにかけての美しい曲線を、二人のシスターボーイは陶然とした面持でしばらく眺め合うのだ。
「私達はね、貴女を自分達の妻にすると同時に、誰からも愛される可愛い女に教育する任務があるのよ。さっき、吉沢さんは私を呼んで何といったか知っている? お前達、京子を散々おもちゃにして、後で京子は何一つこっちの欲求せ満たそうとせず暴れつづけたと報告しろ、というのよ。何故だかわかる? そうすりゃ吉沢さん、貴女の妹さんに手を出すことが出来るからよ、社長とそういう約束が出来ているのよ」
春太郎が京子の耳に口を当て、そういうと京子は、はっとしたように眼を開き、口惜しげに唇を噛むのだった。
「勿論、私達、そんな卑怯な真似はしないわよ。私達は、お姉様の味方よ。あら、自分の妻に、お姉様なんて呼び方はおかしいわね。これから京子と呼ぶわね。とにかく、私達は、京子が、悦んで私達二人の愛を受け入れたと社長に報告するつもりよ。私達の気持、わかってくれるわね」
男の官能をかき立て、自分自身も大いに燃えて、二人の愛を受け入れねば、自分達の出よう如何では、妹の美津子を吉沢の牙にかけさせることも出来るのだぞ、ということを春太郎はいいたいのだ。が、京子は、春太郎の仕掛けた網に見事にひっかかった形となった。
「後生です。美津子を、あの人達の手から守ってやって。その代り、京子は♢♢」
貴方達の要求することなら何でも聞く、と京子は小さく、唇を震わせながらいったのだ。
「いいわよ。それじゃ、私好みの寝室のエチケットについてお教えするわ。うんと聞く人に楽しい思いをさせてあげればいいのよ」
「聞く人ですって?」
「フフフ、つまりね、テープをとるわけよ。如何に京子嬢が悦び、燃え立ち、私達二人と楽しいプレイを演じたかってことを、社長に報告するためには、テープが一番効果があるんじゃない」
それから、約二十分ばかり、春太郎と夏次郎は、京子にぴったり左右から添い寝して、どのように京子が受け、また、積極的に挑めばよいかということを、代る代る京子の耳元に吹きこむのであった。
それは、京子にとっては、この屋敷へ捕われて受けたどの拷問よりも辛い苦しいものである。
「そ、そんな事、ああ、私、いえない、いえないわ」
思わず、京子が全身を燃えるように熱くして、首を振りつづける程、女として口に出せないおぞましい言葉をも春太郎は要求する。
「愛しい妹さんを吉沢の手から守ると思えばそんな事、なんでもないじゃないの」
春太郎は、京子のそうした悦びと感激の声を的確に録音するには、自分達は冷静な傍観者にならねばならぬ故、も一度、道具を使って京子をのたうたせ、その状態にまで持って行こうと夏次郎に提案した。
「仕方がないわ、私達、調教師として月給を貰うんですからね」
夏次郎も納得する。
「じゃいいわね、京子。とくに最後、スパークする時は、さっき教えてあげたようなことをありったけの声をはり上げて叫ばなきゃあだめよ。ここはクライマックスで一番テープを聞く男が悦ぶところなんだから」
さ、支度にかかろうよ、お夏、と春太郎は上体を起こした。
生臭いばかりに官能的な弾力のある見事なヒップがデンと枕の上に据えつけられ、その二つを二人のシスターボーイの好奇な眼に、堂々とばかりに晒け出してしまった京子は、もうはっきりと心のふんぎりをつけたのか、力のない、ねっとりとした瞳を天井の方に向けている。
「じゃ、お夏。私、甲側を受け持つからね。あんたは、この二つを、お道具で責めあげてよ。小さい方はガラス棒、大きい方は桐箱の中身で、いいわね。同時責めにかけるのよ」
「了解、了解」
「ね、今度はこれも使ってみない。お姉様に美しい声を出させるためには、大変効果があると思うわ」
「そうね。じゃ、たっぷり、その両方に…」
あいよ、と夏次郎は指先にたっぷり掬いあげると、すりこみ始める。
「あっ、ああ♢♢」
京子は、その瞬間、大きく身をもがかせ始めた。
春太郎は、いいのよ、いいのよ、と悶えだす京子をなだめるようにしながら、京子に添寝し、やわらかい耳たぶや頚すじ、咽喉首に軽く口吻を始める。時には、しつっこく、時には、やさしく、軽くかんだり。
やがて、熱い息を吐きかけるようにして、京子の耳元に口をよせながら、
「そろそろテープレコーダーのスイッチを押すからね。いいわね、京子。美津子を救いたければ、自分に抗わず、燃えて、燃えて、燃えぬくのよ」
と春太郎はいい、ふと夏次郎の方へ眼を向けた。
「お夏、京子がおねだりしてから始めるのよ。それまで手を出しちゃだめ」
咽喉のあたりに羽毛のようにやわらかい口吻をうける京子は、さも、もどかしげにゆらゆら動かしながら、熱くなった頬を春太郎の肩のあたりにすりつけ始めるのだった。
第四十六章 低能男と令夫人
奴隷の花嫁
「♢♢静子は、本日、只今より、江川捨太郎氏の妻となり、森田組繁栄のため、一生、この身を♢♢」
と、静子夫人は、軽く瞑目しながら、前に立つ田代と千代に宜誓する。
上背のある美しい豊満な裸身を改めて一本柱に縛りつけられ、川田に因果を含められた静子夫人は、もはや、ためらうことなく、悪魔達の掘った暗い陰湿なおとし穴の中に自分を投げこませていったのだ。
「ハハハ、これでどうやら、千代夫人も一安心というところですな」
田代が、ふと千代の方に視線を向けると、千代は、顔中、皺だらけにして、満足げにうなずくのであった。
「そういうことね、社長。私もこの奥様が、ちゃんと再婚して下さらないと、何だか気分が落着かなかったのよ。でもこれで一安心、ほっとしましたわ」
ホホホ、と千代は、金歯をのぞかせながら静子夫人の気品のある、美しい横顔をしげしげと見つめて、からかうような様子で、口を開くのであった。
「ねえ、静子奥様。今日から、いよいよ捨太郎夫人におなり遊ばすわけね。心から、おめでとうを申し上げますわ」
千代は、捨太郎を手招きする。
「さ、捨太郎さん、遠慮せず、新妻の横にお立ちなさいよ」
捨太郎は、ニヤニヤしながら近寄って来、静子夫人の横に立った。
「記念写真をとるわ」
千代は、用意して来た小型カメラを構え始めると、静子夫人は、美しい眉を曇らせて、顔を横へそらせるのだった。
「あら、駄目じゃない。幸せそうに、捨太郎さんと頬をすり合わせ、接吻するのよ」
川田が、夫人と捨太郎の傍へ寄って、演出にかかる。
捨太郎は、川田に指示されるまま、静子夫人の肩を抱き寄せ、片手で夫人の豊かな一方の乳房を下から持ち上げるようにするのだった。
「なかなか、いいポーズだわ。でもさ、そんなに恥ずかしそうに顔を横へそらすのは気に入らないわね」
千代がカメラを構えながら注文を出す。
すると、川田がうなずいて、横へそらせる夫人の顎に手をかけ、捨太郎の方へ強引に向けさせるのである。
捨太郎のゴリラに似た怪異な容貌をちらりと見た静子夫人は、苦痛を噛みしめるように顔を歪め、かたく眼を閉じ合わす。
「熱烈に愛し合っている夫婦のように、情熱的な接吻をかわしてごらん。そこを写真にとるわ。貴方達の愛の記録の第一頁をかざる写真なのよ。さ、始めて」
千代は、クスクス笑いながら、カメラのピントを合わせている。
「いわれた通りにしねえか」
川田に、叱咤された静子夫人は、いやらしく口をとがらせて、身をすりつけてくる捨太郎の唇を、顔をのけぞらせるようにして、受け止めた。
知覚が喪失するばかりの屈辱の接吻を静子夫人は、全身を硬化させて必死にこらえているようだ。
「そんなに石みてえに硬くなっちゃ、仕様がねえな。捨太郎は、お前さんのご主人なんだぜ。少しニンニク臭えが、それぐらいのことは辛抱するんだ」
川田は、そんなことをいって、苦痛に顔を強張らせ、捨太郎の接吻を受けている静子夫人を観察していたが、
「気に入らねえな。そんなに嫌がったキッスをするのなら、俺は怒るぜ」
川田の陰険な言葉を浴びた静子夫人は、涙を振り払い、胆をすえたように顔を起こすと遮二無二、突っこんでくる捨太郎の唇に、ぴったりと温くて、甘い花びらのような唇を重ね、しっとりうるおった舌を捨太郎の口の中へさし入れた。
捨太郎は、静子夫人の備えがゆるんだと見るや。そのがっしりした両腕で夫人の全身を抱きしめるようにし、夫人の甘く熱い舌を音をたてて吸い始める。
静子夫人は、体の節々が、暗闇の中に溶けこんでいくような、苦しい、恐ろし戦慄を感じながら、どうともなれと、捨太郎に全身を委ねてしまっている。
「そう。なかなか気分が出て来たようね」
千代は、ぴったりと捨太郎に唇を合わせている静子夫人を楽しそうに見て、パチリ、パチリと、カメラのシャッターを切るのだった。
何枚かの写真をとられた静子夫人は、ようやく、捨太郎の唇を離し、抱きすくめている捨太郎の肩にがっくり首を落とすようにして小さく、すすり泣く。いよいよ落ちるところまで落ちたという感懐が、辛く苦しく、神経をさいなむのだろう。静子夫人の閉じ合わせた瞼より、屈辱の熱い涙は、幾筋も流れ落ちて捨太郎の肩を濡らすのである。
「さて、次に♢♢」
川田は含み笑いしながら、再び夫人の傍に近寄る。
「俺がさっき教えてやった要領で、新しいご主人様に、愛の言葉を捧げるんだ。どれ程、このご主人様を愛しているか、甘くて熱いところをたっぷり、田代社長と千代夫人とに、ご覧になって頂くんだよ」
静子夫人の乳白色の艶やかな肩先を川田は指で突いた。
「♢♢か、川田さん」
静子夫人は、捨太郎の肩に顔を埋めながら、嫌、嫌と首を振るようにして、
「貴方のおっしゃるように、私、宣誓しましたわ。覚悟も決めました。そ、それなのに」
静子夫人は、涙にうるむ切長の美しい瞳を川田に注いで、哀願的な表情を作った。
「だから、そんなことする必要はないというのかい。さっきと大分、約束が違うようじゃないか」
と、川田は、憤ったような眼差しを静子夫人に向けるのである。
元、自分の女中であった千代に対し、静子夫人が未だ完全に屈服し切れず、少なからず敵意のようなものを心のどこかに宿しているということは川田も感じている。静子夫人にとって、元の使用人の前で辱しめられるということが一番骨身にこたえて、辛く、悲しいことであるに違いない。それがまた、川田や千代にとっては、つけ目であり、腹立たしいことでもあったのだ。心底から屈服させ、静子夫人を完全な位に柔順な、自分達の奴隷に仕上げるということが二人の目的であったからだ。
「よ、どうなんだ。千代夫人の前では、まだ素直になり切れねえというのかい。それならこっちにも考えがあるぜ」
川田は、蛇のような眼つきになり、静子夫人の耳を引っ張る。
「♢♢か、川田さん」
「はっきり返事しな」
川田に、つっ放すようにいわれた静子夫人は、精根尽きたように首を垂れ、
「わ、わかりました」
と、すすりあげるようにいい、自分の心を整えるよう、しばらく瞑目していたが、やがて、すっと顔を上げると、傍に立つ捨太郎の方を一抹の憂いを帯びた瞳に、ぞっとする色っぽさを浮かばせて見つめるのだった。
捨太郎は、相変らずニタニタ笑っていたが、片手を静子夫人の肩に再びかけて、身をすり寄せ始めた。
「♢♢ねえ、あなた」
面白そうに見つめていた川田が首を振り、
「駄目だね。令夫人時代の乙にすました気取りってやつがまだお前さんにはあるようだ。もっと気分を出して、色っぽくやってみな。客に甘える芸者みたいに、鼻にかけて甘ったるく呼ぶんだ。こんな具合にな。♢♢ねえ、あなたあ♢♢」
川田が頓狂な声を出したので、田代も千代も顔を見合わせ、声を立てて笑った。「さ、やってみな」
静子夫人は、川田に強制されても一度、捨太郎の方へ、妖艶な眼差しを向け、
「♢♢静子は、静子は、今日から貴方の妻よ。お願い、うんと静子を可愛がってね」
静子夫人は、肩を抱いて、ぴったりと寄り添う捨太郎の顔に、赤らんだ頬をすりつけるようにして、すすり泣くようにいう。
田代、千代、川田の眼が、嘲笑している。このように、奈落に落ちた自分の姿を、うんと笑うがいいわ、といった捨鉢な気持も手伝ってか、静子夫人は、先程、川田に指示された通りに捨太郎相手に振舞って見せるのであった。
「ねえ、あなた。静子、あなたの、あなたの赤ちゃんが欲しいのよ。それが、そこにいらっしゃる千代奥様に対する罪滅ぼしになることなの。ねえ、お願い。静子に赤ちゃんを作ると、約束して」
川田にいい含められた通り、やっとそこまで演じて見せた静子夫人は、急にたまらない屈辱感に胸を押しつぶされ、声をあげて泣き出すのだった。
「おっと、さめざめ泣いて頂くのは、捨太郎とお床入りになってからだぜ」
川田はそんなことをいって、更に静子夫人を千代の前でいたぶり抜くべく、夫人に対する演技を要求するのだった。
再び、静子夫人の耳元に口を寄せる川田。しかし、静子夫人は、反抗の空しさを悟り切ったように反感は見せず、涙を振り切ったように再び冷淡な表情で前を向きながら、
「ねえ、あなた。静子ね、あなたのお気に入るかどうか、くわしくご覧になって頂きたいの。ねえ、いいでしょう」
静子夫人は、何か幻でも見るような悲しげな瞳を上の方に向け、
「い、いかが。お気に召して? ねえ、あなた」
静子夫人は閉ざしていた両腿をゆっくりと左右に開き、その附根に生暖かく盛り上った艶っぽい繊毛の部分を捨太郎の眼にはっきり晒させようとする。
静子夫人は、顔も首も屈辱と羞恥に真っ赤にしながらも、
「あ、愛するあなたに、静子、何もかもお見せしたいのよ。ねえ、もっと傍に寄って、ご覧になって下さらなきゃ嫌。静子を愛して下さらないの」
田代も千代も川田も、静子夫人が遂に、そうした大胆な仕草を捨太郎に対して演じ出したことに大満悦だ。捨太郎と一緒に、夫人の傍に身を沈め、誘拐されてこの座敷へ運ばれて以来、鬼源の調教を徹底的に受け、鍛え抜かれた甘美な令夫人の肢体を感懐探げにじっと凝視するのである。
千代は、わざとらしくハンカチを口に押し当てて、見てはならぬものを無理やり見させられたような狼狽ぶりを示し、クスクス笑いつづけ、
「嫌だわ。私、眼の持って行き場がなくて困っちゃうわ」
などといいながらも、興味深げに、眼を注いでいるのだ。
川田は、舌なめずりをしながら、立ち上り、再び静子夫人の耳元に口を寄せる。
ああ、と静子夫人は、その瞬間、赤らんだ顔を急に振り、
「後、後生です。もう、これ以上♢♢」
「まだ、わかんねえのかよ。お前は、森田組の大スターなんだぜ。そんなことぐらい言えねえようじゃどうする。鬼源にちゃんと教わった筈だ」
川田は舌打ちして、静子夫人の頬をぴしゃりと平手打ちする。
静子夫人は、こうした淫靡ないたぶりを千代の前で受けつづける位なら、捨太郎の獣のような攻撃をまともに受けた方がどれ程、救われるかわからないとさえ思う。
「グズグズしやがると承知しねえぞ。わかったな」
川田は、居丈高になって、大声を夫人に浴びせるのだった。
「どうです社長。日本舞踊、生花、お茶で明け暮れした遠山財閥の美しい若奥様が、俺達の前で、今みてえなことを、はっきり口にするようになったのですからね。全く、大した進歩じゃありませんか」
そして川田は眼を静子夫人に戻して、
「ご主人様は、まだわからねえとよ」
と、どなる。
静子夫人は、催眠術にでもかかったよう、再び息苦しいばかりに大胆な、そして、極端な姿態をとるのであった。
「♢♢ねえ。あなた。おわかりになって?」
静子夫人は、火のように火照った顔を横にねじ曲げるようにしながら、川田達が望む甘い声を出す。
捨太郎は、涎流して、えへらえへら笑いながら、川田や田代の方をちらと見、指で突く。
ああ、と静子夫人は、赤らんだ顔を一層横へそらせて、
「♢♢嬉しいわ。それなの。それが、静子の一番弱いところ♢♢」
もじもじしながら、甘えかかるようにいうのであった。
もはや、何のためらいも恥ずかしさも示さず、美肌を誇示するようにして、捨太郎の鼻先へ突き出している静子夫人である。
田代は、葉巻に火をつけ、そのすさまじい光景を眼を細めて見つめている。数多くの女を知っている田代であるが、これ程の美貌とこれ程の見事な肉体を持つ女を見たことはなかった。それに加えて、男の官能をいやが上に高ぶらせる。
それは、飽かずに眺め入っている田代の眼にそのまま沁み入って来るような息苦しいばかりのときめきを覚えさせるものであった。
静子夫人は、うっとりと眼を閉じ、美しい横顔を見せながら、川田に強要されるまま柔順に振舞って見せている。
「ねえ—、あなたあ」
静子夫人は、さも、もどかしげに身悶えするよう一層、捨太郎の眼前に突き出して、
「♢♢お気に召した? ねえ、何とかおっしゃって」
捨太郎は、水洟を手でかみながら、相変らず、ゲラゲラ笑っている。
川田が捨太郎に代って声をかけた。
「旦那は大分、気に入ったようだぜ、涎を流して喜んでるよ」
静子夫人は、それを聞くと、首を大きくのけぞらせるようにし、艶やかなうなじをくっきり浮き立たせながら、川田に強要されている言葉を甘くささやくように震える唇から吐き出したのである。
「♢♢そ、それじゃ、お願い。早く。いいでしょう。ねえ、これから、すぐよ」
田代、川田、千代の三人は声を合わせて笑い合った。
「へへへ、社長。奥様が自分からああおっしゃってるんだ。早速、思いを遂げさせてあげようじゃありませんか」
川田は、いそいそとして田代にいい、静子夫人に向かって、
「それじゃ、お望み通り、これからすぐに捨太郎とからませてやるからな。長い間、ご苦労だった」
静子夫人は、ふと、こみ上がって来た今の浅ましい演技に対する自意識を持てあましているかのよう、がっくり首を垂れてしまうのだった。
その時、鬼源の個室をしきっているカーテンが開いて、銀子や朱美、悦子などがぞろぞろ出て来る。
「あら、一体、これから何が始まろうというの」
銀子は、川田を見て尋ねた。
「いよいよ静子夫人が、捨太郎とお床入りを遊ばすんだ。たった今、お二人は、甘い接吻をかわしてよ。珍妙な結婚式をあげられたところなんだぜ」
「まあ、そうなの。めでたく捨太郎夫人となられたわけなのね」
ズベ公達は、柱に立ち縛りされ、がっくり首を落としている静子夫人を眺め、手を叩いて、はしゃぎ出す。
「ところで鬼源は何してるんだ」
「今、小夜子を調教しているわ。いよいよ、あのご令嬢の幕開きよ」
「へえ♢♢」
と、川田と田代は、楽しそうな顔つきになる。
「今日は一寸、小手調べといったところね。茹で卵よ。フフフ、あのご令嬢、目を白黒させて、只今、ご勉強中よ」
そりゃ、愉快だ。一寸のぞきに行ってみないか、と田代が川田に持ちかけたが、千代が苦笑しながら二人を制した。
「気の多い方ね。静子夫人の方が先決じゃありませんか」
成程と田代はうなずいた。
千代は、一刻も早く、静子夫人が捨太郎の所有物になることを望み、それをはっきり確かめておきたいのだ。そのことは田代も川田もわかっている。
「早く私を安心させて下さいな。ねえ社長」
と、千代はニンマリと笑い、とってつけたような色気を田代に対して振りまくのであった。そして、次に、三人のズベ公達に対していう。
「貴女達、丁度、よいところへ来て下さったわ。この美しい花嫁に寝室のお化粧をして上げて下さらない」
OK、とズベ公達は、早速、手分けして化粧道具の用意にかかる。
田代が葉巻をくゆらせながらいった。
「この二人のスイートホームに、三階の梅の間を進呈しよう。部屋は狭いが、壁に鏡がとりつけてあって、この屋敷の中でも割りに凝った部屋なんだ」
川田が、捨太郎を見ていう。
「よ。おめえ、そんないい部屋で、これからこの美人と二人で世帯を持つことが出来るってわけだ。社長のご恩を忘れず、この美人とぴったり息のあった夫婦ごっこをショーの時には発表するんだぜ。いいな」
こんな天下の美女をわざわざお前のような男の女房にするっていうのは、ショーの時に夫婦の方が何かにつけてやりいいからだ、と田代にもいわれて、捨太郎は恐縮しきったようにペコペコ頭を下げるのだった。
「それじゃ、おめえは、先に梅の間へ行って花嫁のお越しを待ってな。俺達は、ゆっくりと見物させて貰うんだからな」
川田のその言葉を聞くと、うなだれていた静子夫人は、はっとして顔を上げた。
この悪魔達は、これから、獣のため、身も心もズタズタに引き裂かれる自分を酒の肴にでもして見物する気でいるのだ。それをはっきり知った静子夫人であるが、しかし、打ちひしがれてしまった心は、それに対して反撥を起こさせるゆとりとてなく、いよいよ奈落の底へ来たという言葉が、悲しい心と肉体の間に漂い流れていくばかりである。
そんな静子夫人に対し、ズベ公達は、用意して来た化粧品を使って、念入りな化粧を始め出す。一時、美容院に勤めたことがあるという悦子の手さばきは、眺めている千代が感心する程、あざやかなものであった。
「この奥様の髪型は、やっぱり、アップがよく似合うわね」
といいながら、踏台の上に乗って、電気ゴテを使い、悦子は器用に静子夫人の髪をセットしてゆく。
「女の化粧って、随分とまた時間のかかるものなんだな」
と田代はいいながらも、見違えるばかりに美しく映え出した、化粧された静子夫人の容貌上に、吸いつけられるような眼差しを向けているのだ。
高貴な感じをたたえた彫りの深い、端正な静子夫人の美しい容貌は、ズベ公達三人の手で念入りに化粧されることにより、妖しいまでの艶々しさを持ち直した感がする。
「まあ、きれい。遠山家の若奥様でいらした頃と、少しも変らないわ」
千代は、そんなことをいいながら、陶然とした面持で、溜息まじりに静子夫人に見とれていたが、同時に得体の知れない邪悪な嫉妬心が胸の中に渦巻き始め出すのである。
静子夫人は、一切の希望を捨て切ったよう軽く瞼を閉じ合わせ、ズベ公達に命じられるまま、そっと花びらのような唇を前へ出し、ピンク色の口紅をひかれている。そうした静子夫人の観念した、ぞっとするばかりの妖しい美しさを眼にした千代は、こうした美しいものに対する羨望、それが一種の復讐心理のようなものに変じて、今に見ていろ、といった陰険な顔つきになるのであった。
♢♢いくら美しくとも、女として生まれて来たことを後悔するような苦しさを本当に味わうのはこれからなんだよ。捨太郎の子を必ず孕ませてやるからね♢♢
千代は口の中でそう呟き、静子夫人の、あの柔らかそうな艶々光って見える腹部が、大きく異常にふくらみ出すのは何時頃であろうか、と空想するのである。想像すると、千代は胸がときめき始める。
そうした見世物を好む客達の前へ、臨月近い大きな腹に腹帯をしめた静子夫人が、後手に縛られた姿で登場し、客達に腹帯をとられて、その腹部を観賞される♢♢静子夫人が、女として本当の辛い思いをするめは、その時だ、と千代は眼をギラギラさせるのであった。
「はい、出来上り。いかが、皆様」
仕事を終えたズベ公達は、先程から飽かずに見とれている田代と川田の方を向いて鼻をうごめかせる。
「全く、すばらしいの一語につきるね。やっぱり、森田組の抱えている女優の中では、この奥様がナンバーワンだろうね」
田代は、ホクホクした顔になっていう。
色々な妄想に浸っていた千代も、やっと我に返り、夫人の横へ立って、
「さて、奥様。ご主人は先にお部屋へ行ってしびれを切らしていらっしゃいますわ。急ぎましょうね」
千代は、悦子から香水瓶を受け取り、静子夫人の柔らかそうな耳たぶ、艶やかな首すじ、ゆるやかな美しい線の肩へ香水をふきっける。
次に川田が代って、千代の手から香水瓶を取り、
「旦那を喜ばせるため、も少し、サービスしておこうぜ」
川田は、香水をふんだんに振りかけて、軽く撫でさすりするのだった。
「まあ、オーバーね」ズベ公達は、川田のすることを見て、笑い出す。
静子夫人は、真珠のような白い歯を見せて眉を寄せ、大きく白いうなじを見せ、首をのけぞらせた。こうした屈辱をキリキリ耐えている静子夫人を、川田はすりこみながら、愉快そうに見上げて、
「上流社会の貴婦人は、その前にゃ女の身だしなみとして、香水を振りかけるもんだと聞いたことがあるぜ。違うかね、え、奥さん」
そりゃそうだろ、と田代が川田の仕事を楽しそうに見ながらいった。
「大体、香水ってやつは、匂いのあるところへふりかけるよう出来てるもんだからな」
「そうでしょ、社長。へへへ、何しろ、この奥様は貴婦人上りなんですからね。身だしなみは、ちゃんとしておきたいだろうと思うんですよ」
川田は、再び、掌に香水を振りかける。
「ああー」
と、静子夫人は、ベソをかくような表情になって、それを拒否しようとする。
「何もそう恥ずかしがることはねえだろう。至れり尽せりのサービスをしてやるんだよ」
川田は、強引に容赦なくすりこみ、
「さて、これで用意完了だ。へへへ、捨太郎の奴、有頂天になってハッスルするぜ」
川田は、静子夫人の後ろへ廻って、柱に縛りつけてある縄尻を解き、ついで、夫人の美しい裸身にきびしく喰いこんでいる麻縄も解きほぐす。
静子夫人は、フラフラとその場へ潰れるように身を落とし、ぴったりと立膝をして自由になった両手で豊かな二つの乳房を抱きしめ、深く首を垂れてしまうのであった。
「腕がしびれたろう。少し休ませてやるぜ」
川田は、そういって煙草を口にし、田代と何か語り合いながら、部屋の外へ出て行く。
「まあ、まるで、彫刻の芸術品みたいね。きれいだわ」
ズベ公三人は、乳房を両手で覆いながら、身を低くしている静子夫人を取り巻くようにして、しゃがみこみ、夫人の美しい裸身に眼を凝らしている。
緊縛され、つい今しがたまで、女として死ぬ程辛いポーズを強制された身であっても、こうして縛めが解かれると、静子夫人は全身に初々しい羞恥の感情を切ないばかりに漲らせ、いざるようにして身を隠し、乳房を人の眼から覆うことに必死になっている。それはズベ公達にとって、奇異な感じでもあったが、また、そうした羞じらいを示す静子夫人を、ふと頼もしく思ったりするのだった。
女らしい可憐さ、いじらしさ、といったものを夫人に感じたズベ公達は、夫人の胸や腕の附根あたりについた痛々しい麻縄の跡を濡れ手拭を持って来て冷してやったりする。
「ねえ、何か私達にして欲しいことはない。あるなら、おっしゃいよ」
死刑囚に対する最後の願いを聞きとどけてやるような調子で、悦子がいった。
このように美しい人妻が、これからゴリラのような醜悪な男の手で骨までバラバラになるような責め苦を受けるのだと思うと、ふと胸が痛み出したのかも知れない。
「♢♢すみません、お水、お水を一杯♢♢」
静子夫人は、悦子に、美しいうるんだ瞳を向け、気弱に眼をしばたたいた。
「お水ね。ああ、いいわよ」
悦子はうなずいて走って行き、コップに水をくんで戻って来る。
「有難う♢♢悦子さん」
静子夫人は、コップを受け取ると、片手で両乳房を押さえながら、気弱い感謝の眼差しを悦子に向け、うまそうにコップの水を飲み干した。
その時、ドアが開いて川田が入って来た。
「さて、梅の間の方では、お床の支度も出来たぜ。社長は、あちらでウイスキーを飲みながら、開幕をお待ちかねだ」
川田は、小さく立膝をしている静子夫人の傍へしゃがんで、
「さ、奥さん、それだけ休めば充分だ。そろそろ、お床に入ってもらうぜ」
そういった川田は、手にぶら下げて来た紫色の長い絹紐を夫人の前へ投げ出した。
「麻縄はこすれて痛いだろうから、この紫のしごきで縛るよう社長が思いやって下さったぜ」
銀子が奇妙な顔をして、
「へえ。それじゃ、やっぱり、この奥様?」
「そうさ。社長のお好みとでもいうのかな」
ケッケッケッと川田は笑い、しごきをとると夫人の後ろに廻って、そのなめらかな白い背を指でつつく。
「さ、後ろへ手を廻しな、ギッコンバッタンやっても解けねえよう、しっかりと縛ってやるからな」
静子夫人は、決心したように悲しげな顔を冷静につくろうと努力しつつ、しっかりと乳房を抱いていた手をゆっくり後ろへ廻し始めた。
川田は、早速、夫人の手を背中の中程で交叉させ、キリキリとしごきを巻きっかせる。
静子夫人は、軽く瞑目したまま、川田の手で、ひしひしとしごきの縄がけをされてゆくのだ。
豊かな美しい乳房の上下へ、あざやかな紫色のしごきが数本かかり、ようやく川田が縄止めをして、甘ずっぱい香料の匂いをぷんぷんさせる、ふくよかな夫人の肩に手をかけて、どっこいしょ、と立ち上らせる。
どこかへ姿を消していた千代が、金歯を見せて笑いながら入って来て、
「今、梅の間の方へ、お酒の用意もしといたわ。見物する人々のためにね」
そして、これより、捨太郎のいる部屋に引き立てられようとしている静子夫人をしげしげと見つめて、
「ホホホ、奥様、いよいよね。悪いけど、私も、お酒でも頂きながら見物させて頂きますわ。あのたくましい体つきのご主人の愛情を受け取られる姿を、しかとこの眼でたしかめておきたいの」
そして、千代は、三人のズベ公に、
「貴女達もいらっしゃいよ。美女と野獣の夫婦プレイって、興味あるでしょう」
勿論、拝見させて頂くわよ、と銀子達は、黄色い声を張りあげながら、川田に身体を支えられるようにして立っている静子夫人の周囲を取り囲み、
「さ、奥様、行きましょう」
「お歩き遊ばせ」
などといいながら、静子夫人の肩や背を押す。
静子夫人は、たくましいばかりに盛り上った量感のある腰をくねらせるようにして、静かに歩き出した。はっきり、覚悟をきめた凄惨なばかりの冷静さを表情に宿し、ズベ公や千代達に取り囲まれながら。
悲痛な決心をして、獣の寝室へ曳かれて行く静子夫人の横顔をじっと見つめていた悦子は、調教室を出ようとする夫人の前に立ちはだかるようにし、
「ね、一寸、待ってよ」
と、一行をさえぎった。
「どうしたのよ、悦子」
と銀子と朱美が、奇妙な顔をする。
「廊下には岩崎組や関口組の若い衆達が、うようよしているのよ。その中をこんな恰好のまま引き立てて行くの、一寸と、かわいそうじゃない」
悦子は、そういって、肩にかけていたネッカチーフをとると、夫人の前に腰をかがめ、夫人の腰のまわりにそれを巻きっけ、結んでやるのだった。
「へえ、武士の情けというやつね。見かけによらず、悦子って優しいところがあるじゃないの」
銀子と朱美は顔を見合わせて笑い合った。
静子夫人は、一枚の布を悦子が与えてくれたその心情に感激したのか、ふと涙ぐみ、
「♢♢ご恩は忘れないわ、悦子さん」
と、切長の美しい瞳を涙でキラキラ光らせて、悦子を見る。
「あら、悦子、あんた、見に来ないの」
銀子は、悦子が調教室のベッドへごろりと横になってしまったので、呆れたような顔をしていった。
「あ、私、捨太郎の顔を見ると吐き気が起こるのよ。遠慮させて頂くわ」
「ふん、変な奴」
銀子と朱美は、そんな悦子に舌を出し、仲間が一人欠けた忿懣を静子夫人にぶつけるように、その白い背中をどんと突いた。
「早くお歩きよ。旦那様がいらいらしているわよ」
廊下へ押し出された静子夫人は、深く首を落とし上体を前かがみにして、歩き始めた。
「悦子の奴、この奥さんに気があるんじゃないかしら、フフフ、今日は嫌に優しく出るじゃないの」
朱美が笑うと、一度、静子夫人に女同士の交渉を迫り、肘鉄を喰わされたことのある銀子は、フンと鼻先に皺を寄せ、階段を上ろうとする静子夫人の前に立った。
「そんなものを巻くのはね、規則違反よ。とって頂戴」
というや腰の横の結び目を解き出し、さっと、剥ぎとってしまったのだ。
静子夫人は、物悲しげな表情をして、顔を横へそらせてしまう。
「勝手なことは許さないわ」
銀子は顔を硬化させて、そう浴びせ、ポケットから一束のチリ紙を出すと、
「さ、奥様に必要なのはこれでしょう。これを口に咥えてお歩き」
静子夫人は、口のあたりへそれを押しつけられると、一瞬、キラリと憎悪の色を含ませた瞳を銀子に向け、そのまますぐ、顔を横に伏せた。
「あんたは最後まで両手の縄は解いてもらえないのよ。となると、始末は旦那様にして頂かなくちゃ仕様がないじゃない。さ、これを咥えて行って、旦那様に渡すのよ」
夫人のしごきの縄尻を持っている川田が、
「銀子のいう通りにしな」
と、夫人の尻を指で突く。
静子夫人は、こみ上ってくる憎悪をのみこみ、銀子の突き出すチリ紙の一束をかたく眼を閉ざして口に咥えた。
「まあ、色っぽいわ。女の私でさえ、ふるいつきたいくらいよ、奥様」
千代は、紫のしごきで後手に縛られ薄紅色のチリ紙を口に咥えた静子夫人が、一歩一歩階段を上り始めたのを見て、感に耐えないといった面持になり、大喜びするのであった
ニ対一
静子夫人が、捨太郎の待つ部屋へ引き立てられて行く、ちょうどその頃♢♢京子は、次第に燃え上り、海草のようにくねらせながら、さも、もどかしげに全身を悶えさせていた。
「さ、京子、そろそろテープレコーダーのスイッチを押すわよ。今、私達が教えてあげたように積極的に振舞って頂戴。そうしないと貴女の妹さんが色々苦労しなくちゃならなくなるのよ。もうくどくいわなくたって、わかっているわね」
「♢♢わ、わかったわ」
京子は、カチカチ歯を噛み鳴らし、のけぞるようにくっきり首すじを浮き立たせていった。
この二人のシスターボーイの責め手に自分の肉体が燃えさかり、積極的に振舞って見せたことを録音される。京子にとって、全身の血が逆流するばかりに辛い、口惜しい拷問であった。
「そ♢♢、その代り、お願い。美津子だけは、美津子だけは♢♢」
京子は、春太郎の仕草に、いよいよ情感が募って来たらしく、上の空のような力無さを表情に現わしながら、ささやくように春太郎に告げる。
「いいわ。私達が教えてあげた通りの要領でおねだりしたり、甘えてくれたりして、可愛い女に生まれ変るなら、その約束は必ず守るわよ」
春太郎は、そういって京子の熱い頬、柔らかい耳たぶ、頚すじから咽喉首に至るまで、優しく口吻したり、柔らかく噛んだりする。そして羽毛のように柔らかい京子の唇へぴったりと唇を合わすと、京子は、声にならない声を出して、身悶えするのだ。
「何時になったら、こっちへお呼びがかかるの」
京子の乙側を受け持つということになっている夏次郎は、妬ましげに熱い接吻をかわしている春太郎と、京子を見ながら、口をとがらす。
京子がおねだりするまで、手を触れては駄目、と春太郎に釘をさされているので夏次郎は、料理されるのを待っている獲物に眼をそそぎつづけている。
春太郎は、ようやく、京子の顔から唇を離し、
「それじゃ京子。いいわね、スイッチを押すわよ。おねだりを始めるんだよ」
春太郎は、枕元に置いてあるテープレコーダーのスイッチを押し、再び京子の服従を強いるべく、ゆっくりと、いたぶり始める。
「さ、京子♢♢」
春太郎は、京子の耳に熱い息を吐きかけつつ、
「早くおねだりしてあげて、夏次郎がジリジリしてるじゃないの。フフフ」
京子は、切なげに眼を閉ざし、大きくあえぎながら、
「♢♢な、夏次郎さん♢♢」
「駄目よ、も少し、大きな声で。テープに録音しているのよ。それから、やっぱり、彼にも、あなたと呼ばなきゃ駄目よ」
春太郎は、小声で京子の耳にささやいた。
「♢♢あ、あなた♢♢お願い♢♢京子の、京子の……」
フフフ、と夏次郎は、身を乗り出した。
京子は、火のように熱くなった顔を左右に振り、そんなことを口にした魂も消え入るような恥ずかしさで、春太郎の頬へ顔を隠すような仕草をとる。
京子の、先程からのかなしげな身悶えが、一層あらわに、激しくなって来たことを、京子の横に寄り添っている春太郎は、はっきりと感じとった。
「♢♢京子は、空手なんかもう二度と使わないわ。可愛い女に生まれ変るわ。だ、だから、お願い。今夜は、今夜は京子をうんと可愛がって。ねえ!」
京子は、半開きになった口から、催促するような甘い声を出す。
夏次郎は悦びとも苦痛ともつかぬ風に歪めて、熱い吐息を続ける京子の方に眼をやっていった。
「ね、どういう風にすれば一番いい? 京子のお好きな方法を聞かせてよ。愛する京子のためなら、どんなことでもしてあげるわ」
京子は、生々しい声をはりあげ、春太郎の腕の上に乗せられた首を激しく揺する。
そんな京子を春太郎は心地よげに見て、再び京子の耳に口を当てがう。
「さ、どんどん次を続けて頂戴、京子」
京子は、激しくすすり泣きながら、
「♢♢ねえ、あなた」
「何なの、京子」
「♢♢お、おねだりしていい?」
「ああ、いいわよ。さ、早くおっしゃって」
「ア、アヌースも同時に、ね、お願い」
京子は、息も絶え絶えといった感で、口にすると、全身を火柱のようにして、首をのけぞらせた。が、夏次郎が京子の欲求を聞き入れて同時に責め始めると、うっと呻きに似た悲鳴をもらし、衝き上げて来るものにたまりかねたように、狂ったように悶え出した。
夏次郎は、雲の上に乗っかったような、しびれるような気分で責めつづける。
「いかが。お気に召して? 京子」
「♢♢ああ、京子、幸せ、幸せだわ」
京子は、ぼんやりと力のない瞳を開き、唇を半開きにして強制された通りの甘い声を出す。
「私達だって幸せよ。♢♢フフフ、まるで堰が切れたみたい」
艶やかな首すじを切なげにのけぞらせ、のたうっている京子を夏次郎と春太郎は、眼を細めて眺めながら、これが先程、自分達二人を空手で打ち倒した鉄火娘なのだろうかと、不思議な気持にさえなってくるのだった。
春太郎は、やる瀬ない吐息をもらしながら悶えつづける京子をくすぐるようにしながら、
「フフフ、京子って、随分、悩ましい音を立てるのね。ね、聞こえるでしょ、京子」
「♢♢聞こえるわ♢♢」
京子は、耐え切れなくなったように床に美しい額をすりつけて顔をかくすのだった。
「ねえ、京子。もうおねだりすることはないの」
春太郎は、絹のような感触の京子の黒髪に手をかけながら、優しい口調になっていう。
京子は、顔を隠すようにしながら、なよなよと首を振った。春太郎に強制され、口にしなくてはならぬことはすべていい、それを口惜しくも、テープに録音されてしまったのだが、二人のシスターボーイの執拗で、巧妙な方法で責めさいなまれた京子は、これまで肉体の奥底深くに隠れていた女の悪魔性といったものを引きずり出されたのかも知れない。
春太郎が再び、
「ねえ、何とかおっしゃいよ」
京子は、ああ、ともどかしげに身をよじって、
「♢♢お二人にお任せするわ。京子を、うんと、うんと恥ずかしい目に合わせて」
と、甘えかかるようにいうのである。
それを聞くと、春太郎はニヤリとして、
「ほんと? 何をしてもいいのね」
「いいわ。お好きなようになさって」
「それじゃ、まず、あなたの唄声をたっぷりテープにとらせて頂くわ」
春太郎は枕元のテープレコーダーを取り上げ夏次郎と並んで乙側に陣どった。
夏次郎は攻撃を道具に切り替えた。箱の中身とガラス棒は、いよいよ京子を血が噴き出すような狂おしい思いに突き落とすのか。
「フフフ、どう。あとでこれを聞く社長は、きっと、びっくりするわ」
テープレコーダーのマイクを持っている春太郎は、夏次郎の顔を見てクスクス笑うのである。
京子は、口惜しく浅ましく思われ出したのか、舌足らずの悲鳴をあげ、狂ったように自分に耐えつづけている。
「♢♢ねえ」
京子は、もう耐え抜く気力がなくなったのか、白い頬を真っ赤に充血させて、春太郎に声をかける。
「どうしたの、京子」
春太郎は、優しい口調で尋ねた。
「何かおねだりしたいことがあるの? 遠慮なくおっしゃいな」
「ねえ、京子、気をやっていい?」
京子は、火のように熱くなった顔を春太郎の耳元に押しつけ、再び、ああ、と首をのけぞらせ、キリキリ歯を噛み鳴らして耐えているのであった。
「第二回目の陥落ね。いいわ、その代り、第三回目と四回目は、私達二人と本格的なものにするのよ。自分だけいい気分になって、私達のことを考えないっていうのは、いいこととはいえないものね」
「♢♢わ、わかっています♢♢」
京子は、唇を震わせていうのだ。
京子は、瞼を閉ざし、ぐったりとなったまま、観察を二人のシスターボーイに任せてしまっている。
責めの限りを極めた余韻の故か、波打ち、甘い体臭を発しながら、京子は、放心状態に陥っているのだ。
やがて、京子は、不明瞭な意識のままぼんやりと眼を開き、ニヤニヤしながら、眼を近づけ合っている二人の男に気づくと恐ろしげに頬を横へそらせ、ああ、とやる瀬ない溜息を洩らすのであった。
「フフフ、京子、充分、満足したようね」
春太郎が、正気づいた京子にいうと、京子は、モジモジして切なげに首を振り、
「♢♢お願い、そんなにそこを見ないで」
そういう京子の全身から気の遠くなる程の甘い色気が発散されるのが感じられ、春太郎と夏次郎は、浮き立つような思いになる。
「恥ずかしがることはないわ。京子は、私達の妻でしょう。でも、一寸、激しすぎたわね」
春太郎は、そういって京子の羞恥を録音したテープレコーダーを再び京子の枕元に配置し、この機に京子を徹底して調教し、一種の洗脳をほどこそうと心にきめたのである。
春太郎は、テープレコーダーの動きを一旦停止させ、京子に、またもや難題を吹きかけ出した。
「見違えるようにいい女になって私もほっとしたわ。このテープを聞けば、社長もきっと大喜びでしょうよ。これから始める私達とのことも、うんと積極的にやってね。素直にさえなれば美津子さんのことは私達、絶対悪いようにはしないから」、それから、春太郎と夏次郎は、これから演じなければならぬ京子の仕草について、あれこれと注文をつけるのである。
身も心も無残に打ちひしがれ、深い、口惜しい陶酔の余韻の中で、京子は、彼等の楽しげに語る、そうした方法を、夢うつつに聞いている。
先程、彼等の卑劣極まる羞恥責めに得体の知れない心の中の何かを引き出されてしまった思いになり、彼等に対する敵意と反感も織り混ぜて「京子を、うんと恥ずかしい目に合わせて」と、口走ってしまったのだが、彼等はそれに気を艮くし、また勇気を得た恰好で、京子の望み通り、これからの実際的な行為も京子に徹底した羞恥と屈辱感を与えてやろうと意気込み出したのである。
「♢♢わかったわ。おっしゃる通りに致します♢♢」
京子は、四肢の隅々までしびれる余韻の中で、気だるそうに身を動かしながら、小さく答えるのだった。二人のシスターボーイのペースに完全に乗せられてしまった感の京子であった。
「それじゃ、約束のキッス」
春太郎と夏次郎が両方から唇を突き出す。
京子は、顔を曲げて、春太郎と唇を重ね合い、次に、反対へ顔を向け、夏次郎と口を吸い合った。
「さて、戦闘再開よ」
と春太郎はレコーダーのスイッチを押そうとする。
「♢♢待って」
京子は、春太郎の顔へ気弱な視線を向け、哀願するようにいった。
「お願い、もう少し、休ませて。体中がまだしびれているのです。十分だけでもいいわ」
「駄目よ。京子の気持が覚めないうちに、社長や津村さん達と約束したことだけは果たしておかなきゃね」
春太郎がいうと、夏次郎も、
「京子は私達二人の妻であると同時に、二人共用の奴隷よ。あまりぜいたくなことはいわないでね」
二人は、京子の哀願をつっぱねると、レコーダーのスイッチを押した。
京子は、悲しげに瞼を閉ざし、冷やかな横顔を見せていたが、急にくすぐったそうに眉を寄せて、首をなよなよと動かした。
「困っちゃうな、京子。こんなにシーツを汚しちゃって。一体、どうするの?」
春太郎が打ち合わせ通りのセリフを、レコーダーに入るだけの声をはり上げて、京子にいう。
「♢♢だって、だって♢♢」
京子は、鼻にかかるような甘い声を出し、
「♢♢あなたが、お上手過ぎるんだもの。京子、がまん出来なかったのですわ」
未だ続く、痺れるような余韻の中で、京子は、身をよじって唇を開くのだったが、それは春太郎に教えられた浅ましい演技だけではなく、自分が信じられない程の奇妙な想いを覚えた自分の本心からかも知れぬと京子は、ふと、自己を嫌悪する気分にもなったのである。
「♢♢ねえ、あなた♢♢お願い」
「何でも、こっち任せなのね」
「♢♢だって、京子、こうして、縛られているんですもの。ねえ、早く」
春太郎と夏次郎は念入りにテープに吹きこんで、
「じゃ、京子。今度は私達が楽しませてもらう番だわ。京子がはっきりと私達の妻になるわけよ。いいわね」
京子は、いよいよこの男達と♢♢そう思うと、ふと、暗い衝動が、打ちひしがれた心の底から、じわじわこみ上って来たが、どこかで姉の名を悲しげに呼んでいる美津子の顔がふっと脳裡に浮かび上り、京子は、物悲しい瞳を上げるのだった。
そんな京子の顔に夏次郎が顔を近づけて、
「ね、京子。私との約束、忘れないでね」
と、照れ臭そうな顔つきになっていう。
京子は、眼に初々しいばかりの羞恥の感情を浮かべて夏次郎を見、小さくうなずくのだった。
「♢♢忘れないわ。あなたの赤ちゃんを、きっと産みます」
「可愛い女の子よ。京子に似たすばらしい美人を産んで頂戴」
さて、と春太郎が、京子にいう。
「妻一人に、夫が二人、どちらが先に妻を抱くかということになると、これから色々もめごとが起こると思うのよ。そこで私が考えたんだけどね。これからは、何時もこういう風にしましょうよ」
春太郎は、自分の着想を誇るような顔つきで、京子を見下ろす。
「妻は、同時に二人の主人の愛情を受ける、どう、こうすれば、喧嘩にならないわ」
春太郎は、京子の柔らかい花びらのような唇を指でつつき、いった。
「この可愛いお口でもいいわ。どちらを選ぶかは妻の自由。とにかく、二人の夫を同時に満足させる。それを京子の義務にするわ」
憎しみ、悲しさ、恐ろしさ、といったものが全く一つのものとなって、責め苦の余韻より立ち直れない京子の肉体と心に押し寄せてくる。強制されたとはいえ彼等の求める積極的な姿態をとり、一切の羞恥を忘れ去った如く、赤裸々に敗北のみじめな姿を二人の眼前にさらしてしまった京子ではあるが、彼等は、京子の没我の境地よりの目ざめを待たず、そうした方法で、再び京子を恥辱の絶頂へ到達させる心算なのであった。
「京子に赤ちゃんを作りたがっているお夏に権利を最初に与えてあげるわ」
「私には、どちらを使ってくれるの。え、京子」
と、春太郎は、京子にそのどちらかを選択させようとするのだ。
この二人の男を同時に♢♢京子は、彼等の陰湿さにたまりかねたよう眉を寄せた。
「さ、はっきり返事して頂戴。最初は、どっちにするの」
「♢♢無、無理よ。出来ない、出来ないわ」
京子は、ベソをかきそうな表情で、嫌々と拒否的に首を振り出した。
「駄目。はっきり決めるという約束だったでしょう」
春太郎は、京子の耳に口を当て、小さいが鋭い声で叱るのだった。
第四十七章 愛弟子と令夫人
蛇の巣
『梅の間』は、八畳一間の古びた日本間であったが、三方の壁には、二尺ぐらいの高さに鏡が張りめぐらされ、床の間には、極彩色の浮世絵が描かれた掛軸がかかっていて、床の間の置物は、芸者と若衆がからみ合ってるという珍妙な人形が幾つか飾られてあった。
棚の上の飾物も、男性のそれと女性のそれを象徴した珍奇な置物で、二枚折屏風の絵なども、すべて、けばけばしい色で描かれた密画であった。
田代の趣味を一口に表わしているような奇妙な部屋で、彼自身、時々この部屋を自分の寝室とし、その一種異様な雰囲気を楽しんでいたようである。
そうした部屋の中央に敷かれた、純白のシーツをかけた絹布団、それをはさむようにして、静子夫人の到着を待つ田代と捨太郎が向かい合い、酒を飲んでいる。
田代は、ジョニーウォーカーを手酌でグラスに注ぎ、チビチビ飲みながら、
「なかなかいい部屋だろう。どうだ、気に入ったか、捨太持」
というと、捨太郎は、焼酎瓶をラッパ飲みしながら、こくりとうなずき、今まで唖のように黙りこくつていた彼は、焼酎を飲み始めて、段々、くつろいだ気分になってきたらしく、
「おら、全くここが気に入っただよ。これから、ずっと、ここで暮しても、いいのけ」
と、何処を向いているのかわからない斜視がかった眼を田代に向け、極端な田舎訛りでいうのであった。
「そうさ。あの天下の美女を女房にして、何時までも、ここに住みつくことが出来るんだ。お前の仕事は、女房とコンビを組んで、ショーに出演し、大喝采を受ける。そうすりゃ充分、報酬も支払ってやるよ」
「ありがてえ話しだ。おら、それより能のない男だでよ」
捨太郎は、焼酎をあおり、手の甲で口を拭うと、どれ、そろそろ支度すっか、と立ち上り着ているものを無雑作に脱ぎ出した。
薄汚ないステテコ一枚になった捨太郎は、一、二、一、二と器械体操みたいなことをやり始める。そんな捨太郎を田代は薄笑いを口元に浮かべて見ながら、
「鬼源から聞いたんだが、お前、まる二日、ぶっ通しで続けて、ニグロの娼婦を気絶させたということだな」
捨太郎は、黄色い歯をむき出して、ニヤリと笑った。
「ああ、エミーのことけ」
昔、鬼源が、こういうことで渡世している中国人と奇妙な賭けをやったのだ。それは、鬼源の弟子である捨太郎とその中国人の抱えているエミーというニグロの娼婦とを一騎討ちさせ、続行するのを拒んだ方が負けという奇妙な賭けなのであった。
相手の中国人は、そのエミーという娼婦を使って、東南アジアのあちこちで、ニグロの兵隊相手に荒稼ぎして日本に遊びに来た男で、ふとしたことから、あるやくざを仲介として鬼源と知り合い、やくざ達のすすめもあって、そういうことになったのだが、蛇の生血が大好物で、生卵を毎日二十個は飲むとか、鰻を頭からガリガリ齧るとかいわれている娼婦エミーと捨太郎の勝負は、誰の眼にもニグロ女の勝ちは間違いないとうつり、これに賭けを挑む観戦者達は、三対七の割りで、ニグロ女に乗ったという。
あるテキ屋の親分の二階で、何人かの介添人に見守られて、エミーと捨太郎は、決戦を始めた。
午前中に開始し、昼食と夜食の時間に、約三十分休憩するだけで、あとはずっと、色々な作戦を練り合い、単調な、また複雑な戦いをくり返したのである。勝負ということになると、冷静さを失った方が分が悪い。逆に相手に幾度も勝負を忘れさせるということは、勝利につながることだ。二人は歯を喰いしばって自分に耐えながら、翌日の夕方まで、戦い抜き、遂に捨太郎は、ニグロ女を完全に制し勝利を鬼源にもたらしたのだが、最後まで、スタミナが切れることなく、観戦者達は舌を巻いて驚いたという。
一方、蛇を食うとか、鰻を食うとか、そのすさまじい精力を取沙汰されていた黒人女は、捨太郎のために精も根も尽き果てて、完全な降伏状態に陥り、抱え主の中国人に大変な損害を与えてしまったということだ。
「とにかく、ニグロの娼婦をグウの音も出ない程にしちまったというのは、大したものだ。それと同時に、お前の精力がつくづくうらやましいね。何か、秘決でもあるのかね」
田代が、いうと、捨太郎は、ニヤリと口元を歪めて、首を振る。
「おら、生まれつきかも知んねえ。それしか能のない男だよ」
「そのニグロの娼婦みたいに、蛇の生血を吸ったりするのかね」
「うんにゃ。生ニンニクと生肉だね。毎日、三度三度、こいつだけは、うんとこさ、食べることにしちょりますだ」
「へえ、生ニンニクに生肉か」
田代は感心したようにうなずいた。そして薄笑いを浮かべて、
「これからは、お前の新妻にも、そうしたものを食べさせて、うんと精力をつけさせなきゃいかんな。お前のような男を夫に持った妻は、やはり、夫とペースを合わすべきだ」
「な、社長さんよ」
捨太郎は、まるで、獣のようにさえ感じられる胸毛をゴシゴシ指でかきながら、
「おら、夜三回、朝二回、それでねえと、どうも体の調子がすっきりしねえ。凄え別嬪を女房にもらったのは有難えが、大丈夫かね、あの別嬪さんは」
「ハハハ、自分の女房に気兼ねするやつがあるか。自分に合うよう妻を教育するのも、夫としての義務だぞ」
田代は、捨太郎の心配していることが、そういうところにあると知ると、急におかしくなって来て、太鼓腹を揺すって笑うのである。
その時、襖が開いて、
「花嫁さんのご到着よ」
と、銀子のキンキンした声がし、ズベ公や川田、千代達に取り囲まれるようにして、静子夫人は上体を前かがみにし、消え入るばかりの羞恥を全身に漲らせて入って来た。
紫のしごきで、後手に縛られ、口には薄紅色のチリ紙の束をさも恥ずかしげに咥えさせられている静子夫人を見た田代は、そのぞっとするぐらいに艶めかしい夫人の姿態に、圧倒された気分になる。
「待っていたよ。さ、さ、こっちへ」
田代は、夫人の色香に吸い上げられるようフワフワと立ち上り、夫人の肩に手を廻すようにして、シーツの敷かれた夜具の上へ、歩を進ませるのだった。
この一団の後から、津村と吉沢がニヤニヤしながら入って来る。廊下の途中で、川田達に引き立てられて行く静子夫人と出会い、これから彼女が、社長や千代達の見守る中で捨太郎の妻になるのだとズベ公達に聞かされ、何はさておき見物の仲間に加わりたい、と後について来たのであった。
「いいでしょう、社長。僕にも見学させて下さいよ。内輪だけでこういうすばらしいショーを、おっ始めるなんて、ずるいですよ」
津村は微笑していった。
「いいでしょう。一人でも見物人の多い方が、捨太郎もこの奥様もハッスルしてくれると思いますよ。とにかく、この二人は、当家の大スターなんですからね。観客が少ないとかえって、ご機嫌が悪い」
田代は愉快そうにそんなことをいって、静子夫人を夜具の上へ送り上げた。
静子夫人は、シーツに覆われた夜具の上へあがると、その中央に、跪るように腰を落とし、肉づきのいい艶やかな太腿をぴったりと閉ざして正座し、羞恥を噛みしめた美しい横顔を見せて、観念の瞼を閉ざしている。
田代の眼くばせを受けた捨太郎は、そんな静子夫人の横にぴったりと寄り添うように坐り、打ち慄えている柔軟な白い肩に両手をかけるのだ。
静子夫人は、捨太郎に引き寄せられると、そのまま吸いこまれるように、捨太郎のがっしりした胸に頬を当て、心持、顔を上げるようにして、口に咥えさせられていた紙の束を捨太郎へ、甘えかかるように差し向ける。
それを夫人の口から受け取った捨太郎は、
「さて、そろそろ始めっか」
といって、舞台の周囲をぎっしり取り囲んだ見物人達を笑わせ、のっそり立ち上ると、あちこちで、お座敷ショーをやっていた頃の習慣か、部屋の隅に重ねてある座布団を抱え、見物人の一人一人に、ハイ、どうぞ、ハイ、どうぞと配って廻るのである。
「なかなかサービスがいいな」
田代と川田は頼を見合わせて笑い合う。
毛穴から血でも噴き出そうな屈辱を噛みしめ、夜具の中央に正座して、美しい横顔を見せている静子夫人を千代は、ホクホクした気分で見ていたが、カメラを持って立ち上った。
これから、捨太郎のゴツゴツした手や肢などで、肉も骨もバラバラにされるような責めを受けるであろうと思われる静子夫人の苦しみを、一つ一つ撮影するつもりの千代は、まず、煉獄を前にした、静子夫人の悲惨なばかりの冷静な美しい容貌が気に入り、それをカメラにキャッチしようとしたのである。
「一寸、奥様、そのお美しいお顔を上げて下さいましな」
千代は、カメラを静子夫人の正面にかまえて、クスクス笑った。
それに見倣って、津村が肩にかけていたカメラを取り、夫人の傍へにじり寄ると、銀子まで、ジーパンのポケットから、煙草ケース程の小型カメラを取り出して、夫人の美しい横顔にレンズを向ける。
「何だ、何時の間にか、静子夫人の撮影会になったじゃないか」
田代は、ウイスキーをガブ飲みしながら楽しそうにいった。
「ね、立膝をして見て」
「片肢を横へ投げ出して、顔をこっちへ向けてみてよ」
千代や銀子達は、これから地獄の責め苦に合わねばならぬ静子夫人に対して、色々なポーズを要求する。
静子夫人は、一瞬、その美しい切長の瞳に憤怒の色をキラリと浮かべて、カメラをかまえる連中を敵視したが、すぐにどうにも逃れようのない自分の運命を思い起こしたように悲しげに眼を閉ぎし、彼女達のいうポーズをとってみせるのだった。
その時、襖が開いて、鬼源がひょっこり首を出す。
よう、と舞台の周囲を埋めている連中は、いっせいに白い歯を見せた。
やはり、こういうところに鬼源の姿が見えないと、何か物足りないと思っていたのだろう。田代は、鬼源を手招きして、
「こういう席上に大先生が立ち会わぬという法はないぞ。可愛い弟子が美しい花嫁を貰うという夜じゃないか」
へへへ、と鬼源は、卑屈な笑顔を作って、田代に近づき、
「小夜子の調教に一寸手間どりましてね。ところが社長。あの娘は、銀子のいうように、ありゃ大変な掘出物ですぜ」
といい、田代の耳に口を寄せる。
「へえ、あのご令嬢が…」
田代は、眼をパチパチさせて、鬼源の顔を見た。
「いろいろと実験してみたんですが、その素質は充分ですね。ただ、経験が少な過ぎるんでねえ。そこで、他の別嬪方と同じラインに並ばせるために、少し荒療治を加えようと思うんです」
「ほほう。荒療治ね。一体、どうするんだ」
「チンピラ部屋に一晩漬けるんですよ。連中に廻させるんです。ちとかわいそうだが、鍛えるにゃそいつが一番です。明日、チンピラ部屋から出て来た時にゃ、あの娘、胆もすわって、きっと見違えるように成長しますよ。それから、も一度、鬼源流の徹底した調教開始というわけでさあ」
鬼源は、そういって、津村の方をちらと見た。小夜子にとっては、最初の男である津村の了解を一応とるつもりで、
「そういうわけだが、津村さん。貴方の方で異存はないでしょうね」
と、薄ら笑いを浮かべていうのだった。
「きまってるじゃないか。僕に異存のある筈はないよ。あんた方に、あの娘の調教は一切任した筈だ。一番いいと思う方法で、ビシビシ遠慮なくやってくれたまえ」
津村は、そういって、煙草を口にし、火をつけるのだ。
「それを聞いて、こっちも一安心だ」
鬼源は、ふと、襖の外へ向かって、
「おい、一寸、入って来な」
と声をかける。
へい、とチンピラやくざの竹田と堀川が、さ、こっちへ来るんだ、と、きびしく縄がけした小夜子の両肩に手をかけて、部屋の中へ押し立てて来た。
小夜子は、心身共疲労しきったよう、がっくり首を垂れ、そのきらめくような象牙色の縄打たれた肌を、円座に組む卑劣な男達の眼へ晒してしまったのである。
小夜子の透き通るように白い、華奢な肩先を両方から支えている竹田と堀川は、これから、自分達二人にあてがわれている階下の四畳半に、この美しい令嬢を引き込み、自分達の餌食にすることが出来るという喜びに気が上ずっている。
「手前達、随分と嬉しそうだな」
吉沢が、鼻に小皺を寄せて、チンピラ二人にいうと、
「へっへっ、たまにゃ俺達だって、面白い思いをさせて下さいよ、兄貴」
と、いいながら、真新しい麻縄にその上下をきびしく緊め上げられている乳房などを、ちょっと、指でつついたりし、こたえられないといった風に、喜色一杯、顔面に浮かべているのだ。
「ハハハ、お嬢さん。早速、廻しにかけられるってのは、一寸、かわいそうだが、何しろお前さんの調教が人より遅れてるんだ。少々荒療治だが、辛抱するんだよ」
田代は、消え入るようにうなだれている小夜子の麗しい姿を、しげしげ見つめながら、そういった。ふと涙にうるむ瞳を上げ、布団の上に身を小さくかがめている静子夫人に気づいた小夜子は、
「あっ、せ、先生!」
と、叫び、チンピラ二人に押さえられた白磁の肩を慄わせて、咽び泣く。
小夜子を眼にした静子夫人も激しく動揺を示し、すぐに川田の方を、せっぱつまった思いで見るのだった。
「♢♢か、川田さん。小夜子さんを、小夜子さんを一体、どうしようというの?」
切長の美しい瞳に涙を一杯に浮かべ、
「や、約束が違います。川田さん、小夜子さんには♢♢」
自分が、観念して、奈落の底へ落ちるかわりに、小夜子や美津子達、そうした、いとけない乙女達には浮靡残忍な責めを加えないよう約束した筈、と静子夫人は、恨むような、悲しむような、気弱な瞳を川田に向けるのであった。
「鬼源さんの調教にゃ俺は一切、口を出さねえことにしているんだ。文句があるなら、鬼源さんにいうことだな」
と、川田は、とぼけた顔つきになって、わざとらしく、そっぽを向く。
静子夫人は、血走った思いになって、田代よりグラスを手渡され、ウイスキーを飲んでいる鬼源の方へ、泣き濡れた美しい顔を向けるのだった。
「お願いです。小夜子さんが受けねばならない責め苦を、どうか、この静子へ♢♢」
あとは、言葉にならず、喉をつまらせて鬼源に愁訴する静子夫人であったが、
「何をとぼけたことをいってやがる」
鬼源は、夫人の傍へ寄ると、邪慳に、どんと夫人のなめらかな背を突き、
「いいか、小夜子は、はっきりと宣誓して、これから、秘密ショーのスターになると決心したんだ。性根をすえて、俺の調教を受けるといってるんだぜ。だが、経験不足で、まだ身体が固まっちゃいねえ。それで今夜、こいつ等に教育させてみて、肝心の胆の据え方を鍛えさせてやろうというわけさ」
つべこべいうねえ、おめえの出しゃばる幕じゃねえ、と鬼源は、再び夫人の肩を突き、上体をその場へ倒させてしまう。
「な、何て、ひどい事を♢♢」
静子夫人は、布団のシーツに、白い額をすりつけるようにしながら痛哭する。
これから、野卑なチンピラやくざ達のいる部屋へ連れこまれ、想像に絶する拷問に遭う小夜子のことを思うと、夫人は、我が身の置かれている恐ろしい立場も忘れて歎き悲しむのであった。
「さ、それじゃ、そろそろ、お前達、小夜子を連れて部屋へ行きな。俺は、ここで、捨太郎とこの別嬪さんとの結婚式に立ち会うことにするからな」
鬼源にそういわれた竹田と堀川は、へい、と田代や川田達に向かって、頭を下げ、いそいそとした面持で、いたましく縛られている小夜子のきらめくような肩と背に手をそえて、外へ連れ出そうとする。
「♢♢嫌、ああ、嫌、嫌♢♢」
小夜子は、二人のチンピラ達の間で、駄々っ子のようにつむりを振り、地獄部屋に連行されることを拒みつづける。それがまた見物する男達の加虐的な気持を甘くくすぐるらしく、
「往生際が悪いぜ、小夜子」
「たっぷり責めてもらって、めきめき女らしくなって来な」
と、嘲笑や哄笑を織りまぜて、一座は、どっとわき立つのであった。
襖の外へ、泣きじゃくる小夜子を連れ出そうとした竹田は、傍に投げ出されてあったウイスキーの空瓶にけつまずいて、つんのめった。その瞬間、小夜子は、狂ったように激しく身をよじり、あわてて、両肩を押さえこもうとした堀川の手を振りほどいて、
「せ、先生!」
と、必死な声を張り上げた。そして後手に縛られた姿のまま、突風のような勢いで静子夫人の傍らへ走ったのである。
「さ、小夜子さん!」
夜具の上に身体を二つ折りにし、小さくすすり上げていた静子夫人は、小夜子の声に反射的に身を起こす。
小夜子は、こらえにこらえていたものが遂に胸を裂いて流れ出たように、わっと号泣し静子夫人の艶やかな肩に顔を埋めて、全身を慄わせるのだった。
静子夫人も、あまりにも悲惨な自分達の運命を嘆くのか、小夜子の哀泣に胸をかき毟られたのか、思わず小夜子の房々とした柔らかい黒髪に顔を埋め、小夜子と共々、声を震わせて泣きじゃくる。
いわば、ショーの舞台として、部屋の中央に敷かれた夜具の上で、互いに顔を相手の肩に埋め合い、縛られた身を寄せ合って、鳴咽しつづける二人の美女を、田代や川田達は、一幅の美しい絵でも眺める心地で、眼を細めて飽かずに見入っているのであった。
悲しき決意
「先生。小夜子、小夜子は、これからどうなるの。怖い、怖いわ」
小夜子は、静子夫人の肩を熱い涙で濡らしつつ、咽び泣く。
「小夜子さん。ここは、地獄なのよ。私達、地、地獄へ落ちたのだわ」
静子夫人も、すすり上げ、小夜子の黒髪を頬でいたわるようにしつつ、喉をつまらせていうのだ。
血も涙もない鬼源は、ああーと大きくのびをするようにして、二人の美女に近づき、小夜子の華奢な肩のあたりを、ポンポンと叩く。
「いいかげんにしねえか、小夜子。おめえの日舞の先生かお花の先生か知らねえけど、この静子夫人はな、あそこで鼻をほじっている捨太郎という薄馬鹿と今夜、めでたく結婚されたってわけさ」
鬼源は、小夜子の顎に手をかけて、壁を背にして足を投げ出している醜怪な捨太郎の方へ無理に向けさせる。
捨太郎は、自分の舞台の出番をぼんやり待っているつもりで、鼻をほじったり、腹のあたりをゴシゴシ引っ掻いたりしているのだ。
その怪異な捨太郎の容姿を見てぞっとし、眼を伏せた小夜子を鬼源は面白そうに見て、
「これから、あの男とお前のお師匠さんは、ご見物衆が取り囲む中で、特別のショーを演じて下さるってわけよ。何なら、ちょっとお前にも見物させてやろうか」
そんなことをいった時、あわてて、竹田と堀川がやって来て、
「それにゃ及びませんよ。こっちはこっちで楽しませてもらいますからね」
といって「さ、お嬢さん、こっちも楽しく遊ぼうじゃねえか」と、再び、小夜子の肩先へ手をのばそうとする。
「嫌っ、嫌です!」
と、小夜子は耳まで覆う房々とした黒髪を振りながら、静子夫人の肩へ美しい顔を隠すように逃げる。すると静子夫人は、後手に縛られた身で、小夜子を背へ庇うようにし、二人のチンピラに凄艶なばかりに美しい容貌をきっと向けるのだった。
「お願いです。私を、私を、小夜子さんの身代りにさせて下さい」
チンピラ二人は、静子夫人の美貌にふと出鼻をくじかれた形になって、その場へ棒立ちになったが、鬼源は「馬鹿なことをいっちゃ困るぜ」と笑うのだった。「俺はな。小夜子に磨きをかけるためこの連中に委せるといってるんだ。おめえが小夜子の身代りになったって、何の役にも立つもんか。さ、お嬢さんをこっちへ寄こしな」
しかし、静子夫人は必死の抗議を瞳にこめて、小夜子を背へ庇った姿勢のまま、ジリジリと後ずさりするのだ。
夫人の背に身を隠すようにして、おろおろする小夜子。
今にもベソをかきそうな表情を強張らせ、鬼源やチンピラ達に対し小夜子を庇う静子夫人。
「昔の弟子を思う気持はよくわかるが、調教の邪魔をすると承知しねえぞ」
鬼源は、いきなり静子夫人の頬をピシャリと平手打ちし、小夜子の縄尻を引きっかむ。
「ね、一寸待ってよ。鬼源さん」
千代がのっそり立ち上っていった。
「静子夫人が小夜子さんの身を思う気持、私も傍から見ていて、何だか胸がジーンと熱くなりましたわ。それに、どう考えても、そんな美しいお嬢さんを若い男達が寄ってたかっておもちゃにしようなんて、少し、残酷すぎるわよ」
「ええ?」
鬼源は拍子抜けがした気分で、手にしていた小夜子の縄尻を離す。小夜子は再び、静子夫人の傍へ身を落とし、夫人の背へ顔をすりつけるようにして、すすりあげるのだった。
「じゃ、千代夫人。小夜子を調教する必要はねえとおっしゃるんですか」
鬼源は自分の仕事にケチをつけられた気分で口をとがらせる。
静子夫人は、逆に、この千代によって、小夜子の危機が救われた思いで、ふと、生気がよぎり、
「千代さん。恩にきますわ。お願いです。小夜子さんまで、私のようにみじめな女にはさせないで。お、お願いです」
静子夫人にとって千代は、この屋敷に巣くっているどの悪魔より憎く、そして恐ろしい鬼女であるに違いない。しかし、今の静子夫人は小夜子をチンピラ達の嬲りものにされそうな危機から救うため、憎みてもあまりある千代に対し、哀願をくり返すのであった。
「静子は、もうこんなになってしまった女。今後、どのような仕打ちを受けても、千代さんを恨んだりいたしませんわ。でも、後生です。小夜子さんのような人を、もうこれ以上いじめないで♢♢」
すすりあげながら哀願する静子夫人の傍に千代は、何か魂胆ありげに身を寄せて、
「わかりましたわ。以前、奥様は、お茶や生花で何人かのお弟子をお持ちでしたけど、日本舞踊のお弟子であったこの小夜子さんをとても可愛がっておいででしたわね。小夜子さんの名取り披露会の時など、まるで、ご自分のことのようにお喜びでしたわ」
そんな以前のことを千代は、さも楽しそうにペラペラしゃべり始めるのだ。その言葉の裏に何か千代が悪辣な計略を含めているように感じられ、静子夫人は、身内に、ふと悪寒を走らせて眼を伏せる。
「だからね、奥様。ホホホ、私、こう考えますの。小夜子さんのいいお師匠さんであった奥様なら、きっと小夜子さんのいい調教師におなりになる筈だとね」
チンピラやくざ達を使っての荒療治を小夜子に加えるより、日本舞踊の師弟関係にあった静子夫人と小夜子に、秘密ショーにおける師弟関係を結ばせようというのが千代の着想なのであった。
「成程、そりゃいいかも知れねえぜ」
と、鬼源は出歯をむき出して笑い、銀子も朱美も手を叩いて、賛成、賛成、と黄色い声を張りあげた。それは、今、初めて千代がいい出したことではなく、田代や川田達も以前から考えついていたことである。
「つまり、小夜子の身柄は、おめえに預けるってわけだ。そうすりゃ異存はあるめえ」
千代は、したり顔で、
「お嫌ならお嫌でもいいんですよ。鬼源さんのやり方で小夜子さんの調教を行うだけのことですからね。さ、どっちになさいます、奥様」
きびしく後手に縛り上げられた不自由な身で、互いにおののきながら庇いあうようにして、息もつまるばかりの屈辱にすすりあげる二人の美女。
その周囲を埋め尽すばかりに取り囲んだ赤鬼青鬼達は、いわばベテランスターの域に近づいた静子夫人が、ニューフェイスの小夜子に対して調教をほどこすということに、たまらないほどの興味を覚えるのだったが、おさまらないのは、つい今しがたまで、小夜子を嬲りものに出来るという悦びに、浮き立つような気分になっていた竹田と堀川である。
「そんな無茶な話はないぜ。俺達の身にもなってくれ。俺達は絶対反対だ。小夜子の調教は俺達に任せてくれ」
と、周囲を取り囲む見物人達にわめくようにいい、どっと一座をわかせている。
小夜子は、それにふと眼を向け慄然とし、
「先生、お願い。小夜子を、あの人達のところへやらないで!」
と、静子夫人の膝の上へ身をすり寄せるようにし、哀訴するのだった。
「♢♢小夜子さん」
静子夫人は、その彫りの深いノーブルな容貌に一杯の愁色を浮かべながらも、ふと、決意したように小夜子の顔を見た。
「あなた、静子と一緒なら、死ぬほど恥ずかしい辛いことでも辛抱して下さる?」
「せ、先生とご一緒なら、私♢♢」
小夜子は、二重瞼の黒い瞳にキラキラ光る涙を浮かべ夫人を見るのだった。
調教という意味の恐ろしさが、まだ、はっきり小夜子にはわかっていない。そう思うと静子夫人は、あまりにも小夜子が不憫に思え、
「小夜子さんっ」
と、思わず哀泣しながら、小夜子の黒髪に頬をあてるのだった。
「口じゃいえない恥ずかしいことを、私達しなきゃならないのよ。辛抱してっ、ね。死んだつもりになって辛抱して頂戴!」
野卑で、卑劣なチンピラやくざ達の手で、ズタズタに引き裂かれるぐらいなら、自分の手にかかって共に泥沼へ落ちた方が、まだ、小夜子は救われるかも知れない。そう思った静子夫人は、荒々しい悲しみで、烈しく泣きつつ、小夜子に頬ずりするのであった。
それをギラギラする眼で眺めていた千代は、
「ホホホ、どうやら、相談がまとまったようね」
と口元を歪めつつ、恐ろしげに身を寄せ合う二人の傍へ来て、身をかがめる。
静子夫人は、小夜子をいたわりながら、ニヤニヤしている千代の方へ願いをこめた悲しげな視線を向ける。
「千代さん。貴女のおっしゃる通り、小夜子さんのお稽古は私が致します」
少女のような含羞を見せて、静子夫人がそういうと、四囲を取り巻く見物人達は、どっと手を叩いて囃し立てた。
静子夫人が小夜子の調教を承認したため、横手から食べかけの皿をひったくられた恰好の竹田と堀川は、忿懣やるかたないといった顔つきをして、
「頭にきたぜ、全く」
と、わめきながら、畳の上を足で蹴り始める。
「まあ、そう怒るな」
と、田代は、手招きして、二人のチンピラを自分の傍へ呼び寄せた。そして、竹田の耳元に口を寄せ、
「そのうち、お前達にも調教させてやる。今日のところは辛抱しろ」
と小声で慰め、二人の手にグラスを持たせウイスキーを注いでやるのだ。
美しい肌を寄せ合い、互いの身を庇い合うようにして、二人の美女が恐怖と屈辱に打ち震えている光景は、卑劣な見物人の気分を楽しいものにしたようだ。
「ねえ、田代社長」
と千代は、田代に近づき、そっと耳打ちする。
「うん、なるはど、そいつは面白い。これから始まるショーの前座試合ということになるわけだな」
田代は、赫ら顔をくずして、大きくうなずくと、鬼源や川田を呼び、
「今、千代夫人から意見が出たんだが、せっかく、こうして美女二人が眼の前に現われたんだ。だから♢♢」
皆まで開かず、鬼源も川田もうなずいて、
「愛弟子を調教する静子夫人。その教えっぷりを前座として、これから演じさせる。そういうわけですね、社長」
川田がいうと、ま、そういうことよ、千代が、身を寄せ合っている二人の美女に近づいた。千代が近寄る度、二人の美女は、肌に粟粒の生じる思いとなり、一層、身をすり寄せ小さくなってしまう。
「まあ、お二人とも、お仲のよろしいこと。でも、ただそうしているだけじゃ、つまんないでしょう」
千代は、皮肉るような眼差しを夫人と小夜子に向けながら、
「ね、奥様、いくら小夜子さんを調教するとおっしゃっても、口先だけじゃ駄目。だから本当にご苦労なことだと思いますけど、捨太郎さんとのご婚儀の前に、ちょっとこの場で確約が頂きたいんです」
しねしね首をくねらせるようにしながら、そんなことを得意げになっていう千代である。
鬼源、川田、それに銀子、朱美までが乗り出してきて、夜具の中央で、小さく震えている夫人と小夜子の周囲を取り囲む。二人の美女は、ぞっとして、再び、互いの肩に顔を埋め合い、全身を硬化させるのだった。
千代は、いよいよ得意げになって、鼻をふくらませる。
「一口に調教といいましても、この道は、奥様が日本舞踊を小夜子嬢にご教授されたようなわけには参らないようですわ。まず、最初に、師弟の関係を通り越した探い関係を結んで頂かねばならない。ね、そうですわね、鬼源さん」
千代は、鬼源の方をチラと見て、含み笑いをする。
「そういうことだ。全く、千代夫人のいう通りだ」
と、鬼源も千代に調子を合わせて、いやしげにせせら笑い、縮み入るように身をこごめて、すすり泣いている二人の美女の背を、因果を含ませるような調子で、ピチャピチヤ叩くのだった。
「それじゃ、早速、特別な師弟の誓いを取り交して頂きゃしょうか。え、お二人さん」
鬼源はそういって、
「よ、朱美。調教室へ行って、お道具を持って来な。わかってるだろう」
と朱美に命令する。
あいよ、と朱美が部屋の外へ出て行くと、静子夫人は、わっと声をあげて、小夜子の白磁の肩先へ顔をすりつけ号泣するのだった。
「小、小夜子さん。がまんするのよ。がまんして♢♢」
チンピラやくざの手で小夜子を引き裂くことは静子夫人の哀願により中止したけれど、その代償として、静子夫人は、小夜子の調教を承認させられ、それと同時に、満座の中で、これより、小夜子と屈辱のいたぶりを共に受けとめねばならなくなったのである。すべて、千代の残忍な最初からの計画であったのだ。
ゴリラのような体つきの白痴男に静子夫人を人身御供として差し出すだけではあき足らず、愛弟子である小夜子とも特殊な関係を持たせようという千代の異常な執念深さには、静子夫人のみではなく、実の兄の川田でさえふと、少し、気がおかしいのではないか、と小首をかしげさせるものがあった。
「ね、鬼源さん。私、この美しい静子夫人と小夜子嬢が、こよなく愛し合っているという姿をカメラに収めておきたいのよ。何か、いいポーズをとらせてみて」
千代は、新しいフィルムをカメラに装填しながら、鬼源にいった。
そうだな、鬼源は、ちょっと考えて、銀子を自分の助手にして、身を寄せ合っている夫人と小夜子を一旦、引き離そうとする。
二人の手が両肩に触れると、静子夫人も小夜子も、激しく狼狽し、赤らんだ顔を右へ左へ振り動かすのだった。
「モタモタすんねえ。ちょっと、スチールを撮るだけだ」
大声で鬼源に叱咤された静子夫人は、もうどうともなれ、と観念し切って、鬼源に指示されるまま、シーツの上に尻モチをつき、両肢を投げ出す。
「さ、小夜子は奥様のお膝に乗っかるんだ。横向きに腰をかけさすんじゃねえ。前向きにして跨らせるんだ」
なるほど、と川田が、嫌、嫌っと真っ赤になった顔を左右に振る小夜子を抱きかかえるようにして、夫人にあぐらを組ませるとその膝の上へ木馬にでも乗せるような調子で、追い上げてしまう。
「遠慮せず、もっと前へ寄るんだ」
川田は、小夜子の絹餅のようにふっくらした肩を後ろから突き上げるようにして、前へ押し出す。
「まあ、素敵なポーズね」
千代は、カメラをかまえる。
鬼源は、ニヤニヤ笑いながら手を伸ばす。
「そら、奥さんの方は、お弟子さんにキッスしてやるんだよ」
夫人は、鬼源に後頭部を押されるのをぐっとこらえようとした。鬼源は小夜子のふくよかな胸に夫人の唇を触れさせようとするのであった。小夜子は、悪魔たちのさせようとしていることの意味が、ようやくわかりかけてきた。
「い、嫌っ、先生」
尊敬し、敬愛して来た静子夫人の唇が、小夜子にとって強烈な得体の知れない衝撃であった。津村に凌辱された時以上に、もっと烈しいものだったかも知れない。
小夜子は、甘い香料の匂いに包まれた夫人の髪に顔を埋めて、声を上げて泣き出した。
「次は左よ。奥さん」
千代は、そんな二人の姿態をぞくぞくした思いで眺めながら、カメラのシャッターを切りつづけ、色々と注文をつけるのだった。
「逆添寝の逆キッスとござい」
鬼源は、出歯をむき出して、ケッケッケ、と笑う。
静子夫人と小夜子は、一本の長い流木のように夜具の上へ横臥させられていたが、鬼源の号令がかかると、川田と銀子は、小夜子の肩と足を持ち上げて、夫人の方へずらせ、二人の美女の顔を逆の形で合わせたのである。
「なるほど、こりゃ面白いわ。さ、早く接吻してみて」
千代は、カメラを持って、舞台の上をグルグル廻るようにしながら、美しい師弟の屈辱場面をレンズにおさめようと懸命である。
鬼源は、魚屋が刺身を作る時のような手馴れた手さばきで、二つの美しい女体を横向きにさせ合い、顔と顔とを逆形に密着させると、
「さ、早くしろ」
と、互いに横に立てている夫人と小夜子の背や腰を平手打ちするのだった。
「♢♢小夜子さん。お願い、静子と一緒に、地獄へ落ちて頂戴!」
静子夫人は、懊悩の極にある小夜子に、あきらめを持たすべく、悲哀をこめていい、そっと紅唇を小夜子の、薄い形のいい唇へ近づけていく。
「せ、先生♢♢小夜子、もうどうなってもかまわない。先生がご一緒なら♢♢」
「♢♢かわいそうな、ああ、かわいそうな小夜子さん」
静子夫人と小夜子は、たまらなくなって、シクシク泣き出すのだったが、銀子は、面倒くさそうに舌打ちする。
「ちょいと、何時まで、メソメソやってんのよ。これから、静子夫人は、毎日、小夜子嬢を調教しなきゃならないのよ。そんな調子じゃ困るじゃないか。さ、早くいわれた通りしてごらん、うんと情熱的にね」
すすり上げ、しゃくり上げていた静子夫人と小夜子は、互いに決心し合ったよう、そっと紅唇と紅唇を触れ合わしたのである。
ヒャアーと見物人達は手を叩いて、からかい、千代と津村は、待ち受けていたようにパシリ、パシリとカメラのシャッターを切るのだった。
「ホホホ、どう、さかさまになったキッスというのは。満更、悪くもなさそうね。ねえ、もっと情熱をこめて、舌を吸い合ってよ。貴女達は、これから、共通の秘密を持ち合うのよ。シークレット・ラブを完成させるのよ」
銀子は、何かにとり憑かれたような眼つきになって、二人の美女に対し、盛んにまくし立てるのだ。
小夜子を救うただ一つの方法、それは彼女の肉体と心に、これらの悪魔達のいたぶりを苦痛とせず耐え抜ける強靱なものを与えることであり、それは、悪魔の喜ぶ悪魔的な肉体の持主に小夜子を仕上げること♢♢静子夫人は、苦悩の極で、ふと、そんなことを想い、彼等のいう通り、自分が小夜子に対し、調教するより仕方のないことを悟るのであった。
それには、自分がやはりこの地獄の責めを本心から慫慂することの出来る肉体と心に♢♢ああ、果たして、そのようなことが♢♢静子夫人は、苦痛と恐怖の入り混じる、熱病にうなされたような状態で、そんなことを思うのだった。
静子夫人の花びらのような唇と舌は、小夜子をいたわり、いい聞かせる悲願をこめて、悪魔たちの命令に従っていた。
それは、静子夫人が、この恐ろしい世界を二人で慰め合い、生きていきましょうと無言のうちに語りかけ、それに対し、小夜子が、先生と一緒なら、私、どんな苦痛をも忍びます、と返事を、したためたような口吻であった。
師と仰いで来た美しい人妻の口吻♢♢それは、小夜子にとって、強制されたものでなかったら、恐ろしいばかりに甘く悩ましく、そして刺戟的なものであったかも知れない。だが、悲しいことに緊縛の辛さと、鬼どものいやらしい眼がある以上、それは恥辱以外の何ものでもないのである。
夫人と小夜子を満足げに眺めていた鬼源は、川田に眼くばせして、再び、小夜子の肩と肢とを少し持ち上げるようにし、夫人に平行させたまま、前方へ移動させる。横に寝かされた小夜子の眼前には、紫のしごきをきびしく上下へ巻きつかせている静子夫人♢♢。また、静子夫人の引き緊まった美しい鼻先には、麻縄で緊め上げられた、白桃のような小夜子♢♢。
「さ、始めてごらん」
銀子は、美しい二つの流木に対して、声をかけ、ニヤリとして千代の顔を見た。千代も口元を歪め、銀子の顔を見る。
「♢♢小夜子さん、許して」
「あっ」
小夜子は、顔をのけぞらせたが、
「何してるんだ。おめえも、お返しをしねえか」
と、鬼源の怒号が小夜子に飛ぶ。
夫人の唇は小夜子の白桃のように形のいい乳房に触れ、小夜子の唇は夫人の情感的で豊満な乳房に触れた。
「♢♢ゆ、許して、先生♢♢」
小夜子は、血を吐き出すような思いで、鬼源の怒声に従うのだった。
恐ろしく敏感な女、と津村もズベ公達も、小夜子の感受性の強さには驚いていたが、今小夜子は人一倍の敏感さを口惜しく思わされた。
小夜子は、思わず、強く噛んでしまった。うっと静子夫人は、美しい眉をしかめたが、こらえて、再び、小夜子を優しくたしなめるようにするのだった。
千代も津村も銀子も、クスクス笑いながらいっせいにカメラのシャッターを切る。
鬼源は、田代の横へ来て、田代に差し出されたウイスキーを恐縮してグラスに受け、グイと一飲みすると、
「さて、次は、皆様、お待ち兼ねのすばらしいキッスを演じさせましょう」
と、道化で周囲に一礼し「今度は、津村さんも千代夫人も一寸手伝って下せえ」といいながら、恥辱の火を互いに点じ合っている美しい二つの女体に近づくのだった。
「まあ、そんなことをさせるの。ホホホ」
千代は、鬼源に、小さく耳打ちされると、口を手で押さえ、笑いこける。
「さ、皆んな手を貸して。目方のある方は男が持とうぜ」
自分の恐ろしさと同じ想いが静子夫人にも♢♢それを知ると小夜子は、戦慄めいたものが背すじに走り、
「嫌っ、嫌ですっ。も、もう許して!」
と、身をくねらせ、首を振ってわめいたが、鬼源が、
「うるせえっ、あんまり手こずらせると痛い目に合わすぜ」
と、どなり、頬をシーツにつけたまま、眼を閉じ合わせている静子夫人の頬をつつく。
「おめえも黙っていずに、弟子を少しは叱っちゃどうだ。弟子の調教は、おめえの責任だぜ」
静子夫人は、瞑目したまま、小夜子に声をかける。
「小夜子さん。この人達に抗らっちゃいけないわ。静子と一緒に地獄へ落ちるという約束でしょう。ね、お願い、静子のする通りにん貴女もなさって♢♢」
静子夫人は、一筋の涙を頬に伝わらせて、血を吐く思いで小夜子にいうのだった。
「♢♢地、地獄へ落ちるわ」
小夜子は、返事をかえした途端、胸底からつき上げる強烈な電気を受けた時のような戦慄に首をのけぞらせたが、キリキリ歯を噛みならしつつ、自分が今置かれている、このいいようのない悲運に決戦を挑むよう自分自身にいい聞かすのであった。
小夜子の眼前には静子夫人の艶っぽい繊毛の膨らみが息づいている。夫人の眼前には、小夜子の薄絹に似た柔らかい繊毛が。
「さ、その羞ずかしい所をお互いにキッスし合ってみな」
と、鬼源が痛快そうにいった。
覚悟したつもりでも、やはり心臓は高鳴りつづけ、全身を揉みぬくような得体の知れぬ羞恥が小夜子の魂を揺すぶり出す。
「♢♢小夜子さん♢♢ねえ、二人は、これでもう他人じゃなくてよ」
静子夫人は、そう呻くようにいうと、思いきった行動に出たのである。死ぬ想いで叩き込まれたとおりに、鬼源たちの合格点を得ようと必死だった。
千代は、カメラを構えて、シャッターを切り、フィルムに収めていく。そして、千代は、ふと、二年ばかり前のある光景を思い起こしていた。
遠山家の広大な芝生の庭園に面した明るい日本間で、小夜子が名取り披露会のためのお稽古を静子夫人につけてもらっている。
夫人と懇意にしている花柳界、一流地の老妓が数人来て、このお稽古のお囃子を受け持ち、夫人と小夜子は、鼓や三味に合わせ、扇子を使って、優美な曲線を描きつつ、ぴったり呼吸を合わせて舞っていた。それを千代は、仲間の女中達と廊下の端からのぞき見たのだが、藤鼠色の織縮緬に唐織の丸帯しめた静子夫人の博多人形のような美しさと、白地に散り紅葉のお召を着た小夜子の気高いばかりの美しさに女中達は圧倒され、まぶしげに眼を細めて眺め、声を殺していたのである。
千代は、仲間の女中と同じく、二人の美女が胡蝶のように舞いつづけるその華麗な美しさに眼を見はったが、それは、上流社会に生まれ育った気どりというものを静子夫人と小夜子がそうした舞踊で身体表現しているように感じ、千代は、何か不明瞭な嫉妬と羨望の念にかられたものである♢♢。
だが♢♢今、あの時の豪奢な着物を着て、楽しげに踊っていた二人の美女は、まるで犬のように♢♢そう思うと、千代は、これがあの時、垣間見た美女と同じ女なのだろうかとさえ思え、たまらないおかしさが、胸にこみ上って来るのである。
静子夫人と小夜子は、火のような勢いに追い込まれ、互いにいたわりの気持を持ちながらも、地獄の底で呻いていた。
「すごいわね。あたい何だか気が変になって来たわ」
桐の箱を小脇に抱えて戻って来た朱美が夫人と小夜子を見て、唖然としてしまう。
「そら、お待ちかねのお道具が来たぜ」
鬼源と川田は、ようやく二人を離れさせ、二人の肩に手をかけて、ぐいと上体を起こさせる。
「さ、少し急ごうぜ捨太郎の奴、俺の出番は何時なんだ、とふくれ面を始めてやがるからな」
静子夫人と小夜子は、体を離した途端、互いに顔をそむけ合い、相手の視線を必死に避け合っている。
今まで演じさせられた魂も凍りつくような羞恥の行為が、狂おしいばかりの自意識となって、二人の胸にこみ上り、まともに顔が見られないのだ。
「最初から、ややっこしいからませ方は無理よ。時間もかかるしね。やっぱり、スタンドプレイから始めるべきだわ」
銀子が川田達とヒソヒソそんなことを話している。
やがて、川田と吉沢は鬼源の指示を聞き、椅子をつみ重ねて、天井の棧にロープをつなぎ始めた。
二本のロープが、からみ合うようにして、棧から垂れ下がるのを見た千代は、吸っていた煙草を灰皿に捨て、シーツの上で小さくなっている二つの美しい女体に近づく。
「さ、奥様にお嬢様。お支度が出来ましたわよ。お立ち頂きましょうか」
静子夫人は恐ろしいものでも見るようにそっと眼を開き、すぐ前に垂れ下がっている二本のロープに気づくや、はっと動揺し、端正な美しい頬を再び赤く染め、深く首を落としてしまうのである。
これから、鬼源達が強制しようとしていることは、わかっている。何時か、桂子と演じさせられた女同士の行為。あの時の自らを傷つける底知れぬ苦しさと恐ろしさを、今度は自分の弟子であった小夜子と共に味わわねばならないのだ。
静子夫人の困惑と羞恥の色を浮かべた、その美しい横顔を見つめていた千代は、
「さ、奥様。ぐずぐずすると皆様に失礼よ。お立ちになって下さいましな」
と、夫人のきらめくように白い柔らかい肩に手を優しくかけ、静かに立ち上らせるのだった。小夜子の方には、銀子と朱美が手を添え立ち上らせる。
「いよいよスターとしての勉強に入るわけなのよ、小夜子。しっかり先生に教わらなきゃ駄目よ」
銀子と朱美は、桜色に紅潮した小夜子の美しい繊細な頬を指で突きながら、天井より垂れた一本のロープを小夜子の縄尻につなぎ始めるのだった。
第四十八章 屈辱の日本舞踊
美花の踊り
小夜子の縄尻を天井の梁より垂れたロープにつなぎ、畳の上へ小夜子を立たせると、すぐその前へ静子夫人は千代と川田に柔らかい肩を抱かれるようにして引き立たされ、同じく夫人の縄尻は、天井から垂れ下がる、もう一本のロープの方へつながれてしまう。
静子夫人と小夜子は、必死に顔をそらせ合い、全身を固くしているのだ。
これから、野卑な男女の見守る中で、演じ合わねばならぬ行為それを思うと、心臓は高鳴り、血が逆流する思いの二人である。
しかも両手は互いにミルク色の背の中程に高々と縛り合わされたまま、その部分だけを連結させ、尻振りダンスをしなくてはならないのだ。息のつまるような屈辱♢♢静子夫人と小夜子は、血でも吐きそうになる思いを必死になって、キリキリ噛みしめているのだ。
そんな気持の二人の美女を楽しそうに眺めつつ、卑劣な見物人達は、ウイスキーを注ぎ合いながら、賑やかにはしゃぎ合っている。
「ちょっと、あんた達、何をぐずぐずしてんのよ」
と、銀子が笑えば、川田も、ウイスキーを飲みつつ、
「頃を見て、道具はとりつけてやるからよ、それまではお互いにやんな」
と哄笑する。
川田も田代も吉沢も、これから、バラ色に色づいて、うねり舞うのだと思うと、たまらない痛快さが胸にこみ上ってくるのだ。
対京子、対桂子と、同性のプレイを経験させられた静子夫人が、これより、自分の弟子である小夜子と♢♢そう思うと、千代もズベ公達もただ息をのみ、眼の前の美しい二つの肉体を眺めている。
鬼源が、片肌脱いで立ち上る。
「ただ、演じるだけじゃ駄目だぜ。御見物衆は、静子夫人が、どういう具合に小夜子を調教するか、それを御覧になりてえんだからな。いいか、小夜子にコツを教えてやりながら、プレイするんだ。わかったな」
といい、鬼源は、夫人の白い肩のあたりを手で突いた。
静子夫人は、線の美しい端正な頬を染め、顔を鬼源から、そらせる。
「よ、わかったな」
鬼源は、ぐいと夫人の顎に手をかけ、顔を自分の方へ向けさせると、浴びせかけるようにいった。
静子夫人が、翳の探い眼を悲しげに閉じ合わせ、小さくうなだれるのを見た鬼源は、満足げにうなずいて、
「じゃ、始めて頂こうか」
鬼源は、意地の悪い眼つきになって、その場にあぐらを組む。
「小夜子さん」
静子夫人は、濡れた美しい眼を開き、小夜子の覚悟を求めるようにいった。
「私達、もうこの運命から逃がれることは出来ないのよ。お願い、小夜子さん、静子と一緒に地獄に落ちて♢♢」
「♢♢先生、小夜子、もう♢♢もうどうなったって♢♢」
二人は、そういうと、ぴったり頬と頬を合わせ、熱い涙を流すのである。
ほのかな香気が立ちのぼるような光沢のある白い頬と頬を密着させ、しばられ、すすりあげていた二人であったが、
「何時まで、メソメソやってやがるんだ。いい加減にしろ」
と、鬼源が、銀子に注がれたウイスキーを口へ運びながら、ガラガラ声をはり上げる。早く小夜子を燃え上らせ、受入れ態勢を作ってやらねえかと、鬼源はいうのだ。
美しい瞳に翳の深い、もの哀しげな色を浮かべて、静子夫人は小夜子の羽根のように柔らかい唇へ、そっと自分の唇を当てがった。小夜子は、その時、ぶるっと全身を震わせ、もどかしげに身を揺すったが、すぐ、うっとりと眼を閉じ合わせ、夫人の接吻を小さく唇を開いて受け入れる。
小夜子は、上気した頬に一筋二筋、涙を流しつつ、このまま、静子夫人と共に、桜色の雲に乗り、大空高く舞い上りたい♢♢そんな思いになってしまう。
やがて、あっと小さく声をあげ、五体がしびれ、揉み抜かれるような陶酔が小夜子の身内にこみ上ってくる。
敬愛し、憧れをもって、接して来た美しい静子夫人に♢♢そう思うだけで小夜子は、かっと全身が火照り出すのである。
「♢♢ああ、先生♢♢」
小夜子は、静子夫人から唇を離すと、ぴったり、夫人の頬へ上気した頬を当てて激しくすすり泣く。
「♢♢小夜子さん、お願い。静子のいう通りになって!」
静子夫人は、呻くようにそういった。その瞬間、小夜子の心臓は激しく高鳴り、さっと、困惑と羞恥の色を顔一杯に漲らせ、思わず、全身を火のように熱くした。
「あっ、ああ♢♢先生」
「♢♢許して、許して、小夜子さん。調教するとは、こ、こういう事なのよ」
静子夫人は屈辱の涙を流しながら、腰部を小夜子の腰部へぴったり当てがった。女陰に女陰を密着させ、ゆるやかにこすりつけるのだ。
「我慢して、小夜子さん」
狼狽する小夜子をいたわるように夫人は低い声でささやきかけながら、その股間の生暖かい茂みを小夜子のほんのり翳っている繊細な茂みに重ね合わせ、腰部を甘くよじらせるのだった。二人の繊毛は風にそよぐ芒の葉のようにかすかな草ずれの音を奏じ始めた。
じっとそれに眼を注ぐ田代や川田、それに吉沢達はムズムズこみ上げてくるものを持てあましたように緊縛された全裸を密着させ、腰部をうねり舞わせている静子夫人と小夜子の傍へ吸い寄せられていく。
「おい、お嬢様、静子先生にもっと調子を合わせて腰を揺さぶりな。茂みと茂みをもっとこすり合わせるんだ」
鬼源が叱咤するようにいった。
「ぼんやりしていないで、口をしっかり吸い合うんだよ」
川田も鬼源に調子を合わせたように大声を出した。
涙に濡れた熱い頬と頬とを重ね合わせていた夫人と小夜子はすすり上げながら顔を見合わせたが、その途端、あまりの羞ずかしさに共に顔面を火のように燃えたたせ、小夜子は夫人の柔軟な乳色の肩に額を押し当てて泣きじゃくるのだ。
「小夜子さん、さ、勇気を出して。お願い。も一度、静子に口を吸わせて」
夫人に励ますように声をかけられた小夜子はすすり上げながら上気した顔を上げ、すると夫人は小夜子の顔半分に覆いかかる黒髪を頬でかき分けるようにしながらわなわな慄える小夜子の羽毛のように柔らかい唇にぴったりと唇を重ね合わせるのだった。
唇と唇をこすり合い、共に舌先をからませ合った夫人と小夜子を眼にした男達は口笛など吹いて囃し立てる。
「そう、そう。そうしてしっかり舌を吸い合いながら、激しく茂みをこすり合わせるんだ。クリトリスを突っこみ合うように激しく腰を使うんだよ」
と、鬼源がわめくようにいった。
小夜子も遂に煽られたように夫人の舌先に舌先をからませながら密着させた腰部を夫人と呼応して揺り動かすようになる。
鬼源は満足げに見ていたが、急に二人に近づくと両手を拡げて二人の双臀をパンッと叩いて動きを停止させた。
「次はこんな風にして」
といって鬼源は夫人の片肢をつかみ、小夜子の股間にくぐらせた。
「腿を上げて小夜子のそこを優しくこすってやるんだ。気分が乗ってきたかどうか、熱いおつゆが腿を濡らしゃわかるだろう」
お互いに腿を使って気分を出してみろ、と鬼源はいった。
「小夜子さん、こ、こんな事をする私、許して」
静子夫人は、小夜子の股間に膝を曲げるようにして腿を喰いこませ、小夜子の淡い可憐な繊毛の部分を腿を使ってゆるやかにこすり始める。
「ね、小夜子さん。お互いにうんと淫らな女になりましょう。そうなるより救われる道はないのよ」
夫人は一種、凄絶な表情になって小夜子の乳房に自分の乳房をすりつけ、小夜子の股間を太腿を使ってさすり上げるのだった。そして、狼狽と羞恥にのたうつ小夜子の頬や耳たぶ、首すじに至るまで接吻の雨を降らしまくるのだ。
「ね、お願い、小夜子さん。身体を燃やして、うんと気分を出して、お互いに燃えなきゃならないのよ」
「ああっ、小夜子はどうすればいいの、先生」小夜子は煽られて股間にくぐった静子夫人の太腿を自分の両腿をギューと緊めて固く挾みこんだ。そして、夫人の腿の動きに合わせて股間をそれにすりつけ、さすりつけ、情感を昂らせていく。
「先生はおかしいわよ。今日から静子お姉様とおっしゃい」
と、銀子が笑いながらいった。
「わ、わかったわ」
小夜子はハア、ハアと切なげに息づきながら、情感に酔い痴れたねっとりした瞳をうつろに開く。
静子夫人はそんな小夜子の半開きになった唇に再び唇を重ね合わせて強く舌を吸い上げながら更に強く腿を使って小夜子の股間を責め立てるのだ。自分の体内深くに巣喰う悪魔を小夜子に示し、そして、小夜子の体内に巣喰う悪魔性をおびき出そうとするかのように夫人は小夜子の柔らかい絹のような繊毛の感触を腿の表皮で楽しみつつ、責め立てている。
そして、その腿の表皮に小夜子の熱い樹液を感じとると静子夫人は、
「ねえ、今度はあなたが、静子をいじめて」
と、甘く誘いこむような声音で小夜子の耳にささやくと、乳色の両腿を割って小夜子の片肢を挾み取ろうとするのだ。
小夜子は今、夫人が自分にしたように夫人の股間に片肢をくりこませ、腿を使って夫人の柔らかい、溶けるような茂みをこすり上げた。
「お、お願い、小夜子さん。もっと、もっと、激しくこすって」
と、夫人は麻縄に緊め上げられた乳房を小夜子の乳房に荒々しく押しつけ、こすりつけながら上ずった声をはり上げた。
小夜子はむせび泣きながら淫猥な魔女になったつもりで腿を激しく使って夫人の股間を責め立てた。
「よし」
と、鬼源は頃を見計らって声をかけ、二人の動きを停止させた。
「どうやら、両方とも気分が乗ってきたようだから、道具を取りつけてやろう」
二人とも、廻れ右して、こっちを向きな、と、鬼源は桐の箱を手にしていった。
「こっちを向けといってるのが、聞こえねえのか」
鬼源は熱い頬と頬とをこすりつけたまま、熱っぽく息づいて肩先を慄わせている美女二人に大声を出した。
静子夫人と小夜子はようやく頬を離し合って緊縛された裸身を互いに廻し合い、鬼源や川田達に前面像を晒し合った。
「充分、身体を濡らし合っただろうな」
これから点検し、大丈夫だったら両首を取りつけてやる、といって鬼源は桐の箱を開き、張形二つをつないだような長い筒具を取り出した。
これは相対張形ともいい、両首ともいうレスビアン用の小道具だと鬼源は得意そうにその奇妙な筒具を夫人と小夜子の眼に示している。
ふと、それを眼にした夫人と小夜子は上気した頬に紅を散らし、さっと視線を横にそらせた。
「前にいる人達に濡れ具合を調べて頂くんだ」
鬼源にそういわれて小夜子は怖ず怖ずと視線を向けるとすぐ前に津村義雄がニヤニヤしながらつっ立っている。その狡猾そうな義雄の顔を見た途端、小夜子は口惜しげに血の出るはど、固く唇を噛みしめた。
この屋敷から救出してやると自分をだまして毒牙にかけ、その上、地獄の底にまで突き落とした憎みても余りある男
♢♢口惜しさに全身が打ち震えるものの、しかし、今の小夜子には彼に対し、呪いの言葉を吐く気力もなかった。
「よかったね、小夜子」
と、義雄は口元を歪めていった。
「敬愛する静子夫人の調教を受ける事が出来てほんとによかったじゃないか。僕も小夜子がこれからこの道のスターになるため、及ばぬながら色々と協力させて頂くよ」
そんな義雄の言葉を耳にして小夜子は心臓がえぐられるばかりの口惜しさを感じ、全身を小刻みに慄わせたが、そんな小夜子をなだめるつもりなのか、静子夫人は背中の中程で縛りつけられている手首をそっと動かして小夜子の背中で縛りつけられている手首のあたりを強く握りしめるのだ。
我慢するのよ、小夜子さん。我慢しなければ駄目、と夫人は心の中で血涙を流している小夜子に言い含めているのだろう。
そんな静子夫人の前にはこれも夫人にとっては憎みても余りある川田と千代が薄ら笑いを浮かべてつっ立っている。
「じゃ、お手伝いさせて頂きましょうか」
と、千代は夫人の腰の前に身体を低めさせて、さ、股をお開き遊ばせ、と千代はおかしそうにいった。
夫人は必死になって憤辱に耐えながら千代の前に官能味のある両腿を割った。川田も腰をかがませて千代と一緒に夫人の股間に生暖かく盛り上る漆黒の繊毛を指先でかき分け、熱く熟した粘膜の内側に指先を含ませていく。
「大丈夫なようね。じっとりと濡れているわ」
千代の指先をそこに感じた夫人は汚辱感に端正な頬を苦しげに歪め、屈辱感に白い歯を噛み鳴らしている。
「それにしても、元、遠山家の女中と運転手だった私達が、奥様のここの割れ目をこんなふうに拡げたりして、玩具にできるなんて夢にも思わなかったわ」
千代はクスクス笑いながら夫人のその悩ましい繊毛をかき分け、両の指先せ使って女の秘裂を生々しく開花させながら例によっての揶揄を始めるのだった。
「まあ、まあ、こんなに濡らしちゃって、相手が男だって女だって見境なしだな。こんなに淫らな女だとは知らなかった」
川田は指先をその熱く熟した花層に含ませてわざとらしく哄笑するのだ。川田が指先を操作して夫人のその膣口まで開花させると、じっとり濡れた薄い襞の上層よりはっきりと突起した陰核が露出するようになる。それを眼にした千代は口元を手で覆うようにしながら、これもわざとらしく笑い出すのだ。
「元、女中だった私の眼にそんなもの、はっきりのぞかせていいの、奥様。小しは恥を知りなさいよ」
といって千代の手はその膨らんだ肉芽を軽く指先ではじいて笑いこけるのだった。
また、始まったと思いながら夫人は千代のそんないたぶりを必死に耐えるより方法はなかった。
「これが元、大会社の社長令夫人だなんて信じられないわ。何さ、気持よさそうにそんなものをのぞかせて。私にクリトリスの皮をむかせたいというの」
千代が調子に乗って夫人にいたぶりの言葉を次々と吐きかけると鬼源が笑いながら千代の手にその両首という珍具を手波した。
「それじゃ、元、遠山家の女中だった千代夫人にこいつを取りつけて頂きましょう」
鬼源からその取りつけ方法を聞いた千代は悦んで早速、川田と二人で作業にかかりだした。
その調教用の両首には一方の簡具の周辺に細い皮紐が三本ばかり取りつけてあった。女体の一方に三角型に固定してつなぎ、つまり、褌を緊めるようにつなぐ仕掛けになっている。
川田はその両首の一方の先端を夫人の股間に押し当て、女陰に深く含ませようとする。
「うう」
夫人は悲しげに眉をしかめ、キリキリ歯を噛み鳴らしたが、しかし、懸命になってそれを体内に受け入れようとし、腰部を突き出し、両腿の筋肉をピーンと硬直させるのだ。
やがて、ねっとりした襞はそれを包みこみ強い吸引力を発揮して川田に押し立てられた筒具の先端を奥へ引きこんでいく。
「成程、さすがは名器ね。貝が獲物に喰らいついたみたい。襞が収縮して奥へ引きこんでいくわ」
と、銀子が横からそれを観察して感心したようにいった。
「私も初めて見たわ。まるで、そこだけが生物みたいに収縮するのね」
千代も川田と一緒に筒具を夫人の体内に含ませていきながら呆然としたようにいった。
「ああ、小夜子さん」
静子夫人はこの魂も炸裂するばかりの屈辱感を小夜子に伝えるように背中で縛り合わされた手を握り合う小夜子に背面を反り返すように押しつける。小夜子も、耐えて下さい、奥様、と告げるかのよう夫人の手を背後からしっかり握りしめるのだった。
「仕上げを頼むぜ」
と川田にいわれて千代は銀子と一緒に両首につないである皮紐をたぐりながら二本を夫人の絹のように滑らかな腹部にしっかりとつなぎ、一本を夫人の股間に通して双臀の割れ目の中に深く喰いこませてキリキリと引き絞っていく。
「遠山家では奥様の身の廻りの世話などずいぶんしてきたつもりだけど、レスビアン用の小道具をこうして取りつける日が来るとはね」
と、千代は銀子の顔を見ておかしそうにいった。
皮紐で褌でも緊めさせるようにしっかりと夫人の腰部に結びつけた千代は改めて夫人の前に立ち、
「まあ、奥様にチンチンが出来たのね。素敵よ、その恰好」
といって銀子と手を叩いて笑いこけるのだった。
「さ、それで大丈夫。その深窓の御令嬢を思う存分、愛してあげる事が出来ましてよ」
千代は縄止めをすまして前に廻ると息のつまるような屈辱感を全身で必死に耐えている夫人を改めて愉快そうに見つめた。
世にも哀しげな表情で横に眼を伏せている静子夫人の朱に染まった頬を千代は指先でこづいて、
「如何が、男の子になった御感想を聞かせてよ、奥様」
と、揶揄したりする。
「そういう武器を身につけりゃ、このお嬢様だけではなく、他の美しい女奴隷なんかも楽しませてやる事が出来るわね」
千代がまた調子づいて夫人をからかい出すと鬼源がついと前に近づいて、
「それじゃ、時間もかなり喰っちまったようだから始めて頂こうか」
と、声をかけ、腰をかがませて夫人の股間に突き立ち、屹立している相対型筒具の先端を指ではじくのだった。
「よし、これだけ喰い込ませておきゃ途中で抜ける事はねえだろう」
さ、も一度、向かい合ってみな、と、鬼源はいった。
「その前にこう誓うのよ」
と、銀子は静子夫人の熱い耳元に口を寄せて小声で吹きこんだ。
「私達がここまで世話してあげたのだから、それくらいの口上はいって頂かないとね」
朱美は小夜子の耳に口を近づけ、あなたも誓うのよ、と、淫靡な含み笑いをして何かしきりに語りかけているのだ。
「さ、二人とも、早く始めないか」
鬼源ががなり立てると静子夫人は背中で縛り合わされている手で更に強く小夜子の手を握りしめ、はっきり覚悟を決めたように顔を上げた。
「♢♢皆様のお情けにより村瀬小夜子と遠山静子は、只今、この場において、女同志の愛を結ぶ事になりました。皆様には心から感謝いたします。どうか、この愛の行為をお酒の余興として御見物下さいますよう」
静子夫人は周囲に群がる悪鬼達を無視するかのように何かを訴えるような情感を湛えた潤んだ瞳を宙の一点に向けながらいった。
小夜子がそれに続いて朱美に強要された言葉を固く眼を閉ざし、凍りついた表情で口にする。
「憧れの静子奥様とレスボスの愛を結ぶ事が出来て小夜子は幸せに思います。この愛が成立した後は小夜子は静子奥様と同様、柔順な女奴隷として皆様にお仕えする事を誓います」
そこまで口にした小夜子は急に耐え切れなくなったように硬質陶器のような透き通るばかりに色白の裸身を慄わせて号泣するのだ。
「お二人とも、よくいって下さったわ。そんな柔順な態度に出られると、この愛のお世話をした甲斐があったというものね」
と、千代は金歯を大きくのぞかせて笑った。そして、千代は銀子や朱美の方に眼を向け、
「でも、いくら柔順になってきたからって、特にこの二人は甘やかしちゃ駄目よ。一方は上流階級の令夫人、一方は深窓の御令嬢としてこれまでずいぶんと我侭に振るまって贅沢三昧の暮しをしてきた人種なんですものね。この際、うんとこらしめてやらなきゃ」
田代に注がれたビールを飲んで千代は次第に眼に冷酷な色を滲ませるようになる。こういう場合、病的な嗜虐性を発揮する千代を知っている川田は千代の手からビールのコップを取り上げようとしたが、彼女はそれに抗って、
「何よ、こういうおめでたい時は飲むのが常識じゃないの」
と、川田に向かって口をとがらせるようにしていった。
「さ、二人とも、始めるのよ」
千代は田代に注がせたビールを一息に飲むと背中と背中を合わせてそこに立つ二人の美女にけわしい視線を向けていった。
静子夫人の幻想的なばかり雪白の官能味を匂わせた裸身と小夜子の白磁の抒情味さえ匂わせるしなやかな裸身とが、共に緊縛されたままで両首の責具一本でこれからつながるのだと思うと千代の嗜虐の情念は異様なばかりに昂るのである。
静子夫人と小夜子は共に背中を離し合って立位のままで、その後手に縛り上げられた素っ裸を向かい合わせた。
股間に屹立した筒具を小夜子の眼に晒した夫人は耐えようのない羞ずかしさに身をよじらせ、
「こ、こんな姿にされてしまったわ。小夜子さん、お願い、笑わないでね」
と、声を慄わせ、綺麗な頬を横にそむけた。
「こいつはこれから特別会員用のショーにもするんだからな。お客様が大勢見物している事を意識して色気を充分に振りまいて見せるんだぜ。わかっているだろうな」
鬼源は田代にすすめられたコップ酒を恐縮しながら受け取って一気に飲み乾すと青竹を手にして立ち上った。
「お互いに縛られて両手が使えないってのがミソなんだ。よく的を狙って両首を突き通し、しっかり腰を使うんだ」
と、鬼源は静子夫人の量感のある双臀のあたりを軽く青竹でこづきながらいった。その双臀の深い翳りを持つ仇っぽい割れ目には両首をつなぐ皮紐が痛々しいばかりに深く喰いこんでいる。
「それから、いいな。ぴったりタイミングを合わせるんだぜ。いく時は一緒だ」
これでもか、これでもか、とばかり、鬼源はこれから落花無残の羞恥図を展開させようとしている美女二人に向かって難題をわざと仕掛けている。
すると、銀子や朱美まで鬼源の残酷さに煽られたように、夫人の肩に額を押しつけて鳴咽している小夜子の雪白のしなやかな肩先を指先で押したり、つまんだりする。
「静子お姉様にうんと甘えるのよ、小夜子。お互いに合図し合って、一緒に仲よく気をやるところを見せて頂戴ね」
「そこまで努力して愛し合っているところを私達に証明すれば御褒美としてパンティの一枚ぐらい、はかせてあげるわ」
銀子と朱美は顔を見合わせてキャッキャッと笑い合った。
「駄目よ。そんなに情けをかけること、ないわよ」
千代が吐き出すようにいった。ビールやウイスキーを飲んで千代はあきらかに悪酔いの微候を現わしている。
「特にこの静子にはそんな情けをかける事はないわよ。パンティなんかはかす必要はないわ。素っ裸のまんまの女奴隷にしておくのよ。何しろ、人のほめちぎる名器の持主でしょう。隠さず丸出しにさせておいた方が本人だって嬉しい筈だわ」
と、千代は皮肉たっぷりな言い方をして狂人めいた笑い方をした。
「まあ、静子夫人はずいぶんと千代夫人に嫌われたものね」
と、銀子は縄尻を天井の梁につながれて小夜子と対峠して立つ静子夫人の柔媚で端正な顔面をのぞきこむようにした。
固く閉じ合わせた夫人の睫の長い眼尻から一筋の涙が流れ落ちて線の綺麗な頬を濡らしている。
「でもさ、森田組の資金稼ぎのために秘密ショーでいくら働いたって、パンティ一枚、はかせてもらえないって、ほんとうにおかわいそう」
銀子がからかうようにそういうと静子夫人は狂おしく左右に首を振った。
「もう、もう、おっしゃらないで、銀子さん。こういう運命になってしまったのですもの。私、けっしてあなた達を恨まないわ」
涙を振り切ったように夫人がひきつった声音でいうと、
「さすがは、元、財閥の令夫人、物わかりがいいね」
と、鬼源は北叟笑み、
「じゃ、仕事にかかりな」
と、再び青竹で静子夫人の艶っぽい、滑らかな背面を押すのだった。
鬼源に催促された静子夫人は一切の望みを投げ捨てたように観念し切った冷淡な表情を作り、はっきり顔を起こした。
夫人と小夜子は悲壮味を帯びた潤んだ瞳を向け合ったが、すぐにもうこれがこの世の終わりとばかりに荒々しい悲しみをぶつけ合うように顔面と顔面を強く触れ合わせ、唇を激しく重ね合わせた。
互いの舌を抜き取るばかりに強く吸い合い、麻縄に緊め上げられた乳房と乳房を荒々しくすり合わせ、乳頭と乳頭まで重ね合わせようとしている美女二人を見てそれをとり囲む男と女の間からは歓声と昂奮が渦巻き上った。
「早く両首でしっかりつながってよ」
「モタモタせずに早くぶちこめ」
悪魔の笑声、魔女の嬌声も夫人と小夜子の耳にはもう入らない。夫人は小夜子の赤らんだ耳たぶや火照った頬に接吻の雨を降らしつつ、腰部をよじらせて股間に取りつけられた筒具を揺り動かせて小夜子の女の部分を懸命に探り当てようとしている。それに気づいた朱美は、
「そこじゃないわよ。もっと下を狙わなきゃ。駄目、駄目、そこは的はずれ」
などと囃し立て、銀子と一緒に嬌声を発している。
「やっぱり両手を使えないってのは不自由なもんだな。まるでパン食い競争みたいじゃないか」
どれ、手伝ってやろうか、と、津村義雄が吸い寄せられるように近づいて二人の美女の間に身を沈めようとした。
「さ、さわらないでっ」
と、その途端、小夜子は自分を凌辱し尽したこの男に精一杯の反抗を示すかのように鋭い声を出した。
「あ、あなたのような卑劣な男の手は借りないわ。さわらないでっ」
と、小夜子は吐き出すようにいうと夫人のうねり舞う腰部に呼応するよう自分も腰部を激しく揺り動かせ、夫人の押して出るそれを受け入れようとして懸命になる。
「そうかい。人の手は借りずに自分達だけでやって見せるというのかい。それは結構な事だ」
と、義雄は皮肉っぽく笑いながら身を引いた。
だいたい、双方とも上背があって身長も同じくらいだからやってのけられるかも知れない、と、鬼源はコップ酒を飲みながら田代に説明している。
小夜子が受けようと積極的に出たので夫人が股間で咥えている筒具は小夜子の淡い繊細な茂みの部分にはっきりと触れた。
「そ、そこよ。強く突いてっ」
小夜子は火のような喘ぎと一緒に口走り、白い滑らかな両腿を、もはや、羞恥の片鱗も忘れ去ったように左右に開き、そこに触れた筒具を咥えこむうとしてぐっと腰部を押して出る。
お互いに上体を反り返らせるようにして腰部と腰部を強く触れ合わせ、その一点に力を集中し合っている美女二人を眼にした川田は、まるで押しくら饅頭だな、といって銀子達と笑い合った。
「ねえっ、入りそうっ、小夜子さん」
「ああ、駄目だわ。入らない」
激しく泣きじゃくりながら火照った顔面を揺さぶり、をんな言葉を吐き合っている夫人と小夜子を悪鬼達は何か得体の知れぬ淫風を浴びたように全身を酔い痴れさせ、息をつめて凝視するのだった。
夫人は業をにやしたように一旦、裸身を離させるとその先端で小夜子の薄絹の柔らかい繊毛を強くこするようにして上下に激しく腰を揺り動かせる。次に小夜子のピンク色に息づいた乳頭を口に含んで激しく吸い上げ、必死になって小夜子の肉体を柔らかく溶かしにかかるのだ。乳房を吸った後は腰部をひねって筒具を当て、両肢をつっ張るようにして押して出ると、途端に、小夜子は、ああっとつんざくような悲鳴を上げ、夫人の汗ばんだ柔軟な肩先に額を埋め、歯をキリキリ噛み鳴らした。
小夜子が夫人の懸命の努力によって両首の一端を体内深くへやっと呑みこんだ事を知った銀子達は、やった、と大きな歓声を上げる。
「小夜子さん、嬉しいわ、受けてくれたのね」
と、静子夫人は荒々しく喘ぎながら小夜子の頬といわず首すじといわず、チュツチュツと接吻の雨を降らしまくった。
「ああ、私達、とうとうこんな事になってしまったのね、先生」
小夜子は名状のできぬ恐怖と、これで敬愛する静子夫人とこの地獄の底で一つにつながったという被虐性の恍惚感♢♢そんなものが一つになって身内の奥から噴き上げて来たのだ。
「もうこれで、小夜子さんは私のものよ」
静子夫人は小夜子の乱れ髪をもつらせた頬に頬をすり合わせて顔を起こさせるとわなわな慄える小夜子の唇に強く唇を触れさせ、小夜子の舌先に舌先をからみ合わせた。
「さ、一つにつながったところで、腰を使わなきゃ駄目じゃないか。しっかり愛し合うんだよ」
と鬼源に再び叱咤されて夫人と小夜子は共に甘く、そして強く舌先を吸い合いながら腰部をうねらせ、双臀を揺り動かせていく。
「そう、そう、そんな調子でしっかりお尻を振り合うのよ」
ズベ公達は立位のままで一つにつながり、密着させた腰部を押したり、引いたりして女同志の愛欲図絵を展開させる二人の美女の周囲をとり巻くようにして一斉に囃し立てた。
「何といっても奥様の方はこの道の先輩だからね。弟子の小夜子を上手にリードしなきゃ駄目よ」
そんな銀子の言葉を耳にしながら静子夫人はすすり泣きと一緒に、
「許して、小夜子さん。あなたにこんな思いをさせる静子を許して」
と、小夜子の熱い耳に口を寄せてくり返し告げるのだ。そして、小夜子の官能の芯にこうしてくさびを打ちこまねばならぬ自分を呪わしくも思い、激しく泣きながら小夜子の股間に強く股間を押しつけ、豊満な双臀を弧を描くように廻したり、前後に揺り動かせたりする。
「ああ、ああっ」
小夜子は自分の肉芯深くを夫人に突き抜かれる恐怖と汚辱を伴う快美感に全身を痺れ切らせ、苦悩とも快感ともつかぬうめきを洩らすのだった。静子夫人の端正な頬にもつれかかる乱れ髪と小夜子の白磁の滑らかな肩先に乱れかかる黒髪とがからみ合って次第に嵐のように激しく揺れ合っていく。
「お二人とも、如何が、御気分は?」
「とても気持がよさそうね」
いい気分に酒で酔った銀子と朱美は立位のままで愛欲図を晒し合っている夫人と小夜子の周囲を廻るようにしながら哄笑している。
「縛られた女同志の情交というのもショーのプログラムに組めそうね」
と銀子がおかしそうにいうと鬼源はうなずき、重ね合わせた腰部をうねらせ合っている夫人と小夜子に向かっていった。
「さ、そろそろ追いこみにかかりな。二人仲よく一緒に気をやるんだ」
お客様がモリモリ悦ぶようないい声を出すんだぜ、と鬼源は大声でいった。
「許して、小夜子さん」
夫人は小夜子に詫びつつ、腰部のうねりを急速なものにしていく。
「一緒に恥を晒しましょう。ね、いく時は一緒よ、小夜子さん」
夫人が激しく腰を使い始めるとその筒具は小夜子の肉層の奥にまで貫き、小夜子は激しい痛みと腰骨が砕け散るような切ない快感を同時に知覚して激しい啼泣を洩らした。
そんな二人の動きを見て千代は狂ったように笑い出す。
千代の脳裡には何年か前の小春日和の遠山家の庭に面した日本間が浮かんでくる。
粋な小紫の着物に藤色のあでやかな茶羽織を着た静子夫人が扇子片手に小夜子に踊りの稽古をつけていたあの日の光景であった。
「ホホホ、お二人ともさすがに藤川流の踊りの名取りだけあって腰使いに色気が滲んでいるわ。でも、これは日本舞踊じゃないんですから、そんな優雅な腰使いじゃ一緒に気をやれないでしょう」
そういった千代は急にとげとげしい表情になって、
「もっとお尻を揺さぶり合って激しく突きまくるのよ」
と、狂気めいて叫びだすのだ。
そんな千代の言葉に煽られたのか、夫人の動きも小夜子の動きも次第に荒々しさを帯び始めた。二人は貪り合うように舌を吸い合い、乳房と乳房をこすり合い、両腿を夫人が割ると小夜子もそれに合わせて両腿を開き、ハアッハアッと熱っぽく喘ぎながら密着させた股間を激しくすり合わせるのだ。
夫人と小夜子を一つに連結した相対責めの筒具はこすれ合う夫人のふっくら盛り上った漆黒の茂みと小夜子の薄絹に似た淡い茂みとの間にすっかり埋没して、官能の熱い悦びの中でのたうつ二人の美女は二匹の白い性獣に化したかに見えるのだ。
「ああっ、静子先生っ」
と、小夜子が顔面を大きくのけぞらせて叫ぶと銀子が小夜子の尻を平手打ちして、
「静子先生じゃなく、静子お姉様でしょう」
と、叱るようにいった。
「お姉様っ、静子お姉様っ」
と、小夜子はうわ言のように唇を慄わせ、
「もう駄目、小夜子はいきそうっ。ねえ、いっていいっ」
とロ走った。
熱い花肉の層をえぐるそれが腰骨をジーンと痺れ切らせるような激列な快感となり、小夜子は思わず悲鳴に似た声をはり上げたのだが、
「待ってっ、待ってっ、小夜子さん」
と、静子夫人は狼狽気味に動きを止めて声を出した。
「気をやる時は一緒よ。静子だけ置き去りにしないで」
荒々しさをゆるやかな動きに変えて極限にまで昇りつめていた小夜子の情感を九合目から八合目、七合目と下降させた夫人は甘い声音で、
「ね、小夜子さん。静子のおっぱいを吸って」
と、小夜子の耳元をくすぐるようにいった。
小夜子は激しく息づきながら夫人の薄紅色の乳頭を口に含んで吸い始めると、もっと、強く、と、夫人は自分の情感を小夜子に合致させるべく必死に昂らせようとしている。
そして、夫人は再び、小夜子の熱が下降しかけたのを見計らつて攻撃に転じた。
「いいわよ、小夜子さん、いっていいわっ、静子もいきますっ」
再び小夜子を八合目から九合目へと追い上げた夫人はひきつったような声音で叫んだ。
「一緒よ、静子お姉様、一緒にいくのね」
「そう、一緒にいくのよっ」
夫人と小夜子は共に狂乱したかのように大きく髪を振り乱して倒錯した肉欲の絶頂に向かって突進していく。
二人の雪白の肩先も、背中の中程で縛りつけられている両手首も、腹部も太腿も下肢までもねっとりと脂汗を滲ませて濡れ光っている。
二人の快楽源は両首によって遂に突き破られ、頭の芯にまで貫くような妖しく鋭い快感がジーンとこみ上げて来たのだ。その陶酔の一瞬に二人は合致し、ああっ、いくっ、いくわ、と、絶叫し合うと狂気めいたように二人は唇を合わせ、貪るように舌を吸い合うのだった。
第四十九章 悪魔達の哄笑
白い関係
強制された同性の演技を完全に果たして、周囲を埋めつくす悪魔達を充分に楽しませた静子夫人と小夜子は、再度、後ろへ身体を廻すよう鬼源に命じられ、互いに背をぴったり合わせあい、周囲を取り囲む男達の眼に、あますところなく全身を晒さねばならなかったのである。
静子夫人も、小夜子も、精根つき果てたようぐったりと首を垂れ、シクシク小さくすすりあげているのだ。
今まで、悪鬼達に叱咤され、揶揄され口惜しくも女の生理をむき出しに、ふと夢中となって演じた凄まじい行為は、煮えたぎった一瞬が次第に下降し始めると、それは改めて夫人と小夜子の胸に痛烈な屈辱感となってこみあがり、呼吸も止まりそうになるのであった。
「めでたく誓い合わされた静子夫人と小夜子嬢を祝福して、乾杯しようじゃないか」
と田代がグラスを持ち上げ、太鼓腹を揺すって笑うと、川田や銀子達もいっせいにウイスキーを注ぎあい、屈辱の極にあえぐ二人の美女の周囲を埋めて、賑やかに手を叩き、猥歌を唄い始める。
一番楽しげにはしゃいでいるのは千代のようである。グラスを口に当てながら、静子夫人の前に立ち、
「ホホホ、これで奥様は、村瀬宝石商のお嬢様と、ただならぬ関係に陥ったってわけね。如何が、御気分は?」
口惜しげに横へそらせた静子夫人の気品のある横顔に、酒に濁ったねっとりした瞳を向け、千代は甲高い声をあげて笑った。
小夜子の方には、津村義雄がニヤニヤして立ち、深く首を落としシクシクすすり上げている小夜子を楽しそうに見ながら、
「嬉し泣きかい、小夜子。ハハハ、無理もないよ。心の底から尊敬する静子先生と特別の関係を持つことが出来たんだからな」
津村は千代と視線を合わし、ニンマリと口元を歪めるのだった。
静子夫人は、美しい眉を寄せ、真珠のような歯をカチカチ噛み鳴らしながら、喘ぐように顔をのけぞらせた。
「まあ、奥様、随分と…」
千代がチリ紙を出して、後始末を始めると、それにならって、義雄も小夜子の傍らに近づくのである。
「ああ!」
小夜子は全身を慄わせ、ねじるように真っ赤な顔をそらせ、全身に消え入るような羞恥を漲らせるのだ。
ようやく仕事をすませて立ち上った千代は屈辱の極致に追いこまれ、顔を伏せて小さくすすり上げている静子夫人の顎に手をかけ、ぐいとこじ上げる。
そして、芙蓉の花のように高貴な感のする夫人の美貌をしげしげと見つめながら、千代は口を開いた。
「さて、奥様。今度は今のようなのではなく、可愛い一人の女として、捨太郎さんの愛を受け入れて頂きますわ。よろしゅうございますわね」
千代が愉快そうにそういった時、襖が開いて、井上が入って来た。
「何だ、皆さん、こんな所でお楽しみ中だったのですかい」
井上は、部屋の中央に背中をぴったり合わせている美しい二人の晒し者に眼を向け、ニヤリと口元を歪めた。
「今、この奥様とお嬢さんは、俺達の眼の前で、深い関係をお誓いになったんだ」
と、田代が眼を細めて井上にいい、
「これから、奥様は、捨太郎の愛情をたっぷりお受けになる。お前も見物させてやるよ」
「そいつは有難いが、社長、今、賭場の方は一段落しましたぜ。そろそろ竹薮の土蔵で美津子と文夫のショーにかかりたいんですが」
そうか、と田代はうなずき、
「そうなら、呑気にゃしてられないぞ」
と立ち上った。
「残念だが、捨太郎と静子とのからみはおあずけだ。岩崎親分の御機嫌をとるのが先決だからな」
すると、銀子が口をとがらす。
「でも社長、それじゃ捨太郎さんがかわいそうよ。食べようとした御馳走を、さっと持って行かれたみたいで♢♢」
「ハハハ、ま、あわてることはないさ。第一、今の熱演で奥様も大分お疲れの御様子だ。欲ばって楽しませ過ぎると身体にガタが来るからな」
田代はそういって、チラと捨太郎の方を見ると、彼は、自分の出番を待ちくたびれて焼酎を飲み過ぎ、座布団を枕にいい気持で酔寝してしまっている。
「残念だけど仕方がないわね」
と千代もだらしのない捨太郎の恰好を見て、視線を静子夫人に戻し、
「ま、楽しみは一度にせず、ゆっくり味わった方がいいわ。そうでしょう、奥様。今の熱演に免じて、今夜はこれで解放してあげましょう」
続いて鬼源が、静子夫人の前に立つ。
「皆さんの御意見に従って、今夜はこれで打止めだ。そのかわり明日の夜は、岩崎親分の前でぶっつけ本番をやるんだ。いいな」
静子夫人はすでに捨太郎の女房であることを岩崎親分に告げ、彼の眼前で、時代劇調に日本髪にした静子夫人を捨太郎に嬲らせるという計画が鬼源の脳裡に浮かび上る。
「それじゃ鬼源さん、今夜はこの二人の別嬪さんを一緒にして、地下牢へぶちこんでおこうじゃねえか。この立派な部屋は、この奥様が捨太郎とはっきり関係が出来、夫婦となって暮らす所だ。だから今夜は、まだここで寝る資格がねえ。奴隷としてのしつけもきびしくしなきゃな」
と、川田が鬼源に進言する。
たしかにそうだ、と鬼源はうなずき、
「わかったな、静子。皆様のお情けに感謝しな。今夜は地下牢で小夜子と水いらずで一晩過ごさせてやる。その代り、明日は朝早くから調教開姑だ。いいな、七時起床だぞ」
鬼源は、静子夫人の線の綺麗な頬を指ではじき、廊下へ出ると、用意してあったらしい洗面器を二つ持って戻って来る。
その一つを静子夫人の前に、一つを小夜子の爪先に配置するのだった。
深くうなだれていた静子夫人の翳の深い、涙にうるんだ美しい瞳が、ふと、足先に置かれた洗面器に気づき、はっと狼狽して、顔をそらせる。
「さ、二人とも、仲良く一緒にすますんだ。明日の朝まで行かせてはもらえないんだぜ」
と、鬼源は、煙草を口にしながらいう。
小夜子が、狂おしげに首を振り、次には、消え入るように深く首を垂れ、絹糸のようにか細い声ですすり泣く。
「どうしたんだよっ、早くすまさせねえか。今更、手前達、恥ずかしいなんていえた義理かっ」
と、鬼源がどなったので、円座の見物人達はゲラゲラ笑った。
「ホホホ、奥様。貴女まで小夜子さんと同じようにモジモジなさっていては駄目じゃありませんか。小夜子さんを調教して下さるお約束でしょう。さ、御自身でお手本を示し、小夜子さんと一緒になさって下さいまし」
千代は、しっとりと涙を潤ませている静子夫人の美しい瞳を、のぞきこむようにしながら、ねちねちといたぶり出す。
静子夫人は、毒喰らわば皿まで、といった悲痛な決心をしたのか、ふと美しい容貌をきっと引き緊めた。
「♢♢小夜子さん。私達はもう人間じゃないのよ。ね、お願い、静子と一緒に♢♢」
「嫌っ、嫌です。出来ないわ、そんな事♢♢」
「駄目っ、小夜子さん。静子と一緒なら、どんな事でもするというお約束だったでしょう。お願い、静子のする通り、貴女も、ねえ、お願い♢♢」
静子夫人の象牙色の端正な頬に幾筋もの熱い涙が流れ落ちる。
吉沢が、
「へへへ、外へ洩らさねえよう上手にこいつへ入れるんだぜ」
静子夫人は、切なげに眼を閉ざし、口惜しげに唇を噛み、羞恥の魂をぐっと呑みこんだように顔を横へそらせたが同時に、観念して、責め手の望むままにしようと夫人は洗面器を前にして大胆なポーズをとり始めたのだ。
立ったまま洗面器を使う場合には、そのようにしろ、と鬼源に調教されたポーズなのであろう。
その心を溶かすような夫人の色艶に、吉沢は、ごくりと唾を呑みこむ。
銀子も何か陶然とした心地になったが、
「フフフ、これが元遠山財閥の令夫人だと思うと笑いが止まらないわ。よくもまあ、そういう浅ましい恰好が、お出来になるわねえ、奥様」
などといって、笑いこけるのだ。
「ちょいと、お嬢さん。何時までも、メソメソしていないで、静子お姉様を見習って、立ちションポーズを覚えなきゃあ」
と、銀子は次に小夜子の方へ廻る。
「ね、小夜子さん。お願い、静子のように貴女も、♢♢」
ウェーブのかかった房々した黒髪を慄わせ小さくすすり上げていた小夜子は、遂に決心したよう泣き濡れた美しい顔を上へあげる。
静子夫人と一緒に、生恥をさらせばいいのだと魂まで売り渡した気持で、かたく眼を閉ざし、きっと唇を噛みしめた小夜子。
そんな彼女を頼もしげに見つめていた銀子と朱美は、
「そうそう。感心よ、小夜子。そのように素直にならなきゃ駄目」
と、手を叩いて笑い出した。
小夜子の華奢な身体が、静子夫人と同じく、洗面器を前にして、静かに動き始めたのだ。
「さ、お始めになって。仲良く御一緒にね」
ズベ公二人と千代は、夫人と小夜子の羞恥にむせぶ美しい横顔に眼をやり、足元の洗面器を指さし、笑いつづける。
「どうしたんだ。早くしねえか、こちとらは忙しいんだ。ぐずぐずしやがると、最初の予定通り、小夜子はチンピラ部屋入りだぜ」
鬼源が持ち前のガラガラ声を張り上げた。
「♢♢小、小夜子さん。静子と、静子と一緒に♢♢ね、お願い♢♢」
静子夫人は、祈るようにそういうと、白い光沢のあるねっとりしたうなじを大きく見せて、顔をのけぞらせた。
わっと見物人達の嘲笑、と同時に、洗面器の底をたたく水の音が、小夜子の耳に突き刺すょうに入って来たのだ。
「ハハハ、しっかり。それ」
「ホホホ、いい気なもんね」
「何してんのよ、小夜子の方は。奥様一人を笑い者にする気?」
などと、見物の悪男悪女は囃し立てる。
小夜子は、羞恥と恐怖に火照った顔を上げると遂に決心し、夫人と同じく、大きく首を後ろへのけぞらせる。
そうすることによって苦痛をわかちあい、互いをかばいあう、そんな気持もあったのだろう。夫人と共に生恥をさらせばいいのだと、死んだ気持になった小夜子は♢♢
ひときわ激しく周囲を埋める見物人達の聞から哄笑が涌き起こった。
夫人と小夜子の手が、この息もつまる屈辱を何とか乗り越そうとするように、しっかりつかみあい、ぴったりと背を押しつけあっている。
「いいところの奥様とお嬢様が♢♢ホホホ、まあ、はしたない、立ったままで♢♢」
千代は、二人の緊縛された美女のまわりを手を叩いて歩きながら、そんな事をいって嘲笑するのだった。
調教日記
翌日、義雄が眼を覚ましたのは、もう昼近かった。
昨夜は、静子夫人と小夜子のショーを堪能した後、岩崎達と一緒に竹薮の中にある密室で、美少年と美少女とのショーを楽しみ、その興奮は朝眼が開いても、さめやらず、義雄は、ベッドの中で大きく伸びをすると、上体を起こして上衣のポケットから煙草をとり出し、口にした。
美少年と美少女のショーに度胆を抜かれ、有頂天になってしまった岩崎は、こうしたプログラムはまだまだ豊富に用意してある、と田代に聞くと、顔中皺だらけにして喜び、あと二、三日この屋敷に滞在し、自分の名を使って田代が賭場を開くことを承知したのである。
一度に全部のショーは見せず、小出しにして岩崎の助平心をくすぐるというのが田代と森田が考えた狙いであったが、その作戦は見事に図に当たったわけである。
義雄は、眼を細め、うまそうに煙草の煙を口から吐いた。
「ざまを見ろ。小夜子の奴、これで俺は完全に昔の恨みをはらしたぜ」
義雄は、ニヤリとして、昨夜、衆人環視の中で、静子夫人と女同士の屈辱にうちのめされ、その後、夫人と一緒に、狂うばかりの羞恥をキリキリ噛みしめながら、洗面器へ放出させられた小夜子のことを想い出す。
いくら美人で、上流社会に生まれたの育ったのといったって、一皮剥ぎやあのざまだ。これからは鬼源達の徹底した調教を受け、あの天性の美貌を誇っている静子夫人と共に森田組の大スターになることだ、と、義雄は、口の中でつぶやくのだった。
昨夜、鬼源達に強制され、洗面器を前にして、優雅で、なよやかな身悶えを夫人と共にくり返しつつ、俺の眼の前で、わずかずつ、羞恥と屈辱にのたうちながら、もうどうしようもなくなったよう、夫人と共に狂おしいばかりの身悶えと哀泣を、埋め尽くす見物人達の中で強いられた小夜子♢♢。
義雄は、ニヤニヤと口元を歪めながら、何度もその情景を想起している。
義雄が服を看て、二階の食堂へ姿を現わすと、田代と岩崎が早い昼食をとりながら、何か談笑していた。
「どうもどうも、すっかり朝寝してしまいましたよ」
義雄が頭をかきながら食堂へ入って行くと岩崎は上機嫌で、ナプキンで口元を拭きながら、
「わいは興奮して、ろくに寝られずや。値打ちがあったぜ。昨夜のショーは」
といって、義雄の前のコップに葡萄酒を注ぐのである。
「昨夜、ショーに出た娘、うちの若い衆は、園マリそっくりの別嬪やというて大騒ぎしよったが、あら何ちゅう娘や」
岩崎は、田代に聞いている。
「美津子というんですよ。未だ十八歳、夕霧女学校の才媛だったのですが♢♢おっと、スターの身元についてのお問合わせは御容赦願います」
と田代は笑いながらいった。
「へへえ。この前、わいが楽しませて貰うた静子ちゅう年増にしろ、昨夜の美津子にせよ、田代はん、あんた、すごい別嬪を揃えたもんやな」
「おほめにあずかって恐縮です」
田代も悦に入っている。
「ところで、今夜の出しものは何や」
「桂子という若鮎のようにピチピチ若い娘のショーで、その後、親分、お待ち兼ねの静子を出演させる予定なんですが」
「な、田代さん。昨日も一寸いうたように、あの静子ね、わいに世話させてくれへんか」
「ところが親分。あの女だけは、三千万、親分がお出し下さるとおっしゃってもお譲りするわけにはいかないんですよ。あれには、捨太郎という薄馬鹿の亭主がついてるんです」
「薄馬鹿?」
田代の説明を聞いて、岩崎は眼を白黒させた。
「はあ、二人は、ぴったりと息の合った実演スターですし、すでに子供まである間柄ですから」
と田代は出鱈目を並べて、そういう種の女を親分が妾に持たれるってことは世間体が悪いじゃないですか、といった。
岩崎は、信じられぬといった面持で、小首をかしげたが、
「そうか、それが事実やったら、仕様がないな。わいかて、天下の岩崎や。そういう薄馬鹿の女房を寝取ったとあっては、沽券にかかわるもんな」
「そうですよ。だから野暮な事はいわず、旅の恥はかき捨て、ここでたっぷり楽しもうじゃありませんか」
と、義雄が田代と調子を合わせ、岩崎にいう。
「うん♢♢そやけど、ありゃ、凄い美人や。顔だけやなく、あんなええ身体した女にわいはこれまで出逢うたことはない。それにまた、あの緊り具合、思い出すだけでも、何やこう胸が切のうなってくるわ」
岩崎は、やり切れないような吐息を吐きつつ、阿呆のような表情になって、そんな事をいうのであった。
田代と義雄は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
そこへ森田が、恐縮した足どりで入って来ると岩崎に告げた。
「親分。和光組、南原一家の親分衆がぜひ御挨拶したいとやって来ましたが♢♢」
関西の大物、岩崎が来たと知って関東方面の渡世人達が今朝方から続々と挨拶につめかけて来るのである。
「そうか」
と岩崎は腰をあげ、森田の後について食堂を出て行った。
岩崎の姿が消えると田代は、ほっとした気分になり、義雄に握手を求めるのである。
「大成功だったよ、津村さん。昨夜のテラ銭のあがりは、ざっと一千万円にもなる。この調子でいきゃ岩崎親分がここから引き揚げるまでにゃ五千万はあがると思うな。貴方のお力添えのおかげだ。後でたっぷりお礼をさせてもらいますよ」
「いや、そんな事より僕としては、村瀬小夜子に対する長年の恨みを心いくまではらすことが出来たこと、これで充分ですよ。それに弟の仇ともここでめぐり逢うことが出来たし♢♢」
そういった義雄は、そうだと腰をあげる。
「一寸、シスターボーイ達の部屋をのぞいてみますよ。あれからどうなったか気がかりですからね」
小夜子を完膚なきまで、苦悩の極に落としこみ、溜飲を下げたが、弟の清次達を空手で倒した京子に対する復讐の結果を見なくてはならない。義雄は、ふと胸を躍らせて食堂を出て、シスターボーイ達のいる部屋へ足を運んだ。
春太郎、夏次郎、京子の三人のスイートホームということになっている部屋の前に立ち、義雄がノックすると、
「どなたですか」
と春太郎のしゃがれた声が中でする。
「俺だよ、津村だ」
「まあ、津村さん」
内鍵を外す音がし、ドアが開いて、春太郎が顔を出した。
「どうかね? 初夜は、とどこおりなくすんだかい」
義雄はそういって微笑する。
「いやーね。そんな事、はっきりお聞きになるものじゃないわ」
と、春太郎は、とってつけたようなしなを作って、クスクス笑い、
「今、三人揃ってお食事の最中よ。でもいいわ、お入りになって♢♢」
春太郎は義雄を招き入れた。
丸い食事を囲んで奇妙な三人夫婦の食事である。京子は、相変らず麻縄で緊縛され、足はあぐら縛りにされ、食卓の前に坐らされている。
そんな京子に春太郎と夏次郎が左右から、ぴったりと身体をすり寄せるようにして、交互に茶碗と箸を持って、京子に食事させているのだった。
京子は、一切は終わったというような悲しげな表情で、空虚に眼をしばたきながら、昨日まで見せた反抗の色は嘘のように喪失してしまっている。
「さ、京子、お肉よ。アーンと大きくお口を開いて」
春太郎がナイフで細かく切った肉の一切れを夏次郎が箸でつまみ、京子の口元へ運んで行くのだ。
京子が悲しげに首を横に振り、眼を伏せると、
「駄目よ、お食事をちゃんととらないとスタミナ不足で満足なお稽古が出来ないじゃないの。ね、いい子だから、アーンとお口を開けて」
と、夏次郎は子供をたしなめるようにいいながら、再び、箸を京子の紅唇に近づけるのである。
京子は、静かに首を夏次郎の方に向け、眼を閉ざしながら、恥ずかしげに口を開く。
「どう、京子、おいしいでしょう?」
夏次郎は、口の中のものをつつましやかに噛んでいる京子の美しい横顔をしげしげと見て、楽しそうに声をかけるのだ。
義雄は、そんな珍妙な光景を見ているうちに、昨夜、京子がこの二人のシスターボーイに完全に征服されたということをはっきり感じとった。
一切の望みを断ち切られたというような悲しい、そして、けだるい諦観の上へ身をゆだねているように京子は左右へ寄り添う二人のシスターボーイの手で食事をとらされているのだ。
「ハハハ、なかなか夫婦仲がいいね。何だか当てられた気分だよ」
と、義雄は口に煙草を咥えて笑うと、
「そりゃそうよ。昨夜、京子は完全に私達二人の妻になったのよ。ね、京子」
春太郎は、美しい頬を赤らめ、伏眼している京子の頬のあたりを指でつつき、含み笑いをする。続いて、夏次郎も浮き浮きした調子で、
「京子はね、津村さん。素直なとてもいい子になったのよ。空手なんか二度と使わない優しい女に必ずなりますと誓って、私達二人の愛情を同時に受け入れてくれたのよ」
「同時に?」
「フフフ、そう、同時によ。ね、京子、いいでしょ、あの事を津村さんに聞かせてあげても」
春太郎がそういって、京子の横顔を見ると、さっと耳たぶまで朱に染めた京子は、ひどく狼狽して、モジモジしながら深く首を垂れてしまうのだった。
「ま、これを聞いて下されば、よくわかると思うわ」
春太郎は立ち上って、部屋の隅に置いてあったテープレコーダーを運んで来て、義雄の前におく。
「後で社長と一緒に聞いて頂戴。私達三人の愛の記録を全部録音してあるわ。それからね、これから私、毎日、京子の調教日誌をつけることにしたの」
春太郎は青い表紙のノートを義雄に差し出した。表紙には愛情日誌と書かれ、その下に京子を真中にして、春太郎、夏次郎の名が並んでいる。
義雄は興味をそそられて、一頁を開いた。京子と三人の情事の記録ともいうべきもので、義雄は読んでゆくうちにクスクス笑い出し、遂には吹き出してしまった。
京子が二人の男の愛情を受けるという意味がようやくわかったからで、日誌の最後の方には次のようなことが春太郎の字で書かれてあったのである。
♢♢そのように拒否しつづける京子を夏次郎と共に説得した結果、京子はAとVとを同時に使用させることをようやく納得せり。ただし、マウスの使用だけは頑強に拒否して泣きじゃくる。妻に愛情あれば、その使用は不自然にあらずと、こちらも意地になりて京子を叱責したるところ、明日は必ず用いると泣く泣く哀願を重ねたる故、いささか不憫にも思い、今夜は京子のAとVのみを使用させることに決着、ひとまず、京子を立ち上らせ、天井よりロープ一本で吊るし立て前後より攻撃を開始せり。
最初は夏次郎に㈸を与え、我はAを用いたれど、Aの方は思いの外、円滑に事は運ばず京子、大いに取り乱し、いっそ、殺して、などとわめいて、いささか手こずりたれど、数分の後、遂に予定の同時責めに入れり。その激しき……に京子、身を打ち震わせて号泣す。時間は約二十分。
京子、涙を流して、今までの横暴を詫び、愛らしき女となることを誓う。十分休憩、次は我がV、夏次郎がAを用いる。時間、約一時間、京子、積極的に、なり始める。二度ばかり京子、失神す。京子に情事の極限を知らしめたる感。明夜、VAMの三つを使用さすこと、かたく誓わせ、ようやく解放せり♢♢
「なるはど、よくわかったよ」
義雄は、ニヤリと口元を歪めて春太郎にノートを返した。
「ね、津村さん。それに書いてある通り、昨夜、京子は女として心底から開眼したのよ。私達二人に永遠の愛を誓ってくれたのよ」
春太郎は義雄にそういうと次に京子の方を見て、
「さて、京子、そろそろお稽古にかかりましょうか。昨夜は楽しみ過ぎて随分と寝坊しちまったわ。だから、午後はみっちりお稽古しましょうね」
二人のシスターボーイは食卓を片附けると手に手にハンドバッグと紙袋を持ち、あぐら縛りにされている京子の左右へ再び近寄るのだった。これから京子に朝化粧をほどこそうというのである。
二人のシスターボーイは馴れた手つきで櫛を使って京子の黒髪をすきあげ、京子の顔を念入りに化粧してゆく。
京子は軽く瞑目するようにして、二人の手に一切をゆだねてしまっている。
夏次郎は、口紅を唾でしめしながら、京子の唇に塗り始めた。
そんな様子をじっと観察していた義雄は、
「じゃ、弟の清次達がここへ入って来ても、京子は観念して、お仕置を受けるってわけだな」
というと、京子の首すじあたりに香水をふりまいていた春太郎は、
「勿論よ。その事についても京子と約束したのよ。悪びれず清次さん達の復讐を受けるって。そして、心から、暴力を振るったことを詫びるそうよ。ね、そうだわね、京子」
春太郎が京子の頬を指で突くと、京子は、伏眼しながら、小さくうなずくのであった。
「ね、津村さん。京子もこういう風に素直になったんだから、京子のこの美しい身体に傷をつけるような責め折檻はしないでね」
京子の化粧をすませた春太郎と夏次郎は、
「まあ、きれいになったわ、京子。惚れ惚れしちゃうな」
などといいながら、京子をあぐらに縛った縄を解き始め、
「さ、京子、立ってごらん」
左右から京子のふくよかな白い肩とスベスベした背に手を当て、立ち上らせるのだ。
「調教柱に立つのよ、京子」
京子を後手に縛った縄尻をとる春太郎は、軽く京子の背を突き、部屋の壁近くに立っている柱の方へ引き立ててゆく。
京子は、凄惨なばかりの冷静な表情で歩き、ためらわず調教用と彼等のいう柱を背にしてすっくと立つのである。
春太郎と夏次郎は柱の下に束ねてある縄を取り上げ、柱にかっちりとつなぎ止めるのだった。
京子は、昨夜、この二人に徹底的に責められ、情事の極限を知らされた疲れがとれぬのか、あくどい責めの数々に精神を麻挿させてしまったのか、ふと疲労の色をにじませ、濡れたような幻想的な眼差しを、ぼんやりと前方に向けているのだった。
義雄は、柱にきびしく縛りつけられた京子に近づき、ニヤニヤしながら、その美しい全身に眼を走らす。
いささか疲労の色を帯びた表情とは別に、固く緊ってムンムンするような成熟味を湛えたゆるやかな曲線、上下をかたく緊めあげている麻縄を今にもはじき返すような弾力のある見事に成熟した乳房、すべて、生々しいばかりに新鮮な美しさであり、義雄は思わずごくりと生唾を呑みこむのだった。
「昨夜、お前の妹のショーを見たぜ。お前の妹だけあって、なかなかの美人じゃないか。園マリそっくりだといって、若い連中が大喜びしていたよ」
義雄は、京子の覿念しきった表情をのぞきこむようにして、そんな事をいった。
義雄の言葉を聞くと、京子は急に悲痛な色を顔面一杯に浮かべ、眼を伏せる。
美津子が現在、悪魔達の手で、どのような目に合わされているのか、大体の想像はつく。聞くのさえ恐ろしく、京子は深くうなだれてしまうのだった。
春太郎は、そんな京子の横顔に、じっと眼を注いでいたが、
「ね、お夏。京子は一寸、田代百合子ってところに似ているんじゃない。横顔なんか、そっくりだわ」
「そうね。そういえば、身体つきまで似ているような気がするわ」
二人のシスターボーイは、そんな事をしゃべり、調教柱に緊縛されている京子をしげしげと眺めるのだった。
「さ、何時までものんびりとはしていられないわ。社長と約束した通り、私達、京子をスターの座に乗せなきゃならないのよ」
春太郎は、そういって、義雄の方を見、照れたように笑い出す。
「津村さんが見ていると、やりにくいわ。第一、京子が恥ずかしがって、調子を出せないと思うの。悪いけど、ここから出て行って下さらない」
「ヤレヤレ、また追い出しか。けちな事いわず、お前達の仕事を、とっくりと見学させてくれよ」
義雄は、口をとがらせてみせる。
「駄目よ。日課であるおヒゲ剃りもしてあげなきゃならないわ。夫婦水入らずですることよ。他人にのぞかれるなんて、感じ悪いわ」
ま、社長と一緒にこれを聞いてお楽しみになって、と春太郎はテープレコーダーを義雄に渡す。
「仕方がない。お前のいう通りにしよう。その代り、京子をしっかり調教するんだぞ。鬼源に負けないようにな」
「任せておいて。調教師として推薦して下さった津村さんの顔は潰さないわ」
それを聞くと義雄は満足そうにうなずき、テープレコーダーをかかえて出て行った。
手鏡
津村が部屋を出て行くと、夏次郎は早速、ドアに内鍵をかける。
「邪魔者は出て行ったわ。さて、水入らずでみっちりお稽古しましょうね、京子」
夏次郎は、柱に固定された美しい裸身の傍へ近づき、
「私達の仕事は、妻を秘密ショーのスターとして、肉体的にも精神的にも完成させること、わかるわね。そのために月十万円も社長からお手当てを頂けるのよ。生まれ変ったつもりで私達の仕事に協力して頂戴」
と、京子の柔らかい肩に手をかけ、諭すような調子でいう。
「昨夜、何度も泣きながら誓ったこと、あれを忘れちゃ駄目よ。いいわね、京子」
と、次に春太郎が、京子の頬を指で突き、口元に微笑を浮かべていった。
京子は、瞼を軽く閉ざしたまま、小さくうなずいた。一切の人間的感情を捨てて、これより、地獄の調教を受け、彼等の望むままに身も心も作り変えようとする悲痛な決意が、水のように冷静な京子の美しい横顔に、はっきりとにじみ出ている。春太郎と夏次郎は、ほくほくした思いになる。
「それじゃ、まず、朝の日課をすましましょうね。おヒゲを剃るのよ」
春太郎は、盆の上に用意してある西洋剃刀を取り上げ、皮バンドで磨き始める。
「本当は毛根を全部抜きとってしまった方がさっぱりするんだけど、毎朝、こうして、二人の夫に剃って貰う方が京子も楽しいでしょうからね」
夏次郎は、小皿の中の石瞼水を刷毛でとかしながら、楽しそうにいう。
「さ、京子」
「♢♢は、恥ずかしいわ」
京子は、頬を薄くバラ色に染め、モジモジと顔をそらせたが、そんな京子の柔肌から、今までには見られなかった妖しいばかりの色気が湧き出した。
それは、身も心も、この二人のシスターボーイに屈服した証拠とも受け取られる。消え入るように羞恥に悶える様は、意識的に男達をモソモソ喜ばせようとしているとも感じとれるのだ。
「さ、そんなに私ずかしがらずに。フフフ、本当は嬉しいのじゃない、京子」
「♢♢うん、意地悪」
京子は、すねるように鼻を鳴らし、熱い吐息と共に身をくねらせ始めたのである。
春太郎と夏次郎は、しびれるような気分で早速、仕事にとりかかる。
夏次郎が刷毛を使って石鹸水を万遍なくすりつけ、
「こっちの方もキレイにしましょうね。見苦しくないようにね」
と、刷毛を運ばせると、京子は、再び、鼻を鳴らして、悩ましく身悶えしながら、
「うん、馬鹿、馬鹿」
と熱い吐息を混ぜて、甘い声を立てつづけるのだった。
やがて、春太郎の手で剃刀が当てられる。
京子は、美しい頬をバラ色にほんのりと上気させ、綺麗に引き緊った鼻すじを横にそらせて、逃れようもなく、甘受している。
薄い絹のような肌を滑る刃の動き。京子は、切なげに睫の長い瞳を閉ざして、暖かそうに白く輝くうなじをくっきりと見せ、仕事を続ける春太郎の心を溶かすようなうめきをくり返すしかないのだ。
「京子がこうしていると、いじらしい位に可愛いわ。こんないじらしいところを見ていると、京子が空手二段のじゃじゃ馬だったなんて信じられないわ」
などと、クスクス笑っていう。
「お願い、もう、そんな事は、おっしゃらないで」
京子は、甘えかかるともとれるように首を振りながら鼻を鳴らすのだ。
「さてと。じゃ、今度は後ろの方のお手入れをしてあげるわ」
春太郎がそういうと、夏次郎は、上へ持ち上げようとする。
「♢♢ああ、な、何をなさるの」
「お春の仕事がやりいいように上へあげるのよ」
京子は、もう、どうにでもしてとばかり、夏次郎にあずけてしまう。羞恥の極に身悶えはしても反抗的な行為は何一つ示さなくなった京子である。
夏次郎がよいしょと持ち上げ、春太郎は、もぐりこむようにして再び仕事を始めた。
「フフフ、京子って幸せね。亭主二人に、こんな事までしてもらえるんだもの」
春太郎は、まるで自動車の修理工のようなポーズで、器用に剃刀を使いながら、そういって笑う。
京子は、世にも切なげに首すじまで真っ赤にし、シクシクと声をひそめて、すすり泣くのであった。
「さて、出来上りよ」
ようやく仕事をすませた二人のシスターボーイは、薄い布で、きれいに石鹸水を拭き取って立ち上り、改めて、光沢のある美しい京子を凝視する。
春太郎は、棚の上から、古めかしい大きな手鏡を取ると、ニヤニヤして、鏡を傾斜させて、写し出そうとする。
「一寸、御覧なさいよ、京子。如何が、お気に召して?」
小高い丘に縦一文字の亀裂がくっきりと浮き立っている。
京子は、ぼんやりと眼を開き、春太郎が下から差し向けている手鏡を見たが、途端に、さっと狼狽して眼をそらせる。
「駄目よ、見なくちゃ。お化粧した顔を見るじゃない。この道のスターになるための京子にとっては、なによりも大事なことなのよ」
夏次郎が京子の顎に手をかけて叱咤する。反抗の意志を全く喪失してしまっている京子は、二人の男にせかされて、憂いを含んだ、うっとりと潤む美しい瞳をうつろに手鏡に戻すのだった。
興味深そうに、そんな京子を観察する春太郎と夏次郎である。
「フフフ、いかが。私達に感想を聞かせてよ、京子」
夏次郎は、うるんだ美しい瞳を春太郎の傾けている手鏡に落としている京子の横顔に見入っていたが、自分も手鏡を見て、
「ね、京子。そうして鏡を見ると自分が女であるということをしみじみ感じるでしょう。いいわね、二度と空手なんか使わぬ優しい女に生まれ変るのよ」
夏次郎が、京子のふっくらした頬に軽く口吻して、そういうと、美しい濡れた瞳を鏡に注ぐ京子は、すすり泣きの声と共に、小さくうなずくのだった。
そうした京子のしぐさや身動きに、自分の運命を完全に諦め、男達の好むままに振舞おうとするような情感といじらしさが感じとられ、春太郎と夏次郎は、京子が思う壷通りの女らしさを持ち始めたことを喜ぶのである。そして、追討ちをかけるような調子で、
「これから京子は毎朝、そのようにして、自分の美しさを眺めながら、宣誓するのよ。これを朝の日課にするわ。つまりね、京子は毎朝、自分の成長ぶりを鏡で眺めることが出来るわけよ。毎朝、鏡を見るのが、きっと楽しみになるわ」
二人は、顔を見合わせて、クスクス笑いながら、この際、京子に徹底的な洗脳をほどこし、身も心も作り変え、自分達二人に完全に従属させようと懸命になり出した。
やがて、京子は、魂を抜き取られた女のように二人のシスターボーイの命令を忠実に実行し始めたのである。
涙に濡れて、キラキラ光る美しい瞳をじっと鏡の中に注ぎながら京子は、彼等に教えこまれた通りの宣誓を始めたのだ。
「♢♢京子は、今日も一日、二人の夫の愛情ある調教を喜んでお受けし、可愛い、女らしい女性に成長するつもりでございます。二人の夫には絶対服従、どのような激しい調教を要求されても、京子は喜んで行うことを誓います♢♢」
綺麗な睫をそよとも動かさず、じっと鏡の中に眼を落とし、そんな事を口にした京子の深い憂愁をこめた美しい横顔を見つめた夏次郎は満足そうにうなずき、春太郎と並んで腰を低めると、京子は驚きと狼狽に、はっと全身を硬直させたが、
「駄目っ、大きく眼を開いて、しっかり見ておくのよ」
と、春太郎と夏次郎は、きびしい口調になって動揺を示す京子を叱咤する。
京子は、進退極まったよう哀しげな深い憂いの色を表情に浮かべて、眼を鏡の中へ再び落とすのだった。
やがて京子の表情は、凍りつくような凄艶さとなり、喰い入るような熱っぽい眼つきになって鏡の中を見つめ出す。それだけではなく、京子は遂に心の底に巣くう悪魔を引きずり出されてしまったのか、その眼にうつる効果を一層高めるため、あきれるばかりの大胆さをみせ始めたのだ。
春太郎と夏次郎は度胆を抜かれた思いで顔を見合わせ、次にこみ上って来る勝利感に互いにニヤリと口元を歪めた。苦労の末、京子が遂に自分達が期待する型の女体に変貌して来たこと、それがたまらなく嬉しく、してやったりとばかり北叟笑むのである。
「大分興味が湧いて来たようね。如何が、女って複雑だと思うでしょう」
充分、京子に確認させ、ようやく立ち上って手鏡を引っ込めた春太郎と夏次郎は、上気して、熱い吐息を吐き、凄艶な瞳を、ぼんやり前に向けている京子を、ホクホクした思いで見つめながら、
「これで私達、京子をこの道のスターに仕上げる自信がついたわ。じゃ、そろそろお稽古に入りましょうね」
京子は、まるで催眠術にでもかかったように彼等にあやつられるままとなってしまったのである。
まず、すますものはすましておいて、と、彼等がピンク色の小さな可愛い便器を持ち出して来ても、もう狼狽ぶりは示さず、命じられるまま、立ったまま跨ったような恰好になる。そして上の空のような声で、便器を持ち添えるようにして、左右へ身をかがめ出した春太郎と夏次郎に、
「ね、そんなにじろじろ御覧になっちゃ嫌。京子、出来ないわ」
「馬鹿ね。私達、貴女の夫よ。何も恥ずかしがることないわよ」
「でも♢♢嫌。ね、お願い、眼をそらしていて♢♢」
「駄目。大きく眼をむいて、はっきり見てあげる」
「嫌、嫌っ、あっちを向いて。ねえ、お願いったら♢♢」
京子は鼻を鳴らし、モジモジ肩を揺り動かして、甘えかかるようにすねて見せる。
「フフフ、夫の命令には絶対服従の約束だったでしょ」
「♢♢うん、意地悪」
京子は、再び、鼻を鳴らし、上気した美しい顔をねじるように横へそむけると、彼等にとっては心も溶けるような声を、すすり上げるように出すのであった。
「あなた、お願い。笑っちゃ嫌よ」
と同時に、静かに、次第に激しく、やがて大瀑布となって♢♢。
「まあ、京子ったら、フフフ、凄いわね」
「レディはもう少し、おしとやかにするものよ」
春太郎と夏次郎は、放出する京子に向かって、揶揄し、哄笑する。
「ああ、もういじめないで」
京子は、火のように熱くなった顔を狂おしげに右へそらせたり、左へそらせたりしながら涕泣する。
ようやく最後まで見とどけたシスターボーイ二人は、便器を部屋の隅へ置き、
「フフフ、まるで赤ちゃんね。何でもこちら任せで楽なもんじゃないの、京子」
と笑いながら、次に、ぐったりと首を垂れている京子の足元へよく熟した一房のバナナを置いた。
「これから夕方まで、みっちり、お稽古するのよ。まだお眼にかかっちゃいないけど、静子さんというスターは、上手に出来るんですってね。そんなのに負けちゃ駄目よ」
京子がバラ色に染まった線の綺麗な頬をこちらに見せ、深くうなだれているのに気づいた春太郎は、
「ちょいと、どうしたのよ。お稽古を前にして、そんなメソメソした態度は気に喰わないわ。お互いに楽しい気持で、お稽古をしましょうよ」
京子は、肩を突かれて、ふっと美しい顔を正面に上げる。未練を断ち切ったように、息を呑みこんだ京子は、口元に複雑な気持を秘めた微笑をそよがせて、
「ごめんなさい、あなた。もう決して、メソメソしないわ」
淋しげな微笑を頬に浮かべた京子は、柔らかい睫をうっとりと閉じ合わせていった。
「さ、京子にお稽古をつけて下さいまし」
何か、甘く妖しいものが京子の全身から匂い出したようで、春太郎と夏次郎は、そわそわとして支度にかかり出した。
「全部でバナナは十四、五本はあるわ。これを全部使い切る頃には、京子はコツを呑みこんでくれると思うわ」
春太郎がそういうと、夏次郎も、手にした一本の皮を剥き取って、
「ねえ、お春。私ね、一寸、京子のお口の練習をさせておきたいのよ。今夜、京子は私達にそうするって約束したでしょう。変な言い方だけど、一口にいったって、むつかしいわよ」
「フフフ、あんた、昔、街に立っていた頃、うまいっていうので名を売ったわね」
「昔の事はいわないでよ。とにかく私、今夜京子とのプレイが楽しみなのよ。いいだろ。私が上、あんたが下で京子を調教した方が、うんと能率的じゃないか」
夏次郎はそういって、すぐに京子の横へ、ぴったり寄り添うように立つと、優しく片手を京子の艶々とした首に巻きつかせた。
「ね、京子。今いった通り、私が京子に教えるわ。いいわね」
京子は、引き寄せられ、桜色に上気した頬が夏次郎の頬に触れるのも拒めない。
「いいわ、教えて、あなた♢♢」
可憐な羞じらいのこもった瞳をすぐに薄く閉ざした京子は、覚悟して小さくうなずいた。
「じゃ、このバナナが代用品よ。まず♢♢」
夏次郎は、京子の耳に口を寄せる。
「♢♢こうすればいいの」
夏次郎は、面白そうに見つめている春太郎をいたずらっぽい眼つきでチラと見つめ、更に京子の耳へささやきつづける。
「わかったわ。こんな風にいうのね」
そして、京子は、何か得体の知れないものにとり憑かれたように、甘いすすり泣きまで洩らしながら、命じられたセリフを声にするのだった。
「ねえ、あなた。京子、こんなにあなたを愛してるのよ。ああ、好き、大好き♢♢」
「そう、中々うまいじゃないの。大したもんだわ」
春太郎が鼻をこすって笑い出したが、夏次郎は真剣な眼差しで京子を見つめながら、
「その調子で、さっき教えてあげたとおりにするのよ。さ、やってごらん」
京子は、何か催眠術にでもかかったようにかるく眼を閉ざし、その先端にそっと紅唇を押しつけ、わずかにのぞかせた舌先でゆるやかに嘗めさすりだす。
第五十章 地下の羞恥地獄
甘い調教
地下の牢舎の中は昼間でも薄暗いので、石で出来ている地下倉の廊下は二十燭光の電球で、ぼんやりと照らし出されている。
何か賑やかに談笑しながら、地下の階段を降りて銀子、朱美、義子の三人のズベ公はまっすぐに一番奥の牢舎へ向かった。
牢舎の鉄格子から中をのぞいた銀子は、クスクス笑い、
「どう。一晩ゆっくり話し合った? 奥様にお嬢様」
と、声をかける。
次に、ガチャガチヤと朱美が牢舎の錠前を外し、朱美が、
「さ、出ておいで。調教室で鬼源さんがお待ちだよ」
と、大声を出した。
やがて、静子夫人と小夜子が両手で乳房を抱きながら、身を低めて出て来る。両手の自由は許されていたが、やはり、一糸も許されない素っ裸の二人であった。
「どうしたの、元気をお出しよ。昨夜は随分と楽しい思いをしたじゃないか」
牢舎の前で、小さく身をちぢませている二人の美女に向かって、そういって笑ったズベ公達は、
「予定よりも大分時間が遅れているのよ。さ、歩いて、歩いて」
冷たい石段の上を静子夫人と小夜子は、ズベ公達に追い上げられるようにして、またもや血涙を絞らされるであろう場に向かって上って行かされるのだった。
片手で胸の隆起を覆い、片手で前を押さえ、前かがみになって、二人の美女は白い素足で石段をよろよろ登って行くのだ。昨日も地獄、今日も地獄。そして明日も静子夫人にとっては毎日が生地獄である。
「小夜子さん、耐えるのよ。どんな辛い目にあっても、じっと耐えて生き抜くのよ。必ず救われる日が♢♢」
静子夫人は、すすりあげながら、今にもその場にくずれ落ちそうになって鳴咽し、追い立てられながら歩きつづける小夜子に声をかけるのだった。、
小夜子は、涙を一杯浮かべた黒い瞳を夫人に向け、悲しげに小さく、うなずく。
「何をブツブツいってんのよ。早く歩かないか」
銀子と義子は、左右から量感のある夫人の尻とふっくらと柔らかく盛り上った小夜子の尻とを平手打ちして叱るのだった。
調教室の前へ来ると、鬼源がドアの間から首を出して待ち受けている。
「別嬪さん達、御気分はどうかね」
鬼源は黄色い歯をむき出して笑いながら、
「今朝はすっかり寝彷しちまったぜ。さ、早いとこ顔を洗って、朝のお化粧にかかんな。それからすぐ朝の調教開始だ」
突き入れられるように連れこまれた調教室の隣にある洗面所で、ズベ公達に監視されながら、歯をみがき、洗顔した夫人と小夜子は、次に、朱美の持って来た化粧道具を使って、鏡の前で静かに化粧し始めた。
人間であることを放棄した凍りついたような冷たい表情で、化粧し、口紅をひく夫人と小夜子であったが、そんな二人の鏡にうつる美しい容貌を後ろからズベ公達はしげしげと見つめて、
「ほんとに美人ねえ。憎いくらいだわ」
と溜息まじりにいうのである。
「さて、お化粧が終わったところで、鬼源先生に朝の御挨拶よ」
化粧を終えた夫人と小夜子を、再び邪慳に調教室に入れドアを閉めた銀子は、部屋の中央の椅子に坐って、煙草をすっている鬼源を指さした。
二人の美女は、再び、ズベ公達にわざと意地悪げに背や尻を突かれ、フラフラと鬼源の前へすすみ出る。
「それへ坐るんや」
義子が鼻をピクピク動かしながら、二人にいった。
夫人と小夜子は、深くうなだれたまま、その場に膝を折って坐る。
鬼源は、そんな二人を面白そうに口元を歪めて見下ろしながら、
「おかしなものだな。お互いに、もう片時も離れるのが辛いってな調子だぜ。昨夜は大熱演だったものな」
と、大口を開いて笑うのだった。
昨夜の息も止まるばかりの屈辱を思い起こしたのか、これから徹底して行われる調教に対する恐怖からか小夜子は白い柔らかい肩のあたりを小刻みに慄わせながら、両手で顔を覆い、すすり上げる。
そんな小夜子をいたわるよう静子夫人が手を、そっと小夜子の肩にかける。すると小夜子は、こらえていたものが胸を裂いて飛び出したように激しく泣きじゃくつて、夫人の胸のあたりに顔を埋めるのだった。
「朝っぱらから何でい! メソメソしやがって。さ、俺に朝の挨拶をするんだ。先生、お早ようございますってな」
鬼源は、恋人同士のように抱き合い、慄えている眼の前の美女二人にそんな事をいい、胸をはって見せた。
「何してんの。モタモタせず、早く御挨拶するんだよ」
銀子が後ろから、夫人と小夜子の背を足先で突いた。
二人の美女は、ぴったりと身体を寄せ合い、この屈辱を必死に乗り切ろうとするかのように、手をかたく握り合いながら、
「♢♢せ、先生、お早ようございます」
と、消え入るように頭を下げ、とぎれとぎれの声を出すのであった。
「いや、お早よう」
と、鬼源は満足げにうなずき、
「今日からは、小夜子の調教をおめえに任せるぜ。いいな、静子」
はっとして、狼狽した顔を夫人は上げたが、
「どうしたい。そういう約束だったじゃねえか。何も驚くことはねえだろう。
鬼源は、せせら笑って、夫人の顔に視線を向ける。
静子夫人が、美しい眉を悲しげに寄せ、がっくり首を落としてしまったのを見た鬼源はニヤッと笑ってから、ふと顔をあげて銀子達に眼くばせをした。
うなずいた銀子と朱美が、小夜子のふくよかな肩に手をかける。
「さ、お嬢さん、お稽古を始めるのよ」
「嫌、嫌ですっ」
小夜子は、夫人にしがみついた。
「怖いっ、怖いわ」
小夜子は、夫人の肩に顔を埋めて、激しく泣きながら、駄々っ子のように首を振るのだった。
「手数をかけさすんじゃねえっ。何時までも甘ったれてやがると承知しねえぞっ」
鬼源は、突然、大声をはりあげた。
はじかれたように血の気の失せた顔を上げた小夜子に、銀子が含み笑いして、さも小気味よげに、いった。
「何も怖がることはないじゃないの。今日のお稽古は小夜子のお姉様となった静子夫人がつけて下さるわけよ」
さ、早くおいでっ、と、ズベ公達は、小夜子の肩や腰に手をかけて、引きずり起こし、部屋の中央へ連れて行こうとする。
「小、小夜子さん」
静子夫人は、思わず上体を上げ、悲痛な表情で、連れ去られる小夜子の方へ手を差しのべた。
「おめえは、モタモタせず、ここに居りゃいいんだ」
鬼源は、後ろから、静子夫人の背をどんと足で突いた。バタリと両手を床についた静子夫人は、そのままガックリと顔を伏せて、すすり泣き、
「♢♢小夜子さん、辛抱するのよ」
と、声をふり絞るようにしていう。
小夜子は、調教室の丁度、中央あたりに、ズベ公達の手でスベスベした白い肩や背をつつかれて、引き立てられて行く。
「さ、そこへ立つのよ、お嬢さん」
銀子は、白墨で円が描かれている床の上を指さし、その中へ立つようにと小夜子に命令した。それは何時か、静子夫人が満座の中で、果物切りの珍芸を強制され、屈辱の汗と脂にまみれ、のたうった場所である。
今、小夜子は、その円型の中に立たされ、くの字型に身体を曲げ、出来るだけ身体を小さくし、身をすくませながら、羞恥に慄えている。羞恥というより、一体、これから、どのようなおぞましい調教を受けるのか、その恐怖に全身が慄えるのかも知れない。
「フフフ、みっともない恰好ね。もっと、しゃんとしなさいよ」
銀子と朱美は、羞恥と恐怖に、もじもじしている小夜子を面白そうに見ていたが、ジーパンのポケットから、ピンク色の長いしごきを取り出した。
「麻縄にすると、肌がこすれて、長い間の調教を受けるのは辛いだろうからね。特別にこういう優しい縄にしてあげたよ。お嬢さんにはきっとよく似合う筈よ」
銀子と朱美は、羞恥にむせびながら辛うじて立っているという感の、小夜子の左右へつめ寄った。
「さ、お嬢さん。お手々を後ろへ廻し、しゃんと胸を張ってごらん」
「♢♢ね、小夜子に、どんな事を、さ、させるつもりなのです」
小夜子は、線の柔らかい白い頬に一滴の涙を流しながら、哀願のこもった美しい瞳を銀子に向けるのだった。
「さあね。静子夫人がお稽古をつけるんだから、私達は何上もいえないわね」
銀子と朱美は、とぼけたような顔をわざと作って、
「さ、ぐずぐずせず、手を後ろへ廻すんだよ」
と、小夜子の背を左右から突くのだった。
小夜子は、観念したように静かに瞼を閉じ合わせ、乳房と前を隠していた両手を徐々に後ろへ廻し始めた。
待ち受けていたように、銀子と朱美は小夜子が背に廻した両手首を重ねさせて、キリキリ、しごきで縛り始める。ピンク色のしごきは、それから前へ廻されて、かたく緊め上げ始めた。
きびしく縄がけされている間、小夜子は、頬や首すじを充血させ、深く首を垂れたまま、シクシクとすすり上げている。
いいようのない白い繊細な下肢を、小夜子はかたくななばかりにぴったりと閉じ合わせ全身でこの屈辱を耐えようとしているようであった。
「雪白美人とは、小夜子のことをいうのね。ほんとに見れば見るほど白い肌だわ。何だか癪だわね」
そんな事をいいながら、小夜子をきびしく縛りあげた銀子は、調教室の壁の方に立っている義子の方を見て、合図する。
義子は、うなずいて、壁についている把手を力一杯、ひいた。
ギイ♢♢と金属の軋む音がして、天井から一本の鎖が垂れ下がってくる。小夜子を縛ったしごきの縄尻を、銀子は垂れ下がって来た鎖の先端に結びつけ、再び、義子に眼で合図した。再び、鎖は、上昇し始め、小夜子の縄尻はたぐられて行く。小夜子の上体がピーンと張ったところで、鎖を停止させた銀子は、逃げも隠れも出来ないといった風情の小夜子を心地よさそうに眺めて、
「これから小夜子は、ここで、静子お姉様から色々な芸当を、優しく教えて頂けるわけよ。しっかり勉強することね」
深く首を落とし小さくすすり上げている小夜子のふっくらした頬を指で突いた銀子は、
「きれいな艶をしてるわね」
フフフ、と含み笑いしながら、そっと手をのばして行くと、
「あっ、嫌っ、嫌よっ」
小夜子は、必死になって身を揺すり、銀子の手を避けるのだった。
「フン、何よ。昨夜は、こいつがぐっしょり」
「お、お願い。もういじめないで♢♢」
小夜子は、鳴咽の中から、唇を慄わせていった。
朱美がニヤニヤして、小夜子の前に立ち、わざと顔をのぞきこむようにして、
「私ならいいでしょ。一寸ぐらい」
「嫌、嫌。ああ、お願い♢♢」
小夜子は、世にも悲しげに美しい顔を左右へ振りながら、身をすくませ声をひそめて泣き始めた。
「へえ、やっぱり、静子お姉様でなきゃ嫌だというのね。いいわ。私達、ゆっくり見物させてもらうことにするから」
朱美は、そういって、ふと、静子夫人のいる方へ眼をやった。
静子夫人も声をひそめてすすり泣いている。床の上に立膝をし、両手で顔を覆っている夫人の傍に、鬼源が先程からあぐらを組み煙草を横に咥え、何か夫人に難題を吹っかけているらしかった。
「大体、そういうような要領で、小夜子を仕込むんだ。わかったな」
「♢♢♢♢」
「おい、わかったのかい」
鬼源は、メソメソしている夫人に業を煮やしたのか、再び、大声をはりあげる。
静子夫人は、消え入るようにうなずいて、承諾の意志を示す。
自分のかつての愛弟子であった小夜子に対する淫らな調教をこれから自分が行わなくてはならない。血も凍るばかりの恐怖感が夫人の胸にこみ上ったが、しかし、もうこの運命から逃れる術はないのだ。
他人の手で、ズタズタに引き裂かれるより、自分の手にかかって奈落の底へ落ちた方が、小夜子にとってはまだしも救いになることかも知れない。悲痛な気持で、静子夫人は決心し、鬼源に承諾の意志を示したのだった。
「じゃ、早速、始めて頂こうか」
鬼源は、そういって立ち上り、静子夫人をうながす。
「さ、行きな。それ見ろよ。小夜子嬢がお待ち兼ねだぜ」
静子夫人が立ち上り、小夜子の方へ静かに歩き始めると、小夜子は涙でキラキラ光る美しい黒眼を夫人に向け、夫人の胸の中に沁み通るような哀しさを、その表情に現わすのであった。
「小道具を揃えてやんな」
鬼源が銀子達の方を向いていう。
あいよ、とズベ公達は、あらかじめ用意しておいたらしいものを棚の上からおろし、運んで来た。
十数個の茹で卵の入った笊を義子が小夜子の足元に置く。足元に置かれたそれにふと気づいた小夜子は、ひどく狼狽し、さっと首も顔も燃えるように赤くして、のけぞるように顔を横へそむけてしまった。
それが、どういう目的のために使用されるか、小夜子はわかっている。一度、鬼源にそれを使用され、あまりの恐怖と屈辱に、気が狂いかけたことがあった。何という恐ろしい事か、今日は、それを静子夫人の手で♢♢。
憎悪の戦慄が、さっと小夜子の身内を走ったが、恐ろしい責め道具は、それだけではなかった。
銀子が、『村瀬小夜子、調教用』と表に墨字で書いてある桐の箱と何本かのガラス棒を同じく小夜子の足元へ並べ、何か得体の知れないドロドロしたものが入った壷を朱美も置くのであった。
わざと見せつけるような仕草で、そのような不気味なものを足元へ配置された小夜子は一瞬、気が遠くなりかける。
そんな小夜子を鬼源は、せせら笑って見つめながら、
「面白そうなものが随分と盛沢山に並んだがこれからこれを使って、おめえの大好きな静子お姉様が、お稽古をつけて下さるというわけだ。いいな。今日は徹底的に鍛えるんだぞ」
静子夫人も、そうしたおぞましい道具顔から、あわてて眼をそらせ、恐怖の慄えで歯を噛み鳴らしている。
「それからいっとくが、ただ黙って味気のない調教をするんじゃねえ。昨夜の大熱演のように、お客様を意識して、如何にも恋人同士らしく楽しく調教をするんだ。いいか、わかったな。さ、始めな」
鬼源は、そういって、その場に立膝して、ちぢかんでいいる静子夫人の柔軟な肩を叩いた。
「さっき教えてやった要領で、上手に小夜子を仕込みあげるんだぜ。小夜子が、上手に転がすようになるまで、何時間でも続けるんだ。いいな」
静子夫人は、泣き出す一歩手前のような気弱いまたたきをして、小夜子を見上げた。小夜子もまた、泣くような哀願するような悲哀のこもった眼で、夫人を見ている。
「何をぐずぐずしてるんだ。早く始めろといってるのが聞こえねえのか!」
鬼源に叱咤された静子夫人は、嵐に立ち上り小夜子の前へ近づいた。
「♢♢小夜子さん、い、いわね。覚悟をして頂戴。私、鬼になったつもりで、貴女を調教するわ」
その言葉の裏に、どうか、静子を許して、こうしなければ、貴女は、もっとひどい仕打ちを受けなければならないのよ、という血を吐くような夫人の哀泣がこもっている。
そんな静子夫人の心を察知した小夜子は、体の慄えるのを歯を喰いしばって止め、悲しげながら、きっぱりとして肯いた。
「♢♢わ、わかりましたわ。小夜子は、調教をお受けします」
「ああ、小夜子さん」
静子夫人は、あまりの不憫さに、思わず、小夜子の、いたいたしい肩を抱きしめ、すすり泣く。
「とても、とても辛い事なのよ。でも、お願い、小夜子さん、がまんして。がまんして頂戴」
「先生、小夜子に一つ、お願いがあるの」
小夜子は身を寄せて、静子夫人の頬に、涙に濡れた熱い頬をすり合わせるようにして、思いきったようにいった。
「小夜子、先生のことを、ほんとにお姉様と呼んでいい?」
「いいわ、小夜子さん。そういって下さい。その方が静子も嬉しいわ」
静子夫人は、わっと泣き出したい程のいじらしさを覚えて、思わず知らずのうちに小夜子の頬を両手で押さえるようにし、小夜子の唇に慰めと励ましの意味をこめて、柔らかく甘いベーゼをする。
「何時までモタモタしてんのよ。頭に来ちゃうわ。全く」
銀子と朱美が口をとがらせるようにして、夫人と小夜子に声をかけた。
「いいわ、お姉様、始めて」
小夜子は、夫人から唇を離すと、何か訴えるような陰影をたたえた眼を静子夫人に向け静かに瞼を閉じ合わせるのだった。
そんな小夜子の頬に合図のように軽く口吻した静子夫人は、そっと唇を寄せた。
挫折
やがて、静子夫人は、シクシクと泣き出すのであった。
♢♢許して、小夜子さん、許して♢♢
静子夫人は泣きながら慄えながら、小夜子に観念を与えるべく、心を鬼にして積極的になり出す。
夫人の白魚のような華奢な指先は小夜子の柔らかい股間の繊毛を撫で上げ、さすり上げ、その粘膜の内側に滑りこみ、小刻みの愛撫を注ぎかけているのだ。
「ね、潤みが足りないわ。もっと気分を出して頂戴」
と夫人は慄え声を出し、
「何時までも羞ずかしがっちゃ駄目。肢を開いて腰を突き出すようにして」
と、夫人は小夜子に声をかけている。
固く眼を閉じ合わせたまま、顔をねじるように横にそらせ、唇を噛みしめて堪えていた小夜子であったが、次第に上気の色を、顔面一杯に漲らせ、首を左右に振り動かすのだった。
静子夫人が慄えながらも思いきって肉芽を指先でつまむと、小夜子は、うっとうめいて、切ないばかりの身悶えをし、耐え切れなくなったようにカスレた声で、
「♢♢ああ、お姉様♢♢」
と唇を慄わせながら、繊細なすすり泣きを始めるのである。
静子夫人は、幾度となく、ためらったが、その度に気をとり直して、熱い接吻を浴びせかけつつ、いいつけられた通りの微妙な責め方を続けた。
小夜子の身悶えと、すすり泣きの声は、次第に激しくなりつづけたが、静子夫人もすすり泣きつつ、涙にうるんだ切長の美しい瞳で小夜子を見上げ、鬼源に教示された責めの段階に入るのだった。
「♢♢ねえ、小夜子さん。ここは何という所か御存知? 御存知なら、おっしゃって」
小夜子は夫人のその言葉を聞くと、はっとしたように顔を反対側にねじるようにそらせる。
鬼源と三人のズベ公達は、北叟笑み、貪るような視線を責める静子夫人と責められる小夜子に向けている。
「よ、小夜子。それが口に出来ねえうちは、何時間でも同じことをやってなきゃならねえぜ。それだけ調教が長びくんだ。調教する奥様に大変な御苦労をかけることになるんだぜ」
と鬼源が笑いながら声をかけた。
「♢♢ねえ、小夜子さん」
静子夫人は、涙にうるんだ翳の深い眼で小夜子を見上げ、
「お願い。勇気を出して、おっしゃって。小夜子の♢♢クリトリスでしょう」
そういった静子夫人は、自分達のあまりの浅ましさに耐え切れなくなったのか、小さなくぼみをかすかに息づかせている小夜子の白い腹部に額を押しつけ、激しく鳴咽し始めるのだった。
忽ち鬼源の叱咤が飛ぶ。
「やいやい、そんなメソメソした調教があるかよ。小夜子がそれをいう気になるまで、徹頭徹尾、責めまくるんだ」
静子夫人は、涙を振り切ったように美しい顔をあげ、再び、くり返す。
「わ♢♢わ、わかったわ、お姉様。小夜子、いいます」
もどかしげな身悶えをくり返していた小夜子は、半開きになった口から絞り出すかのよう小さく声を出した。
「♢♢もう小夜子、お姉様のいうことにさからわないわっ。許して、お姉様っ」
責められる自分より、責める静子夫人の方が、どれだけ辛く、苦しいことか、それを悟った小夜子は、夫人と呼吸を合わせ、見やる悪魔達を喜ばせるための努力をしようと心に決めたのである。
畏敬し、敬愛して来た美しい静子夫人の水々しいばかりに繊細な指先で責められているうち、妖気めいた情感がこみ上り、自分でも気づかなかった女の肉体に巣喰う悪魔が、じわじわと顔をのぞかせて来たのかも知れない。
「♢♢これは何という所。ねえ、おっしゃって、小夜子さん」
「♢♢小夜子の、小夜子の♢♢クリトリス」
小夜子は悲しそうな影の射す瞳を上の方へ向け、小さく口を開いた。
鬼源と銀子は顔を見合わせて、どっと囃し立て笑い合う。
丁度、その時、調教室のドアが開き、今朝方、一旦、遠山家へ戻っていた千代が兄の川田と一緒に入って来た。
「如何が、奥様の調教ぶりは?」
千代は、金歯を見せて笑い、立ち縛りにされている小夜子と、それにまといつくようにしている静子夫人の方へ、視線を投げかけるのだった。
千代は、堂々とした盛装で、羽織、着物、帯、帯じめなど、豪奢で高価なものらしかったが、それらはすべてかつての静子夫人の所有物に違いなく、指には、これも静子夫人が愛用していたと思われる三カラットのダイヤの指環をはめていた。
「なかなか立派な調教ぶりですよ。今、小夜子にようやくそれぞれの名前を口に出させ、これからいよいよ徹底的に鍛えるというところですよ」
鬼源は、千代に向かってそういうと、静子夫人へ視線を戻した。
「さ、どんどん調教を続けな。千代夫人もここへ来て御見物して下さっているぜ」
静子夫人は、慄然として、一瞬、後ろを振り返り、ひきつったような表情になる。
「何も、私が見ているからって、そんなに驚くことはないじゃありませんか」
と、千代は、二人の美女の傍に進み寄り、
「日本舞踊のお稽古より、そういうお稽古の方がずっと面白そうじゃありませんか。さ、私に遠慮することないわ。どんどんお続けになって下さいまし」
といい、彼女特有の甲高い声でケラケラ笑い出すのである。
かつての女中であった千代の前で、再び、演じなければならぬ屈辱の行為。それは夫人にとっては、身をズタズタに切り刻まれることよりも辛い、苦しい、耐えられぬ行為に違いなかったが、夫人がためらえば、どのような責め苦がまた夫人の身にふりかかるかも知れないと感じたのであろう。
小夜子は、悲痛な決心をしたように顔をあげると、
「お姉様、次はどうするの。早くご遠慮なさらないでどしどしお稽古をづけて。ねえ、お姉様ったら」
「♢♢小夜子さん。とても辛い事だけど、辛抱するのよ」
静子夫人は、自分のために小夜子が責めを甘受しようとしていることに気づくと、いじらしく胸が熱っぽくなって来たが、そうした感傷を振り捨てるように、小夜子の足元に置いてある小さな壷を取り上げた。
「小夜子に、ちゃんと薬の説明をしてやらなきゃ駄目じゃないか」
鬼源が川田の差し出す煙草をとって口にしながらいった。
「こ、これはね、小夜子さん」
静子夫人は、唇をわなわな慄わせる小夜子にどのように説明していいかわからず、遂に静子夫人は、万策尽きたのか、その場へくずれるように腰を落としてしまった。
「出来ないわ、出来ないわ。ああ、もうこれ以上は許してて」
静子夫人は、こらえにこらえていたものがどっと胸をついて溢れ出、床へ顔を埋めて泣きじゃくる。
「あ、あんまりだわ。こんな恐ろしいものを小夜子さんに♢♢私、絶対出来ないわ」
静子夫人は、逆上したように泣きわめき、狂おしげに黒髪を左右に振るのだった。
第五十一章 珍芸する令夫人
おとし穴
「何をしてやがるんだ。ここまで来て、まだ俺達に楯をつく気なのかよ」
と、鬼源は、床に泣き伏してしまった静子夫人の白い背を足で蹴上げた。
「わたし、出来ない。ああ、もう堪忍して下さいっ」
と、夫人は両手で顔を覆い、激しく泣きじゃくる。
銀子と朱美が、舌打ちしながら、夫人の乳白色のふくよかな肩に左右から手をかけ、ぐいと上半身を起こさせた。
「ちょいと、あんたに小夜子の調教をさせてやろうというのは、私達のお慈悲なのよ。チンピラ達に小夜子の調教をさせてもいいというの」
陰湿な微笑を口元に浮かべて、二人のズベ公は、顔を伏せてすすりあげている夫人にいい、ちらっと、後ろに立っている千代の方を見た。
「静子夫人がそういう態度なら仕方がないわね。小夜子は、やっぱりチンピラ部屋へ入れた方がよさそうだわ、鬼源さん」
千代は、鬼源の方を見て、金歯を見せて、ニーと笑った。
「待って♢♢」
静子夫人は、涙で潤む愁いの深い眼を眼前の小夜子に向ける。
小夜子は、悲痛な影の射す美しい黒眼を静子夫人に向けながら、
「♢♢もう小夜子、どうなってもいいの。覚悟を決めています」
といい、軽く瞑目して、顔を横へそらすのだった。
「許して、小夜子さん」
静子夫人は、一声叫ぶと、小夜子の足元に置かれている小さな壷の中へ指を差し入れ、ねっとりとした油状のものを掬いあげた。
「小夜子さん、お願い。こんな事をする静子を許してっ」
静子夫人は、泣きながら、小夜子の下半身に取りすがるように、まといつく。
その瞬間、小夜子は、美しい眉を寄せ、うっとうめいて、大きく首を後ろへのけぞらせた。
千代やズベ公達の淫らな視線が、一斉に夫人の行為に向けられる。
「もっと、しっかり塗りこむんだ」
鬼源は、腕組みしながら面白そうに叫び、ふと千代の顔を見て、どんなもんです、というような表情をした。
「とくに♢♢先の方へ♢♢」
そんな事をいって、銀子と朱美はキャッキャッと笑い合ーフ。
ふと、毒婦めいた残忍さが身内にこみ上げてきたのか、静子夫人は、ズベ公達に指摘された通り、壷の中のものを更にたっぷりと塗りつけた。
「ああ♢♢嫌、嫌よ」
小夜子は、キリキリと歯を噛み鳴らし、美しい眉を寄せて、左右へ首を振ったが、そうした拒否の姿態とはうらはらに、小夜子はそれをむしろ待ち望んでいたかのように、静子夫人の苦痛の行為を、甘受しようとしているのである。
津村の時は恐怖と嫌悪に、のたうち廻った小夜子であるが、今、美しい静子夫人の手で甘い責め苦を加えられる小夜子は、やり切れないばかりの陶酔した感情が、そこから全身にかけめぐり出し、息をはずませて、美しい顔を、くねくねと揺すった。
「ああ、お姉様♢♢」
うめきつつ、小夜子は、汗ばんだ身体をブルブル震わせる。ひしと静子夫人の身体を抱きしめたい小夜子であった。
「フフフ、そこがすんだら、そっちの方にも、たっぷりすりこむのよ、奥様」
銀子が、小夜子の前に立膝をついて作業する静子夫人の肩を突いた。
「許して、許して、小夜子さん」
静子夫人は、すすり上げながら、更に壷の中のものを掬い上げ、小夜子の後ろへ廻らねばならない。
「♢♢ああ、お姉様。そ、そんな、嫌っ、嫌ですっ」
小夜子は、激しく狼狽して身をよじる。
「が、がまんして。ね、お願い♢♢」
静子夫人は祈るようにいいながら、ゆるやかに淡い柔らかい繊毛をさすり上げ、深く塗りこみ始めた。
「♢♢ああ♢♢」
と、小夜子は、艶やかな黒髪を振りつづけ、うめきつづけた。
次に静子夫人は、鬼源に教示されていた通り、立ち上ると、胸許を両手でそっと押さえる。
すると小夜子は、うっと呻いて、たまりかねたように首を後ろへねじ曲げるようにして静子夫人の唇を求めたのである。
「♢♢小夜子さん」
静子夫人は、すすり上げながら、ぴったりと小夜子の唇に自分の唇を当てた。
小夜子が、切なげに眼を閉ざし、覚悟したことを、こういう形で伝えるさまを見た千代は、ホホホと口に手を当て、笑い出す。、
「ま、お熱いこと。人も、うらやむいい仲におなりになったようね」
静子夫人が、愛弟子の小夜子と遂にレスビアンの関係に落ちこんだということがたまらなく愉快なのだろう。千代は、眼を細め、そんな二人の美女を気持よさそうに見つめながら煙草を取り出して口に咥えるのだった。
静子夫人は、小夜子と唇を合わせながら小夜子に謝る気持をこめて、命じられた通りにしなければならない境遇を嘆くのだった。
小夜子は、急に、さっと唇を離すと、
「ねえ、ねえ、お姉様♢♢」
と、汗で光る白い頬を夫人の頬へ押しつけるようにし、何かを甘く訴えるようにモジモジ身体を揺すり出した。
「か、痒い、痒いわ。ああ、何とかして」
小夜子は、白い頬を、熱くバラ色に染め出し、さももどかしげに身体をくねらせ出す。
薬の効き目は、その恐ろしい威力を次第に発揮し始め、鬼源やズベ公達は、段々と激しくなる小夜子の悶えと同時に、おろおろし始めた静子夫人を見て北叟笑むのだ。
「いいか、ここで一気に小夜子の身体と心を作り変えちまうんだ。ここが機会なんだぜ。いいな」
鬼源はそんな事をいって、静子夫人の傍へ近寄ると、夫人の耳に口を寄せ、小夜子に森田組に対する永遠の服従を誓わせるよう指示したのである。
静子夫人は、消え入るように小さくうなずく。もうここに至れば、小夜子の肉と心を微塵に打ちくだき、この地獄の世界の日々に耐えぬける下等な女に改造するより方法はないのだ。それが小夜子にとって、また自分にとっての救いでもあり、逃がれることの出来ない運命であると、夫人は決心したのである。
静子夫人は胸の張り裂けるばかりの悲しさと氷のような冷酷さとを持って、再び小夜子に立ち向かうのだった。
「どこがそんなに痒いの、小夜子さん。さ、皆さんの前で、はっきりおっしゃって」
「嫌っ、嫌っ」
小夜子は、一層激しく慄わせて、啼泣し始める。
「小夜子さん。貴女は今、ここではっきりとショーのスターとして生まれ変るのよ。ためらっちゃ駄目。さ、はっきりおっしゃって」
「♢♢そ、そんな♢♢ああ」
小夜子は泣きじゃくりながら、激しく首を振ったが、何が何だかわからぬ位、全身が火のように燃えさかってきたのである。ずきんずきんと突き上げてくるような激烈な痒み。
「痒い、痒いわ。ああ、お姉様、助けて」
「いわなきゃ何時までも、このままにしておかねばならないのさ、おっしゃって」
静子夫人は、懊悩の極にある小夜子の顔に涙にうるんだ翳の深い瞳を向けていった。
「♢♢いいます、いいますわ。ですから、お願い。この痒みを♢♢」
小夜子はカチカチ白い歯を噛み鳴らしながら、ぐっと顔を仰向けて、かたく眼を閉じ合わせた。そして、上の空のように、小さくかすれた声で、
「痒いの、痒いのよ♢♢」
これを口にした小夜子は、鬼源やズベ公達の哄笑などもう耳に入らない。再び、こみ上げてくる痒痛を全身でキリキリ耐えているのであった。
「それから、もう一つ。その痒みが止まったら、これを使って一生懸命、お稽古に励むのよ。おわかりになって、小夜子さん」
静子夫人は、笊の中の卵の一つを取り、小夜子の眼の前へ持って行く。
小夜子は、こっくりうなずき、
「もう、どんな事でもします。ですから、ねえ、早く♢♢」
何かを訴えるような、何かを誘惑するような、ぞっとする程美しい、ねっとりした瞳を静子夫人に向けた小夜子は、ねだりの甘い言葉を吐きかけながら、鼻を鳴らしつづけるのだった。
「静子のいうことは、一切、服従して下さるわね」
「ハイ」
「それじゃ、ここにいる皆さんの前ではっきり誓って。小夜子は今より身も心もショーのスターになり切り、一生懸命、お稽古に励みます、と♢♢」
「ち、誓います」
小夜子は、何か遠い幻影でも見るように、ねばっこい瞳を、そっと上に向け、
「小夜子は、今より身も心もショーのスターになり切り、お稽古に励みます」
小夜子が、唇を慄わせながら宣誓すると、鬼源は、満足げにうなずいて、
「よし、気に入ったぜ。そうと決まれば、これからは鬼源流の仕込みで、一人前の立派なスターに磨き上げてやるからな」
といい、次に静子夫人に向かって、
「今日の小夜子に対するおめえの調教はこれ位でいい。あとは銀子達に任せて、おめえの方の調教にかかるぜ」
鬼源は、懐から、紫色の長いしごきを取り出すと、
「さ、両手を後ろへ廻しな」
と、きびしい口調になって夫人の肩を突くのだった。
静子夫人は、ふと狼狽し、悲しげな表情をして、悶え続けている小夜子の方をチラと見る。
小夜子をここまで自分に追いこませ、苦痛の極にのたうたせたところで、急に自分に縄をかけようとする鬼源の心に、何かまた邪悪な計画があるのではないかと静子夫人は、両手で乳房を抱きながら後ずさりを始めた。
「何をしてやがるんだ。おめえはおめえで忙しい身体なんだぜ。この後の事は、銀子達に任しとけばいい。おめえは千代夫人と一緒に隣の部屋へ行くんだ」
鬼源はそういって、ズカズカ夫人の傍へ歩み寄ると、夫人の手を、強引に後ろへねじ曲げた。
小夜子が、ふとそれに気づいて、
「お、お姉様を連れて行っちゃ嫌っ。お願いですッ」
と、狂ったように身を揺り動かした。
そんな小夜子の気持を宥めるように銀子と朱美が、小夜子の左右へあわててかけ寄り、
「フフフ、お姉様だって小夜子と同様、色々お稽古しなきゃならないことがあるのよ。小夜子の悩みは、これから私達が解決してあげるわ。しばらく我慢しているのよ」
そんな事を二人のズベ公がいっているうち、静子夫人は、鬼源の手で、ひしひしと後手に縛り上げられている。
豊満な夫人の乳房の上下には、あざやかな紫地のしごきが二巻き三巻きと巻きつき、静子夫人は、その場に立膝をし、うなだれたまま、鬼源の縄止めを受けていた。
「さ、立ちな」
鬼源は、しごきの縄尻を引いて夫人を立ち上らせると、千代の方へ眼くばせをした。
千代は、陰険な微笑を浮かべて近づき、紫の縄尻を手にとる。
「さ、参りましょう、奥様。隣の部犀に用意が出来てますわ」
「何を、何をなさろうというの」
静子夫人は、妖怪めいた千代の顔を、ぞっとする思いで」見つめる。
鬼源が、横から口を出した。
「行きゃわかるさ。今日から、おめえには高等の技術を教えてやる。千代夫人が俺の助手を務めて下さるんだ。有難く感謝して、さっさと歩きな」
鬼源は、そういって、ちらと銀子達の方に眼をやり、
「じゃ、さっきの手筈の通り、小夜子の方はしっかり頼むぜ。俺は千代夫人と一緒に静子の調教にかかるからな」
鬼源と千代に引き立てられてゆく静子夫人に向かって、小夜子は、全身が痺れるばかりの痒みをキリキリ耐えながら、
「行かないでっ。行っちゃ嫌、お姉様っ」
と絶叫する。
静子夫人が今、自分の眼の前から消え去るということに、たまらない淋しさと不安、そして、いい知れぬ恐怖とを感じ、小夜子は必死になって、声をふり絞るのだった。
「小夜子さんっ」
鬼源と千代に背を押され、調教室のドアから、外へ連れ出されようとしている静子夫人は、たまらなくなったように振り返り、小夜子に声をかける。
「ど、どのような目にあっても、きっと我慢するのよ、小夜子さん。死ぬ時は貴女も私も一緒だわ。ね、約束して頂戴っ」
静子夫人は、涙で光る長い睫を悲しげにしばたいてそういい、鬼源の手で外へ押し出されて行った。
「フフフ、静子お姉様がいないと、そんなに悲しいの、小夜子」
銀子は、鬼源達の姿が部屋から消えると、むしろ、ほっとしたような調子でそういい、
「でもね、あんたはショーのスターなんだから、そう静子夫人ばかり恋しがってくれても困るのよ。やっぱり、男の子を好きになってくれなきゃあね」。
銀子と朱美は、何か曰くありげに顔を見合わして、クスクス笑う。
「ああ♢♢うう♢♢」
小夜子は、いよいよ激しくこみ上って来た痒痛に、傷ついた獣のように呻きながら、額にべっとり脂汗を浮かべながら、がたがたと慄え出した。
「フフフ、とても苦しそうね。この薬は、修道院の尼でも娼婦に変えちまうという、とても値打ちのあるものなのよ。如何が、悩みをといて欲しい? お嬢さん」
「お、お願い。気が、気が狂いそうですっ」
小夜子が、上ずった声で、あえぐように哀願すると、銀子は、ニヤリと笑って、調教室の南側にかかっている水色のカーテンを引いた。
先程から、そこでずっと待機していたらしいチンピラの竹田と堀川が、こそこそと出て来た。二人のチンピラは銀子に、
「ひどいや、姐さん。随分と待たせるじゃないか」
「だってさ、鬼源さん達のいる前じゃ、まずいじゃないか」
小夜子は、ふと眼を開き、醜悪な容貌をしたチンピラやくざが入りこんで来たことに気づくと、あっと戦慄して全身を硬化させた。
銀子は、そんな小夜子の耳をくすぐるようにし、
「ね、お嬢さん。ここにいる二人はね、何時も縁の下の力持ち。昨日だって、本当なら、あんたを抱けるところを静子がでしゃばったためおじゃんになってしまったんだよ。そこで、私と朱美が同情して、この部屋へ隠しておいたってわけさ」
続いて、朱美が、この打ちのめされたように赤らんだ美しい顔を伏せている小夜子の頬を指ではじいて、
「何も、ここでこの人達二人とおかしな事をしろというのじゃないよ。この人達に痒みをほぐしてもらい、卵のお稽古をつけて頂こうということだけさ。調教の一日先生を務めてもらうわけよ。わかった?」
何という陰険な鍛子と朱美の計画♢♢静子夫人が必死に小夜子をかばった努力を、水の泡にすべく、二人のズベ公は、二人のチンピラをカーテンの向こうに隠し、機会を見ていたのである。
銀子にしても朱美にしても、姐さん、姐さんと慕って来る若いやくざに姐御風を吹かし、いい所を見せようとしたのかも知れない。
「いいわね、小夜子、この二人に今日はお稽古してもらうのよ。フフフ」
銀子は、小夜子にそう浴びせて、竹田と堀川に眼くばせをした。
「見てごらん、かわいそうに。もう半分、気が狂いかけているのよ。早く何とか解決してあげてよ」
銀子にいわれて、竹田と堀川は、舌なめずりをするように小夜子に近づいた。
小夜子は、恐怖の衝動がさっと悪寒のように背すじを走ったが、それは一瞬のことで、忽ち激烈な痒痛にさいなまれた身をブルブル慄わせ、恐怖も屈辱も遠のき、ただ、一途にこの痒みから解放されたいという必死な気持が、そこにあるだけとなった。
「ね、小夜子。ただそうして、モジモジしてるだけじゃ失礼よ。このお兄様方に苦しさを訴えて、早く何とかしてもらいなさいよ」
「そう。この人達のことを小夜子は、お兄様といわなきゃ駄目。わかったわね」
竹田も堀川も、小夜子よりは二つ三つ年下の十八、九の札つきの不良少年である。そんな彼等を深窓に生まれ育った美しい令嬢に、お兄さまなどといわせ、徹底的にいたぶり抜こうと銀子はホクホクした思いで考えたのだ。
薬の効力は最高に達したのか、小夜子は、突然、何かの衝動に打ちのめされたよう、ぐっと首をのけぞらせた。
「おっ、お兄様っ」
もうそこには羞恥もなければ屈辱もない。小夜子は、動物的な呻きをあげて、
「お兄様っ、助けて。もう、がまん出来ないわっ」
竹田と堀川は、互いに口元を歪めて、小夜子の左右から、
「じゃ、おとなしく今日は俺達の調教を受けるっていうんだな」
「ハイ」
「よし、わかった。じゃ、まず俺達二人と講和のキッスをしろ」
竹田は、そういって、小夜子の顎に手をかけ、自分の方へ顔を向けさせた。
小夜子は、上気の色を見せたまま、薄く眼を閉ざして、突き出してくる竹田の唇に紅唇を当てがい、濡れた練絹のような舌を竹田に吸わせる。
「お次の一番だよ」
反対側から、堀川が小夜子の耳をつねって催促すると、ためらわず、小夜子は首を曲げて押しつけて来た堀川の口に、ぴったりと紅唇を合わせるのだった。
「よし、堀川、そこの青竹を取りな。足伽をかけてやるんだ」
小夜子は眼をかたく閉ざしたまま、上気した美しい顔を軽くそらし、静かに、いわれたとおりに従い始める。
「自分で頼んでおいて、何を恥ずかしがってやがるんだ。もっとしっかり開かねえか」
竹田は、徐々に屈服をみせてゆく抒情的なほどに、白く柔らかい艶々しい小夜子に、じっと視線を注ぎながら、今までの恨みを返すような大きな声を張りあげる。
小夜子の、心をそそり立てるほど繊細で優美な曲線を描く腰や、なめらかで、はっそりした柔らかそうな腹部を見つめているうち、竹田や堀川は、全身がムズムズとうずき始めて、どうしようもなくなったようモジモジ身動きをする。
それを見ていた銀子と朱美が吹き出して、
「無理もないわ。十八、十九といえば、一番激しい年頃なんだものね。それに美人のそんな姿をまともに見せられちゃ、たまったもんじゃないわ」
そして、失美は、毛穴から血でも噴き出しそうな思いで、チンピラ二人に命じられるまま、極端なまでに従う、哀れな小夜子に近づき、
「ね、お嬢さん、この二人はちょっとばかり欲求不満なのよ。お稽古がすんだら、ちっと楽しませてあげてよ」
と、いって笑うのだった。
竹田と堀川は、小夜子に足伽を取りつけると、しばらく眼を注ぎつづける。
「へへへ、お嬢さん、はっきり顔を見せてみなよ。さぞ、恥ずかしいことだろうね」
そんな事をいいながら、竹田は桐の箱の紐を解き始める。
「♢♢ねえっ、お兄様あ」
小夜子は、さももどかしげに左右へ固定された肢を悶えさせながら、
「まだ、まだなのっ。ああ、もう気が狂いそう♢♢」
と、唇をわなわな慄わせていった。
堀川は筒具をハンカチで拭きながら立ち上り、
「まあ、そうあわてるねえ。竹田兄貴が前、俺が後ろ、同時にこつてり責めあげてやるからな」
わざとらしく竹田と堀川は大小の張形を小夜子の眼前に示し、彼女の表情を面白そうにうかがった。
「へへへ、俺達二人が得心のいくまで、おめえの悩みを取り除いてやるぜ。これとこれを使ってな」
竹田は、小夜子の顎に手をかけて、その美しい顔を、ぐいと正面にこじあげた。
小夜子は、妖しい光をねっとりと瞳に浮かべ、信じられない位に妖艶な表情になって、哀願するような、甘えるような眼差しを、じっと竹田に注ぐのだった。
ざまを見ろ、こうなりゃ、もうこっちのものだ、というょうな含み笑いをした竹田は、堀川と眼で合図し合った。
「甘い蜜をつけて、しゃぶりてえような可愛いケツだぜ」
堀川は、竹田と顔を見合わせてニヤリと照れ笑いを浮かべた。
堀川は熱く熟した小夜子のその粘膜の内側へ責具を沈めていく。同時に小夜子のその溶けた肉襞の層は深々と侵入して来た責具を粘っこく包みこんだ。竹田は背後に廻って小夜子の双臀を桃を裂くように掌で割り、先端が渦巻き状になっている小型の責具を一気に突き立てようとする。
小夜子は、その瞬間、稲妻に感電したかのよう全身を大きく弓反りにし、のけぞらせた顔をひきつらせた。
それは、小夜子にとって生まれて初めて味わった感覚であったのかも知れない。その息の根も痺れるような、すさまじい感覚は何にたとえればいいのだろうか。
野良犬に等しい二匹の野卑なチンピラに嬲られているという嫌悪の感覚は吹っ飛び、まるでそこに命をかけたよう小夜子は火のような心となって、忽ち煽られ、巻きこまれていくのだった。
竹田や堀川よりも、積極的に振舞っているのは、むしろ、責められている小夜子の方かも知れなかった。
眼は固く閉ざしてはいるが、小夜子の雪で鞣したような内腿の白い筋肉はピーンと張り、前後の責め手に反応するかのよう、荒々しく腰部を揺さぶるのだ。
銀子と朱美は、そんな小夜子の周囲をゆっくりと廻り、好奇の眼を向けながら、
「このお嬢さん、京子や桂子より、成長するかも知れないわ。全くの掘出物だったわね」
と、クスクス話し合い、
「ねえ、小夜子。このお兄様達、年は若いけど、中々親切だろう。そうは思わない? ね、何とかおっしゃいよ」
と、絹糸のようなすすり泣きを、うめくような涕泣に変え、キリキリ舞いをしている小夜子に声をかけるのだ。
「♢♢ああ、もう小夜子、どうなったって、かまわないわっ」
小夜子は、捨鉢になったように激しい調子でいうと、焦点の定まらぬ瞳を上の方へ向け火のように上気した美しい顔を悲しげに曇らせた。
銀子と朱美が、小夜子に近寄って、
「遠慮しなくてもいいのよ、小夜子。でもねえ、貴女を一生懸命介抱して下さるお兄様に、いく時はちゃんと知らせな」
銀子は、そういって、そっと小夜子の汗と脂でギラギラ光る、ふくよかな胸に手を伸ばしてくるのだった。
屈辱の涙も涸れたよう、どうしようもない切なさで諦めと同時に、捨鉢になって来た小夜子は、唇を半開きにし、
「♢♢お、お兄様、小夜子、いきそうっ」
と竹田と堀川に、甘く濃厚な百合を連想させる匂いに包まれたような艶肌を慄わせながら、屈辱の悲声を出したのである。
筆と硯
室内の隅々にまで澄んだ空気が行き渡っているような明るい十畳の日本間。その中央に静子夫人は、あぐら縛りにされて、ピタリと冷たい畳に尻もちをついていた。
鬼源と千代は、夫人をこの部屋へ運びこんだ後、階下の食堂から、舶来のウイスキーと皿に盛ったチーズを持ち運び、それを花梨の卓の上に並べて、一寸、一服というわけか、何かヒソヒソ小声でしゃべりながら、グラスを口に運んでいる。
「わかりました。そいつは田代社長や森田親分からもいわれている事ですし、出来るだけ早く妊娠させるよう捨太郎にハッパをかけますがね。だが、こいつばっかりは、いくら俺が名の通った調教師でも、思うようにゃいかねえもんです。ハハハ」
鬼源は、そういって、畳の中央であぐら縛りにされている静子夫人の方に視線を向けるのだった。
「それに、ああいう美人ともなりゃ、どういうわけか、なかなか身籠らねえもんらしいですね」
「ホホホ、心配しなくてもいいわよ。どうしても駄目な時は、前にいったように人工受精という方法があるわ。身を持ちくずした元、産婦人科の医者でね。アル中だけど、腕のたしかな男がいるの。もうお金を渡してある事だし、これに頼んで、外国人の血を静子に移すのよ。どう、面白いと思わない?」
「外国人ねえ?」
「そう、もし、静子に女の子が出来たとしたら、お母様があれだけの美人だもの、きっと女の子も美人だわ。今は混血児がはばをきかせているでしょ。将来、きっと混血美人のタレントに♢♢」
千代は鬼源と一緒に、大きく口を開けて笑った。
そんな二人の哄笑を聞いて、座敷の中央であぐら縛りにされている静子夫人は、わなわなと美しい頬を慄わせ、大粒の涙をその切長の眼尻から、ぽたぽた落とし始める。
面長の彫りの深い気品のある静子夫人の美しい容貌が、世にも哀しげな表情になるのを、千代と鬼源は、じっと楽しそうに眺めるのだった。
そこへ、ノックの音がして、悦子とマリが手に大きなアルバムを持って入って来た。
「何でい、そりゃ、静子夫人の秘密写真集でも出来たのかい」
と鬼源がいうと、違うのよ、と千代が笑いながら、
「この子達、一度、外国へ行ってみたいというので、参考のために、遠山家にあったアルバムを一冊、今朝方、ここへ持って来てあげたのよ。そこにいる素っ裸の奥様が、昔、欧州旅行をなさった時の記念写真なのよ」
千代は、ふと、いまいましげな顔つきをして、首を垂れて、すすり上げている静子夫人の方を見ながらいった。
「あんた達、その写真の事で、何か質問があるなら、直接、本人に聞いてごらんよ」
と、千代は煙草を横に咥えて火をつけながら、悦子にいった。
悦子は、うなずき、何か怖いものにでも近づくように、静子夫人に近づく。
悦子は、最初、銀子達と同様、ブルジョア階級に対する一種の反撥から、静子夫人を仲間と一緒に徹底して、しいたげつづけたが、そうした気持に最近、微妙な変化が現われ出したようだ。
捨太郎達が待つ地獄部屋へ連れて行かれようとする静子夫人に、一片の布を与えようとしたり、夫人が捨太郎と醜悪な行為を行うことを不快に思い、仲間達と行動を共にしなかった。何の罪もない夫人を日夜、地獄の苦しみにのたうたせるという事が、無意味な事に思われ出したのかも知れない。
静子夫人も、悦子には、一片の人間味があるのかも知れぬと感じたのか、彼女が近づいても、銀子や朱美の時のような硬化した表情はしなかった。涙にキラキラ光る切長の美しい眼を悦子に向け、何かを訴えるような気弱な表情をするのである。
「随分と色々な所へ行ったのね。ここは一体どこなの。教えて」
悦子は、アルバムの一つを開いて、静子夫人の眼の前に差し出す。
「♢♢南フランスのリヴィエラ♢♢」
静子夫人は、懐かしげな眼差しで、悦子の開くアルバムに見入った。
自分には、こういう時代もあったのかと、静子夫人は胸がしめつけられるような思いになった。
「これは?」
「カンヌ♢♢暖い所で、美しい花の沢山咲く所ですわ」
「これは、パリね。ここにいるのが奥さんでしょ。きれいだわ、やっぱり」
セーヌ河のほとりを、濃紺の地に松葉模様の豪著な茶羽織を着、ミンクのショールを軽く巻いて歩いている静子夫人。その美しさにセーヌ河の散歩客達が、横眼で見とれているといった写真であった。
千代が、のっそりやって来てニヤニヤ、アルバムをのぞきこみながら、
「この奥様はね、フランスやイタリアには、何度もいって、向こうの社交界でも大した人気だったのよ。そうだったわね、マダム・静子」
千代は、からかうような調子で、静子夫人の端正な横顔に眼を向け、
「でもそれは以前の事。フフフ、今じゃ、秘密ショーの花形となったわけだわ。さ、華やかなりし昔の事はさらりと忘れて、新しいお稽古に入りましょうよ。ね、奥様」
千代は、そういって、ふと鬼源の方を見ると、彼は、すでに天井の梁に長いゴム紐をつなぎ終え、その下に一坪ばかりもある白布を丁寧に敷いていた。
得体の知れぬ新たな恐怖を感じて、静子夫人は、あぐらに組まされた太腿のあたりを、ぶるぶる慄わせ、美しい眉を曇らせた。
悦子が、千代に聞く。
「これから、何をするんですか」
千代は、ニーと金歯を見せて、
「お習字のお稽古よ。この奥様はね、外国文字でも日本文字でも、実に達筆にお書きになるのよ。だから、これから、鬼源さんに教わるお習字でも、きっと、うまくこつを呑みこんで下さる事と思うわ」
鬼源は、床の間の違い棚を開け、あらかじめ用意してあったらしい硯と墨、そして数本の太筆、細筆を取り出して、白布の上に置いた。
「さ、お前達も手伝いな」
鬼源は、マリと悦子をせき立てて、あぐらに縛った夫人の縄だけを解き、夫人の乳白色の肩に手をかけて、どっこいしょ、と立ち上らせる。
紫のしごきで、きびしく後手に縛り上げられている、艶々と輝くばかりに白い夫人を押し立てるようにして、白布の上へ歩ませると、天井から吊り下がっている太いゴム紐を、背後に倒している夫人の手首と、胴まわりに、きびしく結びつけた。
「筆をはさんで字を書くんだからな、伸縮自在にしておかねえと仕事がやりにくい。それで、ゴムを作ったんだ。さ、少し、しゃがんでみな」
鬼源は、静子夫人の肩と背に手を廻して力を入れ夫人の体を引き降ろす。天井から垂れ下がっているゴムはピーンと張り、夫人が中腰になる位にまで伸びたので、
「よし、これだけ、伸びりゃ充分だ」
と、鬼源は、手を離した。
太い一本のゴム紐は、大して力のない静子夫人をぐいぐいと上へ持ち上げ、元通りに立たせてしまう。
習字の稽古。それは、どういう事を意味するのか、静子夫人には、もうわかっていた。
フランスで暮した当時のアルバムを悦子に見せられ、その時代が狂おしいばかりに切なくも恋しくなったのか、現在、こうした地獄の底で、浅ましいばかりにみじめな、犬猫よりもひどい仕打ちを受け、しかも、生きつづけている自分が口惜しいのか、泣くまいとしても、夫人の眼尻からは、大粒の涙が、とめどなく流れて柔らかい頬を濡らすのである。
「何も、泣く事はないじゃありませんか、奥様。遠山家におられた時、奥様は、月に二度か三度、先生を招いて、お習字の稽古をなさっておられたのを、私、よく覚えていますわ」
すると鬼源が笑いながら、
「悲しくて泣いてるんじゃなく嬉し泣きですよ。バナナ切りを習得し、そして、次は一筆描きと、自分が段々成長した事に感激してるんですぜ」
そう千代にいった鬼源は、悦子とマリに、
「お前達、墨をすりな。硯にたっぷり水を落として、濃い墨を作るんだぞ」
と命じる。
水差しの水を硯に落として、悦子とマリが互に墨をすり始めると、鬼源は、その間の小休止だと、煙草を口に咥えながら、畳の上に置いてあったアルバムを取り上げ、眼を細めてペラペラめくり出す。
「成程、金持は違うねえ。フランス、イタリア、スイスか。随分と豪勢な遊びをしていたんだな。どうです。一寸、見てみなせえよ、千代夫人。この静子の幸せそうな顔」
鬼源は、千代の方にアルバムの一頁を向けた。
千代がのぞくと、それは、カラーで撮ったパリの大きな高級ナイトクラブの光景で、一見して富裕な上流階級者とわかる盛装した男女の踊る中で、静子夫人は眼もさめるような濃い紫色のドレスに同色の長い手袋、真珠のネックレスを二重に胸に垂らし外人に一歩もひけをとらない、スラリとした見事な肢体で一人のハンサムなフランス人と踊っているのである。
「これだけ、いい思いをしてきたのじゃないの。あとは一生、森田組のために働けばいいのだわ」
千代は、静子夫人の絢爛としたこれまでの境遇に反撥を感じたのか、ふと残忍な色を眼に浮かべて、顔を伏せている静子夫人の方を見るのだった。
「さて、墨の具合もいいようだ。そろそろ、お稽古にかかろうかね」
鬼源は、アルバムを閉じて、畳の上へほうり投げたが、ふと何かに気づいて、千代の方を見た。
「ね、千代夫人。この奥さんは、長い事、外国で遊び暮していたという事だが、というとつまり、外国語はペラペラという事なんですかい」
「当り前よ。美貌と教養を兼ね備えた社交界の花形じゃない。英語でもフランス語でも惚れ惚れする位にきれいな発音で、流暢なものよ。それがどうかしたの」
「実はね、こういうショーに出たがっているニグロがいるんですよ。こいつは脱走兵でしてね。全く日本語が通じないんです。俺の仲間の一人が面倒みているんですが、そう遊ばしてばかりもいられない。こいつも少し、いかれているんで、自分の方から、この種のものに出演を希望してやがるんです。金のある不良外人の客を集めて、一度、ショーをやってみたいと思ってたんですが、どうでしょうかね。そのニグロと、この奥様とをコンビにして♢♢」
千代は、ホホホ、と甲高い声で笑った。
「そりゃ傑作だわ。雪のように白い静子夫人と、炭のように黒いニグロとが♢♢」
「これが正しく白と黒のショーですよ」
鬼源も、そういって笑うと、あまりにも恐ろしい二人の会話に、全身をひきつらせ、気を失いそうになっている静子夫人に向かい、
「ショーに出る相手が捨太郎だけじゃ物足りねえだろう。だから、今いったジョーという黒ん坊ともからませてやるぜ。こいつにゃ日本語は通じねえ。ハニーとかダーリンとかなんとか呼吸を合わせて、仲良くしてやってくんな」
千代が淫靡な微笑を浮かべて、全身を慄わせ、号泣し始めた静子夫人の艶やかな、うなじに口を近づけた。
「ね、奥様。捨太郎の赤ちゃんを作るのがお嫌なら、そのジョーとかいうニグロの赤ちゃんだっていいのよ。とにかく、どちらかの赤ちゃんを早くお腹へ作って下さいましね」
この世のものとは思われないような千代の残忍な着想に、静子夫人は、ただ、身を慄わせ、泣きじゃくるより手は、なかったのである。
「二、三日うちに、ジョーは、ここへ連れて来てやるぜ」ま、それまで、捨太郎を相手に、しっかり鍛えておく事だな。奴はニグロだ。きっと凄えに違えねえからな」
鬼源は、そういって、白布の上に並べてある何本かの筆を取り上げた。
「さ、お習字のお稽古にかかるぜ。何時までメソメソ泣いてやがるんだ。俺は怒るぜ」
鬼源は、急に声を大きくしていうと、いきなり、静子夫人の頬をぴしゃりつと平手打ちした。
「フランスやイタリアで豪遊した時の事を思い出して、おセンチになったらしいな。いいか、おめえには、もう過去もなけりゃ、未来もねえんだ。俺達の奴隷であるって事を忘れるんじゃないぞ。いいな」
鬼源は、静子夫人のうなだれた顔を下からのぞきこむようにして、そう浴びせる。
静子夫人は、観念の眼を閉じ、こつくりうなずいて見せた。自分は、もう奴隷以外の何ものでもないと、自分の心にはっきりいい聞かせながら、
「ごめんなさい。静子は、静子は、もう泣きません。お稽古を、つ、つけて下さいまし」
静子夫人は、未練を断ち切るように小さくいうと、すっくと首をあげ、妖しい位に冷静な表情を作り、固く眼を閉ざすのだった。
「そうだ。おめえは、今や森田組の大スターなんだからな。そういう風に素直にならなきゃいけねえぜ」
鬼源は、機嫌を直し、戸棚の中から、三十センチ四方ぐらいに切った薄いベニヤ板と、半紙を一束取り出した。
そして、ベニヤ板に押ピンを使って一枚の半紙をぴったり張りつけると、それを持って夫人の足元に身をかがめる。
「いいな。こういう風に持ち添えてやるから、筆をはさんだら、この半紙の上で上手に書いて見せるんだ。身体全体を動かしてな」
鬼源が、そんな説明をしている間、千代は鬼源の手から、数本の筆を取り、静子夫人の顔と筆とを見くらべるようにして、クスクス笑いつづける。
静子夫人は、大理石のように白い冷やかな表情で、何だかんだと得意になって説明する鬼源の口元を悲しげに見つめている。、
「いいな。わかったな」。
「ハイ」
静子夫人は、悲しげに睫をそよがし、線の綺麗な横顔を見せて、羞みの色と一緒に小さく、うなずいた。
「へへへ、それから、特におめえには、後ろ書きという秘伝を授けてやるぜ。昔、パン助くずれに教えてみたが、奴等、頭が悪いんでどうしても、後ろについた筆じゃまともな字を書く事が出来ねえ。そこへいくと、何といったって、おめえは、何か国語でもしゃべる事が出来るという教養豊かな、元遠山財閥の令夫人だ。すぐに要領を呑みこんでくれると思うぜ」
などと鬼源はいいながら、硯の横にあった細長い一本の筆を取り上げた。それは先端がゴムで出来、軸が柔らかい折り曲げの出来る金属で出来、その先端に筆の穂先がついている奇妙な代物であった。
「こいつは、そこではさむんじゃねえ。菊がお持ちになる筆なんだ」
静子夫人は、さっと羞恥の感情を表情に見せ、眼をそらせる。
「へえ。そんな器用な事、出来るのかしら。字を書くなんて」
マリが、吹き出す。
「ハハハ、おめえみたいな頭の悪いのと違うぜ。この奥様は、すぐに要領を呑みこんで下さるさ」
鬼源がいうと、千代が楽しそうにいった。
「面白いわ。とにかく一度、実験してみましょうよ」
「じゃ、千代夫人、如何です。あんたに手伝ってもらった方が、この奥様も、きっと喜ぶと思いますがね」
鬼源は奇妙な筆を千代の方へ差し向けた。
「まあ、私が♢♢フフフ、でも、まあ、いいわ。昔、色々とお世話になった静子奥様のためですもの」
千代は、筆をとって、静子夫人の背後へ廻った。
「待ってっ、待って。千代さん!」
静子夫人は、千代が背後で腰をかがめたのに気づくと、激しく狼狽して、身を揺すり、ブルブル震わせた。
「どうしたんだよ。今更、うろたえる事はねえだろ。せっかく俺が、秘伝を教えこんでやろうといってるのによ」
鬼源は、再び、けわしい顔つきになる。
「お願いです。千代、千代さんにだけは、こんな事をさせないでっ」
「何だって。どうして、私なら嫌だというのよ」
千代は、夫人のたくましいばかりに盛り上った尻を平手打ちして、舌打ちした。
「だって、口惜しい、口惜しいんです」
「口惜しいだって」
千代は、眼をつり上げた。
「自分の女中に、こんな事をされるのが辛いってんだね。ちょいと、あんた。まだ、遠山家の若奥様でいる気なの。いいかげんにしないと承知しないよっ」
まあ、まあ、と鬼源が手を出して、千代の高ぶりをおさえ、ニヤリとして、歯を喰いしばった表情をしている静子夫人の頬を指で突いた。
「おめえが最近、俺に対して柔順になってきた事は認めるが、だが、やっぱり千代夫人に対しても柔順にならなきゃいけねえ。千代夫人は、いわば森田組の重役みてえなもんだ。千代夫人を怒らせると、小夜子にしろ、桂子にしろ、おめえと関係のある者は、とんでもねえ目に合わされるぜ」
鬼源は、説得するような調子で、静子夫人の耳元でいい、
「さ、千代夫人に謝って、筆をしっかりと取りつけてもらいな」
静子夫人は冷たい彫像のように、しばらく黙ったまま、眼を閉ざしていたが、はっきり覚悟したように薄く眼を開き、
「♢♢わ、わかりました。もう二度と生意気な事は申しませんわ」
「へへへ、ものわかりがよくなってくれて、俺は嬉しいぜ」
鬼源は、ホクホクした顔つきでそういい、千代の方を見て、眼で合図した。
「マリちゃん、あんたも手伝ってよ」
千代は、マリに声をかけ、二人で、再び、夫人の背後に腰を低める。
「それにしても、全く、見事なおヒップね」
千代とマリは、顔を見合わせて笑いながら、つくづく眺める。
「♢♢ああ♢♢」
静子夫人は綺麗に揃った柔らかい長い睫を閉ざし、線の美しい繊細な鼻を上向き加減にして、花のような唇を半開きにし、屈辱を必死に耐えている。
千代は、夫人が頑なに力を入れているのに気づくと、
「駄目よ、奥様。そんなに身体を固くしちゃ。パリのナイトクラブで遊び踊っていた時のような、くつろいだ気持になってごらん」
ハハハ、と鬼源は、大きく口を開けて、
「パリやロ—マへ行ったって、こづいうショーは、見られねえだろうな」
気品のある美しい静子夫人の顔が苦痛に歪む。
「千代夫人の仕事が、やりいいように協力しなきゃ駄目じゃないか」
鬼源に叱咤された静子夫人は、二度、三度、狂おしく首を振ると、
「ああ♢♢も、もう、どうでも、お好きなようになさって」
呻くようにそういうと、抗し切れなくなったのか、ふとじれったくなったのか、女臭さがムンムン匂うような、肉づきのいい優美な全身から、すっと力を抜くのだった。
千代とマリは血走った思いになって、筆をとりつけようとする。
静子夫人は、電気に打たれた時のような激しい声を上げ、美しい象牙色の頬を火のように熱く染めながら、
「痛いわ。嫌、嫌。そんな乱暴なの、嫌っ」
と、昂ぶった声で叫びつづけるのだった。
「少し位、痛いのは、がまんなさいよ奥様。ここは高名紳士や淑女の集まるパリの社交界じゃないのよ」
千代は、クスクス笑いながら、マリと一緒になって、はやしたてる。
再び、絹を裂くような声が夫人の唇から洩れる。
「駄目、駄目よ。ああ♢♢」
静子夫人は、大粒の涙を流しながら、上ずった声で、
「お願い、……でも♢♢」
と、あえぎあえぎ、切れ切れに口走るのだった。
鬼源は、眼を細めて、そんな光景を見つめている。静子夫人が、苦悩し、戦慄しながらも、何とか、鬼源の命令に従おうとして、千代達のしようとすることに協力を示しているのが痛快なのだろう。
「どうしたい、悦子。何だか浮かねえ顔してるじゃねえか」
鬼源は先程から、少し離れた所に立って浮かない顔つきをしている悦子に眼をやった。
「いくら何でも、少しひどいと思うわ。尻の穴に筆を埋めこむなんて、もう少し、人間的に扱ってやったら、どう」
「何をいいやがる。柄にも合わねえ仏心なんか出すな。この奥様はよ、今まで、天下の美女だと騒がれて、栄耀贅沢して暮して来たんだ。お前達は、上流階級の人間が憎いんだろう。さ、ぼんやりしていねえで、千代夫人に手伝いな」
悦子は、眼を静子夫人の背後へ戻した。
千代とマリは、夫人の言葉をめずらしく受け入れ、夫人の肛門へ万遍なくコールドクリームを塗りたくっている。
責め手の胸に沁みこむような優雅な啼泣をその口から洩らして、さも切なげに、くねらしつづける静子夫人。
「ホホホ、それはフランスで覚えてこられた振り方ですの、奥様」
千代は、そういって笑い、再び、筆を取り上げた。またもや、火にでも触れたような悲鳴が、夫人の唇から洩れる。
「いいかげんにしてよ、奥さん。希望通りクリームまで塗ってあげたのに」
マリが舌打ちして、ぴしゃりと平手打ちする。
「お待ちよ。私がしてあげる」
悦子は、不満げなマリの手から筆をとり上げた。
静子夫人の苦痛を、少しでも柔らげようとするためなのか、悦子は、用心深く、ゆっくりと♢♢
静子夫人は、輝く息を吸いこみ、う—んと甘ったるくむずかるように身を一つくねらせる。何ともいえぬもの哀しげな、ねっとりした瞳を上の方に向け、その眼をゆっくりと閉ざしながら、わなわな唇を痙攣させる。
ギラギラする眼を向けていた千代は、
「なかなかうまいじゃないの。一寸、私に代って♢♢」
と、悦子を押しのける。
静子夫人は、その美しい容貌に名状の出来ない悲痛な色を浮かべ、獣のように生々しいうめきを発しながら、全身を弓ぞりにした。
「ホホホ、こうなりゃもうどうしようもないわね。如何が? 元女中にこんな事されて、口惜しい? ねえ、奥様、何とかおっしゃってよ」
千代は、勝ち誇ったような顔つきになってしげしげと、筆の柄が突き立った夫人の双臀を見つめるのである。奇妙な観物である。千代は信じられぬ思いだったのだ。
ある種の女には、鍛え方次第で自在に珍芸を披露する事も出来るというのだが、鬼源が静子夫人を仕込み甲斐のある最高の女だと見ているのは、そういう所にも計算があったのかも知れない。
静子夫人は、むせぶような涕泣を断続的に口から発しながら、妖しいばかりに優雅な横顔を見せ、瞼を閉ざしている。
「女狐が、とうとう尻尾を出したという感じね。ホホホ」
千代は、してやったりといわんばかりの表情で、しばらく、そんな夫人を楽しそうに見つめていた。
鬼源は、夫人の背後に廻って、点検し、満足げにうなずいて立ち上ると、
「普通の女なら、こうも見事にいくもんじゃねえ。やっぱりこの奥さんは何から何まで特級品なんだ」
といい、次に太い筆を千代の手に渡した。
千代は、微笑して、うなずくと、
「こっちもよ。さ」
静子夫人は、繊細なすすり泣きを洩らしつつ、それを受け取ろうと協力し始める。
「二刀流の使い手に仕上げるってわけね。傑作じゃない」
マリが、ガムをぺっと吐き出して笑った。
無器用な手つきの千代を見ると、静子夫人は、美しい眉をしかめて、悲しそうに眼を伏せる。が、突然に、別人のような態度になった。
「♢♢ち、ちがうわ。そうじゃないったら、千代さん」
千代が、ぴっくりしたように上を見上げると静子夫人は、ねっとりした仇っぽい視線で千代を見下ろし、その陰影を湛えた、ぞっとする位に美しい静子夫人の情感的な眼の色。
「♢♢静子は、これでも女ですわ。そんな乱暴な、なさり方は嫌」
静子夫人は、遂に身も心も千代の軍門に下ったのか。しっとりとした情感と冷静さを表情に現わし、気弱だが、ねばっこく吸いっきそうな眼差しを千代に向けて、語りかけているのである。
鬼源は、静子夫人が千代に対し、柔順な態度に出て来たようなので、ほっとした気分になる。
やれやれといった思いで、元、主人であった遠山静子と、元その女中であった千代とのやりとりを興味探そうに見つめていた。
ようやく仕事を終えて、千代が立ち上ると鬼源は煙草を横に咥え、眼を細めて拍手をした。マリも、キャッキャッと笑いこける。
千代は、床の間に置いてあったカメラを取ると、みじめな姿の静子夫人をフィルムに収めようとして、夫人の周囲をぐるぐる廻り出す。
一本の太いゴム紐に支えられて白地の上に立っている静子夫人。上下にかかった紫のしごきをはじき返すばかりの、眼に沁み入るばかりの肌の白さであった。
「はい、奥様、こっちを向いて。眼を大きく開いてごらん」
千代は、静子夫人の側面から背面から、カメラをかまえてパチパチ、シャッターを切りながら、再び、夫人の前面に廻った。
静子夫人は、象牙色の端正な顔をそっと上げ、しっとり潤んだ翳の深い切長の瞳を千代のかまえたカメラに向ける。
憂愁の色と何か淋しげな深い陰影を湛えた夫人の容貌は、暴力行使者の心まで濡らさせるような優雅なばかりの美しさであったが、そうした芸術品のような美しさを滑稽な姿に仕上げる事が、千代と鬼源の狙いであったのだ。
「ホホホ、あんまり滑稽なので、シャッターを押す指が慄えて困るわ」
と、千代は、笑いながら、
「出来る事なら、この写真、パリやローマにいる奥様のお友達に送ってあげたいものだわ。ホホホ、マダム・シズコのショー・スタイルという事で♢♢」
鬼源は、何やら、半紙に筆を動かせて書いていたが、ついと立ち上り、
「さて、そろそろ、お習字のお稽古にかかろうぜ」
と、半紙を張りつけたベニヤ板を千代に渡し、それを夫人の前面で持ち添えるようにいった。
「これから、二時間、みっちり前向きで書く練習だ。そのあとは夕方まで、後ろの筆を使う練習。わかったな」
鬼源はそういって、白布の上に跪くと、筆の先端を歯で噛みほぐし、それに硯を持上げて墨を浸す。
「新しいお稽古ね。しっかりがんばるのよ」
千代は、愉快そうに、半紙を張ったベニヤ板を筆の前へ近づける。これから、静子夫人が落とさないようにしながら、どういう風にして、この半紙の上に文字を書くのだろうと思うと、千代は笑いが止まらない。.
「最初の二、三枚は、俺が手ほどきしてやるぜ」
そして、鬼源は、横でポカンと口を開けているマリに、
「これがお手本だ。静子の眼の前で持っていな」
と先程、自分が半紙の上に書いたものを手渡す。
「まあ、いやだ。これが習字のお手本なの」
マリは、それに眼をやると、ぷっと吹き出した。
「ブツブツいわず、静子奥様の眼の前へ持っていくんだ」
マリは、お手本を夫人の眼前にかかげる。
鬼源に書かれた四文字。恐らく夫人は、うろたえるだろうとマリは思ったが夫人は、空気でも見るような無表情さで、涙の乾いた澄んだ瞳を、じっとそれに注いでいる。数々のいたぶりに驚きゃ狼狽する気力さえ喪失しているのかも知れない。
「さ、始めるぜ。途中で筆を落っことさないよう気をつけるんだぜ」
鬼源はそういって、廻し始めた。
突きつけるようにその前へ千代が差し出しているベニヤ板の上に一字を書き終えると、鬼源に命じられた悦子が、夫人から筆をそっととり、硯の墨に穂先を浸すのだ。
「へへへ、どうでい、面白いだろう。やろうと思えば♢♢でもこうして立派な字が書けるんだ」
鬼源は、軽く叩いて笑った。
悦子の差し出す筆を後ろから手をのばして受け取った鬼源は、そのまま、深くとりつけて再び、ゆるやかに動かし始める。
四文字を書き終え、最後に、しずこ、とサインまでさせた鬼源は、ベニヤ板を手に取って、満足げにうなずき、
「なかなか筋が良さそうだぜ。二、三日、みっちり練習をすりゃ、客に色紙を書いて渡す事も出来るさ。さ、後は自分一人でやってみな。俺達は一寸、一服だ」
鬼源と千代は、机の前に坐り、ウイスキーを飲み出して、マリと悦子に後を任せた。
「さぼらず、みっちり稽古をするんだ」
鬼源は、じっと静子夫人を観察しながら、ウイスキーを口に流しこむ。
「♢♢悦子さん、お願い。筆に墨をつけて下さいまし」
静子夫人は、しっとり潤んだ美しい瞳を悦子に注いでいった。
悦子は、線の綺麗な、妖しいまでに冷淡な表情を強いて作っている夫人の顔を、哀れっぽく見上げながら、筆の穂先を墨に浸した。
マリが、新しい半紙を張りつけたベニヤ板をその前に近づける。
「お願い、マリさん。もう少し前へ近づけて。そこじゃ、とどかないと思いますわ」
静子夫人は、その象牙色の頬に、哀しげな微笑をちらとうかべてマリに頼むのである。
自分のおかれた運命を心底から収受し、静子夫人は人間的な感情は一切投げ捨てて、この醜悪な芸当に、いどみ出したのである。
そうした夫人の心情を感知した鬼源と千代はニヤリとして視線を合わせあい、グラスとグラスをカチンと音をさせて触れ合わせる。
悦子が墨をつけた筆を持ち、夫人の前に立膝をして腰を落とすと、こわれものにでも触れるような用心深さで、しかしまた驚く程の器用さで、ゆっくりと取りつけてゆく。
「遠慮せず、痛かったらいうのよ、奥さん。どう?」
静子夫人は、羞らいのこもった美しい顔をそっと横へむけながら、軽く、甘えるように首を振った。
「♢♢手加減してくださらなくてもいいわ、悦子さん。それより、お願い。落っこちないように♢♢」
再び悦子の手で、しっかりと筆をとりつけられた静子夫人は、能面のような無表情さでマリの持つ半紙の上に筆の穂先を当てるのである。
半紙の上をたどたどしくなする穂先の墨がきれるごと、悦子は夫人の前に坐り、両手を軸にかけて、そっと取り、硯の中の鼻をたっぷりと穂先に吸いこませている。
悦子が、夫人に疼痛を与えまいとして、取りつけに時間をくっていると見た鬼源は、
「よ、悦子。何もそう気を使う事はねえよ。元は遠山財閥の令夫人か何だか知らねえが、今はこの鬼源の奴隷同然だ。最低のパン助でも仕込むような調子で、ぶちこんでやんな」
と、卓の前から大声をあげた。
悦子は、それに答えず、ゆっくりした動作で仕事を続けながら、先程見た夫人のアルバムの写真を思い出している。
粋で豪奢な藤色の小紋の着物を着、白皮のハンドバッグをかかえて、セーヌ河のほとりを幸せそうに散歩していた眼もさめるような美女が、今、ここで、ギラギラ脂汗を浮かべながら、文字を書かされている。
♢♢そう感じると悦子は果たしてこれがこの世の出来事かというような不可思議な気分になってくるのであった。
「俺がよしというまで休ませず、何枚でも書かせるんだ」
と鬼源は、何杯目かのウイスキーにかなり調子がくずれてきたらしく、ダミ声を出してそういい、静子夫人が一枚書き終えるごとにマリにそれを持って来させて、千代と一緒にゲラゲラ笑いながら批評し合うのだった。
何枚かを、天井から垂れ下がるゴム紐の音を軋ませて書きつづけるうちに、静子夫人の額に、ねっとりした脂汗がにじみ出す。
介添役をしている悦子の方が、それを見るに耐えられなくなったのか、鬼源の方へ顔を向けていった。
「ね、少し、一服させてあげてよ。かわいそうに、これじゃ、身体が参っちゃうわ」
すると、鬼源は、馬鹿野郎、と一喝した。
「昔、吉原で、この道の修業をやっていた娼婦達は、一日、五十枚は練習したもんだぜ。それだけいい身体をしている女だ、五枚や十枚ぐらいで音をあげさせるねえ」
そうどなった鬼源は、酒くさい息を吐きながら、フラフラ立ち上ってやって来た。
ねっとりと脂汗をにじませて、描いた四文字の最後に、しずこ、とサインした静子夫人を、鬼源は口元を歪めて、頼もしげに見ながら、
「中々、筋がいいぜ。成程、書道の心得もあるだけに、こいつは呑みこみが早いや。この分じゃ、この芸当にしても日本一になれるかも知れねえ」
鬼源は、そういって、新しい半紙にさらさらと字を書き、
「次は、あと四文字追加だ。こういう風に書いてみな」
と、新たな手本を夫人の眼の前へ持って行く。
静子夫人は、ねっとりした黒眼がちの美しい瞳を向け、ぼ—つと羞らいの色を頬に浮かべて、顔をそらせた。
「へへへ、何ともいえぬいい気分だろう。こういう文字を次々書かせてもらえるってのは」
鬼源は、せせら笑って、ハンカチを取り出し夫人の汗を拭きとったが、次に夫人の紅く染まった耳たぶに口を寄せ、卓の前で、いい加減、酔っ払い、不気味にすわった眼つきをギョロギョロさせ始めた千代の方を見ながら、口を開いた。
「千代夫人が酔っ払って来たんだ。あの人は酒ぐせが悪いんで俺も閉口さ。だからさ、おめえ、千代夫人の御機嫌を一生懸命、ここでとっちゃくれねえか。千代夫人を悦ばす事が出来るのは何といっても、おめえだからな」
「♢♢どうしろと、おっしゃるんですか」
静子夫人は、悲しげに眼を閉ざし、小さく口を開いた。
「つまりだな、ここでもう一つ、千代夫人に完全に屈伏した事を、はっきりおめえに示して欲しいんだ。こういう風な仕事が楽しくて仕様がねえっていう風にな」
鬼源は、夫人の耳に口を寄せ、ニヤニヤしながら、あれやこれやと、ささやき始める。
ここ一番、静子夫人を決定的にまで千代の前に屈伏させ、永遠の服従を誓わせようとする鬼源の肚である。
現在、静子夫人は、身心ともに、スターとしての完成が近づいている。だが、元遠山家の女中であった千代に対しては、夫人は、ふと、憎悪の色を示すようだ。そうした観念をこの際、完全に喪失させ、はっきりと夫人の心にとどめをさそうと鬼源は考えたのである。
「わ、わかりました」
静子夫人は、柔らかい睫を悲しげにそよがせて、柔順にうなずいた。
「♢♢静子は、静子はもうこの運命から逃れる術のない女ですわ。何でも、おっしゃる通りに致します」
「よくいってくれたな。それで俺も一安心だぜ」
鬼源は、くるりと千代の方を向いて、
「千代夫人。この奥様が、お呼びになってますぜ。聞いてはしい事があるんですとさ」
千代は、アルコールに濁った眼をギョロリと剥き、フラフラ歩いて来た。
鬼源は、ふらつく千代の肩を抱き支えるようにして、
「この奥様がね、今まで千代夫人に対して、色々失礼な態度をとったけど、どうか許してくれるよう俺に頼んでくれというのですよ」
千代は、それを聞くと、片頬を歪め、憎々しげに静子夫人を見た。
「フン、お習字のお稽古が辛いんで、私にゴマをすり、休ませて貰おうという肚なのね。そうは問屋がおろさないわよ。こっちがよしというまで、五十枚でも百枚でも、書きつづけるのよ」
「♢♢ち、違います」
静子夫人は、千代に哀切的な影の射す瞳を向け、気弱に首を振った。
「静子は、静子は、千代さんに感謝しているのです」
「感謝だって?」
「本当の事を申し上げますわ。静子は、このようなお稽古をするのが、楽しくてたまらないのです。静子の身体の中には、こういうものを悦ぶ血が流れていたのですわ」
千代は不思議そうな顔つきになり、鬼源の顔をチラと見たりした。
「自分が、そうした女である事を知られるのが辛く、静子は口に出せなかったのです。でも、もう隠したりは致しません。パリに遊学していた当時やスイスの湖あたりで遊んだ頃より、静子は、このようにされ、日夜、羞ずかしいお稽古を強いられている方が、ずっと幸せに思うのです。お願い、お笑いにならないで♢♢」
そういう事を口にした静子夫人は、何か、たまらないものがぐっと胸にこみ上げて来たのか、大粒の涙が切長の眼尻から流れ、白い柔らかい頬を濡らした。
「へえ、一寸、信じられない感じねえ。でも、それが本当なら、私としても、こんな嬉しい事はないんだけど♢♢」
千代は、そういって、しゃっくりをしながら、ぴったりと夫人の傍へ寄り添い、
「じゃ、最初の方針通りに、私、奥様を思いのままにするけどいいのね。何度も、奥様とお約束している事だけど ♢♢」
静子夫人は、涙でキラキラする二重瞼を千代に向けて、すすり泣くようにうなずいた。
「♢♢わかってますわ。千代さんのおっしゃる通り、静子は、このお屋敷で、赤ちゃんを産みます」
「よくいって下さったわ。それだけは固くお約束しました打よ。奥様とそっくりの美しい女の子をお産みになって頂きたいものだわ」
静子夫人の背後でしゃがみこみ、煙草を吸っていた鬼源が、
「産む産むといったって、口先だけじゃ駄目だぜ。今夜は、捨太郎といよいよゴールインだ。奴の種をしっかり腹へ収めるよう努力しなくちゃいけねえ」
などといって、黄色い歯をむき出した。
千代は、急に、しくしくと声をひそめて、すすり上げ出した静子夫人の柔軟な肩に手を優しくかけて優しい口調になっていった。
「さ、奥様。赤ちゃんがお腹に出来る前に、鬼源さんの教えて下さる芸事だけは全部覚えなきゃいけないわ。元気を出して頂戴」
静子夫人は気を取り直したよう、涙を振り払って気品のある美しい顔を正面に上げた。
「♢♢ごめんなさい。また、泣いたりしちゃつて。さ、お稽古を続けて下さいまし」
よし、来た、と鬼源は立ち上り、諸肌脱いでキリリと向こう鉢巻をしめた。
悦子が、たっぷり墨を含んだ筆をとりつけると、マリが半紙をベニヤ板に新しく張りつけ、夫人の前へ差し出す。
鬼源は、今しがた半紙に自分が書いたお手本を片手に持って夫人の眼の前へ押しつけ、
「まず書く前に、このお手本を大きな声を出して三度ばかり、続けて読むんだ」
静子夫人は、ふと心をととのえるかのように軽く瞑目をしていたが、そっと眼を開けると、鬼源の持つ半紙に眼を注ぎながら、小さく紅唇を開いた。
「しずこの……」
ハハハと鬼源が大口を開けて笑うと、それにつられて千代が意識して上品ぶり口を手で押さえて肩を揺すって笑い、マリがキャッキャッと笑いこける。
「うん、お笑いになっちゃ嫌」
静子夫人は、全身に燃え立つような甘美な色気と、うずくような羞らいの色を浮き立たせ、甘くすねるように、くねくね全身を揺るがしながら、も一度、ハスキーな声でそれを口にした。
三度目、それを口にする時は、艶やかに冴えた乳白色のうなじをくっきりと浮き立たせ、恍惚境に浸るかのよう、深い吐息と一緒に♢♢。
「へへへ、さすがの俺も、何だか変な気分になって来たぜ。さ、次は字の方を書いて頂こうか」
鬼源が、夫人の薄紅に染まった頬を軽く指で押すと、何かにとり憑かれてしまったのか、静子夫人は、
「ねえ、鬼源先生」
と、羞らいのこもった甘い声を出した。
「これがすんだら、もっと、もっと、羞ずかしい事を静子に書かせて。一生懸命、静子、お稽古するわっ。ああ、もう静子は、静子は、どうなってもいいの。いいのですっ」
酔い痴れたように、そんな事を優雅な身悶えをくり返しつつ、口にした静子夫人は、ポロポロ涙を流しながら、
「♢♢小夜子さん、京子さん、桂子さん、静子は、とうとうこんな所にまで転落した女になってしまったわ。♢♢笑って、うんと笑って頂戴」
と、祈るように口に出していった。
遂に、ここまで、美貌と教養を兼ね備えた大財閥の令夫人を追いこむ事が出来たか、と鬼源は会心の笑みを洩らす。
「よし、わかった。奥さんがそういう風に出て来てくれるのをこっちは長い間待っていたんだぜ。この稽古がすんだら、お望み通り、こたえられねえ程の羞ずかしい目にあわせてやるからな。さ、それを楽しみにして、早くお稽古にかかんな」
静子夫人は、鬼源が眼の前へ押しつけているお手本に、うすら冷たいばかりに白く繊細な面長の顔を、もう一度、向ける。
♢♢書けばいいのでしょう。書いて見せますわ♢♢
と静子夫人は、ふと鬼源達に挑戦する思いとなり、筆をぐっと押し出すようにし、マリが持つ板へ押しつけるようにした。
滑稽な尻尾。たくましいばかりに盛り上った見事な輪を描き、筆の穂先は半紙の上を黒々と染めて行く。
第五十二章 時代劇ショー
三人の風来妨
夏次郎と春太郎は、ビールを注いだコップをカチンと合わせ、ニコニコ顔で乾杯した。
「京子、よくコツを呑みこんでくれたわね。これで私達も一安心。貴女に心から感謝するわ」
二人は、うまそうにビールを飲み乾すと、調教柱に立ち縛りにされている京子の足元に散らばっているバナナの皮を掃除し始める。
京子は、脂汗で全身をギラギラさせ、その美しい、うすら冷たい横顔をこちらへ見せ、軽く眼を閉ざしてうなだれている。
すべては終わった、とでもいうような悲しい諦めを表情に浮かべた、その冷たい京子の美貌を春太郎と夏次郎は、ぞくぞくする思いで見つめていたが、コップにビールを注ぐと、京子の両側へ、まといつくようにして立つのだった。
「さ、京子にも御馳走するわ。見事に果物を料理したお祝いよ。さ、召し上れ」
夏次郎がコップを京子の口へ持って行く。
コップを口に当てられた京子は、白い頬をほころばせ、自嘲的な冷たい微笑をわざと作るのだった。
「いただくわ。♢♢京子が、とうとう人間じゃなくなったお祝いにね」
ふと、二人のシスターボーイを嘲笑するような謎を含んだ微笑を浮かべて、京子は、夏次郎の押しつけるビールを一息に飲み干したのである。
麻縄にしめあげられている京子の弾力のある見事な乳房に、京子の口元を伝わったビールの滴が、したたり流れる。
春太郎は、含み笑いしながら、京子の足の爪先に落ちている果物の切屑を手にして、京子の眼の前へ持って行った。
「そら、これ、今の京子の習作ってわけ。どう、このあざやかな切口。まるで京子のお得意の空手チョップで切ったようじゃない」
春太郎はそんな事をいって、夏次郎と一緒に笑った。
京子は、悲しげに長い睫をそよがせて、顔をそむける。
「フフフ、何もそう照れなくたっていいじゃない。これで、ようやく一つの芸を京子は覚えたってわけね。さ、如何が、もう一杯」
春太郎は、再びコップになみなみとビールを注ぎ、京子の口の前へ持っていった。
京子は、ためらわず、再びコップに口を当て、ゴクゴクと一息に飲み干す。酔って神経を麻痺させようと懸命になっているようであった。
その時、ノックの音。
春太郎が内鍵を外し、顔を出すと、津村義雄がニヤリと口元を歪めて立っている。
「どうかね」
春太郎は、ま、どうぞ、中へお入りになって、と上機嫌で、義雄を中へ招き入れた。
「津村さん。とうとう京子、コツを呑みこんでくれたのよ。そら」
春太郎は、果物の切端を義雄に見せた。
「へへえ。なるはどねえ」
義雄は、春太郎が突き出したものと、柱に立ち縛りにされている京子とを見くらべるようにした。
京子は初々しい羞恥を頬に浮かべ、軽く瞑目して顔をそむけ、ムチムチと肉の乗った官能的な太腿をぴったりと閉じ合わせている。
数本の麻縄をきびしく巻きつかせている京子の豊かな乳房に、キラキラと脂汗が光っているのは、シスターボーイ二人の何時間かにわたる屈辱の調教を、全身で必死に取組んだ証拠とも受け取られる。
義雄は満足げにうなずいて、横に伏せている京子の頬を指で、くすぐるようにした。
「空手二段の鉄火姐さんも、とうとう予定のコースと取り組まされるに至ったか」
義雄は、声をあげて笑い、次に二人のシスターボーイの方へ顔を向けた。
「この鉄火娘が肉体的に成長してきた事は嬉しいが、根性の方はどうなんだ」
「そりゃもう、昨日、一昨日の京子とは、まるで人間が変ったようよ。それだけ私達のリードがうまかったという事ね。お客様方を喜ばせる可愛い女になります、と何度も誓いながら、嬉し涙を流して、私達の調教を受けたのよ」
と、春太郎が楽しそうに義雄に話すのだ。
「そうか、そりゃよかった。今、弟の清次達が来たんだが♢♢」
義雄が、片頬を歪めるようにして、そういうと、今まで、精も根も尽き果てたように、がっくり首を落としていた京子は、うろたえ気味に、さっと顔を上げる。
「どうしたい、京子。今更、うろたえる事はないだろう。弟達は、二年前の恨みを返すんだと大いに、いきまいているよ」
義雄が、せせら笑うようにいうと、京子は再び眼を閉ざし一切を観念した冷たい表情に戻った。
そんな京子に春太郎は、チラと視線を走らせ、義雄にいう。
「大丈夫よ、津村さん。京子はお仕置を受ける覚悟は充分出来ているわ。それで、弟さん達は今、何処に?」
「酒場で社長達に挨拶をしているよ。二年前、京子に痛めつけられた事情を話して、社長の許可をとっているというところだ」
義雄は、口にした煙草に火をつけ、プーと京子の顔に煙を吐きかける。
「そっちの覚悟は出来ていると思うが、おとなしく清次達のお仕置を受けるんだぞ。奴等を手こずらせたりすりゃ、園マリに似たあんたの可愛い妹まで、とばっちり喰う事になる。念のためにいっておくよ」
京子は、そっと濡れた美しい瞳を上げ、義雄の顔を見た。
「わかっています。どんなお仕置でも、京子喜んで受けますわ。その代り、お願いです。美津子を私の巻き添えにするような事はなさらないで1」
「わかっているさ、だが、弟達に心から二年前の事を謝まり、奴等を満足させなきゃ駄目だぜ。いいな」
京子は、悲しげに濡れた睫をしばたかせ、承諾の意志を示した。そして、
「♢♢さ、清次さん達のいらっしゃる所へ連れて行って下さい」
と、顔を伏せながらも、はっきりと覚悟を示したのである。
「よし、いい度胸だ。さすがは、鉄火姐さん往生際がきれいだぜ」
と、義雄は喜色を顔に浮かべたが、
「だが、最初から、そういう風に素っ裸のまま、清次達の前へ引っ張り出すのは興味が薄いな。風呂に入れ、化粧をしてやり、ちゃんと服を着せてやった方がいい」
清次達の前へ出て、自分の手で衣服を脱ぎ二年前暴力を振った詫びを入れさす、というのが義雄の狙いであった。
「そうね。その方が、弟さん達も喜ぶと思うわ。それじゃ、お見合にでも行くような調子で、パリッとした身なりをさせてあげるわ、京子」
春太郎と夏次郎は、調教柱に縛りつけられている京子の縄を解きにかかる。
「いいわね、京子。しばらく自由にして、お風呂なんかへ入れてあげるけど、空手なんか使わないでよ。フフフ、もっとも、そういう悪い了見は今の京子にゃ爪の垢程もないとは思うけどね」
「変な気を起こしそうになったら可愛い妹の事を考えるのよ」
二人のシスターボーイは、そんな事をいいながら、京子の縄を解き放った。
全身が自由になると、京子は、フラフラとその場に腰を落とし縄のついた白い両腕を前に交錯させるようにして、二つの乳房を抱きしめる。全身が綿のように疲れ切っていた。
「さ、お風呂へ入って、きれいにお化粧しましょう」
春太郎と夏次郎は、京子のふくよかな肩へ左右から手をかけた。
♢♢その頃♢♢二階のホーム酒場では、義雄の実の弟の清次、その仲間の耕三、幹夫の三人が、田代のすすめるウイスキーを恐縮しペコペコ頭を下げて飲んでいた。
「社長。何か、俺達に出来る事があったら、何なりと遠慮なくおっしゃって下さい。殺しの経験だけはねえが、その他の事なら、大抵やって来たつもりです」
などと清次は、田代のグラスにウイスキーを注ぎながら愛想笑いしていうのである。
津村清次。年は二十二、三。兄の義雄と似て青白んだ薄手の皮膚を持つ背の高い男で、どことなくコセついてチンピラくさい。
「京子に対し、恨み骨髄に達しているというわけかね♢♢」
田代は、三人の不良を面白そうに見廻しながら、グラスを口へ運んだ。
「そりゃ、もう♢♢とにかく、これを見て下さいよ、社長」
清次は、二の腕をまくり上げて、田代の眼に示した。
「あの女に空手でやられた痣が二年たった今でも、こうしてはっきり残っているんです。それだけじゃねえ。俺達三人は、あの女のために臭い飯まで食わされちまったんですぜ。これが恨まずにおられますか、社長」
清次は、いらいらした口調になって、そういったが、
「でもね、社長。京子がシスターボーイの女になったっていうのは、そりゃ、本当なんですか」
「ああ、今の京子は君達が想像している女とはまるで違うかも知れないな。彼女は今や、このわしの奴隷みたいなむんだ。生かすも殺すも、こちらの自由。ハハハ」
田代は、大口を開けて、愉快そうに笑い、
「ただし、奴隷といっても、さっきいったように大切な商品なんだからな。津村氏の顔を立てて君達に一旦、京子の身柄を引き渡すが、あのきれいな身体に傷をつけるような乱暴な真似はしてもらいたくないね」
そう田代がいった時、ドアが開いて,鬼源が大きく伸びをするようにして入って来た。
「調教は、そのへんにして、そろそろ今夜の段取りをつけようじゃないか、鬼源。賭場の方も、間もなく一段落しそうだからな」
ふと、鬼源は田代の方を見て、「ああ社長、ここにいらっしゃったんですかい」と卑屈に愛想笑いする。
田代が、津村氏の弟だ、と清次達を紹介すると鬼源は、
「わかってますよ。二年前の仇を討つため、京子と対決しにおいでになったんでしょう」
鬼源は、スタンドに坐って、煙草を口にした。
「ま、京子も、今となりゃ、楯つく事もなく皆さんのお仕置を受けると思いますよ」
そして、鬼源は、懐から何枚かの半紙を取り出して、田代の前に並べて見せた。
「どうです、社長。こいつは静子夫人のお習字なんです。へへへ、あのおしとやかな令夫人がとうとうあの見事なおヒップをくねちせて♢♢」
鬼源は、半紙を手にして眺める田代の顔を見ながら、クスクス笑い出した。
「成程、最初にしちゃ中々うまいもんじゃないか」
「あの令夫人は、書道の道も極めておいでですからね。教えこむのが楽ですよ」
清次達三人は半紙に書かれた文字と鬼源と田代のやりとりを興味深いに眺めている。
「よし、君達三人に、この屋敷内にいる美女を拝ませてやろう。来給え」
田代は立ち上った。
「じゃ、まず元遠山財閥の令夫人、遠山静子夫人だ。天下の美女だぜ。じゃ、鬼源、案内してくれ」
田代は、妙にこの三人の不良が気に入ったらしく、酒気を帯びてほてった赤ら顔をつるりとなぜ、彼等を美女調教の場へ案内しようとするのである。
時代劇ムード
調教室の隣にある広い日本間の襖が、そっと開き、鬼源に案内されて来た田代と清次達三人が足音を忍ばせるようにして中へ入って来る。
座敷の中央で行われている、いわゆる調教というものを初めて見た三人の不良は思わず、へえ、とうめき、ニヤニヤとして顔を見合わすのだった。
天井の梁から垂れ下がったゴム紐に、紫のしごきで後手に縛られた身を支えられている年増盛りの眼もさめるように美しい人妻風の美女。しかも、彼女は、その美しい曲線を持つ双臀をくねくねと動かしつつ、後ろにしゃがんでいる女が持ち添えた半紙の上に、筆の穂先を動かせているのだ。その筆が夫人のたくましいばかりに量感のあるヒップにとりつけられたものである事を知った田代は、こらえ切れなくなって大きく口を開けて笑い出す。
半紙を持ち添えていた和服姿のギスギスした女♢♢千代が、田代の方を見て、
「あらまあ、何時の間に、社長」
と金歯を見せて、ニーと笑った。
「鬼源さんが、大分お疲れになったようなので、私が代って、この奥様を指導しているんですよ。大分、お上手になったわよ。そら」
千代は、手に持った半紙を田代の眼の前に差し出した。
「俺も色々この種の見世物を見たが、おヒップというのは初めてだね」
田代が舌を巻くと、鬼源は、したり顔になり、
「こいつは鬼源の秘伝なんですよ。へへへ、何しろ、この奥様は、わっしが昔、手がけたパン助達と違って、御聡明な上に、すべてが全く見事なもんだ。だから、こうも早くコツを呑みこんで下さるんですよ」
田代は、ウムウム、と楽しそうにうなずきながら、全身にべっとりと脂汗を浮かべて、軽く眼を閉じ合わせている静子夫人の美しい横顔を見つ也ていたが、清次達を手招きして呼ぶと、まるで自分の宝でも自慢するような調子で、
「どうだ、凄い美人だろ。こんな見事な肉体を持った女を君達、今まで見た事あるかね。ただ、それだけじゃないぞ。フランスの大学へ留学した事もあるインテリであり、大財閥の令夫人なんだ。それをわしは、このような芸当の出来る女に仕込み上げた」
そういって、田代は鼻をふくらませる。
静子夫人は、ただ黙ったまま、夢見るように呆然と、長い美しい睫を閉じ合わせているだけであった。一度、屈辱の中に死に、また屈辱の中から命をつくって立ち直ったどでもいうような、凄惨なばかりの冷静さを静子夫人は全身に漲らせている。
「さ、社長の御覧になっている所で、奥様、も一度、お習字をしてみましょうね」
千代は、そういって、夫人の後ろへ廻り静かに筆を取り始める。
静子夫人は、真珠のような美しい歯並びを見せ、切なげに仰向いて、艶やかなうなじをくっきりと浮き立たせた。
硯の墨にたっぷり筆の穂先を浸した千代は、再び、夫人にとりつけ始めた。
合図されると、静子夫人は操り人形のように、定められた所作を演じなければならないのだ。いや、いや、とすねるように甘い声を出し、モジモジ動かせる。
「そ、そんな乱暴ななさり方は嫌。痛いわ、千代さん」
「ヤレヤレ、手数のかかる奥様だこと」
「だつて、だって♢♢お願い、も一度、なんとか優しく
♢♢ねぇ、千代さん」
静子夫人は、すすり泣くようにいい、全身をもじつかせるのだ。
「ハイハイ、長い間、面倒を見て頂いた奥様のためだもの、サービスさせて頂きますわ」
千代は、そんな事をいって、チラと田代の方を見、片眼をつぶって見せた。
そんな光景を清次達三人は、ごくりと唾を飲みこみ眼をギラギラさせて凝視している。
鬼源は、清次の何かに背かれたような横顔を見て、ニヤリと笑った。
「こんなもの、まだ序の口という所ですぜ。一寸、調教室の方へ行ってみましょうか」
鬼源は、田代の方にも、眼くばせして、先に歩き始めた。
廊下へ出て、調教室のドアを開けると、すぐ傍の壁に腕組みして、もたれていた銀子と朱美が、唇に指をあて、静かにしろ、と合図する。
「今、小夜子がね、スターとして、開眼している所なの。気が散るといけないから、そっとしておいてよ」
銀子が含み笑いしながらいうので、鬼源と田代は眼をパチパチさせ、足音を忍ばせて部屋の中へ入った。その後について、そっと足を踏み入れた清次達は、調教室の中央あたりで行われている事を見た途端、再び、固唾を呑んだ。
桃色のしごきで後手に縛られている身を一本のロープにつながれて立っているのは、華奢な象牙色のきらめくように白い肌をした如何にも、令嬢風といった感じの美人である。それを人相の悪いチンピラ風の男が二人、奇妙な方法で責めつづけているのだ。
「ね、鬼源さん。怒らないでやってよ。あの二人、小夜子に恋しているんだもの。いいでしょ。あの二人に小夜子の調教を任しても」
「ま、いいだろ」
田代が、二人のチンピラの調教を受けている、小夜子の方を眼を細めて眺めながら銀子にいった。そして、清次達の方を振り返り、
「あのお嬢さんはね、宝石商の箱入娘なんだよ。それがどうだ、今じゃああいう事を実に楽しそうにやってるじゃないか。女って奴はね、生まれがどう、育ちがどうといったつてこっちがその気になって仕込みあげりゃ、ああいう事だって見事にやってのける事が出来るんだ。ハハハ、もっと傍へ寄って、よく見て来給え」
おぞましい卵割りの調教を受けている小夜子も、その調教を続けている竹田と堀川も、夢中になっている故か、入口の近くでこっちを見ている田代や鬼源達に気がつかない。
小夜子は、美しい眉を切なげに寄せ、象牙色の艶やかなうなじをくっきり見せて、顔を仰向かせながら、ハア、ハア、と苦しい吐息を吐きつづけているのだ。
竹田と堀川も、荒い息を吐きながら、額の汗を時々、手で拭きつつ、小夜子の陶器のように白い、麗しい太腿に左右から手をからませるようにして、それでも真剣にその調教に打ちこんでいるのである。
「どうだい、お嬢さん。楽しいだろう。こんな風にして卵と遊ぶ気分てえのは♢♢」
竹田と堀川は、一区切つくたびにニヤッとして、小夜子の顔を見るのだ。
小夜子は光のなくなった空虚な眼をぼんやり前に向けながら、あえぐように唇を開く。
「♢♢口、口惜しいわ。とうとう小夜子、こんな事を♢♢」
そういうと、小夜子は、切なげに眼を閉ざし、うなだれた顔を横へそらすのだった。
♢♢やがて♢♢鬼源と田代の後につき、調教室を出た清次達は、そのまま、地下室へ案内される。そこには、京子の妹の美津子がすでに川田や吉沢達の手で調教されている筈だと鬼源はいう。
地下の階段を降り始めると、後ろから、銀子と朱美が、追うように降りて来た。
「ね、鬼源さん。この方達、一体、誰なの。紹介してよ」
銀子と朱美は、清次達三人の顔をまじまじと見つめながら、鬼源にいった。
「津村さんの弟さんだ」
鬼源に聞かされると、銀子は納得した顔つきになり、
「随分とハンサムな方ね。津村さんにそっくりだわ。私、銀子。そして、これは朱美。よろしくね」
と、銀子は、わざとらしく淫靡な微笑を口元に浮かべるのだった。
「清次と申します。一つ、よろしくお願い致します」
と、清次が丁寧に頭を下げたのが、ますます気に入って、銀子は、
「貴方が恨みに思っている京子には、あたい達も色々と恨みがあるのよ。つまり、京子は貴方と私にとって共通の敵ってわけね。色々私達も手をかすわ」
妙に色っぽい眼つきになって、銀子は清次にそんな事をいうのだった。
鬼源が、ニヤニヤして、
「銀子、清次さんに対して馬鹿に親切じゃないか。おめえ、一目惚れしたんじゃねえか」
とからかうと、銀子は柄にもなく真っ赤になって、
「嫌な事いわないでよ」
と、鬼源を睨むのである。そして、すぐ、清次に、
「京子の事だけどね。あの女を一番泣かせる方法を教えてあげましょうか。フフフ、何といっても妹の美津子をいじめてやる事よ。あの女、すごく妹思いなのよ。将を射んとすれば馬という手もあるじゃない」
などと銀子は、得意そうな顔つきになっていった。
そんな事をいいながら、地下室へ降りるとそこには、川田、吉沢、井上の三人が、立ったまま、何か小声で話し合っていた。
「あ、社長。いい所へ来ましたぜ。一寸、見て下さえ」
井上が、牢舎の方へ走って行くと、桂子を引き立てて来た。ほほう、と田代は溜息を洩らし、顎のあたりを手でさする。
桂子は前髪の若衆姿に扮装させられていたのである。若侍が旅装束に身を固めたといった具合に、二枚重ねた道中袴、脚絆、草鞋まではかせたといった念の入ったもの。細紐で後手に縛り上げられている前髪姿の桂子は、何ら抵抗する事なく井上に縄尻を引かれて、田代の前に立つのであった。
「色々考えましてね。桂子を男装させて、今夜のショーに出演させる事にしましたよ。その方が、岩崎親分も喜ばれるだろうと思いましてね」
「なるはど、そいつは名案だ。ところで一体どういう風なショーになるんだね」
「そいつは、今夜のお楽しみ、へへへ。今まで、吉沢兄貴や川田兄貴と打ち合わせし、稽古も一通りすませた所なんですよ」
井上と吉沢、川田は何か三人だけの秘密を楽しんでいるかのように眼で笑い合っている。
「男装の麗人か。ハハハ、今夜のショーが楽しみだな」
田代は、赤ら顔を皺だらけにくずして、若衆姿の桂子を見つめる。
「まあ、可愛いわ。水もしたたる若衆姿とは、この事ね」
銀子と朱美は、桂子の傍へ寄り添い、溜息をつくようにして、しげしげと前髪姿の桂子の横顔を見つめるのだった。
「少し、化粧をしてやってくんな。お前達の仕事だ」
と、井上にいわれて、銀子と朱美は、あいよ、と桂子の縄尻をとり、
「さ、桂之進様、お化粧室へお歩き遊ばせ」
と笑いながら引き立てて行く。
その後、田代は、川田達に清次を紹介し美津子と文夫を連れて来るようにいった。
身も心も無残に打ち砕かれた美少年と美少女が、奥から縄尻を川田にとられ、よろけるようにして歩いて来る。
田代は清次の方を振り返っていった。
「今の男装の麗人は、大財閥の令嬢。そしてこのお妨っちゃんは、さっきの宝石商の令嬢の小夜子の弟君だよ。そして、彼に寄り添っている可愛いお嬢ちゃんが、君達には恨みのある京子の妹なんだ。といっても、その文夫君と美津子嬢は、今じゃ、れっきとした夫婦で、このショーの若い花形スタ—でもあるんだよ」
川田が縄尻から手を離すと、美少年と美少女は、すぐにその場へ身を小さくかがめ、かばい合うように体を寄せ合う。
「どうだい、美に仲のいい若夫婦だろ」
田代は、愉快そうに腹を揺すって笑った。
清次達は、文夫と美津子の美貌にまず眼を見はったが、何よりも彼等を驚かせたのは、眼の前で羞恥と恐怖に打震えて後手に緊縛された美しい二人であった。
「さすがに若い客の前に出ると二人とも羞ずかしくて体が固くなってしまうようだな」
田代が口元を歪めて、鬼源にいった。
「今夜のショーは、この三人も時代劇調で出演するんですよ」
と、鬼源がいう。
文夫を、今の桂子みたいに前髪の鬘をのせた小姓姿。美津子には、桃割れをつけさせ、時代劇調に仕立てての実演ですよ、と鬼源は得意そうに鼻をピクピク動かしながら田代にいうのであった。
「昨日の実演とまるで同じじゃ芸がなさ過ぎるから、一つ趣向を変えてみようというわけです」
と、鬼源はいい、すでに、この二人のかぶる鬘の用意も出来ている、と吉沢がつけ加えて、田代にいう。
田代は満足げに幾度もうなずいた。
「そいつは、いい。岩崎親分も、きっと喜ぶよ。♢♢清次君、京子のお仕置なんか何時だって出来る。まず、京子の妹のショーを見物してみちゃどうかね」
牢獄にて
それから、一時間ばかりの後♢♢静子夫人と小夜子は、銀子と朱美に縄尻をとられ、地下牢に続く石の階段を歩まされていた。銀子と朱美の後ろに、千代が煙草をふかしながら、陰湿な笑いを口元に浮かべてついて来る。
桂子、文夫、美津子の三人は、今夜のショーの稽古に取りかかるため、鬼源や川田達に竹薮の密室へ運ばれて行ったらしく、地下室の中は、がらんとしていた。
静子夫人と小夜子は、共に並ぶようにして首を垂れ、地下の階段を素足で踏みしめ、おぼつかない足どりで降りて来たが、二人はもう全身綿のように疲れ切り、共に労りの言葉をかわし合う気力もないようであった。
千代は、吸っていた煙草を石段の上へ捨てて踏み消すと、前に引き立てられて行く静子夫人と小夜子に対していう。
「お二人とも、今日は随分と練習をつんだわね。ショーが始まるまでには、まだ時間があるわ。ゆっくりと牢屋の中で休んで下さいね」
地下室の中の牢舎は横に三つに分かれている。その一番最初の牢舎の前に来ると朱美は、
「ここが小夜子のお家だったわね」
鉄格子の錠前をガチャガチャ外した。
「フフフ、静子お姉様と一緒にしてあげたいけれど、お姉様は、あと二、三時間でショーに出演しなきゃならないのよ。だから、今夜は一人でおとなしくおねんねするのよ」
銀子と朱美は、静子夫人の縄尻を千代にあずけて、小夜子の縛めを解き始める。
両手がやっと自由になった小夜子は、腰をかがめ、胸を押さえ、ふと悲しげな表情で、千代に縄尻を取られている静子夫人の顔を見上げた。
静子夫人も、その翳の深い切長の瞳に、悲痛な色を沈ませて小夜子を見つめる。だが、深い疲労のため、口をきく気力もない夫人と小夜子であった。
「さ、入るのよ」
銀子に陶器のように白い艶やかな背中をどんと押されて、小夜子は両手で乳房を覆ったまま、フラフラと石牢の中へ押しこまれた。
すぐに朱美が、ガチャンと扉を閉め、錠をかける。
わずか三坪ばかりの石牢の中で美女が出来る限り身をかばい、小さくなっているのを、ズベ公二人は、鉄格子の間から楽しそうに眺めていたが、
「よく練習に励んだから、小夜子の今夜のショーの出演は、特別に勘弁してやれと鬼源さんのお許しが出たのよ。その代り、明日は朝八時からお稽古を始めるからね」
銀子はそういって、ジーパンのポケットからピンポン玉を取り出すと、鉄格子の聞から小夜子に向かって投げつけた。それは、立膝をして小さくなっている小夜子の尻のあたりに当たり、石で出来た床の上を転がってゆく。
「寝る前に、そいつを使って、よく鍛えておくのよ。これからは自分でも毎晩勉強しなくちゃ駄目よ。いいわね」
そういって、二人のズベ公は、地下の隅に積み重ねてある毛布を一枚取ってくると、それも鉄格子の聞から中へ押しこんで、
「勉強がすんだら、これにくるまってぐっすり寝るのよ。昔の彼氏の夢でも見ながらね」
キャッキャッと笑い合った銀子と朱美は、今度は静子夫人の縄尻を千代から受け取った。
「さ、奥様は、夜中のショーが始まるまで約三時間、牢屋の中で休憩よ。お歩き遊ばせ」
静子夫人は、銀子に背を押されて、気を取り直したように凍りついた美しい顔を上げ、石畳の上を歩き始める。
先程まで、墨をつけた筆で、徹底していじめ抜いた夫人の量感のある双臀が、歩くにつれ、かすかに左右へ揺れ動くのを、千代は舌でも出したい気持で、面白そうに見つめるのだった。
「さて、ここよ」
突き当たりの錆びついた鉄格子の前まで来ると、朱美は、腰をかがめ、扉の錠前をガチャガチャ外し、力を入れて引張った。錆びついた鉄の扉が金属音を軋ませて開くと、
「さ、入りな」
朱美と銀子は、低い牢舎の入口に夫人をかがませるようにして、中へ押しこみ、そのまま、自分達も扉をくぐって、牢の中へ入るのだった。
「鬼源さんの命令で、彼がここへ来るまで奥さんの縄は解いてあげるわけにはいかないのよ。がまんしてね」
二人は、夫人の乳白色の肩や背を押すようにして、四坪ぐらいしかない牢屋の隅の、レンガで出来た壁の所まで連れて行くと、石の床へ毛布を敷き、そこへ夫人を坐らせた。レンガの壁には鉄の輪がついていて、それに夫人を縛っでいるしごきの縄尻を、くくりつける。銀子は、ジーパンのポケットから、捕縄のようなものを出すと、夫人にいった。
「足をあぐらに組みな、奥さん」
静子夫人は、柔順に、ぴったりと正座していた肢をモソモソ動かし始める。
「フフフ、ほんとに聞き分けが良くなったわね、奥様」
千代も、牢内へ入って来て、肢をあぐらに組もうと努力している静子夫人を心地よさそうに見下ろしている。
ようやく、夫人が肢をあぐらに組ませると銀子は、夫人の両足首をぴったりと重ね合わせ、キリキリと縄で縛り始めた。
「ホホホ、奥様、大分、お疲れになったようね。無理もないわ。随分とお習字のお稽古をなさったもの。如何が痛みは直りまして♢♢」
千代は、そんな事を楽しそうにいいながらあぐら縛りにされた夫人の前に身をかがめ、夫人の高貴な感じのする鼻すじを指でつついた。
今まで醜悪無残なああいう芸当を行ったとはどうしても感じられない静子夫人の美しく整った端正な容貌と、ふと気だるそうに物悲しげな視線をぼんやり前に向けている静子夫人の濡れ輝くばかりの抒情的な瞳♢♢そうしたものを千代は、不思議な思いで、じっと見つめている。
少し、度を越したと千代自身、ふと、顔をそむけたくなるような残虐な責めを静子夫人の身に加えた事が幾度となくあったが、この宝石のように美しい静子夫人は、その輝きを失わないばかりか、思いなしか責めれば責める程、夫人の美しさは一層、光を増してくるような感じさえするのである。
艶やかな静子夫人の首すじから肩、紫のしごきで緊め上げられている二つの美しい豊満な乳房、柔らかそうな腹部、あぐらに組まされている、すべて、光沢のあるミルク色に艶々と包まれている幻想的なまでに美しい肉体♢♢。
千代は、またもや、静子夫人の美しい肢体に圧倒され出し、そんな自分が苦々しくもなって来て、思わず、発作的に夫人の頬をぴしゃりと平手打ちしてしまったのである。
静子夫人は、千代にぶたれても、さして、動揺はしなかった。研ぎすましたように冷静な表情に戻り、唇を噛みしめ、眼を閉ざしている。
千代は、静子夫人が浮世の望みは一切捨て、この地獄の中に身も心も溶けこませようとする覚悟が出来て来た事を知っているし、夫人が人間である事をも放棄し、牛馬よりも劣った生物として、運命に身を任せる心境に立ち至った事も知っていた。
そんな静子夫人に対して、なおも虐待してやれという念が起きるのは、やはり、静子夫人の天性の美貌に対する嫉妬なのか♢♢そう思うと、千代は、自分が小さく情けなく思われ出し、逆に敗北感を味わうのだった。
いらいらして来た千代は、たまりかねたように、凍りついたように冷静な美しい横顔を見せている夫人の顎に手をかけ、ぐいと顔を上へこじ上げる。
「泣いても笑っても、あんたは、今夜、捨太郎の女になるのよ。ホホホ、それもね、岩崎親分以下、やくざ達がわんさと見物している前でね」
「♢♢覚悟は出来ていますと、私、千代さんに申し上げましたわ」
静子夫人は、冷たく冴えた綺麗な瞳を千代に向けて口を開いた。
いらいらしている千代を、まるでたしなめるような落着いた冷静な口調の静子夫人である。
フン、と千代は、そっぽを向き、ムカムカする思いで立ち上った。
そんな千代のヒステリックな気持をなだめるように銀子が口元に微笑を浮かべて、千代の肩に手をかける。
「ここでブツブツいったって、仕様がないじゃありませんか。この奥様が捨太郎と実演する時、大いに溜飲を下げる事にしましょうよ。ね、千代夫人」
「そうね。あんたのいう通りだわ」
千代は、軽く瞑目して口を閉ざしている、あぐら縛りにされた美女の方へちらっと白い眼を向け、銀子達と一緒に牢舎から出た。
ガタンと鉄の扉をしめ、鍵をかけた銀子は鉄格子の間から、夫人をのぞいて、
「それじゃ奥様、今夜のショーで、またお逢いしましょうね。フフフ」
そういって、千代の肩に手をかけるようにし、鼻唄をうたいながら地下室を出て行くのだった。
千代や銀子の姿が眼前から消えると、静子夫人は、急に疲れを覚えたのか、冷たい壁に背をもたれさすようにして、吸いこまれるように深い眠りの中へ入って行った。
♢♢どれ位、時間が流れたのか、ふと、夫人が眼を開くと、誰かがじっと鉄格子の聞から、こちらを見ている。はっとして、眼をこらすと、それは悦子であった。
静子夫人は、のぞいているのが、最近、何かにつけて自分を庇うような態度に出てくれる悦子一人だけであるのを知り、ほっとしためか、淋しげな微笑を口に浮かべて、悦子の方へ視線を向けた。
悦子も、微笑する。
「私ね、奥様。さっきからここにいて、奥様の美しい寝顔に見とれていたのよ」
静子夫人は、頬を染め、
「悦子さん。私、どれ位眠りましたかしら」
「そうね。二時間ぐらい♢♢」
そう、と夫人は、気品のある優美な頬をふと曇らせる。
「それじゃ、私、もう行かなきゃならないんでしょ」
静子夫人は、悦子が自分をショーの舞台に連れに来たのを知って、物悲しげな翳の深い瞳を悦子に向けた。
悦子は、悲しげな顔をして、うなずく。
「まだ少しは時間があるけど、間もなく鬼源さん達が奥様を迎えに、ここに来るわ」
そういって、悦子は、手に持っていた化粧箱を持ち上げ、夫人に見せた。
「私、社長と鬼源さんにいわれて、奥様にお化粧するため、ここへ来たのよ」
静子夫人は柔らかな睫を悲しげにしばたいて、うなずいた。そして、微笑ともいえない微笑を頬に浮かべて、すでに観念している事を示した。
「じゃ、悦子さんは、死刑囚に対する宣教師さんみたいな役なのね」
と、軽く冗談が出たのも、夫人の観念を示すものであろう。悦子は、それで安心したように扉の錠を外し、中へ入って来る。
「ね、奥様。私、何だか、奥様がかわいそうで仕方がないようになったわ。だって、考えりゃ、奥様は何の罪もないんですからね」
「悦子さん。もうそんな事はおっしゃらないで。静子は、貴女達の奴隷なんですわ」
静子夫人は、しっとりと翳のある美貌を悲しげに曇らせて、ふと、顔をそむける。
「今、縄を解いてあげるわ。銀子さんがブツブツいうかも知れないけど、かまうもんか」
「いけないわ。そんな事すれば、貴女が皆んなにいじめられるかも知れません。このままでかまいませんわ。さ、お化粧して下さい」
静子夫人は、そういって静かに眼を閉じ合わす。
悦子は、腰に巻いていたネッカチーフを取ると、そっと、あぐらに組まされている夫人の膝に拡げて掛けてやった。
「すみません、悦子さん」
夫人は眼を開き、濡れてうるんだような瞳を悦子に向けた。
悦子は、夫人の横へ身をかがめ、化粧箱を開き始める。静子夫人は、甘く匂うような徹笑を口元に浮かべ、
「うんときれいにしてね、悦子さん」
柔らかいくすぐるような笑い声を、わざと出した。甘えかかるように顔を悦子に頚けた静子夫人の、そうした無理に平静を装う姿は悦子の胸をしめつけたようだ。
「辛いでしょうね、奥様」
「辛い?」
静子夫人は、片頬に微妙な微笑を浮かべながら、
「辛い、とか、苦しいというより、私、もう自分が自分であるのか、ないのか、わからなくなってしまいましたわ。ここまで生きてきたのが不思議なくらい」
静子夫人は、うっとりと眼を閉ざして、悦子の手で、妖しいばかりの美しさに化粧されてゆく。
「ね、奥様。私、奥様にお願いがあるのよ」
悦子は、静子夫人の眼に薄くアイシャドウを引きながらいった。
「何ですの、悦子さん」
「私ね、こんな事をいうと笑われるかも知れないけれど、今、色々な事を勉強したくて仕様がないのよ。奥様の持っている教養の何十分のいえ、何千分の一でも、自分のものにしたいのよ」
悦子は、自分が女子高校まで行き、家庭の貧困が原因で中退し、それからぐれ出して不良仲間に加わったいきさつを夫人に話した。
「何とかして私、外国へ行きたかったのよ。そのため、一時、フランス語を勉強しようとして塾へ通った事もあったわ」
悦子の手で、輝くように美しく化粧された静子夫人は、不思議そうに悦子の顔を見た。
「ね、奥様。お願い、私にフランス語を教えてっ」
悦子は、急に激しい口調で、いどみかかるようにいったのである。
静子夫人は、唖然とし、まじまじと悦子の顔を見た。
「そ、そんな事おっしゃっても、悦子さん、無理だわ。静子は、こうして捕われの身、それに今夜は、いよいよ最後の破滅へ追いこまれる身となったのよ。そんな静子に、一体、何が出来るんです」
そういった静子夫人は、何か胸に悲しいものが急にこみ上って来て、顔を横へ伏せるのだった。
悦子は、急にがっくりと肩の力を落とす。
「そうね。何の希望もなくなった奥様に、こんな事をお願いした私が馬鹿だったわ。ごめんなさいね。かえって、奥様を悲しませたりしてしまって♢♢」
悦子は悄然として、夫人の髪の毛に櫛を入れ始める。
「悦子さん」
一静子夫人は、柔らかく澄んだ瞳をふと悦子に向けた。
「貴女、それ程までに勉強がなさりたいの」
「ええ、私、語学だけじゃなく、歴史や文学そうしたものをうんと勉強したいのよ。もうこういう下らない生活が私、たまらなく嫌になってきたの」
「わ、わかったわ」
静子夫人は、表情を柔らかくほころばせた。
「静子はもう何の希望もなく、現在を転落してゆく運命の女。でも、貴女にはまだ希望というものがあるわ。私が貴女の何かお役に立つ事が出来るなら、何なりと利用して下さいまし」
「ほんと、奥様」
悦子は嬉々として夫人の肩に額をすりつけ始めた。
「じゃ、これから奥様は、私の語学の先生になって下さるわけね」
「先生だなんて、そんな♢♢」
これから毎日、鬼源達の調教が終わったその後、暗い牢舎の中などで、悦子相手にフランス語や英語を教える♢♢そんな自分が、たまらなくみじめに思われ出したが、静子夫人は悦子のひたむきな気持に押されてしまったのだ。また、考えれば、それが地獄の底にあえぎつづける自分の精神的な救いとなるかも知れない。
そう決心した静子夫人は、鬼源達がここへ現われるまでのわずかな時間を利用し悦子のこれからの勉強方針について、悦子と語り合ったのである。
「私、早速、明日、街へ出て、フランス語のリーダーを買ってくるわ」
そういう悦子に対し、静子夫人は、どういう種顔のものを本屋で求めればいいかを悦子に指示した。
そして、夫人は、しきりにフランス語を勉強したがる悦子に対し、初歩の教養として、フランスの文明開発の事を簡単に語り聞かせたりするのだった。
「嫌だわ。こんな羞ずかしい姿を貴女に向けながら、文明開発のお話なんかしちゃって♢♢」
静子夫人は、長い睫をそよがせて羞ずかしそうに微笑した。
♢♢ローマ帝国以来、フランスには、イタリア、スペインの文化、その他、国続きの諸国文明が集まりルーブルが出来、それを基礎として今日のフランス文明が出来たこと。
♢♢悦子の希望に応じて、そういう話を語り始めた夫人は、その瞬間、数々の地獄の苦痛を味わわされている現実をふと忘れた気持になる事が出来たし同時に、夫人の脳裡には、遠山隆義と結婚する前後何回かにわたって留学したり遊学したりしたヨーロッパの風物が浮かび上って来たのである。
パリから、ベルサイユへ行く途中のパリ郊外の美しさ、物さびた冬の自然や風物が何か胸に沁み入るよう走馬灯の如く、夫人の記憶の中をかけめぐり出したのである。
ああ、あの時の自分は何という幸せだったのだろう。
♢♢懐かしい想い出に夫人の眼頭が熱くなり出す。
その時、突然、鬼源のガラガラ声が響いて来た。
「よ、何を二人でしみじみ話し合ってやがるんだ」
はっとして、夫人と悦子が同時に顔を上げると、何時の間にか鬼源と千代が鉄格子の間からこっちをのぞきニヤニヤと笑っている。
「ベルサイユがどうとか、モンパルナスがどうとか、そりゃ一体何の話だね。こっちは、これから奥様と捨太郎がおっぱじめるシックスナインについて打ち合わせに来たんだがね」
鬼源は、そういって笑い、千代と一緒に牢舎の中へ入って来た。
悦子の手で眼もさめるように美しく化粧された静子夫人を見た千代は、
「まあ、きれい。今夜のお客様の大喝采を受ける事と思うわ」
千代と鬼源はあぐら縛りにされた静子夫人の両側にニタニタ笑いながら腰をかがめる。夫人の羞恥を、少しでも柔らげるために、悦子が拡げかけておいた夫人の膝の上のネッカチーフを、千代はひったくるようにさっと取り上げ、少し離れた所につっ立っている悦子に険しい眼を向けるのだった。
「私の許可なしに、この女に情けをかけるような事はしないで頂戴」
悦子は、千代に睨まれるとおどおどして、
「情けをかけてもらづたのは、私の方なのよ」
悦子は、眼をキョロキョロ動かせながら、静子夫人にフランス語などを今後、調教の合間を見て教わる事になった、といったので、鬼源と千代は、顔を見合わせ、声を立てて笑い出した。
鬼源は、ゲラゲラ笑いながら、白蝋のように白い優雅な横顔を見せ、固く口をつぐんで眼を閉じ合わせている静子夫人を見つめる。
「よ、奥さん。悦子にフランス語を教えるのも結構だが、御自分の勉強の方をおろそかにしてもらっちゃ困るぜ」
鬼源は片手に抱えていた風呂敷包みの中から、ゴムで作られた太い棒状のものを取り出した。
「さっき、社長達の意見が出てよ。今夜のおめえと捨太郎のショーは、まず最初、六九番をさせろ、という事になったんだ。ええ、知ってるだろう。六九番ってのは?」
鬼源は、掌と掌を反対に曲げて、ぴったりと合わし、夫人の眼に見せる。
「こういう遊びは、ヨーロッパの方が本場というじゃねえか。となりゃ、フランスで長い間、暮した奥さんにゃ打ってつけの実演という事になる」
静子夫人は、唇を噛みしめ、必死に自分と戦っている。
千代が横から口を出した。
「ホホホ、ですからね、奥様。お客様の前で実演を始めるまで、まだ三、四十分、時間がありますので、それまでの間、一寸、その優雅な奥様のお口の練習をさせておきたい。そう鬼源さんはおっしゃってますのよ」
「これは捨太郎の型に合わせて俺が以前、作っておいたものなんだがね。どうでい、一寸立派なもんだと思わねえか。おめえのような令夫人のおしとやかな口に釣合うかどうか一寸心配なんだよ」
鬼源は、ニヤリとして静子夫人の高貴な線を持つ鼻先へ押しつける。
押し黙ったまま、冷静さを装っていた静子夫人であったが、首すじから耳のあたりまでが熱く朱に染まり出した。
「さ、少し、コーチしてやろう。舞台で手こずっちゃかわいそうだからな」
夫人の右側にしゃがんでいた鬼源は、ぴったりと夫人の傍らに身体を寄せつけ、左手で夫人のミルク色の肩を抱き、右手に握りしめた自慢の作品を夫人の目の前へ持ってゆく。
「おい、どうしたい。そんなに照れる事はねえだろう。美津子だって、文夫と上手にやれるようになってるんだぜ。さ、アーンと大きく口を開けてみな」
「ね、奥様、しっかりお稽古なさってよ。そんなにもう時間はないのよ。会場の方は、もうお客で一杯。奥様の御出場を皆んな首を長くして待っているんですからね」
千代はクスクス笑いながら、夫人の右側にぴったりと身体を押しつけるようにして、坐りこみ、紫のしごぎで緊め上げられている夫人の豊満な乳房をつついたり、乳房を指ではじいたりするのである。
フランス式
しばらくは深く首を垂れ、シクシクとすすり泣きながら、鬼源と千代を手こずらせていた静子夫人であったが、遂に、心のふんぎりをつけたよう夫人は、すっくと顔を上げた。
「よ、俺は、おめえが上手に舞台を務められるようこうして骨折っているんだぜ。それにこいつはおめえの亭主も一番喜ぶんだ」
と、鬼源は、夫人の決心を見てとって、追討ちをかけるようにいう。
「夫婦じゃありませんか。何も羞ずかしい事じゃありませんわ、奥様。旦那様に対し、心からの愛情を示して頂きたく思うわ」
などと、千代も、静子夫人の臈たけたといった感じのする美しい象牙色の横顔を見つめながらいった。絶世の美女だといわれ一世を風靡した静子夫人が満座の中で醜悪な白痴男と組む。
それを想像すると千代は、たまらないおかしさと倒錯した快感がこみ上ってきて、夫人の冷たく冴えた美しい横顔に向かって、うんと吠面をかくがいいのさ、と心の中で吐き捨てるようにいう。
静子夫人は、柔らかい睫で煙るうるんだ黒眼をそっと鬼源に向ける。
「わかりました。お稽古致しますわ」
消え入るように細い声を夫人が出すと、千代はホクホクした思いで、うなずき、壁にもたれて、ふくれ面している悦子の方へ頗を向けた。
「悦子さん。そんな所につっ立っていないで貴女も手伝ってよ。もう少し、奥様に濃い口紅をつけてあげて♢♢。何しろ、今夜は奥様のこの唇が主役みたいなものですからね」
悦子が口をとがらせているのを見た鬼源は、
「よ、悦子、何をそんなにふてくされていやがるんだ。おめえ、これからはこの奥さんにフランス語を教えて頂けるんだろう。なら、先生がショーに出演なさる時ぐらい、色々お手伝いしたら、どうなんだ」
と大声をはり上げる。
悦子は、不服そうな顔つきでやって来ると化粧箱からルージュを取り出し、夫人の前に腰をかがめた。
「奥様、悪く思わないでね」
悦子は、そういって苦しそうな顔をする。
静子夫人は、悲しみの翳を含んだ眼を開き悦子に軽く微笑して見せた。
「いいのよ、悦子さん。これが私の運命なのですもの♢♢」
そして、夫人は軽く眼を閉ざし、唇をそっと悦子の方へ押し出すようにした。
悦子は、夫人の顎にそっと手をかけピンクの口紅を、柔らかい夫人の形よい唇へ丹念に引き始める。
仕事をすませて、悦子が身を引くと、鬼源は、早速、調教にとりかかった。
夫人の柔らかい紅唇にゴムを押しつけた鬼源は、
「いいか、最初は、何度も接吻しまくるんだ」
鬼源の微に入り、細にわたるコーチが始まる。それを忠美に、そして、必死になってくり返す静子夫人。口元を手で覆い、クスクス笑いつづける千代。
「いいな。この実演は、捨太郎の奴がそうならねえ限り、一時間でも二時間でも続けなきゃならないんだぜ。だから、出来るだけ早く、捨太郎の奴を追い込まなきゃいけねえ」
そんな事を鬼源はいったが、静子夫人は、もう自分という人間を捨て切ったよう狼狽の色もとり乱しも示さず、鬼源に教示された事を実行している。、
鬼源は、嵩にかかったような調子で、静子夫人に次から次へと命令した。
「へへへ、中々うまいじゃないか。だが、黙りこくってちゃあ、芸がなさ過ぎるぜ。こんな調子で、甘くささやいてみな」
観念したとはいえ、あくことのないいたぶりに夫人の閉じあわせた眼尻から一筋三筋、熱い涙が頬を伝わって流れ落ちる。
「黙っていちゃ駄目。さ、今、鬼源さんが教えて下すったょうな事を旦那に甘くいって下さいましな、奥様」
と、千代も鬼源に調子を合わせて、夫人に浴びせかけた。
静子夫人は、思いきったかのよう眼を閉ざしながら上の空のようなハスキーな声を出すのである。
「ああ、静子、こんなに、こんなに、どうしようもない位、貴方を愛してしまったわ」
そして、静子夫人は、鬼源に命じられるまま柔らかい花びらのような紅唇を震わせて、強いられたことをくり返さねばならなかった。
「そうそう。中々うめえぞ」
鬼源も異状なばかりの熱の入れようでギラギラ眼が光り出す。
鬼源の熱の入ったコーチを受ける静子夫人は、何分かの後には、傍目からは全く没我の境地へ落ち込んでしまったようにも見えた。
「ホホホ、お上手になられたわ、奥様。こういうの、昔、ヨーロッパでお勉強なさって来たんじゃない。フランス式というのじゃなくて。え、奥様」
千代は、痛快でならないようである。
そこへ、コツコツと地下の石段を降りる音がして、川田が入って来た。
鉄格子の中をのぞいた川田は、
「支度はすっかり出来て、客人達がお待ち兼ねだぜ。そろそろスターに登場して頂きたいんですがね」
千代が川田の方を見て、いたずらっぽく笑う。
「今、静子奥様、フランス式のお稽古の最中なのよ。調教する方もされる方も今、脂が乗っているところなの。もう少し、待ってね」
「フランス式?」
川田は、不思議そうな顔つきになって、鬼源と静子夫人の方をも一度見たが、ははあ、成程、と口元を歪めた。
静子夫人もそうだが、夫人をコーチしている鬼源も夢中になっているため、川田が静子夫人を迎えに来た事にまだ気づかない。
ああしろとか、こうするんだとか、夫人に口やかましく指示をくり返しているのだが、その度に夫人は、優雅で柔らかい唇を発音練習でもしているように無我夢中で反応を示しているのだ。
べっとりと美しい額に脂汗をにじませ、そのややうすら冷たい端正な容貌をさも悲しげに歪めて、口をモグモグ動かせている静子夫人を隅の方でチラチラ横眼で見つめていた悦子は、たまらなくなったように鬼源の背後へツカツカと歩み寄っていった。
「鬼源さん、もういい加減にしたらどう。川田さんが奥様を迎えに来てるじゃないの」
鬼源のあまりに執拗な調教ぶりに、たまらない嫌悪感を抱いた悦子は、吐き出すように鬼源にいった。
ええ? と振返った鬼源は、川田が何時の間にか牢舎の中へ入って来て、ニヤニヤして見物しているのに気づき、
「もう、そんな時間になったのかい」と、照れ臭そうに笑い、ようやく、夫人に止めてもいいぜ、と合図をする。
静子夫人は、ハアーと深く熱い息を吐いて汗にまみれた美しい顔を横に伏せた。
鬼源の手にあるゴムは、夫人の唾液で光り湯気まで立っているように」見えた。
鬼源は、悦子に、
「奥さんの汗を拭いてやんな」
といい、川田の方を見て、
「時間のたつのは早いものだね。これから少し俺ので調教してやろうと思ったんだが♢♢」
「ハハハ、調教師の役得というやつだな。そんな事なら、俺のものを用立てて下すっても結構だぜ」
鬼源と川田は、顔を見合わせ笑い合った。
それから、鬼源は、いよいよこれから大勢の客の前へ引き出され、捨太郎とコンビを組んで醜悪無残な芸を披露する事になった静子夫人に対し、なおも幾つかのその芸に対する細かい指示を与えてから、夫人の両手を縛ったしごき、両足を縛った細縄を解いてやる。
「さ、立ちな。お客人がお待ち兼ねだ」
鬼源は夫人の肩に手をかけて引き起こそうとしたが、長時間あぐら縛りにされていた夫人はまともに立つ事が出来ない。やっとの思いで立ち上ったものの、フラフラと足元が乱れて夫人は、その場へ両手をついてしまった。
「仕様がねえな。おい、しっかりしろよ」.
石盤に手をついている夫人を引き起こそうとする鬼源と川田の間へ悦子が割って入る。
「少し、休ませてあげてよ。長い間、あぐら縛りにされていたんだもの。手も足も痺れ切っているわ。これじゃ満足なことは出来ないわよ」
「それもそうだな。よし、十分間、休憩させてやるぜ」
と、鬼源がうなずく。
「♢♢悦子さん、す、す、すみません」
静子夫人は、自由になった両手で乳房を隠し、その場へ小さく立膝するように、かがみこみながら、翳の深い瞳に感謝の色をにじませ、悦子をそっと見上げた。
「どこか痛い所があるんじゃない?」
「♢♢いいえ、少し休ませて頂ければ直りますわ。有難う、悦子さん」
人の心まで濡らさせるような夫人の潤んだ美しい瞳を見た悦子は、胸が急に熱くなり出して、夫人の背後へ坐ると、そのミルク色のスベスベした背中をさすり始めた。
「♢♢ああ、悦子さん。いけないわ。奴隷の私に、そんな事までなさっては」
「いいのよ。まあ、ここ痛くない。紐のあとがくっきりついているわ」
静子夫人をあれこれ介抱し始めた悦子を川田が小首をかしげて見つめているので、千代が口を寄せて小声でいった。
「悦子がね、これから静子夫人を先生としてフランス語の勉強を始めるんですって、だから、ああしてゴマをすっているのよ」
「成程、そういうわけか。それに、静子夫人を先生にするとは、いい思いっきだぜ。何しろ、奥さんの語学は本場で鍛えた本物なんだからな。いい先生を見つけたものだ」
そういった川田は、ふと、腕時計に眼をやって、
「いけねえ。大分、時間をオーバーしたじゃねえか」
と、あわて出す。
「よし、それだけ休めば充分だ。さ立ちな」
鬼源が紫のしごきを取り上げて、夫人の肩を突く。
静子夫人は、それでも、背をざすり、縄目の後を水で冷してくれる悦子に、
「♢♢すみません、悦子さん。貴女の御親切は忘れないわ」
と、声をかけ」そっと立ち上った。
そして、鬼源の方に潤んだ瞳を何けて、
「♢♢両手は、やはり、お縛りになるのですか」
「当り前さ。さ、時間がないんだ。早く両手を後ろへ回さないか」
両手の自由が許されれば、この道のスターとして、かなりの肉体変化を持った静子夫人であるのに、やはり本能的に片手で両乳房、片手で前を覆うという初々しい羞恥だけは、その心から消えないようである。それは鬼源や川田にとっては嬉しくもあり、時には腹立たしい事もある。
「早くしろ。社長がいらいらしてるかも知れねえぜ」
川田もどなり、両腕をやっと後ろへ回し、手首を背中で交錯させた夫人を、鬼源と一緒にキリキリしごきで縛り始めた。
「さ、悦子。先生を引っ立てな」
川田がニヤリとして、しごきの縄尻を悦子の手に握らせた。
静子夫人は、涙も未練もきつばり断ち切ったように優雅な美しい顔をすっくと上に上げて、歩き出したのである。
牢舎を出、冷たい石の階段を品位を帯びた夫人の素足が踏んで行く。
夫人は、断頭台を登る死刑囚のように悟りきった心境にあるようで、途中でためらったり、悲しんだりして歩調を止めるような事もなかった。夫人を引き立てて行く悦子の方がむしろ、とまどったり、ためらったりする感がある。
今夜のショーは、三つに分ける事になったと、夫人を、硬化した表情でおずおずと引き立てている悦子が、廊下から庭の方へ静かに足を運ばせてゆく夫人にいった。
「賭場のお客だけじゃなく、社長の懇意にしているバイヤーや高利貸達がつめかけて来たので、離れだけじゃ収容出来なくなったのです。だから奥様、三階の大広間へ♢♢」
悦子は、恐縮しきったように、チラチラ上眼づかいに夫人の横顔を見ながらいい、しごきの縄尻をひいて夫人の足を止めた。
庭の竹藪の中にある密室は、これから、桂子、それから、文夫と美津子のショーが行われる事になっているという。
静子夫人は、そっと端正な顔を上げ、悲しそうな色のさす潤んだ瞳を庭の密室の方へ漂わせた。あそこでは間もなく、桂子達のショーがぎっしりとつめかけた男達の前で展開しようとしている。それを思うと、夫人は自分の置かれた立場も忘れて、優雅な白い頬をひきつらせ、小さくすすり泣くのである。
「おい、何処へ行くんだ。奥さんの舞台は三階の大広間だぜ」
と、少し離れたところから、何か賑やかに談笑し合って、夫人と悦子の後について来た川田達が声をかける。
「さ、急いで、急いで♢♢」
夫人を取り巻くようにした川田、鬼源、千代の三人は、柔軟な乳白色の夫人の肩や背に手をかけて、更に廊下を歩ませ、階段を登らせる。
夢も望みも投げ捨て、この地獄の底で狂い果てようという決心と観念を、その美しい凍りついたような横顔の中に透き通らせて、悪魔の待ち受けている広間へ一歩一歩、足を運ぶ静子夫人。
川田は、そんな荘厳な感じさえする静子夫人の、研ぎすまされた冷たい表情と、静かに歩き続ける艶めかしく優美な雪白の下肢に、ニヤけた眼を注いでいたが、
「全く元通り、きれいになったじゃねえか。え、奥さん、嬉しいだろう」
といい、その凍りついたような冷淡な夫人の表情を何とかくずそうとして、夫人の頬を指で突いたが、夫人は、思いつめたように潤んだ瞳をじっと前方に向けたまま、何の動揺も示さなかった。
千代が、夫人のたくましいばかりに盛り上った豊かな双臀を急にピシャリと平手打ちした。夫人の悟り切ったようなすまし顔が気に入らないというのである。
「何よ、そのすました顔。これからあの薄馬鹿と、犬か猫よりも劣る浅ましい事をさせられるというのに♢♢」
千代は、夫人が周章狼狽すればするで腹が立ち、観念しきればしきったで、腹が立つものらしい。
悦子が、千代をさえぎっていった。
「ね、千代奥様。静子夫人は、もう自分は人間じゃなく、貴女の奴隷として生き抜く事を決心されているのよ。犬か猫以下の実演をする心境になった静子夫人をぶったりするなんて、まるで気狂いだわ」
「な、何だって」
千代が眼をつり上げると、今まで、押し黙っていた静子夫人が、
「待って、千代さん。静子が悪いのです。悦子さんには何もおっしゃらないで」
と、線の綺麗な顔を悲しげに曇らせて、千代の方へ気弱な眼差しを向けるのだった。
まあ、まあ、と鬼源が仲裁を買って出たように三人の中へ割って入る。
「ここで、ガミガミいい合っている時間はねえ。話はショーが終わってからだ」
鬼源は、悦子の手から、しごきの縄尻をひったくるように取って、夫人を押し立て始めた。
三階の廊下の突き当たりは、静子夫人と捨太郎のショーを始める大広間になっていて、襖越しに、広間の中にたむろしている客の笑声や怒号が賑やかに聞こえて来る。
「よ、何時まで待たす気なんだ」
「酒が足らねえぞ、酒が♢♢」
襖越しに人いきれが、むっと鼻にくるようだ。
夫人を引き立てて来た鬼源達は、そっと、襖の隙間から中をのぞいた。
「随分待たせたもんだから、大分、客が荒れてるぜ」
川田は襖から眼を離すと苦り切った顔つきになる。これから何十人もの客の前へ引き出されるのだと思うと、観念し切ったとはいえやはり、全身が硬化し、膝のあたりが、がくがく慄え出す静子夫人。
急に襖が中から開いて、田代がそわそわと出て来た。
「ああ、間に合って良かった。間もなく、ここへ岩崎親分もお越しになるんだ。今、カーテンを仕切って広間の隅に四坪ばかりの楽屋を作ったからな。一まず、そこへ静子夫人を運び入れろ。捨太郎も待機しているからね」
「へい」
と、鬼源と川田が夫人の身体に手をかけて広間の中へ運び入れようとすると、田代は、
「一寸、待て」
とそれを制し、
「酒を飲んで、やくざ連中が大分、荒れているようなんだ。こういう美人の、しかも、こんな身体をまともに見せられちゃ何をするかわからん。まるで、さかりのついた野良犬みたいな奴がいるからな」
こいつを夫人に頭からすっぽりかぶせて楽屋まで連れて行け、と田代は小脇に抱えていた白いカーテンを鬼源に渡した。
田代にいわれた通り、夫人をカーテンで包むと、鬼源、川田、千代、悦子は、田代に案内された恰好で広間の中へ足を踏み入れた。
二十畳ぐらいの中に十数人のやくざがひしめき合っていたが、何人かの男と女が、白いカーテンを頭からすっぽりかぶせた女らしいものを取り巻いて来たので、わっと歓声を上げた。
カーテンを頭からかぶせたのが女とわかったのは、妖しい悩ましさを持った雪のように白い足首から膝頭のあたりまでがカーテンの下からのぞいていたからで、女はひょっとしたら素っ裸。そう思い立つと、何人かの酒ぐせの良くないやくざらしいのが、妙にすわった眼つきになって、部屋の隅に作った楽屋へ急ごうとする田代達の前へ、フラフラと立ち塞がったのである。
第五十三章 華々しき展開
ショーの開幕
静子夫人が三階の広間へ鬼源達に連れこまれて行った頃、庭の竹藪の奥にある例の密室では、すでに桂子のショーが始まっていた。
つまり、土蔵を改造したその密室がショーの第一会場、三階の広間が第二会場というわけで、田代はその夜の客を二組に分けたのである。
第一会場である竹藪の密室につめかけている客は、田代が以前から懇意にしている悪徳不動産屋、金融業者、その他浮世の裏街道を渡り歩く一癖ある連中ばかりであった。しかし、彼等は、やはり、やくざ連中とは気が合わないようで、田代はそこを考え、三階の広間と庭の密室とに客を分けたものらしい。
密室の中につめかけている連中は、やくざ達のように、出演者に向かって、どなったり弥次ったりするような柄の悪さはなかったが一様に淫靡な薄笑いを口元に浮かべ、仲間同志、何か声をひそめて語り合いながら舞台の上へ好色そうな眼を向けている。
狭い粗末な舞台の上では、バックに紙に書かれた松の木などが幾つか張りつけられて、前髪の若衆姿に扮した桂子が、六尺棒を持って打ちかかる雲助二人を相手に刀を抜き、型通りの立廻りを演じているのだ。
美しい若衆を襲撃している二人の雲助は吉沢と井上が扮装している。昔、ドサ贈り芝居の一座に加わっていた事もあると、かねがねそんな事を自慢している井上と吉沢は、滑稽なくらいに一生懸命、見得を切ったりして熱演しているのだ。舞台の袖から、それを眺めている銀子と朱美は、時々全身を動かして、キャッキャッと笑っている。雲助に扮した、井上と吉沢の動きが面白いのだろう。
紙で出来ている山賊みたいな鬘をかぶり、よれよれの
単衣物を尻からげにし、赤褌までして、雲助に似させているつもりになっている。
道中袋を肩にし、黒紋付、道中袴の桂子扮する前髪の若衆が、舞台の上手や下手に逃げようとすると、雲助の井上と吉沢は、おっとそうはさせねえ、と大手を拡げて立ちはだかり、
「ここは地獄の一丁目、身ぐるみ脱いで行きやがれ」
と、これも型通りの大兄得を切って、奇妙な声を出すのである。
この珍妙な芝居は、川田が面白半分脚本を書き、その筋書き通り、井上、吉沢、そして桂子が演じているわけで、三人はかなり練習をつんだものと思われる。芝居は、一応、三幕ものになっていて、桂子の役は、桂之助(実は武家娘お桂)という事になっており、井上が熊公、吉沢が虎公、と川田の作ったガリバン刷りの台本にちゃんと書かれてある。
川田の書いたその脚本に、いささか手を加えて読み易くし、以下、少し、紹介してみよう。
桂之助、自刃を振るって、雲助二人の中間を突破しようとするが、敵は意外に手強く、桂之助、哀願し始める。
桂之助「拙者、兄の仇を討たねばならぬ身。所持する金子は、すべてその方達に渡す。それ故、この場は何卒♢♢」
熊公「見逃してくれというのかい。しゃらくせえやい。最初からそう下手に出りゃいいものを刀を抜いて暴れ廻りやがった。こうなりゃ金は無論の事、身ぐるみそっくり剥いでやるから覚悟しやがれ」
桂之助「おのれ、これ程までに、頼んでも♢♢」
虎公「当たりめえよ。手前の仇討ちなんざ、こっちの知った事かい」
桂之助「おのれ、下郎!」
桂之助、再び、刀を振り廻し、雲助二人と渡り合う。
熊公、桂之助の背後へ廻り、足のあたりを棒でなぎ払う。
あっと叫んで、転倒する桂之助、その上へのしかかる熊公と虎公。桂之助の手から刀を、もぎ取る。
桂之助「は、離せ、離さぬか」
熊公「じたばたするんじゃねえや。おい、虎公。この野郎を早くふん縛れ」
虎公「合点だ」
熊公と虎公、刀の下げ緒で桂之助をキリキリ、後手に縛り上げる。
桂之助、狂ったように身悶えするが雲助二人は縛り上げた桂之助の肩を押さえて立ち上らせる。
熊公「さ、行くんだ」
桂之助(激しく身を揉んで)「おのれ、拙者を、ど、どこへ♢♢」
虎公「俺達の隠れ家へ行くんだ。そこで、身ぐるみ剥いでやるからな。さ、歩かねえか」
雲助二人、桂之助の刀を鞘へ納めて肩に担ぎ、桂之助を引き立ててゆく。
ここで一幕が終わり、赤白だんだらの幕が引かれる。
幕が降りると、袖から銀子や、朱美、竹田や堀川が舞台へ飛び出して来て、素早く次の舞台装置にかかるのだ。
舞台は、山小屋の中という設定になっていて、舞台中央に大きな大黒柱を立てた竹田と堀川が、釘と金槌を使って、コンコンと打ちつけ始めた。銀子と朱美は、薪や荒むしろなどを周囲に配置し始め、陰気な山小屋の中の感じを出そうとしている。
そんな所へ川田がかけつけて来て銀子達と一緒に舞台装置を手伝い始めるのだった。
このショーの責任者という形になって、あれこれ指揮をとっていた森田が、そんな川田を見つけて、
「よ、第二会場の方の様子はどうなんだ」
「それがね、親分。向こうの連中は全く手におえませんよ。酒を飲んで荒れ出しやがってね、静子夫人を楽屋まで運ぶのに、社長以下ボディガードを務めるような有様なんです」
ようやく、静子夫人を楽屋に入れる事が出来たが、岩崎親分に大事な客人があり、もう三十分ばかり、開幕が遅れる事になったと川田はいい、
「ここでやっている芝居は、俺が台本を作ったんですよ。何となく気になりましてね」
その三十分の時間を利用して、一寸、のぞきにきたんです、と川田は笑った。
舞台の一幕が終わり、三人の役者が再び登場して、二幕目の芝居の準備にかかり始めると、川田は演出者気取りで、台本を手に持ち彼等に細かい指示を与えるのだった。
「いいな。じゃ、幕を開けな」
川田は、舞台の袖に戻ると、幕の係になっている森田組のチンピラ達に声をかける。
二幕目の幕が開いた。川田の作った台本によると、大体、次のようになっている。
山小屋の戸が開き、雲助二人、後手に縛った桂之助をこづき廻すようにして、入って来ると、土間の上へ桂之助を突き飛ばす。
もんどり打って、転倒した桂之助の胸倉を取って、ぐいと引き起こした熊公。
熊公「さあ、若僧。ここで身ぐるみ脱がしてやる」
虎公「下穿きまで外して丸裸にしてやるから、その恰好で仇討ちに出かけるがいいぜ」
雲助二人、桂之助の衣顔を剥ごうとして左右からつかみかかる。
必死になって身を揺さぶり、抵抗する桂之助。桂之助の胸に手を当てた虎公。
虎公「あっ、兄貴、こいつは女だぜ」
熊公「どうも男にしちゃ顔が綺麗過ぎるし、身体つきが柔らけえと思ったよ。こいつは女に違えねぇ」
熊公(桂之助の襟首をつかみ)「おい、手前は女か♢♢」
桂之助(激しく首を振って)「ち、違います」
虎公「なら、どうして、ここが大きくふくれているんだよ」
桂之助(悲鳴を上げて俯伏せる)
熊公と虎公、互いに顔を見合わせて北叟笑む。
熊公「女か、女じゃねえか、素っ裸にすりゃわかる事
だ」
桂之助「待、待って下さいまし」
虎公「どうしたい」
桂之助「私♢♢は、お、女でございます。故あってこのように男に姿を変え兄の仇を探しておりまする。お慈悲でございます。お見逃し下さいませ」(すすり泣く)
熊公「おめえ、名は何ていうんだ」
桂之助「お桂と申します。元、会津藩、鉄砲組、藤田作右衛門の娘♢♢」
熊公「おっと、そこまで聞かなくったっていい。聞きゃ成程、気の毒な話だ。おい、虎公。このお嬢さんの縛めを解いてやんな」
虎公「ええ?兄貴。せっかくいいカモが、飛び込んで来たというのによ」
お桂は、生気を取り戻した表情で、
お桂「所持致します路銀はすべて差し上げます。何卒、お助け下さいまし」
虎公、ふくれ面で、お桂の縄をとく。お桂、背中にかけていた道中袋を外し、中から袱紗にくるんだ小判を出し熊公に差し出す。
熊公、小判を数え出し、
熊公「へえ、十両か、こいつは豪気だな」
お桂「そ、それでは、私はこれで」
お桂、土間に落ちていた刀の大小を抱え雲助二人に一礼するようにして足早に外へ出て行こうとする。
熊公「待ちな」
お桂(ハッとして立ち止る)
熊公「縄は解いてやるといったが、助けてやるとはいっちゃいねえぜ」
お桂(顔色を変える)
虎公、茫然と立すくむお桂に近づいて、お桂の抱えている大小をひったくるように取り上げる。
熊公、薪の上に束ねてあった麻縄を取り上げて、笑ってお桂に近づく。
熊公「一旦、縄を解いてやったのは、着ているものを
がせるためなんだぜ」
虎公「おめえのような別格をむざむざ逃しちゃ雲助の名折れだ。さ、観念しな」
熊公「武家娘ってのは、まだ一度も味わった事がねえ。味は甘いか、しょっぱいか、今夜はしみじみと♢♢」
お桂(慄えながら)「に、人非人っ。誰が、誰がお前達などに♢♢」
熊公と虎公、同時にお桂に躍りかかる。
狂気したように暴れるお桂。
『暗転』
舞台の中央の大黒柱に(客席の方を向き)お桂、麻縄でがんじがらめに立位で縛りつけられている。すでに衣顔ははぎとられ、乳房に巻いていた晒もはがされてお桂の身にあるものは、脛を覆う脚絆、草鞋、足袋、そして、腰には、鴇色の褌をしめている。
熊公「へえ、まわしをしめているとは驚いたねえ」
虎公「ハハハ、湯文字をつけちゃ男に化けられねえもんな。だが、鴇色の褌ってのも色気があって中々いいじゃねえか、え、兄貴」
虎公と熊公、お桂の足元にかがんで、お桂の脛から脚絆を解き、草鞋を脱がせ、足袋のこはぜを外し始める。
鴇色の褌一つになったお桂を熊公と虎公は面白そうに眺めて、散乱している衣顔をかき集める。
虎公「すまねえな。俺達は身ぐるみ剥ぐのが商売なんだ。おめえの刀やこの着物一切は、有難く頂戴するぜ」
熊公「大小二本に黒紋付、道中袴、下着も合わせて、古着屋に売りゃあまず五両はかたいぜ、虎公。となりゃ、今日の日当は合計十五両」
虎公「それだけじゃねえぜ。このお嬢ちゃんを俺達二人が男好きに仕込み上げて、宿場の女郎屋に売ってみねえ。これだけの器量だ。安くみたって五十両にはなる」
熊公「皮も中身も、銭になるってわけか。こたえられねえな」
二人の雲助、笑いながら、大黒柱に縛りつけられているお桂を見る。
お桂、屈辱に全身を慄わせて泣きじゃくっている。
熊公「どうだい、お嬢さん。仇を討とうにも、そういう恰好にされちまっちゃどうしようもないじゃないか。もう仇討ちなんて馬鹿な事は考えず、俺達二人の女房になって、ここで安楽に暮す気になっちゃどうだ」
熊公と虎企、せせら笑って、お桂の縄を巻きつかせている乳房に手をかける。
お桂、それをはじき返すように激しく身を悶えさせて、
お桂「な、何をする。人非人、外道!」
熊公「何だと」
お桂「私も武士の娘、淫らな真似をすれば舌を噛みます」
虎公「ああ、噛むなら噛みな。さぞ、おめえの仇は喜ぶだろうぜ。これからは枕を高くして寝られるんだからな」
お桂(口惜しげに口をつぐむ)
熊公「ま、よく考えておきな。俺達二人に身を任す気になったら、その縄は解いてやる」
熊公と虎公、お桂からはぎ取った衣顔や刀を抱え、小屋の戸を開け、出て行く。その後、お桂、ハラハラと落涙し、天を仰ぐように、
お桂「仇は、この土地の近くに潜伏するというのに、ああ、何という不覚を♢♢」
お桂、すすり泣きながら、何とか柱につながれた縄目を切ろうとして、全身を左右へ揺さぶり始める。びくとも動かぬ縄目に、ああ、と絶望の呻きをあげ、がっくりと首を落とす。
お桂(眼を閉じ祈るように)「♢♢兄上、お桂は、どのような辱しめに合うとも、決して自害は致しません。兄上の仇、源八郎を討つまでは決して♢♢」
お桂は、急に顔をあげ、きっとした表情になる。
お桂「そうです、兄上。私は一旦、あの下郎どもを、いう事を聞くと欺き、この縄目を解かし、隙を見て♢♢」お桂、そこまで口走り、ふと口をつぐむ。戸が開いて、熊公と虎公が徳利をぶらさげて入って来たのだ。
熊公「どうでえ、前髪の別嬪さん。いや、褌をしめたお嬢さん。へへへ、決心がついたかね」
熊公と虎公は、大黒柱の根元にあぐらを組み、徳利の酒を茶碗にくみ合う。
お桂(眼を閉ざしたまま)「言う事を聞きます。ですから、早くこの縄を♢♢」
熊公「ええ?馬鹿に聞きわけがよくなったじゃねえか」
虎公「油断がならねえぜ、兄貴。縄を解きゃ、またまたさっきみてえに大暴れする気だ」
熊公「そうはいかねえだろう。刀も着物も取り上げられたその姿じゃな」
お桂(口惜しげに唇を噛む)
熊公「そうだ。念のために褌もこっちへ頂いておこうぜ。いくら気性の強い武家娘でも、丸出しじゃそう派手に、暴れられねえだろうからな」
お桂(青ざめる)
雲助二人、立ち上り、お桂の褌の結び目に手をかける。お桂、逆上したように身を悶えさせ、
お桂「そ、そればかりは♢♢ああ、待、待って」
熊公「俺達に抱かれる決心がついたんだろう。なら、何も羞ずかしがる事はねえじゃねえか」
虎公「第一美しいお嬢さんが何時までもそんなものを
つけてるのはおかしいぜ。褌ってのは、男のするもん
だ」
雲助二人、結び目を解き、くるくる廻しながら外し取ってゆく。
お桂(身をくねらせながら)「嫌っ嫌っ、ああ、解かないで♢♢」
虎公「へへへ、もう遅いや」
虎公、外し取った鴇色の長い布を丸めて横へ捨て羞恥に柔らかい太腿をすり寄せ、モジモジして、すすりあげるお桂を酒の肴にして、熊公と一緒に手を叩き猥歌を唄い始める。
熊公「へへへ、さっぱりしたろう。お嬢さん。段々と女らしくなって来たじゃねえか」
虎公「畜生、いい♢♢してやがる」
熊公、酒の入った茶碗を持って、お桂の足元にしゃがみこみ、しげしげと見つめて、
熊公「フン、武家娘だと威張ってやがっても、持物は町人娘とそう変らねえじゃねえか。ざまみろ」
熊公、手にしていた茶碗酒をそれにパッとひっかける。お桂、悲鳴を上げて腰をくねらせる。
虎公「へっへへ、おや、早くもしっぽりと♢♢」
熊公「おい、虎公、俺達がこうして久しぶりにうまい酒が飲めたのも、このお嬢様がこうして身ぐるみ一切脱いで俺達にたっぷり稼がせて下さったからだぜ。自分達だけ飲み食いしちゃお嬢様に悪いや。一つ、お嬢様にも御馳走してあげようじゃねえか」
虎公(ニヤリとして)「よし、わかった。今すぐ持って来るからな」
虎公、フラフラと腰を上げ、舞台の上手へ行く。
お桂、羞恥と屈辱に全身を悶えさせ、呻くように、
お桂「後、後生です。早くこの縄を♢♢」
熊公「あわてるねえ。おいしいものをたっぷり御馳走してから解いてやる」
虎公、紫の袱紗にくるんだものを持って戻って来る。熊公、それを受け取って、
熊公「こいつはな、昔、俺達が江戸で盗人をやった頃、品川の宿に奥女中の一行が泊った事があったんだ。金目になるものがあると忍び込んだまではよかったが♢♢」
虎公「騒ぎ立てられて、盗んで来たのはこれ一つ、へへへ。だが中々の値打もんだぜ、水牛の角で出来てるんだ」
熊公、それをお桂の鼻先へ持って行く。さっと顔を赤らめて、横へ顔を伏せるお桂。
熊公(ニヤリとして)「真っ赤になる所を見ると、こういうものは御存知のようだな、そいつは好都合だ」
熊公が身を沈ませると、お桂、狂気したように肢をばたつかせ、必死にそれをさける。
お桂(眼をつり上げて)「無、無礼者!」
虎公(キョトンとした顔で、熊公を見る)「兄貴、無礼者だとよ」
熊公(笑って)「何が無礼者だ。何もかも丸出しにしやがって、こっちは、褌まで頂戴したお礼をしてやろうといってるんだぜ」
熊公と虎公、別の麻縄を使って、狂乱したようにばたつかせるお桂の肢を柱に縛りつける。
お桂「あっ、ああ♢♢何を、何をするっ、外道、人非人!」
熊公「さ、もうどうしようもねえぜ。俺達二人の女房になる決心がつくまで、これからたっぷりといじめてやるからな」
お桂(狂ったように身を悶えさせ、わめきつづける)
熊公「うるせえな全く。そうやかましくがなり立てられちゃ。おい、虎公。お嬢さんに猿轡をかませな。そう
だ、おめえの赤褌がいいぜ」
虎公「おっと、合点だ」
虎公、褌をくるくると外し出す。
熊公と虎公、お桂の顔を強引に押さえつけ、赤い猿轡で口を縛り出す。
熊公「さあ、どうだ。俺達のいいう事を聞く気になったら首をたてに三度振るんだぜ。それまで、この責めはやめねえからな」
虎公、お桂の乳房をわしづかみにする。
うっと顔をのけぞらせ、ベソをかくような表情になるお桂。そんなお桂をニヤニヤ見ながら、熊公、体を泳がせてゆく。
川田はガリバン刷りの台本を片手に舞台の袖から、こうした芝居を、満足げな表情で眺めていたが、次に眼を客席の方へ向けた。
舞台で演じられているなまなましい淫臭に当てられて、客席の中からは吐息と興奮が渦巻きのぼっている。
川田はいい気分になって、ふと、腕時計に眼をやった。もうここへ来てから三十分ばかりも過ぎ、そろそろ第二会場の方で静子夫人と捨太郎のショーが始まる頃になっていた。
川田はその進行係という事になっているので、心残りだったが舞台裏の方へ降りて行った。
そこはベニヤ板で仕切られた狭い通路で、その途中にニ本の角材が打ちこまれてあり、次の出番を待っている文夫と美津子が、その一本一本に、きびしく立ち縛りにされている。銀子と朱美が、それぞれ寄り添うようにしてメイキャップをほどこしていた。
「へへえ、こりゃ、いいや」
川田は、文夫と美津子の肢体を見て、片頬を歪めた。
今夜は、文夫も美津子も時代劇調に仕立てて出演させるという計画であったが、すでにその仕度は出来上っている。
文夫は、今、舞台で演じている桂子と同じく、前髪の鬘をかぶらされ、真っ白の六尺褌をキリキリと腰に巻いていたし、美津子の方は、可愛い薬玉や簪をつけた桃割れ鬘、薄桃色に白梅を散らした、可憐な色香を匂わす湯文字をつけていた。
「どう、川田さん。今夜の二人は、一段と、引き立つでしょう」
銀子と朱美は微笑を浮かべて、川田の方を見る。枕絵草紙という題をつけて、文夫と美津子を小姓と下町娘という設定にし、実演させるのだと、ズベ公二人は、得意そうにいうのだった。
「成程、こりゃ受けるぜ。二人とも、まるで油壷から抜け出て来たような美男美女になったじゃねえか」
川田が感心し切った顔つきで、若い二人をしげしげ見つめながらいうと、銀子は、
「それに今夜は、美津子が、いえ、お美津が上位になって、文之助と楽しむという趣向なのよ。私達が演技指導してやったのよ。ま、ゆっくり見物して頂戴」
「拝見させて欲しいが、俺は第二会場の方の進行係にされちまったんだよ。向こうだって結構面白いぜ。静子夫人が捨太郎とフランス式を、おっ始めるんだからな」
「何よフランス式って」
ズベ公二人が不思議そうな顔をするので川田はニヤニヤし、いや、これは千代夫人が名づけ親なんだがね、と、その意味を教える。
ズベ公二人は、プッと吹き出した。
「まあ、あの御貞淑な静子夫人がね♢♢」
「そりゃ、傑作だわ。私達もぜひ拝見したいものね」
ふと、銀子が何かを思いっいたように、ちらと立ち縛りにされている若衆姿の文夫と下町娘に扮した美津子を見た。
「ね、こっちも向こうに負けてはいられないわ。そのフランス式ってやつ、今夜、この若い二人にもさせてみようよ」
そうね、朱美も面白そうに相槌を打ち、
「ね、あんた達、やってくれるわね」
と、角材を背に立ち縛りにされている美少年と美少女のぅ間へ割って入り、二人にその意味を教えるのだった。
忽ち、首も顔も燃えむように赤くして、激しく狼狽し、顔を伏せてしまう美津子と文夫である。美津子は、文夫と反対側へ顔を捩じらせると、可憐な飾りもののついた桃割れを震わせ、世にも羞ずかしげに声をひそめてシクシク泣き出すのだ。
「何も今更、羞ずかしがる事はないじゃない。あんた達はもう、れっきとした夫婦でしょう。静子夫人なんか初夜早々に、そいつを捨太郎とやらされるのよ」
銀子は、さも悲しげに羞ずかしげに、身をもじもじさせている若い二人を見ながら、楽しそうにいい、これから、それについて、朱美と一緒に、若いカップルへ要領を教えこもうとするのだった。
「じゃ、俺は、第二会場の方へ戻るからな。また、閑を見て、様子をのぞきに来るよ」
川田は、銀子と朱美にそう告げて、客席の方へ出て行った。
表へ出ようとした川田は、ふと足を止め、もう一度、舞台の方へ眼をやった。
虎公と熊公に……同時に責められ赤い猿轡の中で、声にならぬ呻きを上げ全身に脂汗を浮かべて、柱に背をすりつけつつ、のたうっているお桂。
「どうだ、女房になる決心がついたかい」
と、土間に片膝をつき、お桂に片手を巻きつかせ、責めを加え続けている熊公が苦悶するお桂を見上げて、せせら笑っている。それでも、お桂は嫌、嫌、と首を左右に振っているのだ。
「じゃ、仕方がねえ。このまま、極楽へ送りこんでやる」
と熊公は再び攻撃を開始し、それと同時に切なげに狂おしげに、キリキリ舞いして柱に背をすりつける、お桂。
こうした責めは、ぎっしりつまった客席を完全に魅了させたようだ。
客席の後方で腕組みし、これを眺めていた森田が、川田の方へ近づいて来る。
森田に気づいた川田は、へへへ、と愛想笑いして、
「如何がです、親分。俺の作った芝居は」
「ま、悪くはないが、これ位の手ぬるさじゃ今夜の客は承知しないぜ。そのものズバリといかなきゃ」
「そりゃわかってますよ」
と、川田は、自分の作った芝居にケチをつけられた気分になって、不快そうな顔をし、
「つまり、俺は、女ってやつは、たとえ武家娘であれ、仇討ちであれ、セックスに直面すると、全くもろくだらしなくなってしまうって事を観客に訴えたいんです」
「訴える?」
森田は、オーバーな事いうな、と笑って、
「今夜の客は、秘密映画や秘密ショーを目当てにしているんだ。結局、この後、話は、どういう風になるんだ」
「え—とですね」
川田は、台本をポケットから出して、ペラペラめくりながら、
「お桂という武家娘は、雲助二人のために、女のもろさを遂にさらけ出し、二人と情交を結ぶ事になるんです」
「成程、そうこなくちゃ面白くない」
川田は、調子づいてしゃべり始める。
♢♢雲助二人は、思いを遂げると、今度は、お桂の仇である源八郎を見つけ出し、これにお桂の身体を百両で売り渡す。その源八郎というのがまたその道の好きな男で、しかもテクニシャン。お桂に色の道を教え、仇に対し、憎さも口惜しさも忘れさせ、肉の悦びに、のたうたせる♢♢。
そして、その芝居の題名は、返り討ちではなく、返り突きだと、川田は、笑いながら森田に説明するのだった。
「何だか変な芝居だな。まあいい。終わってから、批評させて貰う事にしよう」
森田も笑って、再び、眼を舞台に向けた。
雲助二人の責めに遂に屈服したお桂は、激しくすすり上げながら、雲助達の要求を承諾し、いよいよ情事のために土間の上へ荒むしろが敷かれるという所まで芝居は進行している。
楽屋の中
三階の広間は、酒の匂いと煙草の煙、酔ったやくざ達のわめき声などがからまって、異様な熱気を充満させている。
「よ、何時まで待たせる気なんだ。人を馬鹿にしやがって。早く始めろ」
と、一升瓶を手にした人相の良くないやくざがフラフラと立ち上がり、楽屋という事になっている広間の隅のカーテンで仕切られた一画までやって来て、中へ侵入しようとする。
すると、カーテンの中から鬼源が飛び出して来て、
「もうすぐ岩崎親分がここへお見えだ。それまで待てねえのか」
と、噛みつくようにどなって、酔っ払いを押し戻すので車ある。鬼源は、こうして居丈高になると、眼の底に狐火のようなものが、じ—んと浮かび、相手を不気味がらせ、威圧するのだ。こうした職業で日陰暮しをして来た人間の持つ特有の怖さだろう。
そこで、酔っ払いも、はっとたじろぐが、とにかく、岩崎親分という名が出ると、もう強い事はいえず、すごすごと自分の席へ舞い戻るのである。
「一体、岩崎親分は、何を手間どっているんですか」
と、竹藪の密室から戻って来た川田は、その臨時の楽屋へ入って鬼源に聞いね。
「それが、ややっこしい事になったんだよ。あの親分、東京にいる二人の妾に自分がここへ来ている事を知らせていたんだ」
その二人の妾がさっき、ここへ岩崎親分を訪ねて来て鉢合わせとなり、一寸した事から口論になって、あわや、つかみ合いが起こりかけて、さすがの岩崎親分も中に入ったものの往生しているという。
「田代社長が今、出かけて行き、妾二人の機嫌を一生懸命とっているらしいんだが、全く困ったもんだよ」
と鬼源は、鼻に小皺を寄せて苦笑するのだった。
川田が、ふと狭い楽屋の奥の方を見ると、紫のしごきで後手に緊縛されている静子夫人が床柱を背にして立っている。こうした喧燥を無視したように夫人は静かに瞼を閉ざし、凍りついた美しい横顔を見せ、無我の心境に全身を置いている感があった。
川田は夫人のその肢体を見て、ほほう、と眼を見はる。立ち縛りにされている夫人の足元に坐って、煙草をくゆらしながら、楽しそうに夫人を見上げている千代の手で取りつけられたのであろう、夫人は、銀色や金色にピカピカ光るハート型のバタフライを腰につけさせられていた。
客の前に引き出すより、そうしたものを舞台衣裳として最初身につけさせた方が効果的だと千代は見たと思われる。それだけではなく、ダイヤのイヤリング、首には、それもダイヤの粒で出来ているらしいネックレス、などが飾り立てられていた。それ等は、すべて千代が遠山家の豪華な静子夫人の寝室から持ち運んで来たもので、かつての夫人の所有物であった宝石顔を今夜舞台に立つ事になった夫人にちりばめ、一きわ美しく飾り立てたのである。
千代は、陶然とした面持で夫人を眺めている川田を見て、
「どう、今夜の奥様は一段と美しく冴えたようでしょう。このバタフライは、浅草のストリッパーがしていたものを誤ってもらったのよ。奥様にぴったりだわ」
千代は、そういって、咥え煙草しながら立ち上り、軽く瞑目している夫人の白い頬を指で押した。
「この次は、絹のタイツをはかせてあげるわね。バタフライとかタイツとか、色々と資本がかかるんだから、奥様もしっかり働いてくれなきゃ駄目よ」
千代は、気品のある夫人の横顔をしげしげと見つめて、楽しそうにいうのだった。
静子夫人は、かつての使用人であった川田と千代の手の中にあって、まるで魂のない人形のように無抵抗になり切っている。
「全く、きれいだぜ、今夜の奥さんは」
川田は、いかにも感に耐えない、といった調子でいった。
艶があり、品よくアップに巻いた頭髪。上背のある伸びやかな肢体。ダイヤのイヤリング、ネックレスなどが気品のある静子夫人の美しい容貌を、一層気高く綺麗に見せる効果を持ったようだ。ただ、夫人が着けたハート型のバタフライだけが、その気品のある夫人の容貌とアンバランスな感がするが、狂おしいばかりの官能美を客席にまき散らす事は受け合いである。
鬼源は、しきりに時間を気にし、いらいらした顔つきをしていたが、そうした忿懣をぶち当てるようにツカツカと床柱につながれている静子夫人の傍へやっで来た。
「いいか、岩崎親分がおいでになったら、さっき教えてやった要領で客人達の御機嫌を上手にとるんだぜ。ここに集まっている客は、与太者だし、酒を喰らって大分荒れているからな。そうした連中の気分をほぐすのも、おめえの仕事だ」
鬼源に夫人は、このショーを如何に演じるかについて、幾度も教えこまれ、念を押されていたのである。
見物する男達に対して、彼等の官能の芯をうずかせるような春情あふるる甘いねだりの言葉。ためらいがちなポーズと積極的なポーズを織りまぜて、夫人に色々と客の機嫌をとらせた後、捨太郎とフランス式ベッドショーを演じさせようと鬼源はプランを立てていたのである。
「今夜は普通の見世物じゃなく、つめかけている客は、皆、この道に通じているお兄さん連中だ。ごまかした方法は通用しねえ。おめえもその気になって、必ず捨太郎をその方法で一度落としちまうんだ。別に飲みこんだって毒にゃならねえ。客の前で吐き出すなんてみっともねえ事するんじゃねえぞ」
鬼源に次々と難題を吹きかけられる静子夫人は、さすがに美しい眉を苦しげに寄せて、顔を横へそらせてしまう。
「よ、わかったのかい」
鬼源は、夫人の顎に手をかけて、鋭い声を出した。
「♢♢はい」
静子夫人は、潤んだ濃い黒眼をそっと開いて鬼源を見、悲しげにうなずく。
横で、それを眺めている千代は、いじらしいばかりに従順になった静子夫人の美しい瓜実顔と気品のある柔らかい鼻すじを、ぞくぞくする思いで眺めているのだ。
この気高いばかりに、綺麗な花びらのような夫人の唇が、見るに耐えない醜悪なものを押し包み、と思うと、遂に決定的な破壊を美しいものに加えたという狂おしいばかりに倒錯した快感が千代の身内にこみ上ってきたのである。
カーテンが開き、岩崎の所へ出向いていた田代がようやく戻って来た。
「間もなく親分がお越しになるぞ。用意はいいな」
「大丈夫ですよ、社長」
と鬼源は卑屈に笑っていった。
「今までずっと、この美しいスターに要領を呑みこませておきましたからね。安心して下せえ」
田代は満足げにうなずいて、
「ようやくお妾同志の仲も丸く納まって、親分はここでショーを見ながら、妾二人と祝いの酒宴を張るという形だ。恐らく明け方までの騒ぎになるだろうと思うから、あの手この手で充分に、お妾達の方の機嫌もとってくれなきゃ困るよ」
「へへへ、恐らくお妾達もいらっしゃる事だろうと思って、ちゃんとコツをスターに教えておきましたよ」
鬼源は、田代に、これからのプログラムを簡単に話して聞かせた。
最初から捨太郎とからませるのでは興味が薄いから、初めは静子夫人のワンマンショーの形をとり、果物切りなどの珍芸を披露させた後、捨太郎と熱の入ったフランス式を演じさせ、十五分ばかりの休憩。それから本格的なショーに入らせる、と鬼源は得意げに鼻をピクピク動かせて田代に説明するのであった。
「男とのからみは今の所、調教はまだ不充分だと思うんですが、こうして縄つきのまま、ベッドに乗せるんですからね。少しぐらい、もたつくのはお愛嬌ものですよ。捨太郎がその点、熟練してますからね。捨太郎のリード通りやってりゃいいわけだ。ハハハ」
鬼源は、ふと、首を曲げて、隅の方であぐらを組み、ちびりちびりと焼酎を飲んでいる捨太郎を手招きして呼んだ。
赤褌一丁をしめた裸体の上に半纏を引っかけただけの珍妙な恰好をしている捨太郎は、しゃっくりしながら、鬼源と田代の前にやって来る。
「馬鹿野郎、仕事の前に、そう酒を飲むんじゃねえ」
と鬼源が顔をしかめると、捨太郎は、またしゃっくりをくり返しながら、
「へい、どうもすんません。だが、おら、こうして焼酎をひっかけた方が、うんと力が出るようなんで」
鬼源と田代は顔を見合わせて苦笑した。
その時、広間の方で、襖の開く音、それと同時に、
「あ、親分」
「さ、どうぞ、こちらへ」
と、やくざ達のソワソワし始める気配が起こった。岩崎が妾二人を引きつれ、乗り込んで来たのである。
田代と川田は反射的に体を上げるようにして、岩崎を出迎えに楽屋を飛び出して行く。
「さあ、いよいよ仕事だ」
と、鬼源は捨太郎の手から焼酎を引ったくるように取り、ぐいと一飲みして、静子夫人の繊細な、美しく冷たい横顔を複雑な徹笑を浮かべて見るのだった。
「明日は調教を中止して、一日ゆっくり休ませてやるからな。その代り、今夜は好色で鳴らした岩崎親分が御覧になっていらっしゃるんだ。調教師としての俺の腕が認められるか、認められねえかの瀬戸際なんだぜ。俺に恥をかかさねえよう、今夜ばかりは腹をすえて、しっかりやってくんな」
半分は捨太郎にも聞かせて、そういうと、隅に置いてある黒鞄の中から注射器を取り出して、それにアンプルの薬液を注ぎ込むと、
「悦子、こいつをケツに注射してやんな」
と、先程から、窓ぎわの椅子にぼんやりと坐り、何とはなく不服そうな顔つきになっている悦子に声をかけるのだった。
「何なの、その注射?」
「精力剤ってやつさ。何しろ今夜は精力絶倫男と徹夜の大勝負をはるんだからな。育ちのいい元、令夫人のスタミナが心配だ」
鬼源は、悦子に注射器を渡すと、これも、岩崎親分を迎えるため、急ぎ足で楽屋を出て行ったのである。
悦子は鬼源に手波された注射器を持って、おずおずしながら静子夫人に近づいた。
いよいよ底知れぬ深い泥沼の中へ引きずり落とされようとしている夫人は、とっくに観念はしているとはいえ、その端正な白い頬はさすがに熱っぽく上気し、ぴったりと閉じ合わされている豊かに引き緊まった官能味のある全身が、思いなしか慄えているようであった。
悦子は静子夫人のミルク色の柔らかい肩に軽く手を当て、夫人をこの運命から救ってやる事の出来ない自分がじれったくなったように次に額を夫人の胸のあたりに押し当てる。
静子夫人は、そっと眼を開き、逆に悦子を慰めるように、しっとりと潤んだ黒眼を悦子に向けるのだった。その静子夫人の、観念しきった微妙な美しさに悦子の心は慄えた。
静子夫人は、悲しげな微笑を口元に浮かべささやくように悦子にいうのである。
「明日は、私、一日調教を休ませて頂けるらしいわ。私のつながれている牢屋へおいでになって悦子さん。フランス語の勉強を致しましょう」
これから地獄の底に真っ逆さまに蹴落とされようとしている運命にあるのに静子夫人は翳の深い濡れた瞳と花のような紅唇に柔和な微笑をわざと浮かべて悦子にいうのであった。
「奥様、貴女って人は、何という♢♢」
地獄の底にあっても心の清らかさまで失わぬ静子夫人に悦子の胸は思わず、じ—んと痛むのだったが、後ろの方で突然、
「一寸、悦子さん、あんた一体、何してんのよ」
陰険な千代の声がする。
「モタモタしていちゃ鬼源さんに叱られるわよ。もう岩崎親分も、お越しになっているんだからね」
悦子より、静子夫人の方がうろたえ気味で悦子をせかすのである。
「お願い、悦子さん。鬼源さんがいった通りにして頂戴。静子はもう覚悟をきめているのですから」
悦子は、物悲しげな眼つきでうなずき、夫人の横へ廻って腰を落とすと官能味を持ってむっちりと盛り上っている夫人の尻たぶへ注射の針を静かに差しこんだ。
夫人は軽く唇を噛みしめ眼を閉じて、針の痛さを耐えている。
針を引き抜いた悦子が、その後をガーゼを使って優しく揉みほぐしている時、カーテンが開いて、田代に川田、鬼源が一様にニコニコした顔つきで入って来た。何か岩崎親分と話がはずみ、それで上機嫌なのであろう。
「さて、随分と待たせたね。いよいよ出番だぜ、奥さん」
と、川田が馬鹿に張り切って、奥にある果物籠を取って来る。それに鬼源が笊を投げて、
「今夜は、俺が切らすんじゃなくお客がお遊びにやるんだからな。太いのを十本ばかり選んで笊に入れてくんな」
「あいよ」
川田は、立ち縛りにされている夫人の足元にあぐらを組み、一本ずつ選んで、笊の中へ入れてゆく。
「台湾から直輸入だというだけあって、今日のは皆んな太くて中々美味そうだぜ。え、奥さん」
川田は面白そうに夫人を見上げて、そんな事をいったが、夫人は観念の眼を静かに閉ざしたまま、その優雅にも美しい伸びのある見事な肉体を微動だにもさせなかった。
「さ、行こうぜ」
鬼源は、床柱につないである夫人の紫の縄尻を外し取り、軽く背を押す。
「皆様、首を長くしてお待ち兼ねだ。悲しげな顔をせず、しゃんと胸を張って歩くんだ」
静子夫人は、鬼源に引き立てられた恰好で、静かに歩き始める。バナナを笊へ盛った川田がそれを横に抱えて先導し、引き立てられてゆく夫人のまわりには田代と千代、捨太郎、それに悦子やマリが、まるでボディガードでも務めるように取り巻いて付き添って行くのだ。
一歩一歩、静かに歩を運ぶ静子夫人は、優雅な美しい容貌をシーンと凍りつかせ、それは死刑台を登って行く美しい女囚のような凄惨な場面にも似ていた。
楽屋のカーテンを川田が開く。川田の後から、一歩外へ足を踏み出した静子夫人は、広間一杯に埋め尽す男達のむっとする体臭とギラギラ光る熱りぼい異様な視線を痛いばかりに全身に感じ、一瞬、眼まいが起こりそうになって足をすくませてしまった。
「へえ、こりゃ凄い美人だぜ」
「こりゃ、たまげた。眼がくらんじまうよ」
広間を埋める男達は、唖然として口を開ける者、眼をしきりにこする者、そわそわ立ったり坐ったりする者。そして、この広間全体は、やがて、興奮の坩堝と化してしまうのであった。
檜舞台
鬼源に、しごきの縄尻を取られ、田代、千代、捨太郎達に護衛されたような形の静子夫人は、慄える足を踏みしめるようにしながら埋め尽す男達の中に入り、広間の中央へ向かって進んで行く。
野卑な男達のひしめき合っている丁度その真只中が、これより静子夫人が珍芸を披露し捨太郎と実演を行う舞台になっているらしく、すでに天井から太いロープが一本垂れ下っていて、その下にも、酒気を帯びた男達が埋め尽していたのである。
「すみません、一寸、その場所をお空けになって下さい」
川田は丁寧に頭を下げ、やくざ達に場所を空けさせると、鬼源と一緒に静子夫人をロープの下へ立たせて、素早い動作で、しごきの縄尻をロープに結びつけ、その場に立位のまま固定してしまった。
「さ、岩崎親分、どうぞ、こちらへ」
田代が、会場の一画で妾二人に二、三人の身内を混えて酒を飲んでいた、岩崎の方を向いて声をかけた。
岩崎が妾二人と一緒に腰を上げると、やくざ連中は、一斉に後ずさりして通路を作る。
手を伸ばせば、立ち縛りにされている絶世の美女の臍にまで届きそうな正面に、座布団を三つ配置した田代は、それに岩崎を中心に二人の妾を坐らせたのだ。特等席というわけだろう。
岩崎の二人の妾は、一人を葉子といい、以前はキャバレーのホステスをやっていた狐のようにとんがった顔つきの眼の細い女で、派手な縞模様のツーピースを着、もう一人は、和枝といい、元、待合の仲居をやっていたという小太りして眼の大きい、河豚を連想させるような女で、窮屈そうな音のする帯をしめた和服姿であった。
二人は、さっき喧嘩した事などケロリと忘れたように、森田組のチンピラ達が運んで来る酒を飲み、膳の上の料理をつつき合って、精力的にペラペラしゃべり合っている。
せっかく来たのだから、面白いものを見せてやる、と岩崎に誘われて、この場に女だてらに席を連ねたのだが、二人とも元は水商売の女であっただけに、こうした見世物は二度三度眼にした事があり、照れるという事はなく、まるで映画館にでも入ったように、すましこんだ顔をしている。
眼の細い、狐に似た顔つきの葉子はひどく近眼らしく、しきりに眼をしょぼつかせているが、さっき、和枝ととっ組み合いになりかけた時、過って眼鏡を落とし割ってしまったのだ。だから、眼の前で、立ち縛りにされている静子夫人の容貌をはっきりと見極める事は出来ないが、和枝の方は、幾度も溜息をつくように伸びのある美しい静子夫人の見事な肢体と優雅な匂いに包まれた美しい瓜実顔を眺めて、
「何だか信じられないわ。この女が実演のスターだなんて」
と、小首をかしげ、酒の酌をするため、腰をかがめて来た川田に、
「どういう素姓の女なの。すごい美人じゃないの」
と聞いたりする。
「ハハハ、言わぬが花という事にしておきましょう。とにかく、映画女優にしたって、これだけの美人は中々見当たりませんよ。森田組のドル箱スターなんです」
「どうして、ああいう風に縛っておくの」
「うちの社長の趣味なんです。また、この別嬪さんは、目下修業中の身でしてね。稽古が辛くなって逃げ出したりされちゃ困るんで、今のところ、一応、こうして縛り上げたまま、いろんな芸を仕込んでいるんですよ」
へえ—と和枝は何だか要領を得ない顔つきでうなずき、川田の酌を受け、返盃して銚子を取り上げる。
単に珍芸や実演を見るというのではなく、この広間は、賭場がめでたくお開きになったというその祝いの意味からか酒席にもなっていて、森田組のチンピラ達が入れ代り立ち代り、銚子のついた膳を運んで来ては、男達の前に配置しようとしている。
だが、男達は、そんなものに見向きもせず、いわゆる酒の肴として、一本のロープに緊縛された優美な肢体を支えられ、微動だにせず光っている静子夫人の方へ吸い寄せられるようにギラギラした熱っぽい視線を向けているのであった。
白滋の細工物のように、白くて繊細な足の指、つつましやかにぴったり揃えている優美な肢、ミルク色に艶々として、豊かに肉がのり、悩ましいばかりに光沢を持つ太腿、その附根にぴったりと喰いこむように取りつけられたキラキラ光るハート型の挑発的なバタフライ♢♢男達の酒に濁って異様にギラつく眼は、そうした静子夫人の下肢から、じわじわ這いずるように上半身へ移向してゆく。
形のいい臍、絹のようになめらかな腹部から鳩尾、上下の数本のしごきをきびしく巻きつかせた豊満で優美な乳房、その白い山頂にある薄桃色の三つの乳頭は、眼に沁みる入るような清らかさを持っている。
静子夫人は、硬質陶器のような冷たい表情を作り、薄く眼を閉ざして、そうした野卑な男達の貪るような視線に耐えているのだ。
そんな静子夫人の横に立った田代は、喰いつくような視線を一斉に向けている男達に向かって胸を張るようにしていうのである。
「どうも皆様、長い間、お待たせ致して申し訳けございません。本日、岩崎親分歓迎の賭場も無事お開きとなりました。お礼の意味で、ささやかな酒席をここに設けさせて頂きます。これと申してお気に召す料理はございませんが、ここに登場致しましたる美女は、当方と致しましても、いささか自慢の出来る生魚、何卒、この美女を本日の酒の肴とおぼし召し、ゆるりとおくつろぎ願いとう存じます」
と、挨拶をやり始めた。
そうした田代の口上を、ウムウムとうなずきながら聞き、左右から妾二人に注がれる酒を口をとがらせて吸いこんでいた岩崎は、周囲を見廻して、やくざ達に声をかけた。
「今夜は無礼講のつもりで俺に気兼ねせず賑やかにやってくれ」
それを聞くと、岩崎がここへ来てから申し合わせたように声をひそめていたやくざ達ははっとしたように手を叩き始め、盃のやりとりを再び賑やかに始め出す。
かなり酔っ払った何人かが、眼の前にさらされている美女のむせかえるような官能美にもう押さえがきかなくなったのか、フラフラと近づいて来て、美女の柔肌に少しでも手を触れさそうとするのだ。
「おっと待って下さいよ。あわてる事はねえじゃありませんか」
と、この場の進行係になっている川田はニヤニヤ笑いながら、立ち縛りにされている夫人の前に立ち塞がるようにし、やくざ達を制して、黄色い果物の入った笊を高々と傾げて.彼等に示すのだった。
「こっちで作ったプログラム通りに進行して楽しもうじゃありませんか、え、皆さん」
川田は、愛想よく笑顔をふりまきながら、彼等をなだめるようにして、そのプログラムを話して聞かせる。
希望者二人ずつが、美女の前と後ろに分かれ美女は、その両方を使って、切って落とす♢♢という奇抜な遊びを川田に聞かされたやくざ達は、一瞬、呆気にとられた顔つきになったが、すぐにわっと立ち上り、その権利を獲得しようとして川田の持つ笊の中へ手を差し込もうとした。
そらっと川田は笑いながら、十本の果物を夫人の足元へパッと投げ出した。まるで、餓鬼のようにその一本を拾い取ろうとして、喚声をあげ,男達は突進する。
岩崎と二人の妾は、それを見て、声をあげて笑い出す。
静子夫人は、足元で組んずほぐれつ一本のそれを奪い合っている男達を見て、そのあまりの浅ましさと恐ろしさに、優雅な頬に上気の色を見せ、苦しげに眉をひそめて、はっきり横を向いてしまうのだった。
地獄の森の飢えた狼の巣へ投げこまれてしまったような恐怖感に断頭台に登ったような覚悟をしていたとはいえ、やはり、夫人の全身はわなわなと慄えつづける。
首尾よく果物を手に入れた十人の男達は、川田に指示されて、その順番をきめるべくジャンケンをしている。静子夫人は、これからこの野卑な男達を二人ずつ、前と後ろに分けていたずらをさせ、面白がらせていかなければならないのだ。しかも、鬼源のいうお色気サービスというものも盛りこんで。
静子夫人は大きく息を吸いこみ、動揺する自分の心と慄えおののく肉体を平静に戻そうと努力し始めている。
鬼源がそんな夫人の肩を合図するように、後ろからボンと叩いた。
「さ、お客人の順番も決まったぜ。後は、おめえの努力一つだ。俺のいった通りに、この大事の舞台を一生懸命務めるんだぜ。俺はここで見物しているからな」
小さい声で、夫人の耳にそう吹きこんだ鬼源は、すぐ傍で、楽しそケな顔つきになって田代と盃のやりとりをしている千代の横へ、どつこいしょと腰を落とすのである。
静子夫人は、しばらく頭を垂れ、心の昂りを押さえるように瞑目していたが、やがてその気品のある美しい顔をすっくと正面に向けた。
月の滴に濡れたようにキラキラと光る美しい夫人の双眸には、嘆きも涙も振り払い、この醜悪な芸当をやってのけようという決心がはっきりとにじみ出ている。
「静子と申すこの家の実演スターでございます。只今より、鬼村先生にお教え頂きました、お座敷芸の一つをこの場にて披露させて頂きます。何卒、お酒の席の余興として、御笑覧下さりたくお願い致します」
正面に坐っている岩崎に対し、夫人は鬼源に教えられた口上を悪びれずに口にすると、軽く頭を下げるのだった。
「へえ、随分と礼儀正しいのね。こんな実演って私、初めて見たわ」
岩崎の横に坐っている葉子と和枝が顔を見合わして面白そうに話し合っている。
この種の実演スターというものは、男と混って女客がのぞきに来たりする事を極度に嫌がるものだという事を和枝も葉子も知っていたが、今、眼の前で晒し者になっている美女も、その例にもれず、口上の途中、ふと視線が和枝達の視線とからむとひどく狼狽したように眼をそらせ、男達の血走った視線の方へ、その美しい顔を向け直すのであった。
「どなたが最初、お遊びになりますの、さ、静子の傍へおいでになって下さいまし」
静子夫人は、しっとりと陰影をたたえた情感的な眼差しを男達に注ぎ込むようにして柔らかくいった。
二人の男が舌なめずりして、夫人の傍へ寄って来る。
一人は、関口一家の幹部である大原、もう一人は南原組の身内である木村であった。
大原の方は、かなり酩酊していて、足元がふらついている。フラフラとつんのめり、立ち縛りにされている夫人の肩に両手をからませ、危なっかしい足を踏みしめるという状態であった。
酒臭い息に、夫人は思わず美しい眉を寄せて、顔をそらせてしまったが、こうした客達に不快な気分を、持たせてはいけないのだ。
「♢♢ね、そんなにお酔いになっていて、大丈夫ですの」
静子夫人は、顔を横へそらせながら、口元に微笑を浮かべて、柔らかく彼を包むようにいうのだった。
大原は、えへら、えへらと笑いながら、静子夫人の骨の髄まで柔らかそうなミルク色の肉体のあちこちに唇や鼻を押し当てている。一人で我物顔に振舞っている大原を見て、南原組の木村が口をとがらせた。
「よ、いい気になって、一人で楽しむな。第一手前は酒臭くていけねえ。誰かと交替したらどうだ」
「何だと」
大麻は、静子夫人から体を離し、陰険な眼つきを木村に向けた。
「駄目ですわ。こんな所で喧嘩なすっちゃ。今夜は皆様の親睦会なんでしょう」
静子夫人は、身体のあちこちを陰湿に接吻されたりした虫ずの走るような感触をこらえながら、やくざ二人の険悪な空気を何とか解きほぐそうと努力しているのだ。
「へへへへ、中々可愛い事をいってくれるじゃねえか。気に入ったぜ」
と、大原は酒臭い息を吐きながら、相変らず足元をふらつかせつつ、夫人の白い顎に手をかけて、その優雅な美しい瓜実顔をぐいと上げる。
先程から、チビリチビリ盃を口に運びつつ美しい晒し者に眼を注ぎつづけていた岩崎が、
「喧嘩だけはいかん。今夜は、その女がいうようにわし等の親睦会なんだ。最後まで仲良く楽しめ」
大親分に一声浴びせられた二人のやくざは、へい、と恐縮したように頭を下げ、調子を合わせて、遊びにかかり始めた。二人が同時に腰をかがめて、バタフライの細いビニールの紐を解きにかかると、静子夫人は、鼻を甘く鳴らせ、
「嫌、嫌、そんなせっかちなの」
と、悩ましいばかりにたくましく優美に盛り上ったヒップを、ゆさゆさと左右に揺すって二人の仕事を甘く拒否する。
「すぐに、お切らせになるなんてひどいわ。静子がその気分になって、おねだりするまではがしちゃ嫌」
静子夫人は、訴えるような情感的な瞳を、左右に腰を落としている大原と木村に向けるのだった。
それが鬼源に長い間仕込まれて来た、こうした場合における演技なのだが、すっかり、それは夫人の身についた感があり、浅薄なテクニックとはもういえなかった。
恐怖感、屈辱感を、自分の神経を麻碑させて耐え抜くには、自分自身を愛欲と官能の渦に巻き込まなければならない。と努力しているうち、一種の快楽源が自然と静子夫人の体内に発生して来たように思われる。
そうした夫人の拒否に非ざる甘い反抗ポーズは、忽ち、これから遊びに入ろうとする二人のやくざの神経を切なく昂らせ、他愛もなく、彼等はモソモソと喜んでしまうのだった。
「♢♢ねえ、お始めになって♢♢」
静子夫人は、そういうと、初々しい羞恥の感情を、ぼ—と頬に浮かべて眼を伏せた。
そうした光景を黙って凝視していた鬼源と田代は、ふと顔を見合わせ、ニヤリと口元を歪める。静子夫人の好演に気を良くした二人は、はっとした思いで、うまそうに酒を吸い込むのである。
凝然と声を殺して、悦子は、少し、離れた所から、やくざ二人のために、柔軟な肢体を切なげにくねらせ始めた静子夫人を物悲しげな表情で見つめていた。
熱い吐息と一緒に身をくねらせ、端正な線の綺麗な頬をバラ色に染めて、さも切なげになよなよと首を揺すり始めた静子夫人を見た他の男達は、もうどうにも、押さえがきかなくなったように、わらわらと夫人の傍へつめ寄った。もう順番も何もあったものではなかった。
♢♢静子夫人は最初のうちは、一斉に襲いかかって来た群狼に対し、あっと狼狽して、一瞬、身を硬化させたが、そのうち、次第に煽られ出したのか、情感の追って来たらしい、ねっとりした美しい瞳を上に向け始めた。
田代も鬼源も川田も、ただ、せせら笑うようにそれに眼を向け、酒を飲むだけで、襲いかかった狼達を払いのけようともしない。
やがて、全身に上の空のような力の無さを帯びて来た静子夫人は、男達のするがままに任せてしまったように酒臭い息を吐く大原が右側から、ぬ—と唇を頬へ押しつけると抵抗なしに、その唇に自分の唇を当ててやるのだった。
こっちも頼むぜ、と今度は左側から木村が夫人の顎に手をかけ、その美しい顔を自分の方に向けさせる。夫人は、次に木村とも唇をそのまま合わせてやる。
「嫌っ、嫌、ああ♢♢」
静子夫人の優美な足首に誰かが手をかけ、静かに持ち上げると、その繊細な足の指先と足裏を愛撫し始める。
身体の裡から衝き上げてくる熱っぽいものに夫人は耐え切れなくなったように一人の男に捉えられている片肢を激しく動かして自分に取り戻したが、男達は嵩にかかってそのキラキラ光るハート型の一点に集中し出し、夫人は、わなわな唇を慄わせ、のけぞるようにその美しい顔を後ろへねじ曲げた。
「へへへ、どうしたい別嬪さん。そろそろ切って見せる気になったかね」
木村は夫人の股間をぴっちり緊めつけているハート型のバタフライの上を掌で撫でさすったり、指先を這わせたりしながらいった。
「ええ、もう充分ですわ」
夫人は左右からからみついてくる男と頬ずりしたり、軽く口吻をしてから、
「腰のものを脱がして下さいまし」
と、催促するように形のいい腰部をゆるやかに動かせ、鼻を鳴らすような甘い声音を出した。
よしきた、とばかり、男達の手は一斉に夫人の腰につけたバタフライの紐にかかった。
「そら、御開張だ」
夫人の腰からむしり取るようにそれを剥がしたやくざ連中は一斉に歓声を上げた。
「さ、よく御覧になって」
股間をわずかに覆うそれまで男達の手で剥ぎ取られた夫人は大胆にも官能味のある両腿を左右に割り、腰部を前に押し出すようにして女陰を男達の眼に誇張的に晒して見せるのだ。
「バナナを切らせる前によく御覧になって。ね、静子は上つき、それとも下つき、ねえ、よく見て」
夫人が生暖かい漆黒の繊毛を浮き立たせるばかりに腰部を突き出すと、やくざ達はむしろ、圧倒された気分になり、一斉に生唾を呑みこんだ。
数人の男達にぎっしり取り巻かれながらそんな演技をして見せる静子夫人を千代と鬼源は少し離れた所から愉快そうに見つめている。
「客をずいぶんと喜ばしているじゃないの。なかなか奥様もやるわね」
と、千代がいうと、
「我ながらあの令夫人をよくここまで仕込み上げたものだと感心しますよ」
と、鬼源は黄色い歯をむき出していった。
男達は夫人の前や横に腰をかがませ、夫人の開き加減にした太腿のミルク色の表皮に口吻したり、指先でその股間の悩ましい漆黒の茂みをつまみ上げたり、もう押さえがきかず、淫靡ないたぶりを開始するのだ。
静子夫人は綺麗に揃った長い睫をそっと閉じ合わせていきながら白い歯を強く噛みしめてそんな男達のいたぶりを甘受している。そして、むしろ、そんな淫靡な男達に挑戦するかのように無理に冷やかな微笑を口元に浮かべようとさえしているのだ。
「どうなさったの。うんと悪戯なさっていいのよ。割れ目の奥まで御覧になってもかまいませんわ」
といった夫人は更に挑発するかのように腰部を押し出し、くなくなと乳色の滑らかな両腿をじれったそうによじらせるのだった。
一人の男が夫人の生暖かい繊毛の膨らみを上辺へさすり上げるようにしながら生々しい女の秘裂を露にさせ、それを指先で押し拡げた。幾重にも畳みこまれた、ねっとりとした肉襞が男達の手で剥がされるように開かされ、遂に陰核までがはっきりと露出する。
「へえ、見事なおマメじゃないか」
一人が襞の上壁部より突き出したような愛くるしい陰核をそっと指先でつまむと夫人の端正な頬は苦しげに歪んだ。開き加減にした夫人の両腿の筋肉がブルブルと痙攣する。
「ねえっ、お尻の穴も見てっ」
夫人は背後に迫って豊満な双臀に口吻したり、撫でさすっている男達に向かい、捨鉢になったように叫んだ。
男達の手が双臀にかかり、割り裂くように押し拡げていく。
「そら、ケツの穴もはっきり見えたぜ」
ぐっと尻の肉が引き裂かれていくと、夫人は全身を朱色に染めながら、
「おわかりになって、ねえっ」
と、娼婦めいた媚態を振りまくのだった。
「そんな所まで見られて、ああ、静子、死ぬほど、恥ずかしいわ」
夫人は男達の魂を揺さぶるような、ひきつった啼泣を口から洩らし、
「じゃ、始めて頂きますわ。バナナの皮をむいて下さいまし」
第五十四章 野卑な妾二人
珍芸
強烈な、そして官能的な刺戟に、美しいショーのスターをぎっしりと取り囲む男達は、完全に酔い痴れたようである。
十人あまりのやくざ達が、次から次と交代しながら前後より面白がって押しつけてくる果物を、静子夫人はその美しい柔軟な白い肢体をくねらせ、優雅にくぴれた綺麗な曲線を悩ましげに揺すりながら一つ一つ切って落とすのであった。
美しい富士額や肩から乳房に至るまでねっとりと脂汗を浮かべながらも、甘美なすすり泣きをおり混ぜて、
「ねえ」とか「ああ」
とか鼻を鳴らしつつ、うっとりと眼を閉ざしたり、耐えられなくなったように首を急に振ったりしながら、ようやく、十本の果物を処理してしまった静子夫人に対し、見物人達はふっと熱い吐息を洩らしたが一斉に拍手し始めた。
ようやく、仕事を終え、張りつめていた気力が砕け散ったように、がっくり首を落とし、さも羞ずかしげにシクシクすすり泣く、そうした静子夫人の姿は、見物人達の心を切ないばかりにうずかせ、と同時に、もっと、この美女を汚し、泣きわめかせたい、といったような変質的な闘魂がわき出し、更に夢中になり出すのだ。
美女が汚辱に泣き、羞恥にのたうてば、彼等にしても、火に油が注がれたように気分が無性に煽られていくようだ。
「畜生、いい♢♢してやがんな」
と、遊びを終えた男達は、その場より立ち去り難く、なおも未練げに、夫人の周囲に寄りたかって、腰をかがめて、喰い入るように眺めたり、指で突いたり、さすったりするのだったが、夫人は美しい顔を横へそらせ、眼を固く閉ざしたまま、男達のするがままに身を任せている。
苦痛と快感を同時に走らせたよう切なげに眉を鼻らせている静子夫人を横から眺めていた鬼源は、一つ咳ばらいすると、
「一寸、交代して頂きゃしょうか」
と、夫人の周囲に寄りたかっているやくざ達を押しのけるようにした。
「さ、次は、御婦人方のお相手をしてみな」
男達を一通り楽しませたあと、岩崎親分の妾二人の機嫌をとれ、と静子夫人は鬼源に幾度も念を押されている。
しかし、生も死も、こうした汚辱の中に封じこみ、狼共に自由に任せてしまっている静子夫人も、自分と同年配ぐらいの同性二人を前にしては、さすがに狽狽の色を示した。さも、悲しげに、夫人は唇を噛み、さっと顔を横へそらせたのである。
「よ、何をモタモタしてやがんだ」
鬼源は鋭い声を出し、静子夫人の顎に手をかけ、ぐいと持ち上げると、岩崎の妾である葉子と和枝の方へ、夫人の顔を向けさせた。
何時の間にか、この場の客囲気にもなれ、何か低い声を出してペチャペチャしゃべり合って笑い合い、酒を飲み合っている二人の妾の方へ、静子夫人は悲しげな視線を向ける。
今にもハラハラ涙をこぼしそうな美しい二つの瞳を向けていた夫人は、やっと決心したように小さく唇を開くのだった。
「♢♢奥様、およろしければ、お遊びになって下さいまし」
そう眼の前の美しいスターに誘いをかけられた和枝と葉子は、
「まあ」
と呆れた顔つきになって、顔を見合わせた。
鬼源は得意そうに鼻をピクピク動かせて、岩崎の顔と二人の妾の顔を見る。
「たまにゃ御婦人方も男達になったつもりでお遊びになっちゃ如何です。今夜の恥は、かき捨てってことにしようじゃありませんか」
そう鬼源がいうと、岩崎も面白そうにうなずいていった。
「そや、酒の余興として、面白い。お前達、一寸、その美人にからみついて遊んでみろ」
和枝と葉子は、二人とも仲良く、いい機嫌に酔っぱらつていたが、岩崎にそういわれると、何か挑吸的に、フンといった顔つきになって、
「そんなこというなら遊んでみるわ。面白そうじゃない」
と、酒に足と腰をとられている二人は助け合うようにしながら、ふらふら立ち上った。
よう待ってました、と場内から拍手と哄笑がわき起こる。
美際に二人の女が立ち上ったのを見ると、静子夫人は、ひどく狼狽したように、さっと顔をそむけ、それを見た千代は、せせら笑って川田に差し出される銚子の酒を盃に受けている。
静子夫人が今度は岩崎の妾二人、つまり、外部から来た同性の二人の嬲りものになると思うと千代は痛快な気分で妙に酒がうまくなってきたのだ。
「しっかりお相手するのよ、奥様」
と千代は夫人の美しい横頗に何かって黄色い声を張り上げ、ざまを見ろ、といった表情になった。
「さ、静子、次は御婦人方がお遊びになる番だ。そんなにすましこんでいちゃ愛想がないとお客に叱られるぜ」
鬼源は、わあわあと囃し立てる男達と一緒になって哄笑しながら、夫人の背後に近寄ってそういった。
何か自分達も余興を演じるような調子で、照れ臭そうに笑いながら、静子夫人の傍へ立った和枝と葉子は、鬼源の手から二本の果物を渡されたが、
「こんなの、つまんないわ」
とそれを鬼源につっ返したのである。
「果物遊びは、お嫌ですか」
と、鬼源が眼をパチパチさせていうと、
「生卵を、二、三個、持って来てよ」
と葉子がいった。
葉子も和枝も、こういう怪しげなショーを演じる場所へは男友達なんかに連れられて、これまで何度も出入りしたので、こうしたスターの演じる珍芸の種顔も知っている。
別段、大して照れもせず、そんな事をいい出した二人の妾に対し、鬼源は、
「いやはや、これはお見それ申しました」
とおどけて見せ、後ろの方でつっ立っている悦子に、
「おい、生卵を二、三個、台所へ行って持って来な」
悦子は、静子夫人が次から次と、野卑な男や女の手でなぶりものにされているのが気が気ではないといった顔色で、先程から遠目に見ていたのであった。
「何をぐずついてやがる。早く持って来るんだ。なるたけ大きめのやつをな」
鬼源に叱咤されながら悦子が部屋から出て行くと、鬼源は舌打ちして、
「あの女、全く近頃変だぜ。ショーのスターに何だかんだと下らねえ気を使いやがる。静子夫人に惚れちまいやがったのかな」
と、川田の方を見て、ニヤリと笑うのだった。
和技と葉子は、紫のしごきで緊縛され一本のロープにつながれて立つ静子夫人の伸びのある見事な肉体の左右に立ち、不思議そうに小首をかしげるのだった。
「どうしても信じられないわ。あんたのような美人がこんな実演をするスターだなんて」
そして和枝は鬼源の方を見て、
「今、静子夫人だなんていったけど、この女、人妻なの」
といったので、鬼源は、いささかうろたえ気味になって、無理に笑顔を作るのだった。
「奥様方。ま、この女の身元のことは、そう根掘り葉掘り聞かねえで下さい。へへへ、実演スターが、こんな風な美人だって、別に不思議じゃないじゃありませんか」
「そりゃそうだけど、こんな美人がねえ」。
それでも、やっぱり信じられぬといった風に和枝は再びしげしげと、静子夫人の抒情的なまでに白い優雅な横顔に見入るのだった。
何か犯し難い高貴さを静子夫人の容姿に感じてしまったような二人の妾に対し、鬼源は、
「とにかく、こうしたショーのスターになりたくて俺達の所へやって来た女なんですよ。普通と違って、これだけの美人ですからね。どうしても五百万ばかりの金が必要だというので田代社長がボンと出してこの女にやり、こういうショーに出演させているんですが、ま、かなり資本はかかったけれど、それだけの価値は充分ありますね」
などと出鱈目の話を得意そうに話し出し、消え入るように顔を下げている静子夫人の頬を指で突いた鬼源は、
「な、そうだな、別嬪さん」
と、念を押すようにいうのだった。
静子夫人は、そっと眼を開き、美しくうるんだ瞳を鬼源に向け、小さくうなずくのだった。そして、左右に立って全身をじろじろと見つめている和枝と葉子に向かって、
「こういう実演のスターにして下さるよう、私の口から、森田組の皆様にお願いしたのですわ。どうぞ、お好きなように静子を嬲って下さいまし」
小さいがはっきりした声で夫人がそういった時、悦子が生卵を二つ入れた笊を持ってやって来る。
「なんだ。けちりやがって。もっとたくさん持って来ねえか」
と鬼源が叱ったが、
「いいわよ。二つで結構」
と、和枝はその笊を受け取って、葉子と顔を見合わせ、くすぐったそうに笑った。
静子夫人のもの悲しげにうるんだ瞳が、悦子の眼と触れ合う。夫人は、線の綺麗な端正な頬を上気させて、悦子から羞ずかしげに視線をそらした。
「一体、そいつで何をするんだ」
と、岩崎が盃を重ねながら、面白そうに二人の妾にいう。
「そら、以前、親分と一緒に浅草で見たじゃありませんか」
「ああ、コケコッコか」
岩崎は腹を揺すって笑い出した。
美女に卵を産ませる遊びを、この二人の悪女は企画したのである。
その珍芸を、脂汗を流してのたうちながら夫人は一、二度鬼源の調教を受けたことがあったが、気が遠くなる程の屈辱的な芸当であった。鶏の鳴き真似をしながら、卵を産み落とすのである。
二人の妾の考えついた遊びに対し、周囲を埋め尽している男達は、わっと喚声を上げて喜び出す。
「いいわね。じゃ、お腹へ入れるわよ」
葉子が手にした、卵を夫人の鼻先へ近づけて、一応、実演スターの了解を求めようとする。
静子夫人は、これから二人の同性のいたぶりを受けるという恐ろしさと口惜しさを必死にこらえながら。
「ハ、ハイ」
と、うなずいてみせた。
「じゃあ、旅の恥はかき捨てといきましょうよ。さ、葉子さんからお先へどうぞ」
と和枝がクスクス笑いながら、葉子の肩を突く。
任しとして、と葉子が静子夫人の足元に身をかがめた。
「ああ、嫌、嫌っ」
それが触れると、静子夫人は、心をそそり立てる程に優美な線を描く太腿と官能味を持った腰をもじもじ動かせ始める。見物人達の官能をうずかせるためのポーズかも知れなかったが、たしかに男達は煽られ出し、急にゲラゲラ笑い出したりした。
ひどい近視である葉子は事がうまく運ばないのである。
静子夫人は、さも切なげに眉を寄せ、もどかしげに腰を揺すり、
「うん、そ、そこじゃないわ。いや、いや、ああ、じらさないで♢♢」
熱い吐息を混じえて、すすり泣きつつ夫人は悶え抜いている。
そんな風に外部から来た同性にいたぶられ羞恥と苦悩にのたうち廻る静子夫人を見て、千代と川田はたまらなくなったように笑いこける。
自分達にとっては、昔、一尺先へも近寄ることの出来なかったような気高さを持った御主人様であり、美貌と教養を持って上流社会に君臨した遠山財閥の令夫人が、今、満座の中で野卑なやくざ親分の妾にいたぶられ、その位置を教えようとして泣きじゃくっているのだ。
「まだうまくいかないの。しっかりしなさいよ」
和枝が、いやらしく口を歪めて笑いながら汗を流して仕事にかかっている葉子の背を叩き、自分も葉子と並んで手伝い始める。
「待って」
懊悩し、のたうっていた静子夫人は、二人のがむしゃらな行為を一旦、停止させると自分も必死に努力するのだった。
「どうやら今度はうまくいきそうよ」
深い暗い沼の底に引きずりこまれて行くようにそれは二人の女の手で徐々に沈められて行く。
「ああ、うう♢♢」
静子夫人は、心も溶けるような甘いうめきをくり返し始めた。
そして、ようやく自分のものにすると、火のような熱い吐息をつきながら、ゆっくりと腿を閉じ合わせ、
「静子の、静子のものになったわ」
と、あえぐようにいった。
「駄目、駄目。まだ少し、白い頭がのぞいているわよ」
千代が両手を口に当てて、美しい元の主人に向かい、すっかり腹の中に入れるように命令する。
再び、和枝と葉子が手を差しのべ、完全にそれを夫人の腹中に埋めてしまうと、周囲の見物人達から拍手が巻き起こった。
影も形も残さず、それは信じられない位あざやかに姿を消してしまったのである。
「こんな奥行きのある美しい女とたっぷり楽しみ合ってみてえもんだ」
と、呆然として眼をこらしながら、見物する男達はいう。
きらめくように美しい全身に、べっとり脂汗を浮かべ、言いようのない悲しげな表情で虚脱したように、うるんだ瞳をじっと前方に向けている静子夫人。
「まあ、美に見事に……」
二人の悪女が、急に吹き出して、笑いこけると、もう一人の悪女、千代が、もうどうにもじっとしていられなくなったのか、フラフラと立ち上り出した。
今にも大粒の涙がどっとあふれ出そうなひきつった表情を見せている静子夫人の、紫のしごきで緊縛されている豊かな美しい乳房を、千代は指ではじき、和枝と葉子に向かっていう。
「ね、この女、虫も殺さぬおとなしい顔をしているのに相当なものでしょう。こういう浅ましい芸当をお客様に見て頂くのが楽しくて仕様がないんですってさ。生まれつきの素質なんですよ」
すると、鬼源が、ニヤニヤしながら、
「そろそろ、この雌鳥に卵を産ましてみちゃどうです」
と声をかける。
そうね、と和枝と葉子が二人して笊を持ち、丁度、その下あたりに持ち添えるのだった。
「さ、雌鶏らしく、上手に鳴きながら、卵を産み落とすんだよ」
千代が、静子夫人の透き通るように白い、美しい横顔を睨むように見すえながら命令した。
「早く鳴かねえか」
鬼源も、だみ声を張り上げる。静子夫人は戦慄めいた屈辱感に一瞬、唇をわなわな慄わせながら開いたのである。
「コ、コ、コケコッコ」
どっと哄笑がわき上る。
「よ、よ、早く産まねえか」
やくざ達は調子に乗って、がなり立てるのだった。
「コ、コ、コケコッコ」
静子夫人は、白い頬をいっしか真っ赤に染めて、もどかしげにくねくね揺らし始める。白いものが小さく頭をのぞかせ、次第に大きくなって、遂にポトリと笊の中へ♢♢。
再び見物人のどよめきが起こり、続いて一斉に拍手が起こった。
息の根も止まるような屈辱感と同時に夫人の全身に心地よい痺れのようなものが奇妙にじわじわとこみ上って来る。
もっと、もっと、静子をいじめて笑いまくるがいいわ、と静子夫人はやくざ達の喝釆と悪女達の哄笑に挑戦するかのように、破れかぶれになり出した。
男達の拍手が鳴り止まぬうち、再び、和枝と葉子の手で第二弾。
積極的にくねらせ、それを受け入れようと努力する静子夫人。それを見て、会心の微笑を口元に浮かべる鬼源と千代。
「今度はそれを、割ってごらん」
葉子が全身を火のように燃えたたせてしまっている静子夫人に、クスクス笑いながら命令した。
静子夫人はその繊細な頬の線に、さっと上気の色を見せたが、薄く眼を閉ざしたままかすかにうなずき、見物人達の心をそそり立てるよう努力し始める。
美女の卵割りダンス、などと誰かがいって大笑い。しかしそれは、野卑なやくざ連中にとっては、すばらしい酒の肴であった。
煌々と輝く部屋の明りをはね返すように艶々した夫人のミルク色の肌はきらめき、全身、脂汗にまみれて、上ずった声を出し始めた。
「♢♢ああ、口、口惜しいわ。割れない、割れないんですっ」
優雅で、しかも狂おしいばかりの涕泣を夫人は口から発しながら、さも、もどかしげにブルブル左右へ激しくひねったりした。
「そんな事でどうするんだ。しっかりやれ」
と見物人達は、どっと笑い立て、弥次り出した。
「仕様がねえな。そんな事が出来ねえようじゃ、俺の面目、丸潰れじゃねえか」
鬼源は、舌打ちして、静子夫人に近づく。
すると、川田も近づいて来て、鬼源にいった。
「これじゃ、おさまりがつかねえぜ。代りに客達の手で浣腸責めにでもさせてみるか」
わざと静子夫人に聞こえるように川田は楽しげに、そんな事をいったのだが、
「嫌っ、お願い。も、もう少し、待って。待って頂戴!」
静子夫人は、ひどく狼狽して、ハアハアと熱い息を吐きながらいい、再び、汗みどろの全身を必死に悶えさせるのである。
夫人の最も恐れ、忌み嫌う浣腸責めを持ち出し、夫人にハッパをかけた川田は、なおも意地悪く、必死に闘う夫人の前に洗面器や浣腸器を並べ、夫人の眼に示そうとするのである。
「♢♢ああ、川田さん、待って、待って下さい」
夫人はたまらなくなったように激しく首を振り一層、身悶えを激しくするのだったが、それにつれて、激しい涕泣をくり返すのだ。
「それ程、努力しても出来ねえものは仕方がねえ。さ、浣腸責めに切り換えようぜ」
川田と鬼源が、夫人のふくよかな肩に左右から手をかけた時、奇妙な音がし、夫人が待ちに待っていたことが起こったのだ。
その瞬間、あっと夫人は小さく声をあげ、優美な身動きを止めた。
「割、割ったわ」
夫人はそういうと、がっくり首を前に落し、薄絹を撫でるように甘美で繊細なすすり泣きを始める。
「ほんとだな。え、奥さん」
元、運転手であった川田は、かつての女主人の美しい優美な身体の線を手でさすりながらいった。
消え入るように小さくうなだれて、身をすくませる静子夫人を見た川田と鬼源は、満足げにうなずいて、洗面器を取り上げ、ぴったりと当てがった。
「じゃ、皆様に証拠をお見せするんだ」
美女のそれに対する鬼源達の徹底したいたぶりを見て、さすがのやくざ達も異様な息苦しさを感じ出すのであった。
静子夫人は、次々と吐き出しながら、す—と気が遠くなっていった。
俎の上
珍芸を披露すると同時に、失神してしまった静子夫人は、何もかも、まるで命まで下げ渡してしまったかのように、開かされようが片肢を持ち上げられようが身じろぎもせず、川田や千代達の後始末を受けている。
「何もかもこちら任せで楽なものね」
と千代は笑い、ピシャリと夫人の尻を叩いた。
ふと、静子夫人は正気づき、空虚な眼を見開いて、周囲を見廻した。
卑劣な男達の好色に光る貪るような眼、悪女達の好奇にギラつく瞳などが依然として周囲を埋め尽している。
「途中で気を失うなんて、だらしがねえぞ。しっかりしろい」
と鬼源のガラガラ声が横から響いた。足元に散らばっていた果物の皮、卵の殻などは何時の間にかきれいに後片づけされていたが、今、眼の前では、川田と捨太郎が大きなマットレスを敷き、次のショーの支度にかかっている。
♢♢いよいよ、これから捨太郎と♢♢そう思うと静子夫人は、今まで言語に絶するいたぶりを受けた身ではあるが、毛穴から血が吹き出そうな思いになり、今更、動揺はすまいと思っても、膝頭はガタガタ慄えるのだ。
そんな静子夫人の額に浮かんだ汗を、千代はハンカチで掛きながら、夫人の耳元に口を寄せ、楽しそうにいった。
「ホホホ、奥様。泣いても笑っても、とうとう今から捨太郎と結ばれることになったわね。ここでしっかり夫婦の契りを結んだら、明日は捨太郎と奥様のために盛大なお祝いパーティを開いてあげますわ」
千代は、ほくほくした顔つきで、静子夫人の乱れた頭髪を櫛ですき上げる。
「そら、何時までも口をつぐんでいちゃ駄目じゃないか。岩崎親分に、今の芸の御批評など聞いてみろ」
固く口をつぐみ、端正な美しい顔を横にそむけている静子夫人が気に入らないのか、鬼源は口をとがらせるようにしていった。
「♢♢はい」
と、夫人は二重瞼の美しい瞳をそっと開きすすり上げるようにうなずくと、濡れ濡れとした瞳を正面に坐っている岩崎の方へ向けたのである。
岩崎は、テカテカ光る額をしきりに手でさすりながら、酒を飲み、好色にギラついた視線を夫人に向けている。
「♢♢岩崎様、静子の只今の芸は、お気に召しましたでしょうか」
悲しげな影の射す濡れた瞳を岩崎の視線と合わせて夫人はそういうと、
「ああ気に入った。バナナも卵も気に入ったが、わいが一番気に入ったのは、お前が一寸そっとじゃお眼にかかれん美人というこっちゃ。生き弁天のお姿を拝見しながら、こうして酒を飲むだけでも結構。あんまり身体にこたえるような芸当はせんでもかめへん」
と、ちょつぴり寛容を示すと、鬼源が慌てて、
「そりゃいけませんよ親分。この女は、どうしても岩崎親分に色々な芸をお見せしたいと今日の日を楽しみにしていたんですからね。ま、どんなものが飛び出すか、今夜は明け方まで、ごゆっくり見物してやって下さい」
「うん。そんなら、こっちも肚を据えて、とっくり拝見させて貰いまひょか」
岩崎は泥えびすのような顔になってうなずくと、コップの中になみなみと酒を注ぎ、
「今の珍芸を見せて貰ったお礼に、この酒を飲ませてやってくれ。たしかにその別嬪さん、いける口やと思うが」
へい、とそのコップ酒を川田が受け取り、
「そら、岩崎親分のお流れだ。有難く頂戴しな」
と、夫人の口へ持ってゆく。
見物人の誰かが、下の口で飲ましてみろ、などとふざけて叫んだので爆笑が起こった。
「成程、そいつも一興だ」
と、川田は笑いながら見物人達の弥次を受け取り、夫人の足元に身をかがませると、そっと、コップ酒を当てがった。
「さ、お客の言いつけだ。景気よく飲んでみな」
和枝も葉子も千代も、ぷっと吹き出して、口元を手で押さえた。
そうした川田の陰湿なからかいに、静子夫人は、初々しい羞恥を見せて、わざとらしく反応を示す。鬼源に教育された、こうした場合におけるスターのお色気というやつであろう。
「嫌、嫌、そんな事出来ないわ。ねえ、堪忍して♢♢」
鼻を鳴らし、もじもじ尻をゆすって、見物人達を楽しませようと夫人は振る舞っているようであった。
「ストローでチューチューと吸ってみるか」
「ひ、ひどい。お願い、もういじめないで」
静子夫人が川田のからかいに呼応して、見物人達をわくわくさせているのに気を良くした鬼源がいう。
「ハハハ、さすがの俺も、そんな酒を飲ますってことだけは仕込めねえよ」
見物人の一人が立ち上り、一本のストローを川田に渡したので、場内にまた笑いが巻き起こった。
川田が客に受けることを狙い、それをコップ酒の中に突っ込むと、その先端をわざと夫人の股間につなぎ始める。見物人達は大喜びだ。
「さ、吸ってみな」
「そ、そんな♢♢ああ、嫌っ、嫌よ」
静子夫人は息苦しいばかりに舌足らずの悲鳴を上げつつ羞恥に悶え、周囲をぎっしり埋めた観客を楽しませるのだった。
「何してやがる。早く吸い上げねえか」
川田の横へ鬼源も腰をかがめ、夫人の量感のある見事な尻を平手打ちしたり、揺さぶったりして、嵩にかかったように夫人を泣かせつづけるのだ。
「♢♢許して、ああ、そんな事、出、出来る筈がないわ」
遂に夫人は、堪え切れなくなったように顔をねじ曲げるるようにして号泣し始めた。
「仕様がねえな。じゃ、こいつが出来なかったお仕置は、捨太郎と床入りがすんでからゆっくり考えることにしようぜ」
と、鬼源と川田は、ようやくストローを捨てて、立ち上った。
これからマットの上で醜悪な捨太郎とからみ合い、明け方まで男達の酒の肴にならねばならぬ静子夫人であるのに、鬼源達は一種の前座芝居でも演じさせるかのよう男客女客を使って、徹底的ないたぶりを夫人の身に加えるのであった。
「じゃ、ちゃんと飲ませてやる。有り難く頂戴しな」
川田にコップ酒を唇に押しつけられると静子夫人は、ほっと救われたように眼を閉じ合わせ、強引に注ぎこまれる日本酒をゴクゴク喉を鳴らして野飲み始めた。
夫人の紅唇から、したたり落ちる酒の滴が暖かそうな白い首すじを伝わって、紫のしごきに緊め上げられた豊満な乳房のあたりにまで流れてゆく。
「ほう。いい飲みっぷりだ」
見物人達は、一杯のコップ酒をすっかり飲み乾して、ふっと熱い息を吐いた静子夫人を頼もしげにニヤニヤして見守っているのだ。
美しい静子夫人の容貌が酒の力で忽ち桜色に染まり出した。
「酒は寒さしのぎに何よりの妙薬だ。さ、いい色になったところで堂々とおっ始めて貰おう」
鬼源は、そういって、静子夫人のしごきの縄尻をロープから切り離した。
「さ、皆さん、この女をそのマットの上に乗せ上げるんです。手伝って下せえ」
鬼源がそういうと、よしきた、とばかりに何人かのやくざ連が立ち上り、わらわらと近寄ってきた。
第五十五章 令夫人と野獣
美女と野獣
「へえ、こりゃ随分と重てえぜ」
鬼源に協力を頼まれて、静子夫人のきらめくように白い、滑らかな柔らかい全身に手をかけた三、四人のやくざ達は、そのまま夫人をよっこらしょと横抱きにして、配置された大きなマットレスの上へ運んでゆく。
静子夫人は、肉体も心も、そして命までも悪魔達の手に一切ゆだねてしまったように観念の眼を閉じ、されるがままになっているのであった。
二、三人が静子夫人の脂肪ののった、乳白色の肩と背に手を廻して抱き上げ、二、三人が横抱きにし、楽しそうに、わっしょ、わっしょと、声をかけながら、マットの上へそっと乗せ上げる。
紫のしごきで両手を後手に緊縛されたままマットの上に膝を折って坐った静子夫人は、今まで果物や生卵などで責めさいなまれた熱い肉体をなよなよとくねらせるようにしながら、桜色に上気した美しい顔を男達のギラギラした異様な視線から隠そうとして、右へそむけたり、左へそむけたりをくり返しているのだ。
「モタモタせず、これからおっ始めることの説明を皆様にしなきゃ駄目じゃねえか」
鬼源は煙草をプカプカふかしながら、眼を細めて、マットの上の美しい人魚を見、しかし、語気だけは相変らず鋭く、そう夫人に浴びせかける。
静子夫人は、鬼源に楽屋の中で教育された通り、これから演じなければならぬ醜悪な行為について、周囲を埋め尽している男達や岩崎の二人の妾達に対して、解説を加えねばならぬことになっていたのである。
「一体、これからどんな事をして見せて下さるというの」
その場の雰囲気にも馴れ、酒気を帯びて一層大胆になってきた二人の悪女の、葉子と和枝は、マットの上に仰向けに寝かされた静子夫人の傍へ腰をかがめて、楽しそうにいうのだった。
「♢♢殿方が一番お気に召す方法ですわ。今からそれを静子が主人の捨太郎と、この場で演じさせて頂きます」
静子夫人は、抒情的なまでしっとりと潤んだ二つの瞳を物悲しげに葉子と和枝に向けてそういった。
「殿方が一番悦ぶ方法って一体何なのよ。そうもったいぶらず、はっきりおっしゃな」
和枝が夫人の白い顎に指をかけ、楽しそうにいった。
「一体、何の事、意味がわかんないわ」
和枝と葉子が面白そうに顔を見合わせると鬼源がニヤニヤしながら近づいて来て、彼女達にその意味を説明する。
「まあ、嫌だ。ホホホ」
和枝と葉子が同時に呆れたような顔をして笑いこけた時、千代と川田が、それぞれの手に小さな香水瓶を持って腰をかがめるのだった。
「さ、奥様。寝室のエチケットについて皆様に御説明して下さいな」
千代は、香水瓶の蓋を取りながら、静子夫人に次の開設を要求する。
静子夫人は、閉じ合わせていた眼を再び静かに見開いて、情感のこもったねっとりした美しい瞳をのぞきこんでいる和枝と葉子に向けた。
「♢♢こうした愛情表現を行う前には寝室の身だしなみとして、妻は、周囲に香水を振りかけます。♢♢千代さん、川田さん、お願いしますわ」
静子夫人は、そういうと、さらに、
「お二人にこんな事までお願いして御免なさいね。でも、静子、両手の自由がきかないんですもの」
静子夫人は、甘えかかるようにそういいながら、薄絹を撫でるような甘美な鳴咽を洩らし、川田と千代の行為を甘受していた。
「さ、充分に香水をふりかけてあげたわ。他に香水が必要なところがあったら、おっしゃって頂戴、奥様」
千代は、金歯をのぞかせて甲高い声を立てながら静子夫人の臍を指ではじいた。
泣いてもわめいても、いよいよ今夜、遂にこの美貌の令夫人は醜態な捨太郎と夫婦の契りを結ぶのだ。
しかも満座の中で珍妙な愛欲図絵を展開させ、明け方まで野卑な男達の注文に応じ様々な嬲りものとなるのだと思うと、千代はようやく恨みを晴らしたような何ともいえぬ爽快な気分になって来たのである。それだけに、これから行われる静子夫人と捨太郎の実演をより効果的な、すさまじいものにしようと千代は腕によりをかける気で張り切り出しているのであった。
千代と同じように川田も、元の主人である美しい静子夫人の崩壊に力を注いでいるようであった。
川田と千代が仕事を終えて立ち上ると、先程から近くに来て、鳥の腿肉を齧りながら待機していた捨太郎が鬼源の眼くばせを受けて立ち上った。
しっかりやれ、などと見物人達は胸毛を生やしたレスラーのような体つきの捨太郎を見上げて拍手し始める。
捨太郎は、エヘラエヘラとだらしなく口を歪めて、周囲をぎっしり埋め尽した男達を見廻し、肩にかけていた半纒を投げ捨てた。
わあ—と見物人達の間で喚声と哄笑が渦巻く。
「見ろ、こりゃ凄えや」
男達は顔を見合わせて、舌を巻くのである。
行為に入る前に記念写真をとっておきたい、という千代の希望を聞き入れて、捨太郎はマットに膝を折って坐った夫人の背後から両手で抱きしめるようにして腰を落とし、夫人の美しい頬にぴったりと自分の頬を当てがったのだ。
そんな二人の前に千代がカメラを構えて腰をかがめると、それを合図にしたように先程から待機していた森田組のチンピラ達が四囲に配置されている撮影用のライトの灯をともし、別の角度から川田が8ミリの撮影カメラを構え出した。
これから始まる美女と野獣の実演を克明に撮影し、あわよくばそれを商品にする肚で、田代はあらかじめ、こうした撮影器具をチンピラ達に準備させていたものと思われる。
ぴったりと捨太郎の頬を、頬に押し当てられ、繊細な美しい象牙の顔をし—んと凍りつかせたようにして静子夫人は眼を固く閉ざしている。
「ちょっと、駄目じゃないの。眼をつぶったりしちゃ。夫婦の契りを結ぶ前に記念写真を撮っておいてあげようというのよ。さ、奥様、眼を開けて、幸せそうに笑ってごらん」、
千代がいうと、静子夫人は、そっと眼を開き、翳の探い、暗い哀しげな色を瞳に浮かべて、千代の構えるカメラへじっと視線を注ぐのだった。
マットの上に向けて、一斉にともされたライトの光に静子夫人のその憂愁を帯びた、優雅な容貌は、ひときわ美しく照り映える。
千代は、満足そうにうなずいて、シャッターを押すと、今度は角度を変え横の方から、また後ろの方からカメラを構えて、何かにとり憑かれたようにシャッターを押しまくった。
捨太郎の獣のように醜悪な容貌と静子夫人の天女のような輝く美貌、そうしたアンバランスな組み合わせが見ている者に滑稽な皮肉感を与え、美女と野獣のショーと鬼源の名づけたショーのタイトルが実に適切なものに感じられるのであった。
「さて、新郎新婦は、甘い愛の言葉を交わし合い、熱い接吻をしてから、皆様、お待ち兼ねのフランス式ショーに入ることに致します」
鬼源が酒気を帯びて赤くなった額をさすりながら上機嫌で立ち上り、周囲を埋める男達に声をかけた。
待ってました、と見物人は中腰になって一斉に拍手し始める。
楽屋の中で、鬼源や捨太郎と打ち合わせした通り演じつつ、いよいよ静子夫人は、奈落へのコースをたどることになったわけだ。
♢♢何をためらっているの、貴女はもう人間じゃないのよ、悪魔達に気に入られるよう振る舞うことが貴女に与えられた天命なのよ♢♢
と静子夫人は自分の心に言い聞かせると、未練を断ち切ったよう、今までうなだれるようにしていた顔をさっと上に上げ、捨太郎の方へねじるように首を廻し、甘えかかるように一層、肩や背を捨太郎の胸へ押しつけていったのだ。
「ねえ、あなた。もっとしっかり、静子を抱いて♢♢」
静子夫人が思いがけなく、急に自分の方から甘えるように身をすり寄せて来たので捨太郎は一瞬、面喰らったような顔つきになった。
「ねえ、静子は今夜、あなたのものになるのよ。うんと可愛がって下さらなきゃ嫌」
静子夫人は、眼を閉ざし、形のいい紅唇を捨太郎の唇へそっと近づけてゆく。
「ねえ、あなたベーゼを♢♢」
押しつけた来た静子夫人の柔らかい唇に、捨太郎は、ぴったりと口を当てた。
田代、鬼源、川田、千代達は、互いに眼を向け合い、北叟笑む。
田代は千代を手招きして、自分の横に坐らせると、盃を渡して酒を注ぎ、
「この調子だと静子夫人、捨太郎と円滑に夫婦の関係を結んでくれそうですよ。ハハハ、どうです、肩の荷が降りた気分でしょう」
田代にそういわれて、千代はいやしげに顔をほころばせ、
「これというのも社長や鬼源さんのお陰ですね。これで静子が妊娠でもしてくれりゃ申し分がないってところなんですけどね」
などといって笑い出すと、そこへ鬼源も上機嫌でやって来て、
「へへへ、中々ムードが出て来たじゃありませんか。捨太郎の奴も、今日は久しぶりに女を抱くというんで大張り切りでさあ。しかも相手は絶世の美女ときてるんで、口で一回、体で五回、計六回はお客を喜ばせてみせると意気ごんでやがるんですよ」
まあ、そんなに、と千代は口を手で押さえてクスクス笑った。
鬼源の説明によると、捨太郎の一回の所要時間は約一時間。だから、その回数をこなすには、どうしても明日の朝までかかるという。
「だが、鬼源。静子は生まれ育ちのいい貴婦人であるだけに、そういう絶倫男に振り廻されているとガタガタになっちまうんじゃないか。大事な商品をそう無茶に扱うというのは、どうかと思うんだが♢♢」
と田代が気づかうと鬼源は笑いながら、
「そりゃ途中で二度や三度、気を失うことになると思いますが、水でもひっかけて正気づかせ、泣いてもわめいても続けさせるんです。そういう風にして捨太郎の体に馴れさしてしまえば、こっちのもの。身体も心もいよいよショーのスターとして生まれ変り、めっきり貫禄もついてきますからね。昔、一日に何人もの客を相手にしなきゃならねえ娼婦を仕込む時、捨太郎のような絶倫男の相手をさせて身体を作ったもんですよ」
鬼源は、静子夫人の肉体を娼婦のそれのように抵抗力のあるものに磨きあげる必要があるとしているのだ。
「ま、スターの教育は俺に任せておいて下せえ。薄馬鹿野郎だが、一度、捨太郎を知った女は、捨太郎の味が忘れられなくなっちまうもんです。静子夫人だって、そのうちには、へへへ」
鬼源は、楽しそうに笑って田代の肩を叩き、眼を舞台に向けた。
捨太郎と静子夫人は、息をはずませ、濃厚な接吻シーンを展開している。
ようやく、唇を離した静子夫人は鬼源の演出通り、ぴったりと捨太郎の頬に上気した自分の頬を当てがって、香ぐわしい鼻息を混ぜた頬ずりをしながら、
「ねえ、ねえ」
と甘えかかるように身を揉んでいる。
「お客様がお待ち兼ねですわ。静子にフレンチキッスをさせて。ね、いいでしょう」
「へへへへ、おらもしてやるぜ」
「嬉しいわ。あなたのお好きな香水をつけて静子、支度しておいたのよ」
そんな二人のやりとりを見物人達はポカンと口を開け、阿呆のような顔つきをして見入っている。
やがて、静子夫人は静かに横たえられた。
紫のしごきで相変らず後手に縛られたままの静子夫人は、さももどかしげに身を悶えさせながら、
「あなたを、あなたを抱けないのが口惜しいの。ああ、解いて欲しいわ、このしごき」
「いいから、いいから、両手は使えなくたって口は使えるだろ」
見物人達は、どっと哄笑する。
捨太郎はこういう事を商売にしている男だけに、ニヤニヤしたり、そわそわしたりということはなく、妙に生まじめな顔つきである。
奴隷妻
「じゃ、最後にもう少し打ち合わせをしておこう」
と、いって鬼源は捨太郎を夫人の傍から追い払うようにすると、マットの上に緊縛された裸身を正座させている静子夫人の横手に腰をかがませた。
捨太郎は全裸になってマットの周囲を取り囲んでいる見物人達に股間の自慢の肉棒を突き出して見せ、全員を笑わせている。
「凄えペニスだな。あれなら馬だって顔負けするぜ」
と、やくざ連中がゲラゲラ笑い出すと捨太郎は一層、得意になって腰を揺さぶり、その巨大な肉棒を左右前後に振って見せ客達の機嫌をとろうとしているのだ。
「馬鹿だな、まったく」
鬼源はチラとその方を見て苦笑したが、すぐに千代や銀子達も夫人の傍へ呼び寄せて打ち合わせを始めるのだ。
「最初はフェラチオから始めさせるのね」
と、銀子が楽しそうにいうと鬼源は、そう、尺八からやらせるんだ、といい、
「捨太郎は最初に一回、精を出させた方がその後、妙に調子づくんだ。何しろ、精力だけは化物なみの凄さを持っている男だからな」
と、鬼源は薄ら笑いを浮かべて銀子と朱美の顔を交互に見つめた。
こうしてカメラ撮影の支度も出来ているんだから、出来ればこの美しい顔にひっかけさせる所が撮れればフィルムにいい値がつくんだけどな、と、鬼源は相談するように銀子にいった。
「だって、その方の経験はまだ浅いんだから奥様にはまだ無理じゃない」
どうせ夫婦になるんだから、すぐにそのタイミングがわかるようになるわよ、と、銀子はいった。
「そうだな、何もあわてる事はねえからな。少し、調教すりゃ、すぐにコツがわかるようになるさ。何しろ、この奥様は大学まで出られて人一倍、頭のいいお方だからな」
と、鬼源は皮肉っぽくいって笑った。
「何よ、面白そうな話をしているじゃないの」
と、千代が興味を示して乗り出して来ると鬼源は、エロフィルムというのはそんなふうに作るもんだと説明する。
「まあ、男の体液を顔で受けさすなんて、凄い映画もあるものね」
と、千代は笑いこけた。
「そういう稼業の亭主を持つ事になったのだから、奥様も早くその要領を覚えて夫婦で出演し、森田組の資金集めに協力して頂きたいものだわ」
と、千代は気品のある端正な横顔をこちらに見せたまま軽く瞑目するように睫を閉ざしている静子夫人に眼を向けた。
銀子はそんな夫人に身を寄せていき、顎のあたりに手をかけ、夫人のその情感的な深みのある柔媚な頬を指で押し、
「大会社の令夫人のこの美しいお顔がゴリラ男の射精を受けてべっとり濡れちゃうなんて、ああ、そんな傑作映画を見てみたいものだわ」
と、朱美と顔を見合わせて哄笑するのだ。
「ちょいと、奥様、聞いているの」
と、朱美は急にこみ上げてきた憤辱を必死に耐えながら無理に冷静を示そうとしている夫人が小憎らしくなったのか、夫人の冷たく冴えた綺麗な頬を指ではじいた。
「聞いておりますわ。悪魔でも思いっかないような方法をよく考えたものだと感心しているのです」
と、夫人は皮肉っぽい言い方をしたが、もうどうされたって自分は驚くものか、といった不貞くされた度胸をつけたものと見て銀子も朱美も満足げにうなずき合っている。
「とにかく今日の所は捨太郎をその形のいいお口を使ってしゃぶり抜き、一回日の射精をさせてやり、その後、本格的な夫婦の営みに入る。それでいきましょう」
と、銀子は楽しそうにいったが、その時、見物人達のゲラゲラ笑う声が聞こえた。
捨太郎が一升瓶を巨大な一物にぶら下げて奇妙な踊りを演じ、一座をわかせているのだ。
捨太郎の屹立した肉棒に皮紐で吊られた一升瓶は捨太郎の踊りに合わせて左右にぶら、ぶら、揺れ動いている。
「全くの馬鹿だが、ああいうふうに間をもたせてくれるので助かる場合があるんだ」
と、鬼源は捨太郎の馬鹿踊りをまた微苦笑して見つめるのだったが、それをふと眼にした銀子が、
「でも、あんな馬並みのペニスがこの奥様のおしとやかなお口に入るかしら。ひょっとして、口が裂けるのじゃないかと心配だわ」
と、おかしそうにいった。
「大丈夫、大丈夫。相手は愛する御主人ですものね。愛があれば何だって出来るわよ」
朱美はそういって見物席の中でコップ酒を飲んでいる義子を見つけると手招きして呼び寄せた。
「これから奥様が捨太郎をしゃぶり抜くのよ。見だしなみをととのえて私が奥様に口紅を引くから、その間、あんた、美津子に教えてやったあのスッパ、スッパなんか、色々と技巧を教えてやってよ」
朱美は義子にそういってハンドバッグから口紅を取り出すと、俯向き加減に眼を伏せている静子夫人の顎に手をかけて強引に顔を起こさせた。
「捨太郎をこの奥様にしゃぶらせるの。へえ、そら、かなりの重労働やなあ。なんせ、あれだけの太さやし、一升瓶、ぶら下げたかて、へっちゃらの男や。顎がガタガタになってしまうでえ」
義子がそういうと、そりゃ、承知の上さ、と鬼源がいった。
性の奴隷としても静子夫人はここではナンバーワンなんだから、あの化物級の馬鹿男なら相手にとって不足はない筈、と、鬼源はいうのだ。
「また、こっちとしても調教のやり甲斐があるってものだ。何としてでも、喰らいっかせてあの薄ら馬鹿に気をやらせなきゃ」
鬼源が威張って見せるようにそういうと、ちょっと、鬼源先生、と、千代が笑いながら横から口を出した。
「そう捨太郎さんの事を薄ら馬鹿とか、化物なんていえば静子奥様に失礼じゃありませんか。捨太郎さんはこの奥様の新しい御主人になられた方でしょう。そのうち、この奥様は捨太郎さんの赤ちゃんまで産む事になるわけだし」
ねえ、静子奥様、と甘い声を出した千代は朱美の手で唇に口紅を引かれている夫人のしなやかな乳色の肩先に手をかけるのだった。
紫のしごきでがっちりと後手に縛り上げられている静子夫人は正座して銀子に顎をとられ、朱美に口紅を引かれているのだが、その固く閉じ合わせた眼尻から糸を引くように一筋、二筋と熱い涙がしたたり落ちている。
「あら、泣いているの、奥様。どうしたの、もう覚悟は出来ている筈でしょう」 と、静子夫人に口紅を引く朱美は夫人の眼尻から流れ落ちる涙を見て頓狂な声を出した。
「そうじゃねえよ、この奥様はな」
と、鬼源は義子に手渡されたコップ酒を一口、飲んでからニヤニヤしていった。
「これから大数の見物人の前で捨太郎のあのでっかい肉棒を心おきなくしゃぶらせて頂けるし、からみ合いもさせて頂ける。自分もこの道のスターとして捨太郎みたいなベテランとコンビを組む事が出来たって事で嬉し涙を流しているんだ」
な、そうだろう、と鬼源はきめつけるような言い方をして夫人の柔らかい耳たぶを邪険に引っ張るのだ。そして次には急に居丈高になって、
「いいか。今日は見物衆も大勢つめかけているんだ。この道のスターとして色っぽい演技もして見せなきゃ駄目だぜ。そして、いざ始めたとなりゃ、命がけでがんばるんだ。何としても捨太郎に一発、射精させてやらねえと客も納得しねえし、奴も承知しねえ」
と、夫人に語りかけ、後はコーチの義子に任せるぜ、と鬼源は夫人の前に義子を坐らせるのだった。
義子にはそれに対する実技指導、鬼源には演技指導を受けて素直に、また、哀しげにうなずいている静子夫人を千代は何ともいえぬ嬉しそうな表情で見つめている。
遂に静子夫人が捨太郎とここで夫婦のつながりを持ち、醜悪で下劣な捨太郎と白黒お座敷ショーの夫婦コンビを組む事になるのだと思うと千代は胸のつかえが一気に下りたような気分になるのだった。
「おい、何時まで待たせるんだ。ゴリラ男の瓶吊り踊りなんてもう充分だ」
と、ショーの開幕を待ちくたびれた男達がわめきだした。
川田があわて気味に客達の前に立って挨拶をやり始めている。
「これより始めますショーは題して『奴隷妻』。こんな美人の奴隷を一匹、家に飼う事が出来ればどんなに楽しいか。ゴリラ男が奴隷妻を飼育している情景を御覧になって頂くわけですが、何しろ、打ち合わせが不充分な上に指導がいきとどいておりません。ですから、コーチにも登場して頂き、その指導情景の楽屋裏を皆様にお見せしようという事になったわけですが」
何だか要領を得ない事を口にして川田はハンカチで額の汗を拭うのだった。
「そんな事はどうだっていいから早く始めろ」
と、観客の怒号を浴びた川田が引っ込むと鬼源がマットの上に椅子を置き、そこへ全裸の捨太郎をせかして坐らせている。
捨太郎の坐る椅子のすぐ前方には紫のしごきで後手に縛られた静子夫人が立膝になって坐っていた。深くうなだれるように前に首を垂れさせている静子夫人の情感のある柔媚な横顔には乱れ髪が数本からまって、見物する男達の眼にはふるいつきたいほどの色香のある熱女を感じさせる。
酒を注ぎあっている女客の和枝と葉子も、
「女の私達から見ても惚れ惚れするはどのいい女ね」
と、構に坐りこんでいる田代に語りかけているのだ。
「そうでしょう。うちにいる美人奴隷の中でもナンバーワンなんですから」
田代は嬉しそうにうなずいて和枝と葉子の持つ盃に酒を注ぐのだ。
「あの美人が、うちじゃ今、どんなふうに調教されているか、それをまあ、酒の余興として御覧になって下さい」
と、田代が彼女達にいった時、赤褌一本となって登場した鬼源が手にしていた青竹で静子夫人の腰のあたりをピシリっと叩いた。鬼源は調教役として特別出演したらしく、すぐにドスのきいた声を夫人に浴びせかけた。
「さ、始めな。まず、御主人の足の裏から舐めるんだ」
鬼源に邪険に背を押された静子夫人は膝頭をすり合わせるようにして椅子に腰を落としている捨太郎の方へ緊縛された裸身を近づけていく。それと同時に捨太郎が機械人形のようにポンと足をはね上げ、足首を夫人の気品のある鼻のあたりへ突きつけたので観客はゲラゲラ笑い出した。
いきなり顔面へゴリラ男の足首を突きつけられた夫人は観念していたとはいえ、さすがに狼狽を示して赤らんだ頬を反射的に横にそむけた。
「よっ、御主人様の足の裏が舐められねえというのか。手前自分を何様だと思っていやがるんだ」
と、鬼源が威嚇的に青竹でマットの上を叩くと捨太郎は突き出した足首を夫人の柔軟な肩の上に乗せ、催促するように夫人の肩を足で揺さぶったので観客はまた笑いだした。
静子夫人は思い切ったように横に伏せていた顔面を前に戻し、捨太郎が再び、顔面に押しつけてきた足裏に固く眼を閉ざしたまま唇を押しつけた。自分は悪魔達に飼育、調教され、マゾの悦びを知った女だと自分にいい聞かせて夫人は捨太郎のごつい足裏にくなくなと唇をさすりつけ、次に小さく舌先をのぞかせてチロチロと小刻みに舐めさすっていく。この醜悪下等の大男、その足裏を舌先で愛撫させられるという反吐にも似た汚辱感というものは、私はマゾ女なのだと自分に言い聞かせているうちに不思議に稀薄なものになっていった。
「次に、足の指先の一本、一本、口に含んでしゃぶり抜け」
と、鬼源がわめくようにいうと夫人はためらわず捨太郎の足の指先、一つ一つを口に含んで吸い上げた。
今までうるさく弥次を飛ばしていた観客も何時の間にかシーンと静まり返ってこの奴隷妻ショーの成り行きをただ見つめるだけになっている。
「ただ、そうして黙々と指をしゃぶってるだけじゃ、能がねえだろ。好きです、とか、愛してるわ、とか、御主人様に愛の言葉を吐かなきゃ駄目だ」
と、鬼源は夫人が柔順に捨太郎の足指まで口で愛撫し始めた事に満足しながらも手きびしい調教の役割を演じている。
「好きよ。私、あなたのためなら、どんな事だって、してあげられるわ」
鬼源に強要されてそんな言葉を口走りながら再び、捨太郎の足指を口に含んで吸い上げる夫人の固く閉ざした眼尻からはまた熱い涙が一筋、流れ出て上気し始めた頬を濡らした。遂にここまで来てしまった哀れな自分に対する自嘲の涙であり、また、その涙には甘いうずくような被虐の快感もあった。
「よく、次は御主人様のその御立派な息子様に御奉仕しろ」
と、鬼源は青竹で夫人の白い滑らかな背面をまたこづき、いよいよ夫人を汚辱の極限に追いこもうとする。
「ちゃんと御挨拶してから咥えるんだぞ。わかっているだろうな」
と、鬼源に再度、青竹で背面を押された夫人は膝頭を使って中腰になりながら捨太郎の下腹部へ緊縛された裸身を寄り添わせていく。
胸に獣のような黒々とした毛を密生させている捨太郎は静子夫人が下腹部に怖ず怖ずと近づいて来たのを見て大きく股を拡げた。そして、股間のその黒ずんだ醜悪な肉棒を得意そうに揺さぶって見せながら捨太郎は黄色い歯をむき出しにしてケケケと怪鳥のような声で笑いだしている。
捨太郎が揺さぶって見せる股間の巨根にふと眼を向けた静子夫人の蒼白く硬化した顔は忽ち朱に染まりだした。ハっとおびえてそれから眼をそらせた夫人の肩のあたりに鬼源の持つ青竹がパシっと炸裂した。
「そんなにパシパシぶっ叩いたらかわいそうよ。奥様のやる気がそがれてしまうじゃない」
と、酒気を帯びた銀子達が見ちゃいられぬといったふうに片隅からわらわらと飛び出して来ると笑いながら鬼源の手から青竹を取り上げた。
銀子と朱美は介添するように捨太郎の股間を前にして深くうなだれてしまった夫人の左右に腰をかがませる。
「さ、ここまで来たのだから勇気を出さなきゃ駄目よ。女学生の美津子だって文夫を相手に上手にやってのけているんだからね」
と、銀子がいうと、横から義子が含み笑いしながら銀子に低い声音でいった。
「そら、美津子は恋しい文夫やから気分が乗るけど、奥様の場合は何せ、相手が♢♢」
うるさいよ、と、銀子は義子を叱って、
「奥様は捨太郎と再婚なさったのよ。それがわからないの。奥様は捨太郎の赤ちゃんまで産む決心をなさっているのだから」
銀子のそんな言葉を耳にして静子夫人の全身は凍りつくような屈辱感に慄え出すのだが、それを振り切るように夫人は激しく首を振って顔を起こした。
「ね、あなた。静子にそこをおしゃぶりさせて。こんなに静子が愛しているって事を、あなたにわかってほしいのよ」
先程、銀子達に教えこまれた言葉を捨太郎に向かって夫人は声を慄わせて語りかけるのだった。さ、もう一言、あったでしょう、と銀子に肩を揺さぶられた夫人は半ば捨鉢になった思いで、
「あなたも私に愛している証拠を見せてほしいわ。私を愛しているのなら、私のお口の中で思いを遂げてほしいの。私にあなたの愛のしるしをうんと飲ませて、ね、いいでしょう」
と、熱っぽく喘ぐようにいった。
「そう、よくいってくれたわね、奥様。じゃ、お客様もお待ちかねよ。始めて頂戴」
銀子に催促されるように軽く背中を叩かれた夫人は奈落の底に飛びこむ気持で膝頭を使ってつめ寄り捨太郎の股間に顔面を埋ませていった。
捨太郎のその醜悪な巨根を果たして自分の唇と舌先で愛撫する事が出来て、そんな状態にまで仕上げる事が出来るのだろうか。その屈辱感に自分の神経が最後まで耐え切れるものなのか、夫人にはわからない。ただ、死んだ気になって自分にひたすら邪淫の心をけしかけるだけだと夫人は思い切ってそこに唇を触れさせていった。
捨太郎は同時に片手で自分の巨根をつかんで、そら、とばかりに夫人の気品のある鼻先へ押しつけるようにする。
「まあ、御主派だわ。頼もしいわ。こんな見事なもの、私、以外の女性におしゃぶりなんかさせちゃ駄目よ」
静子夫人は甘い声音でささやきかけながらその巨大な生肉の先端に頬ずりし、次に唇を強く押しつけてゆるやかにさすり出した。
観客の聞からは溜息が洩れ、昂奮が渦巻き昇っていく。妖気のような気高さと情感の翳りの匂い立つ美人がその黒ずんだ醜い肉棒に端正な頬や気品のある鼻先をすり合わせ、花びらに似た唇を押し当ててくなくなとさすりつける♢♢それは皮肉っぽい対比を見せつけられたようであり、異様な愛欲図として観客の眼を楽しませる事になる。
静子夫人の羽毛のように柔らかい感触を持つ唇でスースーと雁首の周辺を甘くさすられた捨太郎は有頂天になって自分の頭髪を両手でつかみながら猿のような奇声を発しているのだ。
静子夫人が唇からわずかにのぞかせた舌先でムクムクと膨張し始めた生肉の先端から雁首の根にかけて小刻みに愛撫し始めると捨太郎は、オーオとまた胸毛を掻きむしるようにして咆えたてた。
痴態、狂態
「どう見ても、ありゃ、ゴリラだな」
と観客席に千代と一緒に坐りこんでいる田代は笑いながら千代に声をかけた。
「如何がですか。静子夫人をとうとうここまで追いこんで、さぞや溜飲が下がった事でしょうな」
と、田代がいうと千代は何ともいえぬ嬉しそうな表情になった。
「ええ、もうこれで、あの女は日の当たる場所には二度と出る事は出来ないでしょうからね」
遠山家の財産は一切、私のものになったわけだし、遠山前夫人はああしてゴリラ男と再婚が決まったわけだし、と、千代は楽しそうにいって、左手の指先にはめている翡翠の指環を田代に見せた。
「これ、以前、お茶会などに静子夫人が指にしていた指環なの。彼女が所有していたダイヤだって翡翠だって今じゃ全部、私のもの。ね、こんな宝石をしこたま持って貴族のような暮しをしていた静子夫人が今はあのざま。パンティ一枚はかせてもらえない素っ裸の女奴隷だなんて、これ、痛烈な人生の皮肉だとお思いにならない」
やっぱり、この女は頭がいかれていると感じながら田代は千代の盃に酒を注いだ。
「ね、田代さん、あの静子夫人を見て。あんなに大きく舌先を使って舐めだしているわ。まるで、犬ね」
田代は千代に指さされたマットの方に眼を向けた。
静子夫人は鬼源や銀子達にけしかけられた形で大きくのぞかせた舌先で捨太郎のそれを積極的に愛撫するようになっていた。夫人は自分の意志はすっかり喪失させ、淫魔にとりつかれたように一途になって捨太郎のますます怒張し始めた肉塊に酸鼻なばかりの愛撫をくり返すようになっていた。
好きよ、あなた、好きよ、と、夫人は銀子達の注文通りに捨太郎に愛の言葉を注ぎかけつつ、ハア、ハアと荒々しく息づきながら顔面を斜めにして太い肉茎に大きく舌先を這わせて舐めさすり、更に頭部を舐めるとその裏側から大きな肉のたれ袋にまで舌先を這わせていく。そして、義子の指示通りにたれ袋を舌先で押し上げるようにしたり、唇で咥えて吸い上げたりした。
「名器の持主ってのは尺八させてもうまいもんだな。これじゃ、捨太郎といいコンビが組めそうだ」
と、鬼源は捨太郎に対する夫人の積極性を帯びた唇と舌の攻撃を見て満足げな微笑を口元に浮かべた。
ゴリラ男の発する性臭に夫人の感覚は妖しく痺れ切ってしまったのか、このゴリラ男にキリキリ舞いするほどの快感を与えてやりたいといった異常な衝動が夫人に生じてくる。
「ねえ、気持がいい? ねえ、あなた」
夫人は緊縛された裸身をもどかしげに揺さぶりながらゴリラ男の赤味を帯びて膨張した雁首にも、雁首のくびれにも、大きな肉袋にもチュツチュツと激しい音をさせて雨のように口吻を注ぎかけるのだった。
私は奴隷なのだ、娼婦なのだ、と自分に言い聞かせ、いや、男の生血を吸う妖婦となって、自分をここまで転落させた悪魔達に復讐してやるのだ、といった倒錯した気持にもなり、夫人は次に歯を唇でくるむようにして捨太郎の極端なまでに屹立した肉棒の先端をしっかりと咥えこもうとした。
「もっと大きく口を開かなきゃ入らないわよ。何しろ、相手は馬並みなのだから」
銀子達は夫人がその気を起こしたのに気づいてはしゃぎながら声をかけた。
「そんなおしとやかに唇を開いたって駄目よ。卵を呑みこむ蛇みたいにうんと口を開けなきゃ」
朱美にも声をかけられて夫人は人間ではなく獣になった気持で大きく唇を開き、捨太郎のその熱い生肉を必死の思いで咥えこんだのだ。その瞬間、夫人はこんな行為を悪鬼達に強要されたとはいえ、平然とやってのけられるようになった自分にふと恐怖を感じだす。自分の体内、奥深くには自分でも気づかなかった妖婦か淫婦の血が流れていたのではないか、と、夫人はそう感じる事すら恐怖を感じて自棄になったように捨太郎の熱く硬直した肉棒を口中深くにまで含み、狂おしく舌先を雁首のくびれにからませるのだった。
夫人が捨太郎のそれを深く口中に含んで緊縛された裸身を激しくよじらせながら前後に顔面を揺さぶり始めたのを眼にした観客達は、一斉に、ほう、と昂奮の溜息をつき、中には拍手するものもいた。
巨大な男根を口中では如何に愛撫するか、それも鬼源に教わっている夫人は舌先を下顎につけたまま、雁首に唇を巻きつかせるようにして前後に激しく首を振り、強い摩擦を加えている。そして、時折、それをくるんでいた唇を引き離すと充血した生肉の尿道口のあたりからたれ袋の下に舌先を這わして荒々しく舐めさすり、再び、大きく唇を開いて挑みかかるように咥えこみ、ねっとり汗ばんだ肩先まで揺さぶってしゃぶり抜くのだ。
「さすがはベテランねえ。うまいものだわ」
と、銀子は何かにとり憑かれたように一途になってそれに挑みかかっている夫人にギラギラした視線を向けながら感心したようにいった。
「いい夫婦になりそうだな」
と、鬼源はニヤリとして銀子にいった。
「これだったら、互いに尻の穴まで舐めっこするような逆からみのショーだって出来るってものだ」
そういった鬼源は椅子の上で頭髪や毛探い胸のあたりをかきむしるようにして悶えている捨太郎の頭をぽンと手で叩いて、
「よかったな、手前。こんな美人で、床上手な嫁さんが出来て。そんなに怪獣みてえにうめいてばかりいねえで、手前も何か感想をいったらどうなんだ」
捨太郎は鬼源にとろんとした眼を向けながら口をパクパク動かした。
「この野郎、昂奮するとものがいえなくなるらしい。何だよ、だらしがねえな。涎なんぞ、たれ流しやがって」
鬼源は捨太郎の口の動きに耳を当てて周囲をとり巻く観客達に向かっておかしそうにいった。
「俺みてえに小学校にも行けなかった薄ら馬鹿が、こんな教養のある美人を嫁さんに出来て嬉しいだって」
鬼源はまた、ポンと捨太郎の頭を叩いて、
「おめえの花嫁になって下さるこの美人は元は大家の若奥様だ。それが、おめえの赤ちゃんまで産みたいとおっしゃっているんだ。有難え話じゃないか。これからは時間があったらせいぜいやりまくる事だな」
といって笑った時、捨太郎の割り開いている太腿の筋肉がかすかに痙攣しているのに鬼源は気づいた。
「この野郎、そろそろ、いきかかっているぜ」
鬼源のその言葉が耳に入ったのか、捨太郎の股間に顔面を埋めこませていた夫人はそこから唇を離し、ハア、ハアと苦しげに息づきながら上体を起こした。
「もう一息よ、奥様、がんばらなきゃ」
銀子と朱美が左右から夫人の汗ばんだ両肩に手をかけ、再び、咥えさせようとすると夫人は、ね、待って、と美しい眉根を寄せて上体をすねるようによじらせ、
「顎がすっかり痺れ切ってしまったわ。お願い、お水を一杯、飲ませて」
と、喘ぐようにいった。
すると客席の方から千代がコップ酒を手にしてマットの上に上って来る。
「喉が乾いたの、でも、もうすぐ捨太郎さんの愛のジュースがたっぷり召し上れるじゃありませんか」
そういって意地の悪い微笑を口元に浮かべた千代は手にしていたコップ酒をいきなり静子夫人の苦しげに喘ぐ口元へ押しつけた。
「さ、元気づけにお酒を一杯、御馳走してあげるわ」
静子夫人は反撥は示さず、薄く眼を閉ざしていきながら千代に口元へ押しつけられたコップ酒を喉を鳴らして飲み始める。
「さ、お客様が期待なさっているわ。仕上げにかかって頂戴」
「も一度、捨太郎に愛の言棄をささやいて、一気に追い上げるのよ」
と、銀子と朱美は酒の酔いで顔面が朱色に染まり出した静子夫人の肩を揺さぶりながらいった。
静子夫人は片頬にまで深々と垂れ下がっている乱れ髪をさっとはね上げるようにして緊縛された優美な裸身を坐り直した。
「あなた、静子のお口の中で、いいわね。静子を愛して下さるなら、思い切り静子のお口の中で」
静子夫人は情感に溶けて妖しい光を含む潤んだ瞳で捨太郎の醜悪な顔面と獣に似た密生した胸毛を見上げてから再度、その股間の巨大な屹立に挑むように唇を大きく巻きつかせていく。
乱れ髪を荒々しく振り乱すようにして狂おしく上下に首を揺さぶり、捨太郎を一気に追いこもうと命がけになった夫人に気づいた銀子達は、その勢いに煽られたように手拍子を取り始めた。
「いかせ、いかせ、ゴリラをいかせ」
観客達も面白がって手拍子を取りながらマットの上にまで足を踏み入れて来た。 静子夫人の雪白の肌もその優美な裸身にきつく喰いこんでいる紫のしごきも汗を含んでじっとりと濡れ始めている。そんな夫人の横に腰をかがませて近づいた鬼源は観客の歓声や手拍子の中で夫人の耳にしきりに語りかけた。
「わかってると思うが、一発目だし、捨太郎の量は多いぜ。ドバーっと出してきやがるからな。苦しいけれど一気に飲んで見せるんだ。もし、飲み切れなかったら後は顔にひっかけさしてみな。見物人達は喜ぶぜ」
静子夫人は薄紅く染まった柔媚な頬を大きく膨らませて収縮させながら荒々しい鼻息を洩らしつつ鬼源の言葉に小さくうなずいて見せている。
限界に近づいた捨太郎の熱い肉塊は夫人の口中で更に膨らみ、夫人の頬も顎も引き裂かれるような痛みが生じてくる。これを解決するには相手を自失させるよりないと夫人は必死になって唇で雁首のくびれを緊めつけるようにしながら狂気めいて前後に首を揺さぶった。
もう少し上、奥様、がんばって、と、千代も狂ったように笑いこけている。義子は、あともう一押しや、スッパ、スッパをやってみいな、とけしかける。
静子夫人も、もう捨太郎が射精寸前にまで追いつめられている事を知覚している。何ものかに対する恨み、憎しみを一気にここで晴らすような心境で夫人は自分に狂暴さをけしかけ、唇で包皮を突き上げるようにして生肉を喉にまで押しこむと、いきなり口から引き抜いた。スッパ、スッパとそれをくり返しながら泣くような、せがむような声音で、
「お願い、あなた、まだ、気がやれないの。こんなに愛してあげているのにまだ射精して下さらないの」
と、口走る。
「ああっ、おら、もう駄目だ。出そうになった」
と、捨太郎はいきなり夫人の汗ばんだ両肩をつかみ、顔面を歪めて大きくうめき出した。
「待って。静子のお口の中に出すのよ。思い切ってうんと出すのよ。いいわね、あなた」
切れ切れの声音で口走った夫人は自分にもアクメが到達しかけたように全身を火柱のように燃え立たせながら再度、日中に硬鉄の巨根を深く含んだが、それと同時に捨太郎は夫人の汗ばんだ両肩を両手でわしづかみにしながら両腿を痙攣させた。捨太郎は押し殺すようなうめきを洩らして遂に自失したのだ。
捨太郎の激しい噴射を口中に受けた夫人は一瞬、さすがに狼狽し、思わず口を離したが、途端に捨太郎の熱い体液はピユッと迸り出て夫人の上気した頬に炸裂した。
「駄目だよ。口を離しちゃ」
夫人の左右に寄り添っていた銀子と朱美は瞬間、ひるんだ夫人の顔面をあわてて引き起こすと捨太郎の痙攣する肉棒を夫人の口中へ強引に再び咥えさせる。
「こういう時はためらっちゃいけないよ。そんな綺麗な顔をベトベトにされちゃたまったものじゃないだろう」
銀子はそういって笑ったが、捨太郎の噴出の一瞬を夫人が顔面に受けたのは観客にとっては効果的なものであった。その瞬間をカメラに撮る者もいたし、奇声をあげて拍手する者もいた。
「そう、そう。これから商売用のフィルムを撮る時はそんな要領で頬や鼻っ柱にひっかけさせる。その方が迫力があるからな」
と、鬼源は愉快そうに周囲を見廻していった。
泥試合
静子夫人は優雅で端正な頬を白濁の体液でべったりと濡らしながら、その惨鼻な頬を収縮させて捨太郎の相次ぐ発作を口中に受け入れ、懸命になって嚥下しようとしている。
千代は気持も浮き立つばかりになって腰をかがませ、静子夫人の男の体液で濡れた凄艶なばかりの横顔を凝視するのだった。
「どうやら新しい御主人様とはぴったり呼吸が合うようね。私も一安心したわ。鬼源さんはこれからはお尻の穴まで悦んで舐め合えるような息の合ったコンビにすると張り切っているわ」
静子夫人はそんな千代の邪悪な揶揄を無視して、細い眉根を切なげにギューとしかめ、体液に濡れた頬をゆるやかに収縮させながら捨太郎の多量の体液を窒息しそうになる苦しさに耐えつつ喉へ流しこんでいる。そんな静子夫人の神経は完全に倒錯したものとなり、恨みも憎しみも、一切、忘れたようにその凄艶な横顔は恍惚と没我の状態をさ迷っているふうに見えた。捨太郎の噴射した、そのむっと鼻にくる酸味を帯びた悪臭も知覚を麻痺させてしまった夫人には何の苦痛も感じられず、固く眼を閉ざし、乱れ髪のからみつく上気した両頬を収縮させながらゴクリ、ゴクリと喉を鳴らしている。
「どう、捨太郎御主人様のジュースはおいしい?」
と、千代がからかうようにいって夫人の背面を指で押すと、夫人はそれを深く咥えこんだままでかすかにうなずいて見せるのだ。
申し分なしの女奴隷になったわね、と、千代は銀子と顔を見合わせて笑い合った。それを含んでゆるやかに吸い上げている夫人の唇の端からふと白濁の粘っこい液がしたたり落ちたりすると、
「あら、愛する御主人様の愛のジュースなのよ。こぼさないように気をつけてね」
と、千代は口元を歪めていった。
静子夫人の口中に多量の体液を放出して、フウ、フウ、息を切らせていた捨太郎は満足し切って腰を上げようとする。
義子が、ちょっと待って、と、夫人の耳元に口を寄せ、
「旦那様が一発、してくれはった後は奴隷妻はちゃんと後始末もせんならん。そやけど、縛られている奴隷妻はチリ紙も布も使われへん。そんなら、どうする。やっぱり、舌を使って後始末するより手はないやろ」
と、いった。
それに御主人様に飲ませて頂いたお礼もいわなくちゃね、と、千代も含み笑いしながら夫人の耳に陰微に語りかけるのだった。
捨太郎の下腹部のそれを夫人に咥えさせたままで撮影会が開始される。
ようやく、それが終わってさすがにくたびれた捨太郎が夫人を引き離して腰を上げると、
「待って、あなた、ちゃんとお掃除しておかないと。そら、まだ、そこが濡れていますわ」
と、夫人は膝を折ってつめ寄り、
「御免なさいね。後手に縛られているのでチリ紙やタオルを使ってあげられないの。舌先のお掃除で我慢して」
と、甘い声音で捨太郎に語りかけると、その尿道口などに舌先を押しつけて大きく舐め廻したり、濡れた肉茎など、舌と唇を使って丹念に拭いとるのだ。
まさに犬ね、とか、いや、メス豚だわ、と、千代はわざと夫人に聞こえるような声を出して哄笑している。
「まあ、まあ、今日は俺の眼から見て合格点というところだ。あんまりいじめないでおきましょうや」
と、悪酔いしてしきりに静子夫人に対して毒づく千代を鬼源は苦笑してなだめにかかったが、千代はそれが気に入らないらしい。
「犬とか、メス豚といったのが、どこが悪いのよ」
と、鬼源に向かって急に喰ってかかるのだ。
「この女は私の奴隷なのよ。あなた達に任せて女奴隷として調教させているのよ」
千代はいきなり静子夫人の乱れた髪をひきつかんで強引にマットの中央に正座させた。
「さ、皆様のいる前で、これから私が教えてあげる事を大きな声で宣誓するのよ」
また、始まった、と田代と川田は顔を見合わせて酸っぱい表情になった。
紫のしごきで後手に縛られた素っ裸をマットの上で正座させられている静子夫人は深く首を垂れさせながら千代の鬼女のように昂った声を聞いている。
川田はそっとマットの上に登ると、おい、千代、と、昂奮状態にある千代をなだめるように声をかけた。
「静子夫人は捨太郎をしゃぶり抜いて口の中で気をやらしたじゃねえか。そこまでやってのけたのに何が不足があるんだよ。お客人のいる前だし、あまりみっともない真似はやめなよ」
と、川田がいうと、
「うるさいわね。兄さんは引っこんで頂戴」
と、千代は何時の間にか手に青竹を握りしめて川田の方に険のある形相を向けた。
千代の静子夫人に対する得体の知れぬ憎悪というのは病的なもので川田も手出しが出来なくなる。
「さ、皆さんに御挨拶、申し上げなさいっ」
ピシリっと千代の持つ青竹が静子夫人の背中をひっぱたく。
奴隷妻としてあんなに濃厚で迫力のあるフェラチオシーンを展開した美人に何も折檻する事はないだろうと観客は呆然とするのだが、これもショーの一つだとして彼等は口をつぐんで見つめている。
静子夫人は顔半分に乱れ髪をもつらせ、頬には男の体液を附着させて凄艶さを帯びた顔を上げると、悲痛な翳りを滲ませた瞳を前に向けるのだ。
「遠山静子は森田組の皆様にこれからは女奴隷として一生、面倒を見て頂く事になりました。ふつつかな者でございますが、実演に映画に骨身を惜しまず働きつづけますので、今後ともよろしくお願い致します」
夫人がやっと千代に強要された挨拶を口にすると田代と川田はパチパチと拍手を送った。
はい、次を続けて、と千代は夫人の顎の下へ青竹を差し入れ、顔面をそらせる事も許さなかった。
「今までの罪の報いに♢♢」
と、夫人は千代に強制された言葉を口にしながら、いったい、自分に何の罪があったのかと急に胸元が哀しく緊めっけられ、思わず涙を流してしまったが、すかさず千代の持つ青竹が夫人の双臀めがけて激しく打ち下ろされた。
「今までの罪の報いに♢♢静子は身に布切一枚許されない素っ裸の女奴隷として生涯、奉仕し、皆様のいたぶりを悦んでお受けする決心を致しました」
すすり上げながら夫人が声を慄わせていうと、千代は得意そうに銀子や朱美の方に眼を向けて、
「皆さん、聞いたでしょう。本人もそういってるのだから、パンティなんか絶体にはかしちゃ駄目よ。そこもずっと丸出しにさせておくのよ」
と昂った声をはり上げるのだった。
次に千代は銀子と朱美を呼び寄せて静子夫人をその場に立ち上らせた。
女達に肩先や縄尻を取られてその場にすっくと立ち上らせた静子夫人の上背のある優美な裸身を千代は観客達にしばらく観賞させてから再び、青竹を持ち直した。
静子夫人の紫のしごきを固く上下に喰いこませている情感のある豊満な両乳房、しなやかな乳白色の肩の線、悩ましい腰のくびれ、絹のように滑らかな腹部、全体に優雅な線と官能味を重ね合わせたような夫人の肉体のあちこちに青竹の先を滑らせながら、
「ね、皆さん、元、大家の令夫人だけあって綺麗な身体の線をなさっているでしょう」
と、自分が司会者になり切って見物人達に話しかけている。
「こういう美人は素っ裸のままにしていた方がいっそう、綺麗に見えるのよ。ね、そう、お思いにならない」
千代はそういって次に青竹を夫人のスラリと伸びた下肢に向けていく。膝から脛にかけては透き通るように白く、繊細だが、ぴったり閉じ合わせている乳色の太腿は成熟し切って見事に肉が緊まっている。千代の持つ青竹はその太腿の附根にこんもりと小判型に膨らむ漆黒の艶っぽい繊毛のあたりに触れた。
「でも、何といってもこの女の中で一番、値打ちがあるのはここだそうです。それはもう皆様も納得なさるでしょう。卵を割り、バナナまで切って落とせる。つまり、御自慢の名器ってわけ」
片隅で煙草をくゆらせている鬼源を千代は手招きして呼び寄せた。
私ばかりしゃべらせずにあなたも何かしゃべってよ、と、いって千代は見物人達に改めて調教師の鬼源を紹介する。
「これから、この名器にまだ色々な芸を仕込むつもりなんですか、鬼源先生」
などと司会者もどきの千代に見物人達の前で質問されて鬼源は眼を白黒させている。
「ああ、次にやってみてえ事は瓶吊り芸だな。さっき、捨太郎が一物に瓶を吊って妙な踊りをやっていたが、この奥様だってあれは出来ねえ事じゃない。お核に磨きをかけて固くさせ、糸をつないで瓶をぶら下げるんだ」
捨太郎なんかと違って、こんな美人がそれで踊って見せりゃ、受ける事、間違いなしだね、といって笑った鬼源は打ちひしがれたようにがっくり前に乱れ髪を垂れさせている静子夫人の腰を平手打ちして、よ、一寸、股を拡げてみな、といった。
夫人は低い鳴咽の声を洩らしながら、しかし、素直にその官能味を持つ両腿を割った。
もっと開いてみな、といって鬼源は夫人の股間に身を沈めるようにして生暖かい茂みを指先でかき分け、そら、と、のぞきこむ銀子や朱美の眼に示した。
「こうして一寸、襞をかき分けただけで羞ずかしそうにニューとお核が頭をお出しになる。普通より大きいし、よく膨らむんだ。こいつは調教次第ではものになるぜ」
「ほんと。元、社長の令夫人ともなればクリトリスまでこんなに貫禄があるのね」
と、銀子は感心したようにいったが、でも、こんなものまでがショーの役に立つとは思わなかったわ、と、朱美と一緒に大口をあけて笑い出した。
鬼源が腰を上げると同時に夫人は開き加減にしていた両腿をぴたりと閉ざして火照った頬を大きく横へねじったが、千代はまた青竹の先端を夫人の股間の濃密な茂みの上に向けて、
「わかったわね。奥様のそこの出来具合は何から何まで最高なのよ。もっと早くそれに気づいてこの道に早くお入りになればよかったのに」
と、嘲笑し、次にキッとしたきつい表情になった。
「これからの奥様の生き甲斐はそのお臍の下にある女の武器、ただ一つね。他の事は何も考える必要はないのよ。御自分が生きていられるのはその強い女の武器があるからだと思えばいいわ」
いいわね、徹底してそれに磨きをかけて森田組のためにしっかり働くのよ、と、千代が狂気めいて叫ぶと、
「いや、そこだけじゃねえよ。今、演じたように唇と舌の技巧だってもうプロなんだし、ケツの穴だって充分に使いものになるんだ。何から何までツブが揃って、これだけのいい女は金の草鞋で探したって見つからねえだろうな」
と、喜悦の表情をはっきりと見せた鬼源は、
「よし、十分ばかりの休憩だ」
と、銀子達に向かっていった。
その途端、張りつめていた気分が急にゆるんだのか、夫人の足元はぐらぐらと揺らぎ、マットの上に膝を落としていく。
ある日の回想
廊下へ飛び出た悦子は、そのまま壁に背をもたれさせて深い溜息をついた。
美貌と教養に満ちあふれ、上流社交界の花形でもあった遠山財閥の令夫人♢♢
それは遂に、醜悪なゴリラ男の捨太郎と満座の中で夫婦プレイの実演というあまりにもむごい仕打ちを受けることになっのだ。鬼畜に等しい鬼源や田代達に対し、激しい憤りが悦子の胸にこみ上ってくる。
ああ、と悦子は頭をかかえた。自分だってついこの間までは、彼等に負けず劣らずの悪魔だったではないか。上流社会で栄耀贅沢して遊び暮している貴婦人めいた人種が癪にさわって葉桜団団長の銀子や副団長の朱美達より以上に静子夫人や小夜子達に対し、酷ないたぶりを思いついたことだってある。今となって罪もない静子夫人をそこまで落とし込んだことに後悔したとて、もう手遅れではないか。と悦子は自分をいまいましく思い、やり切れなくなって、ジーパンのポケットから煙草を取り出し、口にした。
もう静子夫人は、その心と肉体に口に出してはいえない位のおぞましい数々のいたぶりを受け、人前には出られぬ身となっているのだ。もう取り返しのつかない身体なのだ。
そう思うと悦子は、急に胸が熟っぽく痛みだし、かわいそうな人、と溜息をつくように口に出していった。
ひょっとして、捨太郎と強制的にコンビを組まされることになった静子夫人は、千代というかつての静子夫人の女中であった女の陰湿な計画通り、捨太郎の子供をお腹に
♢♢そう思うと悦子は、ぞっとした思いになり、あわてて、口の煙草を捨てた。そして、初めて、静子夫人が葉桜団の罠に落ちて、田舎の百姓家に監禁された日のことを懐かしむように、ぼんやり思い出したのである。
−−濃淡を縞にした、渋い和服姿の静子夫人であったが、その地味な和服が象牙色に冴える静子夫人の高貴な美貌を何とよく引き立てていたことか。廃屋に等しい百姓家の大黒柱に、最初、静子夫人は濃い縦縞柄の渋い羽織だけを脱がされた姿で、太いロープを使って立ち縛りにされたのだ。大黒柱の周囲をずらりと取り囲んだズベ公達を静子夫人は、美しい眉毛を震わせ、その抒情的な瞳に精一杯の反抗と怒りを含めて、負けるものかとばかりきっと見廻した。あのぞっとするばかりに美しい容貌を悦子は今でも忘れない。
その艶麗な首すじをくっきりと色っぽく浮き立たせている渋い和服に静子夫人の上背のあるスラリとした肉体は覆われていて、後でズベ公達が驚嘆の眼を見張った幻想的なまでに官能味を持った豊満な乳房や優美でムチムチとひきしまった乳白色の太腿などは隠されていたわけだが、静子夫人の逃走を阻止するために彼女の衣顔を剥ぎ取ろうと銀子が提案した時の夫人の狼狽した顔も、悦子はまるで昨日のように、はっきりと覚えている。
「馬鹿な真似はやめて!」
と、取り乱して絶叫する静子夫人を見た悦子は、あの時、美しい花園の中で何の苦労もなしに遊び暮しているこの上流社会の貴婦人を徹底的にいじめ抜き、自分達の足で泥をひっかけてやりたい敵意がムラムラと湧いて来たのだ。それで、最初に静子夫人の帯に手をかけたのも悦子であった。
悦子のすることに呼応したようマリや義子も狂乱して身を揺する静子夫人にまといつき、帯じめを解き、キューキューと音をさせて、幾本もの腰紐を抜き取り、渋い茶がかかった佐賀錦の帯をくるくる廻しながら解き始めると、夫人は戦慄して、絹を裂くような悲鳴を上げた。
素っ裸にするには一度縄を解いた方がやりいいわよ、と朱美が楽しそうに笑っていうので、帯を解かれて着物の支えを失った静子夫人の縄を一旦、ズベ公達は解いたが、やっと両手の自由を得たその時の夫人の扱抗はまたすさまじかった。
柱の根につまずいて、土間に両手を着いてしまった静子夫人にズベ公達は躍りかかり、支えのなくなった着物は寄ってたかってスッポリと引き剥がしてしまったが、眼もさめるような、あでやかな緋の長襦袢姿にされた静子夫人は、ズベ公達の手の中をかいくぐるようにして逃れ、百姓家の剥げ落ちた土壁を背にして、追って来るズベ公達の手を避け、眼に沁みるような白い足袋で土間を蹴って、右へ走ったり、左へ走ったり、その度、燃えるような緋の長襦袢の裾前がひるがえり、その中からのぞいたうずら縮緬の湯文字が動きにつれて風を呼び、まるで歌舞伎にでも出て来るような美しい一幅の絵であった。
今では、鬼源や川田達のあくことを知らぬ残忍な調教を肉と心の両面に受けて、実演スターとして開眼させられるところまで追い込まれた静子夫人であるが、こうした地獄へ落ちこむ前の静子夫人の、まるで処女のような激しい拡抗が悦子にとっては、茜色の雲のよう、ふと懐かしい。
♢♢長襦袢姿にされて逃げまどう静子夫人に対し、
「強情をはると、桂子を痛い目に合わすよ」
と、叫んだのも悦子であった。
壁に沿って垂れ下がっている二本の鎖に茎のように細い、しなやかな両手をつなぎ止められ、爪先立ちをしている桂子に、朱美が青竹を情容赦なく振り下ろす。ピシリツピシリツと桂子の尻に青竹を炸裂し、絹を裂くような桂子の悲鳴。忽ち、桂子の尻に幾条かの蚯蚓腫れが生じたのだ。
「待って!」
静子夫人は動きを止め、悲痛な表情にはっと声を張り上げたのだ。恐怖にわなわなと全身が慄えている。
「奥さんが、素直に脱ぐ気になりゃいいんだよ。素っ裸になったところで別にあたい達は変な事はしやしないさ。男じゃないんだからね」
銀子がそういったので、悦子は他のズベ公達と一緒に哄笑した。
全裸にするというズベ公達の言葉に、静子夫人は、眼もくらむばかりの屈辱と恐怖を覚え、一瞬、気が遠くなりかけたようだが、その後、森田組へ身柄が譲り渡され、元、女中であった千代達が登場して、口では言い表わされぬ淫虐な責めが待ち受けているという自分の運命を、この時の静子夫人は夢想だにしなかったであろう。
その時は、ただもう桂子の危急を救いたい一心で、静子夫人は、血の出る程かたく唇を噛みしめ、眼を閉じ、フラフラとその場に跪いてしまったのだ。
静子夫人が観念したと見た銀子は悦子に眼くばせし、うなずいた悦子は、口笛を吹きながら、マリや義子達と一緒に、がっくり首を落として両手で顔を覆い、シクシク泣き始めている静子夫人に近づいたのだ。
「フフフ、泣くのは素っ裸になってからにして頂きたいわ、奥様」
悦子は、邪慳にそういうと、艶やかな緋の長襦袢に覆われた、ふくよかな肩に手をかけて夫人を立ち上らせる。
「自分で脱ぐのが羞ずかしいんでしょ。だから手伝ってあげるのよ」
マリはガムを噛みながら、腰をかがめ、夫人の白足袋のコハゼを外し始める。二つの白足袋が取られて、品位のある細工物のような綺麗な足首を夫人が見せると、悦子は得体の知れぬ何かに巻き込まれ出したように心をときめかせて、長襦袢の伊達巻を解き始めた。
「うわ、いい匂いね。女の私だって、何だか変な気分になってくるわ」
義子が夫人の伊達巻をくるくる解いて行きながら夫人の身についた心も溶けるような高貴な甘い香料の匂いに酔いしびれている。
遂に伊達巻が解かれ、悦子が残忍な心を自分にけしかけるようにして、ぐいと長襦袢の襟に後ろから両手をかけて引っぱがし始めた。
かたく眼を閉ざし、唇を噛んで、この屈辱をキリキリ耐えていた静子夫人の象牙色の頬にさっと羞恥の紅が走る。
「お、お願い、もうこれで許して♢♢」
静子夫人は、更に悦子と義子の手が薄い肌襦袢にかかると反射的に両手を胸のあたりで交錯させ、
「嫌っ一嫌です。こ、これ以上は、許して」
真っ赤に頬を染めながら、もじもじと身を揉み始めたが、
「約束が違うわよ。全部脱がなきゃまた桂子に蚯蚓腫れが出来る事になるんだからね」
近くに腕組みして立ち、着衣を略奪されてゆく美貌の人妻を面白そうに眺めていた銀子が吐き出すようにいった。
「ああ♢♢お願い」
静子夫人は、身をちぢめたが、嵩にかかって悦子と義子は夫人にまといつき、肌襦袢の襟を大きくはだけさせてしまう。
骨の髄まで柔らかそうな乳白色の夫人の肩先が大きく露出し始めると、銀子と朱美も、衝動的に、悶え抜き鳴咽しつづける静子夫人の傍へつめ寄って、悦子達に手を貸し、遂に静子夫人の上半身を裸にむき上げてしまったのだ。
何と美しい見事な夫人の肉体であったか。初めて、肌を見せた日の夫人の狼狽ぶりと、その成熟し切った、ミルク色に霞んだような夫人の優雅な裸身が、今も悦子の眼底にはっきりと焼きついている。
眼瞼に沁み入るばかりに白い艶のある胸元をぐっと削いだような深い谷間を作って、悩ましいばかりに盛り上った二つの形のいい乳房を夫人は思わず両手で覆いながら、最後の肌身を隠すたった一枚の湯文字を守るようにして、その場へ身をちぢませたのだ。
「さ、勇気を出して、あと一枚じゃないの、奥様」
銀子は、乳房を抱いて、身も世もあらず、上体を伏せて鳴咽している静子夫人のスベスベした背中を指で突いて笑い、そのあたりに散乱している花のように色とりどりの衣顔をかき集め出して、風呂敷に包み始めた。静子夫人を監禁したことを知らせるため、遠山家へ送り届けるわけだ。
「さ、奥様、ぐずぐずせず早く脱いで頂戴。それも一緒にして貴女の御主人の所へ送り届けるのよ。フフフ、効果は百パーセント。御主人はびっくりして、私達の要求する後の金額も吐き出して下さることと思うわ」
銀子は、せせら笑って煙草を口に咥える。
悦子はマリと一緒に、心をそそり立てるような優雅な曲線を描いて、その場に俯伏せるように身体を曲げている静子夫人の左右へ身をかがめ、
「早くお脱ぎったら」
「往生際が悪いわよ、奥さん」
とかいいながら、夫人の艶々した背を指で突き、催促するのであった。
「♢♢あ、あんまりです。これだけは絶対に嫌っ」
静子夫人は、美しい瞳にキラキラ涙を浮かべ、狂ったように首を振って哀泣するのだ。
舌打ちした悦子がマリと眼で合図し合い、一気に引き剥がそうとして、左右から同時に手を伸ばした。
「な、何をするんですっ」
二人のズベ公の手が、いきなり、その紐にかかったので、かっと頭に血が上った静子夫人は、前後の見境もなく、マリの指先に歯を当てたのだ。
あっと指を押さえて、飛びはねるように身体を離したマリを見た悦子は、これも頭に血がのぼり、
「何をするんだよっ」
と、夫人の頬をピシャツと平手打ちする。
美しい顔をひきつらせ、夫人は、歯を喰いしばったような表情で、悦子の顔を見た。眉毛を慄わせ、その切長の濡れた美しい瞳に憎悪をこめて、はっきりと敵意を示したものの、夫人は今にも全身を大きく慄わせて号泣する一歩手前にあったのだ。
「おとなしく出りゃ、つけ上りゃがって」
朱美が吐き出すようにいって、土間に落ちている麻縄を拾い上げ、ずかずかと近づいて来る。
朱美の手にある麻縄を見て、再び、慄然とする静子夫人を銀子は小気味よさそうに眺めながら、再び、青竹を持つと、両手を吊られている桂子に近づいた。
「まだ、桂子の悲鳴が、聞き足りないようだね。いいわ、いくらでも聞かせてあげる」
よく見ていな、と銀子が舌なめずりするように桂子の白桃のように柔らかい双臀めがけて青竹を振り上げると、夫人は、遂に、
「待って、♢♢言う事を聞きます」
と叫び、屈服したようにがっくり首を落として号泣し始めたのである。
「よし。それじゃ、奥さんに縄をかけろ」
夫人の抵抗を完全に封じこめるため、両手の自由を奪うよう銀子に命じられると、朱美は、手にした麻縄を肩にかけ、夫人の横へ膝を寄せた。
「さ、お手々を、しっかり背中へ廻してごらん、奥様」
と、朱美は、両手を胸の上で]字型に交錯させるようにして、しっかりと乳房を抱いている静子夫人の涙に濡れた綺麗な頬を指ではじく。
静子夫人は、涙に潤んだ瞳を哀願的にしばたきながら朱美を見て、唇を慄わせた。
「おっしゃる通りに、お腰も取ります。ですからお願い、もう縄をかけるようなことはなさらないで♢♢」
「駄目だよ。あんたの言う事は当てにならないからね。さ、早く手を後ろへ廻しな」
朱美は、いらいらした調子でいった。
「桂子の縛めを解いてやって下さい。お願いです。そうすれば、私、私♢♢」
静子夫人は、むせび泣きながら、ズベ公達に哀願をくり返すのだ。桂子は、夫の遠山隆義と先妻との間に出来た娘だが、身に代えても守らねばと夫人はすでにこの時、悲痛な決心をしたと思われる。
銀子は、それをあっさりと承諾して、桂子の両手首をつないでいる鎖を解き始めた。
やっと両手の自由を得た桂子は、そのままフラフラとよろめき、ばったりと土間に両手をついてしまう。
桂子の肉体は、肉感的で優美な曲線を持つ静子夫人とは対照的で、ガラス陶器のような繊細な肌をし、全体に細い線で取り囲まれた華奢な身体つきであったが、それだけに銀子達に加えられた青竹の折檻が、文字通り骨身にこたえるばかりの痛々しさとなって、雪白の肌のあちこちに蚯蚓腫れを作っているのであった。
精も根も尽き果てたようにがっくり土間に身体をくずした桂子を見た静子夫人は思わず、
「桂子さんっ」
と、口走り、乳房を押さえたままの姿を立ち上らせようとする。
「おっと、待って頂戴。おっしゃる通り、桂子は鎖から解いてやったのだから、今度は奥様に約束を守って頂くわ」
朱美が後ろから、夫人のふくよかな肩に手をからませて、引き戻し、悦子やマリに眼くばせをして、麻縄をつかむと、乳房を必死に押さえている夫人の白い滑らかな両腕を背後へねじ曲げようとして懸命になり始める。
「ちょいと、何してんのよ。手に力を入れちゃ駄目じゃないか」
朱美が、頑なになって、乳房を押さえる手を離そうとしない夫人を叱咤し、三人がかりでようやく夫人の両腕を背後へねじ曲げると、艶々した大理石のように光沢のある背中の中程へ夫人の手首を]字に交錯させ、素早く麻縄をキリキリ巻きつかせ始めた。
「桂子さんっ、しっかりするのよ。きっと、パパが、貴女を救い出してくれるわ。ほんの少しの辛抱よ。わ、わかるわね、桂子さん」
静子夫人は、その美しい、成熟し切った乳房の上下へ、ヒシヒシと麻縄をかけられながら、半分は自分の砕け散りそうな心を励ます気で、桂子に向かい声を張り上げたのである。
♢♢今、廊下の壁に背を当てて、悦子は、その日の回想に胸を痛めているのだ。
あの時夫人が、自分達不良少女の手で、キリキリ縄をかけられながら、血を吐くような思いで、桂子を叱咤するように励ましたあの言葉が今でも耳に聞こえてくる。母娘の関係とはいえ、二十一歳の桂子と二十六歳の静子夫人とではまるで、姉妹同然だ。それであの場合は、実の母親のように我身を犠牲にし、桂子を庇おうとして必死であった。
いや、あの時だけではない。森田組へ身柄を移されてからも、夫人は、桂子の危急を救おうとして、我が身をズタズタに引き裂かれていったといえる。桂子を庇おうとする静子夫人の母性愛的な愛情を利用し、自分達は、静子夫人をズルズルと汚辱の世界へ引きずり込んで行ったのだ。しかも、最後には、静子夫人と桂子を女同士の醜い関係にまで追い込んでしまった。あの百姓家の中で、着衣一切を剥ぎ取られた静子夫人は、今日に至るまで、身を隠す一切の布も遂に与えられぬまま、森田組の奴隷となり果て、人間性を喪失せんばかりの淫虐な調教をあの優雅な美しい肉体と世の汚れを知らぬ清純な心に日夜受けることとなったのである。
あの百姓家の中でも魂も凍るような恐怖に直面した、とはいえ、夫人は、その後、自分の身にこのような修羅図が待ち受けているとは、神ならぬ身、想像もし得ないことであったろう。悦子の脳裡には、遂に最後の楯を剥ぎ取られ、淫虐地獄への出発点に立たされた、未だ身も心も乙女のような清純そのものであった静子夫人の最後の姿が、遠い絵物語のように再び浮かび上って来るのであった。
♢♢心をそそり立てるような見事な胸の隆起の上下へ数本の麻縄を巻きつかせ、ようやく夫人をきびしく後手に縛り上げた三人のズベ公達は、
「さ、お立ち」
と、夫人の肩や背に手を廻して、立ち上らせると、先程まで夫人をつないでいた大黒柱までもう一度、夫人を押し立てて行くのだった。
邪慳に朱美の手で肩先を突かれた静子夫人が、ふらふらとよろめくと、折り鶴を散らした湯文字の裾が割れ、ミルク色の下肢があぶな絵のようにちらりとのぞく。
「おっと、すばらしい指環をはめてるじゃない。そいつはこっちへ頂いておくわ」
背中の中程で固く縛られている夫人の手首に眼をやった銀子は、その白魚のように華奢で繊細な夫人の指に小さなエメラルドの指環が光ってるのを見つけて、あわててかけ寄り、素早く抜き取った。
「あたいが最初から狙っていたんだけどね。姐さんに見つかったとあっちゃ、仕方がないわね」
夫人の縄尻を取っている朱美が舌を出して笑った。
「さ、その柱を背にして立つのよ」
悦子とマリは、静子夫人を大黒柱に押しつけると、長い縄尻をたぐり合いながら、上背のある優美な夫人の肉体を、キリキリ柱へゆわえつけてゆく。
がっくり首を落とし小さく鳴咽しつづけている夫人の、若奥様風といった髪型に水々しき結い上げられている黒髪のやるせないばかりに、甘酸っぱい香料の匂いが、夫人をかっちりと柱へつないだ悦子達の鼻をくすぐるのだ。
「ヤレヤレ、随分と、骨を折らしてくれたわね。美しい若奥様」
朱美は、からかうように、幾筋もの涙を線の美しい端正な頬へ流しつづけている静子夫人の顔を横からのぞき込むょうにしていい。
「煙草を一服つけるまで待ってね。それからゆっくり脱がせてあげるわ」
すると、マリも、朱美と同じように含み笑いしながら、シクシク泣いている夫人の耳元に口を近づけ、
「それから、皆んなでくわしく拝見させて頂くわ。フフフ、あたい達、一度、上流階級、貴婦人のそれをゆっくり観賞してみたかったのよ」
マリも悦子と朱美も銀子も声を合わせて哄笑した。
「ね、ね、皆んな」
と、銀子はクスクス笑いながら、女愚連隊を自分のまわりに集め、
「一度に引っぱがすのは面白味がないわ。大家の若奥様が少々頭に来るように、皆んなで一つからかってやろうじゃないの」
銀子は、不良少女達とヒソヒソ相談し、ニヤニヤしながら、彼女達と一緒に、慄える頬に大粒の涙をこぼしている静子夫人の周囲を取り巻くのだった。
「じゃ奥様、いいわね、観念して頂戴」
マリが夫人の前にかがみ込んで、ゆっくりと紐を解き始めた。
ああーと、静子夫人は、頚も顔も火のように真っ赤に染め、ねじるように泣き濡れた美しい顔をそむけ、世にも哀しげな表情をする。
マリは、解いたのではなく、紐をゆるめただけで、それを待ち受けでいた銀子と朱美が両方から手を持ちそえるようにして、ズルズルと、引き下げ、夫人の可愛い臍の凹みをはっきりと露出させる。
「まあ可愛いお臍だこと」
ズベ公達は、顔を見合わせて、どっと笑い、次に正面に身を沈めているマリが、両手で湯文字の裾を引き裂くようにさっと左右へ割ると、その一方の裾をつかんだ悦子が力一杯上へ引き上げた。官能味たっぷりに大きく盛り上った尻の中程に辛うじて支えられ、落下するのを防いでいる紐に悦子は、つかみ上げた裾をはさんだのである。白雪を溶かしたように妖しいばかりに艶やかな、ムッチリした夫人の一方の太腿が、はとんど附根あたりまで露出したのだ。
「ひゃー、お色気満点。すばらしいスタイルよ。若奥様」
マリが頓狂な声を出して、笑いこける。
毛穴から血を噴くような屈辱感に、静子夫人は、ブルブル頬を震わせて、哀泣し始めたが、
「さすがは育ちのいい大家の令夫人ね。下には何もおはきになっていらっしゃらないようだね。正に大和撫子!」
と銀子が笑い。続いて朱美が横手から夫人の腰を眺めて、
「でもさ、お尻の方は半分丸出し、随分とだらしのない大和撫子ね」
と嘲笑する。
夫人が露出するのを最も辛く感じる部分はわざと紙一重のところで、ギリギリに覆い隠させ、ズベ公達は、こうして一寸試しに夫人を羞恥にのたうたせ、楽しんでいるのだ。
「もう少し、肌を出して頂こうじゃないの」
女愚連隊は、落下寸前の姿にされ、羞恥に全身を火柱のようにさせて悶え泣く静子夫人を充分に賞味してから、再び、夫人に寄りたかり、ゆっくりとずり下げて行く。
「あっ、ああ♢♢」
静子夫人は、全身にズベ公達の手がからみつき、銀子と朱美の手で、それが再びジワジワと引き降ろされて行くと、全身を総毛立てたようにひきつらせ、切れ切れの悲鳴を上げるのだ。こんな辛い思いを味わわされる位なら、さっぱりと剥ぎとられ、悪女達の嘲笑と揶揄を叩きつけられた方が、どれ程ましかと夫人は痛切に感じたことだろう。
「フフフ、じれったいでしょうけれど、今日から奥さんは、当分、素っ裸で暮さなきゃならない。だから充分、お名残りを惜しませてあげているのよ」
少しでも、身を揺すれば、それは落花微塵に足元へ落下するギリギリの所までずらし、一呼吸を入れるズベ公達。
「くしゃみでもすりゃ、すぐに落っこちちゃうよ。気をつけな」
などといって、ズベ公達は、キャッキャッ笑い合いながら、右や左から、夫人の胸の豊かな隆起を揺さぶったり、その上のつつましやかな薄紅色の乳頭をつまみ上げたりして、夫人の身悶えを無理強いしようとする。
「な、何をなさるんですっ」
静子夫人は、そうした、いたぶりに耐え切れず、思わず激しい怒りの声を発したが、瞬間、アッと小さく声を上げ、下半身をくねらせ、その落下を辛うじて支えたのであった。悲痛と口惜しさに歯噛みして、乳白色の美しい肩を慄わせる静子夫人の世にも哀しげな表情を頼もしげに眺めていた銀子は、
「フフフ、どうやら充分に、この湯文字とお名残りを惜しんだようね。じゃ、さっぱりと脱がせてあげるわ」
折り鶴散らしの品のいい湯文字は、しどろに乱れてゆるみ切り、夫人の豊かな尻の円みにようやく支えられて落下を免れていたが、銀子とマリが、その紐に再び手をかけて今度は完全に、そして、ゆっくり解き出した。
静子夫人は、火のように上気した美しい顔を嫌々をするように打ち振りながら、身を守る最後の楯を略奪された戦慄に、ブルブルと全身を痙攣させる。
そんな静子夫人の熱い耳たぶに朱美は、わざと甘えかかるように鼻をすり寄せたりして、
「駄目、駄目、そんなに羞ずかしがっちゃ。見られることぐらい、どうってことはないじゃないの」
といい、クスクス笑うのだった。
遂に、それが夫人の腰より取り除かれると、全身を火柱と燃え立たせた静子夫人は、まるで魂まで充血させたよう、息苦しいばかりにムッチリと引き緊まった優美な太腿を反射的にぴったりと閉じ合わせる。そして美しくセットされた黒髪を慄わせた夫人は、顔をそらせ、薄絹を揺するよう繊細なすすり泣きを唇から洩らすのだった。
「畜生、何て、綺麗な身体をしてやがるんだろ。こっちの方が少し頭に来ちゃったよ」
マリがペッと口からガムを吐き出して、何一つ覆うもののなくなった夫人のたくましいばかりに均整のとれた美しい肉体を凝視していった。
麻縄をきびしく上下へ巻きつかせ、こと更に豊満に見せている乳房といい、滑らかな鳩尾といい、絹餅のようにふっくらとした柔らかそうな腹部といい、全体に艶々とした脂肪を乗り切らせ、はち切れるように柔らかい肉を盛り上げた下肢に至るまで、白磁の美術品のように乳白色にきらめいている。
とりわけズベ公達が一斉に凝視し始めたそれは、柔らかそうな繊毛でふっくらと盛り上り、気も遠くなる程の幽玄的な淡い美しい翳をつくっているのだ。
「これが貴婦人、遠山静子の女性自身というわけね。さすがは大家の若奥様らしく、いい艶を出しているわ」
銀子は、朱美達と夫人の足元へ忍び寄るようにして進み、フンフンと面白そうにうなずきながら、眼を近づけ合って行く。
静子夫人は二十六歳のいわば女盛り。そして人妻であるとはいえ、その夫婦生活はまだ三月の、つまり新妻なのだ。性のうずきゃ悦びを感知するところまで到達しているとは考えられず、それを訴えるような微妙なつつましさに覆われた、淡い翳を持つふくらみであった。
が、それを凝視する銀子達も、やがて、それが、鬼源達の調教のもと、果物を寸断し、生卵を呑み、筆を咥え、様々な珍芸も披露し得るものになるまで変貌するとは、夢にも想像しなかったのである。まして、この処女のように身も世もあらず、羞恥にむせび泣く深窓に育った美貌の令夫人が♢♢。
静子夫人は、その優雅な頬の線を一層上気させ、固く眼を閉ざしたまま、不良少女達の喰い入るような視線に耐えていたが、朱美がクスクス笑いながら、
「ね、若奥様。まるで美術品みたいにお美しいのをお持ちなんで、私、妬けて来ちゃったのよ。ね、いいでしょ。一寸、いじめさせて下さらない」
といい、そっと指を伸ばして来たので、アッと火にでも触れたように身を揺すり、突風のような怒りと口惜しさに柳眉を上げたのだ。
「な、なにをなさるんです。貴女達は、そ、それでも女なのですかっ」
興奮して、わなわな唇を震わせ、憤怒と悲痛の入り混じった凄惨なばかりの美しい瞳で、夫人は朱美を見据えたのだ。
出鼻をくじかれた朱美は、
「フン、学校の先生みたいな口をきくねえ」
とふてくされ、夫人の足下に落ちていた湯文字を手にし、怒ったように後ろへ投げ捨てる。銀子が口をとがらせて、
「ちょっと、若奥様。あんた、随分、えらそうな口がきけるわね」
といい、邪慳に夫人の頬をぐいと指でつついたが、夫人は、眼に一杯の涙を浮かべながらも、歯を喰いしばった表情になって、はじき返すようにいうのだった。
「貴女達のおっしゃる通り、静子は、こ、このような羞ずかしい姿になったのです。これ以上静子に淫らな真似をなさると、ゆ、許しませんっ」
許しませんだとよ、とズベ公達は、顔を見合わせて、どっと笑った。
「こっちも許せないよ。お前さんの貴族ぶった生意気なものの言い草がね」
銀子が青竹を取った。自分を殴打するのかと静子夫人は唇を噛み、全身を針のように緊張させたが、身心共に疲労して土間に俯伏している桂子の傍へ、銀子は再び向かおうとする。
「待って。私が悪かったわ。もう生意気な事は申しません。ですから、お願いっ、もう桂子をぶつのだけはやめて下さいっ」
静子夫人は、我を忘れて、悲鳴に似た声を張り上げた。
何かといえば、すぐに桂子をムチ打とうとする銀子に対して、静子夫人は、遂に心底から血を吐く思いで哀願したのである。
「よし、じゃ、二度と私達を見下したようなものの言い方はしないと誓うんだね」
「ハイ」
「あんたが人質でいる限り、私達はあんたの御主人様なのよ。少し位、朱美にいたずらされたって、ガタガタいうんじゃないさ」
と、静子夫人に浴びせる銀子であったが、夫人を人質にして、この百姓家に監禁しておくのは、二、三日ぐらい。
あとは、遠山家に住み込んでいる運転手の川田と共謀して、夫人の身柄を森田組に引き渡す魂胆であったのだ。
「天下の葉桜団員に対して生意気な口をきいた詫びを、この奥様に入れさせなよ、銀子姐さん」
朱美は、先程、静子夫人に突風のような勢いで口返答されたことが口惜しくてならず、銀子の肩を叩いていう。すると、先程、腰のものを剥ぎ取ろうとして、静子夫人に小指を噛まれたマリも、
「ね、銀子姐さん。朱美姐さんのいう通り、この糞生意気な女に、一つヤキを入れるべきだわ。美人だと思って、やにお高く止まってやがる。ね、こいつがあるから、葉桜団万歳をやらせちゃ、どう」
マリは、ポケットから、木製の洗濯バサミを出し、ニーと歯を見せた。
それを見ると、銀子も朱美も、プーと吹き出す。
「面白いわ。やらせよう」
銀子は、何か身に危険が追って来たのを察知して、おろおろし始めた静子夫人の表情を口元を歪め、悪魔のような微笑をして、しげしげと見つめるのだった。
「フフフ、美しい若奥様。皆んなも、ああいうから、一応、私達に詫びを入れて頂くわ」
「な、何を、なさろうというのです」
静子夫人は、銀子や朱美やマリ達の、何か企みが隠されているような陰惨な微笑を見ると、ぞっと寒気立つ思いになり、ぶるぶる肩先を震わせるのであった。
「さ、どういったらいいんだろうね。フフフあたいは羞ずかしくていえないわ。一寸、マリ、あんた、この奥様に教えてあげなよ」
朱美に肩を叩かれたマリは、あいよ、と硬化した表情を続けている静子夫人の肩に片手をかけ、木製の洗濯バサミを夫人の高貴な線を持つ鼻先に近づけて行く。
それで鼻の頭を挟む気だと直感した静子夫人は、反射的にさっと顔を横へそらした。
「これでつまみ上げられた所をピクピク動かして、あたい達がよしというまで、奥さんは葉桜団万歳と大きな声を出しつづけるのよ。フフフ、でも感違いしないで。そんな美しいお鼻をつまんで、傷跡なんかつけたりはしないから」
マリは、含み笑いしながら、洗濯バサミを夫人のふるいっきたい程、甘美な匂いに包まれている薄紅色の乳頭へ近づける。
静子夫人は、優雅で繊細な頬をバラ色に染めて、苦しげに眉を八の字に寄せた。花のような唇をわなわなさせて思わず、ブルッと優美な肉体を震わせる夫人の横顔をマリはクスクス笑って見つめながら、
「早合点しないでね。あたい達が狙っているのは、もっと愉快な所よ。そういえば、もうおわかりでしょ。さあ、あと女がこれでつまみ上げられるのは、どこと思う。ねえ、美しい若奥様」
マリは夫人の柔軟なミルク色の肌にまといつくようにして陰湿な微笑を口元に浮かべ、腕組みしてそれを眺めている銀子や朱美も、顔を見合わせて、自分達の間にしか通じない秘密を楽しみ合うかのようニヤリとするのであった。
静子夫人は、ぞっとするような淫靡な空気が周囲に垂れこめて来たのを感知し、嫌悪の戦慄を身内に走らせ、本能的にぴったりと腿を閉じ合わせるのだった。
「ねえ、わからないの、奥様、フフフ」
「わ、わかりません。一体、何をなさろうというのです」
「まあ、奥様って、おとぼけがうまいのね。カマトトぶりも、いい加減におよしよ」
土間に落ちている別の麻縄を取り上げ、マリは、静子夫人を柱に縛りつけようとする。銀子も朱美も悦子も、揃ってそれを手伝い始める。
「ね、ね、一体、何をなさろうというのっ」
ズベ公達は、狼狽して必死に身をうねらせる夫人の陶器のように白い脛にどす黒い麻縄をキリキリ巻きつかせて、柱に固定すると、更に、二巻き三巻きと縄を巻きつけさせている。
「自分の男を寝取られた場合、あたい達が仲間に加える私刑なのよ。参考のため、奥さんにも教えておいてあげるわ」
と、銀子がいうと、朱美が、両肢をぴったり、柱に縛りつけられた静子夫人を満足げにしげしげと見つめて、
「さ、もうそれで暴れようにも暴れられないわね。フフフ、一寸、羞ずかしいだろうけど、辛抱するのよ。♢♢悦子、あんた、器用だから、つまみ出して、ハサミではさんでおやんな」
「OK。任しておおき」
悦子は、残忍な心を自分に煽り立て、マリから洗濯バサミを受け取った。
「あっ」
と、悦子が夫人の足元に身をかがめると、夫人は、全身の血を逆流させて、つんざくような悲鳴を上げた。
「な、何て事をっ。あっ、後生です。やめてっ。そんな事はやめてっ」
♢♢捕われの身となった静子夫人が初めて葉桜団に受けた汚辱の試練♢♢
それを、今、悦子は、廊下の壁に背を当てながら、悪夢にうなされたように思い起こしているのだ。
♢♢あんなひどい事を私は静子夫人にしてしまったのだ。夫人の肉と心に拭い去ることの出来ない息の根も止まるような汚辱を最初の日、私は与えてしまったのだ♢♢。
急に頭へかっと血がのぼった悦子は、耐え切れない思いになって、両手で頭をかかえ、壁に、額を押しつけて鳴咽し始めた。
柱に、優美な肉体をがんじがらめに縛りつけられ、私の手で、それをまさぐり始められた時の夫人の魂を打ち砕かれるような恐怖と戦慄のうめき、上ずった声で、切れ切れにくり返す哀願。しかし、遂にとりつけられて、美しい曲線を描く量感のある腰をモジモジ揺り動かし、火のような涕泣を発しながら、葉桜団万歳を口にしなくてはならなくなった、美貌の令夫人−−。
しかし、悦子は、そんな時の静子夫人が、ふと懐かしくもあった。あれから夫人は、鬼源の地獄の調教を受け、肉も心も、悪魔に順応させられて、現在、大広間の中で、卑劣な男や女達に取り囲まれ、この世のものではないような、まるで畜生に等しい実演を行っているのだ。
急に会場の方に大きなどよめきが起こり、悦子は、はっとした。
男達の嘲笑、女達の嬌声が相次いで起こり、そうした中に静子夫人の今までに幾度となく聞き馴れている薄絹を震わせるようなすすり泣きが聞こえるようであった。
やがて、ドアが開き、千代が川田や田代達と何か楽しげに語らいながら、晴れ晴れした表情で出て来たのだ。ベソをかいたような顔をしてつっ立っている悦子を見た川田は、
「何でえ、悦子。こんな所で何してるんだ」
「静子、静子夫人は?」
悦子は、怒ったような顔をして川田達を見る。
「ようやく今、終わったところさ。ありゃいい夫婦になるぜ」
川田がそういって笑うと、田代も、太鼓腹を揺すりながら、
「これから十五分間休憩。今度はお客人の好む体位を取りながら、捨太郎の愛情を身体で受けるというわけだ。捨太郎はうまく種を植えつけてくれりゃいいがな、千代夫人」
千代の機嫌を、うかがうようにしていう。
千代は世にも嬉しそうな顔をしたり、何か思い出し笑いをしたりしながら、
「この屋敷へ来て、今夜は一番、私にとっては楽しい夜でしたわ。捨太郎にいきなり御馳走された時の静子の顔ったらなかったわ。ホホホ」
悦子は、それを聞くと、ぐっと怒りを飲み込み、突風のように台所へ走った。
コップに水をくみ、洗面器を小脇に抱えると、一目散に大広間の会場へと走ったのである。一刻も早く静子夫人に、うがいをさせてやり、嘔吐を洗面器へ吐き出させてやりたかったのだ。
第五十六章 極限の崩壊劇
美女崩壊
今まで演じられたフランス式ショーの強烈な刺戟に酔い痺れた男女は、ただ熱い吐息と興奮にむせかえり、痴呆のような表情になっていたが、チンピラ達が小休止という意味か再び酒の膳を運んで来ると、ほっと我に返ったように賑やかに盃の交換を始めるのだった。
捨太郎はいい気なもので、一度思いを遂げると、すっきりした顔つきで、客席の中へもぐり込み、客達に注がれる日本酒をペコペコしながら、口をとがらせて吸い込んでいる。
一方、静子夫人は、陸に打ち上げられた人魚のよう俯伏したまま身動きもしない。大理石のように光沢のある背中の中程で両手首を縛った紫のしごきが夫人の汗を吸って濡れている。海老のように夫人は身体を曲げて俯伏しているため、その見事な双臀が殊更その量感を誇示した感じで、見物人達の眼を楽しませているようだ。
酒の匂い、煙草の煙など、この場の淫臭とからまって、どぎつい熱気を充満させているところへ、手に洗面器と水の入ったコップを持った悦子が飛び込んで来る。
ぎっしり埋め尽している見物人達をかき分けるようにしてマットの上へかけ上った悦子は、洗面器とコップを下へ置くと、周囲に配置された映画撮影用のライトに照らされて、キラキラ光る夫人のミルク色の肩に手をかけた。
「しっかりして、奥様」
静子夫人は、悦子に肩を抱かれ、揺すられて、ぼんやりと濡れた美しい瞳を見開いた。
「ああ、悦子さん」
悦子に気づくと、夫人の瞳に悲しげな色が射し、甘えかかるように悦子の胸へ顔を埋めた静子夫人は、さも羞ずかしげに黒髪を慄わせてシクシクすすり上げるのだった。
「さ、うがいをするのよ、早く」
悦子は、叱咤するようにいって、水の入ったコップを夫人の口へ持って行く。
静子夫人は、チラと感謝の眼差しを悦子に向け、眼を閉ざしてコップの水を口に含むと悦子の差し出す洗面器に顔を押しつけるようにして吐き、幾度もそれをくり返している。
つい今しがたまで、口一杯に頬張った汚辱の塊り、そして、舌に受けた激烈な屈辱。その呼吸も止り、魂も凍りつくばかりの衝撃のため、今も夫人の胸は慄えおののき、洗面器の中へ口に含んだ水を吐きつづける夫人の背は波打ちつづけている。
盛んに岩崎の機嫌をとり、酒の酌などしていた鬼源は、ふと眼をマットの方に向け、静子夫人を介抱している悦子に気づくと、急に白眼を剥いて立ち上った。
「よ、勝手な事をするんじゃねえ」
ツカツカとマットの上へ上った鬼源は、悦子を足で押しのけた。
夫人から鬼源の足で突き離された悦子は、憤怒に顔を歪め、何か口走ろうとしたが、それを夫人があわてて押し止めるのである。
「悦子さん、お願い。鬼源さんにさからっちゃいけないわ。静子は、静子はもう落ちる所まで落ちてしまったのよ」
今にも泣き出しそうな表情で、悦子をなだめるように夫人はいう。悦子も泣き出したい気持で、コップと洗面器を持ち、立ち去ろうとしたが、
「おっと待ちな。せっかく持って来たんだ。そいつはそこへ置いていきな」
と、鬼源は、何か魂胆があるらしく、悦子の手から洗面器を取り上げた。
そして鬼源は、客席の中で、酒を飲んでいる捨太郎に向かって声を張り上げた。
「おい、休懇時間は、あと五分位だぜ。便所へ行くなら今のうちだ」
へい、と捨太郎は、鬼源に向かって頭を下げると、客達の中をつんのめるような恰好でよろけながら、洗面所に向かって走り出す。
「何でえ。もう酔ったのか。しっかりしろ」
男達は、捨太郎の奇妙な恰好を見て吹き出し、その後ろ姿に大声をかけるのだうた。
「奥様の方は、ここですますんだ。お客人もその方が喜ばれると思うぜ」
鬼源は洗面器を夫人の前へ置き、後ろへ廻って、夫人の両手を縛ったしごきを解いてやる。
「さ、これでいいだろ。のびのびとやってみな」
鬼源はそういって、軽く足で蹴った。
静子夫人は、両手が自由になると、優美な二つの乳房を両手で抱きしめ、その場へぴったりと立膝をして身をすくませている。横へそむけた夫人の冷たく冴えた象牙色の頬にじわじわと赤味が射し、見物人達は、そんな夫人と前に置かれた洗面器を見くらべるようにして、再び好奇の眼をギラつかせ始めた。
「よ、あと五分しかねえんだ。早くしなよ」
鬼源は、そういって、懐から一束のチリ紙を取り出すと、夫人の膝の上へ投げつけ、
「後始末するところまで一切を御見物衆の眼に晒すんだよ」
満座の中で排泄行為の強制♢♢今に始まったことではない。人間の意志を喪失した静子夫人は、かたく唇を噛みしめ、慄える手で膝の上のチリ紙の束を握りしめた。
「こぼさないように上手に跨がるんだぜ」
鬼源は、足で洗面器を夫人の傍へ押しやるようにして、せせら笑った。
「あら、立ったままさせた方が面白いじゃない、鬼源さん」
外の空気を吸ってくる、と田代達と表へ出ていた千代が何時の間にか戻って来ていて、客人達の後ろへ立ち、面白そうに顔をくずしている。
「そうだ。今夜は、静子夫人の珍芸大会なのだからな。おしとやかにしゃがませてやることはない」
田代も赤ら顔を手でさすりながら、楽しそうにいうのだった。
「それもそうですね」
鬼源は、卑屈な笑顔を見せて、うなずくと身体をくの字に曲げ、洗面器の上を跨ごうとしている夫人のふくよかな両肩を後ろから押さえた。
「千代夫人のおっしゃる通り、立ったままで演じた方が、お客の喝釆を受けるだろうよ。さ、来な」
先程、卵産みの珍芸を演じたロープの下へ夫人の身体を押し立てた鬼源は、再び紫のしごきを取り上げた。
静子夫人は、もうどうとでもするがいいわ、といったような冷やかな表情で、顔をそむけ、その線の美しい高貴な鼻を鬼源の眼の前に晒している。
川田が鬼源から渡された長い紫のしごきを肩にかけて、夫人の背後に廻った。
「さ、両手を後ろへ廻して」
片手で両乳房、片手で前を隠して立つ静子夫人は、川田に背中を押されると、美しい睫をぴくと動かせたが、すぐに意志を喪失した素直さで、握りしめていたチリ紙を鬼源に返し、両手を後ろへ廻すのだった。
川田の手で、キリキリと後手に縛り上げられてゆく静子夫人に向かって鬼源は、この後、朝方まで演じることになっている実演についての打ち合わせを行おうとするのである。
しごきの縄尻を先程と同じように、天井から垂れ下がっているロープにつなぎ止められた静子夫人に、懐から何枚かの写真まで取り出して、鬼源は低い声で説明しつづけていたが静子夫人は、片意地なまでに冷やかな表情を作り、鬼源の突き出す写真に眼を向けているのであった。
静子夫人が一本のロープに支えられて立つすぐ眼の前には、岩崎の妾である葉子と和枝、それに千代までが加わって、この悪女三人、何か高声で談笑し合い、酒を注ぎ合い、手を出せば、届きそうな静子夫人を指さしながら、笑い合ったりしている。
「ね、鬼源さん。そこでお小用させるのはいいけれど、ここまで飛んではこないでしょうね。こんないい着物にひっかけられたら形なしだわ」
千代は、そういって葉子達と顔を見合わせキャッキャッ笑い合うのだった。そういう千代画身につけている濃い藍色地にバラ模様をつけ下げにした一越縮緬の豪奢な着物は、かつての静子夫人の外出着の一つであったのだ。
静子夫人は、そうしたかつての女中のからかいの言葉を真正面から浴びせられても悲しげに柔らかい睫をそよがせるだけで、その美しい容貌の中には敵意や反抗などは微塵も感じられない。
一日一日と崩れ落ちて行く自分の運命に静子夫人はただ身を任せているよりどうしようもないのだ、と感じた千代は小気味よさそうに笑い、煙草を取り出して口にすると、フラフラと立ち上るのだった。
「ね、奥様。もうすぐ遠山隆義のお誕生日が来るんだけど、どう、別れた亭主でも何かプレゼント位して上げなさいよ」
千代は、豊満は乳房の上下に紫のしごきを巻きつかせて立っている静子夫人の美しい身体をしげしげ見つめながら、そんな事をいい出すのだ。
「今、私ね、一昨年だったかしら、遠山家で行われた誕生日のパーティのことをふと思い出したのよ。あれは、奥様と遠山の婚約披露パーティみたいなものだったわね」
すると、川田も、夫人の背後から前へ廻って来て、
「そうだっけな。あの日は遠山家の庭の芝生と洋館の一階を全部使っての盛大なパーティだったぜ。この奥様は、眼のさめるような紫のイブニングドレスに真珠のネックレス、ダイヤの耳飾り、夜会風にこう髪の毛をくるくると巻き上げてよ。俺はあの時の美しい姿がまだ眼に灼きついてるよ」
元、遠山家の運転手と元の女中が静子夫人を左右からはさむようにして、そんな以前の事をふと懐かしむように回想し始めたので、鬼源は周囲を埋め尽す男達の顔色を見ながら、いささか狼狽し、たしなめるように川田の腕をつついた。
「滅多な事をいうもんじゃねえ。物好きな客が、この女の素性を洗い出したら、どうするんだ」
と、小声で叱ったが、
「なーに、かまうもんか。今夜の客は義理堅いことじゃ粒ぞろいときてるからな。こっちに迷惑のかかるような事をする筈はねえ」
そういった川田は、静子夫人のさも暖かく、柔らかそうな肌を頼もしげに眺めながら、急にいたずらっぽい表情になって、身を沈ませて行く。
川田は、白いしぶきでキラキラ輝くような夫人の腿や美しい曲線を持つ下肢を眺めながら、やがて、これから、捨太郎の総攻撃を受けて、幾度となく決壊しなければならない柔らかい丘の周辺に煙草の煙をぷーと吐きかけて、
「遠山隆義との夫婦生活は、せいぜい三、四月ぐらいのものだった筈だ。え、そうだろ奥さん。その間に、どれ位、ここを触れさせてやったんだ、さ、答えてみな」
静子夫人の美しい象牙色の頬に刷毛で刷いたような羞ずかしみの色が浮かび上る。
「何回ぐらいだったかと聞いてるんだよ。運転手風情には答えられねえっていうのかい」
「知、知らない。知りません」
静子夫人は、赤らんだ顔を横にそらせ、固く眼を閉じていい、
「お願いです。以前の事はもうおっしゃらないで。今の静子は、もう昔の静子ではございません」
と、すすり上げるようにいうのだった。
「そうはいっても、こちとらは、妙に妬けるんだよ。奥さんのような美しい女を、あの遠山の親父が自由にしていたと思うと、腹が立って仕様がねえんだ。毎晩かい。それとも、二日に一度かい」
そんな事をムキになって夫人に問いだした川田を千代は笑いながら押し止めて、
「ま、いいじゃない。その事は、捨太郎との実演がすんだあとで問いただし、すっかり告白させてテープにとっておこうよ。夫となる捨太郎にとっても、この女の昔の亭主の関係は気になるだろうからね。それより、昔の亭主の誕生日のプレゼントを何にさせるか、それをこの女に決めさせなきゃ」
そういった千代は、俯向き加減に眼を伏せている静子夫人の顎に手をかけて、その美しい顔をぐいと正面にこじ上げると、
「ね、以前の御主人に何をプレゼントなさる気なの。ホホホ、と申しましても、今の奥様は、一銭の蓄えもない文字通りの丸裸。これじゃ、どうしようもないわね」
千代は、静子夫人の周囲をぐるぐる廻って楽しそうに笑いつづける。
「素寒ぴんじゃ全く話にならないわ。自分のお小水と糞ぐらいしか、お出しになって頂くものはないってわけね」
千代は、そんな事を面白そうにいい、羞ずかしみと屈辱の紅が夫人の耳たぶを染め始めたのを心地よげに見て、
「仕方がないわ。明日は、その二つを奥様の身体から出して頂き、それを遠山に対する誕生日のプレゼントということに致しましょう」
千代は、これでもか、これでもか、という風に夫人を嘲弄しつづけ、悦に入っている。
そこへ小用をすませた捨太郎が戻って来たので、鬼源は、
「さ、奥さんの方も、早くすませて、第二部の開幕ということにしようじゃありませんか」
と、酒気を帯びてフラついている千代をうながし、葉子の隣へ坐らせた。
鬼源は、洗面器を夫人の行儀よく揃えている足元に置いて、
「さ、お客様方におねだりして、この洗面器を使わせてもらうんだ。もう時間がねえ。早いとこすますんだぜ」
静子夫人は、鬼源にそう指示されると、翳の深い眼の中に哀しげな色を湛えて、小さく消え入るようにうなずき、憂愁を帯びた美しい喉をそっと正面に向けた。
排泄行為を演じる時は如何に振る舞うか、それも長い間の調教で、静子夫人は鬼源に叩き込まれている。
「お客さまの申で、静子にお手を貸して下さる方はおいでにならないでしょうか」
慄える夫人の唇から、そうした言葉を聞きとると、忽ち何人かの男がわらわらと立ち上った。
先程、夫人に果物を切らせた時のように、男達は前後の見境なく、柔軟な夫人に一斉にまといっき、関口一家の大原と南原組の木村が、仲良く夫人の足元にある洗面器を取り上げて、その下あたりに当てがうのだった。
「嫌、嫌、そんなに御覧になっちゃ羞ずかしくて出来ないわ」
静子夫人は、慄えぶおののく心と肉体を自分で制御しながら、男達の官能を昂らすべく甘く鼻にかかった声で、
「嫌っ、もうたくさん、駄目よ、そんな♢♢」
と、狼狽して、身をよじらせた。だが男達は面白がって、大原と木村が洗面器を当てがった。
「いい機会だから、研究させてもらうぜ。さ、始めなよ」
「ひ、ひどいわ」
静子夫人は、真っ赤になった顔をねじ曲げるように横へそむけて、絹糸のような繊細なすすり泣きを口から洩らしながら、
「お顔にかかりますわ。も少し、離れて御覧になって下さいまし」
「遠慮するなってことよ」
男達は互いに顔を見合わせ哄笑する。
息をつめ、この生地獄の中へ夫人が身を投げようとした時、
「一寸、待ちな」
と、川田が8ミリ映写機を夫人の前へ備えつけた。
「発射し、客人方の手できれいに後始末されるところまで撮影するからな」
鬼源はそういって、手にしていたピンク色のチリ紙の束を横にして、夫人の口に咥えさせる。
全身に羞じらいの紅を流しチリ紙を咥えた端正な横顔を見せ、軽く瞑目した静子夫人を狙って撮影機は低い音をたてて回転し始めた。
「そら、始めるんだ」
鬼源が、鋭い声を張り上げる。
静子夫人の伸びやかな美しい肉体は一層の紅を走らせ、小刻みに揺れた。絹糸のように細い、白い一本の線が大原と木村の持つ洗面器の底を激しく叩き始める。
男達のどよめき、女達の嬌声。そうした衆人環視の中で、水しぶきを上げつづける静子夫人は、美しい富士額にべったりと脂汗を浮かべ、口に咥えるチリ紙をキリキリ歯で噛みしめながら、息もたえだえにこの屈辱と闘っているのだ。
気品のある美貌と教養に満ちた美しい令夫人の排泄図を、唖然とした表情で見つめていた葉子、和枝、千代の三人は、ようやく夫人が最後の一滴まで出し尽したと見るや、大声を張り上げて笑い合った。
「お見事だったわよ。でも、まあ、いい気なものね。よくそんな浅ましい真似が出来るもんだわ」
千代は、酒に濁ったトロンとした視線を静子夫人に向け、吐き出すようにいった。
虚脱したような力のない瞳をぼんやり前へ向けている静子夫人の口から、チリ紙を男達は取り上げる。
それを見た千代は、再び奇妙な笑声を立てて、隣の葉子達や和枝の肩を叩くのだった。
「一寸、見てご覧なさいよ。まあまあ、男達にあんな事までさせて。どう。あの気持の良さそうな顔。まああきれた。自分の方から後始末をさせているわ」
嵐が過ぎ、男達が堪能したような顔つきでぞろぞろ席へり戻ると、静子夫人は、上気した線の綺麗な優雅な顔を正面に向けて立っている。その上背のある美しい肉体と美貌は、今まで演じていた醜悪な珍芸とは何の関連もないといった何か犯し難い高貴な匂いに包まれているように見え、男達は不可解な面持で凝視している。
そんな夫人の足元に置かれてある洗面器の中をチラと見た鬼源は、
「ほう、随分と溜っていたんだな。だが、これでさっぱりしたろう」
と、笑って、紫のしごきを巻きつかせた夫人の豊満な乳房を指ではじき、さて、と一座を見廻した。
「それでは、本人の調子も整いましたので、これより皆様、お待ち兼ねの本格的な実演を取り行いたく存じます」
見物人達は、待ってました、と声を張り上げ、拍手し始めた。
次に鬼源は、捨太郎を手招きして呼び寄せ、静子夫人の横へ並べて立たせるのである。
「ごらんの通り、この捨太郎は、馬も顔負けの名器の持主」
見物人達はゲラゲラ笑い出した。
「しかも疲れを知らぬ歴戦の勇者。その精力絶倫さはオットセイを相手にするも一歩も退けをとるものではございません」
次に鬼源は、静子夫人の方へ廻り、
「一方、相手これ務めまする静子は、先程より再三、皆様のお眼を楽しませました如く、これも名器の持主。しかも、一流のストリッパーを凌駕する見事な肉体。加えて、天性の美貌!」
立板に水を流すように鬼源は、滔々とまくし立て、調子づいて、次に少し声を低める。
「これは、ここだけの話ですが、この女は、或る御大家の若奥様であったのですが、亭主は、この二十六歳、いわば女盛りの熟れ切った肉体を満足させ得なかったんですな。この奥様は、ここへ来て、初めて、女の悦びを知ることが出来たってわけで。へへへ、こっちも驚きましたね。この若奥様は、俺達仲間の間じゃ蛸といって尊重する、何百人に一人の名器の持主なんですからね」
へへえ、と千代は、感心したような顔つきをして、
「そんな名器を、この奥様がお持ちになっていたとは知らなかったわ」
「名器の持主なればこそ、短時間の調教で、果物切りゃ玉くぐり、一筆描きと色々な芸当をやってのけることが出来たんですよ。明日ぐらいから銅貨の吸い上げなんかを仕込むつもりですがね。そんな手間はとらせず、コツを呑み込んでくれると思いますよ」
鬼源は息を殺し、生唾を飲みこんでこのすさまじい光景を凝視している見物人達を得意気に見廻して、
「さて、本日の特別サービスとして、この女が如何なる名器の持ち主か、その証拠をお眼にかけいや、お耳に入れとう存じます。演奏する者の熟練した撥さばき一つで、名器は様々な妙なる音色を発し、聞く者を桃源郷に誘なうことでありましょう」
そういうと、鬼源は、懐から手拭を取り出し懊悩の極にある静子夫人に近づくのだった。
「いいな。皆様にたっぷりとお聞かせするんだ。へへへ、何も驚くことはねえやな。捨太郎に任せてければいいんだ」
鬼源が静子夫人に猿轡をかませようとするので、また、千代が出しゃばって来た。
「どうして猿轡なんかするの。いい声で嘲らせておいた方が面白いじゃない」
「ここのいい音色を、はっきり皆様に聞いて頂くにゃ、かえって女の悶え泣きが邪魔になるんですよ。それにひょつとして悦び過ぎて舌を噛むという恐れもある」
「成程ね」
千代は合点がいったようにうなずいて
「じゃ、これを猿轡につかうといいわ」
と、自分の帯から、絹地に赤い紅葉を散らした帯あげを解き、それを持って、静子夫人の横に立つ。
「さ、アーンとお口を開いてごらん。舌を噛まないよう、かたく猿轡をしてあげるわ」
千代が絹布を夫人の口元に持ってゆくと、すでに全身にねっとりと、脂汗を浮かべている夫人は、そのバラ色に上気した凄惨なばかりに美しい顔を千代に向けた。激しく息づき、何かを訴えるような陰影を含む、美しく濡れた瞳を千代に注いだ静子夫人は、あえぐように、
「千、千代さん。静子は、死ぬ気で今日の見世物に立ったのです。こ、こんなに、こんなに生恥をさらしているのに♢♢」
あとは言葉にならず、思わず、顔をそむけて哀泣してしまう静子夫人だったが、千代はフンと鼻で笑い、
「私達のすることが、ひどすぎるというの」
「あ、あんまりです。あんまりだわ」
静子夫人は、耐えられなくなったように声を慄わせて鳴咽するのだった。
「何いってんのよ。奥様。もっと羞ずかしい目に合わせて、と嘆呵を切ったのは、奥様だったじゃないか。さ、ぐずぐずすると、夜が明けちゃうよ。アーンと口をお開きったら」
静子夫人は、もうこの女には何をいっても無駄だと諦めたのか、わなわな慄える頬に大粒の涙をぼたぼた落としながら悲しげに眼を閉ざし、小さく口を開くのだった。
「もっと大きく開きなさいよ」
千代は、夫人の頓に手をかけ、唇をこじ開けるようにして、歯と歯の間に絹布の猥轡を通した。
「ホホホ、帯あげの猿轡をすると、また一段と色っぽくおなりね、奥様。じゃ、ゆっくりと妙なる音楽を拝聴させて頂くわ」
鬼源に、続けな、と肩を叩かれて、捨太郎は仕事にかかり出した。
葉子達の席へ戻って、煙草をスパスパ吸いながら小気味良さそうに責めさいなまれている静子夫人を見上げる千代。そこへ、のっそりと背後から田代が近づいて、千代の肩を叩き、どつかと隣へ腰を下した。
「千代夫人にとっちゃ今夜はすばらしい夜というところですな」
「ホホホ、これで、静子がうまく妊娠してくれると本当に大助かりなんですけどね」
二人はそんな事を楽しげに語りながら、酒をくみ合うのだった。
周囲を埋め尽くした卑劣な男女の酒にギラついた視線に、静子夫人は狂おしげな身悶えを次第に露にし、きびしく口に噛まされている猿轡を真珠のような白い歯でキリキリ噛みしめながら、苦しげに眉を寄せた顔を大きく後ろへのけぞらせたり、さも切なげに首を振ったりをくり返している。敵の集中砲撃に城門は微塵に粉砕され、敵軍は雄叫びを上げて我物顔に侵入し始めているのだ。飲料水の水瓶も破壊され、どっと溢れ出た。
静子夫人は、猿轡の中で声にならないうめきを発し、左右へ首をよじりつづけていたが、進退極まったように、がっくり首を落とし艶々した黒髪を慄わせながら、シクシクとすすり上げ、心の支えもポッキリ折れて、為す術もなく八合目、九合目と追い上げられていく。
「まあ、凄いわ、いや—ね」
千代は、ハンカチを口に当て、葉子達の方を見、肩をすくめるようにして笑った。
夫人は激しく猿轡を噛みしめながら、ムウッとうめき、脂汗でべっとりとなった首すじを大きく見せて、顔をのけぞらせた。
千代の異様に光る眼の前に、もうためらいも羞ずかしさも見せず、美しい夫人のバラは、大きく開花し、乙女のすすり泣きのような、かすかな音色が♢♢。
「へへえ、成程ねえ」
凝然として息を殺し、この成行きを見つめていた男達の聞から、吐息と溜息が渦巻き昇った。
「ホホホ、ねえ、社長。これが元、遠山財閥の令夫人だなんて、一寸信じられないわね。嫌な感じ」
千代は、田代の顔を見、夫人の耳に聞こえるようにいったが、放心忘我の境地をさすらつている静子夫人の耳に、それが聞こえたかどうか。
「成程。中々のやり手だ。こいつなら完全に静子夫人を心身共に作り変えるかも知れないな。思えば、いい男と夫婦にしたもんだ」
田代は、太鼓腹を揺すって豪放に笑った。
乙女のすすり泣きは、強くなったり、弱くなったりし、その都度、静子夫人は、女の生理の脆さを次々と晒け出しながら、猿轡の中で魂も消え入るような甘美なすすり泣きを洩らしているのだった。
川田は、そんな静子夫人に近づいて、歯に喰いこんでいる猿轡を外してやる。それも、夫人の唾液を吸いこんで、べっとりと濡れていた。
深い息を吐き、さも気だるげに横へ顔を伏せようとする夫人の顎に手をかけた川田は、
「どうだい、え、降参したかい」
静子夫人は、熱い頬に一層、上気の色を見せて、うっとりと眼を閉ざし、羞ずかしげに小さくうなずく。
川田はニヤニヤして見つめ、
「相当なお楽しみだったな。一寸やそっとじゃ始末し切れねえぜ.、どうするんだよ」
と、チラと千代の方を見て、機嫌をとるように口元を歪めるのだった。
千代は、今夜こそ長年の恨みを晴らすことが出来るのだ、というような快い胸のうずきについ調子に乗って酒を飲んだ故か、悪酔いして青白い顔つきになっていたが、フン、とばかり鼻白んだ表情になって、田代が止めるのも開かず、再び、フラフラと静子夫人の傍へ歩き出す。
「フン、何てざまだよ。大数の客人の手でお小水を取られた上、羞ずかしい音を立てつづけ、その挙句ホホホ、よくまあ、そんな浅ましい真似が出来たものだわ。あんたみたいな女を主人として長い間仕えていた自分に腹が立ってくるわよ、全く」
千代は、酒で足をとられて、よろけながら吐き出すようにそういうと、いきなり、夫人の赤みを帯びた綺麗な頼をぴしゃり、ぴしゃりと平手打ちし始め、見物人達を驚かせた。鬼源も、うろたえて、千代を抱き止めるようにした。
「ま、千代夫人。今夜はこんなにお客人が集まっておいでなんですよ。何か腹の立つ事があったら、この実演がすんでから、お仕置したって、遅くないじゃありませんか。ま、一つ、ここはわっしの顔を立てて」
と、鬼源は、せっかく最高潮に盛り上って来た静子夫人のショーが酒乱の千代に破壊されてしまうのではないかということを恐れて、なだめすかすようにしながら押し戻すのだ。
「ごめんね、鬼源さん。ごめんね」お客さん万。一寸、私、酔い過ぎちゃったわ」。
千代は、照れ臭そうに笑って、ふらつきながら、
「実演のスターのくせに妙にこの女が生意気なんでつい頭に来てしまったのですよ。さ、いいから次を続けて頂戴。鬼源さん」
千代は、そういうと、畳の上に転がっていたカメラを取り上げ、立ちつづけている静子夫人の正面像、側面像、背面像をレンズに収め始める。
静子夫人は、口惜しい快楽に浸った不明瞭な意識から未だ脱し切れず、ねっとりとした情感を湛えた瞳を物悲しげに前方へ向けている。しかしこれより明け方までの数時間、数え切れぬ極眼を思い知らされることになるとは、この時の静子夫人は感知していたかどうか。
ようやく千代の気分が静まったと見てとった鬼源は、情感を含めて、ジーンと澄んだ瞳を、ぼんやり前に向けている静子夫人に近づいて、
「自分だけ楽しませてもらつてすまし込んでいちゃショーにならねえぜ。先程から眼を皿のように開いて御覧になっていて下さるお客様を意識して、充分に楽しませるんだ。さっき、俺が楽屋で教えてやった要領で、これからの実演はぴったり呼吸を合わすんだぜ」
気だるい陶酔の余韻に浸っている静子夫人の耳に鬼源は小うるさく色々指示を与えた。
「甘くて、睦まじい夫婦仲を演じて、お客様方を少し当てつけてやんな」
鬼源は、北叟笑んで、少し、身を引くのであった。
静子夫人は、甘えかかるように美しい額を捨太郎のごつごつした胸にすりつけて、
「素敵だったわ。貴方って、お上手なのね。うん、憎い人」
夫人は捨太郎に対して、そうした甘いポーズをとりながら、満足と感謝を示し、ねえ、キッスして、と、自分の方から唇を捨太郎に向けたのだ。
「こりゃ熱くてかなわねえ」
見物の男達は、ゲラゲラ笑ったが、そうした夫人の甘いポーズは、彼等の官能の芯をますます昂らせて行く。
「さすがに長い間外国に留学していた若奥様だけあって、中々接吻がうまいじゃありませんか」
「そうね。さっきのフェラチオにしたって、ホホホ」
田代と千代がそんな事をいって笑い合った時、ようやく、静子夫人は捨太郎から唇を離し、情感を含む濡れた瞳を捨太郎に向けて、
「今度は、貴方もお楽しみになってね。ね、お願い。静子を完全に貴方のものにして頂戴」
静子夫人は、鬼源に指示された通りにささやくと、その象牙色の頬をパッと桜色に染めて、羞ずかしげに顔をそらせた。
鬼源が、頃はよしとばかり立ち上ると一座を見廻した。
「お待たせ致しました。只今から演じますのは、このように女が美人でありますと見物する側から申せば最も楽しい、効果的な方法をとることが出来るわけであります」
「いよいよだね、千代夫人。いや、おめでとう」
と、田代は、顔をくずして、千代と握手をかわした。
静子夫人は、優雅な身悶えをくり返しつつ消極的に協力を示していたが、
「もう、もう静子は、駄目なのね」
と、自分にいい聞かせるよう大粒の涙を流しながら口走る。
見物人達のどよめき、悪女達の嘲笑。そして、映写機はジーンと回転し始める。
心をわくわくさせながら、この状態を待っていた千代は、止める田代の手を振り払うようにして、再び立ち上ると、静子夫人の火のように熱い顔をのぞきこみながら、この世の者とは思われぬような狂気めいた笑い声を立てるのであった。
「ホホホ、いい気味だわ。今夜という日を私はどれ程、待ったことか」
川田も、感に耐えたといった面持で、夫人の横にまといつくように立って、
「後は、へへへ」
かつては、遠山家の使用人であったこの悪魔の申し子のような兄弟に左右を挟まれた形で、夫人は妖しいばかりに優雅な涕泣を洩らしながら漂い出し、追い上げられて行くのだ。
そんな静子夫人に対して、千代と川田は、恨みを返すのはここぞとばかり揶揄しつづけ、嘲笑し、夫人の屈辱感を一層高めようとするのだったが、悦びとも苦痛ともつわぬ戦慄に身を焼き尽している夫人には、もう何をいっても通用しない。断末魔の近づいて来たことを知覚すると、静子夫人は、妖しい夢の中をさまよっているような、ねっとり濡れた瞳をぼんやり見開いて、
「か、川田さん♢♢千、千代さん」
と、歯をカチカチ噛み合わせながら、左右に寄り添っている元の使用人二人に必死な調子で声をかけたのである。
「あ、あなた達は、とうとう静子をこんな女にしてしまったのね。で、でも静子は決してあなた達を恨まない、恨まないわっ」
激しく泣きじゃくりながら、そう口走った静子夫人は、
「♢♢ね、今度は静子一人じゃ嫌。お約束して、お願い」
上ずった声で切れ切れにそういうと再び顔を正面に向けて、その脂汗にキラキラ光る美しい全身像をはっきりカメラと見物人達の眼に曝しながら、自分自身を破滅の道へ追い込み始めたのである。
やがて「あっ」と絹を裂くような声が夫人の口から洩れた。
「おめでとう、若奥様、これで完全に捨太郎夫人となられたわけよ」
ぐったりと首を落とし全身を波打たせていた静子夫人は、そうした千代の嘲笑を受けながら、シクシクすすり上げていたが、おどろに乱れた黒髪を揺すりながら、
「お、お願い、少し、少し、休ませてっ」
「駄目だね」
と、鬼源が何喰わぬ顔つきで、煙草に火をつけながらいった。
「おめえの亭主は、精力絶倫男だと何度もいってあるじゃねえか。二度や三度ぐらいじゃ全く変化しないんだ。この亭主に調子を合わぜられるよう、妻として修業をつまなきゃいけねええ」
静子夫人は、泣きながら、しばらくの休息を哀願した。だが、鬼源も川田も、笑ったまま相手にせず、
「今夜は、おめえの記録を作ってやろうと俺達は考えてるんだぜ。勝負はこれからじゃねえか。それだけいい身体してるんだ。しっかりやるんだ」
静子夫人は、鬼源にそう浴びせられると、眼がくらみ、耳鳴りがし、カチカチ噛み鳴らす白い歯の聞から白い泡が吹き出した。
別離
地下室の扉が開き、銀子、朱美、森田、それにチンピラの竹田や堀川達が何か大声で談笑しながら、仕事を終えた桂子、そして、文夫と美津子の三人を引き立てて入って来たのである。
「へへへ、三人とも今夜は大奮戦だったな。お客も大喜びだったぜ」
森田は、つい今まで、骨が砕け、皮が裂けるばかりの苦しい演技と取り組んだ文夫と美津子のぐったりした横顔をのぞき込むようにして満足そうに笑った。
舞台の衣裳そのままに、文夫は、前髪に褌一つできびしく縛り上げられていたし、美津子は、桃割れ髪に腰には白梅をちらした可憐な薄桃色の湯文字、そんな姿のまま、文夫と同じように麻縄できびしく後手に縛り上げられている。
一番先頭を歩く森田は、前髪姿で鴇色の褌をはかされている桂子の背を押すようにして地下の階段を降りながら、
「まだ明け方までには時間がある。ゆっくり休むがいいぜ」
そして、桂子の縄尻を竹田に渡した森田は、
「俺は第二会場の客に静子夫人の実演を見せるため、広間へ案内して行くからな。明日からの投取りをよくお坊ちゃんお嬢ちゃんに説明してやってくれ」
そう銀子に告げ、そのまま、地下室を出て行くのであった。
「ね、私達も静子の実演を見に行こうよ。銀子姐さん」
美津子の縄尻を取っている朱美が、文夫の縄尻を取っている銀子にいった。
「まだ大切な仕事が残ってるわよ。明日からこの三人の調教に、変化を持たせるよう私、森田親分からいいっかっているのよ」
「変化だって」
地下の土間に降り立つと朱美は不思議そうな顔をして、銀子を見た。
五、六坪の土間の中央にはチンピラ達の手で物置から運ばれて来たらしい猿の檻が置かれてある。田代の考案した美津子と文夫のスイートホームなのだ。
身も心もバラバラになる程の屈辱的な演技を満座の中で強制された自分達を再びこの中へ押し込む気なのかと美津子と文夫は、その陰惨な鉄の檻を前にして、唇を噛みしめるのだったが、銀子は、急にいたずらっぽい眼つきになって、
「今日からこの檻に入るのは、文夫と桂子にするからね」
と、美津子の表情を競うようにいった。
それを聞くと、美津子も文夫も激しく狼狽して、ぴったりと身を寄せ合い縄尻をとる銀子と朱美に哀願的な眼差しを向ける。
「フフフ、新婚ホヤホヤのあんた達の間に、水をさすのはかわいそうだけど、あんた達は商品なんだからね。そう何時までも、楽しい思いばかりさせてあげるわけにゃいかないんだよ。第一、静子夫人は実演の相手がはっきり決まったんで別としても、あとは京子、桂子、美津子、小夜子と四人の女性がいるのよ。実演スターの男役者である文夫を美津子一人に独占させておくというのは不合理だと、森田親分がおっしゃるわけさ」
そういって、銀子と朱美が手から縄尻を離すと、文夫と美津子は、ぴったりと寄り添いながら、地下倉のレンガの壁のあたりにまで後退し、共に必死な眼を二人のズベ公に向けるのだった。
「後、後生です。私達二人を離さないで。離さないで下さいっ」
美津子は、おろおろしながら、銀子と朱美に向かって必死な声を張り上げるのだった。
文夫も、今にも泣きそうな表情の美津子を庇うようにしながら、
「今になって二人を離すなんて、そんな事、誰がさせるものか。こんな地獄の底で僕がこれまで生きつづけることが出来たというのも、美津子が、美津子がいたなればこそ♢♢」
ハハハ、とズベ公二人は、男のように大口を開けて笑いだした。
「何を寝言いってるんだよ。あんた達がどれ程愛し合っているか知らないが、そういう風に愛し合えるように直接してあげたのは、あたい達なんだからね」
文夫と美津子は、かたく寄り添いながら、急に顔を赤らめて、ズベ公から視線をそらせるのだった。
「とにかく、あんた達は、あたい達の商品なんだからね。こっちの計画していることに抗らったりすると承知しないよ」
朱美は急に吐き出すようにいって、二人につかつかと近づき、美津子の縄尻をひったくるようにとる。
「あっ、嫌っ、文夫さんっ」
「美、美津子I」
文夫は、朱美に引き離されて行く美津子を思わず追おうとしたが、
「じたばたすんねえ、この野郎」
竹田が文夫の両肩を後ろから両手で押さえた。
「おめえは、桂子と一緒にこれから当分、檻の中で暮せるんだ。天下晴れて、浮気が出来るってものじゃねえか。さ、来な」
文夫を強引に鉄檻の前まで引きずって来た竹田に手伝って銀子が檻の扉を開けると、
「さ、入るのよ」
銀子と竹田は、文夫の褌をその場でくるくると剥ぎ取ると、二人がかりで文夫の縄を解き、素早く檻の中へ押しこんだ。
「お願いだ。美津子を、美津子を連れて行かないでくれ」
「うるせえ。今日から新しい花嫁を毎日抱くことが出来るなんて羨ましいぜ全く。ブツブツいうねえ」
鉄の檻は人間一人が身をかがめて入るのがやっとという、以前猿を飼っていた檻なのだ。中腰になって、檻の鉄格子を握り、獣のようにわめき立てる文夫を面白そうに眺めていた竹田と銀子は、桂子の縄尻をとっている堀川に眼で合図した。
「さ、今夜からおめえは文夫の花嫁だぜ。スイートホームへ入るんだ」
桂子も狼狽して身を悶えさせたが、朱美に縄尻をとられている美津子の狼狽ぶりはすさまじかった。
「嫌っ、やめて、お願いです」
激しく身をよじつて、檻の中へ桂子が入れられるのを必死に妨害しようとする。
美津子の力に縄尻をとる朱美は、引きずられて行くような恰好になった。
「フフフ、美津子って、すごい嫉妬焼きなのね。かわいそうだけど、森田組の方針を変えるわけには行かないのよ」
逆上する美津子を銀子と朱美は背後から両手でかかえるようにする。
竹田と堀川は、桂子に檻の中の文夫を指さして、
「今夜から、こんなハンサムな坊ちゃんと一緒に暮せるんだ。え、嬉しいだろ」
「たっぷり可愛がってもらうがいいぜ。さ、腰のものをとって、中へ入るんだ」
竹田と堀川は桂子の褌を剥ぎにかかった。
「嫌っ、お願い、堪忍してっ」
美少年の入っている狭い樫の中へ全裸にされて投げこまれる、という羞恥に桂子は、思わず、全身を熱くして、身をすくませた。それは満座の中で、淫虐な責めを加えられる苦痛よりも若い桂子にとっては辛い拷問であったかも知れない。まして、文夫は、美津子の恋人でもあるのだ。
「嫌よ、ここへ入るのは嫌っ」
微妙な女心も揺れ動いて、精神的な屈辱にのたうちながら、桂子は珍しく反抗したが、
「おとなしくしねえのか、この阿女!」
竹田は桂子の横面を平手打ちし、くるくると褌を剥ぎとって横へ投げると後手に縛った縄を解いて、桂子の身体を檻の中へ押しこんだ。
一米四方ぐらいしかない狭い檻の中では、嫌でもぴったり身体を寄せ合っていなければならない。文夫と桂子は、ぴったりと背と背を合わせながら、鉄格子の中をのぞきこむ銀子や朱美達に憎悪のこもった瞳を向けている。
そんな二人を見た美津子は、たまらない悲しさと嫉妬めいた苦しい思いに顔を歪め、がっくりと首を落とすと、肩を慄わせて鳴咽し始めた。
桂子は、鉄格子を握って、美津子に声をかける
「美津子さん、私達にはまだ人間の血が通っているわ。安心して、ね、美津子さん」
こんな日に合わされても、自分達の意志で文夫と情を結ぶような真似はしない、という意味なのだろう。すると、文夫も、鉄格子の聞から美津子に向かって必死な声を出すのだった。
「獣のような真似はしないよ。ね、美津子、どのような目に合わされても、希望を捨てちゃいけないよ。必ず救出される時がくる」
銀子と朱美に縄尻を取られている美津子は涙に潤んだ睫をそっと上げ、小さくうなずくのであった。
「フン、生意気な口をききゃがって」
竹田は鉄格子の中をのぞきこみながら、吐き出すようにいい
「獣のような真似はしねえといったって、手前達は明日から、実演スターとして、鬼源さんの調教を受けるんだぜ。何をとぼけた事いってやがる」
すると、今度は銀子が、
「あんた達は、どういうつもりでいるか知らないが、こっちじゃ、あんた達を一匹の雄、一匹の雌ぐらいにしか考えちゃいないんだからね。今夜のうち、その中で、しっかり夫婦の契りを結んでおくんだ。そうしないと明日からの調教が何かとやり難いからね」
そういった銀子は、くるりと次に美津子の方を向いて、
「美津子の方は、明日から珍芸の稽古よ。しっかりやって頂戴ね」
朱美が美津子の背を突いて、
「さ、お歩き。今まで散々いい思いをしたのじゃない。今日からは当分、一人でお寝んねするのよ」
美津子は、小さくすすり上げながら、朱美に縄尻をとられて、牢舎の方へ歩き始めた。
鉄の重い扉が開くと、そこは、左右に放つかの牢舎が灘んだ石の廊下になっ一ている。
「さっさと、歩きなよ」
朱美と銀子に小突かれるようにして、美津子は素足で石畳を踏みしめた。
美津子の合歓の葉のような柔らかい睫にはキラキラと白露のような涙が光り、美しい繊細な横顔が凍りついたように冴えて見える。たまらない屈辱感と絶望感に打ちひしがれた美津子は、研ぎすまされた冷淡さを表情に浮かべ、一歩、一歩、石畳の上を歩いて行くのであった。
一番最初の牢舎の中をのぞいた朱美が、
「なんだ、小夜子。あんた、まだ寝ていないの。駄目じゃない。もう二、三時間もしたら夜が明けるわよ。あんたの調教は九時からということになっているんだからね。少しでも睡眠をとっておかないと身体が参っちゃうよ」
小夜子は、牢舎の隅で、毛布をまとい、猿のように身を小さくしているのだ。ウェーブのかかった絹のような感触の柔らかい髪は房々と小夜子の耳元を覆い、憂いと恐怖を織りまぜた睫の長い瞳をそっと上にあげた小夜子の美しい容貌を見たズベ公二人は、引き立てて行く美津子の肩をつかんで、ぐいと小夜子の前にさらしながら、
「あんたの弟さんの恋人よ。どう、中々美人でしょう」
「あ、美津子さん」
小夜子は、大きく眼を見開き、毛布を抱きしめるようにしながら、鉄格子のところまでにじり寄って来る。
「ああ、お姉様」
美津子は、文夫の姉を見た途端、急に胸がつまり、がっくり首を落とし、桃割れの髪を慄わせて、号泣し始めるのだった。
「今、あんたの弟の文夫とからんで、すばらしい実演を見せてくれたのよ。あんたからもほめてやってよ」
銀子は号泣する美津子と、ひきつった表情をする小夜子の顔を見くらべるようにしながら、クスクス笑っていたが、
「何時までも文夫さんを独占するのは具合が悪いので、今夜で一応、文夫と美津子のコンビは解消させたのよ。すると、淋しがって、こんなに泣き悲しんで私達も弱っちゃったわ。ね、小夜子、あんた、この娘を慰めてやってくれない。恋人のお姉さんに慰められるのが美津子にとって、一番嬉しいだろうと思うんだけどねえ」
「ここへ、ここへ、美津子さんを入れて下さい」
小夜子は、銀子と朱美の顔を見ながら、美津子を自分の牢舎へ入れるよう哀願したが、
「フフフ、何いってんのよ。私達のいってるのは、お道具を使って美津子を慰めてくれないか、といっているのよ。つまり、女同士のコンビ」
えっ、と小夜子は、顔を硬化させる。
「フフフ、ま、その事は、明日、あんたの調教の時、ゆっくり相談することにしましょう。さ、美津子、歩きな」
銀子は、再び、美津子の背を押して、奥へ歩かせてゆく。
一番、突き当たりの牢舎は、静子夫人が入れられていた四坪ぐらいの広さしかない薄暗いレンガ作りだった。
「静子夫人は、今頃、捨太郎と大熱演の真っ最中よ。朝にならなきゃ、ここへは戻って来ないわ。それまで、この牢舎を借用して、ゆっくりお寝んねしていな」
銀子と朱美は、扉を開けると美津子の縄を解いてへ中へ押しこみ、・ぴしゃりと扉を閉め、鍵をかけた。
「あんたに良く似合うから、お湯文字を剥ぐのは勘弁したげるわ。その代り、その桃割れ鬘を取るんじゃないよ。いいね」
銀子と朱美は、そういって、
「じゃ、静子夫人の熱演を拝見に行こうか」
と、いそいそと出かくて行く。
その後は、恐ろしいばかりの静寂だ。廊下に一つつけられた裸電球がぼんやりと牢舎の中を映し出し、鉄格子の影をくっきり浮き立たせている。
美津子は、胸の柔らかい盛り上りを両手で押さえながら、レンガ作りの壁の所に身を縮こませ、耐えようのない淋しさをシクシクと雪白の柔らかい肩を慄わせて、すすり泣くのだ。
明日からは、どのような責め苦が自分を待っているのか。満座の中で、文夫と組んで実演させられた畜生にも劣る浅ましい行為♢♢しかし、その行為に自分を没入させ、演じている間は、まだしも救われる。こうして、一人薄暗い牢舎に監禁されると、今まで、夢うつつのうち演じて来た数々の屈辱的行為が狂おしいばかりの自意識となって、美津子の魂をしめつけるのだ。
何よりも美津子にとって辛いのは、文字通り、生木を裂くように文夫と離れ離れにされたことだろう。しかも、文夫は桂子とそう思うと、不可抗力の事とはいえ、自分でも不思議なくらい、美津子の心は嫉妬のため、張り裂けるように痛み出すのだ。
「ああ、文夫さん」
美津子は、錐でえぐられるような胸のうずきに耐えかねて、冷たい床にどっと泣き伏してしまったのである。
♢♢それから、どのくらい時間がたったのか、身も世もあらず悶え泣きしているうち、美津子は、何時しか激しい疲労のため、眠ってしまったようだ。
ふと、気がつくと、鉄格子の向こうに、銀子と朱美が立って、こちらをのぞいている。
「ちょいと、何時まで寝ているのよ。もう朝の九時なのょ」
大きく欠伸をしながら、そういうと、扉の鍵をガチヤガチャいわせて、ギィーと開き、
「さ、出て来な。これから、とても面白いものを見せてあげるよ」
と、二人のズベ公は顎をしゃくるようにし美津子に外へ出て来るように命令する。
「ど、どこへ行くんです」
美津子は何か魂胆ありげなズベ公達の陰湿な微笑に気がつくと、ぞっとする恐怖を感じた。
「何をぐずぐずしてるんだよ。朝、九時から調教すると、ちゃんと念を押してあったじゃないか」
朱美が急に居丈高になって、大声を上げて叱りつけた。
びくっとなった美津子が、ようやく牢舎から出て来ると、
「二階の菊の間へ行くんだ。あんたにお稽古をつけて下さる素晴らしい調教師が二人、お待ち兼ねよ」
互いに顔を見合わせて、北叟笑んだ二人のズベ公は、美津子の背中をボンと押す。
全身をくの字に曲げるようにしながら、美津子は石畳の上を歩いたが、横に並んだ地下牢の中に小夜子の姿は見えなかった。
「小夜子嬢はもう調教室へ入ったのよ。さ、あんたも急いで、急いで♢♢」
土間に置かれてある猿の檻の中を見た美津子は、はっとした面持になって銀子の顔を見た。樫の中から、文夫と桂子の姿が消えているのだ。二人は、すでにコンビにされ、調教されているのでは♢♢そう思うと、美津子の胸は早鐘のように動悸し出すのである。
「さ、お歩きっ」
と、再び、ズベ公二人に背を押され、美津子は身体を折り曲げるようにして地下の階段を登り始めた。
美津子が連れ込まれたのは、八畳の日本間で、襖が開いて、その部屋へ足を踏み入れた途端、美津子は、あっと小さく声をあげ、全身を硬直させた。
部屋の中央には夜具が敷かれ、その上に、文夫と桂子が天升より垂れ下がった二本のロープにつながれ、立っているのだ。二本のロープは、ほとんど接触するよう並行に上から垂れ下がり、それにつなぎ止められている文夫と桂子は、嫌でも肌を触れ合わすことになってしまう。
二人は、互いに背を向け合い、深く首を落として、屈辱に全身をぶるぶる慄わせているのだった。
「これから、この二人に関係を、はっきりつけさせようと思うのさ。あんたに立ち会ってもらってね」
朱美はそういって、気が速くなりかけている美津子の白い頬をさも愉快そうに指で突くのである。
第五十七章 羞恥の天井鏡
鏡の部屋
小夜子がチンピラの竹田と堀川に連れ込まれた所は、津村義雄に当てられてある二階の洋風の寝室であった。
竹田と堀川は、小夜子の緊縛された麗しい肌を押し立てて、床の上に坐らせると、その縄尻をベッドの脚につなぎ止める。、
「真昼の調教か、へへへ、ま、せいぜい可愛がって頂きな」
二人のチンピラが笑いながら引き揚げて行った後、小夜子は消え入るように立膝を組み、緊縛された麗身を慄わせて、小さく、すすり上げるのだった。
チンピラ達が自分を津村の寝室に運びこんだのは、もしや♢♢小夜子は、真昼の調教と彼等のいった言葉を思い起こし、ぞっとした思いになったが、その時、ドアが開いて、義雄がニヤけた顔をのぞかせる。
「どうですかね、お嬢さん、御気分は?」
パジャマ姿の義雄は、ベッドの脚につながれている小夜子を面白そうに見て、大きく伸びせし、入って来るのだ。
「もうこの屋敷の空気にすっかり馴れたろうと思ったが、何だい、まだ慄えてるじゃないか。ハハハ、だが、そういう初心なところがまた可愛いもんだ」
義雄は、テーブルの上から煙草を一本抜いて口にし、火をつけながら、小夜子の前にあでらを組んで坐った。
小夜子は、固く眼を閉ざし、唇を噛みしめてその透き通るように白い頬を義雄に見せて顔をそむけている。柔らかいウェーブで包まれた栗色がかった髪、硬質陶器のように真っ白な肩から、数本の麻縄に緊め上げられた悩ましいばかりの胸のふくらみ、ぴったりと立膝に組んだ優美な曲線などを義雄は眼を細め、凝視していたが、短くなった煙革を灰皿に押しこむと、
「今更、そんなに硬くなることはないじゃないか。どうして、そう隠したがるんだよ」
義雄は、小夜子が最も辛く感じる屈辱を腿と腿とで、必死に隠そうと努力しているのが愉快でもあり、またいじらしくもなり、そんな事をいって、からかうのだ。
「ハハハ、無駄な努力はしない方がいいね。君は、これから、このダブルベッドに、堂々と縛りつけられることになっているのだからね」
それを聞くと小夜子は、ぴったり閉ざしている太腿をガタガタ慄わせ、一層、身をすくませるのだったが、急に、きっとした表情を上に上げた。
「津、津村さんっ」
「何だね。急におっかない顔をして」
「こ、このような地獄の底に私を突き落として、それでも貴方は、飽き足らないの。この上、この上、貴方は私に、何をなさろうというのですっ」
自分をこの地獄屋敷から救出すると崩して処女を奪い、その上、田代達に身柄を元通り引き渡してしまう、というようなことを平気でした卑劣な男♢♢数々のいたぶりを受けた身だが、義雄の北叟笑みニヤけた顔を眼にした小夜子は、たまらなくなったように反抗を表情に示すのだった。
涙の滴を一杯浮かべた小夜子の睫は怒りのためか慄えている。
「鬼源さんや銀子達の調教を受け、お嬢さんはこのところ、随分と成長したそうじゃないか。それで今日は、僕が一つ、彼等の代理を務めて、お嬢さんの進況ぶりを拝見しようと思うのさ」
「嫌っ、嫌です!」
小夜子は狂ったように首を振って、
「たとえ身体は、貴方達の自由になっても、こ、心は♢♢」
「内村春雄のものだというのかい」
義雄は、相変らず、口元に微笑を浮かべながら、大理石のように綺麗な小夜子の表情を楽しんでいる。
「その内村君だが、君からの心よりのプレゼントを受け取り、腰を抜かさんばかりに驚いたようだぜ」
それを聞くと、小夜子は狼狽のあまり、さっと顔面蒼白になってしまった。わななく口をつぐみ、がっくり、首を落として再び、すすり上げる小夜子を、義雄は小気味よさ。そうに見て、
「葉桜団のマリを彼の家の近くへ偵察にやったんだが、あの小包を受け取ってから彼は、気が狂ったようにうろたえ出したらしい。勿論、その筋にも捜査を依頼したし、あちこちの探偵社にも頼んで廻ったようだ。だがここがわかるはずはないさ」
気持よさそうに義雄は、そういって笑ったが、小夜子は、全く血の気が失せたように蒼白になった額をベッドの脚に押しつけて号泣し始めた。、
あのような羞ずかしいものが春雄のもとへ実際に送られたのだと思うと、いっそ、天も地も消えてくれぬものかとばかり小夜子は炸裂せんばかりの屈辱と羞恥に身悶えして泣きじゃくるのだ。
「貴方は、何という、ああ、何という恐ろしい人なの」
房々と耳元を覆う柔らかい髪を打ち振りながら身も世もないよう泣きじゃくる小夜子の白磁の肩を義雄は、後ろからそっと抱きしめるようにして、
「ね、それに君は、もう昔の恋人の前に出られぬ身体にもなっているんだ。昔の事はさっぱり忘れて、現在の運命に従うより方法はないんだよ。わかったね」
わなわな慄える小夜子の雪のように白い背や肩に優しく口吻した義雄は、ふと立ち上ると壁にかけてある上衣のポケットから、小型拳銃を取り出して、それで、鳴咽しつけける小夜子の縄に緊め上げられた乳房の上を面白そうに叩いた。冷たい金属の感触にふと顔を上げた小夜子は、
「お願い津村さん。それで、ひと思いに、小夜子を殺してっ。射って頂戴っ」
と、義雄の持つ拳銃に身を押しつけるようにし、
「もうこれ以上、小夜子は、生恥をかく気力はありません。後生ですっ、小夜子を射ってっ」
「冗談じゃない。お嬢さんは、静子夫人に次ぐ森田組のドル箱スターなんだよ。忘れて貰っちゃあ困るぜ。大事な商品を自分で破壊する馬鹿がいるもんか」
義雄は、せせら笑って、拳銃を手の上でくるくる廻しながら、
「これを使わなきゃならない相手は、お嬢さんの昔の恋人さ。内村に一発、お見舞いしてやるんだよ。殺し屋の手筈も整えたからな」
「えっ」
小夜子は、ひきつったような顔つきになって、義雄の顔を見上げた。
「そりゃ、恋人を誘拐されたんでうろたえるのは当然だが、少し、執拗に動き過ぎてやがるんだよ。金に糸目をつけず、腕ききの探偵を動員してるようだが、下手な鉄砲も数打てばで、こっちとしても、安閑としているわけにはいかない、と田代社長もいうんだ。お嬢さんだって、今となりゃ、むしろ、恋人が消えてくれた方が気が楽と違うかい。ああいう羞ずかしいものまで見られた恋人なんか」
「待、待って、津村さんっ」
小夜子は、驚きと狼狽のため、頬をひきつらせながら、必死な声をあげた。
「お願いです。そんな、そんな恐ろしい事はやめてっ。内村さんを、内村さんを射たないで!」
恐怖の戦慄に組み合わせた太腿をブルブル慄わせながら、狂ったように哀願する小夜子を義雄は、ふと意地の悪い眼で眺めて、
「というと何かね。お嬢さんは、まだ、あの若僧に惚れているということか。言っとくけどあんたは、もう俺の女で、森田組の商品なんだよ」
「♢♢わ、わかってます。でも、お願い、内村さんを射つようなことはなさらないで。小夜子は、どのような調教でもお受け致します。で、ですから♢♢」
「よし、わかった」
義雄は、うなずいて立ち上ったが、その表情には、苦々しい嫉妬の色がありありと浮かんでいる。
くそ、この女、まだ、心の中では、内村のことを♢♢そう思うと、義雄は、急に腹立たしくなってきたのである。
「じゃ、今後、つまらない考えは捨てて、お座敷ショーの修業に励むというんだね」
「♢♢はい」
小夜子は、消え入るようにうなずくのだ。
「よし、それなら、殺し屋を雇うことは見合わせよう」
義雄は、見せびらかしていた拳銃を、元通り上衣のポケットにしまうと、小夜子の縄尻をベッドの脚から解き、小夜子の肩に手をかけて立ち上らせた。
義雄は、片手で小夜子の肩を泡き、片手でベッドのシーツを剥ぐ。四隅に皮ベルトが、生贄を引き裂くため、取りつけてあった。
「それじゃ、素直にこの台の上に乗ってくれるね」
義雄は、悲しげな視線を台の上に向けている小夜子の耳元に口をつけ、念を押すようにいった。
「僕は、君の昔の恋人の命を救ってあげたんだ。その代り、君は、これから、僕の命令には絶対服従して頂く。いいね」
「♢♢ハ、ハイ」
小夜子は、ベッドから顔をそらせ、微かにうなずくのだ。
「じゃ、ベッドの上に乗ってもらおうか」
「♢♢♢♢」
♢♢それから、数分後には、小夜子の白磁の麗身は、ベッドの上に、固定されていた。小夜子は自分の運命を察知したように上の空のような力のない瞳を上に向けたまま、義雄の手で足首に皮紐をかけられるままになっている。
仕事を終えた義雄は、品位を帯びた艶やかな小夜子の肌と、その大胆なポーズを満足げに眺めながら、
「まだ足りないって顔つきだね。もう少し、泣かせてあげようか。小夜子」
義雄は含み笑いしてそういうと、最初の計画を実行に移すべく、ベッドの下の床に身をかがめ、そこに取り付けてある金属製のハンドルを廻し始めた。
小夜子を縛った皮紐はそのまま、ベッドの裏側につながつていて、ハンドルの操作で伸び縮み出来るように細工されていたのである。
義雄が力をこめて、ハンドルを回転させると、ベッドの裏側に通じている皮紐はピーンと張り、更に小夜子の身体を極端なまで引き裂いて行こうとするのだった。
「あっ、嫌っ、嫌っ」
小夜子は思わず、背を反り返らせて、悲鳴を上げたが、優美で繊細な小夜子は、皮紐の軋む音と共に容赦なくキリキリ左右へ割られて行く。
「ハハハ、これだけ開きゃ充分だろ」
義雄は、ハンドルを止めて、動きを固定させると、ベッドに腰をかけ、わなわな唇を慄わせ、固く眼を閉ざしている小夜子の表情を面白そうに見た。
「昨夜、森田組の若い衆と考え立って、こういうベッドを作ってみたんだが、どうだい、乗り心地は?」
義雄は、小夜子の可愛い臍を指ではじいて笑うと、
「それから、こういう仕掛けも、考えてみたんだよ」
義雄は、立ち上って、壁にそって乗れている太いロープを引くと、丁度、ベッドの真上の天井を育っていた白いカーテンがさっと左右に割れた。
ふと、天井へ視線を走らせた小夜子は、あっと小さく声をあげ、反射的に紅を散らせて顔をそむけたが、そこには、大きな鏡が横に取り付けてあり、小夜子を固定したベッドを、そのままはっきりと写し出していたのである。
「ま、美しいスター達を調教するため、色々と工夫したよ。どうだい、こうすりゃ自分のポーズが、調教される小夜子の眼にも、はっきりと写るわけだ」
小夜子は左右に拡げた両腕の中へ顔を隠そうとでもするょうに、モジモジ身悶えをくり返している。
「見るんだ。天井の鏡をはっきりと見ろ」
義雄は、急に鋭い声で怒鳴りつけ、小夜子の鼻を指でつまみ上げ、顔を正面に向けさせる。
「服従しないとどういう事になるか、わかってるだろうね、小夜子」
義雄に陰険な口調でおどされた小夜子は、泣き濡れた瞳を、そっと開き、天井の大鏡に写る、みじめな、あられもない自分の姿を眺めるのである。
「秘密の扉を開いた自分を、はっきり見るんだ。そして、男がそれをどういう風にして、料理するか、最後まで、はっきりと眺めているんだよ。わかったね」
義雄は、遠い幻でも眺めているような物悲しげな視線を天井の鏡に向けている小夜子を気持よさそうに眺めながらパジャマを脱ぎ出したのである。その間、小夜子が耐えられなくなったように鏡から眼をそらせたり、瞼を閉ざしたりすると、義雄は忽ち大声で、
「眼を離すなといったろう」
と、語気を強めて、小夜子を叱咤する。
「鬼源や銀子達にいわせると、小夜子は調教し甲斐のある名器の持主だというんだが、僕はあの時は夢中になっていて、はっきりそれを認識することが出来なかった。しかし、拙今日は徹底的に調べあげ、生涯、僕が忘れられないよう、小夜子の心と肉にとどめを刺すつもりなんだ」
義雄は、ニヤニヤしながら、ベッドの上に乗り込むのだ。
小夜子は遂に耐え兼ねて、鏡より眼をそらせ、さっと反対側に顔をそむけた。
「駄目じゃないか、眼をそらしちゃ」
義雄は、小夜子の頬に手をかけて、顔を再び、鏡に向けさせる。
「僕も小夜子と同じポーズをとってみよう。そら」
義雄は、小夜子の顔を固定させると、自分も小夜子と同じように、鏡に眼を向けるのだ。
「ああ♢♢」
「そら、しっかり見るんだよ、小夜子」
小夜子が、耐え切れず、眼を閉じ合わせると、義雄は、つねり上げたり、耳を引っぱったりして、叱りつけるのだった。
小夜子は、再び、眼を見開く。天井の大鏡に向けた小夜子のしっとり潤んだような情感的な美しい瞳と白桃のような優美な肌、義雄は鏡の中に見て、気もそぞろになってくるのだった。
「ねえ、小夜子。こうして見ると、男の身体と女の身体ってのは良く出来ているじゃないか。そうは思わないかい」
義雄は、鏡の中の小夜子に向かって、そんな事をいい、
「じゃ、これから、僕流の調教を始めるけどいいね」
義雄は、そっと上体を起こし、
「いいんだね、小夜子」
「♢♢い、いいわ、どうとも、お好きなようになさって」
小夜子は、次第に諦観が募って来たらしく、その鏡を見る小夜子の瞳には上の空のような、やるせなさが浮かび、ねっとりと潤んでくる。
義雄は北叟笑むと、小夜子の熱くなった耳元に口を寄せ、こんな事をいい出した。
「僕の狙いは、君の感情教育だ。僕は人一倍嫉妬深い性質なんでね、小夜子の身体は征服したけれど、まだ小夜子の心は、内村を求めているのじゃないかと腹立たしくて仕方がないんだ。そこで今日という今日は、小夜子の心から完全に内村を取り去り、僕と森田組に対する忠誠を誓わすための調教を開始する。いいね」
義雄は、小夜子の耳たぶに柔らかい口吻をしてから枕の下に手を伸ばし、あらかじめ用意しておいた小型のテープレコーダーを取り出した。
「これから始まる小夜子と僕との対話をすっかりこれに録音し、内村に送ってやるんだ。奴がカッカと来るような、濃厚なやつをね。内村の命を助けたければ、君は僕に協力しなけりゃいけない。いいね」
義雄のそうした手管に煽られて、小夜子は裡から衝き上げてくる羞恥に耐えられなくなったように固定された両肢をモジモジ動かし始めた。
「お、おっしゃる通りに致しますわ。ですから、お願い、内村さんを、内村さんを助けて♢♢」
小夜子は、うわ言のようにそういって、その身悶えは一層、露なものになってゆく。
「よし、わかった。じゃ、どういう風に録音して、内村の神経をいらつかせるか、二人でよく相談しようじゃないか」
義雄は小夜子の上気した頬へ鼻をすり寄せるようにして、根気よくその方法について小夜子を説き出すのであった。
「ああ、そ、そんな♢♢」
小夜子が、その卑劣で残忍な義雄の着想に美しい眉を寄せると、
「この方法を小夜子が承認しないと、内村に対し、殺し屋を使わねばならなくなる。つまり、僕としては、小夜子と内村とを完全に訣別させたいための手段を用いるわけなんだ。それ程、僕は嫉妬深い男なんだよ。よく覚えておくことだな、ハハハ」
義雄は、そらせた小夜子の顔を自分の方へ引き戻すと、眼にふと残忍な色を浮かべた。
「最後にもう一度、聞こう、僕の命令に従うのか従わないのか」
「ああ—」
「どうなんだよ。はっきり返事するんだ」
「♢♢従います」
消え入るように小さくうなずいた小夜子の瞳から大粒の涙がポロポロと白い頬を伝わって流れ落ちた。
卑劣な録音
それから、二十分近くもかかって、義雄は小夜子に、内村に聞かせるための録音の方法をネチネチと教示し、ベッドに上体を起こすと、ニヤニヤしながら、レコーダーのマイクを手に持った。
「僕が先に、奴を一寸からかってやるからね」
義雄は、レコーダーのボタンを押した。
「内村君かね。どうだい、最近の景気は? ハハハ」
義雄は、マイクを口に当てながら、ベッドの上の小夜子をちらと見、愉快そうにウインクして見せる。固定されている小夜子は、涙も涸れ果てた空虚な瞳をボンヤリと物悲しげに見開いて天井を見上げている。
「小夜子嬢の調教もこのところ、順調に進んでいるよ。最初、ここへ来た時に比べると今じゃめっきり女っぽくなり、腰にも肉がのって、一段と美しくなったようだね。今から、朝のトレーニングを開始するわけだが今日は一つその実況を、君の耳にお入れしようと思ってね。それは、小夜子嬢からの希望なんだよ。今、彼女は僕の隣のベッドに固定されているんだ。しかも、彼女の希望で天井には、大鏡が取り付けてある。どういう風に、自分の身体が調教されるのか、はっきり自分の眼で眺めて見たいというんだ。いやいや、彼女も、相当な域に到達したもんだよ。何か、小夜子嬢が君に告げたい事があるそうだ。マイクを代ることにしよう」
義雄は、口元を歪めて、マイクを小夜子の唇に近づける。
「さ、どうぞ、小夜子嬢」
義雄は、小夜子の美しい横顔を凝視しながら、催促するように指で小夜子の臍をはじいた。小夜子は、眼を閉ざし静かに唇を開く。
「内村さん、小夜子は、今、とても幸せな毎日を過ごしているの。ですから、お願い、探偵などを使って小夜子の行方を探すような真似は絶対なさらないで下さい。以前、貴方に対し、現在の小夜子の心境と人の眼には見せられない、ああいう羞ずかしいものまでお送りして、小夜子の覚悟を知って頂こうとしたのに貴方は、やっぱり小夜子の行方を探そうとなさっている。はっきりいって、今の小夜子は、貴方なんか大嫌い。小夜子を女にして下さり、日夜、調教して下さる現在の夫を小夜子は死ぬ程、愛してしまつているの。二人がどれ程仲がいいか、これから、貴方にお聞か申せするわ。これをお聞きになれば、小夜子が現在、どういう女に変貌してしまっているか、はっきり、おわかりになると思います」
小夜子が口ごもったりすると、義雄は、彼女の耳元に口をつけて科白を教示し、やっと、ここまでいわせて、一旦、テープを止めた。
「その調子だ。ハハハ、これを聞きゃ内村の奴、相当、頭に来るぜ。さて、これから追討ちをかけ、奴の神経をうんと昂らせてやろうじゃないか。要領はわかってるね」
義雄は、ほくほくした顔つきになって、小夜子の白い額に垂れかかっている髪を耳元の方へかきわけてやる。小夜子は、キラキラと涙で輝く美しい黒眼をそっと義雄に向けた。
「小夜子の気持も、これで、はっきりしたわ」
悲しい諦めを自分自身にいい聞かせるように小夜子はそういうと、義雄の腕に頬ずりするようにして眼を伏せた。そんな小夜子がたまらなく可愛くなって、義雄は小夜子の両頬を手で押さえ、唇をぴったり合わす。
小夜子は、熱い吐息を混ぜて、死ぬ思いで、完全な屈伏を示したのである。
「テープを廻すよ。いいね」
小夜子は、義雄に頬ずりしながら、羞ずかしげに小さくうなずく。
枕元に掛かれたテープが回転し始めると、教えこまれた通り小夜子も背を反り返らせ、大きく悶えて見せ舌足らずのうめきをくり返すのだった。
「小夜子は、小夜子は、あなたのものよ。お願い、小夜子を捨てないでっ」
「二度と内村春雄のことを思ったりしないだろうね」
「嫌っ、あんな人の名をもういわないで。小夜子は永久にあなたのものですわ」
そんな言葉をかわしつつ義雄に強要された小夜子は、自分でも気づかなかった肉体の悪魔性が蛇のように体内から鎌首をもたげ出したことに気づき出し、華奢だがしなやかに緊った美しい肢体を悶えさせ、慄然となった。
「春雄さんっ。小夜子は今、夫に抱かれて有頂天になっているのよ。おわかりになって。もう私の事など忘れて、早く、新しい恋人を♢♢」
小夜子は合図の責め手で、固定された全身を右へ左へよじらせて、声を慄わせて泣き始めた。
「ハハハ、どうだい、内村君。お嬢さんは、今、僕の愛情で、全身火のように燃えたたせて泣きじゃくつておいでだ。しばらく、聞いて頂こう」
絹糸のような小夜子のすすり泣きをしばらく続けさせてから、次に、火のように熱くなった小夜子の頬に口吻して、
「次に責めて欲しい所はどこだい、小夜子」
小夜子は、もどかしげに身悶えし、義雄から反対側に顔をそむけると、真っ赤な顔で、
「よく御存知のくせに♢♢ねえ、お願い」
と、いわれた通りに催促するような甘い声を出すのであった。
「これかい」
義雄が、マイクに小声で吹き込むと、小夜子は、ねっとりとし、ぞっとする程美しい睦を義雄に注いで、甘えるようにうなずくのだ。
「その代り、僕がどういう風にして、可愛がるか、小夜子は、大きな眼を開いて天井の鏡をはっきり見ているんだよ。いいね」
「♢♢わ、わかったわ」
小夜子は、再び、潤んだ美しい瞳を上に向ける。
それを見ると、義雄は満足げにうなずいてゆるやかに責めを開始した。
「そら、これが小夜子の♢♢フフフ、わかるかい」
義雄も時折、天井を見上げながら、責めつづける。小夜子は、夢の中をさまよう力のない眼つきになり、耐えかねたように顔をそむけ、優美な悲鳴をその口から洩らし始めたが、すぐにまた、そっと盗み見でもするように、屈辱に潤む美しい瞳を天井に向けるのだ。
完全に小夜子を自分のペースに引きずり込んだことを知った義雄は、嬉々として、嵩にかかって吹き込みを続けながら、
「成程、鬼源のいう通り、小夜子は、素晴らしい宝の持主らしいよ」
義雄は、素早く桐の箱を取り出して、蓋を開けた。
「さ、小夜子、よく鏡を見ているんだよ」
義雄がそういうと、小夜子は、火のように上気した顔をパッと鏡からそらせ、いうにいえない悲しさと屈辱をからませた昂った声で、
「そ、そんな、ああ」
「鏡を見なきゃ駄目じゃないか、小夜子」
「だって、だって」
「見るんだよっ」
世にも哀しげな顔を鏡に向けた小夜子を、義雄は楽しそうに見つめた。
うっと電気にでも触れたような声を張り上げる小夜子。そして、義雄の開始した責めにつれて、小夜子は、これまで一度も上げたことのない昂った声音で涕泣し始めた。
「こりゃ、素晴らしいよ、小夜子。君は、男達に珍重される」
義雄は吹き込みを続けながら、吸いつくように粘りのある小夜子の甘美な悲鳴と、ポーズに舌を巻くのだった。
「そら、いい気分に浸ってばかりいちゃ駄目じゃないか、小夜子。内村君に何かいうことがあったろう」
小夜子は、熱い耐苦の戦慄に、むせび泣きながら、自棄になったように口を開いた。
「は、春雄さん。今、小夜子が夫にどのような事をされているか御存知? 口では一寸、申せませんわ。ですから、耳で、耳で、御想像になって下さいまし」
そして、小夜子は義雄に、甘く、ささやくようにいうのだ。
「ねえ、あなた。小夜子がどんなに今、悦んでいるか、それを、春雄さんに教えてあげたいの。ですから、マイクを」
「よし来た」
義雄は、レコーダーのマイクを片手を伸ばしてとると、それを丁度、小夜子の臍のあたりに置くのだった。
「どうだい、内村君。彼女の演奏するセレナードが聞こえるだろう」
義雄は、マイクに向かってそういうと一段と調子をあげて、小夜子に一層、激しい涕泣を、その口から洩らさせるのだった。
「ああ、は、春雄さんっ」
小夜子は、遂に演技に耐え切れず、魂も消え入るような生々しい声を張り上げると、うう、と歯を噛みしめ、美しい眉を寄せて、首をのけぞらせた。
「ゆるして!」
獣が絶息するように、そう一声大きくうめくと、がっくり首を横にした小夜子。
義雄は、鼻の下を指でこすりながら、マイクを手にとった。
「今、お嬢さんはゴールインなさったよ。わかったかね。ハハハ。とにかく、こういう具合に、かつての御令嬢は、日々、女としての修業に励んでおいでだ。本人もそれを喜んでおいでだから、あまり、しつこく行方を探して貰いたくないね。それにしても、こりゃ全くすごいぜ。俺もいろいろ女遊びをしたが、こんなに、いい女に出くわしたのは初めてだ。離れようとすると、嫌だとばかり吸いついて来やがるんだからな、ハハハ。じゃ一旦、お嬢さんのお手当てをしてやらなきゃならないから、テープをひと先ず切ることにしよう」
義雄は、レコーダーのスイッチを押してテープを止めると、ぐったり頬をシーツに押し当てている小夜子を小気味よさそうに見つめるのだった。
小夜子は、耐苦の余韻で、まだひくひく全身を波打たせている。見栄も体裁もなく、濃厚な甘い体臭と共に、一切を露出させてしまっている彼女を、義雄は眼を細めて凝視する。
「これが美人で評判の村瀬小夜子の成れの果てか」
義雄は唄うようにそういって、洋酒棚からブランディをとり、グラスに注いで一息に飲んだが、その時、ようやく筋肉が弛緩し、小夜子は放心状態から自分を取り戻したらしく、夢見るようにぼんやりと瞳を開いた。ふと、眼に映った天井の大鏡。そこに男の残忍な攻撃に敗北し、口惜しくも術中に陥った浅ましい姿を見て、たちまち羞恥の紅を全身に走らせ、さっと顔をそむける。
「すさまじかったね、お嬢さん」
義雄は、ベッドの隅に転がっている責め具を取り上げ、丁寧に桐の箱に納め、再度、小夜子に近づいた。
「あっ、な、何をするの。津村さん」
小夜子は自分の鼻先へ押しつけてきたものを眼にしたとたん、狼狽して、二度三度、ウェーブのかかった黒髪を振って、避けようとする。
「どうしたんだい。小夜子、自分ばかり世話になって、僕には何のお礼も与えてはくれないのかい」
「だ、だって、そんな♢♢ああ、お願い、そんなこと、させないで♢♢」
小夜子の哀願する美しい顔を尻目に、義雄は、さも意外なことを聞くかのように、わざとびっくりした顔つきになって、上気した彼女の耳元に口を寄せた。
「僕の命令が聞けないというのかい。夫婦なら、当然のことじゃないか」
「でも、でも♢♢」
小夜子はおびえ、悲しげな表情をして、ぶるぶる肩のあたりを震わせるのだった。
義雄は意地になったように、小夜子の頬を両手で押さえこみ、固定させると、
「さ、始めるんだ」
「ああ、津村さん」
「あなたと呼べ。僕は君の亭主なんだぞ」
「あ、あなた、それだけは堪忍して」
「何をいっているんだ。君の尊敬する静子夫人は、昨夜、捨太郎という薄馬鹿野郎と、一時間近くもかかって続けたんだぞ。君に出来ないはずはない。僕を怒らせる気かい、小夜子」
義雄は、懊悩する小夜子の表情を心地よさそうに眺めながら、彼女の花のように優美な紅唇に、一層近づけて行った。
第五十八章 屈辱的対面
鏡地獄
「嫌っ嫌っ、ああ、それだけは、許してっ」
「駄目だ。キッスしろ。あまり強情を張ると僕は何をやらかすかわからないぜ」
繊細な頬の線を屈辱に歪めて、小夜子は、絹のような感触の黒髪を慄わせ、悲しげに拒否していたが、義雄にそう浴びせられると、はっと動きを止め、耐え切れなくなったょうに顔を横に伏せて、すすり泣く。
「さ、小夜子♢♢」
義雄は、ニヤニヤしながら、嵩にかかって押しつけた。固く結んだ紅唇を、そっと触れさせた小夜子の顔は、真っ赤に上気している。薄絹を撫でるような小夜子の口吻を義雄は心地よげに受けながら、
「そんなおざなりのキッスで僕が満足するとでも思ってるのかい。しっかりしろ」
「−−−−」
「どうしたんだ。愛情があるなら、それ位の事は出来る筈だ」
「ああ♢♢」
小夜子は、固く眼を閉ざしたまま、可愛い舌を小さくのぞかせる。
「もっと、もっと情熱的にやるんだ」
義雄は勝ち誇った微笑を口元に浮かべて、両手でしっかり小夜子の頬を押さえた。
小夜子のか細いすすり泣きは、やがて、傷ついた獣のような断続的な呻きに変る。
「さ、次は♢♢」
義雄は、全身が宙に浮くような気もそぞろになりながら、次の行為を小夜子に要求する。こうなれば、もうこっちのものだと色事師を自認する義雄は、小夜子を順応させることに自信があったのだ。
「僕は君の夫なんだよ。ちっとも不自然な事じゃない」
小夜子は、もうすっかり観念したのか、色事師のペースに完全に巻き込まれてしまったのか、固く眼を閉ざしたまま、その真っ赤に上気した美しい顔をふと持ち上げるようにして、静かに唇を開いた。義雄は、息もつまるような状況に有頂天になり、前後の考えもなく♢♢。
小夜子は、もう羞恥も屈辱もかなぐり捨てたように、頬をふくらせ、何か溜息をつくように続け、火のように熱い、甘い鼻息を吐きかけているのだ。
「ハハハ、これで小夜子も立派に一人前ってわけだ。決して毒じゃないんだからね。じゃ、お互いに誓い合ってするか」
義雄は、入れ替えるように曲げて、いわゆるフランス式を小夜子に試みようとするのである。
「あ、ああ♢♢」
小夜子の口から、思わず絹を裂くような声が漏れた。恐怖の悲鳴か、熱い悦びの戦慄なのか小夜子は、自分でもわからない。
「ああ、義雄さん、そ、そんな♢♢」
「何しているんだ、小夜子、さ、君も僕と同じように♢♢」
狼狽する小夜子。
♢♢ああ、内村さん、許して♢♢小夜子はわなわな唇を慄わせ、自分自身を底知れぬ奈落へ突き落とすような血走った気分である。義雄の狂気めいた調教に煽られ、身も心も火のようになってしまった小夜子は、もう前後の見境もりなく、口惜しくも必死な思いになってしまっていたのだ。
深窓に生まれ育った気品あふれる美貌の令嬢を、ここまで追い込んでしまった歓喜と、その令嬢が、今やためらうことなく義雄のリードにつられたように♢♢。そうした心も溶けるような優越感は恐らく義雄にとって生まれて初めてのものであったかも知れない。義雄は遮二無二浴びせ、シスターボーイの春太郎が得意とするエイナス責めなどを加えて、徹底した攻撃を加えた。
岸に打ち上げられた二つの漂流物のように、二人は、しばらくは、そのままぐったたりとなっていた。義雄は屈辱にヒクヒクと波打たせている小夜子を枕にして、深い征服感に浸りながら鬼源達のいう小夜子の秘密がやっと納得出来たような気分になり、首を小夜子の顔の方へ近づける。
小夜子は、意識を失ってしまったように片頬をベッドに押し当て、眼を閉じている。白桃のような水々しい乳房は、かすかに波を打ち、あえぐように香ぐわしい鼻息を混ぜた呼吸をしているのだ。
義雄は片頬を歪めて、顔を小夜子に近づけると、
「これで小夜子と僕とは、身も心もしっかり結ばれたってわけだ。ね、そうだろ」
義雄は、小夜子の唇のまわりを、そっと指で拭ってやり、顎に手をかけて顔を自分の方に向けさせる。
小夜子はぼんやりと薄眼を開き、まだ恐しい夢の中をさまよっているような、半ばうつつの視線を義雄に向けるのだった
たった今、義雄に受けた息の根も止まるような屈辱に小夜子は心底かち打ちのめされてしまったのか、気弱で不明瞭な、そして妖気を含んだような美しい瞳を義雄に向けながら、
「貴方は、とうとう小夜子を、こんな女にしてしまったのね」
と、小夜子はいい、近寄せて来る義雄の頬に、そっと唇を押し当て、撫ぜるように擦るように頬ずりするのだった。
それで、完全に小夜子が順応したことを認めた義雄は、
「さ、もうこれで馬鹿な考えは捨ててくれたろうね。小夜子。君は、自分の運命に従わなくちゃいけない。つまり、これからは、僕と森田組には絶対服従することだ」
と、念を押すようにいう。
「わかりましたわ」
小夜子は、悲しげに眼をしばたたき、消え入るように小さくうなずいた。
義雄は、ほくほくした思いで、体を起こすと部屋の隅へ行き、室内電話の受話器を取り上げた。
小夜子は放心の覚めやらぬ不明瞭な気分のまま、ぼんやりと電話する義雄の方を悲しげな表情で見つめていた。
何を電話で義雄が話しているのか、はっきり小夜子には聞き取れなかったが、この部屋へ階下にいるチンピラやくざの竹田と堀川を義雄は呼び出しているようである。
「わかったね。じゃ、それだけ用意して、すぐここへ来てくれ給え」
義雄はそういって電話を切ると、小夜子の方を向いてニヤリと口を歪める。
「何をなさるおつもりですの?」
小夜子は、義雄に憂いを含む美しい瞳を向けて、静かにいった。
「いや、何も驚くことはないさ。あのチンピラ二人を、正式に君の調教師として任命してやったんだ。田代社長にもちゃんと話をつけたよ。つまり、奴等は、僕の代理人でもあるわけなんだから、今後は君も奴等に対しては絶対にさからっちゃいけない。いいね」
「♢♢♢♢」
「黙っていちゃわからんじゃないか小夜子。あのチンピラ二人は大喜びだぜ。これで仕事らしい仕事にありつけたと、はしゃいでいたよ。君も喜んで奴等と呼吸を合わせてやってほしいんだ」
「どうとも、お好きなようになさって♢♢」
小夜子は、顔をそらせ、吐き出すようにいった。
今更、それを頑強に拒否したとて、どうなるものではない。もう自分は奈落の道を歩むより方法はないのだ。嘆き、悲しみ、魅抗すればそれだけ自分がますますみじめであり、こうなれば、静子夫人同様、彼等が好む種の女に自分の肉と心を自分の努力で作り変えてやる、といったようなはっきりした観念を小夜子は持ったようである。そして、小夜子はふと、静子夫人のことを想った。
♢♢先生、いえ、静子お姉様といわせて下さい。小夜子は、貴女がどのような地獄の苦しみを味わって来られたか、今、はっきりわかりました。一時、貴女を軽蔑した小夜子の罪をお許し下さい。小夜子は、貴女のおっしゃる通り、今後、どのような責め苦を受けようとも救出される日が来るまで生きつづけて参ります♢♢
小夜子は、大粒の涙を流しながら、心の中で、天に念じるように、そんな事をいった。
やがて、ドアが開き、竹田と堀川が、その猿のように醜悪な顔を卑屈に歪めて、入って来る。
ベッドの上で固定されている小夜子を見た途端、忽ち二人のチンピラは大口を開けて笑い出し、傍へ近寄って、
「いい恰好にしてもらったじゃねえか、お嬢さん」
「そうあからさまに扉を開かれちゃ、こっちの方が照れてしまうぜ」
などと揶揄し出したが、すでに服を着て椅子に坐り、煙草をくゆらせていた義雄は、
「早く用意にかからないか。こっちは色々と忙しい体なんだ」
と、叱るようにいう。
すでに電話で打ち合わせが出来ていたものらしく、チンピラ二人は、へい、と義雄に頭を下げると、一方の壁を覆っているカーテンを開いた。そこには等身大の鏡が壁に添って張り付けてあったのである。それもまた昨夜、義雄に命じられて、彼等が取り付けたものらしく、二人は、口笛を吹きながら、真新しいロープを持ち、椅子をつなぎ合わせて、天井に打ちこまれてある鉄環にロープの先端をつなぎだした。
義雄は、ゆっくりとベッドの小夜子に近づき、つないである皮紐を解き始める。
ようやく、自由を得た小夜子は、転がるようにして身体を俯伏せにし、手足を縮めながら、そっと顔を上げ、部屋の一方を見た。
等身大の鏡の二米ばかり後方に垂れ下がっている不気味な一本のロープ。小夜子は、何時であったか、銀子や朱美達に鈴縄をかけられ、鏡を前にして、呼吸も止まるばかりの残虐な調教を受けた時のことを思い出して、ぞっとする。
「ねえ、津村さん。おっしゃって。これから小夜子に何をなさるおつもりなの」
小夜子は、哀願的に眼をしばたたいて、傍に立っている義雄を見上げた。
「何てことはないさ。今度は立ったまま、鏡に向かうだけさ。さ、ベッドから降りて、鏡の前へ行き給え」
小夜子は、観念して、ベッドから降り、身体を前へ折り曲げるような恰好で、鏡の前へ歩き出す。
「今まで鏡を堪能する程眺めたばかりじゃないか。そんなに羞ずかしがることはないだろう」
鏡の前に立った小夜子が、手で胸を押さえ、身をすくませているので義雄は笑った。
「さあ、しゃんと立つんだ」
竹田と堀川が左右から小夜子に近寄って、小夜子の両手を荒々しく払いのけるようにして、ぐいと背中へねじ曲げると、別の麻縄を使って、ひしひしと縛り上げてゆく。
数本の麻縄が、ふっくらとした白桃のような乳房の上下に、そして、宙縄までかけ、念入りに縄止めした二人のチンピラは、縄尻を天井のロープにつなぎ止めて、小夜子を鏡の前にすっくと立たせてしまった。
小夜子は、先程の屈辱が未だに後を引き、気だるい放心した気分のまま、全く無抵抗に立ち縛りにされてしまっていた。そして義雄が、鏡に眼を向けろ、といえば、そのまま柔順に美しい澄んだ黒眼を鏡に向ける小夜子であった。
「津村さんにこってり可愛がられたと見えて随分と聞きわけがよくなったじゃねえか」
「やっぱり女は、男に抱かれるに限るようだな」
二人のチンピラは、そんな事をいい、顔を見合わせて笑った。
小夜子は、暴虐に耐え抜いて、むしろ心がすわったように、その冷たく冴えた象牙色の美しい容貌を無心な程に落着かせて鏡に向け、両肢をぴったり閉ざし爪先を揃えて立っている。日夜、飽くことを知らぬ責めに堪えて来た小夜子の肉体は、風雪を忍んで来た果実が次第に水々しく成熟の度を加え出したように、その抒情的で気品のある容貌とは別に、腰部、太腿あたりが、ねっとりとした悩ましい官能美を備え出していたが、今、鏡の中に自分自身を見つめる小夜子も、自分のそうした肉体の変化に気づき出し、しかし、表面は無関心なうすら冷たい表情をつくろって、鏡に眼を注ぎつブけている。
「小夜子、実はね」
義雄は、鏡の中の自分に見入っている小夜子の横顔を満足げに眺めていたが、そっと小夜子の耳に口を寄せて、何かささやき始めた。
小夜子の顔が、見る見るうちに悲しげに曇る。さっと、ウェーブのかかった黒髪を振って、顔を横にそらせた小夜子は、苦しげに眼を閉ざし、唇を噛みしめた。
「何も、そう驚くことはないじゃないか。昔の彼氏に送るお別れのプレゼントとしては最高のものだと思うんだよ。そのプレゼントに添えて、君の言葉を録音したテープも送る。どうだい。素敵なアイデアだろう。といっても、これは静子夫人や京子に行った方法で僕はそのアイデアを借用しただけのことだがね」
義雄は、今まで冷静な表情をつくろっていた小夜子が、ふと狼狽を示し、顔を赤らめたので、それを面白がって、そむけた小夜子の顔をのぞくようにしていった。
「どうでもお好きなようになさって、といった口の下から、そんなにあわてるなんて、だらしがないじゃないか、え、小夜子」
「わ、わかったわ」
小夜子は、涙を振り切ったように滑らかに引き緊まった美しい顔を上げた。
「もう、小夜子は、ど、どうなってもいいのよ。お好きなようになさって♢♢」
男達に挑戦するように小夜子は、そういったが、
「そうかい。それじゃ、たっぷりと時間をかけて、きれいにしてあげよう」
と、義雄がいうと、痩せ我慢が見る見る崩れ落ち出したように小夜子は再びがっくり首を垂れて、シクシク泣き出したのである。
義雄は二人のチンピラに向かっていった。
「お嬢さんが承知してくれたよ。そろそろ準備にとりかかりな」
「へい」
「いっとくが、大事な肌に傷がつかないようきれいに剃り上げるんだぞ」
「へい」
竹田と掘川は、舌なめずりをするような表情で、ポケットから用意して来た西洋剃刀を取り出したが、ちらとそれに眼をやった義雄は、
「駄目だよ、こりゃ、錆びてるじゃないか。砥石を使ってピカピカになるまで研ぐんだ。俺は、その間、お嬢さんにテープの吹き込みをさせておくからな」
「へえ、わかりました」
♢♢竹田と掘川が、台所へ行って、三十分ばかりも時間をかけ、二本の剃刀を研ぎ上げて部屋に戻って来ると、すでに、小夜子にテープに録音させてしまったらしい義雄が満足げな表情で、椅子に坐り、足を組んでいた。
小夜子は、涙も滑れ果てたような物悲しげな表情で、ボンヤリ、鏡の中の自分に眼を向けているのだ。
「もう録音はおすみで♢♢」
竹田が愛想笑いしながら、義雄にいうと、
「ああ、素直に俺の作った文句通り、テープに吹き込んで下すったよ。」一寸、聞いてみな」
義雄は、レコーダーのスイッチを押した。
♢♢春雄さん。これで、小夜子が今の夫をどれ程、愛しているか、おわかりになったと思いますわ。あの、次に小夜子、夫と♢♢まで行いました。だって、愛し合っている二人だもの、そんな事したってちっとも恥ずかしいとは思いませんわ。これで、いよいよ貴方とは永遠のお別れですわね。色々とこれまでお世話になった貴方に何かお別れの贈物をと考えたのですが、御存知のように小夜子は今、修業中の身、小夜子の自由になるものは、何一つございません。それで夫の許しを得、貴方が以前から御覧になりたがっていたものを剃り取って、お送り致すことに致しました。どうか、お笑いにならず、これを小夜子の真心と思し召して♢♢
そこまで来ると、義雄は口を開けて笑いながらテープを止めた。
「こりゃ内村の奴、たまげるぞ。そうだ、奴は医者だから、ついでに、このお嬢さんの検尿も頼もうじゃないか」
義雄がそういうと、そりゃ傑作だ、と竹田と堀川も吹き出した。
義雄は、打ちひしがれたように首を垂れている小夜子の顎に手をかけて、顔をこじ上げると、
「それから、今いった通り、この二人の男はこれからは小夜子の調教の先生になるわけなんだからね。ちゃんと御挨拶してみな」
義雄は、竹田と堀川を手招きして、小夜子の両側に立たせる。二人が剃刀を研ぎに行っていた間、小夜子は義雄に念を押されていたらしく、二人が左右にぴったりと寄り添うと決意したように象牙色に溌んだ顔を鏡に向けながら、
「これからは、小夜子、心を入れ変え、一生懸命、お稽古に励みますわ。よろしく、お願い致します」
義雄に教示された通り口にし、頑ななばかり冷淡な表情を作ろうとする。
「俺は、おめえのそういう乙にすました冷たい感じが気に喰わねえんだよ」
と、竹田が、今日より小夜子の正式な調教師になったということに気を良くして、鼻に小紋を寄せ、小夜子の乳房を指ではじいた。
義雄は、この場を二人のチンピラに任せた形で、ニヤニヤしながら傍で見つめている。
「ショーのスターになり切るには、一にお色気、ニにお色気と鬼源さんがいってたろう。津村さんになら女らしく燃えてるかも知れねえが、俺達になると手前は、どうも小馬鹿にしやがるところがある。チンピラだと思って、なめやがると承知しねえぞ」
二人めチンピラは、そんな事をいいながら小夜子のまわりをぐるぐる廻り出した。
「もう、もう決して、生意気な態度は、とりません。これまでの事は、ど、どうか、お許しになって−−」
小夜子は、この二人に対する恭順を義雄にしつこく強制されているらしく、物悲しげな視線を鏡に向けながら、上の空のような口調でいう。
義雄が口を開いた。
「それで話は決まった。これからは三人で、仲良くやっていくんだよ。さて、それじゃ、そろそろ、仕事にかかんな」
チンピラ二人は、うなずいて、義雄に注文されて持って来た風呂敷を開き、小さな洗面器を取り出すと、爪先をキチンと揃えさせている小夜子の前に置いた。
足下に置かれた洗面器を見て、小夜子は、うろたえたように義雄の顔を見る。
「小夜子の検尿を、内村春雄に依頼するんだよ。たった今、小夜子がテープに吹き込んだじゃないか。ハハハ、今日は少し新趣向をこらしたんだ。小夜子は鏡に写る自分の姿をはっきり見つめながら事をすます。どうだい」
世にも悲しげな蔚をする小夜子を見ながら義雄は、さも楽しげに声を立てて笑った。
すると竹田もそれに調子を合わせたよう研いだばかりのピカピカ光る剃刀の背で、ぴったり閉ざしている小夜子の美しい肌をピチャピチャ叩いて、
「外へ洩らさず上手に洗面器を使ったら、御褒美にきれいに剃り上げてやるからな」
「もし、失敗すれば、石鹸水なしでおヒゲ剃りだ」
堀川も楽しそうに、そんな事をいって、竹田と一緒に笑い出した。
「さ、お嬢さん、始めな。眼はしっかりと鏡に向けて、上手に的を狙うんだ」
二人のチンピラは、小夜子の後ろへ贈って、彼女の絹餅のようにふっくらとした尻を指で押した。
小夜子は、キリキリ歯を噛みしめるようにしながら、鏡に顔を向けた。白い頼は、わなわなと慄え、それを伝って、遂に大粒の涙が次から次へと流れ落ちるのである。
断髪令嬢
まるで化学の楽品でも扱うような慎重さで洗面器の中身は、ウイスキーの空瓶の中へ、竹田と堀川の手で流し込まれて行く。
一方、小夜子は、もう顔も上げ得ず、火のように上気した顔を横へねじ曲げるようにして、髪を慄わせ、肩を揺すって涕泣しながら義雄の手当てを受けていた。
「はい、一丁出来上り」
と、竹田が小夜子のものを注入したウイスキー瓶を義雄に示す。それには、小夜子のお小水、と書かれた紙のレッテルが貼りつけられてあり、義雄は満足げにうなずいて、小夜子の足元から腰を上げた。
「それじゃ、これは明日、速達で内村君の所へ送ってあげるよ。これから、剃り落とすものと一緒にしてね」
義雄は、その瓶を小夜子の眼に近づけ、わざとらしく振って見せる。
「ひ、ひどいわ、あんまりです」
あとは言葉にならず、昂った声音で泣きじゃくるのだった。「鏡ではっきり眺めながら、こんなものを堂々と流し出すんだから、いやはや、小夜子も大した度胸になったもんだよ」
義雄がそういって笑うと、小夜子は狂おしげに首を振り、
「お、お願い、Jもう何もおっしやらないで」
と、涕泣と一緒に上ずった声を出すのだ。
竹田は、滞れている床の上を指さしながら義雄の」顔を見て、ニヤリと笑う。
「ね、津村さん。はんの少しですが、お嬢さんは、こういう風に粗相しましたぜ、約束通り、こいつは癖になるんで、お仕置しておく必要があると思うんですが」
「それはお前達に併すさ。こっちは、内何のところへ送るものを、お前達に剃り取って貰えば、それで充分だからな」
「へい、そいつは任しといておくんなさい」
義雄が身を引くと、竹田と堀川は、忽ち、小夜子につめ寄った。
「よ、行儀よくしろ、といったのに、何でえこりゃ」
竹田は、わずかに濡れている床を指さしてさも重大事のように鬼源を真似て、小夜子に凄んで見せた。
「ゆ、許して、許して下さい」
小夜子は、ぐっと屈辱を香みこんだようにわなわな唇を震わせながら、竹田から眼をそらせていった。
「謝ってすむと思ってやがるのかい」
次に掘川が、小夜子の腰部を平手打ちして凄み出す。
「この縄を少しの間、解いて下さい。小夜子がお掃除致します。ね、お願い」
「馬鹿野郎、そんな事いってるんじゃねえ」
堀川は雑巾を取って床の上を拭き、腹立たしげにその雑巾を横へ投げ捨てると、
「俺達は手前のためにこんな事までしてやってるんだぜ。この御恩は忘れるんじゃねえぞ」
そう吐き捨てるようにいった桶川は、それが最初からの計画であったらしく、ボール状の電気あんま器のようなものを取り出した。
小夜子は、ぞっとしたように、肩を慄わせる。
「粗相をすりゃ水も石鹸水も使わさねえといったろう。だが、剃り難くなりゃ、こっちが手こずる。だから、こいつを貸してやる」
「自分で石鹸水を引き出すんだ」
二人のチンピラはそういって、ベッドの方に腰かけている義雄を見、舌を出して笑って見せた。
掘川は、球型のあんま器にスイッチを入れる。すると、それは、微妙な振動音を立てて彼の拳の上で小刻みに揺れ始めた。
小夜子は、堀川がそれを持って、ニヤニヤ近づいて来ると、まるで蛇を眼の前に近づけられたように本能的に身体を硬化させ、
「な、何をなさろうというの」
と恐怖に顔を歪ませる。
「体温計を挟むような要領で、こいつをしっかりと挟み込むんだ。ものの五分とたたねえうち、ぐっしょりと汗が流れてくる。それから、俺達がきれいさっぱり仕上げてやろうというわけさ」
「これがほんとの自家発電ってやつだぜ」
と、竹田も片頬を歪めて近づいて来ると、堀川と一緒に、挟ませようとする。
「どうしたんだよ。ちゃんと一開かねえか」
小夜子は、それがチンピラ二人の手で、挟みこまれると、思わず、その不気味な感触に耐え切れず、身体を揺すった。
「畜生、人がせっかくいいことをさせてやろうと思ってるのに、何て事をしやがる」
電動の責道具が小夜子の足元に落下すると、竹田はあわてて拾い上げ、かっとなって小夜子の頬を平手打ちした。
義雄が、のっそりとベッドから立ち上り、煙草に火をつけながら、小夜子にいう。
「すっかり心を入れ変えたと誓ったのは嘘なのかい、小夜子。これ以上、世話をやかすと僕は本当に怒るよ。これを最後の忠告だと思い給え」
そうした義雄の蛇のような陰にこもった口調に、小夜子は、もう為す術がなくなったようにわなわな頬を震わせ、がっくり首を前に垂れると、
「♢♢わ、わかったわ。もう二度と、逆らったりは、致しません」
と、すすり上げるようにいう。
「よし、その言葉を忘れるなよ」
竹田が居丈高になって、睨みつけると、小夜子は消え入るようにうなずくのだった。
「竹田兄貴、いい方法があったぜ。こうすりゃどうだい」
何時の間にか堀川は電動器に一本の細紐を通し、一旦スイッチを止めて、竹田に示し、
「この紐でこいつをぴったりと押しつけておくんだ。そうすりゃ、いくら暴れたって、びくともするもんじゃねえぜ」
「成程、そりゃ面白い」
「よし、俺も手伝おう」
義雄も咥え煙草で近づいて来た。
三人が、小夜子の周囲を取り巻くと、小夜子は、涙をにじませた睫を固く閉ざしながら、彼等の手が触れると、観念して、そっと応じた。
竹田と堀川は前と後に別れて、きりきり紐をたぐりあげ、ぴったりと電動器を小夜子に押しつけて、縄止めすると、
「こうすりゃ絶対落っこちねえよ。そら、お嬢さん、一寸、揺すってみな」
堀川に命じられた小夜子は、さも羞ずかしげに顔を横へそむけながら、なよなよと腰を揺すって見せる。
「よし、これで大丈夫。へへへ、お嬢さん、それじゃ始めるぜ」
小さい振動音と共に、小夜子の身体はブルブルと小刻みに小さく震え出したので、三人の男は顔を見合わせて笑い合った。
「こいつは面白いや。銀子姐さんの発明した鈴縄なんかより、ずっと値打ちがあるぜ」
「世はまさに電化時代だからな。見ろよ、お嬢さんの可愛いえくぼがピクピク笑い出しているじゃねえか」
チンピラ達は、そんな事をいいながら、半身をリズミカルにガタガタ小さく揺すらせられている小夜子を凝視しているのだ。
「あっ、あっ、あっ♢♢」
細かい汗の粒を美しい額に浮かべた小夜子は、固く眼を閉ざしたまま、あえぐように上を向き、断続的な舌足らずの悲鳴を上げ続ける。
「もう一つ、サービスしてやるか」
今度は竹田が、胸のポケットから、鳥の羽毛を数本取り出し、堀川と義雄に一本ずつ手波して、快悩する小夜子に寄り添い、それぞれ気に入った所をくすぐり始めた。
義雄が首すじを、竹田が胸を、堀川が下をそのようにして、同時に開始されると、小夜子は、いよいよ進退極まった感じになった。先程、義雄に受けた口惜しい思いの余韻がようやく薄れかけていたのに、この残忍な責めによって
小夜子の身体には再び、全身が揉みぬかれるような激しさがこみ上げて来て、
「ああ、お願い。もう、もう許してっ」
獣が咆哮するような昂った声を小夜子は発したのである。
「気が、気が狂ってしまうわっ。お願い、器械を止めてっ。貴方達に、小夜子、絶対に服従を誓います]男達三人は、そのような狂乱状態になった小夜子を見て、電動器の威力を改めて認熟し北叟笑んだ。
「それじゃ、もう剃り始めても充分だというんだね」義雄が、くすぐる手を止めて、小夜子の頬を楽しそうに眺めていうと、
「い、いいわ、お、お剃りになってっ」
小夜子は、狂乱へ到達する一歩手前をギリギリ踏みしめているような悲痛な表情になって、真珠のような歯を噛み合わせながら答えたのである。
「続きは、また後でやったらいい。一旦止めてやれよ」
義雄は、全身を慄わせて号泣する小夜子を楽しんでいる竹田と堀川に声をかける。
堀川が手を差し伸べて、電源スイッチを切ると、小夜子は、ああ、と探い溜息をついて顔をのけぞらせ、汗みどろになった身体をようやく静止させた。小夜子の白い肩も白い乳房も、波を打つようにうねっている。
竹田と堀川は、すぐに腰をかがめて、小夜子の腰縄を取り外した。
「へへへ、これなら石鹸水の必要はねえぜ。それじゃ、ぼちぼち始めるか」
二人のチンピラは、再び剃刀を取り上げ、獲物を狙うような眼つきになった。
一寸、待て、と義雄は二人を制し、眼を閉ざし、切なげにあえぎつづけている小夜子の頬を指で突いた。
ぼんやりと小夜子は眼を開き、ねっとりと情感を湛えたうるんだ瞳を義雄に向ける。次第に女っぽくなったというより、ふと、婀娜っぽさまで滲み出て来たような小夜子を義雄はぞくぞくする程頬もしく感じていった。
「羞ずかしいだろうけど、これも、修業の一つだよ。静子夫人も、一度は経験したことなんだ。一週間か十日もすりゃ、すっかり元通りになるんだからね」
小夜子は、物悲しい光の射す瞳を訴えるように義雄に注いで、小さくうなずいた。
「しばらく鏡を見て名残りを惜しみ給え」
小夜子は、もう魂を失くした人形のように義雄のいうままとなり、視線を鏡に向けた。
「気がすんだら、この二人に君からお願いして、剃刀を当てて頂くんだ。さっき僕が教えてあげたように実演ショーに出演したつもりで、最後まで勤めなきゃ駄目だよ」
「♢♢ハイ」
小夜子は、じっと滲んだ瞳を鏡に向けながら、心にふんぎりをつけたような素直さで返事をし、ゆっくりと眼を閉ざす。
「もう、いいわ。さ、お剃りになって♢♢」
はっきりと観念したように小夜子がそういうと、竹田と堀川は、左右から、小夜子の柔らかい肩に手をかけ、
「厄介な仕事を引き受けた俺達二人に、感謝のキッスをして頂こうか」
小夜子は、竹田に額を押さえられると、柔順にその方へ首をねじり熱い吐息と共に紅唇を竹田の唇へ押し当て、しっとりと優しく順応し、次に堀川の方へ首を曲げるとがむしゃらに押しつけてくる堀川の唇をぴったりと唇で受けて、心も溶けるような甘い感触の舌を彼に吸わせてやる。
義雄が、そんな三人を面白そうに眺めて、
「随分と仲のいいことだなあ。いささか妬けてくるぜ」
といい、剃り取ったものを受ける皿を持ってやって来ると、ようやく、竹田と堀川は小夜子の肩から手を離し、
「それじゃ作業開始だ。まず、後ろの方からといきましょうかね。お嬢さん」
七、三人は小夜子の背後へ贈って、腰をかがめる。
「全く可愛いおヒップだね。えくぼなんかがあったりしてよ。むしゃぶりつきてえ思いがするぜ」
一体、どんな風にしてするのかと、義雄が奇妙な顔をして見つめていると竹田はポケットから小さな木箱を取り出し、糸鋸の刃のような細い剃刀を取り出した。
「俺は感化院に放り込まれる前は散髪屋の小僧をやってたんですよ」
と、竹田は興味探そうに見つめている義雄に向かっていい、
「鼻毛を剃る要領でやりゃ、こんなものわけはありませんや。ま、見ていて下さい」
堀川が助手を務めて、手をかけた。
「ひ、ひどいわ。ああ、そんな」
小夜子は、チンピラ達の行おうとする陰湿な行為に狼狽して反射的にくねらせたが、それは、あくまで消極的な反抗で、子供がすねたような甘い拒否であり。身も心も、すっかり悪魔に委ねてしまっている小夜子は、剃刀の洗礼を受けるのだった。
「♢♢く、くすぐったいわ。ああ、もう堪忍してっ」
「我慢するんだよ。何だよ、これ位のこと」
堀川は、身悶えを封じた。
深窓に生まれ、優雅に育った一人の令嬢がショーのスターになるための数々の洗脳をほどこされているという光景は、義雄にとっては痛快無顔なものであった。
何時の間にか小夜子は、もう備えも構えも一切忘却したよう、むしろ麻薬にでも浸って陶酔しきったようなうっとりした表情を心持上に向けるようにして、されるがままとなっている。
「静子夫人を剃り上げる時だって、こんなに丁寧にはしなかったぜ。俺達の努力に感謝することだな、お嬢さん」
竹田は、剃刀を使いながら含み笑いをした。
「これで何時なんどきに浣腸されてもいいだけの身だしなみを整えてやったぜ。どうだい。無駄毛を剃ってもらつて、さっぱりした気分になったろう。お嬢さん」
竹出と堀川は、一仕事終えたように額の汗をふきながら立ち上り、さも楽しそうに小夜子をピシャリと叩くと、
「さて、もう一方もすましてしまおうか」
「よし、今度は俺が代ろう」
義雄は、堀川の手から剃刀を取り、彼と交代して、小夜子の正面に身を低める。
ひっそりと息づいている絹のように柔らかい曲線の美と、その心も吸いつくような美しい光沢を見た義雄は、それを一気に冒涜し尽すのが、ふと惜しまれるような思いになり、小夜子の表情をうかがった。
小夜子は、線の美しい端正な頬をわずかに横へそらせるょうにして睫の長い瞳を軽く閉ざし、すっかり観念しているようであったが、それは妖しいばかりに美しく義雄の眼に映じた。
義雄は、同じく剃刀を持って、横へしゃがみ込んでいる竹出に向かい、
「こいつは、内村っていう医者に送ることになってる大事な代物だから、少しも無駄にせずこの皿に入れるんだぞ」
そういった義雄は、次に小夜子に向かい、
「鏡をしっかり見ているんだ、小夜子。君は美容院に行きゃ、そのように鏡から顔をそらせるかい? どのように自分が仕上げられて行くか大きな眼を開いて、しっかり見ているんだ。いいね」
義雄にそう浴びせられた小夜子は、しっとり潤んだ、妖艶ささえ感じられるようになった瞳を、そっと鏡に向けるのだった。
さ、いいね、と義雄が剃刀を静かに当てがうと、小夜子は、
「ねえ、待って、義雄さん」
と、悩ましい声を上げて腰を引いた。
「どうしたんだい、小夜子。お名残りは充分惜しませてやった筈だよ、今更、取り乱すなんてみっともないじゃないか」
「一つだけ、小夜子、お願いがあるんです。ねえ、聞いて、義雄さん」
「一体、何だよ」
「そんな風にやれた姿を、静子夫人連に見られるのが、小夜子、とても辛いんです」
「だから、何だってんだ」
「一枚の布切れでもいいわ。そこだけは覆って下さい。ねえ、いいでしょう、義雄さん」
小夜子は、義雄の同情を何とか買おうとするかのように、甘えかかるような眼差しで義雄を見た。
「ハハハ、それ程、静子夫人の眼に姿をさらすのが辛いのかい。そりゃいい事を聞いた。そういう気持をスターから奪いとるというのが調教師の仕事なんだ。仕事が仕上がれば、静子夫人の眼の前で、卵割りでも演じさせてあげよう」
薮をつついて蛇を出したようなものだね、小夜子、と義雄が哄笑すると、竹田も、
「奴隷の分際で勝手な要求を出すなんて、生意気だぜ。さ、観念するんだ」
と、程よく脂肪を乗せた象牙色の小夜子の太腿に片手を巻きつかせた。
「わかったわ。もう、小夜子、何もいわない」
小夜子は、要求を義雄にはっきりと拒否されたことによって、それで、かえって悲しい諦めと落着きを得たように口を噤んでしまう。
「何もあわてることがないなら津村さん、一つ俺の理容技術ってやつを、お目にかけましょうか」
竹田は義雄にいった。
「トランプのハート型なりダイヤ型なり、お好みの注文に合わせて、作ってやろうてんで」
「成程、そりゃ面白い。坊さんになる前に小夜子も充分楽しむことが出来るってわけだ」
悲しき対面
義雄は、再び、その場を竹田と堀川に仕して、近くの椅子に坐り、ブランディをコップに注ぎながら、二人の仕事ぷりを楽しそうに眺めている。
竹田は、木箱の中の小さな櫛や鋏を使い分けながら、義雄に注文されたハート型の製作にかかっている。
竹田が、器用な手捌きで、チョキチョキと鋏を入れ、剃刀でわずかずつ剃り上げるごと、小夜子は、
「ううん」
とむずかるように眉を寄せるのだったが、それを堀川が両手で抱き止めるようにして、
「モソモソ動くんじゃねえ。仕事がやり難くなるじゃねえか」
と叱るのだった。
最初立てた計画を一気に実行せず、まるで猫が鼠をいたぶっているような陰湿極まる男達の残忍さであったが、小夜子の大脳はすっかり麻痺してしまったかのよう、ただ、彼等のいたぶりを甘受しているだけである。それだけではなく、時々、じれったそうに、溜息と共に身悶えしながら、
「ねえ、まだなの」
と甘く催促するような声すら出すのである。
「ひどいわ。どこまで小夜子に羞ずかしい思いをさせるおつもり。ねえ、お願い、ひと思いに……」
「うるせえな。黙って鏡を見ていな。もう少しなんだから」
竹田は、喰い入るような眼つきで、それを凝視しながら、せかせかと剃刀を動かしているのだ。
小夜子は、しっとりと情感を滲ませた瞳を鏡に向けながら、薄絹を慄わせるような、か細いすすり泣きを、断続的に唇から洩らしている。
その時、誰かがドアをノックする。
義雄はあわてて椅子から腰を上げ、ドアの内鍵を外すと、入って来たのは銀子と朱美だった。
「なんだ、やっぱりここにいたの、津村さんったら」
銀子は白い歯をニーと見せて微笑した。
「これから二階の八畳で面白い事が始まるのよ。そこにいる小夜子の弟の文夫が桂子とペアでショーをやるのよ。御覧にならない?」
と義雄にいった銀子は、小夜子にぴったり体を寄せつけて何か細工している竹田と堀川を不思議そうに見た。
「あんた達、一体何をしているの。文夫と桂子のショーには手がいるのよ。みんな二階へ来てよ」
朱美が叱るようにいったが、二人のチンピラは夢中になっていて返事もしない。
彼等に近づいて、ふとそれを眼にした銀子と朱美は、同時に、プッと吹き出し、
「こりゃ傑作だわ」
と笑いこけるのだった。、
「そら、これで出来上りだ」
と、竹田も、クスクス笑いながら、小さな櫛を使って、最後の仕上げをし、ようやく、小夜子の傍から腰を上げた。
義雄も待ち兼ねたように近づいて、小夜子と前の鏡に映るそれを交互に見て、
「こりゃたしかに傑作だ、君の器用さには、舌を巻くよ」
と竹田を見て、ニヤリと口元を歪める。はっきりとしたハート型に仕上げられていたのだ。
小夜子は、虚脱したような力のない表情でしっとりと濡れた瞳を鏡に向けている。
名残りを惜しませる意味で、こういう風に小夜子を楽しませてやっているのだと義雄がズベ公二人に説明する。
「愉快ね、全く。でも小夜子によく似合うわ。自分でもそう思うでしょう、小夜子」
朱美は、小夜子の肩に手をかけ、小夜子の象牙色の端正な顆に自分の顆を押し当てるようにして一緒に鏡に眼を向けるのだった。
「ねえ、小夜子、一寸向きを変えてみて。そのハート型がどんな風に変化するか一緒に眺めて見ようよ」
朱美に、そういわれると、小夜子は、もうためらいも羞ずかしさも見せず、ゆっくりと注意通りに鏡に映して見せるのだ。
小夜子の周囲にまといつくようにして、肩や背に手をかけながら、ニヤニヤと鏡を眺めるチンピラやズベ公は、そんな形に仕上げられた部分のおかしさより、自分達と一緒に鏡を眺めている小夜子の表情を楽しんでいるようだ。
「黙り込んでばかりいず、何とかいったらどうなの、小夜子」
銀子は、チンピラ達と一緒に鏡の中のそれを指さしたりして、散々、小夜子をからかったあと、小夜子の頬を指で押して笑ったが、
「そうだ。私達もしなきゃいけないことがあったっけ、文夫と桂子のことを、すっかり忘れていたわ」と、朱美をうながしてから、義雄と二人のチンピラにいった。
「そのお嬢さんの断髪がすんだら、すぐに二階へ来て頂戴。今度は私達の調教ぶりをあんた達にお見せするわ」
義雄は、ふと何かを思いっいたように顔を上げ、
「よし、わかった。それじゃ、その桂子と文夫のショーに、この小夜子も立ち合わせよう」
「ええ? 小夜子を。そりゃ面白いわ。美津子も立ち合うことになってるのよ。すると、文夫は恋人と姉の見ている前で。ああ、愉快だなあ」
朱美は銀子の顔を見て、はしゃぎ出す。
「ただ、立ち合わせるだけじゃ面白くないよ。文夫に姉がどれ程進歩しているか、それを教えてやるため、奴の前で卵割りでもさせて見ようと思うんだ。文夫が姉を軽蔑するか、尊敬するかは自由だけどね」
義雄がそんな事をいい出すと、今まで、麻酔にでも痺れたように強制されるまま、そのあられもないみじめな姿を鏡に映させていた小夜子であったが、さっと狼狽の色を見せ、悲痛な表情になった。
「いよいよ、それは面白いわね。それじゃ卵なんかの用意はこっちでしておくから、なるたけ早く、小夜子を連れて来て下さいな」
銀子は義雄にそういって次に小夜子の方をいたずらっぽい眼で見て、
「フフフ、じゃ、お嬢さん、お待ちしているわね。なくなった姉さんを見りゃ、さぞ文夫は驚くことだと思うわ」
銀子と朱美が、部屋から出て行くと、義雄は皿を堀川に持たせ、剃刀を手にした。
「さ、これだけ楽しませてもらえば、もう充分だろう。もう仕上げてもいいね」
小夜子は、哀しさと苦しさの混ざった表情をし、唇を噛みしめたが、義雄の持つ剃刀が微妙に動き始めると、首を前に垂れ下げて、シクシク鳴咽し始めた。
義雄は、刃の上に乗ったものを堀川の差し出す皿の上に静かに落として行きながら、声をひそめて泣き出した小夜子を見上げ、
「どうしたんだよ、急にメソメソし始めて。フフフ、ま、辛い気持はよくわかるがね」
義雄は、快い痺れに浸りながら、剃刀をゆっくりと動かしている。
「♢♢ねえ、ねえ、義雄さん」
小夜子は、白い頬に涙の滴を一筋二筋たらしながら、熱心に剃刀を使い、皿の上へ落として行く義雄を甘い口調で呼んだ。
「♢♢どうしても、この姿を弟の前に晒さなくては駄目?」
「ああ駄目だ。もう銀子や朱美が準備にかかっている筈だよ」
義雄は、そっけない言い方をして、手は休めようともしなかった。
「ただ、立つというだけじゃ駄目だ。女の経験の少ない文夫に、姉の君の口から女の肉体の複雑さを説明してやり、大きく示してやるんだ。それから君の出来る限りの珍芸を見せてやる。どうだい。姉ならそれ位の事を弟のためにしてやってもいいと思うぜ」
義雄の言葉のあまりの恐ろしさに小夜子は一瞬ひきつったような顔になったが、次にはスーと気が遠くなりかけて、全身からはぐったりと力が抜けてしまった。
「さあ、もう少しで仕上りだ。片側を少し上へ上げさせてくれないか、竹田」
「へい」
と鼻毛を抜いていた竹田が近寄って来て、ぐいと上へ持ち上げた。
「さあ、出来上ったよ」
義雄は、はっとして立ち上り、仕事のあとを満足げに眺めてうまそうに煙草を吸い始める。
竹田と梱川に命じ、荒れ止めのクリームをたっぷり塗りこませると、義雄は首も顔も燃えるように真っ赤に染めて、必死に鏡から顔をそらせている小夜子の顎に手をかけた。
「出来上ったんだよ。見てごらん」
小夜子は、必死に伏せた頬を駄々っ子のように、嫌っ嫌っと振りつづけ、
「は、羞ずかしいわ。羞ずかしいのよ」
「何いってるんだよ。そら、よく見ろ」
義雄は、強引に小夜子の顔を鏡へ向けさせた。
竹田と堀川は、甲高い声を張り上げて、笑いこけながら、きれいに剃り上げられ、悲哀と絶望に打ちひしがれ、物悲しげな表情で鏡の自分を見つめる小夜子の横顔を見つめる。
「どうだい、お嬢さん。さっぱりした気分になったろう」
「少し風通しが良過ぎるかね」
チンピラ二人が、そんな事をいって、小夜子をからかっている間に、義雄は、皿の中のものを一つまみ指でつまんで、小夜子の鼻先へ近づける。
「そら、これは小夜子のものだよ。今日、速達で内村君の所へ送ってあげるから、明日には彼はこいつを眼にすることが出来るわけだ」
その時、ドアが開いて、銀子と朱美が再び顔を出した。
「ねえ、一寸、困ったのよ。文夫の奴が馬鹿に暴れ出しゃがってね」
文夫と桂子を共演させょうとして、二人の体を押しつけにかかると、文夫は逆上したように暴れて足をばたつかせ、手がつけられなくなってしまったと、朱美は顔をしかめて、男三人に報告するのだった。
義雄はそれを聞くと、ニヤリと歯を出して笑い、小夜子の横顔を見る。
「君の弟が暴れ出したんだとさ。姉の君が説得して、弟の抵抗をやめさせてくれないか」
「小夜子に、どうしろとおっしゃるの」
小夜子は、虚脱したような視線を前にぼんやり向けながら、静かに口を閃いた。もうこうなれば、どうなと自分を徹底的に嬲り抜くがいいわ、といった挑戦的なものを小夜子は、はっきりと心に持ったのだろう。
銀子と朱美が、小夜子に近寄って、
「そら、小夜子。貴女、何時だったか静子夫人に、この屋敷で楽しく暮すようにと説得されたことがあったでしょう。ああした要領で、弟を説き伏せてくれりゃいいのよ。こっちがせっかく勉強させてやろうというのに全くあんたの弟ってのは堅物過ぎて困るわ」
そういった二人のズベ公達は、ふと、小夜子の方を見て、頓狂な声を張り上げる。
「まあ、とうとうやられちゃったのね、小夜子。うわあ、可愛いわ」
「索敵よ、小夜子。その方がずっと美人に見えるわ。ねえ、もっと、よく見せて」
ズベ公二人が眼を近づけてゆくと、義雄は苦笑しながら、
「そんな事より文夫を早く、この小夜子に説得させなきゃ駄目じゃないか。そうだ、ことへ文夫を引っぱって来ちゃどうだ。久しぶりに姉と弟を対面させてやろう」
へい、と二人が飛び出して行くと、義雄とズベ公二人は、小夜子と文夫の姉弟が対面するための支度にかかり出した。
小夜子が眼を注いでいる鏡の中へ、天井へ通っている鉄管にロープをつないでいる義雄の姿が映ずる。ベッドの上にとりつけられた鏡の場所以外の天井には、幾筋もの鉄管が縦横に通っているが、これも義雄が森田組の若い衆に命じて工事させたもので、小夜子をなぶり抜いた後、この部屋を京子に報復する弟の清次に貸してやる肚なのであった。
三米位の間隔をおいて、太いロープが二本垂れ下がり、その距離で小夜子と文夫を対面させるという義雄の残忍な計画だったのである。
「さ、久しぶりに弟と対面するんだから、きれいにお化粧しておかなきゃ」
部屋に備えつけてある三面鏡の上から、化粧品を持ち出して来た銀子と朱美は、すばやく小夜子に化粧し始め、乱れて額に垂れ下がっている髪の毛を櫛で、すき上げている。
「ところで昨夜、俺は、この部屋の工事にかかっていたんで最後まで見ることは出来なかったが、静子夫人と捨太郎のショーはさぞ面白かったろうな」
義雄が尋ねると、銀子は、口紅を小夜子の唇に引きながら、
「すごく愉快だったわよ。夜の十二時に始まって、終わったのが明け方の五時。途中、静子夫人、何度気を失っちまったかしら。その度に鬼源さんが水をぶっかけて続けさせたわ。さすがの私も一寸ひど過ぎると思ったけど、だけど、あれで静子夫人は完全にとどめを刺されたといった感じね」
それを聞くと義雄は、ズベ公二人に化粧されている小夜子に向かって、
「聞いたかい小夜子。君のかつての日本舞踊のお師匠さんは、ゴリラのような男相手に、五時間も熱演したんだって。それにくらべると小夜子の調教なんかは、まだ生ぬるい方だよ。今日から一つ心を入れ代えて、しっかりやることだな」
銀子の説明によると、静子夫人は捨太郎の執拗な背面攻撃を受けて、三回失神をして、それでやっと縄が解かれたが、それから、マットの上で客達の要求する幾つかの方法をとりながら、明け方までに合計、九度の気付けの水に浸ったという。
「へえ、そんなに」
義雄は眼を丸くして銀子にいった
「ホホホ、さすがの捨太郎も、しまいには、俺はもう煙しか出ねえ、なんていって、見物人を笑わしていたわ」
「それじゃ岩崎親分も御満悦だったろうな」
「そりゃ勿論よ」
小夜子に化粧をすませた二人のズベ公は、縄尻をロープから外すと、
「さ、今度は、あそこへ立つのよ」
と、小夜子の白い優美な肩や大理石のようにスベスベした背に手をかけ、部屋の中央へと歩ませてゆく。小夜子は、完全に意志を喪失した美しい生人形同然で、柔らかそうな、ふっくらした白い双臀をゆるやかにくねらせながら、ロープの下に進むのだった。
完全に洗脳を施されたように柔らかい睫をそよがせながら、うすら冷たい表情で立った小夜子の縄尻を上からロープにつないだ銀子と朱美は、ここへ文夫が連れこまれ、姉弟の対面ということになってから、小夜子のとるべき方法について、義雄を混じえて協議し始めたのである。
「姉さんの貴女が、精神や肉体を、どのように作り変えて、私達の調教を喜んで受けているか、それを弟に示してやるのよ。そして弟もこういう境地に立って、ショーのスターに成り切るように翰してやってね」
その方法を銀子と朱美は、小夜子の耳に吹き込むのである。情緒的なはどに端正な小夜子の頬がピクと動き、綺麗な眉が悲しげに曇ったが、
「銀子と朱美のいう通りに小夜子がやれなかったら、君はここでとても恐ろしい目に合うことになる。つまり、君は無理やりに弟と♢♢」
それを聞くと、小夜子は、はっとしたように顔をねじり、
「もう何もいわないで下さい。小夜子は、おっしゃる通りに致します」
「そうだろうな。僕も、いくら何でも、君と弟とを、そんな目に合わせたくはないよ」
義雄やズベ公達の狙いは、小夜子に文夫の眼前で自発的に珍芸を演じさせ、文夫に屈辱感を与えると同時に、信頼し慕っていた姉を侮蔑の眼で見つめさせようというところにあったようだ。
「じゃもう一度、練習しよう。いいわね」
銀子と朱美は、楽しそうに小夜子の両側に立ち、柔らかい肩に手をからませて頬を寄せて行く。
そうした陰湿な時間が十分ばかり流れた頃ドアが開いて、竹田と堀川が、雁字搦めに縛り上げた文夫を引きずるようにして、部屋へ入って来た。
その瞬間、小夜子はさすがに動揺して、さっと赤らめた顔を横へねじり、両肢を反射的にピタッと閉ざして全身を硬化させたが、
「あっ、姉さん!」
文夫が悲鳴に似た叫び声を上げると、小夜子も、
「文夫さんっ」
と思わず、涙でキラキラ光る美しい瞳を文夫に向けたのである。
竹田と堀川は、文夫の体をこづき廻すようにして引き込むと、小夜子が立ち縛りにされているすぐ前に垂れ下がっているロープに文夫の縄尻をつなぎ止める。美しい姉弟は約三米ばかり離れた距離を置いて、この屋敷へ誘拐されて以来、初めての対面をしたわけだが、何という哀れな痛ましい二人の姿だろう。二人は、見てはならぬものを前にしたように共にロープにつながれると、顔を必死にそらせ合っている。
そんな二人を銀子が面白そうに交互に見て、
「全くこの坊やには手こずったわ。余程、美津子に惚れているのね。どうしても桂子と共演しようとしないのよ。姉の方から一つ意見をしてやってほしいわ」
というと竹田が文夫の耳をつかんで、ぐいと顔を正面へ向けさせた。
「そら、お姉様の姿をよく見てみろ。おめえに意見をするため、きれいさっぱりと髪をお剃りになったんだ」
強引に首を前に据えられて、ひきつったような表情で、ふと姉を見た文夫は、あっと声を上げ、
「よくも、よくも姉さんを嬲りものに♢♢」
きっと眼をつり上げて竹田と堀川を睨んだが、
「何いってんのよ。これはあんたの姉さんの御希望で、私達がきれいに剃ってあげたんじゃない。ね、そうでしょう、お嬢さん」
朱美が、小夜子の顔をのぞきこむようにしていった。
小夜子は、弟の眼前に男達の残忍な嬲りものになった肉体をさらしている激烈な苦痛に慄えはとまらず、閉じ合わせた腿のあたりをがくがくさせていたが、急に未練も涙も振り切ったように顔を上げると、
「そうよ。この人達がいう通りなのよ、文夫さんっ」
と、はっきりした声音で、文夫に向き直ったのである。
「♢♢姉さんは、もうショーのスターとしてはっきりと生まれ変ったのよ。ですから文夫さんもお願い、ここにいる人達のいうことに抗らわず、早く一人前の実演スターになって頂戴。それが私達の運命なのよ」
小夜子は、大粒の涙で頬を濡らしながら、そう文夫に呼びかける。
恐ろしい調教を前にして、おののいている自分に対する説得を強要された静子夫人の、あの日の苦悩を今、小夜子は思い知らされた気分になったのだ。また、銀子や朱美が小夜子に強制していることも、あの日の静子夫人の場合と全く同じであった。
文夫とて、それは姉の小夜子が、ズベ公やチンピラ達に脅かされ演じている事だということはわかっている。
「姉さんっ。どんな目にあわされたって、心まで腐っちゃ駄目だ。姉さんっ」
そう叫んだ文夫は、逆上したように全身を揺り動かせた。
「この野郎、おとなしくしろいっ」
忽ち、竹田と堀川がまといっき、文夫の顔を押さえると、素早く手拭を使って猿轡をはめにかかる。
歯と歯をこじ開けて、布を押しこみ、ようやく文夫に猿轡を噛ませた竹田と堀川は、そのまま文夫の顔に手をかけて、ぐいと小夜子の方へ向けさせる。
義雄が舌で唇をしめしながら、そっと片手で小夜子の肩を抱き、どんなもんだといった顔つきで小夜子と並んだところを文夫に示す。
「文夫さん、御紹介するわ。この方が私の主人、津村義雄さんよ」
文夫は、憎悪のこもった眼で、義雄を睨んだ。しかし、義雄は、むしろ、それを楽しそうに感じながら、
「君は僕の事を知ってるかどうか知らないが、以前は君達のお父さんの会社に勤めていた者だ。ちっとばかりの宝石を横領したらお父さんは僕を告訴した。その報復として」
義雄は、小夜子の白桃のような乳房や可愛い臍などを指ではじいて、
「村瀬宝石商御自慢の美しい箱入娘を僕の妻とし、調教師に依頬して、実演スターとして磨き上げているんだ。君の姉さんが今、どういう風に変貌しているか、ま、しばらく見ていたまえ」
義雄は、そういって、小夜子の頬を両手で押さえて、彼女の紅唇に軽く接吻し、
「それじゃ始めてごらん、小夜子」
と口元に薄笑いを浮かべる。
小夜子は、軽く眼を閉ざしたまま、羞ずかしげにうなずくと、そっと顔を上げて、
「ね、文夫さん、女の肉体って、どのように複雑になっているものか、今日は姉さんが貴方に教えてあげるわ。きれいにしておいたのも、そのためなのよ」
文夫は、そういって姉が次に取り出した大胆な姿態を見て、猿轡の中で、あっと声を上げ、顔を横へそらせたが、竹田と堀川が、そうはさせじと文夫の頭髪をひきつかみ、小夜子の方へ強引に顔を起こさせる。
小夜子は、あの時の静子夫人と同じ錯乱した心境に立ったのだ。
「ね、はっきり見て頂戴、文夫さん。姉さんは、この人達の調教で、こんなに」
文夫の眼からも小夜子の眼からも、屈辱の口惜し涙がとめどなく流れ落ちる。
そんなみじめな姉と弟の表情をズベ公二人は見くらべるようにしながら、茫然自失してしまった文夫に近づく。
「フフフ、どう、いくら姉さんだからといっても、あんな恰好されたんじゃ、おかしな気分になるでしょ。どう、大丈夫」
朱美は指ではじいて笑いこけ、さて、と今度は小夜子の方に近づいた。
「それ位でいいわ。次を始めて頂戴」
静かに目でうなずいた小夜子は、自分に何かいい聞かせているのか、しばらく口を喋み、眼を悲しげに閉ざしていたが、やがて、決心がついたように、再び顔を上げると、
「文夫さん、これから姉さんが貴方に、面白い事をして見せてあげるわ。でも、こんな事をするからって、姉さんを軽蔑しないでね」
小夜子が涙で喉をつまらせたようなカスレた声でそういうと、それを待ちかまえていたように、朱美がジーパンのポケットから、長いまだら紐を取り出した。その紙の中間に取り付けてある鈴がチリチリ音を立てている。
「葉桜団のお姉様達が小夜子を楽しませて下さるため、こしらえて下さったものなの。鈴縄といってね、小夜子の大好きなもの」
唇を慄わせながら、そういう小夜子の腰のあたりに左右から身をかがめた銀子と朱美は自分達の発明品をあたかも自慢するかのように、チラと文夫の方に鈴縄を示して、
「あんたも、もう子供じゃないんだから、この大さな鈴と小さな鈴がどういう役目をするか、大体わかるでしょう。フフフ、これからたっぷりと見せてあげるわ」
銀子は、そういって、小夜子の雪白の優美な腰のまわりへ赤白だんだらの紐を一巻き、二巻き、朱美と一緒に巻きつけ始めた。
第五十九章 勝ち誇る悪党
受難の姉弟
飯子と朱美の手で、鈴の点検がされ、キリキリと赤白のだんだら紐は、情容赦なく、小夜子を緊め上げて行く。
何のためらいも今は示さず、文夫の眼の前で、そのような姿に縄がけされた小夜子は、眼に沁み入るように白く美しい下肢をぴったりと閉じ合わせながら、象牙色の頬をかすかに赤らめて眼を閉ざしている。
文夫の姉に対する畏敬の念が、ここで音を立てて崩れ落ちる、ということを計算し、義雄も二人のズベ公も、これから、小夜子に、自分で自分の肉体を責めさせるというおぞましい責めにとりかかるのだった。
義雄に催促された小夜子は、固く眼を閉ざした美しい顔を文夫の方に無意志な素直さで向けると」
「♢♢文夫さん、いい。よく見ているのよ。姉さんが本当はどんな女かってこと、貴方に今から教えてあげるわ」
小夜子は咽喉をつまらせたような声でそういうと、ゆっくりとした速度で前後に身体を揺すり始めた。
それを眼にした文夫は、一瞬、ひきつったような表情になり、はっと顔を構へそらせたが、竹田と堀川が、待ってましたとばかりに文夫の頭に手をかけ、小夜子の方へ強引に顔を向けさせる。
「しっかりと見るんだ。どうだい。お前の姉さんは、弟の眼の前であんな踊りだってなさるんだぜ。お前も少し心を入れ代えりゃどうだい」
そんな事をいって、二人のチンピラは淫靡な微笑を洩らし、楽しげに小夜子の方へ視線を向けるのだった。
「ねえ、ねえ、あんた♢♢」
小夜子は、ゆっくりと踊りを続けながら傍に立って、さも面白そうに小夜子の動きを見つめている義雄に向かい、ハスキーな声を出して呼びかけた。
「お願い。小夜子……」
「よしよし」
義雄は、小夜子が最初のいいつけ通り、そうした甘い仕草を始めると、気を艮くし、このふードを壊さぬように気を使いながら、その小夜子の後ろへ梱って、甘ったるい優しさをこめ、低い声音で小夜子の耳にささやきかける。
「どんな気分か、弟に教えてやったらどうだい。え、小夜子」
小夜子は、ゆっくりとくねらすように体を動かしつつ、うなずいて、
「♢♢文夫さん。今、姉さん、とても、とても、いい気分なのよ。ああ、何といっていいか、わからないわ」
そして、小夜子は、首を後ろへねじ助げるようにして、義雄に唇を差し出すのである。
悪魔にとりつかれたような姉のそうした仕草を見て、文夫は猿轡の中で、獣めいた呻きを洩らし、激しく体を揺すぶったが、小夜子は、義雄に舌を吸わせ、自分も充分に吸ったあと、再び、顔を正面に戻して、激しく上体を揺すり始める。
「♢♢ああ♢♢」
裡から衝き上げて来る苦しさにたまりかねたように小夜子は、上ずった声をあげ、その身悶えは一層、激しいものになってゆく。
「あっ!」
急に小夜子は、ひと声、そう叫ぶと、踊りを急に止め、キリキリ歯を噛みしめた。
「どうしたんだよ、小夜子」
義雄は、不気味な優しさをこめた調子で、横から小夜子に尋ねた。
「もう、こ、これ以上、もう堪忍して♢♢」
「駄目だよ。続けるんだ」
そう命じられると、鼻を鳴らしながら、小夜子は再び、おぞましい自虐を開始する。そして、小夜子は、全身にこみ上って来た痺れるような苦痛にのたうち、全身、汗みどろになって、堪えながら、
「文夫さん。笑っちゃ嫌。姉さんを笑わないで♢♢」
そう呻くように叫んだ小夜子は、その深い甘美な敗北をチンピラやズベ公、そして、弟の文夫の眼に、あからさまに示しながら、数分後に異様な声を発したのである。
「どうだい、文夫君。こんなお姉さんを見て何と思うかね」
義雄は、精根の限りを尽したようにぐったりとなってしまった小夜子の頬に口吻しながら、虚脱したような顔の文夫にいい、次に小夜子の豊胸を指でつついて、
「小夜子。今、君は、弟の前に、どういう状態を晒したか、わかっているね」
「ハイ」
小夜子は、さも羞ずかしげに眉を寄せ、赤らんだ顔を義雄に見せながら、小さくうなずいて見せるのだった。
義雄は満足げにうなずいて、
「もうこれで君はどうしようもない破廉私な女になっちまったんだ。もう助かろうなんて考えは一切捨てて、奴隷として森田組に一生奉仕することだ。わかったね」
「ハイ」
小夜子が柔順にうなずくと、義雄は、銀子と朱美に命じて、小夜子の鈴縄を外させる。
「それじゃね、小夜子」
義雄は、眼を閉ざし、唇を柔らかく噛んでズベ公二人に縛り直された小夜子の耳に口を当てた。
「そ、そんな♢♢」
もはや、そこには何の敵意も反撥もなく、徹底的なくらいに無意志な素直さで、小夜子は悪魔達のするがままになつていたが、今、義雄が口にしたことを耳にして、急に狼狽を示した。
「どうしたんだい。もう小夜子は、僕達には一切、服従する約束だったね」
「お願いです、義雄さん。小夜子は、もうどのような辱しめを受けても我慢するわ。でも、文夫にそんな♢♢」
小夜子は、さも悲しげに顔を歪めて、シクシク泣き出した。
「私達は、ほんとの姉弟なのよ。ああ、そんな恐ろしい事♢♢」
動揺する小夜子を面白そうに見ていたズベ公二人は、
「でも、弟の方は、お姉さんの美しい肉体を見ているうち、そら、こんな風になっちまったのよ。かわいそうじゃない」
「何も身体を貸してやれといってるんじゃないわ。ただね、お姉さんのそのきれいな手だけを使って」
そんな事をいって、小夜子をますます狂おしい思いにさせるのだ。
「そ、そんな。♢♢お願いです。小夜子はどんな目にあってもいいわ。でも、それだけは後生ですっ」
「よし、わかった」
義雄は微妙な微笑を口に浮かべて、再び小夜子に近づく。
「どうしても、弟の身体を触りたくないのなら別の手を考えよう」
手を代え、品を代えての悪魔の心理的ないたぶりに、小夜子の混乱した神経は、くたくたになる。
「ね、それならいいだろ。小夜子の口から、今いったように、とっくりと文夫に納得させるんだ」
小夜子は、もう微塵に魂まで打ち砕かれたように睫さえ動かさず、義雄に何か言い含められていたが、
「♢♢わかったわ」
と、絶息するように首を垂れてガックリとしてしまった。
義雄は、舌なめずりをするようにズベ公やチンピラを呼び寄せ、指示する。
「間接的ってわけね」
銀子と朱美は文夫の傍へ、竹田と堀川は、小夜子の傍へ近寄った。
「そら、小夜子、文夫にいわなきゃ駄目じゃないか」
小夜子は、そっと首を上げ、涙に潤む黒眼を文夫に向けるのだった。
「♢♢ね、文夫さん。今度は、貴方が姉さんに見せてくれる番よ。いいわね」
姉にそういわれた文夫は、何か意味ありげに、ニヤニヤしながら左右に立った銀子と朱美を見て慄然とする。
「暴れちゃ駄目。おとなしく銀子お姉様にお任せするのよ。ね、いい子だから」
文夫は、猿轡された首を激しく振り、狂い立ったように足をばたつかせて、それに抵抗するのだった。
「おとなしくするんだよ。これからお姉さんとタイミングを合わせて、天国へ行かせてあげるんだから」
銀子と朱美は、暴れ狂う文夫の足を左右から抱き込むようにして取り押さえ、麻縄でキリキリ縛り始める。
一方、小夜子も、竹村と堀川に縄をかけられながら、
「いいわね、文夫さん。姉さんもこれから、うんと楽しむわ。だから貴方も♢♢」竹田が横で箱の紐を解き出すのをチラと見た小夜子は、ふと眉を曇らせたが、すぐにまた強い無表情をつくろい、
「♢♢姉さんと、なんでも一緒に、ね、いいでしょう」
間もなく、両者の中間に立って、二ヤニヤほくそえんでいる義雄の眼前に、地獄図が展開した。
裕福な家庭に育った令息と令嬢が何かい合い、ズベ公とチンピラ達の手で、残酷に責められている。義雄は、たまらなくなったように悪魔的な笑い声をたてた。
「俺に煮え湯を飲ませた村瀬宝石店に対するこれがせめてもの復讐さ。ハハハ、お嬢ちゃんもお坊ちゃんも、恨むならお互いに自分の親父を恨むことだね」
小夜子も文夫も、何か麻薬に犯されたように全身が上の空のような力なさを帯び始め、今や為す術もなく、せっぱつまった敗北感に浸り出している。
小夜子だけではなく、文夫まで、今まで自分の気づかなかった別の血が逆流し始めたようにふと、こうした責めを悦ぼうとする気配が感じられ出した。それを見てとった朱美は文夫の猿轡を外したが、すると文夫は、もう悪態をつく気力もなくして、ああ、と生々しい呻きをあげ、真っ赤になった顔を横へそむけ、いじらしい位に必死になって、自分に耐えている。
文夫の苦しみを眺めて、銀子は、
「随分と強くなったわね、文夫。フフフ、どうやら、あんたもスターの域に近づいて来たようだわ」
「ね、銀子姐さん、少し、私と代ってよ」
朱美が乗り出し、銀子と交代すると、化粧品箱の中から小瓶を取り出し、たっぷりと落として、文夫に立ち向かった。
堀川が小夜子の深い甘美な美しさを楽しんでいると、
「おい、こっちと交代しろ」
竹田は堀川と位置を代って、それを取り、吸いつくような粘りを楽しみ始めた。
苦痛が高まり出し、段々と激しくなる美しい姉と弟とのすすり泣きを義雄は、煙草をくゆらしながら陶然とした面持で眺めている。一種の勝利感が酒の酔いのように心地よく義雄の体内をかけめぐるのだ。
「そら、すすり上げてるばかりじゃ能がないじゃないか。小夜子。何とか文夫に声をかけてやれよ」
義雄は、口元を歪めて、竹田に責められている小夜子に声をかけた。
段々とピッチを上げ始めた責めに、水の中の藻草のようなくねくねした優雅な身悶えは次第に激しいものに変り出す。そして小夜子の魂も消え入るような涕泣。
それと同時に、文夫を安める朱美も、残忍にもこの裕福な家庭に生まれ育った美しい姉弟の苦悶を一致させようと竹田と呼応し始めるのだ。
「文夫さんっ♢♢」
小夜子は、何か意味不明の事を口走ったかと思うと、絹を裂くような声と共に、文夫も絶息するような呻きを上げ、
「♢♢姉さんっ」
と、叫ぶと、事切れたように、がっくりと首を落としてしまった。
「まあ、若いだけあって、元気がいいわ」
朱美は、文夫が屈伏したことを認めると、笑い出した。
義雄は、ぐったりとなって、首を垂れている文夫と小夜子を交互に見て、
「これで君達姉弟は、お互いに動物的な凄まじい姿を眺め合ったんだ。これからは人間的な感情を捨てて、実演スターとしての道を姉弟仲良く歩きつづければいい。わかったね」
そして、義雄は、急にギクッとなるほど声を大きくして、
「メソメソせず、しっかり、顔を向け合うんだ。羞ずかしいなんて感情は、もう許さないぞ」
そう叫ぶと、小夜子と文夫は互いに顔を起こし、悲しげに視線をかわし合う。
小夜子の瞳は、しっとりと情感を湛えて、まるで恋人を挑発するかのようにまじまじと弟の眼を見つめているので、義雄は、これでいよいよ小夜子が人間的思念を放棄し、完全に洗脳され、こっちの待ち受ける女に変貌して来たことを知覚した。
「それじゃ小夜子♢♢」
義雄は、小夜子の心に最後のとどめをさす気で近づくと、冷酷な薄笑いを口元に浮かべて、小夜子の耳に口を寄せた。
「わかりました」
小夜子は、情感を含んだねっとりとした瞳を傍に立つ竹田と堀川に向けた。
「ね、小夜子、これから姉として、弟に色々と意見をしてあげようと思いますの。二度と森田組の皆さんに抗らったりしないように♢♢」
「へへえ、そりゃなかなか感心だ」
「♢♢その前に、弟を小夜子と同じような身体にしてほしい」
「そりゃどういう事だい」
竹田が鼻毛を抜きながら、小夜子の顔をのぞくようにしていった。
「♢♢不公平よ。姉の方だけなんて♢♢」
小夜子は、すねるような甘い言い方で、顔を横へそむけるのだ。
「成程、そりゃたしかに不公平だ」
チンピラ二人は、剃刀を取り上げると、残忍な徹笑を浮かべて、文夫に近寄ってゆく。
♢♢文夫さん、姉さんを許して。辛抱して頂戴♢♢
小夜子は、心の中でそう叫び、しかし、表面は、凍りつくような冷酷さと、情感を湛えた翳りのある瞳で、じっと文夫の方を見つめているのだ。
「へへへ、姉さんの言い付けなんだからな、悪く思うなよ」
竹田は、いきなり、剃刀を当てがった。
銀子と朱美は、口に手を当てて、クスクス笑い出す。
文夫は、心身ともに打ち砕かれ、ぐったりとなったまま、もう何の敵意も反抗も示さず、チンピラ達の為すがままになっている。
「へっ、いい気なもんだぜ」
竹田は、銀子達の方を見て舌を出し、乱暴に剃刀を使い始めた。
「駄目よ、そんな無茶をしちゃ、傷がついてしまうじゃない」
朱美が竹田を制して、
「お嬢さんの時のように、もっと優しく剃っておやりよ」
「野郎には、そう親切にしてやる気が起こらねえのでね」
「じゃ、剃刀をこっちへ渡しな。銀子姐さんと私が仕上げてやるから」
朱美と銀子が仕事を開始した。
「いや—ね。このお妨ちゃんたら、また暴れ出して来たわ」
朱美は、ゆるやかに剃刀を使いながら、銀子と一緒にクスクス笑い始める。
そんな文夫に、じっと翳の輝い視線を向けている小夜子に義雄は眼を向ける。
「文夫さん、いいわね。姉さんのように、きれいにして頂くのよ。うん。駄目よ。そんなに動いちゃ。もう、少しじゃないの。我、我慢して♢♢」
小夜子は、義雄に強制されるまま、そんな風に文夫に話しかける。
わかって! ね、文夫さん。今のわたし達はいくら抗ちってみたって、この鬼たちの手から逃げ出せないのよ。辛いけれど、口惜しいけれど、人間としての感情は捨ててッ。ね、ね、文夫さん。
小夜子の胸の裡は、そういう文夫に対する呼びかけが血を吐く思いで渦巻いているのだった。
ようやく、ズベ公三人が仕事を終えて立ち上る。
「そら、姉弟仲良く、これで丸坊主だ」
竹田と堀川は、二人を見くらべて嘆笑し、
「さあ、これでいいだろう。次はどうするんだい、お嬢さん」
「♢♢次にねえ」
小夜子は、左右につめ寄った二人のチンピラに、さも羞ずかしげな仕草をとりながら、
「しばらく睨めっこしたいの。お願い、二人をしっかりと、縄で縛って♢♢」
精も根も使い果たしたようにぐったりとなったまま、屈辱の剃毛は施こされた文夫であったが、ふと、顔を上げ、慄然とし、再びさっと赤らんだ顔をねじ曲げるのだった。
小夜子は、そのように無残な肢体を弟の文夫の前に堂々と晒してしまったが、軽く眼を閉ざし、うすら冷たいそっけなさをつくって、冴えた美しい象牙色の頬を見せているだけだった。
文夫の縄が解かれ、今度は、銀子と朱美が、竹田達の行ったことを真似て左右から引っ張り始める。思わず、文夫は体を硬くしたが、
「♢♢駄目よ、文夫さん」
小夜子が反抗を示す文夫をたしなめるのである。
「抗らっちゃいけないと、姉さん、いったでしょう。男の子らしく、堂々とするのよ。姉さん一人に、こんな羞ずかしい恰好させるなんて嫌♢♢」
そう小夜子に声をかけられると、文夫は、何か催眠術にでもかかったように無抵抗となりズベ公達に引かれるままになる。
壁に取り以けてある金具に引いた縄をつなぎ、美しい姉と弟をあられもない姿に仕上げて対峙させた悪魔達は、盛んに揶揄したり哄笑したりしながら、はしゃぎ出すのだ。
「さあ、次を続けなきゃ駄目じゃないか」
義雄は、情緒的なほどに冷やかな翳の深い小夜子の容貌を楽しげに眺めて、鼻の上を指ではじく。
「ここまで来て、今更、ためらうことはないじゃないか」
小夜子は、わかったわ、と自嘲的に呟いて睫の長い二つの瞳をそっと開いた。
「ね、文夫さん。はっきり見て頂戴。美津子さんとくらべて、どっちが素敵と思う。ねえ、おっしゃって」
そんな言葉を口にすることが、どれはどの捨て身の勇気のいることか。
声を出し、口を動かし言葉とするにすぎないこの単純な作業が、時と場合と相手によって、これほど苦痛を伴うものになるということを、この深窓の令嬢は改めて、ひしひしと思い知らされるのだった。
だが、もし拒否をしたり渋ったりすると、この悪魔達のいたぶりは忽ちその何倍かにふくれ上って、容赦なくハネ返ってくることも、いやというはど思い知っていることだったのである。
小夜子は、わざと微妙な微笑まで口元に浮かべて、文夫に甘えた、言い方をする。
「♢♢姉さんだからって遠慮しなくてもいいのよ。ねえ、黙っていちゃわからないわ。はっきりおっしゃって、文夫さん」
小夜子は、わざともどかしげに、もじもじ揺するようにして、甘い声で文夫に話しかけるのであった。
義雄は、一種の淫婦に化した小夜子を、文夫の眼に示してやるのが目的だから、次々と小夜子に、その淫弄ぶりを強要する。
「♢♢ねえ、文夫さん。わかる? もう子供じゃないんだから、それ位の事、知ってなきゃ駄目よ」
小夜子は、傍に立つ義雄に情感を含んだ粘っこい瞳を向け、
「あなた。弟に教えてやって。お坊ちゃん育ちで、まだ女の事がよくわかっていないと思うの♢♢」
よし、と、義雄は身を寄せた。
「これだよ。わかるかい、文夫君。君のお抑さんの一番の泣き所さ」
義雄は、文夫の狼狽ぶりを楽しみながら、次に向き直ると小夜子の優美な肩に手をからませて、
「それじゃ、しばらく、このままにしておいてあげよう。弟君に色々と意見をしてやるんだ。いいね」
義雄は、小夜子に頬ずりし、不気味な優しさをこめた声で、
「それがすめば、また、素晴らしい方法で、君達姉弟を楽しませてあげるよ。ま、楽しみにしておいで」
そういって義雄は、心から勝ち誇った気分になり、再び、大声で笑い出すのであった。
第六十章 中国の秘法
鬼女よりの招待
ふと眼を醒した静子夫人は、空虚な瞳で、ぼんやり四囲を見贈した。元いた薄暗い牢舎の中である。何時あの恐ろしい実演が終わり、何時この牢舎へ連れ戻されて来たのか夫人ははっきり覚えていない。
鉛を塗り込められたように身体中がだるく、冷たい床から上体を起こすのがやっとであった。牢舎の鉄格子を通して、裸電球の鈍い光が眼に入る。今が夜なのか朝なのか、地下の牢舎にある静子夫人は、それすら、わからなかった。
ただ、わかっているのは、何時聞か前までは、野卑な男女の取り囲む中で、知能の低い醜悪な捨太郎とからみ合い、肉の実演を行ったという事。毛穴から血でも噴き出しそうな屈辱にのたうちながら卑劣な見物人達を楽しませるうち気を失ったという事だけである。
これで、とうとう私は畜生道に落ちたのだわ、という悲しい諦めのようなものが夫人の胸に充満し、両手で乳房を抱きながら、夫人は冷たい石の床を照らしている裸電球を放心した表情で見つめるのだった。
よくもこれまで生きてこられたものだと夫人は不思議な思いになる。生きつづけることは、凌辱以外の何ものでもない。しかし、動物的な本能が生命を持続させて来たのかも知れない。肉体にも心にも、今まで気づかなかった悪魔的な斜面が現われて、鬼源や川田達が明日は自分をどのような方法で凌辱し、肉と心を責めさいなむつもりなのかと、ふと期待するような、それでいて、そうした凌辱の前に完全に降伏することの出来ないわずかな反撥心を肉と心に持っている、そうした複雑な女に夫人はなっていたのである。
夫人はおずおずとした気分で、そっと自分の下半身の方へ眼を移行させた。白い脂肪を透かしたような太腿や下腹部あたりが、気づかぬうちにねっとりと丸みを持ち、艶やかさを増している。その微妙な個所も、鬼源達の嵩にかかったような連日の調教を受けながらも、ぴっちりと固く緊まっていて、天鷲絨のような繊毛に柔らかく包まれていた。静子夫人は、直角に囲われている狭い牢舎の隅で、乳房を押さえ、立膝したまま、そっと無表情にそれを見つめていたが、地下の階段を誰かが降りて来る気配にはっとして、身を小さくした。
牢舎に近づいて来たのは悦子であった。
「ああ、悦子さん」
静子夫人は、それが恐ろしい千代や川田でなかったことにほっとして、物悲しげに微笑して潤んだ瞳を鉄格子の方に向ける。
「奥さん。大丈夫?」
悦子は、鉄格子に手をかけながら、牢舎の隅に小さくなっている夫人に声をかけた。地獄の責め苦にあった静子夫人を何と慰めていいかわからず、悦子は涙ぐんだまま、夫人を見つめている。
「とうとう静子、落ちる所まで落ちてしまったわ」
静子夫人は、悦子に向かってそういい、強いて笑顔を作ろうとしたが、急にたまらない悲しさが胸底に充満し、ひきつったような表情になった。泣き顔を悦子に見せるのが羞ずかしいので夫人は顔を構へそらせたが、すると、ますます悲しくなって、夫人は、がっくりと首を落とし、肩や膝を慄わせて鳴咽に喘ぐのである。
「あれから、私、どうなったのか、まるで覚えていないんです。悦子さん」
静子夫人は、少し落着くと、指先で涙を拭いながらいった。
「気を失った奥さんを川田さんと鬼源さんがお風呂へ運んだわ。私は二人に命令されて奥さんの身体を洗ったのよ。それからまた二人が来て、奥さんをここへ運び込んだわ」
「そう。悦子さんが静子の身体を洗って下さったのね」
静子夫人は、ちらと羞ずかしげな眼差しを悦子に向け、身体を小さくしながら、鉄格子の所へ歩み寄った。
「ね、悦子さん。お願い、しばらくここにいて下さいね。今、静子、とても淋しくて、淋しくて♢♢」
「ええ。私も何かの話相手になればと思ってこっそりやって来たのよ」
悦子は、そういって、格子の傍で、身体を小さくしている夫人を一見ながら、
「でも、あの連中もひどいわね。あんな事までさせておきながら、奥さんに何も着させず、またここへ監禁しちまうなんて」
「犬や猿が身体に布をつけるなんて生意気だと鬼源さんがいったわ」
静子夫人は自嘲的な微笑を口元に浮かべてそういい、
「ね、悦子さん。今、静子が一番心配していることは♢♢」
しばらく口を喋んでいた静子夫人は、その象牙色の美しい横顔を見せ、眼を伏せていった。
「もし、妊娠したら♢♢ああ、本当にそんな事にでもなったら、静子、どうすればいいのかしら」
静子夫人の閉ざした眼尻から、一筋二筋、涙が糸をひくように流れて、その白い頬を濡らしている。
「そんな事、考えない方がいいわ」
悦子は、今にも声を上げて泣き出しそうな夫人の悲痛な横顔を見て、おろおろしながら声をかけた。
「そうね。貴女のおっしゃる通り、静子、もう何も考えないことにするわ」
もうなるようにしかならぬのだと夫人は、自分の心を叱咤し、悦子にも弱味を見せまいとするのか、再び、指で涙を拭い、微笑を見せようと努力している。
「ああ、そうだった。悦子さん、貴女、フランス語の勉強がしたいとおっしゃったわね」
静子夫人がふと思いっいてそういうと、悦子は、顔に喜色を浮かべて、
「それじゃ奥さん、私に、これからここで勉強させて下さるというの」
「今の私が貴女にしてあげられるのは、それ位の事ですわ。貴女さえよければ、今日からここで♢♢」
「嬉しいわ」
悦子は喜んだが、その時、地下の階段を降りて来る靴音。夫人も悦子も、はっと顔を硬化させた。
何か高声で談笑しながら、入って来たのは川田と森田であった。
「何だ悦子、手前また節子夫人の傍へやって来てやがるのか。仕様がねえ奴だな」
川田は、森田と顔を見合わせて笑いながら近づいて来る。
「貴方達、何しに来たのよ。今日は一日、静子夫人の調教はしないという約束だった筈だわ。鬼源さんがそういったのよ」
悦子は、静子夫人を庇うように鉄格子の前に立ち、川田4と森田を睨むように見て、そういったが、
「調教するんじゃねえ。昨夜、めでたく捨太郎夫人となられたこの奥様に、千代夫人達がお祝いの言葉をかけたいとおっしゃってるんだ。手前が、つべこべ口を出すことはねえ」
森田は、悦子に激しい言葉を投げつけると、ポケットより鍵を取り出し、鉄格子の鍵穴へ差しこんだ。
「さ、奥さん、出て来な」
鉄格子が鈍い音を軋ませて開くと、森田と川田は、せせら笑うように牢舎の中をのぞいて、小さく身を沈めている静子夫人に声をかける。
「ぐずぐずせず、とっとと出て来るんだ」
森田に大声をかけられた静子夫人は、観念したように身体を起こし、胸と前を手で覆いながら、身体を折り曲げるようにして牢舎から出て来るのであった。
「今日からは、奥さんはこの地下室とお別れで、三階の特別室で捨太郎と同棲生活を始めるんだからな。おめえも、しつこく奥さんにつきまとうんじゃねえぞ」
と、森田は悦子に、高い声でいった。
「そ、そんな♢♢」
悦子は、狼狽して、青ざめた表情になったが、
「何をうろたえてやがるんだ」
と、森田が奇妙な顔になる。
川田が、口元を歪めていった。
「悦子は、その静子夫人から、フランス語なんかを教わる気でいるんですよ。なかなか見上げた精神じゃありませんか、親分」
ちえっ、と森田は舌打ちして、
「冗談じゃねえ。売れっ子の実演スターに、そんな閑なんかあるものか」
森田はそういうと、用意して来た麻縄を肩から外して、川田をうながし、静子夫人の後ろに廻った。
「さ、手を後ろへ廻して」
これから、千代や岩崎の妾である葉子と和枝達が女同士で飲み合っているという二階の一室へ行くのだと聞かされた静子夫人は、蒼ずむ程に頬を硬直させながら、両手を背後に廻した。
静子夫人にとって、元、女中であった千代の手で、弄ばれることは何よりも辛い、苦しい事なのだが、それは森田も川田も承知している。
「何か千代夫人が、おめえと捨太郎が結ばれたことのお祝いに、プレゼントして下さるそうだぜ。心から感謝して、戴くことだな」
森田は、楽しそうにそんな事をいいながらスベスベした背中の中程に交錯させた夫人の手首にキリキリ麻縄を巻きつかせてゆく。
静子夫人は、翳の探い眼を物悲しげにしばたきながら首縄をかけられ、川田と森田の馴れた手さばきで、ヒシヒシと豊かな乳房の上下に二巻き三巻きと縄をかけられていくのだ。
「さ、歩きな」
縄尻をとった川田が静子夫人の柔軟で優美な肩を突いた。
静子夫人は、ちらと悦子の方に悲しい影め射す瞳を向け柔らかい睫を慄わせながら、
「♢♢悦子さん。貴女にフランス語をお教えする自由も、とうとう許されなかったようですわ。でも、静子、貴女の御恩は忘れない。♢♢さようなら、悦子さん」
静子夫人は、涙のにじんだ睫をブルブル動かせながらそういい、川田や森田に背を押され、ゆっくりと歩き出す。
「奥さん、待って」
悦子は、たまらなくなったように夫人の後を追おうとしたが、森田がきつい顔で悦子を睨みつけた。
「この奥さんは、これから楽しい新婚生活に入るんだ。ケツを追って来やがると承知しないぞ」
と、悦子の出鼻をくじくように一喝し、
「さあ早く歩かないか」
と、静子夫人を押し立てて行く。
静子夫人は、もう悦子の方を振り向きもせず憂愁の翳を浮かべた瞳を前に向け、ゆるやかに双臀をくねらせながら、地下の階段を登って行くのだった。
中国の秘法
二階の二間続きの日本間で、朱塗りの大きな丸卓を囲んで、千代と和枝と葉子の三人は、女同士で賑やかに酒盛りを始めている。
昨夜、会ったばかりだが千代は、この二人の悪女と妙にうまが合い、田代に頬んで一室を借り、酒肴を運ばせて、お近づきのしるしにまず一献と、千代が招待した形で賑やかな女三人だけの酒席になったのだが、田代に頬まれて、シスターボーイの春太郎と夏次郎がこの三人の悪女の接待役として、顔を出すと忽ち巧みなシスターボーイの話術に、この奇妙な酒席は一層活気づいて来た。
「ま、お一つ、おばさま」
などと春太郎と夏次郎は、女形めいたしなを作って、千代達の酒の酌をし、上梅からの密輸の話で、一座をわかせているのである。
中国人が宝石顔を日本へ密輸する時の手段として、それを肛門に隠してやってくる、という事なのだが、
「一つや二つならとにかく、ダイヤを五個も六個も、そんな所に隠すなんて、一寸、信じられないわ」
と、和枝が酒で真っ赤になった顔をくしゃくしゃに崩して笑いながらいうと、
「あら、私の話を信用して下さらないの。でも、それは本当なんですよ、おばさま。勿論かなりの修業を積まなきゃ駄目ですけどね。ベテランになりゃ五個や六個ぐらい、平気でそこへ隠してしまいますわ。でも、税関へ来ておならなんかしてダイヤを吹っ飛ばし、失敗した人もいますけどね」
と、春太郎がいったので、一座は再び、大笑いであった。
「それじゃ聞くけど、あんた、そんな芸当を一人の女に仕込むことが出来る?」
千代が酒に火照った頬を手で押さえながら春太郎の顔を見ていった。
「そりゃやろうと思えば出来ますわ。私は田代社長の命令で、どうしようもないじゃじゃ馬娘のそいつをセックス出来る位、立派なものに磨き上げたのですからね」
春太郎は得意げに鼻をぴくぴく動かせていった。
「それじゃね」
千代は、何か意味ありげに含み笑いすると床の間にある立派な鰐皮のハンドバッグを取り、その中から、金で装飾した豪華な宝石箱を取り出した。
シスターボーイも、和枝も葉子も、眼を丸くして、その巣しい宝石箱を見つめていたが千代がその蓋を開けた途端、まあ、と眼を見はった。
ダイヤ、エメラルド、オパールなどの美しい宝石顔が数個、箱の底に敷かれてある鞣皮の上で燦然とした光を放っていたのである。
「すばらしいわ」
「すごいわねえ」
と、溜息をつくように宝石類に見入っているシスターボーイと二人の女の表情を千代は得意気に見廻し、
「ここに丁度、五つの宝石が並んでいるわ。これを全部、あんたのいうように或る女の身体の中へ隠すことが出来たなら、この中の一つをあんた達に♢♢」
そういって千代は、次に葉子と和枝の顔を楽しそうに見て、
「ここにおいでになる御婦人方にも、一個ずつ差し上げることにするわ」
と、いうのである。
「え? 私達にも」
和枝と葉子は、びっくりしたような顔つきで顔を見合わす。
「そう。これも、お近づきのしるしというわけですわ」
千代は、わざとらしく取りすました表情でそういうと、再び、二人のシスターボーイの方を見て、
「ただし、調教期間は三日間、いいわね」
「三日位じゃとても無理よ」
と、夏次郎がいったが、それを引き止めるようにして春太郎が、
「でも、お夏。五十万円からする宝石が私達のものになるのじゃないの。出来るか出来ないか、やってみなくちゃわからないわ」
といって、唾を呑み込むようにしながら、
「それで、おばさま、一体、誰にその調教をしろとおっしゃるの」
「フフフ、その女は、もうすぐここへ、森田親分が連れて来ることになっているの。凄い美人よ」
そういえば、和枝と葉子は思いついたらしく、同時に口を開いて、
「それじゃ、昨夜の実演スター?」
千代は、楽しそうにうなずいて、
「そう。元、遠山財閥の令夫人、遠山静子の調教をこの二人にさせてみようと思うのよ」
静子夫人と自分との関係を千代は、酒の席で、葉子と和枝に話していた。主人と使用人の関係ということだけが事実で、あとは、嘘と出鱈目を並べていたのである。
つまり、千代は、遠山に言い寄られ、遂に肉体関係が生じたが、静子夫人はそれを知って、女中の千代を日夜虐待し、やくざの一人を使って、千代をこの世から抹殺しようとさえした。それで千代が相手を殺さなければ自分が殺されると悟り、非常手段を使って兄の川田と、静子夫人をこの屋敷へ監禁したということで、和枝と葉子の同情をむしろ自分が得ようと巧みな作り話を聞かせたのである。
「あんたが怒るのは無理ないわよ。美しい顔をしているくせに相当な女なのね」
などと酔った葉子と和枝は、千代のとった処置はむしろ当然といった言い方で相槌を打ち、そして今、シスターボーイが、静子夫人の調教に成功すれば、宝石が手に入ると聞かされると、
「それじゃ、私達も手伝って、あの令夫人を調教してやるか」
といって笑いこけるのだった。
そこへ、襖ごしに川田の声がする。
「お邪魔しますぜ」
襖が開いて、森田と川田に縄尻を取られた静子夫人が上体を前かがみにするようにして入って来た。
「待ってたわよ。さ、こっちへ」
千代は、ほくほくした表情で手招きする。
三人の悪女が酒を汲みかわしている、円型のテーブルのすぐ近くに、静子夫人をつなぐ一本のロープが天井より垂れ下がっている。あらかじめ、千代が夫人を女同士の酒盛りの肴にすべく、川田に頼んで用意させておいたものらしい。
川田と森田は、夫人の優美な肩と背に手をかけて、ロープの下まで押し立て、夫人を縛った麻縄にロープをしっかりとつないで立位のまま、そこへ固定した。
静子夫人は形よく整った頬を冷たく硬直させ、軽く眼を閉ざし、肉づきのいい太腿をぴったりすり合わせるようにしている。
「まあ、凄い美人ねえ」
春太郎と夏次郎は唖然とした顔つきで、緊縛された優美な裸身を立たせている静子夫人に喰い入るような視線を向けるのだった。
「何だ。おめえ達は、この美人を見るのは初めてなのか」
森田は、息を殺して夫人の姿態を凝視している二人のシスターボーイを面白そうに見て、
「元は、大家の若奥様で、静子という今や森田組秘蔵のドル箱スターなんだ」
と教えると、春太郎は溜息をつくようにして、
「噂は聞いていたけど、こんな美しい女性だとは思わなかったわ」
と、飽かずに夫人に見入っている。
「どう、この美人に密輸品運びの秘法を教えてみる気になった? あんた達」
千代は、煙草を口に咥えていうと、春太郎は大きくうなずき、
「私、猛烈にハッスルしちゃったわ。ね、おばさま。三日間、この美人を私達に任せて頂戴。御期待に添うよう腕によりをかけるわ」
と、千代にいうのである。
「いいわ。それじゃ任したわよ」
千代は我が意を得たといった顔つきで満足そうにうなずくと、森田に向かい、
「ねえ、親分。今日から三日間、この奥様の身柄を私達に預けて頂けないかしら。特別の調教をはどこしてみたいのよ」
「といいますと♢♢」
森田が奇妙な顔をするので、千代は小声でダイヤを隠して密輸する中国人の話をして聞かせる。
「成程、そいつは俺も一時、考えてみたことがありましてね」
と笑い出し、
「千代夫人の申し出でとありゃ田代社長も嫌とはいいませんよ。それじゃ、千代夫人にこの女の身柄をお預けすることに致しましよう」
千代は、これから三日間、この部屋に和枝や華子と宿泊することにしたという。その間、静子夫人は、この部屋に身体を拘束され、三人の女の監視のもと、シスターボーイより、その秘法を授けられることになったわけだ。
「ただ、こんな美しい花嫁をもらった捨太郎の奴が、三日間も辛抱しきれねえんじゃねえかと、それが心配で♢♢」
森田が笑いながらいうと、千代も笑って、
「そりゃ大丈夫よ。捨太郎さんとの夜の交渉はその間も、この奥様に責任を持たせて果たさせるわ。それならいいでしょ」
「それなら文句のつけようがありませんや」
森田は上機嫌で、千代の差し出す酒を、盃を取って受け、うまそうに吸いこんだ。
千代は、したり顔で立ち上り、静子夫人に近づくと、
「わかったわね。今日から三日間、奥様は私達のいる、この部屋で過ごすのよ。その間にすばらしいお稽古事を、ここにいるシスターボーイさんが奥様にしてくれるそうだから」
千代は、さも愉快そうにそういうと、静子夫人の頬に手をかけて、横へそむけている夫人の顔を正面に向けさせた。
静子夫人は千代の指で顔を真正面に句けると、円卓を囲んで酒を飲む葉子や和枝、そして、呆然とした面持で夫人の姿態に見入っている二人のシスターボーイ達に、何かを訴えるような陰影を湛えた情感的な眼差しを向けるのである。
「それじゃ、俺達は他に仕事があるんで」
森田は川田をうながし、女達にすすめられる酒を適当なところで打ち切って腰を上げた。
「それじゃ、いいな。ここにいる奥様方の言い付けをよく守って、しっかりと調教をお受けするんだぜ」
川田は、静子夫人の少しバラ色を帯びた柔らかい頬を指でつつき、次に、千代達に向かって、
「何か手こずるようなことがあったら、床の間の室内電話をかけりゃいい。俺達はすぐにかけつけるからな」
そういい残して、森田と一緒に部屋から出て行った。
二人の男が姿を消すと、千代は、
「さ、皆さん、この美しい人魚が私達の今日の肴よ。肴の傍へもっと寄って、大いに飲みましようよ」
賛成、賛成、とかなり酩酊した葉子と和枝は洋酒瓶や一升瓶を抱きかかえるようにして美しい人魚の傍へ寄り、腰を落とした。
静子夫人にとっては一番恐ろしい人間である千代とその仲間になった和枝と葉子。この三人が当分の間、寝泊りすることになったこの部屋で身柄を拘束されるという事に、底知れぬ恐怖と屈辱せ感じて、静子夫人の頬は、青白く強張ってゆく。
「何を不服そうな顔をしてるのよ、奥様。私達は貴女がめでたく捨太郎夫人となられたそのお祝いに、五十万からする宝石を報酬として、そこのシスターボーイに貴女を調教させることにしたのよ」
千代は、そういって、ぼんやりつっ立っている春太郎と夏次郎に、
「一寸、あんた達。ぼんやりしていないで、その中国流の秘法とはどんなものか奥様にくわしく説明して、調教に入る前の打ち合わせでもしたらどうなの」
千代にそういわれた春太郎と夏次郎は、ふと我に返ったような顔つきになって、静子夫人の左右に立った。
「でも、何だか私、残酷すぎるような気がして来たわ。それに、こんな美しい夫人に、そんなことを」
と、夏次郎が弱気な声を出すと、春太郎がそれを叱る。
「何いってんのよ。報酬は五十万の宝石よ。それにこれだけの美人、私ゃ、さっきから胸がわくわくしてんのよ」
春太郎は、急に真剣な、そして、意地悪そうな眼つきになって、静子夫人の悲しげに暗く沈んでいるような横顔を見ながら、その中国の秘法について説明し始める。みるみるうちに、夫人の繊細で美しい頬や首すじあたりが朱に染まり始めた。
「そ、そんな♢♢ひどいわ、ひどすぎます」
静子夫人は、戦慄したようにびくと身体を慄わせると、さっと顔を横へそらせ、シクシクと声をひそめて泣き始めた。
「今更何をいってんのよ。私達はもう森田親分の許可をもらつて、貴女の身柄をその調教のために預かったのよ」
千代は、和枝に差される酒を盃に受けながら、怒ったような声を出した。春太郎は、調子づいて、すすり上げている静子夫人に語りつづける。
「それにはまず、何度も浣腸して、腹の中のものをすっかり吐き出し、長い時間、マッサージを続けて、筋肉をゆるめるのよ。そして、まず細いガラス棒から始めて、段々と太いガラス棒に代えて流通をよくし、次にそれを使って、何度も行ってみる。それが円滑に行われるようになれば、もうしめたもので、あとは電気棒を使って、更に口を広げ、直腸に至るまで綿棒をつめこんでおく」
そうした春太郎の恐ろしい説明を聞かされる静子夫人は、堪え切れなくなったように、わずかに身悶えしながら、嫌、嫌です、とカスレた涙声を出しているのであった。
「随分と手の込んだ事をしなくちゃならないのね。まあ、いいわ。とにかく、あんた達に任せるから、三日間、大いに奮闘努力して頂戴よ」
と千代は笑い、早速、その支度にかかるようにシスターボーイに命じる。
「それじゃ、これから必要な道具類を揃えて来ますわ」
と、春太郎がいうと、千代は、
「今日は、静子夫人の再婚されたお祝いに、何かプレゼントする予定だったのだから、使い古したものより、真新しいものを揃えてあげてよ。一体、どういったものを集めればいいの」
懐から財布を取り出した千代は、一万円札を二枚、卓の上に一置く。
「そんなに費用はかからないと思いますわ。一寸、メモしてみましようか」
春太郎達は、三人の有閑夫人達と額を合わせ、楽しそうに、これから揃える道具類の予定を立て始めるのだった。
「まず浣腸器だわね。それから便器。これは大きい方と小さい方に分けて、二つぐらい買って来てよ。あの奥様にふさわしいバラの花模様のついた可愛いのがありゃいいんだけど♢♢」
千代は、春太郎の書いたメモに眼を通しながら楽しそうに笑い、静子夫人の顔をうかがうように見る。静子夫人は、もう涙も涸れ果てたといったような陰影を含んだ沈んだ表情で、しっとりと濡れた瞳を悲しげにしばたいているのだ。
「コールドクリーム、脱脂綿、ガラス棒五本、電気マッサージ器、ベアリング玉、ガラス玉、チリ紙」
千代は、時々、底意地の悪い眼つきを静子夫人に向け、わざとらしく声を上げて、そんなものを読み上げて、
「それじゃ、大急ぎで頬むわね」
二人のシスターボーイが、いそいそとして部屋から出て行くと、千代は静子夫人に眼を倒けて、
「さて、これで、奥様に対する私のプレゼントもすんだわ。それじゃ、捨太郎夫人となられた奥様を祝福して、乾杯しようじゃありませんか」千代は、盃を取って、和枝と葉子を見廻した。
「それじゃ、乾杯」
三人の悪女は一息に飲みこみ、再び賑やかにはしゃぎながら、酒宴は再開される。
「一寸、見てごらんなさいよ。これが、ここにいる令夫人のありし日の姿よ」
と、千代は、以前、悦子や義子達にも見せたことのある静子夫人の写真アルバムを円卓の下から取り出して、葉子と和枝の前に広げて見せる。
「まあ、きれい。この海辺の露台に立っているのは、この静子夫人なのね」
それは地中海の黄昏を背景にして、ホテルの露台に立つ和服姿の滴たけた静子夫人の艶やかな姿であった。その美しいカラー写心具に見入る葉子と和枝は、幾度も眼の前で緊縛された裸身をさらしている静子夫人と、その写真の静子夫人が同一人物とは信じられない気分で確かめている。深い藍色地に銀系を散らした美しい和服姿の静子夫人の表情は実に幸せそうに微笑んでいる。
千代は、和枝と葉子がめくるアルバムを横からのぞきこむようにしながら、
「どう、フランス、イタリア、スイスなんかに、この奥さんは今まで何度も行って、随分と贅沢して暮して来たのよ。それが今じゃこのざまさ。全くいい気味だわ」千代は、静子夫人の昔のアルバムをのぞき見しているうち、何だか無性に腹立たしい気分になって来たらしく、酒をコップに切り代えて、段々とすわった怪しげな眼つきになり出した。
「一寸。こうして私達がお酒を飲んでいるのに、ぼんやりつっ立っていたって仕様がないじゃないか。晒け出しているばかりが、能じゃないよ。唄でもうたったらどうなの」
それを聞くと、和枝も葉子もクスクス笑い出した。
静子夫人は涙に濡れた抒情的な瞳を見開いて、ふと哀れむようなさげすむような表情をして千代を見つめた。
「何よ、その顔」
酒癖の悪い千代は、かっとしてコップに入った酒を、ぱっと静子夫人の顔に投げかける。
いきなり顔に酒を浴びせかけられた静子夫人は、思わず悲鳴をあげ、濡れた顔を横へそむけた。
「私ゃ何でも思ったことはやり遂げる女なのだからね。昨夜、最初の予定通り、あんたを捨太郎の女にした。次は、捨太郎の子供をあんたのお腹にこしらえる。必ず、私ゃそれを美現させるからね」
千代は居丈高になって、そう叫ぶと、フラフラと立ち上がり、
「全く憎いったらありゃしない、この女」
ぴしゃりと静子夫人の頬を千代は平手打ちするのだった。
「そんな乱暴はおよしなさいよ。今日は、再婚なさったこの奥様のパーティを開く予定だったんでしょ」
和枝が酒癖の悪い千代をたしなめて、
「私達だけでお酒を飲むなんて変よ。この奥様にもうんと御馳走してあげましようよ」
「そうね。この美人が酔っぱらうところを、私見たいわ」
と、葉子も相槌を打ち、湯呑茶碗に銚子の酒をなみなみと注ぎ始める。
「さ、どうぞ。たんと召し上れ」
葉子がフラフラと立ち上り、静子夫人の口元に茶碗酒を押しつける。
「ちよいと、あんた、私の盃は受けられないっていうの」
夫人が眉を寄せて、ふと頬をそむけると、葉子は鼻に小敏を寄せて白眼をむいた。
葉子も千代に似て酒癖の悪い方らしく、それに自分の旦那である岩崎が、この女に心を奪われていると千代から聞かされている。嫉妬のあまり、酒の酔いが嵩じると狂気めいたとげとげしい気分になって来たのであった。それは和枝にしても同じ事で、
「ちょっと自分が美しいと思って、生意気になってるんじゃない」
と、冷酷な眼つきを、わざとらしく作るのだった。
静子夫人に対し、葉子と和枝が次第にそういう陰険な態度に出て来たことは、千代にとっては嬉しく、
「この奥様達は私の親友なのよ。あんた、その方達の盃は受けられないってのは、どういう意味なの。私に恥をかかす気なのね」
と、二人の悪女に呼応したように夫人の顎に、ぐいと手をかけるのだった。
「そ、そうじゃありません」
静子夫人は、美しい睫を細かくおののかせ、今にも大粒の涙をこぼしそうな哀しげな光の射す瞳を千代に向けた。夫人にとって、こうした千代ら邪悪な三人の女の嬲りものになるということは、鬼沖の悪魔的な調教を受けることより辛いおぞましい事であるに違いない。それは、千代も心得ていて、だから葉子達を仲間にし、夫人を三日間も自分達女だけの寝室へ拘束、徹底的な恥辱を与えようと計画したのであった。
「さ、飲むのよ」
千代は、夫人の脂肪で光るねっとりした肩に片手をからませるようにし、茶碗酒を夫人の紅唇に当てがった。
夫人は観念したように瞼を閉ざし、茶碗に口を当て、無理やり流し込まれた日本酒を必死な思いで一息に飲み干してしまう。
「お見事、お見事。なかなか飲みっぷりがいいじゃないの」
三人の悪女は、少女のようにはしゃぎ出し、更に茶碗へ酒を注ぎ始めた。
「もう、もう飲めません。堪忍して」
静子夫人は、すでに桜色に息づいて、羞ずかしげな風情を見せて、顔をそらせる。
「私達三人の盃を受けて頂くわ。さ、次は私よ」
和枝が次に茶碗酒を夫人に無理矢理、押しつけるのだ。
「男が女をものにする場合、酒を飲ませて酔っぱらったところを狙うでしょ。それと同じよ。まず、今日は奥様をうんと酔わせてから、ホホホ」
千代は、何か邪悪な意味ありげに妖怪めいた微笑を口元に浮かべた。
「それに、奥様もお酒でもうんと飲んで大胆にならなきゃ、これからシスターボーイが行おうとする調教が、まともにお受けになれないと思うんだけど」
葉子も、からかうように夫人の耳元に、ささやきかける。
千代は、それを聞くと、も一度、宝石箱を取り出して、今度は、それを静子夫人の眼に示すのである。
「これはね、奥様が秘蔵しておられた宝石顔よ。以前、フランスやイタリアに外遊されていた時、金のあるのに任せてお買いになったものでしょ。どう、この宝石類を見ると、華やかな昔がしのばれて来るんじゃない」
千代は、物悲しげな光を帯びた夫人の美しい瞳を楽しげに見つめて、
「ホホホ、まさかあの当時、この見事な宝石が、奥様のその美しい肉体を責めさいなむ事になるとは、夢にも想像されなかった事だと思うわ」
静子夫人は、千代の残忍極まりない着想を知って、思わず身体を慄わせ、眼を閉ざした。
「あのシスターボーイに中国流の秘法をしっかりと教わって、この宝石箱の中にある宝石全部を入れて見せない限り、この部屋から出してあげるわけにはいかないのだから、そのつもりでがんばるのよ、奥様」
千代がそういって笑いこけ、桜色に染まった夫人の頬を指ではじくと、思いっめたような一種悲壮な表情を作って、静子夫人は、さっと顔を上げた。
「お酒を飲ませて♢♢」
自棄になったように、静子夫人は、はっきりと声を出した。
「そう、そう、そうこなくっちゃ」
千代は、和枝や葉子と顔を見合わせて北壁笑み、嵩にかかって、静子夫人の口へ酒を流し込むのだ。
三杯目の茶碗酒を飲まきれた静子夫人は、さすがに苦しそうに大きく息を吐き、あえぐように顔をのけぞらせる。上気して、身体中を熱くし、切なげに息を吐く静子夫人を頼もしげに眺める千代と葉子と和枝。
「だけど、ほんとにきれいな身体をしてるわねえ。女の私達だって、何だか変な気分になって来るわ」
和枝が溜息をつくようにいい、これじゃ、岩崎がのぼせあがるのも無理ないわよ、と、ブツブツいいながら、一本のロープに緊縛された優美な姿を立たせている静子夫人の周囲をぐるぐる廻るのだった。
ねっとりと白い脂肪を乗せた光沢のある美肌、数本の麻縄を上下にからませた見事な胸の隆起、なめらかな腹部、官能味たっぷりの優美な曲線、そしてぴったり閉ざした太腿。全体に柔らかい翳をつくっているほのかなふくらみ。そうした静子夫人の美しい肉体のあらゆる部分を飽かずに凝視していた女達は、やがて、最初からの計画であったらしく、小型のテープレコーダーを円卓の下から取り出した。
「ホホホ、奥様、随分といい色になったわ。さ、気分のいいところで、お酒の余興に何か一曲唄って頂戴」
千代は、レコーダーのマイクを今度は夫人の口に近づけるのである。
「お得意の小唄も結構だけど、私、あまりああいうのは趣味がないから、わかりゃすいのをお願いしたいわ」
千代は、酒に酔って、フラフラする足を踏みしめながら、マイクを夫人の口元に押しつけつつ、
「そら、何時だったか遠山家でパーティがあった時、豪華なイブニングドレスを着た奥様は、余興にフランス人のピアノの伴奏で、シャンソンを唄ったじゃないの。そう、そう、枯葉とかいう唄だったわ」
千代は、全身に酒の酔いを漲らせている静子夫人を葉子や和枝と一緒にせきたて、シャンソンを唄わせようとする。完全に抵抗の意志を剥奪されてしまっている静子夫人は、瞼を閉ざし、やがて、銀鈴を震わせるような美しい声で、女連の所望にこたえ始めた。
静子夫人の唄がすすむと、千代は、すっかり上機嫌になり、夫人と一緒に口ずさんだりしながら、眼も覚めるような美しいイブニングドレスを着て唄った以前の静子夫人の艶姿を想起している。
あの時の白長手袋をした手にバラの花を持ち、美しい声でシャンソンを唄った静子夫人の優美な姿が、まるで昨日の事のように千代の脳裡に浮かぶのだったが、今、三人の悪女の前で唄う静子夫人の脳裡にも、当時の事が悲しくも懐かしく思い出されて来たのだろう。唄がすすむうち、静子夫人の閉じ合わせた瞼から、糸を引くように涙が、したたり落ちるのだった。
ようやく唄い終えた静子夫人に対し、三人の女は大喜びで拍手する。
千代は、一旦、レコーダーを止めると、ますます上機嫌で、
「昔と変らぬきれいな声で、私、とても嬉しいわ」
千代は、シクシク顔を伏せて泣き始めた静子夫人の柔らかい肩に手をかけて、
「ホホホ、奥様も昔の事を想い出したのね。もう還らない昔を今更思い出したって仕様がないじゃありませんか。さ、元気を出して」
千代は、ハンカチを出して、夫人の涙を拭きとると、
「さて、それじゃ、次の余興をお願いしようかしら」
と、今度は身をかがめ、事もあろうにマイクを夫人のその足元の前へ、近づけるのだった。
思わずはっと腰を引いた静子は、酒気を帯びてバラ色に染まった美しい顔に一層の紅を散らして、
「な、何をなさる気なの」
酒気のため、ねっとりとうるんだ妖しくも美しい瞳を悲しげにしばたき、力の無い声を夫人は千代にかけるのである。
「今度は、奥様にここで唄って頂くのよ」
羞ずかしい唄
数多の上流階級の男達に取り巻かれ、チヤホヤされ、いくら驕慢の美を誇りつづけていた大財閥の令夫人であっても、一皮むけば、落花無惨の浅ましい姿に変貌する事を千代は楽しんでいる。かつての自分の女主人を今、眼の前に置いて千代は、栄耀贅沢に暮した昔をわざと思い出させると同時に現実の酸鼻な境遇を対比的に認熟させようとしているようであった。そこに静子夫人に対する心理的な虐待を千代は計算していたといえる。
「羞ずかしい唄をうたって頂くわ。いえ、嫌でも私達三人が、これから奥様に唄わせるというわけよ」
千代は、和枝と葉子の方を向いて、おかしくてたまらぬといった顔つきをした。
「録音したテープは、明日、関西へ帰る予定の岩崎親分へのお土産よ」
「シャンソンとその唄を聞くごと、親分はきっと奥様を懐かしがることだと思うわ」
女達は、クスクス笑い合うのだ。静子夫人にうつつを抜かした岩崎に対する嫌がらせという意味もあるのだろう。
「でも、捨太郎さんが唄わせたようにあんないい声が出せるかしら。私達は、女ばかりなんだからねえ」
と、葉子が酒で真っ赤になった頬をこすりながら、舌をもつれさせてそういい、キャッキャッと笑うと、
「出来るか出来ないか、やってみようというわけじゃないの。男なんかに負けてたまるもんですか」
と、和枝がすわった眼で静子夫人を見上げていうのだった。
それじゃ早速、支度にかかりましようよ、と女達は、押入れを開け、大きな風呂敷包みを取り出した。それを拡げて、擂鉢に擂粉木などを取り出した千代は、和枝に、
「責め薬は私と葉子さんが作るから、貴女、その間に、奥様をきれいにお化粧しておいて下さらない」
「任しといて。私、将来、岩崎に金を出させて美容院を出すつもりなの。これでもいささか、髪の手入れ、化粧法などの研究はしているつもりよ」
「まあ、頼もしいわね。何も岩崎親分にお金を出してもらうまでもなく、それ位の事なら私が投資してあげてもいいわ」
「ほんと。じゃ、腕によりをかけて♢♢」
和枝は、ほくほくした顔つきで、かすかにうなだれている静子夫人の、ほんのりと桜色に染まった美しい頬に眼を向けるのだった。
千代が、あらかじめ押入れの中へ隠しておいた化粧箱を出して和枝に渡すと、
「立ったままじゃ、やりにくいわ。一度、椅子にでも坐らせてよ」
そこで、女達は、椅子を静子夫人の後ろへ置いて、縄尻を一旦、ロープより解き、夫人を椅子に腰かけさせた。
春太郎と夏次郎が、道具を仕入れて、戻って来た頃には、和枝にすっかり化粧された静子夫人が、再び、女三人の手で、元通り、ロープに縄尻をつながれ、もう逃げも隠れも出来ないといった風情で、その上背のある伸びやかな美しい肉体をすっくと立たせていた。
「まあ、きれい。何だか、くらくらとしちゃいそう」
夏次郎が、陶然とした面持になって、静子夫人の側面に立っていう。
澄んだ濃い夫人の具眼は、酒の酔いのために紅をぼかしたような赤みがさしているが、それだけにぞっとする程の妖艶さがにじみ、まっすぐな柔らかい線の鼻や花びらのような形の唇などを備えた夫人の瓜実顔が化粧されたことによって、ひときわ美しく映えて光るのである。艶々した夫人の黒髪は品よくアップに巻かれて、千代の思いつきであろう、珊瑚玉の玄人好みの簪が横に差しこまれてあった。
「一寸今から、この奥様に酒席の余興をさせようと思うのよ。それがすめば、すぐ、そっちの調教にかかってもらうからね」
千代は、二人のシスターボーイにそう声をかけて、葉子と二人、しきりに擂鉢の中のどろどろしたものを擂粉木で練りつづけている。
「一体、何ですの、それ」
春太郎が眼を丸くして、別の容器に入った青い汁、赤い汁を擂鉢の中へ注ぎ足していを千代にいうと、
「鬼源さんに教えてもらった、いい声の出る妙薬なのよ」
「まあ、いやーだ」
二人はすぐにその意味を知って、顔を見合わせ、クスクス笑い合った。
色々な薬草の煮汁を混ぜ合わせたというそれを持って、千代と葉子は、わざとらしく、静子夫人の足元に坐り込み、なおも熱心に擂粉木ですりながら、楽しそうに夫人の顔を見上げた。
「ホホホ、如何が、奥様。見ているだけで、身体がカッカと燃えて来たんじゃない」
ふと、悲痛な視線を走らせた静子夫人は、忌わしいものを見たように顔をそらせ、なよやかな、甘い身悶えを始めるのであった。
「もうすぐだから、おとなしく待っているのよ。まあ、見るからに痒そうな色になってきたわ」
「♢♢や、やめてっ。それだけは、それだけは嫌っ」
静子夫人はそうした千代の心理的ないたぶりに遂に耐え切れなくなったように激しく首を振り出した。そのような責め薬を一度鬼源達に塗りたてられ、夫人は気が狂いかけたことがある。今、それをここにいる三人の女が試みて、狂乱の極にのたうたせる気でいるのを知って、夫人は、切れ切れの声で哀願を重ねるのだった。
それを小気味よさそうに千代は聞きながら意地の悪い眼つきをし、夫人につめ寄り、酒くさい息をかける。
「私はね、白々しくすましこんでいる奥さんを見ると妙に腹が立って来るんだよ。泣いたり、わめいたりしてくれた方が、とても気分がいいのさ」
と、蓮っ葉な口調になった千代は、
「こいつをたっぷり塗り込められりゃ、嫌でも私達の前で羞ずかしい唄をうたわなきゃならなくなるのさ。腰を大きく振りながらね」
そして、千代は、さも得意そうに、風呂敷包み中から紫の絹地の布をねじり合わせて作った一本の長い紐を取り出した。
「葉桜団の銀子に聞いて、これは作ったものよ。そら、ここについている大小二つの鈴は、鍍金じゃなくて純金で出来てるのよ。奥様の寝室に飾ってあった金の彫刻をつぶして、特別に作らせたものなの。何しろ、元はといえば、大財閥の令夫人、これくらいの小道具をお使いになってもいいと思うわ」
美しく巻き上げた黒髪に玄人好みの珊瑚の暫、その小粋な髪型の静子夫人を、色っぽい紫地の長紐で縛りに仕上げようと千代は楽しい気分で、こうした計画を練ったものだと思われる。
「痔くてたまらなくなれば、すぐにこの縄をキリキリとかけてあげるわ。そこで奥様は御自分で一生懸命、腰を振り、御自分で悔みを解決すればいいわけよ。わかったわね」
千代は、酒の酔いと女達三人の嬲りものになるという屈辱に、全身を火照らせ、顔を伏せている静子夫人にそう浴びせると、擂鉢を練る手を止めた。
傍に立って、いい年をした女三人が、美女を責めようとする光景をニヤニヤ眺めているシスターボーイ二人に、急に千代は、鋭い調子でいう。
「ここは女同士に任せておき、あんた達は隣の部屋で、静子夫人調教のための支度にかかりなさいよ。奥様の余興が終われば、すぐ調教にかかるからね。浣腸の支度でもしとかなきゃ駄目よ」
つまり、ここは女だけの秘密、男の立入は無用と千代はいうのだった。
「あら失礼しちゃうわね。私達は、これでも女のつもりよ」
などと、夏次郎は、くねくね身体をくねらせながらいったが、何いってんのよ、早く、どいたり、どいたり、と和枝と葉子も、自分達の秘密を他人に知られるのを恐れるのか、二人のシスターボーイを襖続きの隣の部屋へ押しやった。
「さて、これでここは女だけの世界よ。何時か奥様、鬼源さんにお習字を習った時、うんと羞ずかしい目に合わせて、と口走ったわね。今日はお望み通り、私達女三人が、気が狂う程羞ずかしい目に合わせてあげるわ」
千代はへそういって、がっくり首を垂れ、軽く瞑日している静子夫人に底意地の悪い酔眼を向け、わざと甘ったるく、まといついて
「それじゃ奥様、仕事がやりいいようお開きになって。ねぇったら」
と静子夫人のミルク色に霞むムチムチした肌を指で突くのだった。そんな千代のふざけたポーズに和枝も葉子もならって、同じように夫人にねばりつきながら、
「ねえ、ぐずぐずするの嫌い。たっぷりお塗りするわ」
「それじゃ、私が♢♢」
三人の悪女達は、自分達が一つのものを共有する秘密を楽しみ合うようにして、静子夫人をいたぶっている。
静子夫人は、それでも優美な両肢をぴったりと閉じ合わせていたが、身裡に吹き上って来た或る衝動を打ち払うように首を上げると、眼は閉ざしたまま、
「お願いです。お酒を、お酒を♢♢」
と、悲しげな横顔を見せて、呻くように口を開くのだった。酒の力で、この女達に嬲られる血を吐くような屈辱を耐え、何とか自分の神経を麻挿させようというのか。
「いいわよ。お酒なら、いくらでも御馳走するわ。その代り」
千代が含み笑いすると、静子夫人は、薄くバラ色に染まった頬に更に朱を浮かべ、羞恥に頬をそむけながら、
「♢♢わかってますわ。静子を皆さんで、いじめ抜いて下さいまし。うんと生恥をかかせて♢♢」
静子夫人の口に葉子の手で再び茶碗酒があてがわれたが、すでに三杯もの酒を飲まされている静子夫人は、神経はそれを求めても、もう飲める筈はなかった。
「なんだ、だらしない。もうすっかり酔ってるんじゃないの」
女達は、つながれているロープを揺らして夫人の足が乱れているのを見て笑い、
「さ、せっかく注いだお酒だから、がんばって飲むのよ」
と、夫人の唇を割って茶碗を押し込み、酒を流しこんだ。
襖を隔てた次の間では、春太郎と夏次郎が、夫人を浣腸するための支度にかかっている。円卓の上に布団を敷き、その上にビニールを敷き、つまり静子夫人をその上へ仰向けにさせ、仕事を始めるつもりなのだ。
洗面器に石鹸水を溶かしている二人のシスターボーイの耳に、隣の間の女達の忍び笑い、そして、静子夫人の絹をなぜるような哀泣が聞こえてくる。
「ねえ、お春。あの女達、少し気がおかしいんじゃないかしら」
「気がおかしいというより、女というのはああいう風に一皮むけば恐ろしいものなのよ。亭主を庖丁でバラバラに切っちまうようなのもいるからね。男よりずっと残忍に出来ているのよ」
春太郎は、そういいながら、ガラス製の大きな浣腸器を取り上げ、それに石鹸水を注入し始める。
夏次郎は、ふと気弱な表情になって春太郎を見ながら、
「何だか、私、良心が痛むわ。支那の売春婦が金儲けのために練習するという珍芸を、あんな美しい人に教えるなんて♢♢」
「今更、何いってんのよ。乗りかかった舟じゃないか。私にいわせりゃ女が美人だけに、むしろやり甲斐があるってものよ」
そんな事を二人が話していた時、さっと襖が開いて、足元をふらつかせた千代が金歯を見せて、入って来た。
「これから、あの美しい婦人が、あられもない声を張り上げてダンスをおっ始めるのよ。せっかくだから、あんた達にも見物させてあげるわ。いらっしゃい」
そして、千代は、洗面器の横に置いてあった小児用の便器を見て、まあ、と顔を崩した。ブルーの可愛い女児用のおまるには、赤い絵具でバラの花が描かれてある。
「こりゃあんた達、いいのを買って来たわ」
千代は、この便器を手にし、シスターボーイを連れて次の間に引き返した。
「たっぷりと塗り込んでやったわ。フフフ」
静子夫人の前と後に腰をかがめていた和枝と葉子は、してやったりとばかりに北叟笑んで同時に立ち上り、互いにハンカチで指先を拭き始める。
静子夫人は、紅を流したような頬の線を横にそらせ、全身に上気の色を浮かべて、薄く眼を閉じたま肩で切なげに息づいている。
「どう、可愛いおまるでしょう。奥様の大好きなバラの花まで描いてあるわ。羞ずかしい唄の録音がすめば、そのままの姿で私達がこれを使わせてあげるわね」
千代は、そういって、ブルーの小さな便器をわざと見せつけてから夫人の足元に置き、熱い夫人の頬を指で押して、次の間の方へ夫人の眼を向けさせた。
「そら、隣の部屋には、浣腸の支度もすっかり出来ているわ。何から何までこういう具合に段どりをつけてもらつて、ほんとに奥様って幸せねえ」
千代は、一種の勝利感に酔ったように、気持よさそうにいって、
「如何、そろそろ薬の利き目が♢♢」
と、眼を細め、夫人の顔をのぞくように見つめた。
やがて、心をそそり立てる程に優雅な、そして官能味を持った静子夫人の腰部が、なよなよと揺れ始める。
「♢♢か、痒いわ」
そんな静子夫人の悩ましいばかりに切ない身の悶えようと、口から洩らすこみ上げるようなすすり泣きを眼にし、耳にした春太郎と夏次郎は、五体がしびれるような気分に陥り、息を呑んで見つめている。
「ホホホ、そろそろ奥様のダンスが見られそうね」
「痒い所がかけない辛さ。両手を縛られていることの情なさが、さぞかし骨身にこたえたでしょう」
「奥様、しっかりね」
女達は、そんな事をいって夫人を揶揄し、一旦、中断した酒盛りを再び夫人の身悶えを肴にして再開したのだが、夫人の動きゃ、ひときわ甘美で激しくなった哀泣は、女達の神経を楽しませると同時に、ふと悦虐めいた高ぶりにもなり、彼女達の夫人を凝視する眼は、次第に残忍な色を帯び始めた。
第六十一章 緊縛の涕泣
三悪女の狂態
緊縛された美しい全身を慄わせ、とりわけ下半身を激しく揺さぶって妖しいばかりの優雅な涕泣を洩らしつづける静子夫人。
千代と和枝、葉子の三人は、してやったりとばかりに北叟笑み、火のように全身を燃え上らせ、舌足らずの悲鳴を上げつづける夫人を揃って凝視している。
「お、お願い。ね、な、何とかして。ああ気が狂いそう」
静子夫人は次第に激しさを増して来た掻痒感にキリキリ歯を噛み鳴らし、左右に首を振りながら悶え狂うのだ。
「ね、何とかしてあげましょう。このままじゃ、ほんとに気が狂っちまうかも、知れないわ」
千代達の後ろに立って、悶え狂う静子夫人の姿態を、頼れたような顔つきで飽かず眺めていた春太郎がいった。
「ホホホ、気が狂っちゃかわいそうね、それじゃ。何とかしてあげようか」
千代は、わざとゆっくりした動作で立ち上ると、用意してあった小型テープレコーダーを取り上げ、夫人の足元に置いた。
ぴったり閉ざされている夫人の両肢が激しく震えている。千代は、マイクのコードをたぐりながら、身をかがめて、それを夫人に近寄せた。
「いい声を聞かせてね、フフフ」
静子夫人は、千代がマイクを傍に腰をかがめた葉子に渡し、押入れの中より持って来た桐の箱の紙を解き出すのを見ると、悦びとも戦慄ともつかぬものに一層、全身を燃え上らせ、くねくねと上背のある美しい身を揺り動かす。
千代は箱から取り出したものを、面白そうに掌の上で遊びながら、夫人の鼻先へ押しつけた。
「欲しいでしょ。奥様。これが♢♢。フッフ、痒みが止まるんですものねえ」
千代は、そんな事をいって、それで上気した夫人の頬を突き、形のいい優雅な鼻のあたりを、くすぐるのだ。
「ああ、千代さん。お、お願い♢♢もう、我、我慢が出来ないの。ね、お願いっ」
「ホホホ。あわてる乞食は何とかっていうじゃありませんか。もう少し、準備工作をしてからよ」
千代は、そう意地悪くいって、そっと夫人の背後に廻ると、後ろから手をかけた。
「ひ、ひどいわ。ああ、そんな♢♢」
夫人は美しい顔を歪めて狼狽を示す。
ゆっくりとした動作で、千代が嬲り出したのを見た和枝と葉子は、それに調子を合わせるように、くすぐり始めた。
静子夫人の口から洩れるすすり泣きも、くねくねと揺するその身悶えも、一層、甘美で、そして次第に狂気めいたものになり始める。
近くでそれを凝視している二人のシスターボーイは静子夫人の美しさと三人の悪女にいたぶられて、のたうつ夫人の官能をそそり立てる身悶えに、全身が痺れたようになってしまった。
「♢♢千、千代さん」
静子夫人は、息もたえだえになって呻くように、背後からいたぶる千代に声をかけた。
「♢♢静子は、もう決して、貴女のおっしゃる事に抗いはしないわ。ですから、ね、お願い♢♢ああ、ほんとに、静子、気が、気が狂いそう♢♢」
そのように、のたうち、歯を噛み鳴らし、狂ったように哀願する静子夫人を、千代は頼もしげに見ながら、
「その言葉を忘れちゃ駄目よ」
と北叟笑んで、陶然とした面持で傍につっ立っている二人のシスターボーイに眼を向けるのだった。
「一寸、あんた達、ぼんやりしていないで少し手伝って頂戴よ」
ふっと我に返った春太郎と夏次郎はニヤリとし、
「勿論、喜んで、奥様のお手伝いをさせて頂きますわ」
と、近寄ってくる。
「違うわよ、あんた達、銀子達を探して桂子嬢をここへ連れて来て頂戴。銀子にいえばわかるわよ」
それを耳にすると、薄く眼を閉じたまま、全身を揺さぶる火のようなものに耐えていた静子夫人であったが、はっとしたように顔を上げた。
「おや、何も驚くことはないじゃない。私のすることに一切文句はいわないで従うという約束だったわね」
「でも、桂子を、どうしてここへ♢♢」
「元、遠山家の若奥様が、元、遠山家の女中の私に、どのように親切にされているか、それを桂子嬢にはっきり目撃させるのよ。桂子嬢がここへ来れば、奥様の悩みは解決してあげるわ」
静子夫人は、涙で潤んだ上の空の瞳をしばたき々がら、悪女の声を物悲しげに聞いている。
「♢♢ああ♢♢」
と、夫人は、再び錐でえぐるように下半身にこみ上って来た掻痒感に美しい頗を歪めるのだった。
「♢♢千代さん、もう我慢が出来ないわ。欲しい。欲しいのよ」
「駄目、駄目。いくらいったって、桂子がここへ来るまでお預けよ」
千代は、箱の中身のもので、くすぐったりして、笑いこけるのだ。
♢♢桂子が、春太郎と夏次郎に引き立てられて部屋に入って来、床の間の柱に立位で縛りつけられるまでには、はんの十数分ぐらいしかかからなかったが、その間もずっと三人の鬼女の淫靡ないたぶりを心身ともに加えられた静子夫人は、その乳白色の全身にねっとりと脂汗を浮かべ、ゆるやかに美しい曲線を描いた腹部から腰部にかけて、時々、プレブルと痙攣させ、正に気息奄々といった状態に追い込まれていた。
それで桂子が床の間の柱にがっちりとつながれて、真正面ら対峙する形に仕組まれても、もう、羞恥や屈辱を感じる余裕もない静子夫人である。
「このお嬢さん、これから文夫さんと夫婦関係にしなきゃならないから、用事がすめばすぐに返してくれるよう銀子さんがいってましたわ」
春太郎と夏次郎は、千代に指示された通り桂子を床の間に縛りつけると、思い出したように、そういった。
「わかったわよ」
千代は、含み笑いしながら、床柱にがっちり身体をつながれた桂子の顔を面白そうに見つめた。
連日のおぞましい調教のため、桂子は、人間の意志を喪失したように暗く沈んだ表情で眼の前に緊縛された身を立たせている静子夫人へ悲しげな眼を向けている。
「桂子さん。静子を、静子を笑わないで。ね、笑っちゃいやよ」
静子夫人は、訴えるような陰影を湛えた眼で桂子を見、その次には、全身を揺さぶるような痒痛に顔を仰向かせ、歯ぎしりしながら泣くように呟くのだった。
千代は、道具で、夫人を叩きながら桂子の方を向いていった。
「ねえ、あなたどう思う? こんなものを使ってくれといって、奥様ったらうるさく催促するのよ。全く嫌な感じ」
千代は、さも困ったわというようにそっと当てると、夫人は、火のような一心になってもう前後の考えもなく身をよじらすように押しつけてくる。さっと、身を引いた千代は、ぷっと吹き出し、
「まあ、はしたない。元、遠山財閥の令夫人という肩書きが泣きますわよ」
葉子や和枝と顔を見合わせて笑い合うのだった。
静子夫人は、血走った思いで、衝撃的に受け入れようとあせった自分の浅ましさが死にたい位に羞ずかしく、さっと上気した顔を横へそらせ、狂おしいばかりの涕泣を口から発して、肩まで慄わせるのである。
「少しずつ悩みは解いてあげるわ。あわてちゃ駄目」
千代はそういって、道具を葉子に預け、じらしつづけるのだった。
全身を揺さぶるばかりの狂おしい痔み地獄に投げ込まれた上に、憎みてもあまりある千代の淫靡な方法で、わざとらしい軽い刺戟を加えられる、この口惜しさは何に譬えればいいだろう。
「いかがでございましょう奥様。少しは気分が落着きまして♢♢」
千代は、愉快そうに夫人の上気した美しい顔を見上げながら、陰湿な刺激を加えつづけるのだ。
「♢♢ああ、じ、じれったいわ」
静子夫人は、耐え切れなくなったように赤らんだ頬を横に伏せて、
「もっと、ねえ、お願い。強くして♢♢」
そう口走って夫人は、消え入るようにシクシクと、すすり泣く。
そんな光景を眼前にした桂子は、見てはならぬものを前にしたように全身を硬化させ、固く眼を閉ざすのだった。
「一寸、眼を開けて、ちゃんと奥様の悦ぶ姿を見てなきゃ駄目よ。でないと、貴女も、この奥様と同じような中国の秘法を教わらなくちゃならないのよ」
千代は、顔をそむける桂子に浴びせる。
「♢♢桂子さん、お願い。静子のこの浅ましい姿を見ていて頂戴」
桂子が千代のいうことに抗らえば、この後、自分に加えられる恐ろしい責めを、桂子も享受させられることになるのだと思うと、夫人は、必死な思いで声をかけるのだ。
夫人の頼むような調子に、桂子が泣き濡れた瞳を開くと、千代は満足げにうなずいて再び、いたぶりを開始する。
夫人の生々しい呻きと、切れ切れに上ずった涕泣とが更に高まってゆく。
「私が遠山家の女中だった頃、奥様に対し、こんな事をしてあげるようになるなんて、夢にも思わなかったわ」
千代はクスクス笑いながら、水底の柔らかい藻草をかき廻すように、夫人をいたぶり続けるのだった。
「ホホホ、いやーな奥様」
やがて、千代と交代して、和枝が夫人をいたぶり始める。熱い悦びと戦慄に、夫人は火柱のようになった全身をひきつったように慄わせながら、もう備えも構えも忘れて、女の生理のもろさを三人の悪女の巧みなリードで次から次へと晒け出して行く。
やがて、陶酔の火照りに全身汗だくとなった夫人にマイクが当てられた。続いて、おぞましい攻撃が開始される。
火のように熱い吐息と舌足らずの悲鳴を上げながら、夫人は、口惜しくも、その羞ずかしい涕泣を録音されてゆくのだ。
嵩にかかって千代が責め、和枝がぴったりとマイクを押しつけると、夫人は、鬼女達の仕事にあたかも協力を示すかの如く、美しい曲線を描く量感のある双臀を躍動させ、官能味を湛えた妖しい悩ましさを持つ太腿をくねらせて、死ぬよりつらい羞ずかしい唄を、うたいつづけなければならないのだ。
「ねえ、ねえ」
静子夫人は、何かを必死に耐えるようにカチカチ歯を噛み合わせながら、何かにとり憑かれたように激しく夫人を責めこんでいる千代に声をかけた。
「どうしたの」
千代は、攻撃の手をゆるめ、和枝と交代して立ち上ると、夫人の肩へ手をかけるようにした。
「静子、♢♢そうなの。ねえ、お願い、もう、もうこれ以上は、とても我慢出来ないわ」
静子夫人は、こみ上って来た情感の昂りに耐えられなくなったようにねっとりとした瞳を千代に注いで、次に上気した頬を甘えかかるように千代の肩へ隠れさせてゆく。
千代は、口元を歪めて、夫人の美しい繊細な横顔に見入っていたが、衝動的に夫人の両頬を手で押さえ、その花びらのような唇に押し当てた。どうして、そんな行動に出たのか千代は自分でもわからなくなったが、妖しいばかりの夫人の美貌にふと心を吸いとられたのだろう。
静子夫人は、もう完全に意志を喪失し、官能の炎に身をこがすだけの一種の軟体動物であったから、そのまま、骨のない無抵抗さで千代に口を吸われ、熱い吐息を混ぜた甘い舌を千代に吸わせるのだった。
心も溶けるような甘い感触にしばらく浸った千代は、やがて、静かに唇を離すと、ふと照れたような笑い方をして、
「もう少し、辛抱するのよ」
千代は、和枝と葉子に、夫人に対する責めを一旦、中止させた。
責めの矛先が退くと、夫人は、ふと狼狽して、
「ひ、ひどいわ。嫌、嫌っ」
と甘えかかるように鼻を鳴らし、優美な腰を悶えさせた。再び、痔みがよみがえってきたのだ。寸前に責めを中断された口惜しさ故か、柔軟な白い肩を慄わせてシクシクとすすり上げる。品よくアップに巻き上げられた黒髪の珊瑚玉の簪が夫人の嗚咽に合わせて、ブルブルと震えるのだ。口惜しくはあるが、この痒痛地獄から脱出するには、それに頼るより仕方のない静子夫人なのだ。
「この後は、これを使って頂こうと思いますのよ」
千代は、先程、夫人の眼の前にちらつかせた、紫の布をねじり合わせて作った一本の長い紐を取り出した。
千代と葉子、和枝の三人は、金で作った大小二つの鈴の音をチリチリ鳴らしつつ、夫人を取り囲み、素早く仕事にかかり出す。
臍の上下に紫の紐が固く結ばれ、それを女達が通そうとすると、夫人は、頬を真っ赤にし、眼は固く閉ざしたままだが、身体を宙に浮かすようにし、もはや痒痛には耐えられない風情で、はっきりと彼女達の仕事を受け入れるべく努力しているのだ。
「ホホホ、ぴったりね」
千代は、夫人の後ろへ廻って、キリキリ紐をたぐり上げ、腰の紐に結びつけると、さも愉快そうに夫人の周囲を和枝と葉子と廻りながら、自分達の手で行った縛りを点検するのだった。
二つの鈴によって思い知らされる、狂おしいばかりの陰密で淫靡な屈辱と錯乱。静子夫人は、痺れとも悦びともつかぬ戦慄めいた口惜しさに優美な全身を慄わせている。
「さ、振るのよ。お待ちかねの痺み止めじゃないの」
千代は、わざと邪慳に夫人の紐をきびしく喰いこませた双臀を手で叩いて、ニヤリと意地悪く笑うのだった。
「一寸待って。ね、猿轡を噛ましてみない」
押入れの中をごそごそやっていた和枝が、豆絞りの手拭を見つけ出して、千代に声をかける。
静子夫人にしてみれば、むしろ、猿轡で、顔を少しでも覆われることを望んだ。眼前に立ち縛りされている桂子に、喜悦にのたうつ自分の表情や声を監視されることが何よりも辛いのだ。
「まあ、こうすると、ますます色っぽいわ。美人は何でもよく似合うのね」
和枝は、夫人に豆絞りの手拭で猿轡をはめると、少し、離れた所に立って、しげしげと夫人の姿態を凝視する。
品よく巻かれた髪に、玄人好みの珊瑚玉の簪。ミルク色に霞んだ艶やかな首すじには麻縄が巻かれ、続いてそれは、見事な胸の隆起の上下を二巻き三巻きと緊め上げて、柔らかそうな腹部には紫の紐がかかり、それは縦縄となって、息苦しいばかりにムチムチした乳白色の二つの太腿を真一文字に割っている。そして、彫りの探い、美しい容貌の三分の一は豆絞りの猿轡で覆われたが高貴な感じの美しく緊まった鼻すじが、それで少し隠されたものの、二重瞼の黒眼勝ちのきれいな瞳が色っぽく強調されて、夫人の容貌は、ふと可憐さも含めて、妖しいまでに美しく映えるのであった。とりわけ、無残にも、縦縄をかけられて深く横を作り上げている、ムッチリとした腹部がバラ色に息づいて、眼に沁み入るように悩ましく、欲望の疼きを感じさせるのだ。
「まだ痒みは止まらないでしょ。さ、後は自分で悩みを解くのよ。大きく揺すってね」
千代はそういって、和枝達と肩を叩き合って笑いこける。
静子夫人は、鬼女達に幾度も催促され、遂に、薄く眼を閉じたまま、つつましやかな仕草でかすかに身を動かせ始めた。
「ホホホ。まあ、呆れた。桂子嬢の見ている前で、よくそんな浅ましい真似が出来るものだわ」
千代は、そんな事をいって笑いこけながらも、夫人の動作が鈍ったりすると忽ち大声で叱咤し、麻縄の切れ端をつかんで、夫人の尻を激しくぶつのであった。
一方、床柱に緊縛され、夫人の一挙一動に眼をそらすことを禁じられている桂子は、その青白く冷たく冴えた表情を歯を喰いしばるように歪めさせ、夫人の悶えを凝視している。
「如何、桂子さん、これが貴女の継母だと思うと、情けなくならない?」
千代は、涙に潤んだ悲しげな視線を夫人の方へ向けている桂子にそんな事をいって、クスクス笑いながら、再び、女三人の貪るような視線を堪えつつ、全身を揺すりつづける夫人に対した。
「もっとしっかり、振るのよっ」
と、麻縄の切れ端で、夫人の背や尻をぶちつづけるのだ。
静子夫人の全身は湯気が立つばかりにギラギラ汗ばみ、豆絞りの猿轡の中で、夫人は、切れ切れの繊細なすすり泣きの声を上げつづける。やがて夫人は、欲望の疼きに心も胸もどろどろに溶かされて、もう押さえもきかず夢中になつてゆくのだった。
心をそそり立てるような優雅な線を描くと双臀は、大胆な躍動を見せ始め、夫人は、もう堪え切れなくなったように、美しい眉を八の字に寄せ、ぐっと削いだように顔を仰向かせた。
夫人が限界に近づいたことを感知した三人の鬼女は面白そうに周囲から夫人の火柱のようになった肉体にまといついた。
胸の見事な隆起の頂点にある蕾や、ねっとりと脂汗を浮かせた優美な肌を鬼女達がまさぐり始める。
夫人は、獣の咆哮に似た生々しい声を猿轡の中で上げ、狂気したように激しく首を左右に打ち振った。そうした断末魔のあがきを演じたあと、夫人は、自失したようにがっくりとなり、深々と首を垂れてしまう。
「ホホホ、とうとう私達三人の軍門に下ったというわけね」
三人の鬼女は、ふと好奇心にかられて、その場に身を沈めた。縦縄を挟んで、ぴったりと閉じ合わせた優美で官能美せをえた下肢は、濃厚な体臭を発しながら、ひくひくと痙攣し、あからさまに最後の美酒を、口惜しくも元女中の千代を初め、三人の悪女の視線の前に晒け出している。
千代は、してやったりとばかりに口元を歪めて、しばらくそのままうまそうに煙草を吸っていたが、ゆっくりと立ち上って、ぐったりと首を垂れている夫人の肩に手を廻した。
「ホホホ、嫌な奥様。桂子さんの見ている前で、こんな♢♢でもいいわ。絶世の美女と騒がれた、元遠山家の令夫人が、元女中の眼の前で、こんな、ホホホ」
千代は、狂気めいた笑いを飛ばしながら、身も世もあらず顔を横へ伏せている夫人の顎に手をかけ、夫人の顔を自分の方へ向けさせるのだった。
猿轡で、高貴な美しい鼻すじまで覆われている静子夫人は、情感をねっとり浮かべた翳の深い、にじんだような瞳の中に、さも羞ずかしげな、もの哀しげな色を湛えつつ、じっと千代を見つめ、そっと切なげに眼を軽く閉じ合わせるのだった。そのやり切れないばかりの憂愁を帯びたぞっとするばかりの夫人の美しい容貌に、千代は、ふと目眩さえ起こりそうになる。
そうした思いは、少し離れた所に立って、このすさまじい光景を凝視していた二人のシスターボーイも同じであった。全身、官能の疼きでくたくたになり、と同時に、静子夫人の美貌と伸びのある優美な肉体に魅せられ、ふと、犯し難い気高さのようなものさえ感じて、これから、千代の命令通り、この美女の菊の花の個所に、そうした調教を施してよいものやら、といった自責の念にかられ出したのだ。
静子夫人は、そのままの姿態で、探い陶酔の余韻に浸りながら、バラ色に染まった頬をさも羞ずかしげに伏せて、絹紙をふるわせるようにシクシクとすすり上げていたが、
「如何が、痒みはとれたの、奥様」
と、和枝が夫人の伏せた顔をのぞきこむようにして、からかうと、夫人は、すすり上げつつ、消え入るようにうなずいて見せるのである。
「じゃ、これで奥様の唄の余興も、たっぷりテープにとらせて頂いたし、私達の仕事は、これでひとまず終わりってところね」
千代は、そういって二人のシスターボーイの方を向いた。
「後は、あんた達の仕事よ」
そういうと、和枝や葉子達と一緒に夫人の縦縄を解き始める。
「まあ、凄いわ。どう、これ」
「これで、元、大財閥の御令室様だなんて、あきれてものがいえないわ」
三人の鬼女達は口々にそんな事をいいながら、ようやく二つの鈴を外し、夫人の口を固く覆った豆絞りの猿轡を取った。
「何から何までみんなこちら任せで、気楽なものね。さ、お掃除したげるわ」
懐から、チリ紙を出した千代が身をかがめたが、夫人は、不明瞭な意識で何か遠い幻でも見つめるような物悲しげな瞳を前方に向けたまま、微動もせず、千代の行為を甘受しているのだ。
「毎日、こんなすばらしい思いに浸ることが出来て、ほんとに奥様って幸せよね。もう奥様はこの屋敷から一生世間へ出ることは出来ない運命だけれど、むしろ、それが嬉しいんじゃない」
千代は、そんな事を楽しげに口にしながら丹念に後始末をすますと、再び、シスターボーイの方を見て、
「あんた達、ぼんやりしてるけれど、奥様に浣腸する支度は出来ているのね」
と念を押すのだった。
「ね、おば様、そんな状態になった奥様にすぐ浣腸なんかするの少し酷いよ。しばらく休養させてあげましょうよ」
と、夏次郎が見るに見兼ねたようにいうと千代は、きっときつい顔になった。
「何いってんのよ。私達は折檻したのじゃなく奥様のお望みによって痒み止めのお手伝いをしてあげたのよ。一寸したお遊びじゃないのさ。遊びは遊び、仕事は仕事じゃないの。かまわないからすぐ調教にかかって頂戴。三日以内にこの女へ、中国の秘法を伝授しないと、あんた達、大変な損をすることになるのよ」
この千代という女は、あきらかに頭が狂っていると、夏次郎も春太郎も、それではっきり悟ったが、千代は更に、ふと何かに気づいたように淫靡な微笑を口元に浮かべて、ぐったりと萎えたよう首を垂れている静子夫人に眼を向けるのだった。
「さっき、三杯もお酒を飲んだので大分溜っちゃったんでしょ。いいわ、面倒だけれど、させてあげる」
そして、千代は、春太郎に、
「おまるを持って来てよ」
と命じたのだ。
春太郎と夏次郎がバラの模様を描いたピンク色の女児用の便器を持ってやって来、千代に命じられるまま、それを立ち縛りにされる夫人の前に立てる。
「そら、桂子さん、よく見ているのよ。ママさんが立ったまま、上手におまるを使って見せてくれるわよ」
千代は、思わすはっと顔をそらせた桂子の顎に手をかけ、強引に顔を正面にこじ上げさせると、次に夫人に向かって口を開いた。
「さ、奥様、桂子さんに見本を示して頂戴。鬼源さんに教わったようにしっかり肢を開いて外へ洩らさないようお願いするわね」
静子夫人の左右に腰をかがめ、二人がかりで便器を持ち添えるようにしながら、夫人に当てがっていた春太郎と夏次郎は、ほんのりと淡い翳を作っている、幻想的な柔らかなふくらみをムズムズした思いで凝視しながらいった。
「さ、奥様、ぐずぐずすると桂子さんまでとばっちりを喰うことになるわ。さ、勇気を出して♢♢」
静子夫人は、そうシスターボーイに催促されると、世にも哀しげに眼を閉ざし、わなわな慄える美しい頬に大粒の涙をぼたぼた流しながら、血でも吐くような思いで、割ったのである。
そして、大きく喘ぎつつ、夫人は狂おしいばかりの昂った声で、
「♢♢桂子さん。お願い、静子を、静子を笑わないで!」
それと同時に、全身を攣らせたように弓反りにし、夫人の身体からは水しぶきが♢♢。
千代、和枝、葉子の三人は、手を叩いて笑いこける。
夫人は、息の根も止まるような屈辱の戦慄に身悶えし、優雅な哀泣を発して、鬼女達とシスターボーイの貧るような視線に耐えつつ最後の一滴までそのまま放出し終わったが、同時にスーと気が遠くなりかけた。
「さ、早く次の間へ運んで、調教して頂戴」
千代は、胸のつかえがおりたとでもいったサバサバした顔つきで、シスターボーイにいった。
春太郎と夏次郎は、夫人のものが入った可愛い小児用の便器をさも大事なものを扱うように手にし、ビールの空瓶の中へ流しこんだ。検尿用に瓶詰にするように千代に命令されたからである。
そして、夫人を縛った麻縄の縄尻は天井のロープから春太郎の手で解かれたが、夫人はもう自分では立つ気力も喪失したように、フラフラとその場へ膝頭をついてしまう。
「しっかりするのよ。奥様。さ、立って」
シスターボーイ二人は、夫人の優美な肩や背に手をかけて、無理やりに立ち上らせた。
千代と和枝が、先に立って、襖を開けるとそこには、すでに夫人を浣腸するための支度が出来上っている。
円卓の上に布団が敷かれ、その上には、ビニールカバー。そして、丁度、その真上には不気味な二本の皮紐が、かなりの間隔をおいて垂れ下がり、ゆらゆら揺れているのだ。
生贅はその円卓の上に乗せられ、天井より垂れ下がる二本の皮紐につながれるのだと、それは千代や和枝達にもわかった。
「さ、奥様のためにすっかり用意は出来てるのよ。ぐずぐずせず、早くいらっしゃい」
千代は、笑って、二人のシスターボーイに身体を支えられ、辛うじてその前に立っているような静子夫人を手招きする。
静子夫人は、そのおぞましい舞台を眼にすると、さっと顔を伏せ、切なげに身を振りながら、声をひそめてすすり上げるのだった。
「あら、どうしたの」
と、千代はとぼけた声を出し、
「奥様は浣腸はどうも苦手のようね。でも、これから教わる技術のためには、どうしてもこれをしないとまずいのよ。そうだわね、春太郎さん」
静子夫人は春太郎と夏次郎の二人に背中を抱かれるようにして、量感のある双臀をかすかに動かしつつ、更に円卓の前へ押し進められたが、急に耐えられなくなったように身を顫わせながらその場に腰を落とし、円卓の隅に額を押し当て、シクシク泣きじゃくるのだった。
そんな夫人を打ち捨てたまま、春太郎は、布団の中央に大きな枕を配置し、夏次郎は太いガラス製の浣腸器、脱脂綿、合成樹脂で出来た便器などを、何か展示会でもするように卓の横に配列させる。
「この上に乗っけて下さいね、奥様。何しろ、中国の秘法を伝授するんだから、そこの所はまずお夏と二人でくわしく調べさせて頂くわ」
そういうと、春太郎は、強引な調子で、再び、夫人の肩に手をかけ、抱き起こした。
「♢♢ああ、怖い、怖いんです」
静子夫人は、悲しげに、消極的な身悶えをなよなよとくり返したが、
「心配しなくていいのよ。私達は、こう見えてもその道にかけちゃあベテランなのよ。うんと奥様に楽しい思いをさせてあげながら、鍛えてあげるわ。まあ任せてよ。きっと浣腸されるのが待ち遠しくて、うずうずするようになるのよ」
さ、台の上に乗って頂戴、と、夏次郎も手を差し伸べて、おびえきっている夫人を台の上へ押し上げた。
千代も和枝も葉子も、キャッキャッとはしゃぎながらそれを手伝って、きびしく後手に緊縛されたままの夫人を台の上へ乗せるのだった。
素早く春太郎の手で、豊満な夫人の双臀の下あたりに枕がはめこまれると、夫人は、
「ああ、そ、そんな」
と甘えかかるように鼻を鳴らし、身を捩った。
「さ、もうすっかり観念することね」
千代と和枝は、まるで、ふざけ合うような調子で、左右から、からめ取るようにした。台の上に立ち上り、二本の皮紐をたぐり寄せながら、夏次郎が、
「駄目、駄目、もっと大きく開かせなきゃ、足首に紐が届かないわ」
それを聞いて、力をこめ、更に千代と和枝は引き裂いて行く。
「あっ」
と夫人は絹を裂くような声を上げ、
「♢♢ひ、ひどいわ。そ、そんな、ねえ、お願い」
「駄目よ。元遠山夫人の貫禄を示して頂戴」
鬼女達は、吹き出しながら、シスターボーイと一緒に夫人の足首を皮紐に縛った。
「やれやれ、一汗かいちゃったわ」
千代達は、額の汗をハンカチで拭いながら円卓から降りる。
夫人は、程よく脂肪の乗った美しい両肢を、皮紐に吊られ、天に向かって突き上げているのだ。
悪魔達の飽くことを知らぬいたぶりに夫人は台の上に乗せられた双臀をくねらせながら、号泣する。
「いよいよこれからは、あんた達の仕事ね。しっかりやって頂戴」
千代は、春太郎に、そういって、ふと、夫人の姿態に眼をやったが、まあ、と口を押さえて吹き出した。夫人の羞恥は、もう包みも隠しもならず、堂々とばかりにはっきりと二人の好奇な眼の前にさらされている。
「ホホホ、いくら美人でも、こんなにこれ見よがしにされては、二の句が継げないわ」
和枝も葉子も、わざとらしく呆れ返ったような顔をし、大仰な身振りで面白がるのだ。
一時の興奮がおさまった静子夫人は、もう泣くのもやめ、しっとり涙をにじませた翳の深い眼をかすかに閉ざして、悪魔達のそれに対する射るような視線を甘受している。
「それじゃ奥様、これから、シスターボーイさんの調教をしっかり受けて、三日の間に、その中国の秘法というのを、身につけるのよ。いいわね」
千代は、そういって、和枝達をうながし、部屋を出て行った。
第六十二章 新しい触手
義兄弟
瞼がむず痒くなる程の、ねっとりとした官能味を湛えた乳白色の足首にかけられた皮紐に吊られて、宙に吊り上げられている。羞ずかしいその二つを二人のシスターボーイの貪るような視線の前にあからさまに曝しながら、静子夫人は、もうすっかり観念したように静かに瞼を閉じ合わせているのだ。
春太郎と夏次郎は、ほのかな香気さえ感じられる夫人の、凍りついたような美しい横顔や艶々しい黒髪、何から何までが、気品に満ちた官能美というか、完成されきった肉体の一つ一つの部分を二人で憑かれたようにしばらく見とれていた。
「いくら見ていたって、きりがないわ。さ、始めようよ、お夏」
春太郎は、吸っていた煙草の火を消すと、溶液をたっぷり吸いこませた浣腸器を取り上げた。
「ね、お春」
夏次郎が、夫人の下半身の方へ身体を運び始めた春太郎に声をかける。
「こんな美しい奥様に♢♢私、何だか気がとがめるわ」
「また、そんな事いってる。千代夫人からのご褒美は、五十万からする宝石なのよ。わかってるの? それともあんた、そんなものはいらないっていうのかよ」
春太郎は不快な顔つきで、ためらう夏次郎を睨んだ。
「だってさ、千代夫人は確かに少し狂っているわよ。あの芸当を身につけるにゃ刺青を肌に彫りこむより苦しいっていうじゃない。それなのに、何を好き好んで、元はといえば大財閥の令夫人に仕込まなきゃならないのさ。無意味な事したって仕様がないと思うんだよ」
静子夫人の高貴で優雅な顔を見ているうち、夏次郎は、チクチク胸の痛みを感じ出したのだろう。そんな風にいって、この仕事には気乗りのせぬといった風に椅子に坐りこんでしまうのだった。
春太郎は舌打ちした。
「ふん。やる気がないならいいよ。私一人でこの奥様を調教するからね。その代り、褒美が出りゃ、私が一人占めにするよ。文句はいわせないからね」
春太郎は、そういって、夏次郎を睨みつけていた眼を、台の上に乗っかっている夫人の量感のある身に転じた。
「まあ、フフフ、何て可愛いんでしょ。これ」
春太郎は、羞じらいを見せてぴっちり締まっているような秘められた可憐な菊花にしばらく眼を注いでから始めたのである。
薄く眼を閉ざしていた静子夫人の、繊細で柔媚な頬の線に、みるみる上気の色が浮かび上る。
「♢♢ああ、嫌」
静子夫人は、すぐ傍の椅子に坐る夏次郎の方へ、救いでも求めるように、涙を含めたしっとりと翳のある瞳を向け、そして、すぐにそれも切なげに閉じ合わせると、
「ああ、ひ、ひどいわ。そんな♢♢」
切なげな夫人の吐息を聞き、身悶えを眼にした夏次郎は、耐え切れない思いで椅子から腰を上げた時、いきなり襖が開いて、川田と鬼源が、いい機嫌に酔っぱらい、肩を組み合うようにして、フラフラしながら入って来たのである。
「よう、やってるね」
川田は、春太郎の露骨な攻撃を受けて狂おしげに皮紐に吊られている夫人を見、声を上げて笑った。
「あら、ここは立入禁止地区よ」
気もそぞろになって夫人のそれをいたぶっていた春太郎は、突然の闖入者に不快な表情をして指を引き、
「千代夫人に頼まれてこの美人奥様の調教にかかっているのですからね。邪魔してほしくないわ」
と、怒った顔を見せたが、
「ま、そう固い事いうな」
と川田は手を上げて笑い、鬼源と二人でその場に腰を据えると、持って来た一升瓶を互いに突き出し合い、鼻唄まじりで酒を飲み出すのであった。
いよいよ関西の岩崎親分が今夜ここを出発することとなり、そのお別れパーティがあってこんなに酔っ払ったのだと川田と鬼源はシスターボーイに話して、
「とにかく、こんな美人の揃ったすばらしいショーを見たのは初めてだと、親分は大変なお喜びだ。また、来月、ここへ来るから、充分楽しませてほしいとおっしゃったぜ」
これで俺の責任は果たせたわけだと鬼源は顔中皺だらけにくずし、さもうまそうに茶碗酒を飲むのだった。
酔っ払い特有のデレデレした弥次馬性と冷かし気分から、ここへなだれ込んで来たのだろうと春太郎と夏次郎は顔をしかめていたが、川田と鬼源は、
「一寸、この美しい奥様に用があって来たんだよ」
と二、三杯冷酒をひっかけたところで、どっこいしょ、と腰を上げたのである。
心をそそり立てるばかりの優美な線を高々と吊り上げられている夫人の傍へフラフラ近づいた鬼源と川田は、
「フフフ、中国の秘法を仕込まれるとは、とんだ目に合ったもんだな。お前さんはどう思っているか知らねえが、こいつは一寸やそっとでマスター出来るものじゃねえ。何しろ、密輸品を隠せるだけのものに仕上げるんだ。途中で猿のケツみてえに真っ赤に腫れ上ることだってある」
などと鬼源がいい出したので、春太郎は口をとがらせ、
「駄目じゃない。いまからそんな事いっておどかしちゃ。こっちの調教がやり難くなるわよ」
といったが、急に鬼源は残忍な眼つきになって、
「うるせえな。手前は少し黙ってろ」
と怒鳴りつけた。その一喝に春太郎は縮み上ってしまう。
次に川田が、静子夫人の赤味を帯びた美しい頬に口を寄せるようにして、
「こんな調教を受けるのが嫌なら、俺から千代夫人に頼んで中止させてやってもいいんだぜ。もっともお前さんの心掛けによりけりだがね」
川田がニタニタ笑いながら、くすぐるようにいうと、夫人は、翳の深い哀願的な眼差しを川田に向けた。
「お願いです、川田さん。こんな恐ろしい調教に私、耐え抜く気力はありません。後生です。千代さんにお願いして。ね、川田さん」
静子夫人は、唇を慄わせながらいうと、顔をそむけて、シクシク鳴咽し始めた。
「その条件は簡単だ。ちっとばかり俺達の仕事に協力してくれりゃいい」
川田は、そういうと、チラと鬼源の方を向いて北叟笑む。
「な、奥さん。おめえ、千原美沙江というお嬢さんを知ってるだろう。そら、生花千原流の家元の娘だ」
千原美沙江は昔、静子夫人が師事した京都の家元、千原元康の娘で、東京に生花の会があり父親の代理として上京して来た時は、いっも遠山家を宿所に決めている程、静子夫人とは親しい間柄であった。日本的な代表美人として女性雑誌のグラビアを飾ったこともあるが、本人はそうしたマスコミに載るのを極度に嫌い、生花一途に打ち込む温良な京都娘である。
「そのお嬢さんが今、生花の会でな、この東京に女中二人をお供に連れて、出て来ているんだ」
静子夫人が謎の失踪をとげてからというものは、美沙江は如何にも深窓の処女らしく何日も自室に閉じ籠ったまま泣きの涙で過ごした。
と川田は、どうしてそんな事まで知っているのか、見てきたような調子で、静子夫人に話して聞かせるのだ。
「明日、生花会館で、お嬢さんは自作の発表会をやるそうだが、そこへ奥さんから一声、電話をかけて貰いてえんだよ」
そう川田にいわれた静子夫人は、何かぞっとしたものを覚えた。
「な、何と電話すればいいのです」
静子夫人がふとおびえた眼になって川田を見上げると、
「なーに、簡単な事さ」
と川田は舌で唇をしめしながら、
「至急に逢いたいから、使いに来た者の車に乗って欲しい。ただこれだけでいいんだよ。奥さんの声を聞きゃあ、向こうじゃ懐かしさに胸が慄える思いだろうさ。何の疑いもなく俺達の車に乗り、まんまと罠にかかる。ま、ごういう事さ」
静子夫人の顔は恐怖にひきつったようになった。川田達の考えていることは、やっぱりそうだったのか、夫人は一瞬、キラリと眼に憤怒の色を浮かべ、固く瞼を閉じ合わせるのである。
「よッ、どうなんだよ。黙っていちゃわからねえ。電話をかけてくれるんだろうな。千原美沙江に♢♢」
川田はそういって、夫人の数本の麻縄で緊め上げられている豊かな胸部を指先ではじくのである。
「♢♢何のために家元のお嬢さんを誘拐するのです」
静子夫人は、かたく眼を閉ざしたまま、唇を慄わせた。
「つまりよ」
川田は煙草を口にして、ゆっくり火をつけながらいった。
「千原流の後を継ぐのは一人娘の美沙江だ。親父の方は何年か前から病気で、もう再起は不能だといわれている。もし、美沙江が今、この世から蒸発してしまったとすれば、自然に千原流は断絶も同然ってえわけさ。代って擡頭してくるのは、湖月流の大塚順子ということになる」
川田は、楽しそうにそういってから、
「はっきりいえば、俺は大塚順子にかなりの手数料を約束されて、この仕事を頼まれたってわけだ。千原美沙江をこの世から消してくれとな」
つづいて鬼源が酒臭い息を静子夫人に吐きかけつつ、
「どうせ消すなら、こっちへ頂こうじゃねえかと俺が提案したのさ。何しろ、そのお嬢さんってのは凄い美人だ。俺はこれを見て驚いたよ」
鬼源は懐から婦人雑誌を取り出して、ペラペラめくり、グラビア頁の一つを静子夫人の眼の前へ押しつけた。
それは、日本の美女と題された一頁で、海の見える松並木をバックに正月の晴れ着姿で立つ千原美沙江の写真であった。白地に緑色をぼかした紋綸子に大きく染めあげた若松、それに千羽鶴の袋帯をしめた晴れ着姿の美沙江は、ふと女優の三田佳子にも似て、水もしたたる美女という形容びったりだったが、静子夫人が、川田と鬼源の要求をはっきりと拒絶すると、
「何だと」
鬼源は急にむっとして眉を曇らせ、手にした雑誌で、夫人の横面を力一杯、ひっぱたいた。
それでも静子夫人は、泣きながら頑強に拒否するのである。
「静子は、静子は、もうどうなってもかまいません。ですけど、お願い、家元のお嬢さんを誘拐するなんて、そんな、そんな恐ろしい事はやめてっ」
静子夫人は、大恩のある千原元康の令嬢を悪魔達が、狙い出したと知って取り乱し、
「もうこれ以上、罪もない人を地獄に落とさないで、後生です」
と、大粒の涙で頬を濡らしつつ哀願するのだった。
「どうしたの」
後ろで声がし、川田が振り向くと、シスターボーイに静子夫人の事を任し、部屋を出て行った千代が、再び葉子と和枝を家来みたいに従えて顔をのぞかせているのである。
「千原美沙江に電話するのは嫌だというのね」
千代は、川田や鬼源の計画にも一枚加わっているらしく、冷やかな口元を歪めてそういうと、
「一寸、こっちへいらっしゃいよ」
と、川田と鬼源を部屋の隅へ呼び寄せる。
「別に静子に電話させなくたって、千原美沙江をここへおびき出すことは出来るわよ。今、湖月流の大塚女史から電話があってね、美沙江附添いの女中二人をうまく買収したといって来たわ」
千代は、台の上に固定され、すすり上げている夫人の耳に聞こえないように川田に小声で教えるのだった。
最初、湖月流の代表者、大塚順子から、美沙江という千原流家元の娘を何とかこめ世から抹殺する方法はないものかと半分冗談まじりで相談を受けたのは千代であった。大塚順子は、元はといえば外人相手のオンリーをしていたこともあり♢♢その頃、千代と知り合ったのだが♢♢三十過ぎてから心機一転、前衛派の花道にいそしむようになり、独立して現在の地位を築き上げたのである。
しかし時折、発表会など企画するものの、やはりテレビや週刊誌などに、大きく取り上げられるようになった千原流の人気には勝てず、弟子達も次から次に前衛花道を見限り、千原流の方へ走って行くようになった。千原流花道の人気は何といっても美貌の美沙江であった。
それで、あの娘さえ突発事故でも起こってこの世から消えてしまえば、後は湖月流の天下なのだがと大塚順子は愚痴っぽく千代に語ったことがあり、千代はそれを川田にそれとなく話したところ、よし、俺に任せてみないか、その代り、手数料はたっぷり頂くぜ、と如何にも成算があるといった顔をして、この仕事を請負ったのである。
女中を買収したとはどういう事だ、と川田が聞くと、美沙江に附添って来た女中二人は関西地方の田舎の娘で、都会に強い憧れを持っている。深夜喫茶かゴーゴー酒場などで遊び呆けるだけの小遣いを毎月保証してやれば、主人を裏切ることぐらい屁とも思っちゃいない現代的田舎娘で、明日の朝、静子夫人から電話があったと彼女達は美沙江を騙し、生花会場へ出かける前の美沙江をここへ連れこむ手筈になっている、と千代は説明するのであった。
「そうか。そこまで段取りが出来ているとなりゃ楽なもんだ」
と川田は笑いかけ、それが台の上に乗っている静子夫人に聞こえはせぬかと、あわてて手で口を押さえるのだった。
鬼源も夫人の方に気を遣いながら、小声で千代にいう。
「すると、つまり、明日の朝は、すばらしい京美人が一人、入荷するってわけですな」
今にも涎でも流しそうな鬼源と川田の顔を千代は面白そうに見ながら、
「そう。私が女中をしていた頃、そのお嬢さん、何度か静子夫人を訪ねて遠山家に来たことがあるわ。たしかに日本的なお人形のように美しいお嬢さんよ。ところが生花の事しか世の中の事はわからないといった全くの箱入娘なの」
宝石商会の令嬢、村瀬小夜子が洋装の似合う近代的美人とするなれば、千原流の家元の令嬢、千原美沙打は和装の似合う古風で純日本的な美人だと千代は得意になって説明するのだった。また、美沙江は自宅にある時は更紗小紋、絣、紬、外出する時は色大島という風に和服しか着ないので有名だったし、またそれが如何にも家元の娘らしく、彼女の美貌と人柄にもぴったりマッチするのであった。
そんな風に生花に使う草花より重いものは持ったことのない初心なお嬢さんだから、最初から手荒な事をすると、気を失ってしまうかも知れないから、と千代は鬼源に微笑を見せていう。
「今夜、湖月流の大塚さんがここへ来るから、そのお嬢さんを誘拐した一場合、どういう風に扱うか、田代社長を挟んでよく相談してみるわ」
そして千代は、いたずらっぽい眼つきをして鬼源と川田を見て、
「そこでもし、家元の令嬢をこの屋敷にいる女達と同様、調教し、ショーのスターに仕上げるということになれば、お二人に調教料としてたっぷり差し上げるわ。それだけの値打ちは十分あると思うのよ。何しろ相手は、世間知らずの初心な、二十になったばかりの御令嬢。勿論、処女。ものにするにゃ並大抵の事じゃないと思うからね。まず調教なんて無理な話よ」
そういった千代は、ふと、視線を静子夫人の方に向け、再び、声を低めて、鬼源と川田にいった。
「この事は、静子には内緒よ。明日、美沙江がこっちの網にかかった時、どんな顔するかそれが楽しみだもの」
よし、わかった、と川田はニヤニヤして、
「シスターボーイが中国の秘法をこれから静子に教えるらしいが、その前に一寸、鬼源と俺とで静子を楽しませてもらいてえんだ。何しろ、ここんところ、女の裸にゃ見なれているが、そのものズバリはとんと御無沙汰してるんだよ。頭が重くてどうもいけねえ」
千代は、その意味がわかって、クスクス笑いながら、
「ああ、いいとも。うんと楽しんだらいいじゃない。その代り、終わったら、すぐにシスターボーイに仕事させなきゃ困るよ。私しゃそれも楽しみにしてるんだからから。
千代はそういって、さっきから眼をパチパチさせてつっ立っている春太郎と夏次郎を手招きして自分の所へ呼んだ。
「これから、この二人が一寸、静子夫人とお遊びになるそうなんだよ。それがすめば、すぐあんた達に仕事をしてもらうからね。隣の部屋でお茶でも飲んで待っていて頂戴よ」
何だかわけのわからないような顔つきで、春太郎と夏次郎が襖を開けて出て行き、
「じゃごゆっくり」と千代が含み笑いしながら、川田の肩を叩いて和枝達と出て行くと、川田と鬼源は、何か小声でヒソヒソ話し合い、愉快そうに口を歪めて、ゆっくりと台上の静子夫人に近づいた。
「安心しな。千原美沙江誘拐計画は取り止めることにしたぜ」
川田が夫人の美しい頬を指でつつき、そういうと、夫人は、軽く瞑目していた瞼をふっと開き、涙で濡れた抒情的な瞳を川田に向けた。
「は、本当ですか」
「ああ、ほんとだとも、これだけスターが揃っているのだ。今更、千原流家元の娘を誘拐してまで骨折ることはねえものな」
川田がそういうと鬼源も続いて、
「それから今、千代夫人に頼んで中国の秘法をおめえに教えこむのは中止してもらってやったぜ。何もそこまでおめえを無茶苦茶にすることはねえものな」
それを聞くと静子夫人は、切長の眼尻から一筋二筋、涙を滴らせて、救われた悦びにふと胸がこみ上って来たのか、シクシクと顔を伏せて泣き出した。
「どうでい。これでほっとしたろう」
川田が、ちらと鬼源の顔を見て片眼をつぶり、静子夫人にいうと、
「♢♢恩に、恩に着ますわ、川田さん」
夫人は、泣き濡れた顔に感謝の—笑みを強いて浮かべ、川田を見上げるのだった。
「その恩返しを早速お願いしたいんだよ」
川田はニヤニヤしながら夫人に顔を押しつけるようにして、
「美沙子嬢の誘拐は取消し、千代に頼んで恐ろしい調教から解放してやったんだ。それというのも自分はどうなってもかまわない、家元のお嬢さんを助けてという奥さんの気持に鬼源と俺は打たれたからなんだぜ。だから、これから俺達二人が奥さんに何をしようと、そっちじゃ文句がいえない筈だ」
そうした陰険ないい方をする川田であったが、静子夫人は、それは元より覚悟の上だったのであろう。優雅な顔の眉のあたりにふと暗さを浮かべながらも、はっきりとうなずくのであった。
しかし、更に川田から、女の肉体を媒介として川田と鬼源が兄弟の契りを結ぶのだと聞かされると、夫人は思わずはっとしたように川田の視線から眼をそらし、象牙色の美しい頬をみるみるうちに朱に染めてゆく。
それだけではなく、川田と鬼源の夫人に対す要求は酸鼻なものであった。一人ずつではなく同時に二人を楽しませる—最初その意味がわからず、夫人は恐ろしさにただ身を固くしているだけだったが、
「なーに、別に難しくはないさ。この可愛らしい花のような唇とこことを同時に使えばいいんだよ」
そういって川田は楽しそうに鬼源を相手にジャンケンをやり始めた。
「よし決まった。じゃ、最初は俺が上、鬼源が下だ」
川田は、そういって声をたてて笑った。
「どうしたい。いやに浮かぬ顔をしてるじゃないか」
川田は、冷たい台板に頬を押し当てるようにし、アップに巻かれた黒髪と、珊瑚の簪を震わせて鳴咽しつづける夫人の顎に手をかけた。
「俺達に恩返しするのが、嫌になったというのか」
急に川田が凄むんで見せると、静子夫人は、涙を滲ませた睫をしばたたかせ、哀しげに首を横に振って見せるのだった。
「そんなら、いつまでもメソメソするんじゃねえ」
鬼源は、ふと、夫人の優美な両肢を見て、
「これじゃ振り難いだろう」
と台の上へ乗って皮紐を解き、自由にさせ、再び、台を飛び降りると、隣の部屋から手頃な大きさの果物を二本持って戻って来た。
「どうもこういう事になると自分が楽しむってことより、調教って風に考えちまうんだ。困った性分だよ」
鬼源はそういって笑いながら、
「三人を相手にしなきゃならねえ時は、これからいくらだってある。少し、そのコツを教えておかなきゃな」
鬼源と川田は、上下二手に別れて、まず夫人の緊張をときほぐしにかかった。次第に情感を引き出された夫人は、もどかしげな身悶えを段々と露にし、半開きになった口から熱い吐息を吐きつづける。
「♢♢ねえ、か、川田さん」
「なんだね?」
静子夫人は、上ずった声で、
「千原家のお嬢さんだけは、ね、お願い、お願い。ですわ。私達と同じような運命に引き込まないで♢♢後生よ、川田さん」
「ああ、わかったよ。すべて奥さんの心掛け一つさ。鬼源と俺とをたっぷり楽しませてくれりゃな」
「それさえお約束して下さるのなら。静子、ああ、静子はもうどんな目に合ってもかまいませんわ」
静子夫人は、そう呻くようにいう。
川田の唇が近づいた。
濡絹のような甘い夫人の舌を吸いながら、川田がふと鬼源の方に眼を転じると、夫人は自分の覚悟の程をはっきり示すかのようであった。
それを見た川田は、せせら笑うようにしながら、果物の先端だけを喰いちぎって、それを夫人の口元へ近づけた。
「本番に入る前に少し練習しなきゃね。さ、これを本物だと思って……そら、アーンとお口を開けて」
すると夫人は、情感的なねっとりした瞳を川田に注ぎ、小さな笑窪を作って柔らかい微笑を浮かべると、そっと眼を閉ぎし、同時にさも羞ずかしげに小さく口を開けるのだった。
夫人がそれを深く口に含んだと見た鬼源は、
「そのままじっとしていたって駄目じゃないか。“の”の字でも描くように大きく動かしてみろ」
夫人がゆるやかに弧を描き始めると再び鬼源が叱咤した。
「下にばかり気をとられて、上の方が留守じゃないか。上と下を上手に使って、タイミングを合わせるように工夫するんだ」
夫人は、得体の知れない魔風に巻き込まれたように、やがて鬼源と川田に命令され、強制されるまま、脂汗を浮かべた全身を大きく躍動させ始めた。
「よし、それ位でいいだろう。コツはわかったろうな」
鬼源と川田は、互いに責めの矛先を夫人から引き揚げるとはっとしたように額の汗を拭い、
「さて、本番といくか」
鬼源は、上気して波打たせている静子夫人を頼もしげに眺めながら、クルクルと赤褌を解き始めた。
第六十三章 号泣の同志
愛の媒介
川田と鬼源は、面白そうに笑い合った。
「さすが捨太郎の師匠だけあって奴に負けず劣らずの堂々としたもんじゃねえか」
と川田が鬼源をほめれば、鬼源もまた、
「その昔、玉ころがしをやってただけあり、そっちの方もなかなかの逸物だ。そいつで随分と女を泣かしてきたんだろ」
と、二ヤニヤ口元を歪めるのだ。
さて、と二人は、台に乗る美しい生魚の方へ眼を転じた。
この行為を演じねばならぬため、皮紐を解かれて自由を与えられていたが、夫人は、何時の間にかつつましくぴったり閉じ合わせ、静かに瞑目し、暴虐の開始されるのを鋭念して待っている風であった。
そんな静子夫人のねっとりとした乳白色の皮膚と優美で官能的な曲線を鬼源は、しばらく眼を締めて眺めるのだった。それは、ほのかな翳を作って息づきつつ、大胆に誘いかけるように鬼源の眼に滲み入るのである。
「大家の令夫人であったおめえが色々な珍芸を覚えて、客人に喝釆を受けることになったんだ。これゃ調教師である俺のおかげだってことはわかってるだろうな」
鬼源は、仰臥している夫人を指ではじいていった。
「俺はいうなればおめえの先生だ。その先生がここしばらく女を抱いちゃいねえんで、妙に身体の調子がおかしいんだよ。そういう俺の悩みは、弟子のおめえが解決するのが当然だろう。え、そう思わねえか」
鬼源が更にそういうと今度は川田が、
「俺の御恩も忘れてもらっちゃ困るぜ。上流社会の空気しか知らねえおめえを最低社会の実演ストリッパーに転向させてやったんだからな。俺をたっぷり楽しませたって罰は当たらねえ筈だ」
川田は、そういうと、
「ただし、こいつはおめえの新しい旦那、捨太郎には内緒だ。馬鹿でも、一人前に嫉妬は妬くそうだからな」
と笑い、
「俺達も、おめえがここで俺達二人を相手に浮気したってことは奴には黙っておいてやるぜ」
そういった川田は、畳の上に置いてあるシスターボーイの化粧箱を取り上げ、中から口紅を取り出した。
「俺を楽しませてくれるその唇に少し化粧しておこう。少し、濃い目に塗った方がいいだろうな」
川田が口紅を持って、静子夫人の顎に手をかけると、夫人はすっかり観念したように軽く瞑目したまま冷たく冴えた美しい顔を川田の方へ向け、心持ち唇を突き出すようにして川田の手で口紅をひかれている。
そんな光景を、鬼源はいかにも楽しそうに眺めながら、
「俺と川田兄貴は、今後とも協力しあって仕事をしていかなきゃならねえ。そのため、ここで天下の美女を中に挟んでしっかりと兄弟の契りを結ぶんだ。そのつもりで、おめえもうんとサービスするんだぜ」
と、夫人にいい、いよいよ本格的な行動に入るための準備工作を再び開始し始めたのである。
「さて」と、夫人の唇に口紅を濃くひいた川田は、鬼源の方をチラと見て、身体を台の上へ乗せかけようとした。続いて鬼源も、片足を台にかけたが、
「待、待って、♢♢」
急に静子夫人は、上気した線の綺麗な頬を哀しげにそよがせて、口を開いたのだった。
「どうしたい。元、自分がこき使っていた運転手をしゃぶるなんて、プライドが許さねえってのか」
川田が怒ったようにいうと、静子夫人はすすり上げながら首を左右に振り動かせた。
「♢♢違います。静子は、もうどうなったっていいとはっきり申し上げましたわ。でも、静子をお二人で嬲りものにする前に、も一度、はっきりお約束して。千原流のお嬢さんだけは」
「また、その事かい。おめえも随分と、しつこい女だなあ」
鬼源は、わざとらしく舌打ちした。
「だって、だって♢♢」
静子夫人は、一旦は悲痛な決心をし、この野卑な男二人の贈りものになるべく観念したのだったが、そんな約束などすぐに無視してしまう彼等の卑劣さを思うと、このまま彼等の言いなりになってはならないと、ふと歯を喰いしばった気持で、弱々しさの中に一種の抵抗を示したのだった。
「−−鬼源さん、いえ、鬼源先生、お願いです。静子は、これからも一層お稽古に励みますわ。ですから後生です。世の汚れを知らない家元のお嬢さんを地獄へ突き落とすようなことだけはなさらないで下さい」
そういった静子夫人は、自分の言葉に興奮したようにわなわな頬を震わせて、切長の美しい眼尻より大粒の涙を流し始めている。
「よし、わかった。今度という今度は、俺も男だ。おめえの志を崩すようなことはしねえから安心しな」
鬼源は、そう事もなげにいい、川田の方を見て、
「な、川田のお兄さん。静子夫人のこの切なる願い、今度ばかりは、はっきり聞き届けてやろうじゃないか」
と、意味ありげな微笑をやはり口元に浮かべるのだった。
恐らく今頃は、千代が田代社長や森田親分と千原美沙子誘拐計画の綿密な打ち合わせせ行っているかも知れない。いや主謀者の大塚順子も来て、その作戦に加わっているかも知れなかった。もはや、どう転ぼうとあとは実行あるのみの段階なのだが♢♢そんな事は静子夫人に一切伏し、こちらはたっぷり夫人の身体を楽しんで、兄弟の契りを固く結ぶ。それだけでいいじゃないかといった鬼源の微笑なのだった。
鬼源と川田が、約束は必ず守ると口を揃えていうと、それで静子夫人は、やっと気持がほぐれたように涙を滲ませた美しい瞳に柔らかい微笑を浮かべて、
「それで気持が落着きましたわ。すみません、何度もしつこく念を押したりして」
そういった静子夫人は、静かに瞼を閉じ合わせ、さ、お好きなようになさって、とばかり、顔を正面に戻した。それを一種の挑戦というふうに受け取った鬼源と川田は、ふと、腹立たしいものを感じ合い、残忍な心をかりたて始めたのである。
「俺達も奥さんの条件は快く聞いたんだ。その代り、奥さん、どんな事でも致します、といったそっちの約束も守ってくれなきゃ困るぜ」
と、川田が夫人の熱くなった耳元に口を寄せていう。
「わ、わかっています」
夫人は、狂おしげに身悶えしつつ、はっきりうなずいて見せるのだった。
「俺達がこいつを使い出しゃ奥さんは、上手に使い分けながら、俺達のタイミングをぴったり一致させるんだ。いいな」
川田がせせら笑いながら、そんな難題を夫人に浴びせ始めた。
静子夫人は、身悶えを一層露なものにし、声にならない呻きを発して、首を激しく左右に振りながら、
「無、無理ですわ。そんな事、私、出来ない」
「出来ないだと」
鬼源は、鋭い声を出し、
「出来ないじゃすまねえぜ。一生懸命努力してみるんだ。千原美沙江を救おうと思えば、それくらいの努力、何でもねえ筈だ」
それでもまだ本格的な行動に入ろうとはせず、川田と鬼源は、夫人の肉と心を翻弄しつづけるのである。
やがて静子夫人は、巧妙な二人の色事師の手管に煽られ、巻き込まれる。女臭さのぷんぷん匂う官能味豊かな優美な夫人を更に遮二無二貴めながら、
「俺達をたっぷり堪能させねえと、さっきの約束は反古になるかも知れねえからな。そのつもりで、何時も俺が教えてやってる通り、うんと色っぽく燃えながら、二人を同時にスッキリさせるんだぜ。いいな」
鬼源がそういうと、静子夫人は、骨まで痺れるような官能のうずきの中で、何度もうなずいて見せるのだった。
「二度目は俺が上、川田の兄貴が下を受け持つからな。へへへ、二度目はかなり時間がかかるだろうが、もたつかず、しっかりやるんだぜ」
鬼源は久しぶりに女が抱ける悦びに気持はうわずっているのだが、やはり、女体調教という職務が念頭から去らないのか、二人の男性を同時に受け入れる要領についてあれこれ教示しているのである。
「♢♢わ、わかったわ。そ、その代り、お願い、家元のお嬢さんだけは♢♢ああ」
川田と鬼源は、段々と激しくなる夫人の悶え泣きと汲めども尽きぬ甘いしたたりに魂を揺さぶられる思いになっている。
静子夫人は、もう哀願も哀訴も口にせず、火に油を注がれたように攻め手の二人に大きく城門を開いて、生々しい声を張り上げるばかりであった。
「ねえっ♢♢」と夫人は、もう耐えようがなくなったように、ひときわ激しく身を揉んで首を振り、左側の川田と右側の鬼源に催促するように激しい声を出したのである。
川田は、ニヤリと口元を歪めて、顔を上げると、
「おい、春太郎、そこにいる桂子を連れて来い」
と隣の部屋に向かって、大声を上げたのである。
春太郎と夏次郎は、床の間の柱に緊縛されて虚脱したように物悲しげな眼をしばたいている桂子に好奇の眼を向けながら、千代達が喰い散らしていった食物を箸でつつき、ウイスキーを口に運んでいたが、川田の声に顔を見合わせ立ち上った。
襖を開けた春太郎と夏次郎は、その淫風渦巻く異様な光景に出鼻をくじかれたように、一瞬棒立ちになってしまう。
「何をぼんやりつっ立っていやがるんだ。ここへ桂子を連れて来な。元、遠山家の若奥様が、元、遠山家の雇われ運転手とどんな風にしてお楽しみになるか、後学のため、見せておいてやる」
すると、鬼源も声を上げ、
「そうだ。文夫と桂子を夫婦にさせると銀子がいってたな。お前達、銀子に連絡して、文夫もこの部屋へ連れて来さしな」
この光景を見れば大いに刺戟されて、若い二人はハッスルして、楽しみ合うことになるだろう、と鬼源はいうのである。
二人のシスターボーイが銀子を探しに出かけて行ってる間も川田と鬼源は、なおもしつこく、手は休ませなかった。
数分たって、桂子は春太郎と夏次郎に縄尻を取られ、文夫は銀子と朱美に縄尻を取られて、この地獄部屋に引き立てられて来たが、もう全身をズタズタに引き裂かれ、火柱のように燃え立ってしまった静子夫人は、そんな若い二人が自分の傍へ押し立てられて来ても、狼狽を示したりする余裕はなかった。
二人の卑劣漢の巧みなリードで、もはや、ためらいも羞ずかしさもかなぐり捨てている静子夫人。春太郎と銀子に背を押され、台の近くへ押し立てられた桂子と文夫は、見てはならぬ恐ろしいものの前に立たされたように互いに、はっと硬化した顔をそらせ合うのだった。
銀子と朱美は、夫人を執拗にいたぶりつづけている川田と鬼源の姿を見ると、思わず吹き出してしまった。すると、馬鹿野郎と、鬼源は怒って銀子を睨むのである。
「お前達が文夫と桂子をからませるのに手こずってると聞いたもんだから、俺達がこうして協力してやってるんじゃねえか。何も笑うことはねえだろ」
「そうね、鬼源さんの熱演を笑っちゃ失礼だわ。さ、あんた達、顔をそむけ合っていちゃ駄目じゃない。しっかり見るめよ」
鬼源に叱貴された憤懣を銀子は若い二人に当てつけて、必死に視線をそらそうとする文夫と桂子の肩に手をかけるのだった。
「さ、おめえもいい気分に浸ってばかりいずに、これから夫婦の契りをお結びになる桂子嬢と文夫坊ちゃんに何か一言声をかけな」
川田は、半開きになった口から悦楽の熱い吐息を吐きつづける夫人の上気した頬に口吻していうのだ。春太郎と夏次郎が、桂子と文夫をここへ連れ込んで来るまでの間に、川田と鬼源は、夫人に再び難題を吹き込んでいたのだ。桂子と文夫の眼前で浅ましくもそんな行為をあたかも自分の意志で為すかの如く演じねばならない屈辱−−しかし、千原美沙江を救うための犠牲として自分を投げ捨ててしまっている静子夫人は、川田と鬼源に催促されるとためらわず、ねっとりと情感を鯵ませた瞳を桂子と文夫の方に向けるのだった。
「二人とも、銀子さん達のなさろうとすることに抗らっちゃ駄目よ。貴方達はこの方達の奴隷、そして実演スター。いいわね。自分達の運命に従わなきゃ駄目よ」
静子夫人は、そういうと、悲しげに除を閉じ合わせた。
「静子が、実演スターとして、こんなに成長したのも、川田さんと鬼源さんのおかげでしょ。ですから、そのお礼として今日はお二人に静子を差し上げることにしたの。殿方お二人に任せる時、女はどのように振る舞えばいいか。貴方達若い二人に参考のため、お見せするわ」
小刻みに慄える桂子と文夫に対し、夫人の口からそんな事をいわせることに成功した川田と鬼源は、大いに気を良くして本格的な行動に移り始めた。
「しっかり見なくちゃ駄目じゃない。あんた達に勉強させてあげたいと静子夫人はおっしゃってるのよ。これが親心ってもんじゃないの」
銀子と朱美は面白そうに笑いながら、互いに顔をそむけ合う文夫と桂子の背を叩き、耳を引っぱるのだ。
川田は、かつての女主人である静子夫人よりそうした愛撫を受け、全身、しびれるような思いになっている。
初秋の柔らかさをたたえた遠山家の美しい庭園で朝日を背に受けながら草花に見入っていた頃の静子未人の幻想的なまでに美しい姿が川田の脳裡に浮かび上ってくる。濃紺の紬の普段着に臙脂色の帯が抒情的に引きしまった夫人の美貌を神聖な位に引き止たせ、正に高嶺の花という言葉がぴったりだったが♢♢と川田は、ふと当時の何か近づくことさえ足のすくむ思いだった夫人の気高さを想起するのだった。
それが、どうだ。今はこうして俺に魂までとろかせるような、口吻をしているではないか。川田は、胸にこみ上って来た甘酸っぱいものを堪えながら、夫人をのぞき込むように見た。
夫人は、辛うじて自分に耐えながら悦びとも苦痛ともつかぬものに全身を痙攣させ、髪にさされた珊瑚玉の簪をブルブル震わせつつ、屈辱の塊りを呑んだ顔を前後に振ったり左右へ動かしたり♢♢半身の躍動と共にリズムを合わせようと荒々しく官能の火花を散らし始めたのだ。
もう自分は人間ではなく、狼に翻弄される一匹の雌猫だとして、夫人は全身を充血させてしまったのである。
「どう、凄いでしょう。貞淑な静子夫人も今じゃこんなに成長して、二人の男を相手にしたって一歩もひけをとらないのよ。よく見ておきな」
銀子は、魂を奪われたような表情で、ぼんやり夫人の行為に眼を向けている文夫と桂子の尻を指で突き、
「じゃ、いいわね。これを参考にして、二人とも、すばらしいプレイを私達の前で演じてごらん」
銀子は朱分に眼くばせして、文夫と桂子の縄尻を手にし、
「さ、行くのよ」
と、二人を外へ引き立てて行く。
「どうもお世話様。この若い二人もいい参考になったことと思うわ」
銀子は、部屋を出る時、ふと振り返って、そういったが、夫人を虐げる事で夢中になっている鬼源や川田は、もう返事もしなかった。
美津子の号泣
八畳の日本間の床柱を背に、美津子は立位で緊縛されたまま、流す涙も滴れ果てたといったような虚脱した表情になっている。
文夫と桂子はどういうわけか知らないがそれぞれ銀子達に部屋の外へ連れ出され、自分一人忘れ去られたように床柱に縛られたままもう一時間以上になるのだ。美津子は、文夫と桂子が、ここへ戻って来ないことを心中で祈った。すぐ眼の前に敷かれている二つ枕の夜具、そして、天井の梁から垂れ下がっている不気味な二本のロープーもし、自分の眼の前で、文夫と桂子が、銀子達の邪悪な計画に乗せられ、そんな事を演じるようなことになればそう思うと、美津子は、気が狂いそうになる。
この生地獄の中でここまで生きつづけることが出来たというのも、苦痛や屈辱を文夫と一緒に歯を喰いしばって耐えて来たからだ。奔落の底に狂い咲いたような、酸鼻めいた愛情を文夫に抱き、死ぬ時は一緒とまで思いつめ、実演スターの道を彼と一緒に歩んで来たのに今、ここで生木を裂くように二人を離し、しかも、文夫の相手に桂子を選んで、コンビを組ませるとは♢♢あまりにも非情で残忍な銀子達の仕打ちを思うと美津子は腸がかきむしられるような思いに、がっくり頭を垂れると肩を慄わせて泣きじゃくるのだった。
その時、襖が開き、ウイスキー瓶を片手にニヤニヤしながら入って来たのは、森田組の幹部やくざである吉沢であった。
「久しぶりじゃねえか、え、美津子」
美津子は、はっと反射的に顔をそらせ、腿と腿とをぴったり密着させ、全身を硬化させるのだった。
「親分のいいつけで、あっちこっち、秘密写真の注文とりに走っていたんだ。一寸、見ねえうち、随分といい身体つきになって来たじゃねえか。胸といい、腰つきといい、色っぽく脂が乗ってるぜ」
吉沢は、そんな事をいいながら、床の間に腰を据え、ウイスキーをラッパ飲みして、美津子が腰をひねって吉沢の眼から隠そうとするそれに酒に濁った眼を向けるのだづた。
「ほほう。そいつも中々いい艶が出て来たようだな。文夫相手に相当、使ったんだろ」
と笑った吉沢は、次に、
「だが、さっき銀子に聞くと、今日限り、おめえ、文夫と別れることになったんだってな。文夫は桂子と今日からコンビを組み♢♢」
「やめてっ」美津子は、たまらなくなったように、急に大声を出し、涙に濡れた美しい黒眼をきっと吊り上げて吉沢を睨むのだった。
「お願い、私を一人にして。ここから出て行って♢♢」
美津子は、文夫を奪われた憤懣を吉沢にぶつけるように激しい口調でそういうと、さっと顔を横へ伏せカールされた黒髪を振って、さも口惜しげに鳴咽するのだった。
「へへへ、おめえの辛い気持はわかるが、何も俺に当たり散らすことはねえだろう。銀子と朱美が計画したことなんだからな」
吉沢は、相変らず口元をニヤニヤさせながらいい、
「いくらおめえがブツブツ文句をいったって、もうどうにもならねえぜ。文夫と桂子は、静子夫人や小夜子嬢にも意見され、二人の熱演をはっきりと眼で確かめて、銀子と朱美に実演コンビになって動くことを誓ったんだからな。おめえも文夫のことは、きっぱりと諦めることだ」
「お願い、もう、何もいわないで」
美津子は、わなわなと震える頬に幾筋も涙を滴らせ、首を振るのだ。
「な、美津子」
吉沢は、ウイスキー瓶を置いて、フラフラ立ち上った。
「俺は最初、おめえを見た時から、何だか、こう胸がキリキリ切なくなってよ」
と、吉沢は、ここをチャンスとばかり、美津子を口説き出したのである。
「俺は、社長や親分の許しまで受け、てっきり、おめえを自分の女に出来るもんだと思い込んでいた。ところが、どうでい。急に方針が変って、おめえは文夫と実演コンビを組まされることになっちまった。俺は全く、鳶に油揚げだったぜ」
吉沢は、横へそらせている美津子の顎に指をかけて自分の方へ強引に向けさせると、
「悪いようにはしねえ、俺の女になってくれ。美津子。そうすりゃお前、こんな辛いショーの稽古なんかしなくてすむんだ。森田組幹部の情婦ってなことになりゃ、おめえもちっとは大きな顔が出来るんだ」
などといい、吉沢は両手で美津子の頬を押さえて口吻しようとしたのだが、美津子は狂ったように全身を揺さぶり、それを避けるのだった。
「やい、俺のいう事がわからねえのか」
「貴方は姉さんを、姉さんを、あんな目に合わせておきながら−−」
美津子は、憎悪の色を瞳の底にジーンと沈ませて吉沢の顔を射るように睨むのである。
「姉さん? ハハハ、そりゃ京子と俺とは、関係がねえといえば嘘になる。しかし、そりゃ、親分に無理強いされたようなもんだ。ああいう気性の強い女は俺の性に合わねえ。おめえのような可愛い女学生の子が」
「嫌です。貴方のような卑劣な男、顔を見るのも嫌っ」
「くそっ。こっちが下手に出りゃ、つけ上りやがって」
吉沢は、かっと頭に血がのぼり、思わず美津子の頬に平手打ちしたが、その時、襖の外で女達の笑い声。
「相変らず女にゃあもてないんだね、吉沢さん」
と、入って来たのは銀子と朱美だった。
美津子は、それに眼を向けた途端、全身を針のように緊張させた。
さ、来るんだよ、と銀子と朱美に縄尻をたぐられて入って来たのは、やはり、文夫と桂子だったのだ。文夫も桂子も、反抗する気力は完全に喪失したように、二人とも凍りついたような冷淡な表情で軽く瞑目している。
「静子夫人や小夜子嬢の完全に生まれ変ってる姿を見て、この二人、ようやくやる気、充分になってくれたようなのよ。私達もほっどしたわ」
朱美は半分は邪慳に聞かせる気持で、吉沢にそう告げると、
「吉沢さんもいいでしょ。手伝ってよ」
と口元を歪めるのだ。
「さ、ぐずぐずせず、早くこっちへおいで。あんた達、要領はわかったわね」
銀子は、文夫と桂子をせき立てるようにして夜具の上へ追い上げるのだ。まるで魂のない人形のように文夫と桂子は、ズベ公達に操作されるままとなっている。
それを眼にした美津子は激しく身を揉み、昂った声を張り上げた。
「嫌っ、嫌よ、文夫さん」
狼狽して、柱に縛りつけられた身を大きく揺すり始めた美津子を、朱美は面白そうに見て、
「ホホホ、美津子が、さかんに嫉妬を抱き始めたわ。駄目よ、美津子。貴女は商品なのよ。恋愛感情を持つなんて許されないわ。新しいカップルの誕生を祝福しなきゃ」
続いて銀子が、せせら笑っていった。
「ここへ来るまでに一寸調教室へ寄って、文夫と桂子のサイズを調べたら、ぴったり。これは理想的なコンビになると思うのよ」
夜具の上では、文夫と桂子がぴったりと背中を触れ合わせ、共に立膝して、身体を小さく慄わせている。
そんなことを銀子と朱美は、楽しそうに眺めていたが、
「いいわね。最初は、フランス式よ。見物人が痺れるように濃厚なのを頼むわ」
さ、吉沢さんも手伝ってよ、と銀子と朱美は早速、支度にかかり始める。
「お坊ちゃんを仰向けにさせて布団に縛りつけるのよ」
吉沢は銀子に命じられるまま、文夫の肩に手をかけて、いきなり後ろへ引き倒した。夜具の裾には、左右に皮バンドが取りつけてあって、仰臥した者の肢を固定させるよう仕組まれてある。
「さ、あんた、男の子でしょう。何も恥ずかしがることはないじゃない」
仰臥した文夫の引き緊まった両肢に銀子と朱美の手がかかる。
「ああ、ふ、文夫さんっ」
美津子は、泣きじゃくりながら、ズベ公達の辱しめを受けている文夫を声を限りに呼ぶのだった。
「美津ちゃん。許してくれ。僕はもう駄目なんだ。負けたんだよ」
文夫は、固く眼を閉ざし、ズベ公達に全身を委ねてしまう。もう反抗の片鱗も投げ捨ててしまったように堂々とばかりに肢を拡げ足首をバンドで固定されている文夫は、思いなしか、ふと自虐の快感を噛みしめているかのように、うっとりした眼を薄く開き、天井を見上げるのだった。
桂子は、そんな文夫に背を向け、夜具の裾の方で小さくなっている。スベスベした白い背の中程で縛り合わされている両手首をモジモジ動かしながら、桂子は、これから美津子の眼前で演じなければならぬ恐怖に身を硬くしているのだ。
「さ、桂子、支度は出来たわよ」
銀子が後ろから桂子の肩に手をかけた。夜具の上に人の字に固定されている文夫にちらと視線を向けた桂子は、一瞬、電気に打たれたように身を慄わせる。
「つまり、女上位ってやつだな」
吉沢も笑い、銀子達に手を貸して、桂子の身体を引き起こしにかかったが、
「一寸待ってよ。その前に桂子にさせなきゃならないことがあるのさ」
銀子と朱美は、桂子を一旦、立ち上らせると床柱に縛りつけられている美津子の前へ引き立てて行く。
「さっき私達が教えてやったように美津子にはっきりいって聞かせるのよ。あんたは今日から文夫の女房になるんだからね、先妻の美津子に対し、ちゃんとけじめをつけておかなきゃいけないわ」
銀子と朱美は、桂子の耳元にそんな事を吹き込みながら、後ろより肩を支えるようにして、美津子の前へ立たせたのであった。
静子夫人の珍芸を目撃したショックと、徹底した調教とで、桂子は完全に人間性を喪失し、と同時に、ここまで自分を追い込んだ連中に対する一種の復讐心理から、自分より進んでこの道の女に堕落することを心に決めたようである。それは女郎に売られた一人の女が遣手婆の調教によって肉と精神を根本的に作り変えられ娼婦的に成長することで安らぎを感じる、そういったものである。
「♢♢美津子さん。文夫さんは今日から私の夫よ。貴女に指一本指させないわ。よく覚えていて頂戴」
しばらく美津子から視線をそらせていた桂子は、銀子と朱美に背や腰をつねられて催促されると、思い切ったように顔を上げ、手きびしい口調ではっきりそういい、唇を噛みしめるのだった。
美津子は、桂子の激しい言葉を受けると、青ずむ程に頬を硬直させ、涙を滲ませた美しい黒眼を大きく見開いて恐ろしそうに桂子を見るのである。
「何かおっしゃりたいことがあったらおっしゃって。どうなの、美津子さん」
桂子は更に続けて、
「これからは文夫さんに対し、私、うんとサービスしてあげるつもりよ。貴女のことを文夫さんから必ず忘れさせてみせるわ」
そういった桂子は、さっと顔を横にそむけて、自分の言葉に興奮したように肩を慄わせるのだった。と同時に、美津子もさっと顔を伏せ、肩を慄わせて泣きじゃくる。
銀子と朱美は、顔を見合わせて北叟笑むのだ。
そのままの状態で重苦しい沈黙がしばらく続いたが、銀子は椅子を持ち出して来て、桂子の後ろに置き、それに乗って天井の棧の間へ桂子を縛ってある縄尻をつなぎ止めるのだ。
不思議そうにそれを見ていた吉沢が、一体何をする気なんだ、と銀子に聞く。
「フフフ、それは桂子の口から直接、聞いてみたら」
桂子を美津子の前に固定させた銀子は、部屋の隅に行き、化粧箱を持ち出して来てそれを桂子の足元へ置くのだ。
「そら、桂子、これから何をするのか吉沢さんに教えてあげなよ」
朱美に頬をつつかれた桂子は、閉じ合わせていた柔らかい睡を慄わせて頬を赤らめたが、吉沢がぬっと顔を近づけて来ると、
「これから、お姐様方に剃って頂くのです」
と、吉沢から視線をそらせるようにして、羞ずかしげに口を開くのだ。
津村義雄の手で小夜子は無残にも剃毛されて弟の文夫と対面し、その場で文夫は、銀子や朱美達の手で面白半分、姉の小夜子と同じように剃毛されてしまった。その文夫とコンビを組むことになった桂子が一人前じゃ不自然だし、文夫に同情した形で、同じような身体になった方が愉快じゃないか、と銀子は化粧箱の中から、白粉や乳液を取り出しながら、ぼかんとした顔つきでつっ立っている吉沢に話しかけるのである。
朱美は、夜具の上に人の字型に縛りつけられている文夫の傍へ寄り、
「フフフ、退屈でしょうけど、もう少し辛抱していてね。今、花嫁さん、お化粧の最中なんだから」
朱美は、そういって、ポケットから香水瓶を取り出すと、クスクス笑いながら、そっと文夫の半身の方へ身をかがめた。
うっと文夫は眉を寄せ、筋肉を硬直させた。
「花嫁に嫌われないよう花婿もエチケットを心掛けなきゃ駄目よ。フランス式をするなら殊更じゃない」
朱美は、無残な心を自分に掘り立てながら嵩にかかったょうに香水をすり込むのだ。
「フフフ、駄目よ、そんなに、気分を出しちゃ。私だって女なんだからね。変な気になるじゃない」
朱美は、しきりに自分に耐えて歯を噛みしめる文夫を面白そうに眺めるのだった。
桂子の顔に化粧している銀子は、ちらと朱美の方を見て苦笑する。
「あんまり調子に乗るんじゃないよ、朱美。花嫁に叱られるじゃないか」
朱美は舌を出し、ようやく身体を起こすと、煙草を口に咥えて、今度は床柱につながれている美津子の傍へ近づくのだった。
「ちょいと、そんなにメソメソせず、文夫の花嫁になる桂子に、おめでとうの一言ぐらいいったらどうなのさ」
朱美は、美津子の頬に手をかけて、首を上へこじ上げた。
美津子は、悲しげな陰影を湛えた濡れた瞳をしばたきながら放心したように上の方を見上げている。もう口をきく気力もない程に打ちひしがれ、美津子は大理石のように冷たい表情を作っているのだ。
そんな美津子を見ると、朱美は、持ち前の意地悪そうな眼つきになり、
「私のいってる事がわからないの、美津子」
朱美は邪慳に美津子の乳首をつねり、臍を指ではじく。
「そんなにいじめないでやんなよ、朱美。嫉妬で美津子は今、頭に血がのぼっているんだからな」
吉沢が朱美の煙草にライターの火をつけてやりながら含み笑いをした。
「そこへいくと、この桂子は最近、本当に素直になって、私達のいう事をよく聞くようになったわ。葉桜団のあたい達に楯をつけば、自分が損だということが、やっとわかってきたようね」
銀子は、桂子の唇に口紅を引きながら、鼻唄まじりで楽しそうにいい、
「さ、これでお化粧は終りよ。まあ、凄くきれいになったわ。桂子。これなら花婿もきっと大喜びでハッスルすることだと思うわ」
ウェーブのかかった黒髪にヘアローションを吹きかけ耳たぶから頸すじ、そして陶器のように白い肩先から、縄に上下をきぴしく緊められているふっくらした乳房に至るまで香水をふりかけた銀子は、そっと桂子の耳に口を当て、
「ショーのスターとして、あんたがどんなに成長したか美津子に示してやるのよ。いいわね、そうすりゃ特別扱いにして悪いようにはしないから」
その要領を銀子は、美津子に聞こえないような小声で桂子の耳に吹き込み始めたが、桂子は何ら狼狽の色を表わさず、軽く眼を閉ざしながら、親度も素直にうなずいて見せるのである。
そんな桂子の柔順な態度を見て銀子は満足げにうなずきながら、なおも香水を乳房から鳩尾、そして腰に至るまで振りかけていき、その柔らかく盛り上った純黒の翳に眼を注いだ銀子は、ふと惜しまれるような気がして、そっと指でさするのだった。
「あんたの継母である静子夫人だって一度は剃り上げられたのよ。それが今じゃすっかり元通り、以前より黒々とした艶を浮かばせているわ。十日もすりゃ元通りになるんだからあまりクヨクヨしない方がいいわよ」
銀子は、そういって化粧箱の中から古風な日本剃刀を取り出した。
「石験水をたっぷりつけてやってよ、朱美」
「あいよ」
朱美は、コップの中に溶かした石鹸水を、刷毛でかきまぜながら、桂子の前に腰をかがめ、ちらと美津子の方に底意地の悪い視線を向けた。
「御覧よ、美津子。桂子は文夫一人に恥ずかしい思いをさせたくないという気持から自分から進んでこんな事を私達に頼んだのよ。あんたとは大分、心掛けが違うわよ」
美津子は冷たく貯えた象牙色の頬を見せ、歯を喰いしばったような表情をしている。胸をついてこみ上ってくる慟哭を必死に耐えているのだ。
「それに桂子は、あんたと違って卵割りとかバナナ切りとか色々な芸当を、もうちゃんと身につけているのよ。たった一人の男性スターの花嫁になる資格は充分さ」
朱美がそういうと、銀子も口元を歪めながら美津子にいった。
「わかったわね、美津子。あんたは今日より一歩からやり直す気で、曲芸のお稽古に励むのさ。色々な芸当を覚え込むまで文夫さんとは二度と逢わせないからね。そのつもりでしっかりやんな」
そして、チラと吉沢の方を見た銀子は、
「美津子の調教師として、吉沢さんは社長の許しを受けたそうじゃないの」
それを耳にした美津子は、別の衝撃に打ちのめされたように唖然として、床の間に腰かけている吉沢へ血走った視線を走らせた。
吉沢は照れたように手で顔をこすりながら立ち上った。
「何もお前達、ここで美津子にばらすことはねえじゃねえか。俺は美津子を口説いて、俺の情婦にしてから、その事を♢♢」
「駄目よ、吉沢さんは、女にもてないように出来ているんだから」
銀子と朱美は、顔を見合わせて、キヤツキヤツ笑い合った。
「自分の部屋を調教場にして、毎日美津子を調教しているうち、自然に美津子は吉沢さんの情婦になっちまうじゃないか。柄にもなく小娘を口説いたりするのは、時間の無駄というものよ」
と、銀子にいわれた吉沢は、別に反撥もせず、
「そうかも知れねえな」と鼻をこすり上げるようにしてつぶやくのだった。
「やはり、京子の妹だけあって、見かけによらず、この娘、強情なんだ。なるたけ、がむしゃらには出たくなかったんだが、やっぱり俺は考え方を変えたよ」
吉沢は、ウイスキー瓶を口に当て一息に飲むと空になった瓶を部屋の隅へ投げ出した。
美津子は、黒髪を左右に打ち振りながら、号泣し始めた。
「文夫と別れることぐらいで、そんなに泣くなんて浅ましいじゃないか。いい加減におし」
銀子は、遂に耐え切れず号泣し始めた美津子をしばらく面白そうに見ていたが、次に眼を桂了の方に転じた。桂子は、絶命の境地に立ったように薄く眼を閉じ合わせたまま微動だにせず緊縛された光沢のある肌を立たせている。
「美津子の眼の前で剃り取られるなんて辛いだろうけどさ、あんたの宝がどんなに立派なものなのか、はっきり美津子に示してやるためなのよ。わかってるわね」
銀子がそういうと、桂子は、眼を閉ざしたまま、小さくうなずき、諦念と覚悟を示すように、そっと顔を横にそむけ、うすら冷たいばかりに白い頬を見せるのだった。
同志討ち
シャボンをつけた刷毛が万遍なく動き始めたが、桂子は、唇を噛みしめたまま、いじらしい位の懸命さで、その不気味な感触を堪えているのだ。
「ほんとに桂子は素直ないい子になったわ。何か私達にお願いしたことがあると、さっきあんたいってたけど、おっしゃいな。何でも聞いてあげるわよ」
銀子は、桂子に対し、美津子の前における一種の演技を催促し始めたのである。桂子がショーのスターとしてどのように成長したかということを美津子に認識させ、美津子の競争心を煽り立てるというのが、銀子達の狙いである。
「♢♢桂子は、文夫さんとこれからは息の合った実演コンビとなって毎日お稽古に励みますわ。どんな羞ずかしいポーズの注文をつけられたって桂子は嫌とは申しません」
桂子は、朱美の動かす刷毛で執拗にシャボンを塗り立てられながら、もの哀しげな色を瞳に湛えて、ぼんやり一点を見ながらそういい、更に続けて、
「でも、もし、桂子のお腹に文夫さんの赤ちゃんが出来れば、お願い、桂子に赤ちゃんを生まして。桂子、どうしても文夫さんの赤ちゃんが欲しいのです」
それを耳にした美津子はひときわ激しく声を慄わせて号泣するのだった。
「ホホホ、文夫の前の奥様が大声で口惜し泣きを始めたわ」
銀子は、そんな美津子の号泣をさも心地良さそうに聞きながら、再び桂子に向かって、
「わかったわ。あんたの望みは叶えてあげるわよ。その代り、ここにいる文夫の前の可愛い奥さんにしっかりと見せつけてやるのよ、あんたがどれ程文夫を愛しているかってことを。いいわね」
「♢♢はい」
桂子は、二重瞼のうるんだ瞳を銀子に注ぎながら消え入るように小さくうなずくのだ。
「それじゃ、私がきれいに仕上げてあげるわね」
朱美と交代して、銀子は剃刀を手にし、桂子の前に腰をかがめた。
ぴったりと閉じ合わせ、行儀よく揃えている桂子の爪先の前へ手拭を拡げて置いた銀子は、
「さ、いいわね、桂子」
冷たい刃が肌に触れると反射的に桂子は、さっと腰を引く
「あら、どうしたのよ、桂子」
銀子は難しい顔をして、下から桂子を見上げるのだ。
「ごめんなさい。何だか急に羞ずかしくなって」
「馬鹿ねえ。急に動いたりすりゃ大事な所に傷がついちゃうじゃないの」
銀子は、舌打ちして、ぼんやりつっ立っている吉沢に声をかけた。
「桂子の身体が動かないように腰をしっかり押さえてくれない、吉沢さん」
よし来た、と吉沢は、桂子の背後に贈って腰をかがめ女臭さを匂わせるムチムチした桂子の太腿を両手で後ろから抱きしめた。
「ねえ、美津子。顔をそむけず、しっかり見ているんだよ」
朱美が泣き濡れた顔を横へ伏せようとする美津子を叱咤し、美津子の耳たぶを引っ張って顔を正面に戻させる。
銀子の手にある剃刀は下から上へ、上から下へと微妙に動き始め、畳の上へ敷かれた手拭の上にはシャボンをつけた黒々としたものがわずかずつ落下して行くのだ。
額に脂汗を浮かべ、絹糸のような繊細なすすり泣きと揺さぶりつづける桂子。
「フフフ、桂子のこれって割と大きいのね」
銀子がふと仕事を止めて、指でつついてからかうと、桂子は鼻を鳴らして首を撮り、甘えかかった声で、
「ひ、ひどいわ。そんな事、なすっちゃ嫌。それより、ねえ、早く剃って」
「そう、あわてなくたっていいわよ」
「うん、嫌。あとで、はっきりお見せするわ。ですから、ねえ♢♢」
桂子は、かすかに上気の色を見せて、情感の滲むねっとりした瞳を上に向け、切なげに身悶えして見せるのだった。
そんな桂子を驚愕と侮蔑の入り混じった複雑な表情で眺めている美津子に、朱美は再び身体を寄せて、
「どう美津子。桂子は随分と度胸がついたと思うでしょう。あんたもショーのスターならあれ位まで成長しなきゃ駄目ね」
そういって、朱美がクスクス笑った時、ようやく銀子は仕事をすませ、その後を丹念に乾いたタオルで拭いている。
桂子は、ほっとしたように上気した頬を横へそらせ、こみ上げて来た欲望のうずきに悩むかのように小さく肩で息をしているのだ。
「ほう、こりゃ見事なもんだ」
吉沢がのぞきこむようにして、ニヤリと笑った。
薄くバラ色に染まったその部分の眼に弛み入るような悩ましさ、いじらしい位にぴったり閉じ合わせた豊かな美しさ。そうしたものをしばらく飽かずに眺めている銀子と朱美。
「さ、桂子、美津子にはっきり見せておやり」
あらかじめ幾度も銀子に念を押されていたことなので、桂子は眼を固く閉ざしたまま、ためらわず静かに左右へ割り開いてゆく。
羞恥の片鱗もかなぐり捨てたようにそんな大胆な仕草を演じ出した桂子を見て、美津子は、あっと小さく声を上げ、きっと顔を横へ伏せた。
「♢♢美津子さん。こんなにまでしている私に貴女、恥をかかせる気なの。顔を隠すなんて、失、失礼よ」
桂子は、わなわな唇を慄わせながら叱咤するように美津子にいった。
銀子と朱美は、面白そうに対峠する桂子と美津子を眺めている。
「貴女はこの屋敷へ来てから随分となるようだけど、何の芸当も出来ないそうじゃありませんか。文夫さんと実演したことなんか、ものの数には入らないわ。女だったら誰でも出来るわ」
桂子は美津子に挑戦するかのように、そんな事を口走ったのだが、すると美津子はそれにかっと反撥を感じたのか、伏せていた顔を正面に戻し、泣き濡れた瞳を桂子に注いだのである。
「如何、美津子さん。これがきびしい調教を受けて、色々な芸を呑みこんだ桂子の武器なのよ。はっきり御覧になるがいいわ」
桂子はそういって、美津子の視線を全身で受けるべく、しばらく瞑目していたが、
「文夫さんを奪われたことが口惜しいなら、早く一人前のスターになって、も一度私の前に出ておいでになるといいわ。その時は文夫さんをお返しするわよ」
「♢♢わ、わかったわ」
美津子は、わなわな慄える頬に大粒の涙をポタポタ流しながら、口惜しげにうなずくのだった。
「貴女のおっしゃる通り、美津子は、ここの人達の調教を受けるわ。そして、必ず文夫さんを♢♢」
貴女より取り戻しに来る、といいかけて、美津子は胸にこみ上げて来たものに耐えられず、激しい涕泣を口から発して顔を伏せてしまったのである。
桂子の奴、中々うまくやったじゃないの、と銀子と朱美はホクホクした思いになって顔を見合わす。
これで、美津子に反撥心を起こさせ、嫉妬をからませた競争心を植えつけたことになると銀子は、してやったりといった気分になったのである。
「それじゃ桂子、そろそろ文夫さんと始めて頂くわ。わかってるんでしょうね。うんと濃厚に演じて、美津子をカッカッさせておやり」
銀子は、天井の棧に結んだ桂子の縄尻を外すと、
「さ、花婿が先程からイライラしてお待ち未ねよ」
と、桂子のスベスベした白い背に、朱美と一緒に手をかけて、文夫が固定されている夜具の方へ押し立てて行く。
桂子は、冷やかな表情をつくろい、心をそそらせるばかりにふっくらと盛り上った双臀をゆるやかにくねらせながら、これからの舞台に歩み始めたのである。
第六十四章 巨大な羞恥
地獄の接吻
二時間から三時間近くかかって静子夫人の優美な肢体から絞り尽すように情欲のうずきを満足させ、互いに心ゆくまで楽しみ合った川田と鬼源は、ようやく夫人の傍から身を起こし合い、満足げな表情で台から降り立った。
静子夫人は心身ともに痺れ切り、疲れ果てたように、まるで陸に打ち上げられた漂流物みたいに、がっくり台上に仰臥している。
川田は、面白半分、左右へ大きく引き裂いたが、夫人は、完全に意志を喪失させ、されるがまま、あられもない姿態を川田と鬼源の前にさらけ糾すのであった。
川田と鬼源の好奇な眼にあからさまにさらしながら、夫人は、ねっとりと情感を含め翳の探い瞳を夢見心地で薄く開き、ぼんやりと天井の一点を見つめている。
「全くいい♢♢だねえ。正に絶品だぜ」
などと鬼源や川田がからかうと、静子夫人は二人の機嫌をとるため、つまり千原美沙江に向けようとする彼等の毒牙を阻害するための媚態を演じるのであった。
「そんなにいいのなら、ねえ、お願い。もっと、もっと、くわしく御覧になって♢♢」
静子夫人の行動に川田と鬼源は、ほくほくした思いになり、なおも近づいてニヤニヤしながら喰い入るように見つめてから、丹念に後始末を始めるのだった。
「おかげで兄弟の契りを結ぶことが出来たぜ。たまには、こうして、俺達と浮気するのも悪くはねえだろう」
鬼源はそんな事をいって悦に入りながら、夫人の柔軟な肩に手をかけて上体を起こさせ今度は、夫人の唇のまわりをチリ紙できれいに拭き始めるのだった。
「ねえ、お願い。うがいをさせて頂けないでしょうか」
「よしよし」
夫人の今までの熱演に大いに気を良くした川田と鬼源は、二つ返事で洗面器と水の入ったコップを用意する。
緊縛された上半身を、鬼源が後ろから支え、川田が夫人の口に、コップの水を含ませた。
夫人は口の中の水を深く首を曲げるようにして川田の差し出す洗面器の中へ静かに吐きつづける。
「なかなかうまくなったぜ。もう少し、コツを覚えることだな。そうすりゃ全く申し分なしというところなんだが♢♢」
鬼源がうがいを続ける夫人の光沢のあるスベスベした背を、さすりながらいった。
「わかりましたわ」
「今夜あたり、捨太郎を相手にして、よく練習してみることだな」、
鬼源がそういって笑った時、襖が開いて、千代が和枝、葉子の二人を、再び家来のように従えて入って来る。
「フフフ、如何、奥様、男二人を上手に楽しませることが出来まして♢♢」
静子夫人は、千代から視線をそらせ、消え入るように首を深く垂れてしまう。
鬼源が代って千代にいった。
「へへへ、やはり頭のいい奥さんだけに、すぐにコツを呑みこんで、器用に二人の男を遊ばせてくれたぜ。だから、その努力に免じ、あの中国の技術ってやつは、今日のところは何卒♢♢」
勘弁してやってほしい、と鬼源が頼むと千代は、笑顔でうなずき、
「これから社長達と大事な相談があるので今日の調教は、これで打止めということになったのよ。あとは明日のお楽しみってわけね」
千代は、そういうと、後ろからぼんやり首をのぞかせている春太郎と夏次郎に、
「それじゃ、あんた達、この女を地下牢にぶち込んで来て頂戴」
と命じる。
二人のシスターボーイは、夫人の肩や背に手をかけ、台から引き降ろすと、縄尻をとった。
「明日から、この部屋で三日間の調教を開始するわ。今夜は男二人を夢中にさせた御褒美に一人でゆっくり休ませてあげる。さ、連れてお行き」
千代は、静子夫人の陰影を沈ませた悲しげな横顔を、小気味よさそうに見てから、もう一度シスターボーイ達にいうのである。
夫人は縄尻を取られ、悲しげに眼を伏せながら疲労しきった身体をやや前屈みにして、ゆっくりと歩き出した。
「へへへ、また、二、三日すりゃ今みたいな方法で、こってり可愛がってやるからな」
鬼源は、静子夫人の量感のある見事な双臀と、眼に沁み入るような艶やかな白さを持つ優美な両肢を眺めながら、からかうように声をかけた。
ふと、静子夫人は立ち止まると、思い切ったように後ろを振り向いた。
「川田さん♢♢」
暗く沈んだ物悲しげな瞳を哀切的にしばたいた静子夫人は、
「川田さん。静子ととりかわしたお約束、お破りにならないでね」
「ああ、千原美沙江のことかい」
川田は、鼻をピクピク動かせながら、夫人の顔を面白そうに見た。
静子夫人は、うなずいて、
「千代さんのおっしゃる、その恐ろしい調教をお受けしたって静子は決して恨みません。だけど千原流のお嬢さんだけは、川田さん、後生です」
今にも泣き出しそうな静子夫人の表情を見て、川田は、
「心配すんねえ。そのために奥さんは、俺達二人に大サービスしてくれたんじゃねえか。あんたの気持を踏みにじるような真似はしねえよ」
それを聞くと夫人は、はっとしたように長い睫を震わせ、再び、首を垂れ、盛り上った双臀をゆるやかにくねらせながら、三人のシスターボーイに縄尻を引かれて歩き出すのであった。
片頬を歪めて、その後を見送った川田と鬼源は、ほっとしたように顔を見合わせる。
「お互いに充分、堪能したって顔ね」
千代は、二人を見てクスクス笑った。
「全く絶品だよ、あの女」
と川田が舌を巻き、
「久しぶりで楽しんでみたが、ああも見事に成長しているとは思わなかったね。お羞ずかしい話だが全身が痺れちまったよ」
実際、川田は、未だに全身が上気しているのだ。遠山家の運転手であった頃の自分にとっては、静子夫人は、正に天上人の感、まばゆいばかりの存在であった。それがどうだ。かつての高嶺の花は、きびしく緊縛された、眼に沁みるばかりに白い優雅な裸体をくねらせつつ、吸いっいたり、押し包んだりしたあの唇の真綿のような柔らかい優しい感触、時々すりつける夫人の形のいい高貴な鼻、上気した香ぐわしい鼻息♢♢。
そんな夫人の動きを思い出し、川田は、未だはっきりと意識が元に戻らないのだ。そして、俺がとうとう緊張を解放させてしまった時、夫人は、一瞬哀しげに眉を寄せたが、静かに唇を廻しながら、最後まで優雅で柔媚な口吻だったっけ♢♢。
次に鬼源がニヤリと黄色い歯を見せた。
「何しろ、あれだけのものを持ってる女は、滅多にいるもんじゃありませんよ。それにあのコツを呑みこんだ廻し方、俺だって、さっきは身体の奥から♢♢」
鬼源は、そんな事をまるでのろけるような調子でとくとくとしゃべっていたが、ふと、千代の難しい顔を見て口を喋んだ。
やはり、女だけに、そんな事にも嫉妬が沸くのだろうか。フン、といった顔つきを見せた千代は、
「下らないおしゃべりはその位にして、そろそろ社長の部屋へ行こうじゃないの」
「一体、何の話があるんで♢♢」
「決まってるじゃないの。千原美沙江、誘拐についての打ち合わせよ」
大塚順子も来て、これから、皆んなで作戦を練り合うことになっているという。
ああ、そうだったっけ、と鬼源と川田がうなずくと、千代は葉子と和枝を眼でうながし、大奥の意地の悪いお局みたいに、冷やかな顔つきで、さっと踵を返し、先に歩き出すのであった。
恐怖の責具
その恐ろしい光景より思わず眼をそせらえると、忽ち、銀子や朱美の叱咤が飛び、吉沢が美津子の顎に手をかけて、ぐいと顔を正面にこじ上げるのだった。
「ああ、嫌、嫌よ」
美津子は狂ったように首を振り、次に肩を慄わせて哀泣するのである。
「フフフ、嫉けるのね美津子。そりゃ無理もないわ」
朱美は美津子のベソをかく顔をのぞき込むようにし、面白そうに笑い出す。
文夫の顔に覆いかぶさるようにしている桂子は、その縄尻は銀子にとられ、まるで猿廻しの猿にされている。
銀子に号令された桂子は、美津子が思わず身震いし、再び、顔をさっとそらせた程の大胆な姿態をとり出したのだ。銀子に縄尻をひかれて、よろよろと立ち上った桂子は、すっくと立ったのである。
あらかじめ、銀子と朱美に、そうした仕草を桂子は強要されていたのだろう。
「ねえ、文夫さん。よく御覧になって。ううん、嫌。眼をそらすなんて失礼よ」
一瞬、文夫は狼狽して、眼をそらせたが、
「あんたに好かれようと思って桂子が一生懸命サービスしてるんじゃないの。大きく眼をあけて、しっかり見ておやり」
文夫は、もう自棄になったような顔を正面に戻し、気弱に眼を見開いた。
「ねえ、美津子さんとくらべて、どっちがおいしそう? お願い、何とかおっしゃって」
モジモジ身体を揺すって見せた桂子は、そのまま、かがめてゆく。
「ねえ、あなた、お願い。キッス、なさって♢♢」
それを一見て、吉沢は口を開けて笑い、
「あんな風に挑発されりゃ男は完全に参っちまうぜ。なかなか桂子、やるじゃねえか」
と朱美の顔を見、次に、床柱に緊縛されている美津子の、涙に濡れた横顔を楽しそうに見つめるのだった。
もう美津子は、先程見せたような狼狽ぶりは示さず、血の出る程、かたく唇を噛みしめて、憤怒の色を沈ませた視線をじっと桂子の行為に注ぎかけている。
銀子は、それに拍車をかけるように、更に桂子の耳に口を寄せ、何かを命令した。
桂子は、耳たぶまで真っ赤に上気させながら、しかし、その指示には柔順に従ったのであった。
あまりにも酸鼻なその光景に美津子の顔は青ざめ、ひきつってしまった。
そのうえ、桂子は、そのままの姿態で、ゆるやかに円型を描くようにしたのだ。文夫の顔も、それにつれ、ぐるぐると回転し始める。
「ああ、すばらしいわ。何ていっていいかわからないわ♢♢」
桂子は、もう銀子の命令を待つまでもなく自分の心身を、この異常な世界に完全に没入させてしまったように一途な思いになって、全身を躍動させ始めたのだ。眺めている朱美や吉沢や美津子の胸にまで沁み入るような妖しいばかりの一途な涕泣を、その口から発して全身を攣らせているのである。
「ああ♢♢」
桂子は、そのまま、石のように深く首を垂れて静止したと見えたが、突然、絹でも裂くような悲鳴に似た声を上げた。桂子の背中の中程できびしく縛り合わせている手の両手首までが汗ばみ、継続的に波打っているようだ。
常軌を適した桂子の今の行為に、美津子はもう声も出なかった。
「男がいいと、やっぱり女もあんな風に夢中になってしまうものなんだな」
吉沢は、ニヤニヤしながら、煙草を口にして火をつける。
「一寸、どうしたのよ、桂子」
銀子もクスクス笑いながら、がっくり身体へ前へ崩してしまった桂子の縄尻を引き、上体を起こさせた。
「ごめんなさい。ゆ、許してっ」
桂子は、急に激しく泣きじゃくりながら、文夫の胸に顔を押し当て、肩を慄わせるのである。
「自分だけいい子になってちゃ、文夫さんに悪いじゃない。早く、お始めよ」
銀子は朱美の方を見て、ニヤリと舌を出しながら、桂子の尻を邪慳に引っ張るのだ。
桂子は、幾度もすすり上げながら首を上げ、文夫の方へ身体を移動させた。
そして、しばらく気持を整えるかのように深く首を垂れていたが、
「今度はあなたよ。いいわね」
桂子は、再び、銀子達の傀儡となって、わざと甘ったるい声を出しながら、
「遠慮なんかなすっちゃ嫌よ。あなたがすっきりするまで桂子、うんとサービスするわ」
そして、まず、熱い接吻も幾度も浴びせかけることから開始したのである。
その頃には、銀子と朱美は、床柱に緊縛され、世にも哀しげな表情を見せている美津子の両側に立って、美津子を指ではじいたりしながら、
「よく見ているのよ、美津子。これは桂子の得意中の得意なんだから。井上さんや私達で随分と練習させたのよ」
この世のものではないような異様な愛欲図絵が、美津子の眼前で生々しく展開しているのだ。
美津子は、もう耐え切れなくなったのか、涙でキラキラ光る黒眼の中に悲痛な色を織り交ぜて、そんな瞳をゆっくりと閉じ合わせながら、顔を横へねじ曲げるようにするの
だ。
「見なきゃ駄目だよ」
はっと眼を開け、再び悲痛な表情で、眼前のおぞましい愛欲図に視線を送る美津子であった。
桂子は、横の角度から、巧みに追いこんでゆくのであった。
「ね、あなた、こんなに、こんなに桂子は愛しているのよ」
桂子は、切れ切れに上ずった声で叫びながら、一層、激しく♢♢
うっと押し殺したような声が文夫の口から洩れ、ブルブル小刻みに震え出した。
「あっ、嫌っ、嫌よ」
美津子は、それを眼にした途端、再び、ひきつったように緊縛された身を激しく揺さぶり、次には狂ったように首を振って、深い海底の海草を揺れ動かせている。
♢♢それから、一時間ばかりたって♢♢美津子は、吉沢に縄尻を取られ、廊下を歩かされていた。
銀子と朱美の計略で、はっきりと眼前に見せつけられた美津子は、身も心も無残に打ち砕かれ、未だ悪夢の中をさ迷っているような、茫然自失した表情で、吉沢に背を押され、よろけるようにして、冷たい郁下を歩いて行くのだ。
「ここが俺の部屋だ」
吉沢は、一つのドアの前に立つと、ポケットから鍵を出して、鍵穴に差しこむ。
「お前の姉さんと、ここで何日か暮したことがあるんだが、あの気性の強さには随分と、手こずったよ」
ドアを開けて、美津子を中へ押しこんだ吉沢は、ドアに内鍵をかけてからそういい、唇を舌でしめした。
美津子は、今まで受けた精神的拷問の疲労が、どっと出て来たのか、その場に腰を落とし、小さく身をかがめたまま冷やかな横顔を見せている。
吉沢の部屋は余り広くはないが洋風に作られてあり、青い絨毯の敷かれた床の上には、ダブルベッド。そして、庭に面している窓の近くには、円柱型の柱が一本立っていて、
「これが調教柱さ。毎日、京子をこれに縛りつけて、見よう見真似で色々珍芸を教えようとしてみたが、京子の奴、とうとう最後まで俺に反撥しやがったよ」
吉沢は、そういって苦笑し、煙草を口にして火をつける。
合歓の葉のような柔らかい睫毛を悲しげにそよがせて、床の上に立膝して身をかがめ、線の美しい繊細な横顔を見せている美津子を吉沢はほくほくした思いで見つめながら、静かに煙草の煙を吐いていたが、
「俺は、今夜からおめえの調教師だぜ。いいな、甘ったれるんじゃねえぞ」
威嚇するような大声を出してから、煙草を灰皿に捨てると、後ろから、美津子の華奢な肩に手をかけて、上へ立ち上らせる。
「さ、一度、調教柱を背にして立ってみな」
吉沢は、美津子の身体を押し立てて調教柱を背にして立たせると別の麻縄を使って、美津子の身体をかっちりと立位で柱に固定してしまったのである。
美津子は、ムチムチと引き緊まった太腿をぴったりと密着させ、虚無的な冷淡さで、物悲しげな瞳をじっと一点に注いでいる。麻縄で上下を二巻三巻、緊め上げられている白桃を思わせるふっくらした乳房は、年齢相当の稚さを匂わせているが、柔らかく温かそうな全身像は、完全に成熟した女のそれであった。
吉沢は、嘗め廻すように美津子の全身を見つめていたが、
「文夫と桂子のあんな実演を見せつけられてさぞ頭にきたろうが、早速、今夜より調教を始めるぜ。その方がおめえにとっても気がまぎれるってものだ」
そんな事をいって口元を歪めた吉沢は、ポケットから巻尺を取り出し、美津子の前にそっと身を沈ませる。
「まず、ちょっと寸法を、調べさせて頂こうか」
美津子は大して狼狽の素振りは見せず、全くの無抵抗で吉沢の仕事を甘受しているのだ。
「へへへ、さて、何から始めるかな美津子。果物切りか、それとも卵割りか、おめえのお好みに合わせてやるぜ」
吉沢は、面白そうに下から美津子を見上げて笑ったが、
「ね、吉沢さん」
美津子は、その美しい容貌にふと敵意と反撥を滲ませて、キラキラ光る黒眼を向けた。
「美津子は貴方の調教を素直に受けますわ。でも、美津子は貴方の女にはならない。これだけは、はっきりお約来して欲しいんです」
「さあ、それはどうかな」
吉沢は、ニヤニヤしながら立ち上った。
「今日からおめえは、俺の部屋で暮すんだ。それで夫婦にならねえというのが、おかしいじゃねえか」
「だ、だから私、貴方にお願いをしてるんです。約束して下さるなら、美津子、どのような調教でも喜んでお受けしますわ」
美津子の言葉には必死なものが含まれている。吉沢は、鼻をこすって苦笑した。
「あんなにまではっきり見させられても、おめえ、文夫のことが忘れられねえんだな」
吉沢がそういうと、美津子は、ふと、顔を横へ伏せ、悲しげに眼を閉じるのだった。
「色々な芸当を身につけて桂子を打ち負かし文夫を自分のところへ連れ戻そうっていう肚なのか」
更に吉沢は、美津子に浴びせたが、美津子は、眉を寄せ、口惜しげに唇を噛みしめながら、はっきりとうなずいてみせたのである。、
可憐といおうか狂気とでもいうのか、吉沢は美津子の一種の異常な執念に舌を巻き、
「成程、俺と関係が出来りゃ、文夫に顔向けが出来ねえってわけか」
吉沢は、声を立てて笑い出した。
「よし、わかった。しかしな、俺は少々意地の悪い性なんだ。おめえの方で、どうしても俺を受け入れたくなるような調教をするかも知れねえから、自分の意志を強く持つことだな」
吉沢は、美津子の膝元から立ち上ると開き番った口調になる。
「それじゃ、調教を始めようか。調教ってのはな、身体だけを矢鱈に鍛えるだけが能じゃねえ。色気たっぶりの女らしい女に仕上げるのが、調教師の仕事だ。その事はおめえも鬼源に嫌という程、教えこまれた筈だ」
「ハイ」
美津子は、無意志な位の率直さでうなずく。
「いくつだったかな、おめえは」
「十八です」
「そうか。ここにいる女達の中じゃ一番若いってわけだ。女にされたといっても、まだ十八じゃ、むずかしい芸当を覚えるのは無理かも知れねえ。今夜は、筋肉を徹底的に鍛えてやるぜ」
吉沢は、そういって机の抽出から、油紙に包んだものを取り出した。
ふと、それに眼を向けた美津子は、さっと白い頬に朱を走らせて狼狽を示し、はっきりと横を向いてしまった。
「ハハハ、少し、おめえにゃ大き過ぎるようだな。だが、こいつは羊の眼玉で作った高級品なんだぜ。しかも、おめえの姉さんが使ったお古だ」
美津子の恐怖に更に一種のショックが加わった。
「やっぱり大き過ぎて、お前の姉さんに、こいつを呑みこませるまでにゃ随分と、手こずったぜ。だが一旦、こつを憶えてみりゃ味のほうは天下一品、実物以上だというからな。あの気性の強い京子が、大声で泣きわめいたもんだ」
吉沢は、魔法瓶の湯を洗面器に注ぎ、水を注ぎ足して微温湯にすると、それを洗面器に浸し、
「いいか。男心をとろかせるようにうんと色っぽく燃えさかって、おめえの演技が気に入らねえと俺は宝刀を使い出すぜ」
吉沢は、そういって、更に机の抽出からブルーのフラワーリボンを取り出して、美津子のカールされた黒髪にとりつけ、
「可愛いね、全く、いっそ食べてしまいたくなるよ」
そして、美津子の耳たぶ、頸すじ、ふっくらした乳房、縦長の可愛い臍に至るまで香水をすりつけていき、
「じゃ、始めるが、その前にしておかなくていいかい」
と、羞ずかしげに顔を伏せている美津子の線の美しい鼻先を指でつく。
美津子は、消え入るように首を左右に振った。
「そうかい。じゃ、始めよう」
吉沢は、巨大な責具が攻撃を開始するのかと思づと、以前よりは成熟しているとはいえ、ふと稚さを感じさせているだけに、何か痛々しい気持になるのだ。
「そ、そんなの嫌♢♢」
美津子は急にすねるような声を出して、もどかしげに腰をひねった。
「ねえ、お願い♢♢」
美津子は、羞恥に火照った顔をのけぞらせるようにして、甘い声を出したのである。
「ハハハ、すまねえ。こっちは気分が昂っちまって、ガツガツしちまったんだよ」
吉沢は身体を起こし、美津子の背後に廻ると柱ごと美津子を抱えるようにして、
「もっと強くしようか」
と、美津子の耳たぶや喉首に柔らかい口吻を続けるのだった。
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